11 歪んだ歴史(後)
波の音が不思議なくらい穏やかに鳴り響いているのが、夕梨の耳にも届いていた。音が耳に再び届き始めているということを認識して、夕梨はようやく自分が一瞬何が起こったのかを悟っていた。
(コアに・・何かされたんだ・・。あんなに守ってくれたコアが・・私を)
混乱しそうだ。わけのわからないこの世界に来てからというもの、自分を支える術はただ二つ。タキオニアへの信頼とただうちに帰るという願い、その二つが夕梨を生かし続けてきた。
それなのに、ここに至ってその支えがひっくり返されたのだ。
自分の一番近いタキオニアが、コアが裏切りを果たし、そして、うちに帰るという希望はないと知らされた。
確かに夕梨はここのところ元の世界に帰る事に迷いを生じさせていた。しかし、それは「帰れる」という絶対的に選択肢が存在することを仮定した上での、我儘な気持ちだった。選択肢が全く消えてしまっては、もう選ぶことは出来ない。「帰りたくない」という気持ちとは裏腹に、事実は「帰れなく」なってしまった。
知らず、夕梨は体を震わせた。
それに気づいた沙羅は目を細めた。その目は大丈夫よ、と穏やかに諭す母のような瞳をしていた。
「沙羅・・」
「夕梨は帰れるよ。私が絶対帰してあげる。安心して」
「で、でも、コアは・・」
慌てたように石版の上から立ち上がろうとする夕梨を、ザーヴァが支えた。夕梨はごめん、とザーヴァに言うと、ザーヴァは何も言わず頷いた。
夕梨はまた、沙羅に問い掛ける。
「コアは、私が封印されないと私の世界が元に戻らないと言ったわ!」
「一度、夕梨は封印されたのよ」
「え?」
あっけにとられる夕梨に、ザーヴァが答える。肩を貸してもらって夕梨のすぐ傍にあるザーヴァの顔がやけに優しく見えた。
「ユーリなぁ、さっき石になってたんだぞ」
「石に?」
何かが起こったことは自覚できた。一瞬の記憶の空白に気づいたから。しかし、まさか自分が石にされたとまでは夕梨の想像がついては行けなかったのだ。
「それで、沙羅がその石になったユーリを元に戻してくれたんだ」
「沙羅が・・?」
夕梨は沙羅を見つめる。いつも通りとは言いがたい、多少の疲れを帯びた顔をしていたが沙羅は沙羅だ。その沙羅に、そんな力があったことに、夕梨は不思議に感じる。
「沙羅じゃないの?あなたは・・沙羅じゃないのね・・?」
沙羅が、沙羅の顔をした人が寂しそうに笑ったのを見て、夕梨はなんだか泣きそうになる。
「ごめんなさい。あなたの知っている友塚沙羅は眠っているわ。あの穴を見たときに、瞬間的に入れ替わってしまって・・今あなたが話しているのは確かに沙羅ではないわ。この世界の巨大結晶のタキオニア、サリャーネの意識よ。でも安心して夕梨。私はあなたを沙羅同様、大切に思っている。ずっと沙羅があなたを大切に思ってきたようにね」
「沙羅は・・苦しくないの?あなたがいて苦しくはない?」
「大丈夫よ。苦しくないと、彼女からの意識も答えているわ」
「そう・・」
夕梨は複雑だった。タキオニアをどこまで信じたらいいのか、わからなくなってきたのだ。心に壁のようなものを張り巡らせたかのような奇妙な感覚が生まれた。それを、この世界で何と言うかをぼんやりと夕梨は思い出す。
(結局これがブラインド。こういうことか・・)
「ところで沙羅はさっきコア様が歴史を歪めたって言ったけど、一体どういう意味なんだ?」
ザーヴァが不意に先ほど沙羅が口にした言葉が気にかかったのか、沙羅に問うた。沙羅はザーヴァを見て、うん、と頷くと、頭を整理するように話を始めた。
「コアはおそらくこの世界を守るためにサリャーネである私を追い出したと、そう言う話をしたのだと思うけど、あれは違うのよね」
「違う、というと?」
ザーヴァは不思議そうに沙羅に問うと、沙羅が困ったように笑った。
「タキオニアの私を追い出したのはコアの、例えて言うならば『正義』の思いからではないのよ。言ってしまえば単純明快。嫉妬という思いよ。自分よりも力を持った自分のタキオニアを恐れて、コアは私を追放したの」
「ええっ?」
聞いていた話と違うことに、ザーヴァも夕梨も驚くしかない。そんな二人を見て沙羅が無理も無い、と同情するように微笑んだ。そして、コアの真相を話した今も、沙羅の顔にはコアを恨んでいる様子は微塵も無かった。
「私はタキオンそのものからほとんどの力を引いてしまったタキオニアだったの。もしかしたら、そっちが自然なことかもしれないわね。タキオン自身が渾身の力を振り絞ってタキオニアを作るのだから、タキオン自身の力はタキオニアより劣ってしまうと言う方が。初めて生まれたタキオニアが私だったからその点はタキオニアのファースト、タキオンにとっては厄介なもの、だったってわけ」
「それって・・でもなんか引っかかるわ・・なんか大前提が・・」
混乱する夕梨をちらりと見て、ザーヴァがこういうことだろ、と口を開く。
「憎悪を持ち得ないタキオンがそのときは憎悪に近い感情を持ち得ていた、と」
「そうだっ!そうよそうよ!その通り!なんでなんで??」
横から夕梨がうるさくはやしたてるのをザーヴァが煩わしそうにしている。沙羅はそんな二人を見て、それはね、と話しを続けた。
「コアはその後同じ事を繰り返さないようにタキオンからそういう憎悪に繋がる感情を取り除く方法をもってきたわけ。――フォレスの森ね。自分のやったことを悔いたのでしょうね。そして、同じように同じ事を繰り返さないためにタキオニアを生成するときにはかならず能力をタキオン側に持たせるように作った、というところね」
「そういうことかぁ・・なんか判ってみると安易だわ」
夕梨は呆れたよう呟いてみると、沙羅がそうね、と笑う。
「歴史とは結局そういうものよ。あとで解釈する人が小難しくしてみせてるだけね」
「ところで、コアは・・」
ザーヴァがそう言ったことで、夕梨もはっと自分を取り戻した。
「そうだ、コアは?どこにいったのかしら。もう声も聞こえないし、なんだか不気味だわ」
「逃げたみたい。私が融合しないと知ったから、慌てて巨大結晶に戻ったんだわ」
沙羅が周りを見回して意識を探っているようだったが、諦めてそう言った。
「タキオン第一鉱山、か」
ザーヴァがちっと舌打ちする。夕梨はそんなザーヴァを不思議そうに見つめた。
「何を苛立ってるの?ザーヴァ」
「遠いんだよ。また出発点に戻っちまったんだぜ?」
鈍い夕梨に苛立つようにザーヴァは鋭い視線で夕梨を睨みつけた。睨まれて、優しい顔よりもそっちの顔が見慣れているような気がして、夕梨はなぜかそっちの顔のほうがザーヴァらしいと思った。同時にほっとする。不思議な感覚だ。
そんな気持ちを別にして、夕梨は淡々と思ったことをザーヴァに問いただした。
「でも、追いかけてどうするって言うの?コアは何をしようとしているの?」
夕梨に言われてザーヴァも納得したように頷いた。
「それは・・確かにそうだな。巨大結晶はすでに壊してしまったし、定められた歴史の記憶はもう・・いや・・まさか」
「コアに残された手段はもう一つしかないわ。・・巨大結晶を抹消させることしか・・」
沙羅はぎりっと手を握り締めて、今はもう見えなくなってしまったタキオン鉱山の方向を睨みつけている。
「まさか!自滅するつもりなのか?この世界とともに?」
ザーヴァは唖然とする。夕梨も目を見張った。
「だってまだ・・元の世界だって元に戻ってないのに!」
「コアにとって私と融合することが本来の目的だったからね。私はそれを断った上に滅すると宣告したからコアは・・」
「殺されるなら死んだほうがまし、か。意外と原始的な考えをするんだな。コアも」
沙羅とザーヴァが話すのを聞いて、夕梨は信じられなかった。
(何がなんだかもうわからない・・うちにも帰れないし、この世界だってもう保てない・・どうなっちゃうの?私はコアの力は頼れなくなってしまったし、沙羅は・・どうするんだろう・・?)
「そういや・・レザはどこいったんだろうな・・」
ずっと気にかかっていたのか、ザーヴァがそう言うのが夕梨にも聞こえた。
「レザなら・・そこにいるわ」
海岸の砂浜の近くに茂みがあり、その方向を指差して沙羅がそう言うと、突然茂みがざわざわと波打った。そこから出てきたのは、レザ本人だった。
「あーこんなとこにいたのかよ。参った。はぐれたのかと思った」
「っていうか、ずっとそこにいたんじゃねーのか。レザ」
呆れたようにザーヴァが言い放つと、レザが驚いたように身を引いた。
「・・ばれたか。いや、錚々(そうそう)たるメンバーの物議に入る余地も無かった、ってのが正解なんだがなぁ」
気後れしていたのか、レザは恥ずかしそうに頭を掻くと、夕梨は首を傾げてレザに言った。
「錚々たる?それならレザが入ってもっともなメンバーだと思うわよ?レザはフォレスの森の代表なんだもの。私はリア・リティンの、ザーヴァはタキオニアの、サリャーネは巨大結晶の。ほら、レザだって必要でしょう?レザだってこれからの自分のこと気になるでしょう?」
夕梨に言われて、たしかに、とレザは頷いた。気を取り直してレザは三人がたむろしている方に駆け寄った。
「さて、メンバーはそろったな。でも、コアの自殺を止めないといけないってのに、どうしたもんか・・」
ザーヴァがうなりながら考え込むが、この世界に住む者とはいえザーヴァはコア自体の情報は夕梨と同じくらいにしか持ち得ていない。残念ながらサリャーネに考えを聞く必要があるな、とザーヴァは考えた。
「サリャーネはコアを滅ぼすために来た、と言っていたが・・そうするとファンタ・ルジアは壊れるんじゃないのか?」
「あ、うん。滅ぼすだけじゃ駄目ね。巨大結晶に変わる石を挿(す)げ替える必要があるわ。コアもサリャーネも、このファンタ・ルジア界を司る座から降りる、ということね」
心配そうにサリャーネを見ていた夕梨に答えるように、死んだりはしないから大丈夫よ、と付け加えた。
「なるほど。でもそんなことできるのか?俺は石として若い方だから判らないけど、そんな前例は聞いたことがない」
「ええ、前例は無いわ。でもコアはその方法を自分で残しているの」
夕梨は驚いた。コア自身でそんな自滅の方法を残しておくことが不思議だったが、そんなことに時間をとっている場合ではない。
「それは・・どんな方法なの?」
「ザーヴァと、ベガに私たちを一度封印してもらうの」
to be countinued.
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