【オリジナル】

■月夜の歌声[1]




 ざわざわと人の声が途絶えることがない。酒場とは大抵がそうだが、勿論ここも例外ではない。
 カタカタと木製の看板が風に揺れている。不器用な字で「リアンの酒場」と書かれたその看板は、この町唯一の酒場の名前を示している。
「リアン!こっちビール足らねぇぞ!」
「はいはい、ちょっとくらい待ちなさいよ」
 リアンと呼ばれた娘がめんどくさそうにそう言った。
 いくつかに分けた三つ編みを後ろで輪っかを作って留めている。おそらく結った髪を下ろせば、腰まで届きそうな長さだろう。酒場で髪など垂らしていたら客たちにいちいち絡まれる材料になりかねない。だから、リアンはいつもきつく編んだ三つ編みをまとめているのだ。
 忙しなくジョッキやタンブラーを運ぶリアンに、一人の娘が声をかけた。
「はぁい、リアン」
 リアンの傍に寄った娘からしゃらん、と鈴の音が鳴る。美しく豊かに流れる褐色の髪の先につけた、飾りに鈴がついている。娘は目を見張るほど鮮やかな色を使った衣装に、薄い紗のような布を被っている。
「姉さん、遅いったら」
 リアンがむくれてそう言った。
「ごめんごめん、途中変なよそ者に掴まっちゃってぇ」
 あはは、と笑いながら派手な格好をした娘は笑ってそう言っている。笑ってはいるが、無駄な揺れを起こさないのか、鈴は少しも鳴らない。
 それに、この鈴はリアンに声をかけるまで一度も鳴ってはいない。娘の平衡感覚が恐ろしいほど高いことがわかる。
「いい訳なんて、お客には通じないよ」
 リアンはつっけんどんにそう言うが、もう一方の娘は気にしないようににっと笑って見せた。
「わかってるって。その分、頑張るし」
 娘はそういうと、リアンから離れ店の一角にある小さな壇上のような部分に上がった。すると、それだけの娘の行為で酒場にいた者たちの声が途切れてしまう。
 娘はにっと蠱惑的に微笑む。
「ちょっとヤボ用で遅れたから、そのお詫び。少し長く踊るからね」
 娘はそれだけ言うと、ゆったりとお辞儀をした。前に垂れた髪の毛の動きに、つられたように鈴が音を鳴らす。
 しゃぁん!
 娘が唐突に天を仰ぐような仕草をして、踊りが始まった。振り払われた髪の毛に合わせて鈴が鳴り響く。しかし、その音はけっして無造作な音ではなく、狙ったようにリズミカルに鳴り響く。そして、歌声。
 澄んだ、それでいてしっかりと芯の通った声が、酒場の空間を包み込む。それと同時に人々はその踊りと声に酔いしれる。
 衣装は計算されたように体を覆い、また素肌をちらつかせた。そして、同じように娘の手は優雅に手に持った薄い布きれを操り、そしてその美しい表情を覗かせたりまた覆ったりする。
 それはまるで妖しくとも美しいものだった。
 人々の視線を、心を捉え、離さない。その魅惑的な瞳、美しい歌声、柔らかな動きに合わせて、ちらつく素肌。娘の美しさがその踊りに見事に凝縮されている。
 そして、その心地よい歌声も、やがては途絶えた。汗でぺっとりと張り付く髪の毛を娘は払うと、にっと笑った。
「見物料はいつも通り、ウチの可愛い妹リアンに渡して帰ってね!今日はありがとう!」
 思いっきり歌って踊った所為か、娘は息を荒げてそう言うと壇上を下りた。と、その壇上から下りたところで、がっと腕をつかまれ娘はぎょっとした。
「類まれなる踊りする娘がいると聞いたが・・こんなに辺鄙な田舎町で見つかるとはな」
「なぁに?スカウトなら間に合ってるわよ。私はココでしか踊らないからね」
 男の野蛮な仕草に辟易したような表情を見せると、娘は男の腕を振り払った。男は騎士というわけでもなく、旅人という風体でもなかった。小柄で、嫌に頭の回転のよさそうな、悪知恵だけは働きそうな狡い顔をしている。
「ははぁ、さっきもいたわね、あんた。」
「美しい、歌声だな」
 娘の言うことなど気にしていないように、男はそう言った。
 男の周りに、静かに剣を構えつつ間合いを取る3,4人の者達が娘を取り囲む。酒場が異様な雰囲気に呑まれる。
 リアンは、顔をしかめたまま男達を見つめている。腕を組んで、姉さんと呼んだ娘を助ける様子もなく。
「そうか、またこの『声』を狙う馬鹿か」
 一瞬、誰が声を上げたのか、わからないほどだった。それほどまでに今までの声とは一転した声。澄んだ美しい声ではなく、冷たく鋭い声だ。その声は囲まれた娘から発せられたのだった。
「そんなに欲しいなら、聞かせてあげるよっ!」
 店中にいたものは心得たように耳を塞ぐ。そしてリアンも例外ではない。
 『仲間』たちの仕草に嬉しそうに娘は微笑むと、素早く深呼吸した後に高音部の声を響かせた。尋常ではない声の高さだった。通常出せる領域を軽く越えている。
 娘の声が上がった直後、男達の体はぐらっと傾いだ。それからばたばたっと床に倒れこむ。
「け、ばーか」
 娘はぎゅ、と頭らしき狡い顔をしていた男を踏みつけて、一人体格のよさそうな客に頼み込む。
「ね、ダグ。こいつらまとめて捨ててきてくれない?」
「お安い御用だ、レン」
 ありがと、とレンは微笑む。それから、レンと呼ばれた娘は、リアンの傍に寄ってごめん、と謝る。
「また、騒がせちゃって。あんたの店」
「姉さんの踊りは客寄せには助かるんだけど、変な虫までついてくるのが玉にキズよねぇ」
 落ち着いた物腰でテーブルを拭きながらはふ、と息を吐くリアン。
「ま、あの程度の騒ぎならいつものことだし、慣れてるわ」
 リアンにそういわれて、レンはようやくほっとしたように胸を撫で下ろす。
「んじゃ、もう帰るよ!またね、リアン」
「うん。帰り、気をつけてね」
 リアンはぼそっとそう言うと、すぐにカウンターに入って作業に戻ってしまった。レンはそんな妹に悪戯っぽくにっと笑うと、酒場を後にした。
「レンは工房(アトリエ)に戻ったのかい?」
 カウンターで飲んでいた男が、リアンに声をかけた。リアンは静かに頷いた。
―工房(アトリエ)なんて、いい名前のところじゃないけど。だって、まるであそこは・・
―収容所。

 規定された起床、就寝、食事の時間。それ以外の時間は決められた仕事を課せられる、その場所は工房(アトリエ)と呼ばれていた。
 この国アリエストの王がただの遊戯の一つとして思いついたモンスターコロシアム。その遊戯をさらに面白くするため、王は工房を作った。工房でより強い、より凶悪で残忍なモンスターを作り出すために。
 魔物研究者達はこぞってその工房に志願し、次々にコロシアムに輩出する魔物たちを生み出す役目を果たした。果たしたがしかし、意に添わぬ魔物に命を吹き込ませてしまったものも少なくは無かった。残忍凶暴で銘打った魔物は失敗作でも十分脅威になりうる。脱走した魔物が街中を暴れることも、徐々に発生することとなった。
 事の次第を焦った王は一旦魔物製造を取り止めさせる。しかし、暴れ始めた魔物は特殊改造を繰り返して出来上がった生命体。そのため、その魔物たちを取り押さえる部隊が必要となった。
 魔物をとりおさえるためのあらゆる方法が模索され、魔法、剣技、薬効などを利用した部隊が組まれた。そして最後に見つかった有効な手段が、レン、だった。
 レンの特殊能力が、採用されたのだ。

 夜になると、魔物たちはうるさく声を上げ始める。魔物はもともとが夜行性であるから、外にでて動き回りたがるのも無理はない。だが、レンにとっては安眠を妨げるただの喧しい騒音以外の何者でもない。
「うっさいなぁ・・」
 レンは、固いベッドから身を起こすとゆったりと零れ落ちる髪をかきあげた。リアンと同じ、美しい褐色の髪の色が、窓から射しこむ月の光を浴びて輝いている。
「少しは私のお肌のことも考えて欲しいわよね」
 ぶちぶちと文句をいいつつ、レンはベッドから足を下ろし立ち上がる。冷え冷えとした空気をものともせず、レンは毅然と背筋を伸ばしてその部屋を出た。
 長い回廊が目の前に広がっている。片方の突き当たりはレンと、その部隊の宿直室。固い材質に魔法のバリア加工を施した壁が回廊をもう一つの部屋に繋げている。そこは、魔物たちの住処。失敗作といいつつ、研究者達がその失敗すらもいつ役立つとも知れないので捨てきれないという実験材料(モルモット)。
 そして、実際捨てることすら出来ないほど強靭な命を持ってしまったものもある。
 そう、この「強靭なる魔物研究」によって不死の魔物も生まれた事実があるのだ。だから、研究者は捨てられないのだ。魔物の研究となる、ひいては不老不死の研究にもなるという実験材料を、どうして易々と捨てられようか。
 そして、その研究に王も賛同した。だから、失敗作である実験材料は殺すことなく保存することに許可が下りたのだ。そしてその保存するために引き起こる問題を解決するために作られたのが、部隊ガーディアン。
「この声、またあの子だわ」
 レンは強力な結界を施された魔法陣つきのドアに手をかけた。すると、魔法陣は音も立てず解除の姿勢をとり、ふっと扉を開いた。
「お疲れ様です、ガーディアン・レン」
「あなたもね、ガーディアン・ゲート」
 にこりともせず、レンはそう言った。ゲート、というのはこの扉のことだ。この扉は生きているのだ。実はこの扉すら、魔物研究の産物なのだ。
「扉を閉めますよ。」
「どうぞ」
 レンはその住処に入ってしまってから、返事をする。扉が閉まってから暫くすると、淡い光でこの部屋が照らされ始める。ゲートはレンが声をかけない限り、また外部からのガーディアンが来ない限り開かない。
「さて、と。あの子は一番奥だから・・」
 大きく広いその部屋に頑丈に作られた鉄格子に網を設けた牢屋のようなものが連なっている。その中には勿論実験材料が一体ずつ入れられている。基本は牢屋の形状の物が多いが、他にも水槽の牢屋もあり、それはまだ少ない。水の中の生き物はコロシアムには使えないからあまり量産されることもなかったが、不死の研究もあり、その量も段々と増えてきている。あらゆる可能性を模索したいというのが、古今東西変わらぬ研究者の言い分である。
「いい子にしないと、だめじゃないの・・」
 形容しようのない耳障りな悲鳴を上げている魔物の正面に来て、レンはそう言った。と、そこの近くに人影を見て、レンはぎょっとした。ガーディアンは何人もいるので他に人がいてもおかしくないのだが、大抵それぞれのガーディアンと魔物はテリトリー分けがされている。この周辺の魔物はレンの監視下のものなのだ。
「誰?」
「あら、本物の声のガーディアンがきちゃったのねぇ」
 すっと立ち上がると、女はレンを見つめ返した。レンは一瞬身じろぐ。ガーディアン部隊に女は数えるほどしかいない。声と魔法のガーディアンしかいない。声はレン一人だし、魔法も部隊のものなら顔は知っている。
 しかし、この女の顔にレンは見覚えが、ない。
「どこから・・入ってきたの?ココはガーディアンと研究者以外立ち入り禁止区域よ」
「知ってる、あなたの『声』で入ってきたから」
 しゃあしゃあと、女はそう言うとくすっと笑う。
「悪いけど、昼間、あなたの『声』を盗ませてもらったから」
「声を・・盗む?」
 昼間といえば、リアンの酒場に踊りに行ったが、あのときに『声』を上げたのを覚えている。しかし、声を盗むというのは理解が出来ない。たとえ出来たとしても盗む前に、レンの声の威力に負けてしまうはずなのだ、が。
「エレメンタルヴォイス・・古代の声を出すガーディアン・レン。でもね、レン。声を得意とするのはあなただけじゃないの。」
 にぃっと笑いながら、女はレンにそう言った。
「私は声を複写する者、ヴォイスコピーア。セシルスよ」




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