「ランディ?どうしてここに?」
 船の甲板でジェマに会う。ジェマはランディを見つけると、腰掛けたベンチから腰を浮かせて近づいた。ランディが情けない表情で笑う。
「フラミーが使えないんだよ。きっとマナの流れの異常のせいだと思うんだけど・・」
「そうか・・」
 ジェマは残念そうにため息をつく。予想外にひどく乱れているマナをいち早く察知する。しかし、ランディの顔を見てゆっくり微笑むと、気を取りなおしたようにこういった。
「まあ、それはそれで仕方がない。それを何とかするために我々は動くのだからな。レムリアン城につくまではゆっくりするといい。・・そういえば、プリムはどうした?君と行動を共にするといっていなかったかね?」
 ランディはああ、と頷くと、ジェマの座っていたベンチに腰掛ける。ジェマもつられたように腰掛けた。
「プリムは部屋でゆっくりしてるよ・・」
「そうか・・なぁ。ランディ?」
 呼ばれて、ランディは海に投げていた視線をジェマに戻す。
「迷ってる顔をしているな。何を迷っている・・?」
 ランディは少し誤魔化すように微笑むと、再び海に視線を投げた。答えずに、暫く海を眺めたまま、そうしていた。ジェマも、無理に聞き出そうとはせず、ただランディが答えるであろうとそのまま待っていた。
「プリムをね、どうしたものかと思って。」
「プリムを?」
 意外そうに、ジェマがランディの顔を見詰める。ランディの視線は海から戻ってこない。
「僕はね、もうプリムが泣く目に絶対会わせたくないんだ。この前の冒険で、プリムはひどい目に会った。大切な人を目の前で失ってしまった。」
「・・・」
「僕に力があれば、あんな目に会わせることはなかった。プリムは”あんたのせいなんかじゃない”って言ってくれたけど、僕には・・僕が傍にいたらまたプリムをあんな目に会わせるんじゃないかってそれだけが恐ろしくて」
 船が汽笛を鳴らす。煙が後方に流れていく。広い甲板でどうやらパーティが始まるようだった。即席に作られたテーブルセットに、ウェイターが料理を運ぶ。楽団が音あわせに弦を鳴らす。気の早い客がダンスを始めてしまい、手拍子が打たれ、にぎやかで和やかな時間が始まろうとしている。
 ジェマがそれを一瞥して、ランディに向き直る。もうランディは迷った顔をしてはいなかった。あまりに早いその表情の変化に、ジェマは驚く。
「でも、迷うことじゃないね。今口に出してみて分かった。僕が強くなればいい。今度は絶対・・手後れにならない様に。」
 まるで挑むように海面を見つめるランディはまさしく聖剣の勇者だった。聖剣はその手になくとも、間違いない・・世界を平和に導く唯一の頼みの綱・・。
「いい面構えになったな、ランディ。あの子と、一緒になればいい」
「えっ・・えええ!?」
 ランディは。がくんとベンチから腰をずり落す。口をあんぐりと開けて、目をぱちぱちと瞬きする。まるで、子供。
「ふっ・・ふあっはっはっ!」
「ジェマ!からかうの、やめてよ!」
 地べたに尻餅をついたランディは不機嫌そうに立ち上がると、再びベンチに腰掛けた。
「からかってなんていないよ。だって、今のランディの台詞は好きな子の口説き文句みたいじゃないか。二度と泣かせたくない、なんて。」
 ランディはそれを聞いて、今気づいた、とでも言うように顔を真っ赤にさせて反論した。
「ちっ、違うよ!!プリムだけじゃなくてポポイにだって思ってるし!もしポポイがまだ僕の傍にいたら、同じ事を言ってたと思う!」
 ランディはそこまで言うと息を付いた。ジェマは目を瞬かせると落ち着け、とばかりにランディの肩に手を置く。しかし、膨れ上がった感情はやすやすとはおさまってはくれなかった。
「・・ポポイは・・アイツは泣きもしなかったけど、精一杯生きてた!僕なんかよりずっとずっと逞しくて強がりで・・もしまた同じように過ごせるなら僕はポポイが強がらなくていいようにしてやりたいと思ってる・・・!」
 ポポイの面影が目元にちらついて、ランディは涙声になった。あの時の無念さが、悔しさが、懐かしさが・・一気に胸の中で広がって喉を詰らせた。ううっ、呻くとうずくまってしまう。その体を、ジェマは優しく抱きしめた。からかったことを詫びるように、そして、冒険のつらさをやっと吐露してくれたことに感謝するように。
「すまない、ランディ・・。」
 慰めるようにジェマがランディの背を優しく撫でた・・。
 その少しはずれたところにプリムが隠れるように立っていた。ここからランディ達のベンチにはほど近く、しかしベンチは向こうを向いていて、しかもその間に大きな荷物が積んであるので死角となっている。そこでプリムはこっそり話を聞いていたのだ。
 もともと声をかけようとして近づいたのだったが、ランディがプリムのことをどうしたものかと話し始めたので、慌てて身を潜めてしまい、そのまま盗み聞きする羽目になったのだ。
「・・チビちゃん・・」
 プリムもまた、ポポイの面影を思い出して、そう呟いた。
 いつまでもここで立ち聞きしているわけにも行かず、プリムはそっと部屋に戻ることにした。船員にランディとプリムのことは王より伝わっており、船室も割り当てられていた。自分の部屋にたどり着くと、プリムはそのまま備え付けのベッドに横になった。
 しばらくまどろんだ後、プリムがふと目を覚ますと、時計は夕食の時間を指し示していた。いつのまにか部屋も暗くなっており、プリムはランプを点けて、部屋を明るくした。外は昼間よりすこし風が凪いでいるようだった。
 寝起きのまま呆然とした状態で、プリムは窓の外を見つめていると、不意にドアがノックされた。
「プリム、起きてる?気分は悪くなってないかい?」
 ランディの声だった。ああ、と我に返ってプリムはドアに歩き出した。施錠を解いて、ドアを開く。
「おはよう。良く眠れた?」
 にこっと屈託ない笑顔を向けて、ランディは気遣うようにそういった。プリムはランディを見上げながら、まだ眠い目をこすった。
「よく眠れたわ。ご飯なんでしょ?」
「うん、でも後で部屋に持ってきてもらうことも出来るって。そうしてもらう?」
「ううん、食堂に行くわ。だってせっかく船に乗ってるのに、部屋に閉じこもっちゃつまらないもの。」
 プリムはそう言って、欠伸を噛み殺した。それを見たランディが苦笑する。
「それなら、僕は先に食堂に行ってるからね。プリムは支度をしてから来たらいいよ。」
「ありがと。そうする」
 ランディはそれを聞いて頷く。ふとそのまま食堂に向かおうとして、あっ、と思い付いたようにプリムに振り返った。
「そうそう、ジェマもこの船にいたよ。夕食一緒にとろうか。」
「そうね、マナの話も聞けるでしょうし。」
「うん、じゃあ、先に行ってるから。」
 ランディはそういうと、食堂の方に歩いていった。プリムは静かにドアを閉めると、寝癖を直すべく、ブラッシングを始めた。

 食堂は簡素な作りをしていた。大衆食堂のような作りで、気取った雰囲気は微塵もない。出てくる料理も家庭的で温かく、心をゆっくり和ませる。
 野菜スープをすすりながら、冷えた体を温める。スープに沈んだ肉団子は口の中でとろけるように旨い。
「はふ。・・んっ、あつっ」
 油断してほおばったプリムが肉団子の熱さに顔をしかめた。慌てて水を飲み込む。
 落ち着いて食べていたわりには食べるのが早かったジェマは、すでにナプキンを口に当て満足そうに微笑んでいた。
「さすがに王の乗る客船だけにいい料理人を乗せているらしいな」
「本当だね。」
 ランディはパンを千切ってスープにつけて食べている。パンは焼きたてで香ばしい匂いを放っている。
「このパンも柔らかくて美味しいよ。プリム」
「そうなの?いたー・・火傷したかなぁ・・」
 プリムはパンを目にやりながらもう一度水を飲んだ。
「そういえば、マナの話。どうなってるの?今ここじゃ話せないの?」
 グラスを置きつつ、またスープを飲もうとスプーンを手にしながらプリムは言う。ジェマはプリムの台詞に、そうだな、と頷いた。
「ここでも構わないが、少々資料が足らないのでね」
「資料?」
 ランディは口の中のパンを飲み込むと、そういった。
「そう、世界に再び広まったマナは以前のマナとは性質が違うようだ。だから今あるマナが滞っているのは、まだ世界に馴染まず、うまく浸透してない所為のようだな」
「買ったばかりのハンカチが水をなかなか吸い込まない状態かしらね」
 プリムは事も無げにそんな事を言った。その言葉にジェマがほう、と笑う。
「なかなか的を得てるな。プリム」
「そうなの?」
 今度は注意深く肉団子を口に入れながら、プリムがジェマを見やる。当のジェマは自分のグラスに一滴残りのスープを入れた。
「やだ、汚いわ!ジェマ!」
 批判的にプリムがそういうが、ジェマは一向に気にしないという表情で緩くグラスの中身を攪拌させる。
 やがてスープの液は水と一緒になり、油分だけが水の表面に浮かんでいる。
「こういう状態だと思うんだ。」
「スープの油分が・・マナ?」
 ランディが目をしかめそういった。ジェマはいや、と首を振る。
「水に溶けたスープもマナと考えていい。その微量のマナは私たちの世界に息づいている。神獣が滅びても変化がなかったのはその微量のマナのお陰だ。」
「なるほどね・・」
 プリムがやっと食べ終わってナプキンで口を拭く。ランディもすでに食べ終わっていた。「じゃあ、この表面の油分のマナを何とかかき混ぜなきゃいけないわけか・・」
 ランディはうなるようにそういった。
「でも空気中をかき混ぜるったって・・」
「空気中にマナがあるわけでもないからな。これはあくまで喩え、なんだよ。」
 ジェマが打ち消すようにグラスの水をウェイターに下げさせた。ついでに空いたお皿が次々と片付けられていき、目の前に食後のコーヒーとシャーベットが並べられた。
「でも、どっちにしても滞っているマナを馴染ませるってことなんでしょう?」
 プリムはシャーベットをつつきながらそういった。ランディはコーヒーに口をつける。
「そうだな。どこに、と特定はできないが、マナが滞っていることは間違いない。その所為で精霊達が姿を取り戻せないでいる・・」
 プリムは静かにシャーベットを食べていた。思案顔は少しも緩むことなく、少ないサービスのシャーベットはなくなってしまった。
「世界にマナを馴染ませる・・でも、馴染んだマナもあったのよね。そのお陰で大きな変化はなかったわけだし。」
「その通りだ。」
 ランディはまだ黙ってコーヒーを飲んでいる。
 プリムが頂戴?とばかりにランディのシャーベットに手をかけた。ランディは頷く。
「どうして相対するマナが生まれちゃったのかしらね。」
「相対?」
 ジェマが唖然とそういった。プリムは2皿目のシャーベットを味わうでもなく口に入れる。
「だって、そうでしょう?今まで通りのマナと、異種のマナの相対。だから滞ったんじゃないの?今のマナは。」
「・・相対する・・マナ?」
 まるで目の焦点が合ってない様子でジェマは呆然とそう言う。少しの沈黙の間に、プリムは2皿目を平らげてしまった。更にプリムはジェマの様子にも気にせず、ジェマのシャーベットの皿に手を掛けた。
「ぷ、プリム・・」
 これにはランディがすかさずプリムを窘めるようにそういった。しかしジェマは我に返ると、穏やかな笑いを浮かべた。
「いや、いい。おおかた舌が冷たいものを欲しておるのだろう?」
「ご名答〜頂くわね」
 プリムは満面の笑みを浮かべると、3つ目のシャーベットの欠片を口に入れた。やれやれ、とランディは呆れ笑いを浮かべる。
「さて、ではそのシャーベット代として、プリムの意見の続きを聞かせてもらえるかな?」
 いうわね、とばかりにプリムがジェマを見やる。シャーベットを片付けて、にっこりと微笑むと、コーヒーを一口だけ飲む。それから、ふっとプリムの表情が生真面目な顔になった。
「意見ってほど考えたものじゃないけど。思ったことを言うわ。・・マナが滞ってるって言うのは、やっぱり何かがマナをどこかで遮る要素があるからよ。そうでしょう。」
 プリムはテーブルに肘をつくと静かに手を組んだ。その上にしなやかで細く尖ったおとがいが置かれる。
 男二人は顔を見合わせながら、なるほどと頷いた。
「遮る要素が何かなんて私には分からないけど、一つ考えられる要因として、ね。異種のマナ自体というのをさっきそのグラスをみて思いついたのよ。」
「現に、水に溶けたスープと分離したスープは溶けやすいものと溶け難いもの、つまり相対する関係だったから・・」
 ランディがさっきのグラスを思い浮かべながらそういった。
「水に対して溶け込めるものと溶け難いもの。世界に対して馴染めたマナと馴染めず滞ったマナ。そうさっき思ったのよ。」
 プリムはそう話し終えると組んでいた手を解いて、コーヒーカップをつまんだ。
「だとすれば、だ。」
 ジェマは深刻そうな顔をして、腕を組んだ。
「何か心配事が?」
 すばやくジェマの表情を読んだランディがジェマに聞く。しかし、ジェマがそれに答えようとした時、突然船が大きく傾いだ。
「なっ・・なになにっ!?」
「うわぁぁっ!」
 食堂にいたお客たちはみんな高い方から低い方へ流れて行く。壁際にいた客から悲鳴が上がった。壁に激突したのだ。
「まずい。なにがあったんだ?・・ランディ!操舵室を!」
「うん、分かってる。」
 ランディは素早くジェマの命令を飲み込むと、立ち上がって操舵室に向かうべくドアに向かう。昼間うろうろしたおかげで、船の内部のことは大体ジェマに説明されていたのだ。
 とはいえ、大幅に傾いだその床でドアまで向かうのは至難の技だ。と、そのドアが突然開き、クルーの一人が文字どおり滑り込んできた。
「だ、誰か腕の立つ方は!?お願いします!正面に2体の魔物がっ・・!」
「ま、魔物だって?」ジェマが仰天した。「おかしい、海域に魔物などめったに・・」
 その声に気づいたクルーがあっ、と声を上げた。
「貴方様はタスマニカ共和国の騎士ジェマ様!ああっ、なんて運がいいんだ!お願いします、魔物をどうか退治してくださいっ!」
 クルーはジェマに這うように近づいて懇願した。ジェマが安心させるように頷く。
「ランディ、行くぞ。プリムはどうする?」
 ランディが何か言うよりも早く、プリムが行くわよっ!と返事をした。相変わらず頼もしい娘だ。
「よし、ふたりとも武器は。」
「しまった!部屋だ!」
 ジェマはしっかり剣を携えている。二人は渋ったように顔を見合わせた。そこに、クルーがすかさず声を上げた。
「操舵室の裏に銛を置いてます。銛は使えませんか?」
「槍とおんなじよね?」
 プリムが笑ってそういった。うん、とランディも頷く。
「すみません、その銛貸してもらえますか?」
「もちろんですよ!」
 そして4人は他の客の悲鳴を後にその食堂から壁伝いに出ていった。
 雨と海の水が浸水した通路を4人は壁に掴まりながら進む。クルーが先頭、それからジェマ、プリム、ランディと続く。プリムが少してこずるので、間が開いてしまっている。
「それにしても、部下をお連れとはまた運がいい。」
 クルーはもう安心しきったような表情でそういった。ジェマは穏やかに笑うと、その言葉を訂正する。
「いや、部下じゃない。」
 クルーはおや、といった。「それではご家族でしたか。なるほど、立派な息子さんで。」
 それを聞いてジェマが微笑んだ。
「・・君が考えるよりもずっと大物だよ。」



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