3 女神捜索
「あーもお、信じらんないっ!!」
 タキオン鉱山を下山しながら、夕梨は悪態付いた。
「案外コアって役に立たないのねぇっ!」
「ごめんなさいね、ユーリ。」
 コアはもう何度この台詞を吐いただろう。夕梨がため息をついたり、嫌みを言うとすぐさまコアがこの台詞を吐いていた。それはそれはすまなそうに。
 昨日の話では、コアはタキオニアを自分に寄生させることが出来れば力は戻る。と、そこまでは良かったのだが、コアはタキオニアがいる場所の確定が出来ないのだった。
 その上、移動の力もなくなってしまっているらしい。
「でも、コアがそこまで弱ってるって事はこの時空も、長くはないわね・・・・。」
「縁起でもないこと言うなよ!」
 ザーヴァは管理する必要もなくなったこの山にとどまることをやめ、自分の罪を償うために夕梨に協力することになっていた。
「なあーにが、“縁起でもない”よっ!今までさんざん私の世界はもう無いなんて平気で言ってたくせに!だいたいこうなったのも全部あんたのせいでしょう!」
「だからオレも協力してやってんだろ!」
「・・・・っまー!あんたそれでもホントに罪意識ってもの感じてんの!?」
 夕梨とザーヴァは万事がこの調子で顔を合わせれば口げんかをしていた。コアはコアで、ほとほと呆れ、疲れながらも、「・・・・もう・・・・いい加減にしなさい、二人とも・・・・」と無駄な台詞を吐いてしまうのだった。

 山を下り続けること三時間。ようやく山の麓にさしかかり、この鉱山に源流を持つウォリア河が見えてきたところで二人は休憩することにした。
「こっからだったら監視所に見つからないだろうし、ま、ラクに街まで行けるだろ。」
「見つかるとマズイの?」
 夕梨は澄んだ河の水で顔を洗い、熱くなった体を冷ます。コアが体についている汗や水を乾かしてくれる。汗はその都度コアが乾かしてくれていたから、そう臭くなることもないだろう。
「お互いにね。」
 ザーヴァも同じ事をしながら苦々しげに応える。
「じゃあ、私もマズイんだ。なんで?」
「ここから東にあるマオイ監視所は別名、リア・リティン監視所。リア・リティンの人間を端から馬鹿にする奴らの塊だ。」
「ナルホド。私の安全は保証できない、と。で、ザーヴァの方は、管理者のあなたが山を抜けたことがばれるのはマズイ。」
「よくおわかりで。」
「でも、これも時間の問題よね。コアの力が落ちてるって事は、同時にここのタキオンの力だって落ちてくるはずだわ。力の落ちたタキオンでの監視は難しくなって、やがて異変に気付く。」
「気付くのが先か、この時空が朽ちるのが先か・・・・。どっちにしてもオレ達に残された時間はもう無い。」
 ザーヴァはウォリア川の流れる水から目を離すことがない。
「何か良い案でもあるの?」
 しばらく考え込んでいたザーヴァだったが、やがてベガを呼んだ。
「なあに?ザーヴァ」
「ここの空気を圧縮してオレ達を浮かべることは出来るか?」
「一人なら、軽く。ユーリなら、コア様が出来ます。」
「よし。」ずっと曇り続けていたザーヴァの表情が明るく変わった。
「決まりだ。ウォリア河を下る。コア、いいですか?」
「いいだろう。ユーリ、しばらく体を動かさないでね。」
「うん。分かった。」
 しばらくじっとしていると、夕梨の足元がちかっちかっと光り、やがて足元がふわりと地面から離れた。
「浮いた・・!」
 ザーヴァも同様に影から体が離れた状態になっていた。
「コア、そんなに高く上げなくてもいいんです。河に乗せたときに安定がとれれば。じゃ、行くよ。ベガ。」
「ええ。」
「コアっ!私も!」
「行くわよ、ユーリ!」
 かくして、文字通り、二人の水上コースターが始まった。

 目の前を、景色がすごい早さで通り過ぎていく。始めは肩や足元に力が入っていた夕梨もだんだん慣れ、コア任せになっていた。
「やっと慣れてきたみたいね、ユーリ?」
「まーね。ザーヴァ!何処に行くつもり?」二、三メートルほど先を行くザーヴァに、夕梨は大声で訊く。
「この山を下りきったらフォレスの森がある。その前で一度河から降りよう。」
「オッケー。」
 ふふっとコアの笑う声が夕梨の耳をかすめた。夕梨が不思議そうにコアに問う。
「何がおかしいの?コア。」
「ケンカ、しなくなったわね。急に。」
「あ・・・・そ、か。」
 夕梨は一度空を見上げ、考えてから、そんな場合じゃないでしょ、とだけ呟いた。
 本当にそんな余裕無いんだもの。出来るだけ状況の分かっている人に従うのは当然よ。
「そうね。」
 コアの声が夕梨の耳に届いた瞬間だった。
「うわぁあっ!」
 ザーヴァが突然、河の水に吸い込まれるように見えなくなった。
「ザっ、ザーヴァ!?」
 そうこうしているうちに夕梨もザーヴァが沈んだ所に近づくと、突然足元を支えていたものが無くなった。
「きゃあっ!つめた・・」
 急に河の水に呑まれ、頭が何処を向いているのか分からなくなる。手や足をばたつかせてもがいたが、どうにも方向がつかめない。
 息がぁぁあっ!!
 その時ぐいっとかなり強い力で左腕をつかまれ、やっと水面から顔を出すことができた。
「げほっげほげほっ。うー、いっぱい飲んじゃった。さんきゅ、ザーヴァ」
「もしかしてあんた、泳げねーの?」
「そっそーいう訳じゃないけど。咄嗟だったからさぁ・・・・。」
 げほげほと咳き込みながら、ザーヴァから顔をそらす。
 ・・・・・っかしいなー。泳ぐの得意な方なんだけど。
 夕梨の腕をつかんだまま、ザーヴァがいいにくそうに言う。
「どうでもいいけど、ほら、自分で立って。」
「へ?」
 がばあっとしっかり足をついて立ってみると、なんと河の水は夕梨の腰の辺りまでしかない。あんなに騒がしく溺れたというのに。
 ・・・・ははぁ。ザーヴァが泳げないのかって訊くはずよね。ほんと、人間って咄嗟になると分からないものねぇ。
 夕梨がぶつくさ言いながら先に岸にザーヴァが上がっていった方に歩いていくと。
「ごっごめんなさいね、ユーリ。」
 また、コアのすまなそうな声が聞こえた。
「どーしたってのよぅ。急に。」
「フォレスの森が・・・・。」
 森が?
 夕梨は天に向かって延びている木々たちを降り仰いだ。あまりに高く大きくなりすぎたその森は地面を暗く覆っている。
でも、それだけにしてはここの木々は黒いような。幹も黒ずんでるし葉っぱも汚い緑色。ただの錯覚?
 水を服から滴らせながら河を出ると、ザーヴァが薪を拾ってきたところだった。
「ユーリ!早くこっち来いよ。今度ばっかりはコアもベガも頼れねぇ。」
「えー。なんでっ。」
「この森のせいさ。」
 薪を集めてザーヴァが手をかざすと、小さな火種がついた。慌ててザーヴァはその火種が消えないように息を吹きかける。あまり力を使わないようにしたため、火種は本当にお粗末なものだった。
「コアも言ってた。この森が、どうしたの?」
「ここフォレスの森は、どういう訳かタキオンの力を使えば使うほど森が吸い取ってしまうんだ。だから、ここに来る前に今の方法は止めなきゃならなかったんだけど、どうやらこの森が拡大してたみたいだ。」
「まさか、これってタキオンの力が失われつつあることに関係が?」
「いや、この森はもともと拡大しつつあったんだ。それに、吸い取られていく力は発した力と比例関係を持っていることが分かっている。今ここは力が衰えてるはずだからな。」
「ふうん。」
 夕梨は火に当たりながら服を乾かす。ここに来たときが制服だったから、仕方なく今も制服のままである。ブラウスの方は体温と火のおかげでなんとか乾いてきたが、スカートの方は水を含んでまだ相当に重い。
 時間かかるな、これは。男の子の前でスカート絞るわけにもいかないし。
夕梨のお腹がぐうっとなる。
 そう言えばここに来てもう丸一日くらい経つのに何にも食べてないな、私。
 度重なる緊張の所為で、食事をしていないことをすっかり忘れていた。
「オレ、何か採ってくる。腹へってんだろ?」
 すっくとザーヴァが立ち上がってそう言った。
「う、うん。」
「じゃな。」
 ザーヴァは急ぎ足でたき火から離れると、ひょいと振り返り、
「周りに気をつけて乾かしとけよ。」とだけ言って森の中に消えていった。
「・・・・ザーヴァのやつぅ、また人の心をっ」
 はっ。
 夕梨は思わず、ザーヴァが消えていった森の方を見る。
 気、遣わせちゃったのかな・・・・。
 夕梨はしばらく考え込んでから、ま、いいか、と軽快な声を出した。
「分かってるんならそうそう帰っては来ないって事よね。今のうちに乾かしとこ。」
 夕梨はザーヴァが急に帰ってきても時間が稼げるように、森と河原の境目にある一メートルほどの段差の陰に座ると、スカートを脱いで絞り始めた。

 半乾きになったスカートをはいて、夕梨は横にあった薪を火の中に差し入れる。ザーヴァがいなくなってから、もう一時間半は経ったはずだった。
「遅いなぁ、ザーヴァ。帰るタイミングをはかってるのかなー。」
 もういいのに、と呟きながら燃えさかる火を眺めていると、不意に話し声が聞こえてきた。最初は空耳かと思うほど声が遠かったが、それはだんだんと近づいて来るかのように大きくなってきた。
「誰かいるの?」
 周りを見渡しても、人っ子一人見あたらない。
 コアじゃない。この森に来てから話してないから。声を出すのも力がいるからだと思うけど。でも、それじゃあこの声は・・・・
「・・・・まいだろうぜ。石ころなんぞに大きな顔されてたまるか。」
「そうとも兄弟、もうここだっておしめえだ。オレ達も終わりだが、石ころだってジ・エンドだ。」
 声が、はっきりしてきた・・・・!
「誰なの?」
 恐ろしくなって夕梨の体が震えたが、お腹の底から出した声はいつもと同じに聞こえた。それが、かえって夕梨を安心させた。
「そら、やっぱり聞こえてるみたいだぜ、兄弟。」
「ふーむ、そりゃおかしい。あの石ころの奴らには今までちっともオレ達の声に気付かなかったんだぞ。」
「嬢ちゃん、聞こえるんか?オレ達の声が。」
 コアのように何処から来るのか分からない声。夕梨はそれでもはっきりと応える。
「聞こえるわ。でもずっと聞こえてたんじゃないの。さっき、やっと聞こえるようになったのよ。」
「ふーむ。しかしこれはおかしいぞ、兄弟。」
「おかしくっても、この嬢ちゃんに聞こえてるのはまちげぇなさそうだぜ。」
 何処から聞こえてくるのか分からないその声たちは、おかしいおかしいと何度も口走った。
「あなた達、何処にいるの。一体何者なの?」
 たまりかねて、夕梨は訊いてみる。少なくとも、自分に害のある者たちではないことを願って。
「尋ねられたんなら応えねばならんな、兄弟よ。」
「おうとも。オレはこのヴィルダの森の門番レザ。嬢ちゃんが立ってるその河原を挟んだ右側、つまり東の森の森の門番だ。」
「オレはその逆側、西のゼルディの森の門番バズ。俺たちは木の精神だから見えないんだ。」
「ヴィルダとゼルディの森って言ったわよね。?ここはフォレスの森じゃないの?」
「それは総称。それに、オレらはその言葉を使ってない。石が勝手につけた呼び名なんぞオレ達が使うもんか。」
「そ、そう。」
 なんだか知らないけど、ずいぶんとタキオニアを嫌ってるみたいねぇ。こんなとこにザーヴァが帰ってきたら・・・・。
「ユーリ!」
 悪いことに、ザーヴァがヴィルダの森の方から帰ってきた。手には、ドングリのような木の実を抱えている。
「なに一人で喋ってんだ?お前夢遊病のケでもあんの?」
「違うわよっ!」ザーヴァにからかわれてムキになって言い返していると、
「石の野郎だ!兄弟!」
「ちっ。石の仲間かい!嬢ちゃん!」耳の奥に届いてきていた声が、荒々しく言い放った。
「あ、ちょっと待ってよ!私まだ訊きたいことが・・・・」
 耳を澄ましてももう声は聞こえない。黒い森は何事もなかったかのように冷たくさざめいている。
 本当に嫌っているのねぇ。
 思わずため息をついてしまうと、横ではザーヴァが気味悪そうにこっちを見ている。
「なによ。」
「お前、一体誰と喋ってるんだ?」
「タキオニアには聞こえないんだって。この森の門番さん、言ってたわ。」
「門番?どこにいたんだ、そんなの?」
「いたんじゃないの。今もいるはずよ。ただ、あんたが私の仲間って分かって、声が聞こえなくなってしまったわ。
ねえ、ザーヴァ。ここの森にあんた達タキオニアは何したの?あの嫌い方って普通じゃないわよ。ここでは力が使えないって言うのも、それに関係あるんじゃない?」
 しばらくザーヴァは考え込んでいたが、さあねとお手上げのゼスチャーをする。それからたき火に近づいて、木の実を火の中に投げ込むと、木の棒で木の実を転がし始めた。
「結構あんたって無神経なのね。あんなに嫌悪感むき出しにして嫌ってたって言うのに。」
「オレには聞こえてなかったんだ。知るかよ、そんなこと。そら、もういいんじゃねえの?この木の実。」
 ザーヴァが火の中から木の実を取り出す。木の実は焦げて真っ黒になってしまい、おいしそうにはとても見えなかった。
 その中の一つを夕梨は用心深く触り、つまんでみた。匂いを嗅いでも、ただひたすらに焦げた嫌な匂いがするだけ。
「これ、おいしいの?」
「知らねー。ただ食えそうだなと思っただけだよ。」
「食べたこと無いのっ?そんなの私に食べさせるワケ!?」
「オレは食う必要ねーもん。」
「そうか、寄生してるんだもんね。あんた達。」
 仕方ないか。毒味が食事とはね・・・・。ま、ここにいる間だけだろうし。我慢、我慢。
 木の実の殻を剥いで、実の部分を口に入れる。中には熱があまり通ってはおらず、口の中に薬のような苦いものが広がっていく。
 う・・・・。胃薬食べてるみたいっ。
 夕梨は慌てて河原に駆け寄り、河の水でうがいした。
 手に付いた水滴を振り払い、口に付いた水は仕方なく袖で拭く。そうしてると、ザーヴァが不意にこう言った。
「とにかく、この森出てしまわないとな。ユーリは服、乾いたんだろ?」」
「・・・・うん。」
 結局まともな食事もできないまま、夕梨はもう一度森の門番達の声を探していた。
 黒い森は相変わらず夕梨を冷たく突き放すように、静まり返っている。
「だめだぁー。完璧に嫌われたな。ザーヴァが帰ってこなかったら、何か訊けたかもしれなかったのに。」
「何を訊くつもりだよ。」
 たき火の燃えかすをせっせと払いながら、ザーヴァが訊ねる。夕梨がくるっとザーヴァに向き直ると、しかめた顔でこう言った。
「タキオニアを嫌ってた訳をよ。おかしいじゃない、ここまで嫌ってるなんて。あんたにだって身に覚えがないんだったら、向こうが誤解してるかもしれないし。それだったら誤解解かなくちゃ。」
「どーでもいいじゃねーか。」
 ザーヴァは呆れた顔をして、たき火の火を消していく。火をつけたときと同じように手をかざし、火の力を吸収しているらしい。これは、森からの影響はない。力が放出するときのみに、森が力を発揮するらしい。
「オレ達はサリャーネ様を捜してんだぜ。第一オレ達が誰に嫌われてようと、お前に関係ないことだろ?」
「それはそうだけど。」
 何よ。人がせっかく心配してるってのに、本当に無神経な奴!
 むくれてそっぽを向きながら、もう一度森に耳を澄ます。すると・・・・!
「・・・・ネ?サリャーネと言ったか?」
「レザ!良かった、まだ訊きたいことがあったの!」はしゃいだ夕梨の声とは裏腹に、レザの声はさっきのような明るい声音ではなくなっていた。
「嬢ちゃん。それはこっちの台詞だ。あの悪神サリャーネを呼び戻すつもりかっ?」
「悪神?ああ、破壊神だったからね。でも、大丈夫よ。コアもいるし、今巨大結晶だって壊れてんだからサリャーネに力はないに等しいはずよ。」
「なに余計なこと言ってんだユーリ!?」ザーヴァが口を出したが、ユーリはザーヴァに目もくれない。
「滅びの道だ。嬢ちゃん、こいつら石は最初からこうなることが決まっていたんだよ。」バズの冷たい言葉が夕梨に届く。
 ザーヴァがぴくりと眉をひそめたが、夕梨は気付かないふりをした。
 夕梨の方は、わざと今心を開いてザーヴァに心を読ませていた。夕梨はそれを自分の過失だとザーヴァに思わせておきたかったのだ。その方が都合が良かったから。
「そうかもしれない。私たち人間だって滅びの道を歩んでるっていうわ。今一時の幸せのために好き勝手やってきた代償を、平気で自分の子孫になすりつけてしまうようなくだらない馬鹿な集団ですもの。
でも、そんな押しつけられた滅びの道なんてものを、はいそうですかなんてあっさり受け取るわけにはいかないわ。生きるためにあがくのは、生きているものたちにとって当然の行為でしょ?」
「あがかれたおかげで迷惑を被った奴はどうすればいいんだ?そいつらのためにむざむざ死を迎えなければならなくなった奴は。」バズは夕梨を非難する。しかし、夕梨はひるむことなく毅然と答えた。
「死を迎えるのは、あがきが足りなかったからよ。そもそも生きることに対するあがきがね。生存競争ってそういうあがきからくるもの何じゃないの?」
 生きたいという意欲。
 それは間違いなく生きることの根底にあるはず。
「あがいてもどうする事もできないときは死ぬしかないじゃないか!」レザが叫ぶ。それが恐ろしくて恐ろしくてたまらない、という悲壮な声までが聞こえてくるようだ。
「じゃあ、あなたは死ぬんだわ。」夕梨が冷たく突き放したような声でそういうと、今まで何とか無視し続けようとしていたザーヴァまでが荒声をあげた。
「ユーリ!お前なんてこと言ってんだ!いくら何でもオレだってそこまで言われたくないぜ!」
 しかし、夕梨は少し哀れんだ顔をしてザーヴァに向き直ると、
「でも。本当のことだもの。あがきが足らないと、窮地に陥った生き物って案外脆いものなのよ。」とだけ言い捨てると、一息おいてから、よしっとつぶやく。
 そんな夕梨にそこにいた3人はへっ!?と調子っぱずれな声を出した。
「へへ。役者はそろったわね。私からのおしゃべりはここまで。今度はレザ、バズ、そしてザーヴァたちにしゃべってもらおうかなっ!」
「てめっ・・・・羽目やがったのか!」
 ザーヴァが憤慨していきり立ったが、夕梨の方はきょとんとした顔をして、
「そういうつもりはなかったんだけどねー。あんたが勝手に引っかかってくれたのよ、助かっちゃった。」おまけにあはは、と軽快な笑いをつけて言う。
「で、何が聞きたいんだ、嬢ちゃん。」バズが落ち着きを払った声でそういうと、ザーヴァがむっとしたように腕を組んで応えた。
「ユーリはおめえさん達がどうしてオレらタキオニアを嫌うのかが聞きたいんだと。んで、誤解があったら訂正したいんだとよ。ったく、タキオニアであるオレがどうでもいいって言ってんのに余計なことばっかり・・・・」
「ザーヴァ!そんなふうに言わなくってもいいじゃないの!で、そこのところはどうなの?」
「簡単なことさ。オレらの体を見りゃ一目瞭然ってこった。」
 レザが吐き捨てるようにそういった。
「体って、その異様に黒い・・・・?」夕梨が木々を見上げて訊き直す。
「そう。この俺達のように自然のままの体にはタキオニアにあるべき老廃物が溜まっていくんだ。そう、不安定な生き物にはふさわしい、憎悪という名の老廃物がね。」
「何だって?俺達は何の力も借りずに力を保ち続けることも、ましてや老廃物だって」
「出すはずがないってのか?夢物語みたいなことをぬかすんじゃないぜ、坊主。
確かにおめえ達は何の力も借りずとも、力を貯めることも増幅することだって可能かもしれん。生き物にしては最高なことだよなあ。
だが、おめえらには生き物として足りないものがあるってのさ。それが憎悪だよ。」
「けっ、そんなもん。なくたって生きていけらあっ!」
「そう、それがお前達だ。怒りや憎しみでよって暴走できないように作られた完全にして従順な生き物、それがタキオニアだ。」
「いったい何が言いたいんだ?てめえ・・・・。」うなるように言うザーヴァをよそに、バズは話を続ける。
「いいか?お前はどうやら、サリャーネの一件の時分に生きてはいなかったようだが、あいつは俺達をリア・リティンからわざわざここに運び込んだんだ。何故だか分かるか。タキオニアでない俺達はな、本来タキオニアに宿るべき憎悪を処理させる道具としてここに運ばれたんだ!!」バズが悔しそうに言葉を切ると、そのあとをおずおずとレザが引き取った。
「俺達は別にその憎悪を特別に処理する能力があったわけじゃない。ただ、タキオンより生命を持つ者の方が憎悪を貯めやすいんだ。サリャーネはそこに目を付けた。
元々タキオンは憎悪を寄せ付けることすらできない特別な石だ。しかしその石が精神を持ち、タキオニアで生活することを覚えるとたちまちのうちに感情が生まれ、そしてそれと共に憎悪も生まれた。感情の扱いになれない石達はそれらを見境なく力と共に放出した。こと憎悪に関しては、ひどかった。石達同士が争い、お互いに足を引っ張り、時にはそのせいで力をなくすものすらいた。そいつらの行動を何とかしようとしたあいつが俺らを憎悪の容れ物としてここに・・・・。」
なんてこと!じゃあ、私がもしコアと関わってなかったら、その憎悪が無限に取り込まれていたことになるっ!
「今じゃな、お前が知るはずもなかろうが、お前の石自身が不要な感情は自動的に捨て去るようにしているんだ。それが、オレらの森に溜まってる。この世界でただ一つタキオンに寄生しないこのフォレスの森に。」
「そんな・・・・。」
「こんな世界はなあ、滅びちまって当たりめえなんだよ。」バズは吐き捨てるようにそういった。が、夕梨はそれに、気にくわないわ、と口を挟む。
「何だって?嬢ちゃん?」
「気にくわないって言ったの!バズったら、さっき私が話してたこと聞いてた?間違った生き方をしただけで生き物は生きる権利を失うのなら、生き物はそもそも生きる権利はないに等しいじゃない?間違うことは許されるわ。改善できる限り、改善したらいい。八方塞がりなら、良くなる兆しを待てばいい。多くの間違いは不幸を呼ぶ。でも、生きる権利を失うほどの間違いなんてない!」
「ユーリ・・・・」
 ザーヴァが夕梨を情けない目をしてみていた。さっきまで、あんなに威勢良く自信に満たされていた瞳は、今では見る影もない。
「しっかり、ザーヴァ。あなたが今タキオニアの代表としてここに居合わせることができたことを誇りに思いなさい。
レザ、バズ。大方あなた達、巨大結晶のことも、タキオニアがそれで窮地に陥ってることも知っているんでしょう。それでサリャーネが必要だってことも。もしかしてあなた達、サリャーネに関して知っていることがあるんじゃないの?」
 二人の目に見えない門番は、答えない。
「知っていることがあるのなら教えて。あなた達はみすみすその憎らしいタキオニアと滅びることを願っているの?生きたいというあがきがないの?
違うはずよ。レザ、あなたは“死”と言う言葉をあんなに恐ろしそうに口にしたじゃないの!」
「僕たちが何にも知らずにあなた達の体を汚していたことは謝ります。でもお願いです、サリャーネは悪神ではありましたが結局のところ創造神には代わりありません。彼女がいなければ、この世界は間違いなく滅します!」
 いつの間にか、ザーヴァは丁寧語になってしまっている。自分が如何に物事を知らなかったかを知らされたようだった。
「時間がないの。この世界はどんどん力が消えていっているはずなの。タキオニアじゃない私には判らないけど・・・・。」
「嬢ちゃん、あんたは何処から来たんだ。」バズの低い声が夕梨の心に響いた。
「オレはタキオニア以外で人型を見たことがねえ。」
 バズの止める間もあらばこそ。レザがぽろぽろとこんなことを言い出した。
「ああ!バズ!バズ!嘘ついちゃいけねえや!そっちの森でタキオニアじゃないニンゲンってやつが倒れてたって先日」
「あ、あ、馬鹿。余計なことをしゃべりやがって」
「人間、って・・・・!」ザーヴァが驚いた顔をして夕梨を見つめる。
 夕梨のほかに、リア・リティンから来る人間があるとすればそれは一体・・・・?
「バズ!私もその人間の一人なの!案内して!今すぐよ!」







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written time 1996(多分)