「すまなかったなぁ。まさかこんなことになるとは・・」
 すっかり正気を取り戻したジャッハは、ランディとプリムから事情を聞くとそういった。ジャッハについていた土の精霊ノームは風の精霊ジンが現れて、ジャッハが気を失っている間に素早く融合させた。宿主が気を失ったので、多少ノーム2体もショック状態に陥っており、融合するのは意外と簡単にすることが出来た。
「おう、子分1じゃねーか!奥様もお元気そうで!」
 ノームは融合されてから二人を見るなりそういった。以前ノームと出会ったときにときに、ポポイがノームを子分扱いにし、しかもランディを子分と、プリムを奥様と呼ばせた。
「奥様じゃないってばー」
「僕も子分じゃないってのに・・」
 二人は不服そうにしながらも、お互いに顔を見合わせて微笑んだ。ポポイがいた証が見つかったような気がして嬉しかったのだ。
「親分は?あっしが普通にこの世界に存在できるってことは親分もいるんでやんしょ?」
「それが、マナがまだ不安定な状態で・・君ら精霊が二つに分かれたりしてるだろ?ポポイは妖精だったから、また違う状態なんだと思う。僕らに姿を現してくれないんだ。」
「そうでやんすか。」
 ノームはランディの説明を聞き終えると、残念そうにうなだれた。ポポイを親分と慕っていたノームにはずいぶんを気落ちさせる内容だったに違いない。
「でも、ちびちゃんを取り戻すために頑張ってるのよ。私たち。ね、ノームも来てくれるでしょ?」
 プリムがにっこりと微笑みながらそういうと、ノームははっとしてプリムを見つめた。
「さすがは親分の奥様だ!肝が据わってらっしゃる!是非ともあっしにも手伝わせてくだせぇ!!」
 そういうと、ノームはガッツポーつを見せた。プリムはもう訂正する気にもなれず、引きつった笑顔を浮かべながら頷いた。
「よし、じゃあ、ノームが手に入ったところでジェマのところに戻ろうか。」
「気をつけてな。」
 ジャッハがランディにそういうと、ランディは強気な瞳を光らせて頷いた。
「大丈夫。きっと全部うまくいくように頑張るから。」
「全部、にランディ、お前も入っていなければならんぞ。」
 ジャッハは目ざとくそういうと、ランディは一瞬目をさまよわせたが、すぐに誤魔化すように頷いた。
「心配しないで。」
 ランディはジャッハの肩にぽんと手を置くと、行こう、とプリムを促した。
 プリムとランディが山頂の洞窟を抜けると、ジャッハは一人きりになった。洞窟の奥からは風が抜ける音が響いている。まるで耳鳴りのように、その音は途切れることはない。
 ジャッハはため息をついた。

 フラミーを呼んで、一度レムリアン城に戻ることにした。
 フラミーの心地よい飛行を楽しんだ後だったせいか、城は随分と重い空気に包まれているような気がした。人々は普通通りに城の中を行き来しているので問題はないはずだ。しかし、空気が・・黒い空気が侵入したような、そんな重みがあるような気がして、ランディもプリムも落ち着かない気分になった。
「ランディ・・なんか変よ。」
「うん、でも、見る限りおかしなところはないんだけど・・」
 ランディもプリムも、注意深く周りを見回しながらジェマの元へと歩いていく。結局、資料室までの間何も起こらず、二人は資料室の扉を見つけてほっと息をついた。
 気のせいだ。気のせいに決まってる。
 二人はそう思った。思い込もうとしていたのかもしれない。
 その証拠に、当然資料室の扉が派手に大破して破片が飛んでくるのを、二人は異様に素早く避けることが出来ていたのだった。
 音が後から届いたような、とっさの出来事。
バァンッ!!
「なっ・・!」
 扉がまるで屑のようになって、ランディとプリムに向かって飛んでくる。ランディとプリムは伏せてそれをやり過ごし、すぐに起き上がって資料室に飛び込んだ。
 そこにはいたのは・・光り輝く女神のような存在であった。しかもその存在が、ジェマの首に手をかけているところだったのだ。
「ジェマっ!?」
「いらっしゃい、ランディ。」
 目に見える残酷な惨事から考えられないほど優しい声が聞こえてきた。ランディは目を瞬かせる。いま、自分の名を呼んだその声は・・・。
「母さん!?」
 プリムも信じられないものを見るように呆然と佇んでいる。そうだ、プリムもランディの母の声をマナの聖地で聞いている。あのときは木の姿をしていたのだが、確かに声はあのときのままだ。
「こんなところにいたの?早く聖地へ行きなさい。貴方を待っている人がいるんですから。」
 優しいその声でランディを窘めるようにそう言うが、その手は依然ジェマの首を掴んだままだ。ジェマは既に気を失っているらしく、見る見る顔が青くなっていくのが分かる。
「母さん!なにをしているんだ!その人を離して!!」
 ランディがそういうと、女神のようなその存在はちらとジェマに目をむけた。
「余計なことをするからよ。」
「ジェマを離して!」
 ランディがもう一度懇願するように言うと、その存在はようやくジェマから手を放した。ジェマがどさりと床に叩き付けられる。
「ジェマっ!プリム、誰か人を呼んできて!」
「う、うん。分かった!」
 プリムは慌てて踵を返すと、部屋を出て行く。ランディがその様子を見て、安堵の息をついた。
「・・あなたは母さんじゃない。聖地で待ってるその人こそ・・僕の母さんなんだ。そうだろ?」
 ランディはその不思議な存在に背を向けたままそういった。ジェマは荒い息を吐いているのを、じっと見詰めている。
「ら・・・らんでぃ・・もうこれ以上の無茶・・は・・」
 ジェマがぜいぜいと息を吐きながら、ランディを止めようとするが、ランディは微笑みすら浮かべて頷いてみせる。安心させるようにジェマの手を握る。
 かつては父のライバルでもあった人。今では彼が父のような気がしてならない。
 ランディはそう思いながら、ジェマを見つめていた。
「ほ・・よくわかりましたね。どうやら、あの人は頭の切れる子を産んだようです」
 不思議な存在はふわんと足を地に付ける。ランディのすぐ後ろに足をつけて、ランディを見下ろす。
「うちの精霊を取り込んだのですか・・二体も。」
「ジンとノームなら取り戻したよ。『母さん』のおかげで」
 怒りに身を震わせるとその存在は光のように白かったのに、青く変色した。おそらく、それが本来の姿。
「イーノス。我が名はイーノス。新しきマナを元に生まれた新生の女神。」
「新生?母さんは?母さんはどうするの!?」
「必要無いものです・・放っておけばやがて地に帰るのですから」
 ランディはきっとイーノスを見上げた。イーノスは優しい顔付きをしていた。ただそこに居るだけであれば、確かに母と呼ぶことも出来たかもしれない。
 しかし、その仮面の下には実の母を死に追いやろうとするものが潜んでいるかと思うと、ランディは怒りに胸が震えた。
「母さんのところへ、連れていってくれるんだろう?」
「らっ、ランディ・・!」
 ジェマが息も絶え絶えに叫ぶ。
「行ってはいけない。罠だ。分かりきっているだろう。待て、待つんだ。せめてプリムが戻るまで・・!」
「プリムを・・プリムをどうして巻き込める!これ以上彼女をひどい目には会わせたくないんだ!!」
 驚くほどのランディの一喝に、ジェマは息を飲んだ。ランディにこれほどの威圧感があったことなど、前の冒険では見たことがない。
 ランディはそれだけ言うとふいと顔を背け、イーノスに向かってこういった。
「イーノス。僕を連れていってくれ。母さんの元に。」
「聞き分けの良い子で助かります・・いらっしゃいランディ。」
「待って!!」
 部屋を震わせるほどの毅然とした声が聞こえてくる。ランディはぐっと目を閉じてから、声の方に向き直った。
 プリムだった。後ろには数人のこの城の兵士が控えている。
 ランディの顔に落胆の色が浮かぶのを見つけて、プリムは一瞬悲しい気持ちに襲われた。
「あなたたちはジェマを。」
プリムは素早く小声でそういうと、兵士達をジェマの方に促した。兵士ははっ、と声をそろえて返事をすると、とりあえずジェマを担いで部屋の外に出た。
「行かなくても、後でこちらから出向いてあげる。あなた、イーノスといったわね。ランディ、お母さんでもない人の言う通りになんてする必要ないじゃないの?」
 怒ったように腕を組んだまま、プリムは一歩一歩相手を刺激しない様に近づいていく。
「イーノス、今は帰って。ランディ、考え直して頂戴。頭を冷やすのよ。」
「邪魔な子がいるのね・・ランディ?」
 イーノスがにこりと微笑んでランディに顔を向ける。ランディはあろうことか、イーノスに微笑んでみせる。
「ああ、そう。ちょっと強気でお転婆なだけだと思ったんだけどね。いいんだ、僕が説得するよ。」
 その言葉にプリムは愕然とした。ランディは操られてしまったのか?それとも今の言葉は本気なのか??
「プリム、どうか分かって。僕は母さんにあって話がしたいんだ。」
「だって、ランディ、・・あとの精霊を集めなきゃ・・」
 プリムはすっかり意気消沈してしどろもどろにそういう。しかし、ランディはにっこり笑うと、後ろのイーノスに目をやった。
「残りは・・あの人のものだよ。プリム」
「えっ・・」
 イーノスは頷くと、翼のようなローブを広げてふわりと浮かんでみせた。そのそばには残りの精霊達が2体ずつ彼女を取り巻いている。
「まさか・・全部??」
 唖然としたプリムが喘ぐようにそういった。イーノスは勝ち誇ったように笑うと頷いた。
「そう、全部です。」
「なんてこと・・」
 プリムが茫然自失の体でしゃがみこんでしまうと、ランディも同じように膝を突いた。
「プリム、どうか行かせてくれ。きっと上手くやってくるから・・」
 それは芯のしっかりしたランディの声。間違いない、さっきまでのランディは演技だ。イーノスをたばかるための・・。
「馬鹿っ!どうして私も連れて行かないのっ!私だって・・戦えるわ!」
「プリム、僕がいやなんだ・・どうか・・許して」
 ランディが拳を作ったのをプリムは信じられないような目で見つけた。
 やめて、お願い。こんな大事なときに気を失わせるなんて・・!
 重い痛みが来たのは一瞬だった。
 すぐに脳天から記憶も意識もかき消すように消えていった。
 後に残ったのは、後悔と頬を伝う涙だけだった。

 ・・オネガイ・・モウ人ガ死ヌノヲ見タクハナイノ・・。


 大きな月が闇の中にぽっかりと浮かんでいる。草原を風が撫ぜるように過ぎて行く。
 二人は草原の中で足を抱えて座り込んでいた。なにか恐れるものから自分を守るかのような姿勢で。
 二人というのはディラックとプリムだった。
 ディラックもプリムも、大きな満月を見上げていた。青白い満月は少し気味が悪かった。
 いつもこうしてディラックは月を見ていた。
 プリムは思い出していた。ディラックは時々夜パンドーラを抜け出しては、草原から青い月を熱心に、そして心細そうに見詰めていたのだ。
「なにをそんなに熱心に見ているの?」
 はじめて会ったときの言葉。それがその言葉だった。プリムは暑くて眠れない日の夜、自分の部屋の窓を開けるために窓辺に寄ったときに、ディラックを見つけた。何だかせっぱ詰まったように街から出て行くディラックを見て、プリムは放っておけず、慌てて上着を着て追いかけたのだった。
「やあ、こんばんわ。つけてきたのかい?」
 今までの表情とは一転した明るい笑顔。それを見せてディラックはおどけるようにそういった。
「そうよ、貴方があまり一生懸命に走ってるのを見つけて、なにがあるのか気になったの。」
 プリムは大凡の嘘をついた。しかし、どうでもいいことだと、プリムは思った。
「どうしてそんなに一生懸命月を見ているの?」
 プリムは隣に座りながらそう聞いた。ディラックは暫く黙り込んでいたが、彼女からうまく避ける方が至難だと判断したのか、割合素直に吐いた。
「僕の体にはとてつもなく悪いものが蔓延ってるような気がするんだ。いつもは大丈夫なんだけど・・時々とても凄絶なことを考えたり夢見たりすることがあるんだ・・。月を見ているとね、そのいやな心を浄化してくれるような気がするんだよ・・」
 プリムは何だかよくわからなかったが、そう、と答えた。よくはわからなかったが、何かにひどく脅えているのだということだけは、確信を持てた。
 プリムは何とか元気付けたいと思った。頼りなげなその顔を、何とか笑顔で、本当の笑顔で満たしてあげたい、とそう思った。
 ふわりとプリムは後ろからディラックを抱きしめていた。ディラックは吃驚したように見上げると、プリムがにこりと安心させるように笑いかける。それにつられたように、ディラックは微笑んだ。そして、笑いあった。
 何気ない雰囲気の中で唇が交わされる。驚きも困惑もない。まるであるがままを受け止めるように、プリムはまだその名も知らぬ兵士を愛していた。
 唇を離した後に。お互いの名前を知った。それはまるで、普通の出会いとは逆だった。

 ランディを見つけたのは・・ディラックを探している途中。こんなロマンチックな出会いとはかなりかけ離れた出会いだった。
 なんせ、あの男はゴブリンの餌食となる壷で茹でられているところだったんだから。
 それでも、プリムはそんな出会いを微笑んでしまう。アイツらしい出会いといえば、それまで。でも、なくてはならないもの。

「プリムを・・頼むよ・・」

 ディラックがランディに発した最後の言葉。あの言葉をランディはどう受け取ったのだろう?
 そして、私は。アイツを失うのを確実に恐れてる。

 オネガイ・・モウ人ガ死ヌノヲ見タクハナイノ




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