しばらくフラミーと戯れた後、フラミーとは一度別れることにした。まだ地図の写しが済んでいないので、まだここを離れるわけには行かないのだ。
「ごめんごめん、フラミー。今日はまだ行き先が決まってないんだ。」
ランディがフラミーの目の下辺りを撫でながらそう言った。プリムもああ、そっかと呟く。
「とりあえず空にお帰り。また次に頼むよ。」
フラミーは頷くと、ぺろりとランディの頬を舐めた。ぺろりと言っても、フラミーの体自体ランディ達の何倍もあるので、その舌もそれなりにでかい。ランディの顔はべしょべしょになってしまった。そのあとフラミーは律義にもプリムの頬も舐めていくと、屋上から彼方へと飛び立っていった。
プリムはびっしょりに濡れた頬を苦笑いしながら拭うと、「あの子の両親なんだろうねえ、あたしたち・・」と言った。
ランディはフラミーに舐められた頬を拭いながら頷いた。
ジェマの進み具合を見るために二人は資料室へ向かった。資料室に着くと、紙とインクの匂いが二人の鼻を突いた。
「ジェマ、どんな感じ?」
プリムがそう言ってジェマに尋ねると、ジェマはおお、と書き込みしている紙から顔を上げた。額には汗がにじんでいて、ジェマの髪の毛がぺったりとくっついていた。
「ぼちぼちやってるよ。地図の書き込みをするのは久しぶりでな、少し手間がかかりそうだ。」
「どのくらいかかるの?僕も手伝うよ」
ランディが地図を覗き込みながらそう言った。しかしジェマは肩に手をやりながら息をつくと、それを断った。
「いや、いいよ。大きな紙を選ばなかったので複数作業は無理なのだ。出来たら呼ぶから、それまではここでゆっくりしていけばいいじゃないか。」
「とはいっても、余所ってゆっくりできないものなのよねえ・・。冒険慣れしてるとはいえ、ね。」
プリムがすとん、と手近にあった椅子に座ってそう言った。ジェマも、それはそうだろうな、と呟く。
「ねえ、プリム、一箇所くらいは行けるんじゃない?頭にいれてさ。フラミーも味方になってくれる事だし。」
ランディが地図を見ながらそういうと、プリムはそれもそうね、と頷いた。
ジェマがそれを聞いていささか驚いた。
「フラミーが仲間になったのか?」
「そうよ!私のこれのおかげよ」
プリムは得意そうにそういうと、自分の頭を人差し指で2度軽く小突いた。ジェマはそれを見て笑う。
「すごいじゃないか。」
「まあね。・・で、近いところはどこ?」
プリムは椅子から立ちあがって、大きな地図とにらめっこしているランディに近寄った。
「うーん・・近いところというと、ここかな?」
ランディが指差したのはマンテン山の山頂のあたり。賢者ジャッハの住処の近くのようだった。
「懐かしい。ジャッハ様、元気かしら?」
「そうだね、ついでに様子を見てこようか。」
ランディがそう言うと、プリムはそうね、と頷いた。ランディはジェマに振り返ると、じゃあ、行ってくるよ、と声をかけた。ジェマはまた、地図に没頭しながら、気をつけてな、と言ってくれた。
再び屋上へと歩きながら、プリムがねえ、ランディと不安げに声をかけた。ランディは珍しく弱気な声を出すプリムに少し驚きつつも、平静を保ったまま、何?と答える。
「あのさ、昨日二体の精霊を融合させるの、ランディがやったじゃない?あれ、精霊8体・・まあ、昨日1体を融合してるから残り7体だけど・・全部そうするしかないのかなあ・・」
「他に方法があれば是非そうしたいけどさ、わからないからねえ・・」
ランディもちょっとその点では不安を覚えていたのだが、あえて口にしないでおいたのだった。しかし、確かに幾度となくあの体験を味わうというのは出来れば避けたいと思っていたのだが・・。
「大丈夫ダスー」
不意にひょいっとランディの背後に現れたのは、昨日味方になったばかりの風の精霊ジンだった。そのジンを見て、あらっとプリムが吃驚している。
「ああ、そっか。聖剣を持ってないから、今度はランディの為にも現れてくれるって訳ね?」
「そうみたい。」
ランディがそう返事をした後、ジンの方に向き直って、どういうこと?と尋ねる。
「私もランディさんと同じ種類のマナになってるダスー。しかも純粋なマナの力を精霊はダイレクトに使えるダスから、私に任せてくださいダスー。ただし、その力はやっぱり大きいから、前みたいに魔法を貸すことが出来ないんダスー。許してほしいダス・・」
ジンが恐縮して小さくなるようにそう言ったが、プリムが手を振りながら笑ってこういった。
「ああ、それなら平気平気。私は体動かす方が好きだもん。魔法は今回は我慢するわ。」
プリムのその言葉を聞いてジンはぱっと明るく笑った。
「それを聞いて安心したダスー。では、次の精霊に会ったらまた呼んでくださいダスー。」
嬉しそうにくるくるっと宙返りしてみせてから、ジンはぱっと消えてしまった。プリムがそれを見て、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「現れるのも消えるのも素早いわね・・」
呆気に取られたようにプリムとランディは顔を見合わせた。
やがて、屋上にたどり着いた二人は風の太鼓を鳴らしてフラミーを呼び出した。フラミーはさっきと同じように風のように到着すると、二人を乗せて飛び立っていった。
久しぶりのフラミーの飛行を二人は気持ちよく過ごした。空から見る地上の雰囲気も、前とは変わりない。地平線や水平線を見る方向も、別段異常はなかった。
「見た感じでは前と変わらないのにね・・」
「そうだね・・」
二人はそれでもこの世界が異変に包まれていることが不思議でならなかった。
「あ、山頂よ!あそこあそこ!!」
プリムが慌ててマンテン山を確認してそう言った。
「フラミー。あの場所に降りてくれるかい?」
キューイ!
フラミーは元気よく返事をすると、風に乗ってゆっくりと降下し始めた。初めの頃はフラミーは後ろに3人を乗せていることなどお構い無しに急降下して、3人ともが狂乱しながら着地していた頃もあった。しかし、冒険の途中でフラミーに何とか乗っている時にはゆっくり降りてくれるように覚えさせていた。とりあえず、フラミーはその事を覚えてくれていたことが、ランディは嬉しかった。
やがてフラミーは山頂に足をつけた。足をつける時に突風が起こり、その辺のモンスターが風に煽られて吹き飛ばされた。フラミーは離着陸の時に無防備になるのを知っているので、モンスターのいる場所ではわざと風を起こして着陸するのだった。
「ありがとう、フラミー。いい子だね。」
ランディは優しくフラミーを撫でてやると、フラミーはキューイキューイと甘えるように懐いた。
「わかったわかった。今度はもっと一緒に飛ぶから。」
ランディはフラミーを慰めるようにそういうと、フラミーの首を撫でてやった。
「まーったく、どっかの親馬鹿みたい。」
プリムがフラミーの背中から降りながら呆れたようにそうこぼした。
「あはは、そうだね。じゃあ、一旦空にお帰り。フラミー」
キューイ!
元気な声でまたフラミーは返事をすると、風に乗ってまた彼方へ飛び去っていった。
空の色に呑み込まれるようにフラミーの姿が見えなくなるまで二人は見詰めていた。一番近い雲の中にフラミーが入ってしまうと、さて、と二人とも視線を地上に戻した。
「まず、ジャッハ様に会ってみない?何か変わったことがなかったかどうか聞いてみた方が早いと思うし。」
「そうだね。そうしようか。」
ランディはプリムの案に同意すると、とりあえず武器を荷物から取り出して、装備にかかった。プリムも同じようにランスを取り出した。
山頂の洞窟へは少し歩く必要があった。フラミーが下ろしてくれたのが、中腹地点だったからだ。多少のモンスターがいたものの、大した相手ではないので、二人はとりあえず邪魔にならない様に敵を退けながら通過していった。
山頂の洞窟へたどりつき、内部に躊躇なく入って行くと、太ったインコのような生き物がばさばさと羽をはばたかせた。
「おお、ランディにプリム。久しぶりだな。」
「ジャッハ様、お久しぶりです。」
ランディがにこりと微笑んでそういった。プリムも元気そうね、と微笑んだ。
「二人ともおそろいとは驚いた。何事かな?」
「ちょっと調べていることがあるんです。この辺で変な光が2つ出たりする場所をしりませんか。」
ランディはジャッハにそう尋ねた。ジャッハはばさばさと開いた羽を畳んでしまうと、ふーむ、と唸る。
「光りか・・そうだな、マナの光か。」
「そうだと思います。」
「他愛ないことだ。今さっき、ここにおった。」
「ええっ!?」
ジャッハがあまりにあっさりというので、二人は調子っぱずれな声を上げてしまった。
ジャッハがそれを笑う。
「ここをスーイスーイと動くものでな、何事かと見ておったのだが、すぐまた消えてしまうのだ。また来るであろうが。」
「消えちゃったの・・?」
「また来るのかな・・ほんとに。」
二人が不安げな顔を見合わせると、ジャッハは安心させるように微笑んだ。ばさばさと羽を羽ばたかせて、久しぶりに試練の回廊に行ってはみないか、と誘う。
「試練の回廊に?」
「どうして?」
ジャッハが意味ありげに微笑む。そして、二人の返事を聞きもせず、鎖されていた試練の回廊への道を開かせた。まるで檻のような岩が重々しい音を立てて、下ろされる。
「さぁ、行くかね?」
ジャッハはそれだけいうと、二人をそのままに歩き始めた。試練の回廊という道に向けて。
「行こう」
ランディはジャッハの背中を見据えると、一言そういった。プリムは意外そうにランディを見上げたが、ランディがまっすぐとジャッハの方を見つめているのを見て、プリムは何も言わず頷いた。
回廊は前と変わらずにモンスターが巣食い、いたるところで岩が崩れていた。ランディは鞭を腰のベルトに巻き付けると、崩れて前に進めなくなっている岩や崖に突き当たる度に鞭をなげ、それをロープ代わりにして道を進んでいった。いつも、鞭を固定させてプリムを先に行かせてから、自分は不安定なロープを使って、鍛えた自分の筋力で何とか登ったり、伝ったりしていった。
そんなとき、ジャッハはいとも軽く飛んでいってしまった。彼には翼があるので、何の問題もなかった。ただ、外とは違い、天井があるので二人は心配げに見つめるのだが、さすがは賢者ともいうべきか、天井に頭をぶつけて昏倒するということはなかった。
ジャッハがすいすいと先に進む中、ランディとプリムが苦心してある地点の崖を超えたところで、ランディが小声でプリムに囁いた。
「あれは・・ジャッハ様じゃないよ。多分。」
「・・えっ?」
プリムは驚いてランディを見つめた。ランディは息切れるふりをしながら、怪しまれない様にそこに佇んでいる。そして、切れ切れの声でプリムに伝える。
「予測だけどね。でもジャッハ様自ら試練の回廊に行くなんておかしいし。僕らに戦いを挑むには、最終的なあの場所はもってこいだとは思わない?」
ランディはそれだけいうと、プリムの返事も聞かずに立ち上がった。前を行く得体の知れぬジャッハ様に、不審がられない様にするためだろう。
プリムも慌てて立ち上がると、ランディの後を追った。一瞬、何を信じればいいのか不安になった。思わず手に持ったランスを握り締める。
敵と果敢に立ち向かい、障害物を乗り越えて、やっとのことで最終目的地へたどり着いた。以前来たときには、自分達と全く同じ「影」を相手にして戦った。自分達への勝利こそ、勇者となる最終的な試練だったのだ。
しかし、今度の戦いはそうならないことを二人は承知していた。ジャッハが目の前で二人に向き直ると、ジャッハの目は怪しげに光り輝いていた。
「来い!わが精霊ノーム達よ!」
ジャッハはそういうと、羽を一降りさせて羽ばたかせた。すると、ジャッハの両側から光が二体生じる。判然としなかった形が次第にランディ達の目の前に、明確な形としてその姿を現し始める。そう、それは土の精霊ノーム、その2体だった。
「ふはははっ!わしくらいにもなれば、ノームを二体も手なずけられるのだっ!さあ、聖剣の勇者とやら、わしと力比べをさせい!」
「ち、力に飲まれているわ・・!」
プリムがぞっとしながら、肩を震わせた。ランディもこくん、と頷く。
「なるほどね、きっと新しい精霊がジャッハ様を力で飲み込んでしまったんだ。弱いノームはそれに従わされているんだね、きっと。」
「じゃあ、あれは紛れもないジャッハ様なわけ?なっさけないわねぇ。」
プリムは呆れたようにそういうと、ランディが笑った。精霊二体と賢者を相手にこれから戦うというのに、彼女は本当に気丈だ。
「じゃ、ジャッハ様を取り戻そう!いくよ!」
「了解っ!」
二人は地を蹴り、ジャッハと彼が手なずける2体の精霊の元へ走り出した。
ジャッハはそれを見てむっとすると、精霊よ!と呼びかけた。二体の精霊がくるりと回転すると、それぞれが異なる言霊を吐いた。
「我らの体を無断に踏みしめる者たちへの仇を取らせよ!」
「我らの心に眠る金剛石よ、今眼前の敵を打ち砕かん!」
初めに大きな地鳴りが二人の足元を襲うと、唐突にいくつもの大岩が地面から突き出した。轟音がうなり、ランディの肩すれすれを尖った大岩がかすめる。プリムの目の前の地面が唐突に突きあがり、プリムは慌ててのけぞる。
そうかと思えば、次に頭上から降り注ぐのは世界一の硬さを誇るダイヤモンド。ランディは慌ててスピアを頭上に回転させて、それを防いだ。プリムは岩陰に隠れていたので、難を逃れる。
「ジャッハ様っ!お覚悟っ!」
「ぐわわわっ!?」
ランディがスピアをジャッハの胸に貫こうとしたのをみて、プリムは仰天した。
「駄目ぇ!ランディーーー!!」
プリムはぎゅっと目をつぶってしまった。恐ろしさのあまりランスを握り締める。
しかし、ジャッハの叫びはいつまで経っても響かない。
恐る恐る目を開くと、ランディはスピアをかなり矢先の近いところで握り締めていたので、ジャッハの胸に矢は届いてはいなかった。普通通りに持っていたら、見事に貫通していたのかもしれない。
「らん・・でぃ?」
「大丈夫、ショックで気を失っているだけだよ。」
見ると、ジャッハは仰天したままの状態で静止していた。プリムはほっと息をつくと、気を失ったジャッハを見て、ため息を吐いた。
続きを読む
←←TOPへ
/←目次へ
Copyright 2000 BY SAE