|
【オリジナル】 |
| ■月夜の歌声[6] |
|
掲載日[2009/08/10] 昏々と眠りつづける魔物たちを背負い、または荷車に載せ運び込んだりするガーディアンの戦闘部隊を縫うように、レンは歩きつづけた。魔物たちが少しでも起きそうな気配をみつけると、すぐに声の力で魔物たちの意識を封じ込める。そんなことを繰り返しながら全ての魔物が工房の監視牢に収まったのは、星が瞬き始めてからしばらく経ったあとだった。 ガーディアンたちもほっと息をつく。部隊の仕事としてはまだ事後処理があったが、ひとまず一般市民への被害が免れたことだけは喜ばしい結果だった。 「レン、あんたどこ行ってたのよ。みんな大慌てで探したのよ、あんたのこと」 今は二人一組で牢の鍵を一つ一つチェックをしていく作業をしている。レンのパートナーになったのは、リーシェという魔法部隊の娘だった。 「うん、ちょっとね」 説明する気にもなれず、レンはそれだけ言う。部隊長には本当のことを言ったが、眉をひそめられておざなりに返された。なんせ誘拐されたなどといった本人が、のこのこと自力で帰ってきてしまったのでは、狂言と受け止められてもしかたがなかった。けれど真実は真実として、レンは伝えるだけ伝えた。向こうがどう思おうと知ったことではないし、また、レンの力を失えば大打撃を受けるのは部隊ガーディアンである。しかし、これによってリアンの店の営業に影響が出るのは困るので、別の形できちんと報告しようとは考えていた。 「あんたがいない間、工房大変だったんだから。声のガーディアンがもう一人いるって大騒ぎになってさー」 どうやらレンが話す気がないことなどあまり気にしていないようだった。 おしゃべりリーシェ、という綽名を聞いたことがあったが、レンはリーシェと話すのはこれが初めてだった。リーシェは気遅れするどころか思いつくまま舌に乗せて囀る小鳥のような娘だった。リーシェはレンがいなかった時間の話をし始めた。 レンは適当に聞いているふりをしながら、鍵のチェックを続ける。 「夜勤の人間が急に狂ったように暴れだしてさ、牢屋の制御盤一気に壊しちゃったんだよね。それで魔物たちが一気に流れ出しちゃって」 「待って。暴れだしたのは魔物じゃなかったの?」 レンはリーシェの言葉を聞きとがめて、チェックシートの紙から目を上げた。リーシェが、やっと興味を持ってくれた、ともいいたげな瞳でレンを見つめている。にっこりと嬉しそうに笑うリーシェは、とても可愛らしい。まだ十を過ぎて間もないはずだ。間違って生んだ魔物のために、こんなに小さな子までも駆り出さないといけないのか、と腹の底でレンはこの国を少し疎ましく思う。 「魔物は解放されて喜んで飛び足しただけ。事を起こしたのはガーディアンだったってわけ。どうも、その得体の知れない奴、声のガーディアンの仕業だって噂なんだよねぇ」 どうやらリーシェはその声のガーディアンのことをレンが何か知っているのではと思っているようだった。 「声のガーディアンなんて、私しかいないはずよ?」 そらとぼけて作業を進めながらレンが尋ねる。リーシェはもう仕事をする様子もなく、好きなことをしゃべりながらレンの隣をついいてくるだけだった。 「ほら、最近この部隊って出入りが激しいからさ!新しく声のガーディアンが入隊したのかと思ったんだよ、みんな。けど、そんな事実はないって部隊長が言っててみんなが大慌てよ。今はそいつの捜索も始まってるんじゃないかな」 レンは黙ってリーシェの話を聞いたが、何の興味も示さなかった。担当している範囲の最後の鍵が閉まっていることを確認し、シートにレ点を書き込む。シートをリーシェに押し付けるように渡して、レンは束ねていた髪を下ろしながら言った。 「チェックは私が終わったから、後の報告はリーシェに頼むね。私はこれから妹が心配だから帰るわ」 リーシェの返事を待たずにレンは歩き出してこの牢獄を出た。部隊長に暇乞いをするためにレンが廊下を歩いていると、他のガーディアンたちとすれ違った。ひそひそと声をひそませて何事か囁きあうのを見て、レンもさすがにうんざりしてきた。 同じ声の特性をもっていただけに、どうやら関係者だと誤解されてしまったようだ。厳密に言えば血縁関係上関係者になってしまうが、昨日今日知った姉妹で、しかも誘拐犯人である相手と関係者だと誤解されるのは甚だ腹立たしいものだった。しかし、いちいち誤解を解こうと部隊に説きまわるのもバカらしく、レンは部隊長に話すだけで十分だと考えた。 部隊長の居場所が判らず、誰かに聞きたかったが、部隊の仲間は訝しげにじろじろと見てくるので聞きづらい。とにかく足で探すしかないと思い、レンはあちこちをうろつかなければならない羽目になった。しばらく探してから、ふと部隊長が怠けるときに居つく場所を思い出し向かう。 そこは最下層にある水棲の魔物たちの保護施設だった。水槽がびっしりと並べられ、常に水に空気が送られている音が規則正しく響いている。視界が遮られ隠れやすいのだと聞いたことがある。 レンが奥のほうに目を走らせながら歩いていると、やはり人影を見つけた。この忙しいときにこんなところを歩いているのは部隊長くらいのものだろうと思い、レンはその足を進ませる。 そして、ようやく目の前にして、レンが声をかけようとしたときに、レンの口の形がそのまま静止した。部隊長とセシルスがそこに居たからだ。慌てて隠れようとしたが、すでにレンがセシルスの視界に入りすばやくレンに飛び掛る。 「なっ!」 セシルスの唐突な行動にレンはどうすることもできず、レンはセシルスに覆い被さられた。 「レン、見つけた!」 「離しなさい!どうして部隊長のあなたのそばにこの子が…?」 目を丸くしたレンが喘ぐように部隊長に言うが、部隊長はたいしたことでもない、とでもいうようにレンを見つめた。 「優秀な能力者を見つけるのも部隊長の役目だとは思わんかね?レン」 「それは思います。けれど、このセシルスは得体が知れない。そんな子を使うのは危険すぎます」 レンはセシルスを退かそうと奮闘するが、セシルスが耳元でささやくように歌うので抵抗する力が入らない。ともすればまぶたを閉じたくなるほど、その眠りの歌は強力で質が悪い。 レンも応戦して歌おうとしたときには、セシルスが後ろに回りこんで腕を縛り上げたところだった。レンはセシルスの動きに舌を巻いた。どうにもすばやくて太刀打ちできないのだ。ただの歌の使い手というだけでなく、特別な訓練を受けたかのような素早さを持っていた。 「何言ってるの?私が得体が知れないなんていうんだったら、同じ姉妹のあなただって同じでしょ」 セシルスは何が面白いのか、にやにやと笑いながらレンに囁いた。レンはその吐息混じりの声に鳥肌を立ててセシルスから逃げようと試みる。 「私と比べないで。アンタは信用ならなすぎるのよ。『マゼンダの娘』でありながら、私の声を狙う怪しい奴らとも組んでるみたいじゃないの!」 レンは忘れていなかった。酒場でレンを連行しようとした男とセシルスが繋がっていることはすでに承知している事実。マゼンダの話ではあの狡猾そうな頭の男の話は一度もでなかったことから、おそらくあの男はマゼンダとは別口なのだろう。セシルスは他の組織ともつるんでいる、と見たのだ。 「あらら、結構物覚えがいいんだね。それなら話は早いわ」 いつもにこにこと笑っていたセシルスなのに、ぐいとレンの襟首を掴んた時の表情はまるで別人だった。 「オリジナル・ヴォイスだからってあんまりいい気にならない方がいいよ。あんたの声コピーし終わったらあんたの命はないんだからね」 レンに向かって憎しみを込めた低い声でそう言うと、セシルスはぱっと手を離した。無理張りに膝立ちさせられていた体勢を崩されてレンは尻もちをつく。 「たっ」 レンとセシルスの様子を完全に傍観していた部隊長がようやく口を挟んできた。 「それでレンはどうする」 「ゾネが欲しがってるからすぐに送ってやんなきゃ。面倒だけど」 セシルスは先ほどの形相と声色とは別人のように上機嫌でそう言った。 ゾネ、という人物の名前で、ようやくレンの頭の中で合点が行く。酒場で騒ぎを起こした小狡そうな顔の男はゾネだと思い出したのだ。 「ゾネ!東隣国ガレットの大臣!あいつがゾネだわ!」 「遅いわねぇ、今ごろ気づくなんて。でもまあ隣国の大臣なんて普通知らないかしら。レンが知ってたことのほうが驚きだわ」 レンはセシルスが馬鹿にした口調で言うのでカチンと来てセシルスに反論した。 「隣国の大臣が自ら胡散臭い襤褸を纏って酒場にくるとは思わないじゃない!そうよ、ゾネなら城で会ってる。不可侵条約を交わした2年前の祝賀会で私は歌唄いに呼ばれたのよ。そのときにゾネが……」 一瞬レンはそのときのことを思い出して鳥肌を立てた。そう、そのときにもゾネは親しげにレンに話し掛けては不思議な歌の効力についてうんざりするほど尋ねてきたのだ。しかし、レン自身がエレメンタル・ヴォイスについて判っていることはそれほどなく、知らないと突っぱねることしかできなかったのを思い出したのだ。 「そうだ、あの頃からゾネは……」 「そ、レンが欲しくてたまらなくなったの」 セシルスが肩をすくめて呆れたように言うのを、レンはぞっとしながら見上げた。 「でもアンタを、セシルスを手に入れたんでしょ?アンタはゾネの仲間なんでしょう?」 「アイツは私なんて興味ないのよ。私はレンを手に入れるための手段であり道具なの」 平然と自分のことを道具などというセシルスにレンはすかさず眉根に皺を寄せる。 「そんなこと……自分で言ってて悲しくないの?」 「いいのよ。思う奴には勝手に思わせておけば。私には私のやりたい事があるから気にしなくていいの。だいたい、人のことを気にしてる場合なの?アンタつかまってるのよ」 「そ、それはそうだけど……」 レンは改めて自分の姿を顧みる。毎度のことセシルスにあっさり捕まる自分に嫌気がさすが、一度脱出成功している。二度目も成功させるしかない。なんとか逃げる方法を考えなければ、とレンは一人心の中で意を決する。が、しかし脱出方法を考えるほどの時間的余裕を与えられることもないようだった。 「さ、無駄なおしゃべりはもうお終い。私はゾネにレンを連れて行かないと。鍵を開けるの忘れないでよ」 部隊長にぞんざいな態度で指示をするセシルスを見て、レンは驚愕に目を見張る。部隊長がセシルスの仲間、ガレット国の密偵だったということにようやく気づいたのだった。 「アリエストを売る気なの……部隊長!」 部隊長の顔はレンの言葉に一瞬後ろめたさに歪んだ。しかし気を取り直してレンを見下して笑う。 「魔物のお守役なんて私はもともとやる気なんてなかったんだ。ガレット国がここをバラせばいい地位をくれるというんでな。いい話だろ?」 「っ……!」 レンは部隊長の裏切りに言葉もない。これまで自分が尽くしてきたことが無に帰すのかと思うと、むなしさと悔しさでじりじりと胸が焼けるようだった。長がこれでは部隊ガーディアンはおそらくもう使い物にならないだろう、とレンは思った。 それでもレンは思う。この国を守りたいと思うのだ。たとえたった5年だけでも、この国ではマゼンダからの魔手から逃れて生活できたのだ。それは幸運にも、この国にガーディアンという組織があったからこそ、でもある。 しかし逃げても逃げても、捕らえられる自分にレンはもう嫌気が差した。かといって、自分の能力を捨てるためには喉を掻っ切るでもしないと無理だ。それだと命まで捨てなければならない。リアンを一人にはできない、それだけはだめだ。レンはどうすればいいのかわからなくなって頭が痛くなった。 「さ、行くわよ」 ぐい、と腕を捕まれて無理やり立たされても、唐突で膝に力が入らない。レンの重さに耐えかねたセシルスが、その腕を部隊長の方へ放った。レンの体がぐらりと傾ぎ、部隊長の体にぶつかる。 「あんたが持ってって。力仕事は部隊の方の役目でしょ」 不自然なところで敬意ある言葉遣いをするセシルスに、部隊長は舌打ちしながら従う。セシルスには部隊長は逆らえない地位にあるようだった。 「ほら、自分で立てるだろう。世話を焼かせるな」 部隊長、と言いそうになって、レンは口を閉ざす。もう、この人は部隊長でもなんでもない。ただの裏切り者に過ぎない。裏切り者を役職名で呼ぶ気にはなれなかった。 「ウェード」 「おや、俺の名前を覚えていたか。光栄だね」 うろ覚えで名前を言ってみたがどうやら正解だったようだった。ウェードはにやにやと自分にすがるレンの顔を見つめている。 「いい顔するようになったじゃないか、レン。そうか、お前もいい歳になったんだよな。五年も経てばさすがに女も変わるか」 先ほどの言葉とは反してウェードがレンの体を引き寄せる。セシルスがウェードの行動に鼻を鳴らして、体をくるりと反転させて出口に向かう。 ウェードはレンの体を自分に寄せて顎に手をやった。レンのうつろな目にウェードの薄ら笑いに映る。ウェードは指をレンの艶やかな唇に沿わせてその膨らみを楽しんでから、自分の唇を寄せた。 必死に拒むかと思っていたウェードの思いに反して、レンがとった行動は意外にも自分から唇を寄せてきたことだった。レンの腕がウェードの首に絡まり、手はウェードの頭をがっしりと引き寄せる。ウェードが、嬉しそうに目を細めた直後、彼の表情が驚愕に歪む。 「ぐ…うがぁっ!」 ウェードはレンを突き飛ばすように口を引き剥がすが既に口からは大量の血がぼとぼとと滴り落ちていた。床に血溜まりができており、どうやら逆流したらしい血がレンの顔にも数滴ついている。ウェードは立っていることもできずに自分の血溜まりに突っ込むように倒れた。レンはなんとか不自由な腕をかばうように足を立たせている。 ウェードの声に異常を感じたセシルスがすぐさま戻ってきて、ウェードを見つけたが彼がもう使い物にならないことをセシルスは瞬時に判断した。信じられないような顔をしたセシルスがレンを見つめる。レンは顔に擦った血をつけたまま笑った。 狂気に満ちた瞳はまるでセシルスをセシルスとして認識していない。自分に害を仇なすもの、という感覚しかないようだった。その瞳は獣そのものだ。 「レン、あなた…!」 セシルスが怯えた声でそれだけ言うと、よろよろと後退した。レンは体の向きを変えてセシルスに相対する。セシルスは見たことも無いレンの能力と行動に混乱し、完全に戦意を喪失していた。 「なに…こんなの聞いてない…!」 セシルスは踵を返してとにかくレンから逃げようと背中を向けた。レンは腕を後ろに固定されたままの状態でセシルスを追う。現在の混乱状態では本来の彼女の瞬発力が発揮できなかった。すぐにレンが体ごとセシルスの体にぶつかってきて、鋭い肩の衝撃が肺のあたりに到達した。セシルスは一瞬呼吸ができなくなる。 「っ……かはっ!」 息を搾り出すのがやっとという状態で、セシルスはレンの体に押し倒された。二人の体が床に叩きつけられる。セシルスは反射的に辛うじて受身を取って頭を守るが、一緒に倒れこんでくるレンの体の衝撃には対処することができなかった。レンの頭が背中を、肩が腰骨を強打する。あまりの痛みにセシルスは声を上げることもできない。 「痛いじゃないの!」 痛みのお陰で自分を立て直せたことがセシルスにとっては不幸だった。レンの服を掴みかかってレンの顔を平手打ちしようとした瞬間、レンの顔がセシルスの耳元に突っ込んできた。レンの吐息がセシルスの耳に届かんばかりの距離で、レンは『声』を放った。 しかし、それは声、とは言いがたいものだった。音としてはほとんど認識できず、言うなれば衝撃波に近いものだったのだ。セシルスの左耳が急にぽつんと音を失った。鼓膜が破れてしまったのだ。セシルスは慌ててレンを突き飛ばす。 「み、耳が変っ……!」 ウェードの口の中に入れられた『声』と同じものだったのだろう、セシルスの耳から血が滴り落ちる。止め処も無い量の血はセシルスの顔といい服といいを赤く濡らしていく。 「あんた一体、一体っ……!」 もがくようにセシルスは言う。 「エレメンタルヴォイスの基本よ」 レンはセシルスにそう言うと、顔についた血をそのままによろよろと立ち上がった。ようやくレンの瞳に意識が宿る。至近距離の敵と戦意喪失にもっていくことで、レンは獣のような自分を抑えることができたようだ。 「基本って……」 「エレメンタルヴォイスは声の波長変換が基本。そのため息の量も声の高さも自在に操らなくてはいけない。私はそれが生まれながらにできる特殊能力者だってことを忘れたの?ヴォイス・コピーアのセシルスさん?」 セシルスは悔しがるように唇を噛む。確かに、コピーすることにおいても同じようにその自在さは必要とされることをセシルス自身がよく知っていた。しかし、先ほどの息の量と波長は普通じゃなかったのだ。物質の構造そのものを破壊するほどの波長を人が生み出せるとは思いもよらない。セシルスは滴る血の量を目の端で眺めながら、その威力の恐ろしさに再び体を硬直させた。 「もう耳が駄目になったんじゃヴォイス・コピーアの能力も発揮できない。覚えている歌を歌うのも無理ね。片方の耳だけで波長調整しながら歌うことはおそらく無理。できるようになるにはそれ相当の努力と時間が必要よ。あなたにあなたの時間は残されていればの話だけど」 「なんですって……!」 セシルスは眠りの歌を歌おうとするが音が外れてしまうように波長もずれてしまうのだろう、レンはまるで普通の歌を聴くように経ったまま目を閉じる。セシルス自身、そのずれている波長が歌いながらわかっているのにそのずれを修正できない。ずれの認識が両耳だった頃に比べて遅れてしまうのだった。 「なんてことをっ・・・・・・」 セシルスは血を滴る耳をそのままに愕然と肩を落とした。耳の痛みよりも、その能力を失ったことの方が彼女にとって衝撃だったようだ。 「複写の力でオリジナルを制することは、所詮無理なのよ」 「その通り。素晴らしい」 予想外のところから声が聞こえてきて、レンは慌てた。咄嗟に声のするほうを探ろうとあたりを見回そうとしたが、それより先に複数の人間がレンを羽交い絞めにして押し倒して口をふさいだ。レンが完全に動きも口も封ぜられてから、悠々と姿を現したのはゾネだった。 (こいつまで工房に入ってたの?) レンは声を出せなくなったせいで、ゾネを睨むことしかできない。完全に体の動きも封じられて、抵抗するだけ無駄だと悟った。 「エレメンタルヴォイスはやはりアリエストの国の宝だと言ってよいな。この工房を抑える要というだけでなく、『声』による大量虐殺も夢ではなかろう。レンは最強の軍事力になりうる!」 ゾネの狙いがわかって気が変わった。レンは必死に逃げようと体を揺すって男たちから逃れようと奮闘するが、男達は冷徹なほどきつくレンを床に押し付け微動だにしない。ウェードのような中途半端に成り上がろうとする人間のような甘さは、ゾネ直属の部下達には微塵も無いようだった。 「レンを詰めろ。ただちに撤収する」 ゾネの言葉で瞬時に男達が立ち上がり、レンの体を押さえつけていた圧力が半分ほど解放された。レンは逃げようと起き上がろうとしたが、男達は伏せさせるように背中を押し付けたまま、すばやく一つの箱を取り出しレンを立ち上がらせる。 箱は外から真っ黒く外観では何が入っているのか判らない。このまま箱に入れられたらそのままゾネの勢力範囲内に直行になってしまうことは明らかだった。レンは何とか暴れてその箱から逃れようとした。足が引っかかり、手が箱の縁を掴み、男達の作業を何とか終わらせまいとレンが奮闘する。 「大人しくせんか、レン!」 ゾネがやきもきして声を上げたその瞬間、ぞろぞろと人がこの部屋に入ってくる足音がけたたましく鳴り響く。ゾネがその音にあたりを見回している間に、周囲が完全に包囲されていた。騎士団の盾がこちら側を向いた円陣がレンとゾネを中心に取り囲まれている。 何の前触れもなく現れた騎士団の登場に泡を食ったゾネが、それでも正当性を主張しようと悲鳴をあげるように騎士団たちに抗議した。 「一体何事だ!私はガレット国大臣ゾネだ。工房視察中の折、無礼を働いたこの娘を我が国にて裁くために連行措置をとっておったところだ!そちらには追って連絡する。今は下がっておれ!」 (なんて言い草!) ゾネの言葉にレンは怒りで眩暈を起こしそうになった。しかし、周りを見れば部隊長と一人の娘が血を流して倒れており、レンは傷一つないという現状はあまりいい状況ではない。あまりに特殊な方法で傷つけられた二人を見れば、一目瞭然でレンの仕業だと見破られてしまうだろう。 (天の助け……にはならないかしらね。とにかく箱に詰めることだけは止まったし、今は状況を見守るしかないわ…) ■→NEXT? |