湖の中央に蒼く光る神殿が厳かに佇んでいる。清められた水に守られた水の神殿は、いかなる邪気も侵入させない聖なる神殿。そこに入ることの出来る人物もまた、神殿の主ルサ=ルカに認められた者だけである。
ジェマ、ランディ、プリムは一度ならずここに訪れたことがあるが、パメラだけはここが初めてだった。しかし、始めの門でパメラは追い返されることなく神殿への侵入を許されたようだった。
神殿の内部を進んでいく。通路の脇には清められた水が流れている。通路が一旦切れて、プールのように広く水が溜まっている場所を通り抜ける。深さはくるぶしのあたりまで。靴が濡れてしまう程度だ。不思議なことにこの水の溜まっている場所を通り過ぎると、靴は乾いてしまっていた。聖水の力らしかった。
そして祭壇。ルサ=ルカは、その祭壇の前で跪いて祈りを捧げていた。4人とも控えめに離れた場所に並んで跪くと、ジェマが代表してルカさま、と声をかけた。
ルカは立ち上がると、4人を振り返った。
「ようきた。ジェマ、ランディ。おや、プリムに・・パメラ、かえ?」
「はい。」
プリムとパメラが同時に返事をする。パメラはすこし落ち着かない表情だった。
水が滴り落ちる音が神殿中に静かに響いている。
「ジェマよ、ランディを村から出てこさせるのは難儀だったろう。」
「はい、正直無理かと思われましたが、なんとかランディが決心をしてくれました。」
ルカがにっこり微笑むと、ランディを見た。
「久しぶりじゃ・・ランディ。たくましくなっておる。」
「ありがとうございます、ルカ様」
それからルカはすぐに顔を曇らせたのを見て、ランディが不思議そうな顔をした。
「何か?」
「いや、・・・タスマニカに行くように促したのは実はわしでな。・・頼みがあるのじゃ、ランディ。」
不思議そうな顔をしたのはランディだけではない。プリムもパメラも落ちつかな気に顔を見合わせる。ジェマとルサ=ルカだけが、沈んだ表情で3人を見回した。
ルサ=ルカがため息をつきながら、ゆっくりと祭壇の上に上がる。そこには巨大な杯があり、その中にはあのマナの種子が聖水に浮かんでいる。その種子には強大なマナの力が封印されている・・。
「マナの流れがどこかで滞っておる・・」
「え?」
ランディは思わず耳を疑って立ち上がる。プリムもいぶかしげにルカを見つめた。
「マナの全体量は今では前と変わらぬ程に回復しておる。あのマナの要塞が無理矢理復活されたにも関わらず、な」
ランディは慌てて声を張り上げた。
「僕たちは本来神獣を倒すべきではなかったと、そういうのですか?」
「ランディ、落ち着きなさい。そんなに怖がることはない。そう、ランディは間違っていないのだから。神獣が倒されていなければ、今この世界はない。」
ジェマがランディの肩をつかみながら、説得する様にそういった。それを見ながらプリムは顔を逸らすと、唇をかんだ。
「・・・そうよ、当たり前よ。間違ってない、間違ってないわ。だって、そうしなきゃ私たちは今生きてないもの・・」
プリムはきっと前を見上げた。祭壇の上のルサ=ルカを、遠慮ない無礼さで見つめた。
「ルサ=ルカ様、正直言って神獣を倒したと報告に来たときのルカ様のお顔は、明らかに驚愕の表情をなさいました。世界中がマナの流れに任せることこそ、ルカ様の、神殿で仕える任務だとは私も理解できます。でも、自分達の相殺与奪の権利を放棄してまで、マナの条理を守らなければならなかったというのですか!?」
「プリムっ!」
ジェマはあまりの言葉の荒さに、プリムをたしなめた。言われて、プリムは悔しそうに唇を噛む。
パメラはプリムの様子を見て、なだめるように背を撫でた。ルサ=ルカは、少し辛そうな表情で息をつくと、紅く光る瞳を4人に向けた。
「仕方がなかったのは重々わかっておる・・私もそこまで頭は堅くはない・・。今はその神獣が散らした残骸のマナの動きが問題なのだ・・」
「神獣が散らした残骸?」
ランディもプリムも、そしてパメラも、残骸の話など聞いたことがない。それに、始めにルカがいった「マナの全体量が回復している」という言葉の意味もよく理解が出来ない。神獣を倒してしまえば、マナの復活はもう望めないはず。なのに、今のマナは回復しているというのだろうか??
ジェマは静かに3人の表情を読むと、私が説明しよう、と深く柔らかな声を響かせた。
「ランディたちが最後に神獣を倒してくれたその後、世界に雪が降り積もったのは覚えているか?」
3人はその問いにゆっくり頷いた。雪は十日間も降りしきったにもかかわらず、地面に雪は少しも積もらず、地に触れた瞬間に溶けて消えてしまった。不思議なその雪は世界各地に降り注ぎ、灼熱の砂漠にもしきりと降っていたと聞いた。
「あれは、ただの雪ではなかったのだよ。マナの要塞が復活されたときに使われた程のマナを神獣自身が持っていて、神獣が倒れた時にその大量のマナが解放された。その大量のマナは神獣の残骸を核として、地上に降り注いだ。それがあの雪の正体だ。
世界各地に降り注いだ雪をルサ=ルカ様と私は調査した。ルカ様は主に水を司る司祭であられるため、あの雪の正体が水でないことを瞬時に見抜かれたのだ。
だから、マナは地上から失われることもなく、人々の生活に異常を来すことがなかったのだ。」
それを聞いて、マナの損失が実質あまり影響がないものだと理解していた三人は、初めて事実を聞いて現状を理解した。
しかし、あっとランディが声を上げる。
「でも、ポポイが!妖精達は!」
「そうなのじゃ・・。マナの力はほぼ以前と変わりないはず・・しかし妖精は姿を消したままなのだ・・」
ルカが種子の傍らに手を当てながら、そう答えた。
「マナは答えぬ・・それを調査してもらいたいのだ。ランディ、そなたに。もう、そなたが勇者としてのつとめを果たしたことは承知している。感謝している。しかし、そなた以外の資質はもうこの世には考えられぬ。しかし、あまりに大儀。」
「ルサ=ルカ様は再びランディの手を借りることを、重く感じられておいでだったのだ。だから、私は提案した。タスマニカの騎士として、調査に出ることを。
もともとタスマニカの王はマナの流れに敏感でおられる。私がこうしてマナの調査を続けられるのも、ひとえに王のご理解の賜だ。そして、ランディ、マナの男を騎士として迎え入れることにかなりの興味を示していた。王は既に許可を下さっている。ランディ、君は騎士としての働きとして調査をできる。無償奉仕ではないということだ。」
その話を聞いていて色めき立ったのは、パメラだった。
「すごいわ!ランディ!あなた、タスマニカの王様にも一目置かれていたのね!」
しかし、そんな話を聞いても、ランディはただ跪いたまま床の一点を見つめてるだけだった。プリムはそんな様子のランディを黙って見つめていた。
「ありがたい申し出だけど・・」
ランディは姿勢を崩さないまま、言葉を繋げた。
「僕は騎士の位を辞退します。」
「そう言うと思った!あんたなら!」
プリムがこらえきれないように噴き出して大笑いした。
これにはジェマも、ルサ=ルカも、パメラも、唖然と二人を交互に見比べるばかりだった。
「もっとも、はいはいって受けてしまうようだったら私が殴ってけどね。本当にあんたランディ?って」
くすくすと笑いながらプリムがそういうのを、ランディは参ったように見つめながら笑った。
未だに訳が分からない三人に、プリムは笑いをこらえながら説明した。
「このお人好しの塊みたいなランディがそんなこと承知する訳ないのよ!そんな苦渋の策を聞いて、ランディがはい、判りましたって言うほど、この男はがめつくできてないんだから。困ってるのを放っておけない、ただのお人好しの塊なのよ」
「プリムが言うと、褒められてるのか、貶されてるのか判らないな・・」
ランディが苦笑いすると、プリムはまだ笑いながらランディにこういう。
「あら、どっちもよ」
「だ、だが・・再び旅にとなるぞ?聖剣という切り札はお前にはもうなかろう?」
ルサ=ルカが身を案じるように、ランディにそう言うが、ランディは首を振った。
「もともと聖剣は切り札でもなんでもありませんでした。ルサ=ルカ様。あれは神獣を倒すために作られた剣ですから。それに、ジェマは村長の身の保証を約束してくれたから、それで十分です」
「私も行くわ。チビちゃんのためなら放っておけないし。魔法は使えないけど、戦えるわ。まあ今回はそんな危険があるとは思えないけど。」
プリムがにっとランディに微笑む。一度狂暴化していたモンスターも、今はマナの巡りの悪さに今は沈静化していた。
「ええっ、プリムまた行くの?」
パメラが驚嘆してそう言った。
「ええ、あなたも行く?」
くすっと笑いながら、プリムが誘うとパメラはぶるぶると頭を振った。パメラがお嬢様育ちで世間知らずなのは、プリム以上だった。プリムの家の方が何倍もの富を維持しているにもかかわらず。
「ジェマ・・」
まるで助けを求めるようにルサ=ルカはジェマを見やる。しかし、ジェマもランディの性格を思い出し始めていた。ルサ=ルカにゆっくり首を振ると、彼らに任せましょう、と言った。
「彼らに休息や、食事や、睡眠が必要なときに、私たちは出来るだけのことをしましょう。それだけで、彼らは満たされて次の力を蓄えられましょう。それだけで、彼らは満足してくれます。」
ルサ=ルカがそれを聞いてやっと頷いた。改めて二人を見つめ、毅然とした瞳と掲げ、ランディとプリムにこういった。
「マナの流れの調査を頼む。」
それから、パメラをパンドーラに送り届けると、当初の目的地だったキッポ村に二人は足を運んだ。そこには亡きディラックの両親がつつましく暮らしており、プリムをまるで娘のように歓迎してくれる。
「いらっしゃい、プリム。元気だった?」
穏やかな表情で迎えたのは、母ガティナだった。プリムはにっこりと優雅にお辞儀をすると、ガティナに挨拶をする。
「お久しぶりです、おばさま。」
「さあ、あがってゆっくりしてちょうだい。スコーンを焼いて待っていたのよ。あら、そちらはどなたかしら?見覚えがあるわ」
ほほえみを絶やさず、ガティナはランディを見つめた。プリムが紹介する。
「ランディよ。ほら、一緒に手伝って貰ったの。ディラックをみつけるのを」
「まあ!あなたが?」
母はディラックの名前が出ても、少しも動じなかったのを見て、ランディは驚きながらも、取り繕うように挨拶をした。
「こんにちは。唐突にすみません」
「いいのよ。お茶は大勢の方が楽しいわ。プリム、カップを一緒に準備しましょう。」
「ええ。」
プリムが快く了解するのに、またランディは吃驚する。一度タスマニカに行って、ジェマにマナの調査結果を聞きに行かねばならないというのに。
「ぷ・・プリム・・。僕は先に出てるから・・」
「あら。嫌にせっかちねぇ!タスマニカでしょ?フラミーですぐじゃないの!」
プリムはぱたぱたと我が家のようにキッチンとダイニングを往復する。
「プリム、フラミーの力は借りられないんだよ?ほら。マナの流れが正常じゃないから・・そもそも、それが今の僕らの目的なんだし。」
それを聞いて、プリムはぴたと足を止めた。それから、持っていたティーポットをゆっくりテーブルに降ろすと、ランディに振り向いた。
「ちょっと!聞いてないわよ!そんなの。どうやってタスマニカまで行くって言うのよ!」
プリムはランディに怒鳴りつけるようにそう言った。すごい剣幕で怒鳴られたので、ランディは二、三歩後ずさった。
「そんなこと僕に聞かれても・・やっぱり、大砲屋かなあって思ってるところなんだけど・・」
それを聞いてプリムは、なぁんだ、と笑う。
「じゃ、問題ないじゃない。お茶くらいいでしょ。」
「そっかなあ・・だってタスマニカルートの大砲屋ってさ・・」
「まあいいからいいから。一旦お茶してから行っても大砲屋は逃げないって!」
プリムはそう言いながら、ランディを無理矢理座らせると再び準備に忙しく立ち回り始めた。
ランディはため息を付きながら、ガイアの洞窟には入らない!と強情に言い放って、一人で魔女の城に向かったプリムを思い出していた・・。
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