プリムが皿に盛ったスコーンとティーセットをテーブルに並べ、ガティナは沸騰したての湯をティーポットに注ぐ。そこにガティナの夫であるクライが帰ってきた。
「おや?お客さんかい?」
「ああ!おかえりなさい。」
ガティナはポットをプリムに頼むと、クライの上着を脱ぐのを手伝いに行く。
ガティナは丁寧な仕種でコートを引き取ると、ハンガーにかけてクローゼットに仕舞う。その間にクライはプリムとランディの居るテーブルに手をついて、二人の顔を見比べた。
「プリムちゃんだね。久しぶり。あと、君は確か・・ランディくんか。」
ランディは優しく目を細めると会釈した。
「お久しぶりです。クライさん。」
「あれ。よく覚えて・・ガティナおばさまは思い出せなかったのに。」
プリムはカップにお茶を注ぎながら、クライにそういう。クライはにこりと微笑んで、ランディくんにはつい最近お世話になったばかりでね、という。
「そんな。お世話って・・」
「なにかしたの?ランディ・・・あ。」
尋ねるプリムはランディを覗き込むように見つめていたが、カップが一つ足りないのを思い出して慌てて取に行く。プリムが再びテーブルについたのを見て、クライが口を開いた。
「狩りをしていたときにうっかり獲物に体を突き飛ばされてしまってねえ。動けなくなっているときに、ランディくんが私を見つけて助けてくれてね。」
「また・・あんたって人が困ってる場面に出くわす天才ね・・」
プリムが苦笑すると、ランディははは、と笑う。
クライはその二人の様子を見て微笑みながら、ランディの隣の席に腰を下ろした。
「いやはや。でも本当に助かったよ。少し歩いたら楽になる程度のものだったが、場所が悪い。妖魔の森で一人で佇む訳にはいかなくてねえ・・。」
「そういえば、クライさんは何故あんなところに。狩りならばこの辺で充分にできるでしょう。ここは街から離れてるし・・」
ランディが今更のように怪訝な表情でクライに尋ねると、クライは照れたように手を頭にやって笑う。
「まあ、狩りという名目より鉱物掘りだったんだけどね。妖魔の森は異様な自然環境で珍しい石が沢山あるんだ。それを掘って売ると楽にお金が稼げるのでね。」
「へえ・・」
ランディは興味深そうにその話を聞く。ようやく、ポットの中身を空にして、プリムはカップをそれぞれの目の前に置いた。
「ガティナおばさんったら何してるんだろう・・?」
プリムは二階の方に向かったガティナを案じて、席を立とうとしたが、クライがああいい、とプリムを止めた。
「ガティナはお祈りをしてるんだ。私が帰ってきたらまずそれだ。ディラックが帰らぬ人となってしまってから、ガティナは私をひどく案じるようになって・・」
なるほど。と二人は無言のうちに頷く。
何も変わらなかったわけがない。最愛の一人息子を失って、どうして今まで通りに過ごせよう・・。2年の月日は二人を苛み、慰めたのだろう・・。
プリムと同じように。
「ああ、すまない。場を暗くしてしまったね。お茶が冷めてしまうよ。先にいただこうじゃないか。」
クライは慌ててそういうと、スコーンに手を伸ばして大袈裟なくらい派手にかじりついた。それを見て二人も微笑むと、互いにスコーンに手を伸ばし口に入れた。
「ああ、ごめんなさいね。お茶を冷ましてしまったかしら?」
ガティナが階下に降りてきて、プリムはいれなおしましょうか?と尋ねる。
「いいわ。飲みやすい温度になっただけよ。・・おいしいわ。」
ガティナは一口お茶を含んでから、微笑んでプリムにそういった。我が子のように見つめるガティナの瞳にランディは人知れず心を痛ませた。
「さて、君らはどこにいくんだい?どうやらまた冒険のようだが?」
ランディ達のそばにある一回り大きなバッグを見つめて、クライはそういった。
「そうなんです。マナの様子がおかしいのでその調査に。まずレムリアン城に行かなければならないのですが・・」
クライはそれを聞いて髭を撫でた。白くたくわえた髭は彼の穏やかで雄大な心を表すように立派なものであった。
「レムリアン・・タスマニカか。あの海辺の城主のいる国だな。」
「そうです。城の背後は雄大な山脈に囲まれていて、眼前には海が広がっています。大砲屋に頼んで行ける場所なのか、不安で。」
それを聞いて始めてプリムも不安を抱いた。確かに地形を考えると大砲屋がどこにも下ろせないという場所にタスマニカは存在している。レムリアンの城は城下町自体を城に囲ってあるので、空に繋がる充分な平地が広がっていない。
「そっか・・大砲屋に飛ばしてもらっても・・着地できないわね・・」
プリムが呟くようにそういって、ランディも頷いた。クライはその様子を見て、ふぅむ、と髭を撫でて、そう難しく考えることでもない、と話した。
「え?」
「方法があるの?」
二人は期待した表情でクライの顔を見詰めた。クライは二人を交互に見つめると、ゆっくり頷いて優しく笑った。
「あの場所で栄えたのにはそれなりの理由があるって事だよ。切り立った断崖の所為で海からの侵入が不可能のように思われるが、実はあの国は海によって栄えている。断崖の間に城に続く洞窟があるのだよ。」
「洞窟が!」
ランディはびっくりして目を丸くする。ジェマからそんなことは聞いたことがない。おそらくジェマも空から来るであろうと思い、その事を話さなかったのだろう。フラミーが運んでくれると信じて。
しかし、フラミーは風の太鼓で呼んでも、現れてはくれなかったのだ・・。
「でも、私たちには船がないわ。船がなくちゃ、海から入れないわよ?」
「それも問題ないと思うがね。」
ランディはそれを聞いて怪訝な表情で尋ねる。
「どうしてですか?」
「タスマニカとパンドーラは同盟国同士。資源の援助などでもお互いに助け合ってることを忘れちゃいけない。そのために、パンドーラも船を出しているんだよ。」
「えっ、うそっ!?港があったの?パンドーラって・・」
プリムが意外そうに声を上げる。ランディも口にこそ出さなかったが驚きの表情を隠せないようだった。
「いや、軍事用の港に使ってるようだから、民間人には知らされてないよ。でも、ディラックは将校だったろう?それである程度の情報を私たちも知っている。もちろん、口外は出来ないが・・君たちならすでに知っておく必要のある情報だ。パンドーラの王に話を聞いてみるといい。」
それを聞いてプリムもランディもほっと顔を緩ませた。今までならフラミーが一っ飛びで連れていってくれていただけに、この冒険は容易ならざらぬものになるだろうと、二人は始めてそう思った。
ディラックの実家でお茶を終えてから、二人はパンドーラに向かった。向かいながら、プリムは不安な、というより少し面倒そうな顔をしていた。聞かずともその訳を、ランディは知っていた。おそらく、戻ればプリムの父に会うのではないかということだろう。
「大臣だから・・会わずには済まないと思うよ・・」
「分かってるってばっ」
いらいらしたようにプリムはそういった。ランスで無意味に草を刈り取ってしまう。青々とした草の切れ端が風に舞い、雑草特有の匂いが一瞬立ち込めた。しかし、それも風に流されていった。
「はぁ・・なんであんなにパパは私を結婚させたがるんだろう・・」
ぽつりと、プリムがそういうのを、ランディは聞いた。聞いてはいたが、何を答えていいものかわからず、ただ黙っていた。何を答えても怒られそうな気もした。
「普通男親ってお嫁に行って欲しくないと思うんだけどなぁ・・。お母さんが居ないから・・使命感に燃えちゃってるのかな・・」
そうかもしれない、とランディは思う。母親がいないのであれば、娘は行き遅れかねない。結婚を一番に勧めるのは母親だからだ。しかし、その母親がいなければ父親がその役を買わねばならない。父親も辛いはずだ。
しかし、プリムもプリムで、ディラックのことを早々に忘れられるわけがない。死を賭して自分の未来を守ってくれた人を、忘れることなんて出来るはずがない。
ランディはぼんやりとジレンマだ、と思う。そう思いながらも、ランディは一言も口にはしなかった。これははっきり言って余所の家のことだし、自分が口出すことの出来る範疇だとは思えなかったからだ。
「ランディ?」
「うん?」
気がつくと、プリムはランディを見上げていて、不思議そうな表情をしていた。思わず、考えていることが読まれているような気がして、慌てて目をそらす。
「何?何かいいかけたんじゃないの?」
誤魔化すように、ランディはスピアを持ちかえてみる。プリムもうん・・とうつろな返事をしながら、手持ちぶたさにランスをくるくると回す。バトンの練習でもしたことがあるのか、ランスはくるくるとほとんど違和感なく回った。
それからしばらくしてぎゅ、とランスをプリムを握ると、思いついたような声でこう言った。
「お見合い、しちゃった方がいいと思う?」
からん、と乾いた金属の音が響いた。スピアが落ちたのだった。ランディの手から。
「なっ・・なんで僕に聞くの?」
「別に・・なんとなく。落ちたわよ。スピア。」
しょうがないなあ、ともいいたげに、プリムはスピアを拾ってランディに手渡す。
「誰かに、した方がいいよ、って言われたら・・しようかなってね・・。ディラックが帰ってくるわけでもなし・・見合いを止める彼が居るわけでもなし・・。でもまあもうちょっと、勝手に動きたいから止めておこうっと」
プリムはふっと息をついてそういうと、心の整理がついたのか、さっきよりもしっかりした足取りになっていた。ランディもとりあえず唐突な質問に取り乱した自分に気づきもせず、プリムにつられたようにしっかりした足取りでパンドーラに向かった。
パンドーラのお城には幸いにプリムの父は見当たらなかった。今日はちょうどよくお休みのようだった。プリムはそれだけはほっとして、王の間に入ったときに軽い安堵のため息を洩らした。
パンドーラの王はランディの顔を見るなり、目を輝かせた。
「おおっ、ランディよ。ようやく我が騎士団に入団してくれる決心をしてくれたのだな?」
それを聞いて、ランディは申し訳ありませんが、と口火を切った。
「今日私がここに参りましたのは、残念ながら騎士団の入団のことではありません。私はルサ=ルカ様の命により、マナの動きの調査に当たっているのです。その為にタスマニカに行かなければならないのですが、徒歩では気が遠くなるほどの時間がかかります。そこで、こちらで使っている軍事用の運搬船にでもレムリアン城まで乗せていただけないかと。」
一気にここまで話すと、ランディは静かに口を閉じた。プリムは唖然とランディの顔を見詰める。昔パンドーラであったときはあんなに情けない表情だったのに、今は悠然とした印象さえ受ける。この2年間は、ランディにも変化をもたらしたのだろうか?
ランディの言葉を聞いて、王は少しつまらなそうな表情をしたが、まあ、ルサ=ルカ様の命ならばしかたがないな、とため息をついた。
「軍事用の施設を誰に聞いたのだ?」
「ディラック将校のお父上にうかがいました。」
王はほう、と頷いた。
「なるほど、クライか。奴も隠居前は誰もが知っていた英雄であったからの。血は争えぬ。」
「そうだったのですか。存じませんでした。」
控えめにランディがそういうと、王は頷く。
「世代も違うしな。無理もない。ポトス村はもともと戦火から何度も逃れておるのでな。余計に知るものは少ないだろう。さて、それではランディ、プリム。我が国唯一の港へ案内させよう。久しぶりにわしも行くかな」
それを聞いて、ランディもプリムも同時に声を出した。
「ありがとうございます!」
やはり民間人に知れぬようするためであろう、港へは城から繋がる地下通路を通らねばならなかった。案内役の衛兵フィリップは松明を持って誘導をこなしていた。
「帝国を相手にしていたころは同盟国であることすら隠しておかねばならず、このような手段がとられたのです。」
先ほど、プリムがどうしてこんな面倒な地下通路など作ったのかをフィリップに尋ねたところだった。
「それにしてもさ、ランディ。さっきの口上ってば立派だったわねぇ。一体いつ身につけたのよ?」
ランディはプリムにそう言われて、ああ、と照れたように頭を掻く。
「騎士団の勧誘だよ。パンドーラからの。何度も何度もそれで城には来ていて・・それで何度も断るうちに身についちゃったんだ。そんなに違った?」
「違ったわよ。びっくりしたわ・・」
プリムが心底そう言っていることが分かって、ランディは嬉しそうに微笑んだ。
「いつまでも子供じゃいられないってことだよ」
「えっらそうに!」
プリムが手加減してランディを突いた。二人の笑い声が地下通路に木霊する。
王も衛兵も、それでも二年前と少しも表情の変わらぬ二人を穏やかに見守った。
地下通路を街ひとつ分ほど超えたころ、視界が一気に開けた。膨大な数の松明に照らされた大空洞には大きな船が悠然と佇んでいる。
「わぁ・・すごい!パンドーラにこんな船があったなんて!!」
海に繋がっているであろう空洞から水が入り込んでいる。人工的な岬に立ってランディとプリムはその船を見て感嘆する。
「運搬船兼客船だ。わしが乗り込むこともあるのでな。不自由なくレムリアン城にたどり着くだろう。」
「本当に有り難うございます!」
意気揚々とランディは幾分興奮ぎみにそういった。王がそれを読み取って頷く。
「嬉しそうだな、ランディ」
「感激です!こんな船生まれて始めてみるのに、・・あ、サンドシップはみたけれど・・あれよりもこの船は大きいし。そんな船に乗れるなんて!」
「ふはは。フラミーがおったのが逆に残念だったという事だ。ジェマはこれで移動しておったからな。」
「なるほど。いつも絶妙なタイミングで出てくるからフラミー無しでどうやってるのかって思ってたのよねー。」
プリムが腕を組んで頷く。
そうこう話していると、一人の兵士が王の耳に何事か囁いた。王は重々しくうむ、と頷くとその者を下がらせる。
「どうやら船の準備が出来たようだ・・。運がよかったな。ランディ、プリム。この船を逃せば、次は一ヶ月後だそうだよ」
「ええっ!」
「うっわー危なかったわねぇ!」
二人は顔を見合わせてほっと息を付く。王も感慨深げに目を細めた。
「うむ、おそらく君のお母上が良い方に導いてくれているに違いない。」
それを聞いて、ランディは心強い笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。そうかもしれません」
「さあ、乗り込むといい。レムリアンまで一週間の航路だ。ゆっくりと過ごすことができよう。」
王はそういうと、二人を促した。二人はもう一度感謝の礼をすると、船のタラップへと走り出した。
走っていく二人を見つめながら、王は寂しそうに一人ごちた。
「マナの男とはかくも運命から切り離されぬものか・・酷な運命だ。しかし、一人きりではない・・皆お前を信頼し、助けるだろう。運命が手放さぬのなら、わしらも手放しはせぬ。よく・・心得よ・・」
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