時の分かれ道
プロローグ
時の流れに沿って、世界は二つに分かれていた。一つは、リア・リティン時空という世界。これは主に科学という分野がめざましい発達を遂げ、人の知能と技術に頼ってできた世界だった。もう一つは、ファンタ・ルジア時空という世界。これは、ある意味では生まれた者の天性の力で作り上げられたとも言える世界で、この世界には個人差はあるが一人一人にある力を引き出すことのできる石があった。その石の力で、生きる能力を身につけ、果ては、世界が時の流れによって数多の時間世界・・・・彼らはその一つの世界を一空間と呼んだ・・・・があることを見つけ、管理をしだした。そうして、彼らは知ることになったのだ。世界は、自分たちのみのファンタ・ルジア時空だけでなく、もう一つの世界、リア・リティン時空という全く別の世界があるということを。
その、時空の一つ。ファンタ・ルジア時空、EP17ーT8294空間。
場所は、タキオン第一鉱山。この世界で言う北の最果ての地である。
その山頂にある洞窟は、石階級一の者、つまり時空使いの長が住まう場所である。長は、十五年の月日を経て、交代の期に山を下りることになっている。その日は、第一鉱山の交代期で、ディン期がザーヴァ期となる日であった。
暗い洞窟の奥で、銀狼の持つような髪を垂らしたディンとザーヴァは焚火をはさんで向かい合っていた。ザーヴァはまだ一人前の体つきにはなってはおらず、まだまだ経験の浅い筋肉が淋しく骨を覆っただけの体格であったが、ディンはすばらしく盛り上がった筋肉を見せつけるかの如く腕が動く度にその筋肉が動いていた。ディンは、薪の間に空気が入るように棒でつつきながら口を開いた。
「ザーヴァよ、おまえがこれからのこの山を管理していくことになる。おまえの力ならば、少々の時空のひずみを直すことも可能だろう。ファンタ・ルジア時空とリア・リティン時空の安定を保つのがおまえの役目。おまえが正しいと思ったことに忠実に尽くせばよい。」
年輩の、鼻の下に黒く髭を生やした男は静かにそう言った。ザーヴァ、と呼ばれた少年は好奇の目を光らせて、にやり、と笑んだ。
「じゃあ、さ。もし、俺がこの山の石を壊すことを正しいと思っていたら、ディンはどうする?」
俺はそのくらいの力ももってるんだよね、とからかうようにザーヴァは瞳をディンに向ける。しかし、ディンは少しも動じずにザーヴァを見つめなおすと、フッと面白がるようにザーヴァを嘲笑った。
「できるものなら、な。」
「出来るさ。」
「その、出来るではないよ、ザーヴァ。それはおまえの力に訴えたときの場合だ。私が言っているのは、おまえの理性と、この山の中心にあるとされる、タキオン原石が同調できるかってことだよ。」
ディンは諭すようにそう言った。ザーヴァは挑むようにディンをにらむと、それは、と尋ねる。
「俺の理性に問題があるのか?それとも、山の石に、か?」
「どっちもだよ。」
「どうして。」
「いいかい、ザーヴァ。まず、石の方から。石にも心はある。自分を自らの力で破壊するような事に、幾らなんでも力を出し切れないとは思わないかい?そうだろう?力を出すか出さないかは、結局石が決めることなんだ。」
「でも。」サーヴァは、負けじと言葉をつなげた。
「心が本当に石にもあるんだったら、俺の心に同調するはずだ。」
その言葉に、初めてディンが驚きの顔を見せた。
「お、おまえまさか本当に石を壊すつもりだったのか・・・・!」
そのディンの言葉に応えるように、ザーヴァはこくりとうなずいた。
「俺は、どうしてもこの時空全体がやってることが正しいとは思えないんだよ。だから、俺がこの山を管理することになったときには、この石を壊そうってずっとおもっていたんだ。」
パチパチっ
洞窟に燃ゆる薪のはぜる音が鳴り響く。風が炎の先をなぜていく。
ディンはまた棒を持つと、燃え尽きた薪の炭を除き、横に置いてあった使われていない薪を炎の中に差し入れた。
「おまえの正しいと思っていることならば、忠実に尽くさねば、な。」ディンはぼそっとそう言った。
「もうすぐ日が暮れる。つまり、これはディン期が終わるということだ。私が山を下りてしまえば、この山はおまえの物同然。私の口出すことではない。」
「それって。」ザーヴァは、生真面目に問う。
「この山、延てはこの時空をも支えるタキオン原石を、俺は壊してもいいってことになるんだよね?」
ディンは応じずに立ち上がると、前々から荷造りしてあった小さめの皮の袋を手に、洞窟を出て行った。
そして、少年は一人、山頂の洞窟に残されたのである。
1 時空移動
黄色い、広大なる物がゆっくりゆっくり時間をかけて形を変えていくのが、夕梨の目からも見えていた。ただぼうっとしっかりした意識もなく見ていただけだったから、それはそうなっていても不思議でも何でもなく、夕梨にとってはそれはただの黄色い大きな物である以外には何ものでもなかった。
夕梨はその大きな黄色い物・・・・砂漠に横たわっていた。目がその機能を再開し、脳の方に映像が送られてきてからずっと。
動きたくとも動けなかった、というのもあったが、なによりも夕梨がそこを動かなかった理由というのが、どこへむかって歩いたらいいんだろうということだった。当然、自称馬鹿を名乗る夕梨にだって、ここを一刻も早く去らねばならない、ということは一番先に考えた。が、しかし。夕梨はその時自分の体が儘ならぬことを知り、また、どこへどの方向へ行けばよいかも全くわからなかった。わからないことと言えば、そもそもここはいったいどこなんだ、ということの方が皆目見当がつかなかった。
夕梨は砂漠をこの目で初めて見た。テレビで見たことはあっても、自分がこんな文字通り無味乾燥なところになど来ることもないだろうと、楽観していた。でも、どうだろう。どこが、味気ないのだろう。なにが、つまらないだろう。いいや、ここほど生命を感じる所なんてないのではないだろうか。
(砂が・・・・生きてる・・・・。風紋だ、風紋のせいだ。まるで砂漠全体が、私だって生き物なんだって誇張してるみたいに、蠢く。のそりと。ゆらりと。)
ぼんやりと空を見やると、雲一つない紺碧の青空が目に映る。すごい、きれいだ、と思ってから自分で笑う。ここは砂漠なんだ。昼間は燃えるように暑く、陽が暮れるとまさに極寒の地になりうるという、有名な。今は陽がある。ならば、少しでも暑さをゆるめるような雲などあるはずがないではないか。
暑い、とか、寒い、などと考えていると急に肌に感覚が戻り、焼けつくような暑さが全身を直撃した。とっさに夕梨は体を起こして立ち上がった。
「今、暑くても、夜になれば寒くなる!?」
冗談じゃない、と口走ってから、とにかく歩こう、と思った。
(ここにいたって何にもならない。)
幸い、あのショックでおかしくなった手も、足も元通りになっており、もう気分もそんなに悪くはない。身につけている物は万事大丈夫らしかった。だから、夕梨は歩くことに決めた。今は陽がまだ高い方なので、まずは自分の影に向かって歩くことにした。もう一人の自分に向かって。
歩こう、とは思ったものの、それは予想外に大変なものだった。
炎天下の下、あしが一歩一歩砂に吸い込まれるようで、十歩程度で疲れてしまった。十分程歩いて、ふくらはぎが痛みだし、そのよたった足を何とか鞭打ち、約二十分ほど歩いて、喉が渇いてどうしようもなくなった。全身から湯気が立ちのぼり、ぼたぼたと大粒の汗が髪の毛の何本かの束を道筋にしている。
「一体何なの。何が、起こったの?」
目に入りそうになった汗を腕で拭う。吹き出た汗を眺めながら、夕梨は自分がこの大自然に来る前のことを、ゆっくり思い出していた。
日が沈んでいくのを左目で追いながら、あずま高校二年の実嶋夕梨はバス停へと足を急がせていた。今日は部活は休み。だから、まだ陽があるうちに帰ることができるのである。
はーっ。やっとお休みもらえたあ。帰ってもまだ陽が暮れてないなんて夢の様っ。
夕梨は喜びで踊りかけた足を抑えるように急ぐものだから、足元がかなり危ない。やはり、そんな足元を見ていたのだろう、後ろからクラスメイトの声がかかった。
「夕梨。転ぶよ。」
「えー?」
急ぎ足のままひょいっと振り返ると、仲良く歩く男女が約一組。夕梨は、あれえ、と間延びした声を出した。
「沙羅と、雅之?何でここ歩いてんの?」
「何でって・・・・。ここはおめーの道じゃねーだろ。」
むっとする夕梨。香月雅之は夕梨の幼なじみ。高校は離れたのにも拘らず家が近くで、このクラスメイト兼親友の彼氏ともなってしまったものだから一向に縁が切れる気配はない。
「そうじゃなくって。チャリで帰んないの?・・・・ああチャリで来なかったんだね、今日。」
「なに独りでしゃべってんだ、この馬鹿は。」
「うるっさいなあ。雅之のばかっ。」
「なんだとっ!!」
「まーさーゆーきー。あんた、自分が馬鹿っていわれんの一番嫌ってるくせに人には言うんだから。確かに、夕梨馬鹿だけど。」
「さらぁ。ひどいぃ。どうして沙羅って頭良いのにフォローという簡単なものが出来ないのかしら。やんなっちゃうなー。」夕梨はがっくりとうなだれた。
クラスメイトの友塚沙羅はそれに平然と答える。
「私、おべっかって嫌い。」
「フォローとおべっかって違うと思うよ。私、頭悪いから自信ないけど・・・・。」
見るからに自信なさげにそう言ってから、あっと驚く。
「なに?」
沙羅は、まあきかなくてもだいたい判ってるんだけど一応きいておこう、という態度でそう言う。夕梨は本気で地団駄踏む。
「もうっ。バス乗れなくなっちゃうじゃないのっ!」と、騒ぐだけ騒ぎ、今まで歩いていた方向に走っていこうとした瞬間だった。
「あうっ!まさ・・・・ゆ、き」
突然、沙羅が頭を抱えて苦しそうに言葉を吐き出した。足ががくがくと震えている。
「沙羅っ!?」
雅之が慌てて沙羅を支えようと腕に手をかけようとしたが、雅之は弾かれたように手を引っ込ませてしまった。
「っ・・・・!」
「何やってんの雅之!沙羅っ!」
夕梨は倒れていく沙羅を起こそうとしてとして一歩足を出すと、何かに当たったように足がはじき飛ばされ、一瞬身体が宙に浮いた。
「なっ・・・・!?」
何なのっ!?と夕梨は言いたかったのだが、はじき飛ばされる感覚が未だ終わってはいなかった。踏み出した足はもとより、一方の足も地面に拒まれるかのように疼きだし、露出した手や首は空気が忌み嫌うように押さえつけ、顔もつぶされるように固定され、動けなくなった。耳は気圧が変わったときのように、鼓膜が厚みを帯び、口の中の空気が吸い取られたようになくなって、喉がひりひりと痛みだした。目はすでにその機能を失い、鼻の中も空気を奪われたのでつぶされてねじ曲がったようになっているのが自分でもわかった。
(・・・・っ・・・・!!)
ろくに物も考えることもできなくなり、頭がくらくらと揺れ動いているようで、吐き気がした。実際、吐いてしまったのかもしれなかった。とにかく何の制御もできなくなってしまっていたのだから。何の感覚も失せ始めていたのだから。
「で、お世辞にも気持ちのいいとは言えなかったあのぐちゃぐちゃ状態は瞬間移動だったって訳だ。全くなんだって私がこんなとこに来なきゃなんないのよぉ。」
ぶつぶつぶつぶつ。
夕梨はここに来てからというもの独り言が続いている。
口の中は、喉がカラカラ、なんて可愛いものではなく、乾燥しきって埃で喉が痛いんですけど、という所までいっている。そのくせ、口に出さずにはいられないものがあるのだ。みっともないと頭では分かっていても、言葉を口にせずにはいられない何かが。
それは、完璧な孤独。
これはもう夕梨がいつの間にか禁句、と心の条例で決めてしまっていたことだった。考えては、いけないことだったから。考えたら自分がだめになってしまうことが、判っていたから。だから、夕梨は口を動かす。自分ができるだけ陽気でいられるように。自分が一人なんだということに打ちひしがれないように。
「沙羅や、雅之は大丈夫かなあ。それにしても、何で沙羅、苦しみ出したんだろう。」
苦しみながら、雅之の名前を呼ぶ沙羅の顔。あれはまるで雪のように白く、青かった。
「あ、でも私も十分苦しんだんだわ。少し遅れたけど。じゃ、雅之は?」
沙羅の腕に触れようとした瞬間、手を引っ込めた雅之。その後の雅之の様子を夕梨は覚えていない。
「私もそれどころじゃなかったんだもの。それにしても」
改めて辺りを見回してみたが、やはり景色は一向に変わっていない。
もう一度瞬間移動ないと、本気で死んじゃうかも・・・・。
「この前あってた、サバイバル特集見とけばよかったなあ。砂漠云々の話してたはずよね。」
このまま、水も食料もなかったら・・・・。
いやな考えが頭をかすめる。ごくりと唾を飲み込み、ふっと力を抜くと嫌なことに頭がうつむくような姿勢になってしまった。夕梨は、考えてしまう。考えてはいけないことを。
だめだ。怖い。もうやだ。何で私がこんなとこにいるの。帰して帰して。私を元の場所に・・・・、
「帰してえぇぇっっっ!!」
それは、まるで悲痛な叫び。血を吐き出すような、痛切な願いの声。
しかし、その声は大自然が難なく吸い込んでいってしまい、そこに長くはとどまらなかった。夕梨はぎゅうっと手のひらに爪を立てる。それから、手をダラリと下げると全身の力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
「誰もいない、ね。誰も助けてくれないね。・・・・奇跡でもない限り。」
顔は涙も汗も一緒になってびしょびしょだったが、喉は依然渇いたまま。息はあがりっぱなしで、全身は疲労困憊。心の中では、帰りたいのリフレイン。ここまで来てやれることはただ一つしかない。もう、精一杯願うことだけ。
目を閉じても入ってこようとする光から逃れながら、うつむく。四つん這いになった格好で砂を握りしめ、夕梨は願った。
「帰してよ。お願い、誰か。帰して、私を元の家に・・・・!」
なんと、その痛烈な願いに応えるものがあった。
「私はコア。あなたに力を貸します。そこを動かないでね。」
「言われなくったってもう動かないわ。」
夕梨はその声が何処から来たものなのか、など考えもせずそう言った。
もうこうなったら助けてくれるのが何だってかまわないわ。どんなとこよりここよりはマシでしょうよ。
半ばなげやりにそう考えていると、何処からか低く唸るような音が聞こえてきた。それはだんだん大きくなっていく。
「何?」
ずるっと足をもって行かれて体勢を崩されてから初めて分かった。その音は地が砂を吸い込む音だったことに。
ずるずると足をもって行かれ、また砂に吸い込まれながら夕梨はあえぐように言った。
「まさか、り、流砂・・?」
焦って手足をばたつかせて何とかこの流砂から逃れようと砂を泳ぐが、それは状況を悪化させただけだった。
「もっと沈んでるぅ!」
余計なことを喋ったばっかりに口の中に砂が入る。げほげほとせき込みなんとか口の中はおさまったが、全身で砂に当たっていないのはもはや頭部だけになっていた。
「いや!いや!いやああああ!だれかだれかたすけっ・・・・げはうっ!」
砂の中で動いていた手足も虚しく、夕梨は砂に呑み込まれた。
もうだめだぁっ!
光に閉ざされた中で、夕梨は息を止めていた。しかし他愛なくそれは限界が訪れ、夕梨は口を開けて吸い込んでしまった。もちろん新鮮な酸素が入ってくることを期待などはしない。夕梨にはある程度の死の覚悟がちらちらと脳裏をかすめながらの行動だった、が。
何も入ってこない・・・・。
それは不思議な感覚だった。口に砂が入ってこないのはもちろん、本当に何も口に入っては来なかったのである。そう、今欲しくてたまらなかった空気さえも。
しかし口に何も入ってこなくても、さっきの窒息しそうな苦しみはすでになく、今の状態を冷静に見る余裕さえあった。
ここは、もう砂の中じゃないんだわ。
砂に呑まれた瞬間に閉じていた目も開いて、夕梨は何気なく思った。辺りは見た目には、何もなく暗いところに一人だけ放り出されたように見えていた。しかし、夕梨はそれは見た目だけであることを肌で感じ取っていた。
いろんな・・・・、本当にいろんな気配がここには渦巻いている・・・・。
渦巻く気配のあまりの強大さに、知らず夕梨は自分を抱きしめる格好になっている。その格好は、まるで今から起こることを予知していたかのように都合が良かった。
・・・・いたっ。
何の音もしなかったが(そもそもこの気配だけの空間に音そのものの存在するのかということすら怪しいものだが)夕梨の肩の辺りに壁がぶつかったような痛みを発した。
・・・・ったっ!いたたっ!
次に足の踝辺り、腰、頭。次々に原因不明の痛みが発する。しかもその痛みはだんだん痛みを増す。こらえきれず、夕梨は大声で叫んでしまう。
「いったあああいっ!」
がばっ!
夢から覚めたような感覚で夕梨は目を覚ました。
見回すと、そこは鬱蒼と茂る木々に囲まれたところ。妙に肌寒いのはここがある程度の高度があるためか。
「今度は・・・・山?」
「ごめんなさいね、ユーリ。痛かったでしょう?」
砂漠でした声と同じ声。夕梨はあらためて辺りを見回し、声の元を探った。しかし、ここには自分以外の人の気配が全くない。
「誰?出てきなさいよ。私をいろんな所に引っ張り回してるの、あなたね?」
「私はコア。あなた、この時空のひとではなかったのね・・・・?」
「ジクウ?なにそれ。どうでも良いけど、姿を見せなさいったら!」
「あいにくと私には体がないの。精神の塊だけだから。」
精神の塊?一体なんなの、それ。
「まあいいわ。ちょうど良い人がもうすぐここに来る。話はそれからでもおそくはないでしょう。」
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written time 1996(多分)