13 強制リセット
「封印の石版の封印者を元に戻し、リア・リティンの世界を戻す。それにすべての異邦者を元の世界に戻す・・言ってしまうと有無言わさず強制リセットみたいなもんだな」
 それから、とザーヴァはレザに振り返って、続けた。
「レザ、お前も元はリア・リティンの生物だから戻すことはできる。でもタキオンの影響が少なからず残ってるから、お前の希望によっちゃこの世界を選ぶことはできるぜ。ま、お前はタキオニアを嫌悪してるから、戻るって言うと思ってるけど」
「残るぜ」
「ああ、判ってる・・って・・あれ?」
 ザーヴァが驚いてレザを見返すと、レザが意地悪そうに笑ってザーヴァを見ている。
「残るぜ、俺は。お前が中核になってこの世界がどう変わっていくのか、興味があるんだ。俺や、それに力の使えないタキオニアとか、いただろう?そいつらの居場所とか、お前がどう変えていくのか、見届けてやるんだ。それはいわば今まで虐げられてきた俺の使命だな」
「レザ・・」
「期待してるぜ、ザーヴァ」
 レザはそれだけいうと、すっくと立ち上がった。
「よし、俺は先にフォレスの森に帰るぜ。あ、でもあのトビラの洞窟の出口覚えてねぇや。ザーヴァ、力戻ったんなら送ってくれねぇ?」
 ザーヴァは言われてすっかり呆れ顔をしつつも、石版から降りながら文句を言った。夕梨にも、手で降りるように合図する。
「ちっ、すっかり俺の補佐殿はわがままになっちまったな!」
「へへ、また楽しい冒険誘ってくれよな」
「減らず口め」
 ザーヴァは言いながらも笑っていた。石版に乗ったレザが手を振る。
「嬢ちゃん、元気でな」
「レザも!」
 慌てて夕梨は声を張り上げた。レザが笑うと、すっと体が薄らいでいき・・やがて消えてしまった。
「全部・・か。すごいね、いつやる?それ」
 レザに手を振った手をだらんと下ろしてしまうと、夕梨はとてつもない虚無感に襲われそうになって慌ててザーヴァにそう言った。
「いつでもできるんだけど、一つやっておかなきゃならないことがある」
 ザーヴァが夕梨を見ずにそう言った。
「何?手伝うよ」
 夕梨は何すればいい?と袖もない服なのに腕まくりするような仕草をしてそう言った。そんな夕梨を不思議そうに見て、ザーヴァは一言こう言った。
「あのさ・・ずっと見えてたんだけど」
 意味がわからない、と夕梨は首を傾げた。ザーヴァは頭をがしがし、と掻く。とても言いにくそうな話らしい、ということは理解した夕梨は、ふと思い当たって慌ててお尻に手をやった。
「馬鹿!エッチ!」
「パンツじゃねぇ!」
 いきり立ってザーヴァが夕梨に突っ込む。夕梨は違うの?と怪訝な顔でザーヴァを見上げる。
「そうじゃなくてー・・、お前、忘れてただろ。途中から、ブラインド」
「あーだって・・面倒で・・って、あっ!」
 うかつなことをしたのだ、と思い出した。夕梨はそれと自覚したことはなくても、何度か抱いた気持ちを思い出したのだ。
 ――ずっと見えてたんだけど。
 ――ずっと、お前の心が見えてたんだけど。
 いつか、思った気持ち。ザーヴァへの恋ともつかない、他愛も無い気持ちが流れてしまっていたのだ。
(やってもーた・・)
「ほら、また忘れてる。ブラインド」
 呆れたようなザーヴァの声に、夕梨はびくりと肩を震わせた。かっかと火照ってくる顔を何とかして冷ましたいのだが、どうすることもできない。いっそ海に身投げでもしたほうがいいんだろうか、などと支離滅裂なことを考え始める始末。
 身投げ、という言葉がやっぱり伝わってしまったのだろう、多少心配そうなザーヴァの声が夕梨の耳に届いた。
「おい、落ち着けよ。悪かったよ、突拍子も無いこと言って」
「ホントよぅ・・知らないフリしてくれればよかったのに」
 夕梨は顔を上げられない。手で必至に顔を隠すしかない。赤らんだ顔を見られたくは無い。また、会えるといいね、なんて冗談みたいな台詞を投げつけて帰ってやろうと思っていたのに、こんなのってない。なにもかも自分の所為ではあるのだけど。
「お前は・・自分のうかつさを棚に上げて勝手な奴だなぁ、ホントに」
「ごめん」
 夕梨はぽろりとそう言った。ザーヴァが困ったように、夕梨を見ているのだが、夕梨はそんなザーヴァの姿を見る余裕すらない。
「・・」
「ごめん、ごめん、もう・・ほんっと・・ごめん」
「何の謝罪だ?」
 ザーヴァはぽん、と夕梨の頭に手をやる。それでも夕梨は手を顔に当てたまま、くぐもる声で続けた。
「ザーヴァにカンヅメとか言ったりしたこととか、うかつなところ見逃してもらったのとか、お世話になりました、とか、そういうの、全部の、ごめん」
「ふうん、そういうのならイイよ。全然。そもそもは巨大結晶壊した俺が引き金だし。ああ、カンヅメは関係ないか・・」
 ザーヴァはぽんぽん、と夕梨の頭を優しく叩く。
「・・あと」
 掠れる声で言おうとした言葉がザーヴァに遮られた。暖かい何かにふわりと包まれたかと思ったら、抱きしめられたのだ、と夕梨は気づいて言葉に詰まってしまったのだ。
「ざっ・・ザーヴァ!!」
「好きになってごめん、か?それは俺に言われても困る」
「っ・・」
 抱きすくめられてザーヴァの顔は見えないし、夕梨自身の顔を見られる心配も無いのだが、夕梨の頭はパニックを起こしかけそうだった。
「俺は石だからな。リア・リティンの奴らみたいに感情も何ももてない、持つ必要が無いって思ってたけど、ユーリと話してから違うんだ。お前に頭に来たり、頭に来たり、頭に来たり・・」
 ザーヴァの言われように、さすがに盛り上がった気持ちも冷めていった。夕梨はかちんと来て、ザーヴァに文句を言う。
「なによ、それ。私がよっぽどボケで役立たずみたいじゃないの」
「ご名答。なかなかユーリは鋭いところもあるな」
 ザーヴァは可笑しそうに肩で笑う。肩が震えているから、笑っているのだろう、としか判らないのだが。
「でも、感情を捨てられなくなっちまったんだな、多分。お前のせいで」
「・・・。ザーヴァってさ」
 ザーヴァの鎖骨辺りに顔が押し付けられているので声がくぐもってしまう。それでもザーヴァは腕を緩めてはくれない。
「なんだ?」
「口説くのうまいんだ?リア・リティンの何を監視してきたんだろうねぇ、この人ってば」
 ザーヴァが呆れたように、お前な、と腕を緩め夕梨の顔をみようとした。しかし、夕梨はぼろぼろと泣いていたのだ。そんなに泣くほどのことを言ったのか?と一瞬ザーヴァがうろたえるほどだった。
「殺し文句だよぉ、お前のせいで、なんて」
「泣くなよ、お前今まで一度も泣いたことなかったじゃないか。元の世界が崩壊したって聞いてもさ、一度も・・」
「泣けるわけないよ。そんなの泣いたら、嘆いたら、信じちゃうことになっちゃうじゃない!そんなの信じてたら私生きていけないよ・・!」
 悲鳴のような声で夕梨がそう言うのを聞いて、ザーヴァも頷く。
「そうだな、もう、帰れるし、泣くこともお前の自由だな」
 一瞬寂しそうにザーヴァに言われて、夕梨はまたザーヴァの体に顔を押し付けた。
「でも・・離れるのはいやだよ・・」
 言うつもりは無かった言葉。言ったらザーヴァを困らせる。夕梨自身もどうしていいのか判らなくなる。何の解決ももたらさない無力の言葉を、言うつもりは無かった。けれど。
 伝えようとしなければ伝わらない言葉。それだけは言った方がいいのかも。そこまで夕梨自身が考えたかどうかは定かではないが、本能的に悟ったのかもしれない。
――今伝えなければ、もう二度と、この人には伝わらない、と。
「俺も、ユーリがいないと、きっと寂しいと思うな」
 素直に、ザーヴァも白状した。夕梨はその言葉だけで十分だ、と思った。
「ありがと、ザーヴァ」
――ありがとう、私の思いを拒否しないでくれて。
 夕梨はザーヴァから自分を引き剥がすように離れた。あっけにとられたようにザーヴァが夕梨に手を伸ばしたが、それを夕梨は首を横に振った。
「言葉だけで十分。それ以上貰ったら、私はリア・リティンで未亡人のようにあなたを思い続けなきゃいけないもの」
「・・」
(現実的・・いや堅実的というべきか。次にどうやって生きるかをいつも見定めている、というわけか)
 ザーヴァは少しがっかりした。なんだかこっちが失恋したような気分になる。
 かといって、思ってくれないのか?なんて死んだっていえないが。そんなことを言って、夕梨が喜ぶとは思えない。
「ザーヴァがやりたかったことは、今の話だった?」
 夕梨に言われて、ザーヴァは頷く。
「ああ、それだけだ。じゃあ、全部元に戻すか」
「うん、お願いね」
 夕梨は自分から石版の上に乗ると、ザーヴァの方を向いて立ち止まった。
「また、会えるといいね」
 泣き笑いのように見える夕梨の顔に、そうじゃないんだ、とザーヴァは気づかされる。
(自分が生きるためだけじゃないんだ。それだけじゃなくて、俺のためにも・・そうやって泣きたいのを堪えて・・。)
「・・希望だけはもっていても罪にはならないよな」
 その言葉に、夕梨は嬉しそうに目を細めた。ザーヴァを見て、精一杯笑うと手を振る。さっきレザにしたのとおんなじように。また会えることを絶対的に信じているように。
「うん。じゃあ、またね」
「またな」
 ザーヴァがそう言った瞬間、夕梨の姿は薄く靄がかかっていった。そしてそう時間を要することも無く、夕梨はザーヴァの目の前から姿を消した。

 空に浮ぶいくつかの光の一つが、彼女の残した最後の軌跡なのだろう。
 サーヴァはそう思って空を見上げた。

 リア・リティンの空と変わらない空は、これからは二人を分かつ絶対的な障害でありながらも、お互いの存在を思い出す媒体となって二人をつなぎ続けるのだろう・・。






END.


←←TOPへ←目次へ
ラブロマンスだったのか(笑)

Copyright 2004 BY SAE