プリムは目を醒ました。割合早く目が醒めたらしく、まだ部屋にうつ伏せの状態だった。どたどたと兵士達がやってきて、大丈夫ですか!?と声をかけた。
「あ・・だ、いじょう・・げほげほっ」
胃のあたりが焼けるような気分だった。プリムは咳き込んでしまう。喉はからからだ。
ったく・・思いっきり殴ったわね、ランディの奴・・。
「どうぞ。」
気の利いた兵士の一人が水を差し出した。プリムは頷くと、先に水をもらった。
「ありがとう、助かったわ。ほんとに。」
声がやっと普通に出るようになって、プリムは安心したようにそういった。
「よかった。ジェマ殿がお話があるそうです。すぐに、お部屋へ来てもらえますか」
「そんな暇はないわ。」
兵士の手を振り払うように、プリムは立ち上がると部屋を出て行こうとした。フラミーに乗って、ランディを追うつもりだった。しかし、壊れた扉の前で、一人の兵士に止められる。行く手を阻むように、兵士が扉口に立っている。
「どいて、急いでるのよ。」
プリムは鬼のような形相でそういった。しかし、兵士はくすっと笑うと、相変わらずだね、嬢ちゃんといった。
「せっかちで強情なところ、前とちっとも変わってないなぁ。」
「何よっ!あなた誰!?」
プリムはいきり立ったようにそういうと、兵士は深く被っていた兜を上げた。きれいな青い瞳、海に出ることを夢見ていた男を思い出して、プリムは懐かしさに目が潤んだ。
「セルゲイ・・やだ、どうして!」
プリムは思わずセルゲイの首ったまにしがみついた。そのまま、わぁーっと泣き始めてしまう。
「ランディが・・一人で・・アイツ馬鹿よ。どうして私を置いてくのよ!私だって戦えるのに!ちびちゃんを助けたいのに!ランディのお母さんだって!!」
ランディに突き放されてショックに陥っていたのか、そんな精神状態のときにでてきてくれたのはセルゲイ。以前旅の途中にサンドシップで捕らえられてしまったときに、見ず知らずの3人を助けてくれた信用のおける人物。プリムが泣いてしまうのも無理はなかった。
「おいおい、嬢ちゃん、落ち着きなって。さっきはそんな暇はないとか言ってて、泣いちまうなんて・・しょうがない嬢ちゃんだ。」
セルゲイは人懐こい目を細めてプリムの背をとんとんと叩いた。プリムはそれを言われて慌てて身を離した。
「そうよ、時間がないの。セルゲイ、せっかくだけど、今度また来るわ。いかなきゃ、私。」
一気にそう言ってしまうと、プリムは涙を拭いてセルゲイから離れようとした。しかし、セルゲイがプリムの腕を掴む。
「嬢ちゃん、ジェマさんが呼んでんだ。言った方がいい。」
「そんな時間はっ・・!」
「ジェマさんは先の冒険の指導者だろう?今回だって彼から色々聞いてるはずだ。彼は長年のマナの研究者だし。彼の言葉は最終的な切り札になるはずだよ。」
セルゲイの落ち着きある言葉に、プリムも我に返った。そうだ、3人だけで乗り越えたわけではない。ルサ=ルカ様やジェマを始め、レジスタンスのみんなや、他でもないセルゲイ、トリュフォー、マリクトのお婆ちゃん、いろんな人たちの助けがあればこそ、あの冒険で生きて帰ってこれたのだ。
「そうね、ごめんなさい。ジェマは、どこ?」
プリムはやっと声のトーンを下げるとそういった。セルゲイは満足そうに頷くと、こっちだよ、と部屋へ促した。
「ああ、プリム。またしてもすまん・・」
まだ顔色が良いとは言えないジェマを見て、プリムは慌てて首を振った。
「しょうがないわよ、急だったもの。で、話って?」
プリムは急かすようにそういった。ジェマはうむ、と頷くとプリムにある腕輪を渡しながらこういった。
「プリム、ランディはおそらく死ぬ気だろう・・命に代えても母を守り、世界を取り戻そうとしているんだ。これ以上、誰も犠牲にならぬ様にと・・」
プリムは黙って頷いた。
「しかし、彼を失うのでは意味がない。この戦いはいわばマナ同士の戦い。マナの戦士である彼がいなくなった場合、今が凌げても次に凌ぐ術はない。いや、そういう問題云々以前に、私はランディを失いたくはない。プリム、君もそうだろう?」
プリムは俯いたまま頷いた。
「そこで、だ。やはり今回も聖剣の力が要ると思うんだよ。ランディは抜けないといっていた、あの聖剣がやはり必要だと思う。」
プリムははっとしたように顔を上げたが、不安そうにジェマに目をやる。
「でも、ランディが抜けないのなら、誰も抜けないわ。アイツ、聖域にいっちゃったんだもの・・」
「うむ、そこで適任がいる。君だ。プリム」
「へっ!?」
プリムは目を瞬かせて驚いた。何を言うんだろう?
「私は聖剣の勇者なんかじゃないし、だいたいもともとディラックを追うのに手伝ってもらっただけよ?私」
「いや、それは知ってる。でもランディの仲間だ。かけがえのない仲間だ。そして、誰よりもランディを失いたくないと思っている人間だ。そうだろう?」
そうだろうか・・?まあ、そうかも。
プリムはランディの周りの人間を考えてそう思う。少なくともポトスの人間よりは、自分の方がランディを思っている事に自信があった。だから、プリムは何も言わず頷いた。
「その思いとその腕輪は同調してくれるだろう。その奇跡を信じて、聖剣を抜いて欲しいんだ。後はランディを追ってくれ。それで勝機は見えてくるはずだから。」
プリムは渡された腕輪をしげしげと見つめた。
「ねぇ、ジェマ。この腕輪って・・?」
ジェマはそれを聞くと、ふと顔を曇らせた。暗い面持ちで、口を開く。
「その腕輪は・・」
イーノスはランディを腕に抱いて、風のようにマナの聖地に向かった。ランディは自分からイーノスに抱かれ、抵抗もせず、されるまま運ばれた。
彼は操られているわけでもなく、また意志を消されたわけでもない。彼の意志で、一人でマナの聖地に向かうことを決め、イーノスに運ばれた。もう、プリムを巻き込みたくない。それだけだった。
「着きましたよ、ランディ。さあ、あなたのお母様はそこです。」
ランディは地に足をつけて、イーノスの腕から離れると、イーノスが指差した先を見て愕然とした。マナの木は、要塞の砲撃で一度根を残して打ち倒されていた。その後、世界に残ったマナを利用して成長したようだったが・・。
「やはり・・二股に分かれたんだね・・」
マナの木はランディが言った通り、根から再び芽を生やしたが二股に分かれたようだった。しかも、片方は勢いよく天に伸びているのに比べ、もう一方は痩せ細った枝のような太さで天に向かっている。勢いの良いもう片方におおよその養分が取られているのが一目瞭然だった。
「母さん・・?」
ランディはゆっくり近づいてやせ細った木に近寄った。本能的に、いやもう当然としか言いようがない気持ちで、やせ細った木に手を当てていた。
「母さん・・僕だ、ランディだ。ごめん、精霊を・・集められなくて・・」
『・・ん・・でぃ・・?ら・・んで・・ぃ?』
掠れるようなその声に、ランディは胸を痛ませた。まただ、とランディは手のひらに爪を立てる。
自分の母もディラックもポポイも助けることが出来なかった。何だ、何の所為だ?
己の力の無さに・・ランディはまた一人腹を立てた。
「ちくしょう・・なんで、何で・・・?ち・・くしょう・っ・・!」
木に触れる自分の手が歪んだ。ああ、泣いてるんだ。僕は泣いている。まるで子供のように。
『精霊・・だめ・・だった・・の?』
母の声が聞こえて、ランディは慌てて涙を腕でごしごしと払った。イーノスを見ようと後ろを向くと、イーノスはにっこりと微笑んだ。しかし、彼女の目は笑んではいない。まるで氷のような瞳。きっと、どう始末をつけようかと迷っているのだ。
ランディはスピアを握り締めた。それから、母と話をしようと声をかける。
「ごめん、母さん・・あなたの力を無にしてしまった・・」
あの精霊達の居場所を示した地図。あれはランディの母自身がタスマニカに趣き、残り少ないマナを使って精霊の居場所を突き止めたものだったのだ。精霊は力になる。イーノスから力を奪うとすれば、精霊を味方につける方が手っ取り早い。母はそれを示唆して、あの地図を残してくれたのだ。
イーノスから力を奪った後、イーノスと決着をつければ・・或いは、と。しかし、イーノスは精霊が自分から奪われていることに気づいたのだ。おそらく、あの地図には母の強力なマナが残留していたに違いない。そこにいたジェマが襲われ・・そして、ランディとの接触、となったのだろう。
「でも、母さんだけは守るから。絶対、守るから。」
ランディはきっぱりとそういった。そう、これ以上の過ちは出来ない。許されない。どうつくろっても、自分が生きてはいけないだろう。
「面白いことをいいますね、ランディ。」
イーノスがその言葉に反応したように、ランディにそういった。ランディがふと振り返ると、イーノスが面白いものを見るような目で微笑んでいる。目はまるで、獲物を見つけた獣のような瞳。今から狩りを始める獣のような、それ。
ランディの背筋がそれだけで凍った。もう一度、自分の手のひらに爪を立てる。今度は自分への戒めとして。
「何が面白いんだ・・何をするって言うんだ。」
ランディは出来るだけ落ち着いた声でそういった。声を荒げたら、それだけで自分からパニックになるような気がして怖かった。
「そうね、戦いましょう。ランディ。彼女を・・お母様を全力で守りなさい。こちらは全力で戦いますから。」
「見えた!ポトスの村!!」
プリムはフラミーに掴まりながらそう叫んだ。フラミーにそこから近い滝壷の近くに下ろしてくれるように頼む。
・・間に合うのかな・・。
焦る心をなんとか押えながらプリムは聖剣が刺さっている岩の近くへ到着した。
「フラミー。良い子だから、ここにちょっといてね。すぐ戻るからね!」
プリムは慌ててそう言いながら走り出す。
プリムは水辺に躊躇なく入っていく。ざばざばと水を蹴立てながら前に進むと、前にランディが携えていた燦然と輝く剣が見つかった。
「・・マナの木になってしまったランディのお母様・・力をどうか・・」
プリムは祈るように近づくとマナの剣に手をかけた。マナの剣は岩に吸い付くようにそこに佇んでいる。ちょっとやそっとでは抜けそうにない。
「どうか・・どうか・・ランディを助けたい気持ちを・・分かって・・!」
プリムは剣を握り締めた。剣は抜けない。プリムの中で焦燥感と絶望感が爆発しそうになったその時。
燦然と輝いている剣に何かが声をかけた。
・・セリン。この子に剣を。
はっとして、プリムはその腕輪を見つめた。この声は、ランディの母の声・・。
そして、目の前にはランディとそっくりな目をした剣士が佇んでいた。立派な鎧を身に着けて、素晴らしく鍛えられたその腕を見て、ああ、ランディのお父さんね、とプリムは微笑んだ。
その剣士がプリムを見つめ、微笑んだ。ゆっくり頷くと、どうか受け取ってくれといわんばかりに、手を差し延べた。
分かってくれたんだ・・
プリムはほっとして肩の力を抜いた。それと同時にするりと、まるで抵抗など何もなかった様に、剣がプリムの手にあった。
軽い・・
そう、まるで剣とは思えないほど、そのマナの剣はプリムの腕に負担をかけなかった。
プリムは剣を握り締め、それから腰に携えるとフラミーの元へ走った。
「勝つわよ・・絶対絶対・・今度こそ幸せに勝つんだから!!」
「ぐっ・・」
「ほらほら、ちゃんと守らないとお母様が危ないわよ・・」
イーノスがからかうようにそう言うと、炎がランディに迫ってくる。ランディはさっきダークフォースをまともに食らってしまい、まだ体がしびれていた。
「おい、子分1っ!しっかりしねーと親分はどうなるってぇんだよぉ!!」
土の精霊であるノームが慌てて岩を突き立てて炎からランディを守る。
「ふう、やっぱり精霊が大きいわねえ・・」
まだまだ余裕のあるイーノスの声に、ランディは愕然とする。
・・やっぱり駄目なのか。僕が犠牲になっても、それでも力が及ばないのか・・。
『ランディ・・剣が来る・・』
唐突に、今まで弱々しくて声すら聞こえなかったランディの母親が、そう言った。ランディは仰天する。
「え・・?」
『プリムって子が・・あなたの為に・・ここに。』
「駄目だ!駄目だよ。母さん、プリムを帰して!」
「もう遅いみたいダス・・」
そう言ったのは風の精霊ジンだった。風を通して、プリムとフラミーの位置が分かるらしい。ふと、ジンが上を見ると、フラミーの影が落ちてきた。
「ランディーーーっ!この大馬鹿ぁあっ!」
ランディはその声に吃驚して上を見上げると、なんと派手にフラミーから飛び降りるプリムを見つけた。
「プリムっ!?」
「よーいしょっと」
まるで猫が着地するようにかろやかな仕草で、プリムは地に足をつけた。その姿を見て、ランディは唖然とする。
「驚いたっ!?この腕輪、力が湧いてくるのよ。ほら、ぼーっとしてないで、腕輪と剣、持った持った!」
プリムが近寄ってきて、腕輪を填めさせて剣を持たせられる。ランディは腕輪から本当に力が湧いてくるような気がして、驚いた。
「この腕輪・・それに、この剣!」
「細かいことは気にしない気にしない!早くその偽女神やっつけなきゃ!と、その前に」
プリムはそういうと、ランディに見上げて顔を近づける。うっかりランディはどきりとさせられたが、プリムはにこっと笑うと、いきなり平手を食らわせた。
ばちぃん!と派手に音が立てられて、仰天とする。イーノスさえ、唖然とこちらを見ている。
「柄にもなく格好つけるからそういう目に会うのよ!さっ、気合いれて戦うよっ!」
ランディは顔をさすりながら、笑ってしまう。ああ、やっぱりプリムは違う。
「敵わないなあ・・ホントに」
「そう思うんなら置いていかないで。」
「ごめん。もうしない。」
「ほんとね?」
プリムは笑う。ランディも笑う。それだけで、元のチームワークが蘇る。
『マナの剣を発動させます。プリム、手伝ってくれますか』
「もちろん。でも、マナを発動させる木の精霊のドリアードが向こうにいるのに、発動できるの??」
プリムは至極当然な質問をした。
『今なら精霊は取り戻せます。プリムはドリアードを呼び出すように呪文を。』
「分かった。」
プリムはランスで身を守るように構える。イーノスがその会話を聞いて笑う。
「ふふ、何をいう。取り戻せる?そんな力お前には・・」
イーノスが口を鎖した。イーノスの回りに漂っていた精霊が一人、また一人とランディの聖剣に引き寄せられていく。
「お、お前達・・何故!?」
『精霊は本来聖剣の勇者の守り神です。精霊が本来の存在意義を思い出しているだけ。イーノス、お前に聖剣はないのですから。』
「まさかっ!聖剣は私が封じていたはずだったのに・・!その剣本物の・・!?」
イーノスは混乱状態になった。プリムがそれを見てにっと笑った。
「そういうことかぁ!じゃ、ドリアードへ呪文かけられるわね。」
「そうは、いかないわよ!」
急に焦りを見せて、イーノスの手がプリムに伸びた。プリムはむっとしたように素早く身を翻した。
「ったく、うっとおしいおばさん!黙ってなさいよ!・・木の精霊ドリアードよ!この世の全てを作るマナよ!聖剣の力となり、その眼前の敵を打ち倒すエネルギーを集えさせよ!」
声高らかにプリムの呪文が唱え終わると、聖地がざわざわと騒ぎ始めた。マナの象徴である木がここには沢山ある。マナの聖地なだけに、ここは木で覆われている。マナの魔法は要塞で戦ったときよりも即効性があった。
ランディの手にある剣が新緑の緑色に輝きを放ち始めた。それはまだマナが存在する確かな証だった。
「マナがあるのに、分裂なんか起こさせてるおかげでまだマナが正しい道に向かってないんだ。イーノス、おまえのせいだ!」
ランディが飛翔した。確かに飛翔という言葉がふさわしかった。イーノスを頭から叩くためのランディの気合に、腕輪が加勢していた。
「いやぁぁぁ!!」
「終わりだっ!イーノス!!」
ざしゅうっ!
聖剣はイーノスを真っ二つに切り裂いた。きれいだったイーノスの顔は二つに分かれてしまい、見るも無残な姿になった。
「あ・・ぐう・・そん・・な」
しゅうしゅうと音を立てながらイーノスは大気の溶けていくようだった。残っていた二体目の精霊たちも一緒に消えていく。
飛翔したランディがとんっと地に足をつけた。何事もなかったかのようにすっと立ち上がると、マナの木を見つめた。
大きく天まで届かん勢いだった一方のマナの木がしおれていく。まるでイーノスと同じように、大気に溶けるようにその気が消えていく。その代わり、もう一方のマナの木が見る見る勢いで幹を太らせ、枝を広げた。まるで大きな鳥が今飛び立つような様でマナの木が一つの巨木になっていった。
『ありがとう・・ランディ』
「母さん!!」
プリムが嬉しそうに微笑む。これで終わった。
「もう何もかもが元どおりだね。そうだよねっ!?」
嬉しそうにランディがマナの木に問い掛ける。マナの木からふわっと何かが出てきたのを見て、ランディはあっと声を上げた。イーノスそっくりであったが、神々しさが全く違っていた。全てのマナの統括者・・マナの女神の真の姿だった。
『ランディ・・腕輪を。』
「あ、はい。」
ランディは腕輪を母に渡した。腕輪を手にかけると、女神の姿から急に神々しさが抜け、ただの町娘のような女がそこに立っていた。
「ランディ」
「か・・母さん?人間の母さんなんだね・・?」
ランディは上ずった声でそういいながら、そろそろと母に近づいた。
「ごめんなさい。ポトスに一人ぼっちにさせてしまったこと。謝っても謝りきれないわ・・」
「そんなこと、もうどうでもいいよ!」
ランディが信じられないものを見るように首を振った。もう肉親と顔を合わすことなど、諦めていた。とうにもう、無理だと思っていた。それなのに、目の前にいるのは間違いない母の姿だ。
「ランディ・・抱きしめていい?」
「・・っ!!」
ランディから母の胸に飛び込んでいた。肩を震わせ、今までの孤独を、寂しさを、辛さを洗い流すように母の胸で泣いた。
「ごめん・・なさい・・ごめんな・・さ・・い」
母もまた、息子を胸に抱きながら泣いた。なんて不幸な、そして、なんて幸福な親子だろうと、プリムは思った。思わず潤んでしまった自分の目を拭くと、そっとしておこうと思ってプリムは踵を返そうとした。しかし、呼び止められた。
「プリム・・さん」
「えっ?」
プリムは一瞬躊躇した。呼び止められるとは思わなかったのだ。ランディの母がにこやかに、未だ泣き続ける息子を胸に、笑いかけている。ああ、本当に女神様だなと、プリムは納得してしまうような微笑みだった。
「ありがとう、この腕輪とあなたの心に感謝します。あなたがこの世界を、そしてこの子ランディを救ってくれたのです。」
「いえ、そんなんじゃ・・ジェマに言われた通りにしただけなんです」
プリムは慌てててを振るとそういった。ジェマが「まだ人間だったときのランディの母の腕輪」をくれなかったら、聖剣など抜けたはずもない。
・・その腕輪はな、ランディの母親がまだ人間でいたころの・・セリン・・ああランディの父だよ・・と仲良く暮らしていたころの腕輪なのだよ・・。
ジェマはまるで自分の辛い思い出を語るかのように、切れ切れにそういったのだった。
「ジェマが・・持っていてくれたの・・。そう。あの人の親友ですものね。元気かしら。」
「ええ、とても。」
ランディがおずおずと母から身を離しているのを見つけて、母はあら、と笑った。
「ごめん、なんだか泣けてきて・・」
「良いのよ。私も母親らしいことがやっとできたもの」
元気でね、とランディの額に母はキスした。
「これはプリム、あなたに差し上げます。どうか、もらってね」
そういうと、ランディの母はプリムに腕輪を渡した。プリムは唖然としながらも、はい、と返事をして腕輪を受け取った。
「じゃあ、マナを解放します。私はまた木に戻ります。でもどうか、ランディ。これだけは忘れないで。いつもあなたを見守っていますからね。」
「はい、母さん。」
「プリムさん、ランディを頼みます。きっと頼りないかもしれないけど、あなたに必要だと思うわ」
「え、あの・・」
プリムは唐突に言われて目を白黒させた。ランディも横でプリムと母を見比べてきょとんとしている。
「じゃあ、またね」
まるでちょっとしたお別れのように母はそう言うと、母の姿は木に飲まれた。それから、マナの木はざわざわと葉のこすれる音を響かせ始めた。風もないのに・・。
「マナの波動だ・・マナの波動で世界をマナで満たすんだ・・!」
「あんちゃん!おねぇちゃん!」
不意に聞こえる幼い男の子の声。いつも強気な口調で困らせていたけれどかけがえのない最後の一人の声。
ああ、どんなに夢見たことだろう?母を元に戻せただけでなく・・もう一人の仲間もまた元どおりになるなんて。
「ポポイっ!」
「ちびちゃん!」
二人が振向いたそこには、妖精の子供のポポイがにっこりと笑っていた。
「よぉ!ただいま!やっと会えたな!」
二人が同時にポポイを抱きしめる。
「よかった、よかったポポイ!」
「ちびちゃん!本当にちびちゃんよね!?」
「あったりめーだぃ!」
マナの巨木すら震わせる大きな笑い声。やっと果たせた幸福の中、取り戻せなかったのはディラックの命だけ。
ランディはそれに気づいて、プリムを盗み見るように見ようとした。プリムはそれに気づいて、意地悪い笑みを浮かべた。
「こら。余計なことを考えてるな、その顔は。」
「えっ、なっ・・違うよ。」
「大丈夫よ。」
プリムが急に声を潜めて何かを言った。急に目を閉じる。
お互いの胸の辺でポポイがいるので、二人の顔は完全に死角だか。それでもランディは、吃驚してどきんと胸を跳ね上がらせた。
「えっ。あのっ・・」
「何よ。いらないの?」
むっとしたようにプリムがすぐに目を開けてしまう。ポポイがはぁと息をついた。
「あんちゃん、今のはなってないぞ。」
「そうよねぇ。」
「・・。」
からからと笑いながらポポイとプリムが手を繋いで行ってしまう。ぽかんと阿呆面を晒したランディだけがその場に残された。
少し頬を赤らめて、頬の辺りを掻いていたが、気を取りなおしたようにランディは二人を追い始めた。
「おおい、待てよう!」
「やーぁよっ!鈍感男ーっ!」
「鈍い子分を持って、オイラはなさけないぜー!」
「うるさーいっ!」
・・・もう一人にされて泣くのは嫌だから、ランディと一緒にいることにしたからね。
Fin.
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