【オリジナル】

■月夜の歌声[3]



 目を覚ますと、目の前は真っ暗だった。
 レンはまだ夜なのかと思って寝直そうとしたが、いつものベッドでないことに気付いて慌てて身を起こした。まだ状況を思い出せずにいた。
 とにかく、上体を起こそうとした。しかし、体が言うことを聞かない。
「・・・・?」
 体が縛られているような感覚はない。それなのに全く体が動かないのだ。意識はあるのに。
 レンは懸命に体に力を入れて起き上がろうとした。それはもう歯を食いしばり、この不可解な体を何とか動かそうと呪いの言葉を吐き捨てたりしながら。しかし、それでもレンの体はぴくりとも動かない。レンはもし、死後硬直と言うものを味わえるとしたらこんな気分なのだろうか、などと幾分馬鹿げたことを考える。
「お目覚めね。私の愛娘」
 女の声と同時に、部屋に明かりが灯る。
 その声にレンはびくりと体を震わせた。遅れて、その声の主への嫌悪感が体中を走り巡る。拒否する感情は、落雷を受けたかのようなびりびりした感覚を起こし、それにレンは目を眩むようだった。
「ま・・マゼンダッ!あんたまだこんなことを!」
「そしてあなたは毎度のこと掴まってくれるのね。好きよ、愛娘」
 蔑むような瞳がレンの体を貫いた。レンは悔しげに歯を食いしばる。憎々しげにマゼンダという女を睨みつける。
 マゼンダは、紫水晶のような輝く豊かな髪を妖艶に垂らすと、優しくレンの顔に自分の顔を近づけてくる。
 レンとリアンの母親という割に、見た目の年齢は30前後に見えた。肌はまだ依然艶やかでレンのそれと見劣りしないほどだ。ほっそりとした華奢な体の癖に、いやに威圧感がそこにはある。
 実は、マゼンダは強力な魔法を使う魔女なのだ。
 レンは相変わらず変わってない、と心の中で吐き捨てた。
「さあ、愛娘。掴まった後の質問をあなたは知ってるでしょう。リアンはどこ?」
 相変わらず皮肉も上手い。
 そう思ったレンは目を吊り上げて、マゼンダにこう言った。
「アンタが知らないのに私が知るわけ無いでしょう」
 マゼンダから目を逸らし、ここがどういうところなのかを探る。
 部屋は頑強な作りの屋敷の一室に見えた。剥き出しの岩壁には、とってつけられたように絵画が飾ってある。鉄格子をされた窓には、厚手の質のいい生地を使ったカーテンがしつらえてあった。そして、ベッドは工房(アトリエ)とは違う、ゆったりと大き目で、豪奢な飾りのついたかけ布団がベッドをくるんでいる。そして自分は、その上で寝かせられている。
 工房(アトリエ)よりも環境はいい。少なくとも地下の牢屋だとか、そういう物騒なところではなさそうだ。
 そして、レンはこの部屋の様子からもう一つの事実を見つけた。
「また、有力貴族と結婚したのね。おめでとう『お母様』」
 こちらもやはり血は繋がっているようで、母親に皮肉をのしつけた。マゼンダはふふ、と笑う。
「ありがとう愛娘。でもまだ、王の目にはとまらないのよ。上手くいかないわ、前のようには」
 マゼンダはまるで世間知らずの乙女のような無邪気さでそう言うが、台詞は伴っていない。これまでにいくつもの国で国王を食い物にしてきたかしれない。マゼンダはそういう女だった。
 レンは呆れたように息をつく。
「さっきの・・セシルスは?」
「ああ、娘よ。あなたと同じ血をもつ、ね」
 ああまたか、とレンは思う。
 マゼンダが愛妾、ひいては王妃の座を狙う以上、レンは限りない異父兄弟を持つことになるのだ。
 もともと魔女の姿を表に出さないのが、マゼンダのやり方だ。だとすれば、マゼンダは生まれも育ちもわからないただの女になる。それでは王のお目通りも許されないのがこの世界の常識だ。
 マゼンダはその自分の真っ白な経歴を美しく飾り立てる術を知っていた。簡単なことだ、羽振りのいい貴族の妻となり王室を跨ぐことのできる資格を持てばいい。しかし、方法は簡潔でも、成し遂げるには忍耐力が必要な術だ。なぜなら貴族はもともと生まれを特に気にする種族だからである。
 堂々巡りなようだが、マゼンダはこの手の方法を良く心得ている。
 何度も男を乗り換えては、相手を徐々に格上げしていくのだ。下働き、庭師の男にはじまり、最終的に公爵の妻の座を射止める。実際媚薬などを用いてやれば簡単に取り入ることもできるのだが、それはそれでまずい。世間の目は貴族の間ではとても誤魔化せない。色恋沙汰となれば自然その目も厳しくなるのが常だ。
 貴族の夫人ともなれば、その国の王族に招待される機会も出てくる。何度かお目通りを繰り返しながら、王の目を自分に向けさせるのだ。
「さて、リアンの場所を知らない、というレンには人質になってもらわなくちゃ」
 まるで鬼ごっこの鬼を決めるような気軽さで、マゼンダはそう言った。
 レンはマゼンダを睨みつける。
「何を馬鹿なことを。アンタの旦那に私が見つかったらまずいでしょ」
「いいのよ。ここは私専属の使用人の部屋として用意したの。レンは私の娘だから、人質といっても待遇はよくするわ。ここで私の世話をしてくれればいいの」
 こんな馬鹿げた物言いをする親がどこにいるだろうか。
 レンは常々こんな親だから仕方が無いと思っていたが、流石に今の台詞には頭に来た。
「いい加減にして!私を人質にしてリアンが来ると思ってるの?」
 怒鳴るような声でレンはそう言ったが、マゼンダはそよ風が吹いたような顔をしてまるで取り合わない。
 面白い玩具を見るような目で、にっこりと微笑むと、こう言った。
「もうすぐ来るわよ」
 そう言った直後だった。
「マゼンダ様」
 扉の向こうからくぐもった声が聞こえる。
「なぁに?セシルス?」
「はい」
「いらっしゃい」
 マゼンダは鈴を鳴らすような声でそう言うと、レンに『声』を投げつけた娘が入ってきた。
 セシルスは召使らしきの格好をしていた。マゼンダがそうしろと言ったのだろう。レンと同じように。
「リアン様がいらっしゃいました」
「まあ、じゃあクロックがうまくやってくれたのね」
 満足そうにマゼンダはころころと笑った。
 レンはその声に嫌悪感を覚え、耳を閉じたかった。しかし、今も体は完全に固定されている。マゼンダの魔力がまだ続いている。
「クロック兄様も、ご無事です」
「なによりよ。クロックには食事を摂らせなさい。リアンとレンは私と親子水入らずに晩餐にしましょう」
「かしこまりました」
 セシルスは従順に返事をし、部屋を出ていった。
 マゼンダはくるりとレンに向き直ると、さあ行きましょう、と微笑んだ。
 レンの体を束縛していた魔法は瞬時に消えたのだった。

 果たして、一時的に離れ離れになった姉妹は、マゼンダの夫の城、ファンベール城の大広間で再開することとなった。しかし、皮肉にもそこは敵陣の真っ只中だった。
「姉さん」
 隣に男を従えたレンは臆する様子もなくリアンに近づいた。
「リアンったら!どうしてこんなところに来ちゃったの!?」
 レンはリアンの肩を揺すらんばかりにして尋ねたが、リアンのほうはいたって平然と応えた。
「クロックがここが安全だって」
 そういって、リアンは隣にいる連れを親指で指した。
 後ろに小柄な男が手をひらひらとレンに振っていた。
「なんなのこいつはっ!」
 いきり立ってレンはクロックという男を指差した。
「頭が悪いわね。さっきセシルスがいってたでしょ。お兄様、よ」
 横からマゼンダがレンを気の毒そうに見つめながらそう言った。
「こいつも兄弟?・・ああもう・・」
 レンはがっくりとうなだれた。リアンはそんなレンを不思議そうに見つめる。
「姉さんはここに逃げてきたの?」
 レンはリアンの言葉に唖然とする。どうやら、本当にここを『安全なところ』と信じているらしかった。
 やれやれ、と肩を竦めると、レンはリアンに一言だけ説明する。
「私はここに、誘拐されちゃったのよ」
 レンがそう言うと、リアンは一瞬呆然としてから、目を瞬かせた。
「嘘!」
 いつもは平静を保っているリアンも、流石にその言葉に驚いて声を上げた。対して、レンは情けない顔をして頷く。
「ホントよ」
「だって、後ろ手にも縛られてないし、部屋にも閉じ込められていないし、何よりその服」
 リアンはレンの言葉にまあ、もっともな推測だと頷く。レンは工房(アトリエ)の専属服からここの召使らしき服に着替えさせられていた。
 何とか誘拐された何者から逃げて、たまたまこの城の者に拾われて世話役をしながらご厄介になっている、という設定だろう。つじつまは合う。しかし、現実はそうではない。
「でも、ここが誘拐した敵の本拠地。そして、こちらはその誘拐犯にして私たちの母上様、マゼンダ」
 レンはそう言うと、投げやりにマゼンダに手のひらをむけた。
 リアンは呆然とそのマゼンダを見つめる。
「はじめまして、リアン。お母様よ」
 マゼンダはにっこりと微笑むとリアンを抱擁した。


■NEXT→月夜の歌声[4]


←←TOPへ←目次へ
Copyright 2002 BY SAE