【オリジナル】

■月夜の歌声[4]

 ざわりとリアンの体中が総毛立った。リアンは母と名乗るマゼンダの体をぱしんと振り払う。
「・・・。」
 リアンは言葉も出さずマゼンダを睨みつけた。マゼンダは振り払われた腕を見てから、肩を竦めるとそのまま腕を組んで余裕な表情でリアンを見つめる。
「勘がいいのね・・やっぱり」
「そうなんだよー。俺も何度もチャンスを窺ってたんだけどさ。隙がないんだよな、リアン」
 クロックがくつろぐように腕を頭の後ろで組むと、そう言った。言われて、リアンはクロックに振り返りマゼンダ同様に睨みつける。クロックは気にした風もなくにっと笑って見せるのだ。
「瑪瑙(めのう)石よ。持ってるでしょう」
 マゼンダはそういうとリアンに手のひらを突き出した。
「出しなさい。私に今必要なのはそれなの」
「馬鹿言わないで!」
 レンはリアンを背に庇うように前に出た。
「あれは、リアンの生命維持の原動石よ!言われなくたって仮にも母親を名乗るアンタなら知ってるはずでしょ!」
「石の国の娘だものね。でも、私この国の王様に取引しちゃったの。ほら、娘が嫁ぐには必ず持参金って必要じゃない?」
 レンは眉をしかめてマゼンダを睨みつけた。
「石の国の生命である石を持ってるって言ったの?」
「そうよぉ。たまには頭がいいのね、レン?」
 馬鹿親。レンは口に言うのも疲れて、心の中で罵った。しかし、マゼンダはもっと驚くことを平然といってのけたのだ。
「あとね、もう一つ王様に約束しちゃったのよ。アリエストの国を差し上げますってね」
 あっさりと言われて何を言われているか一瞬つかめなかった。一瞬後、レンは目を見開き、慌ててマゼンダに食ってかかった。
「なんですって!?どういうこと?何をしようとしているのよ!アンタは!!」
 マゼンダはゆっくりレンの腕を掴むと、レンを自分から離させた。
「レン。あなたもうちょっと頭使ってから人に聞く様にしなさい。正しくは、何をしようとしているか、ではなくて、『何をしたのか』よ」
「・・何をしたのか・・ってもう何か起爆剤を置いてきているってことなの?」
 驚いて、よろめくレンをリアンが後ろから支える。そしてリアンのほうは分かってしまったような顔でレンを見上げている。
「姉さん、起爆剤って・・」
 呆然として見上げるリアン。レンは混乱して、リアンの表情を読むことも出来ない。
「頭のいいリアンはわかっちゃったみたいよ?レン。」
 さっきまでの強い瞳が、逆転している。レンの心細そうな力ない瞳。それがゆっくりマゼンダを見つめる。
「そう、起爆剤はあなた。置いてきたんじゃなくて奪ってきたんだけどね。正しくは」
 レンを連れてきたセシルスがマゼンダの隣でにっこりと微笑んでいる。マゼンダはセシルスの頭に手をやり、撫でてやる。まるで小さな子供にするように、いい子いい子と言いながら。
 そうされて、セシルスは嬉しそうに微笑むのだ。
「セシルスはレンを連れ出すことによって工房の均衡を崩してきてくれたの」
「工房はもともと危険な要素を孕んでいた。にもかかわらず、王はその撤去をしなかった。凶暴で未知の魔物を量産して、それをどうにか工房で堰きとめようとしていた。私は堰きとめていた門の閂を外してきたの。あの工房での閂は、あなただったのよ、レン」
 セシルスはゆっくりレンに近づきながらそう言った。レンは驚いたように後ずさる。
「部隊ガーディアンは私だけじゃないわ!」
「でもね。」
 にっこりと微笑むセシルスは本当に嬉しそうだった。ゲームが楽しくてたまらない、というような。
「あのアトリエの魔物に”闘志”を撒いてきちゃったから・・どうかなぁ」
「”興奮剤”のようなものよ。歌は私が教えたの」
 平然とマゼンダが言う。
 めちゃくちゃだ。
 レンは驚きと混乱で頭が破裂しそうだった。どすん、と音がしたように思ったが、それは自分の腰が抜けてへたり込んだときの音だと気付くのに時間がかかった。
「姉さん」
 リアンの声が聞こえる。
 まだだ。まだ、気を失うには早い。リアンだ。リアンはまだ狙われている。
 レンはよろめくように立ち上がった。声の能力も、ここでは効き目はないだろう。マゼンダが子供達にその予防線を張っていないことなど可能性としては皆無だ。
 それでも、リアンだけは守らなければならない。レンがただ一人認める妹だけは。
(ここから次に移動するとしたら、個室だ。そこに移動したら最後、閉じ込められる。でもここからならば振り切って外に繋がる扉を突っ切ることも不可能じゃない。)
 レンはリアンに合図した。今、力をつかえる・・?
 リアンは頷いた。リアンも同じ事を考えていたのだ。
 リアンが祈るように目を閉じた。何処からともなく音が聞こえてくる。大地を揺るがす音が・・段々と近くなる。そして、大きな地震が建物全体を揺るがした。
 どぉん!
 人の思考を一旦停止させてしまうような、大きな縦揺れが襲う。
「行こう!リアン」
「ええ!」
 レンとリアンは食堂を飛び出した。そこから広間を抜けていけば、外への扉はすぐだったはず。それなのに・・。
「なっ・・こんな部屋!知らないわ!」
 天井の高い部屋に出たのだ。天井はステンドグラスになっており、正面には十字架。そして、たくさんの蝋燭の炎が揺らめいている。ここは大聖堂のようだ。
「マゼンダ・・・!」
 悔しそうにレンが歯噛みした。マゼンダが慌てて逃げ出さないようにこの城を迷宮にしてしまったのだろうか?そう思ったが、リアンがそのまますたすたと正面へと歩いていくのを見て、レンは目を瞬く。
「リアン?」
 リアンは返事もせず、正面へ進む。正面には大きな十字架が立てかけられている。リアンはその十字架があることも気付かない勢いで歩いていく。
「ぶつかるわ!リアン!」
「ぶつからないわ。姉さん」
 リアンの言う通りだった。すうっとまるでその十字架をすり抜けるようにリアンはその十字架を越えてしまったのだ。
「イリュージョン。この城を迷宮にするなんて大変な魔力、あのマゼンダには残ってないわ」
「そ、そうかぁ・・よかった」
 リアンを追って、レンも十字架を抜ける。そして大聖堂の祭壇を抜けていく。
「よく気付いたね」
「ほかの人が追って来なかったでしょう。他の人が下手に入り込んで、ぶつかるはずの祭壇や十字架をすり抜けてしまったら自分から種明かしをするようなものだから。だから、私たちだけだった。逆にいえば、私たちだけ幻影を見せられたと、そう思ったの」
「リアンってば、すごいわぁ」
 レンは嬉しそうにそう言った。リアンは珍しくレンに微笑んで、行こう、と言った。
 外への扉は目の前にあった。レンとリアンはその扉を開けてこの城を出て行った。

「いいの?逃がしちゃって」
 セシルスが不思議そうにマゼンダを見上げた。マゼンダは肩を竦める。
「閉じ込めても逃げてしまう子なのよ、レンは。だったら好きに逃げてもらった方がこっちも疲れないし」
「でも、工房に戻って魔物の暴走を止めてしまうかもしれないよ」
 クロックがマゼンダを見てそう言ったが、マゼンダはそれだと困るわねぇ、とゆったり考え込む始末だ。
 あまり困っている雰囲気ではない。
「瑪瑙石はレンが使い物にならなくなったときが狙い目なのよね。でもこのままだとレンは絶対リアンを守っちゃうでしょう?」
「そうだね」
 クロックが頷く。
「だったらこのままの方が、いいのかもね」
 セシルスが逃げていった二人の影を追うかのような瞳でそう言った。
「そうねぇ、今はまだ。好きにしててもらっていいかもね」
「俺はあの二人面白そうだからついていくよ」
 クロックはマゼンダにそう言うと、すぐに食堂を出て行ってしまった。
「あらら、クロックも行っちゃったけど、いいの?」
「いいのよ。今は好きなことを好きなようにさせてあげましょう。あなたもね、セシルス」
 マゼンダが優しく微笑むことは滅多にない。そして、その優しさはただこの今一時のことであることもセシルスは知っている。
 セシルスはゆっくり首を振った。
「お母様のお傍にいるわ。それが私の務めであり、自由なの」

「おーい。待てよー」
 早々に自分の国に戻らなければと足を急がせ進んでいる道すがら、唐突に声がして二人は振り返った。
 今歩いている道は山のふもとの野道であたりに人はあまりいない。だから、呼ばれているのは自分たちの可能性が強いと、二人とも思ったのだ。
 振り返るとなんと追っ手ではないか。レンは驚いてリアンの手を引き走り出そうとするが、リアンは動こうともしない。
「リアン??」
「姉さん、あの人連れ戻しに来たんじゃないわ」
「そう・・なの?」
「うん、多分」
 多分、ね。
 クロック一人ならば声の力も使えるし、ダメならリアンの力でなんとか逃げられるだろう。リアンはクロックと話をしたがっているように見えたので、レンはおとなしく待つことにした。
「この道使うとはな・・俺が追ってくると思わなかったのかよ?」
 たどり着いたクロックが膝に手をついて息を荒げている。そしてリアンを見上げてそう言った。
「だって私この道しか知らないし」
 平然とリアンは返事をする。レンは拉致されて連れてこられた所為で帰る道などわからないため、別の道をとりようがなかったのだ。
「あのなぁ・・それでも人として別の道を辿ろうとするもんだぜ、追われてる人間ならな」
「それはそれでもっともな意見だと思うけど。そう言うあんたはこの道を辿って何しに来たわけ?」
 レンは用件次第では容赦しないと言う態度を見せた。
 クロックはそれを見て、違う違う、と手を振る。
「あんたら捕まえに来たんじゃないって。だって俺一人じゃあんたら二人担げないしな。もう口車は通用しないだろ?」
「だろ?って聞くのもどうかと思うけど」
「ただ、俺は様子を見に来ただけなんだよ。邪魔しない程度についていこうと思って」
 にっこり笑うクロックを見て、私はいきり立った。
「馬鹿!!なんで私たちの追っ手と仲良くしなきゃ・・」
「いいわよ、行こう。クロック」
「って・・リアン!?」
 リアンの声だった。リアンがクロックに行こう、と言ったのだ。騙されていたことを忘れたかのように。
「姉さん。いいじゃないの、この人一人が私たちをどうこうできるとは思えない。実際姉さんの声を浴びせられたら、ひとたまりもないわ。今はマゼンダの魔力の届かないところまで出てしまっているんだもの」
「そりゃぁ・・そうだけど。何企んでるか怖いもの」
「邪魔しないって言ったわ。クロックは何もしない」
「リアンが保証するの?分かったわ。」
 リアンがそう言うのなら仕方がない。レンはクロックにお許しが出てよかったわね、と言うと、3人は再び野道を歩き始めたのだった。
 アリエストの国は、この野道の先の川を越えていけばすぐのはずだ。
 レンはそう思ってもう一度気を引き締めて前を見据えた。魔物たちが国で暴れているのかもしれない。大惨事になっていないことを心から祈り、レンは足を踏みしめて前に進んでいった。




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