甲板に出ると、二つの青白い光が海上に浮いているのを確認した。ランディもプリムも最初は何だか判らず身構えていたが、やがてそれの正体が判って、二人同時にあっ!と声を上げた。
「ウンディーネだ!」
「なにっ?」
ジェマが改めてよく見ようとするが、ジェマはウンディーネを見つけた事が無いので、判らない。しかし、水の精霊である事は知っていて、それが人間に害をなすものとはされていないはずだと思った。
「ルサ=ルカ様の神殿のとなりの洞窟にいたところを、力を貸してもらってたんです。でも、あれ、二人いるみたいだ・・」
「あれじゃない、ほら、さっき言ってた二種類のマナの話。」
プリムが貸してもらった銛を振り回しながら、事も無げにそういった。ランディが危ないよ、と注意する。プリムは大人しく銛を持ちなおした。
「それなら、あの場所はもしかすると滞ったマナの境目かも知れん・・待てよ。この海域・・もしやあの地図に浮き上がった場所かもしれん!」
ジェマが意気込んでそういうと、ランディがあの地図って?と尋ねる。その時、クルーが早く何とかして下さいよぉ!と叫ぶ。
「何とかといわれてもあんなに離れていてはこちらとしても何もしようが無いが・・」
ジェマが呆れたように声を上げた。ウンディーネ達はまるで縄張り争いをしているようで、船に害をなしたわけではなさそうだった。船長が海路を改めたようなので、ウンディーネからどんどん離れていく。
プリムはまだ二体のウンディーネを見つめていたが、やがてランディにこういった。
「あの二体のウンディーネを一体にしてあげればいいんだろうけどね。」
「それがすなわちここ周辺だけでもマナを一体化させる事になるのかな?」
ランディは銛を片手に手すりに掴まりながらそういった。やはり、ウンディーネとの距離を離す事で船は先ほどよりも傾く回数は減っていたし、角度も緩やかになりつつあった。
「そこまでは私はわからないわよ。専門家じゃないもの。」
「専門家のジェマにも、多分判らないだろうね・・」
「こんなこと前代未聞でしょうしね。」
二人はちょっとした厄介事に今更気づいたようにため息を吐いたものだった。
クルーは何もしなかった3人にご苦労様、とだけ声をかけて二人から銛を取り上げた。プリムがむっとしたように腕を組むと、失礼しちゃうわね、と不満の声を上げた。
「まあまあ、余計な戦いをせず済んだからよしとしようじゃないか。まだ船の旅は1日目だからな。」
ジェマがプリムをなだめるようにそういうと、先に食堂に帰って行った。プリムも後を追うように歩き出そうとして、ふとランディに振り返った。ランディは水平線に青く光る二つの精霊の光に目を細めていた。
ぎゅ、と力を込めて手すりを握るランディを見て、プリムはやれやれと首を振ると、ランディ、と声をかけた。ランディは、あ、と我に返ってプリムに振り向く。
「何?」
「何?じゃないわよ。もう、済んだ事なんだから、あとでまた考えようよ。ジェマからまだ全部話を聞いたわけじゃないし、それから対策を立てても遅くないんだから。」
プリムは腕を組んだまま、ランディにそういった。ランディはうん、そうだね、と言ったが、また海の向こうを見つめはじめてしまう。
「何か心配事でもあるんならいいなさいよ。」
そんなランディを不満気にプリムがそういった。ランディは少し笑う。
「そんなんじゃないよ。大丈夫。戻ろうか。」
ランディはプリムの隣を通り過ぎようとした。その時、プリムが声を上げる。
「私を、どうしようかなんてジェマにぼやいてたわね。」
ランディが吃驚してプリムを振り返った。プリムは形のよい眉を怒らせてランディを睨んでいる。
「聞いてたのか・・」
「悪い?」
「プリムが言うとまるで悪くないみたいだから、悪くない事にする・・」
完全にランディは負けを認めているらしかった。プリムがそれを聞いてくすっと笑う。
「まあいいわ。私を置いていこうなんて絶対考えないでよね。私だってちゃんと戦えるし、チビちゃんを取り戻したいの。判った?」
つん、としてプリムがそういったので、ランディは判ったと大人しく頷いた。
「それならいいの。さ、戻ろ。」
プリムが先に足を走らせて食堂に戻っていくあとを、ランディは静かに足を進ませようとして、また海に振り向いてしまった。刻限は真夜中。真っ黒い海は小波の音を響かせていた。
ウンディーネの光は、もう見えなくなっていた。
食堂に戻ると、人々はそれぞれの部屋に戻って休んだと見えて、人はジェマとあと数人ほどが静かにお酒を飲んでいただけだった。
「ジェマ、さっき言っていた地図の事、教えてよ。」
ランディがほっとしたように酒を飲んでいるジェマにそういった。プリムが隣からまたお酒をかすめようとして、ジェマに止められる。未成年は駄目だぞ、とだけ言われると、プリムはつまらなそうに膨れた。
「地図か、済まない。あれが城にあるのでランディ達が今この船に乗っているんだよ。」
「資料が足りないって言ってたのはその地図の事?」
「そうだ。ちと大きすぎる地図で持って来れなかったのだ。まあ、ランディの騎士隊の話も合ったから来てもらおうと思っていたが、本当にいいのか?あの話は。」
「いいよ。僕はそんなつもりもともとなかったしね。」
ランディはにこりと微笑むとそういった。ジェマはすまない、と頭を下げる。
「ねーやっぱりさっきのウンディーネって二つのマナが存在するから、なのかな。」
プリムが氷を口に入れると、がりがりとかみ砕いてからそういった。
「うわーつめたーいっ!」
「そうだな、そう考えられるだろうな。確証が無いのでなんともいえんがね。」
ジェマは呆れたような笑いをプリムに浮かべながらそういった。
「とにかく対策はレムリアン城で、だね。」
「そうだな・・。寝るか?ランディ」
ランディが席を外そうと立ち上がるのを見て、ジェマがそういった。
「うん、いろいろあったからもう寝るよ。朝寝坊するかもしれない。」
「いいだろう、今日はいろいろありすぎたからな。ゆっくり休むといい。」
ジェマは続けておやすみ、といった。ランディもおやすみ、というと先に部屋に戻っていく。
「プリムは、眠くないのか?もうすぐ日が変わる時刻だぞ?」
「ランディってさー・・」
まるで人の話を聞いていないかのようにそういった。プリムはテーブルにぺったりと腕を乗せた状態で顎を置いている。
「なぁんで全部自分で仕舞い込んじゃうんだと思う?」
ジェマはそうだな、と思案顔に更けると一口酒を口に含んだ。
「ずっと一人だったからじゃないかな・・。友達も両親もなく、村からはいつも疑いの眼差しの中で生きてきただろう。誰にも頼れないし、誰にも判ってもらえない。独りで生きていく事に慣れてしまったときに、君やポポイに出会っている。」
プリムが頷いた。その話はランディの口からも聞いている。
「きっと嬉しかったんだろうと思う。いつもいつも一緒にいてくれる仲間。信頼してくれる仲間がいることが。きっとランディは楽しんだだろう。苦しい旅であると共に同時に楽しむ事が出来たと思う。ただ、冒険の結末が悪かった。君には辛い思いを与え、ポポイは犠牲となってしまった。まあ、命が消えたわけではないだろうが・・」
ジェマは酒が入っているせいか、いつもより饒舌になっているようだった。
「ランディが今考えている事は、もうこれ以上人に迷惑をかけちゃいけない、そればかりだ。プリム、君を困らせたくないのだと、辛くさせたくないのだと、そう言っていた。」
「聞いていたわ。知ってるの。」
プリムがそういったのにジェマは少し驚いたが、やがて落ち着きを取り戻した。
「そうか。」
「だけどさ、私だってチビちゃんを取り戻したいし、ちゃんと戦いたいのに。それは決してランディについて行くっていう理由じゃなくて、『私が』行きたいからなのに。ランディは私をお荷物かなんかだと思ってるんじゃないかしら。失礼しちゃうわ。」
「じゃあ、そういえばいいかもしれんな。」
ジェマが楽しむようにそういった。プリムはむっとしたようにジェマを軽く睨む。
「ねえ、ジェマ。昼間ランディに私と一緒になればいいなんて言ったでしょ」
ジェマがおもわず酒を吹き出しそうになった。プリムが慌てて避けようとしたが、ジェマはとりあえず吹き出さなかった。
「そんなところも聞いていたのか!?」
「人の噂ばかりしてるからよ。・・あのねえ、余計な事言うとランディはすぐ調子が狂うんだから、やめてよね。それに、私とあんな間抜け男を一緒になんてぞっとしないこというのもやめてよね。」
それだけいうと、プリムはがたんと椅子から立ちあがる。呆然としたままのジェマをみて、おやすみというとプリムは自分の部屋に戻っていった。
後に残ったジェマはやっと我に返って、おやすみといったが、すでにプリムは食堂を出てしまっていた。
1日目のウンディーネの騒ぎ以降は何事もなく順調な船旅だった。一週間の航海は割と満足に3人は過ごす事が出来た。レムリアン城が見えたときには、3人ともその船旅を惜しんだほどだった。
船はタスマニカの洞窟内に入り込み、パンドーラと同じく隠れた港で碇を下ろされた。タラップを踏み絶対に動かない地面で、ランディとプリムは少し気分が悪くなった。俗にいう丘酔いしてしまったのだった。
「船酔いしなかったから安心してたのに・・丘酔いなんて珍しいもんになっちゃうなんてね・・。あぁ、きつかった。」
プリムは薬をジェマからもらって少し安定したようだった。ランディも水を2杯ほど飲んだ時点でかなり気分を取り戻していた。
「揺れる事に体がなれていたんだね・・1週間も船の中にいたから、しょうがないか・・」
ランディは自嘲気味にそういっていた。
3人はようやく体調を港の宿屋で復活させると、改めてレムリアン城に向かった。
レムリアン城につくと、早々にジェマと共に王との謁見を済ませた。王は騎士隊のことをランディにしきりに勧めるので、おだやかに断ろうと努力していたランディの隣でプリムが怒鳴り散らしてしまった。慌てて王も強要しすぎていた事に気づいて、謝罪した。
「プリムはどこでも一番だね・・すごいや・・」
呆れたような、それでも楽しむようにランディがプリムの後でそういった。プリムがなぁーにいってんのよ!と切り返す。
「あんたがばしっと言わないから、私がいらいらしちゃって抑えられなくなっちゃうんじゃないの!ちゃんと断れるようにしときなさいよ。パンドーラでちゃんと言えたのにさ。」
「うーん、パンドーラは慣れてるからいいやすかったんだけどね。ここはあまり来ないしさ。実際迷ってたところもあるし。」
ランディの言葉を聞いて、プリムは少し言葉の刺をひっこめた。
「お父さんの事でしょ。ま、わからないでもないけどさ。」
プリムとランディの掛け合いを聞きながら、前を歩いていたジェマは人知れず笑いをこらえていた。なんだかんだいって、ランディはプリムがいなくてはならない気がしたのだった。
さて、謁見を済ませた二人をジェマは城の資料室に連れていった。船で行っていた地図を見せるためだった。
「これがそうだよ。」
ジェマがかけ布を取り外すと、黒板の大きさほどもある地図がそこに現れた。子細に地形なども書き込まれており、町や泉も書き込んである。その上に何か印のようなものを何点か見つけた。
「何?この印・・」
ランディが不思議そうにそういった。
「実はな、ランディ。言い忘れていたが、先だってここにも精霊が現れてな。」
「ええっ!?」
ランディもプリムも目を丸くする。
「なんだって、忘れてたの?そんなこと・・」
プリムが呆れたように口を出す。ジェマは申し訳なさそうな顔で頭を掻いた。
「いや、私はみてなかったもんでな。この資料室でここの学芸員が見ておったのを話に聞いておって・・。精霊とは思いつかなかったんだが・・どうも今思うと精霊だったような気がして確かめてみたのだ。学芸員は亡霊のような光を見たっていうからな。そのあとこの地図に印がついていたらしい。」
「なんなのかしら。精霊は。」
プリムがうなるようにそういった。ランディはジェマに思いついたように尋ねる。
「どんな形をしていたとか、色とか聞いてないの?」
「光は白っぽかったらしい。女性のような体つきの、きれいな女神のように見えたといっていた。」
「女神?そんな風に見える精霊はいないけどなあ・・」
プリムはいぶかしげに顔を傾げた。
「その女神が二体?」
「二体?いや光は一つかな・・いやまて、精霊でないかも・・」
ジェマが慌てて自分の言葉を否定した。ランディも少し躊躇するように頷く。プリムだけが今度はわからず、なに?一体、と問いただす。
「僕の母さん、わかるだろ?」
「マナの木になった・・えっ!?ランディのお母さんが出て来たっていうの!?」
「わからない、でも、確率は高い気がするよ。」
ランディが異様な確信を持ってそういうので、プリムは何だか身震いをした。
「マナが別れてしまったとすれば、大元のマナの木はどうなるんだと思う?あれは一体しかなかったものだったじゃないか。」
「それは、そうだな。」
ジェマは納得したように頷く。
「でもマナは別れている。精霊の世界のマナと人間の世界のマナに別れている・・。マナは・・どうしたいと思うだろう。一つしかないマナの木を・・」
「二本にするのかしら・・?」
「あるいは滅する。」
ランディが苦虫を潰したような顔をしてそういった。
「なるほど。どちらにしてもマナの木にしてみれば迷惑な話だ。それでここに手がかりを残して助けを待っているのかもしれんな・・」
ジェマは納得したようにそういった。
印のついた地図を3人が見つめた。
「じゃあやっぱり、この印はマナの境界地を示す地図で間違いない、ってことかしら。」
「そうだろうね。ほら見て。」
ランディが指差したのは、パンドーラから少し離れた海域についている印。
「多分、ここだよ。ウンディーネを僕らが見たのは・・」
「ようやく印の意味がはっきりしてきたな」
ジェマは一つ解決した事を安堵したようにほっと息をついた。
続きを読む
←←TOPへ
/←目次へ
Copyright 2000 BY SAE