4 女神?
 バズの話では、その人間はこの森で憎悪に毒されて倒れていたのだそうだ。この世界に生きるすべてのタキオニアから送られる憎悪の溜まり場。よりによってこんなところに移動するとは、何という不幸。
 それにしても。
 夕梨は、人型に現れたレザに案内させながら(バズは主ヴィルダが怖くて案内役を買ってはくれなかった)ザーヴァに訊く。
「サリャーネってリア・リティンにどういう形で存在し続けていたのかしら?」
「さあ・・・・。そういや、俺達リア・リティンを監視していたわりにはサリャーネ様発見が報告された試しがねえな。」
 ザーヴァが不思議そうに頭を傾げる。
「だいたい抜けてるわよ。この世界を維持させることよりも、まずその破壊神を見つけておくことの方が先決でしょ?」
「俺達が原則として空間を行き来できないこと教えてただろ?俺達はサリャーネはもういないと思い始めていたんだ。」
 うーん。創造神とまで言われた人でもあっけなく殺されてしまうとは。意外とここの人たちって心情が浅いのね。
「うるさいな。」
「なんにもいってないもーん。」
 夕梨はにんまりと笑って舌を出す。
「おまえな。ちゃんとブラインド教えただろ?使えば?」
呆れ半分に言うザーヴァをよそに、夕梨はあっさりと言ってのけた。
「別に隠さなきゃいけないことじゃないじゃない。いいの。隠さなきゃいけなくなったときに使うわ。」
「しっ!」
 黙々と先を歩いていたレザが、急に立ち止まり振り返った。
 人型になったレザはまるで影そのもの。触れることはできるが(夕梨はさっき触ってみた)外見は全身真っ黒で、どこが目で鼻なのかが分からなくなってしまっている。
『人間が黒タイツ被ってるみたい』
 夕梨は心の奥底でそう思った。つまり、奥底で思うことをブラインド、と言うらしいのだ。
 めんどくさーい。
「なにが?」
「いやいやこっちのこと。」
 苦笑しつつ応えると、レザがまた神経質に、しっ!と言った。
「ごめんごめん。で、どうしたっていうの?」
 声をひそめて、黒い影に近づく。
「この先にこの森の主ヴィルダがいるんだ。」
「ヴィルダ?その主って奴が人間を保護してるわけ?」
「さあ。ここにいることは確かだけど、どんな扱いを受けてんのかなんて聞いてないぜ。」
 それを聞いて夕梨は体をぶるっと震わせた。
「その子が今どんな状況におかれてるのかも分からないわけ!」
「しっ!声が大き・・・・」
 レザが言い終わらないうちに、もう一つの声が森全体を震わせた。
「ようこそ、いらっしゃい。リア・リティンの娘。」
「ああ!ヴィルダ!」
 レザが嘆くようにへたりこみ、すうっと消えてしまった。夕梨はあわててレザの名を呼んだが、レザはよほどヴィルダが恐ろしいのか、もう目の前に影を落としてはくれなかった。
 ヴィルダ!この森の主の・・・・!
 頼りにしていたレザも姿を消してしまい、夕梨は不安に鼓動が激しくなっていくのを抑えることができなかった。
どうしよう!レザもバズも、一体何をそんなに恐れているんだろう。ヴィルダがこの森の一番の権力者なのは充分分かる。でも一体何をそこまで恐れをいだかなければならないのか。
 人に恐れをいだかせるもの。・・・・それは力だ。しかも、並大抵の力でなく、もっと膨大な・・・・!
「夕梨!お前夕梨だな?」
 聞き覚えのある声に、たちまち夕梨は今までの不安が消し飛ぶ。
 夕梨のいる場所からほど近い場所にある木の陰から、見覚えのある男が近づいてくる。
 それはなんと、雅之!
「ま・・・・雅之?」
「そうだよ!夕梨っ!良かった・・・・。ヴィルダに聞かされたんだよ、もうあっちの時空の者は生きてはいないって!」
 雅之は夕梨の手を握りしめながら、うれしそうに夕梨の目をのぞき込んでいた。夕梨は一瞬雅之のその瞳に、頭がぐらりとした。
「夕梨!お前疲れたんだな。足が震えてる」
 疲れ?そっか、私ここに来てから気が休まることなかったから・・・・。
 ほら、つかまって、と雅之が肩を貸してくれる。素直に肩につかまると、急に体ががくがくとしてきた。
「ご、ごめん。重いでしょ・・・・」
「何言ってんだよ!らしくねーぞ、夕梨。」
 らしくない?そう、普段の私ならこんなに雅之に気を遣わない。
「どうかしたのか?ユーリ?」ザーヴァが心配気に近づいてくる。夕梨の心の声がまた聞こえてしまったようだ。
 夕梨はうっすらと笑った。が、かくんと首を雅之の肩に折るとそのまま寝息を立て始めてしまった。
「疲れたんだな・・・・。ん?あんたは?」
雅之は目を丸くしてザーヴァを見つめた。ザーヴァは夕梨のもう一方の腕を自分の肩にまわして、
「俺は、ここの住人でザーヴァ。ユーリがもとの世界に戻れる方法を一緒に探してる。」とだけ言った。
 ザーヴァは山の管理人だとか、タキオンのことに関しては触れなかった。
 まだ、早すぎる・・・・。
 ザーヴァにはまだ雅之を信頼できるという確信が持てなかったのだ。
 雅之は夕梨を木の太い根を枕代わりに寝かせた。夕梨はよほど疲れていたのか、地におろしたときも瞼をぴくりとも動かさなかった。
「しばらくここで眠らせておこう。ザーヴァ、あんたは眠くはないのかい?」
 雅之は優しくザーヴァに問いかけると、ザーヴァはいや、とだけ答えた。ザーヴァは何を話しかけられても、警戒を解かなかった。
「まいったな・・・・。あんた何で俺と話してくれねえんだ?」
「当然よ、マサユキ。リア・リティンの人間が二人も入り込んでくるなんて、今まででは考えられないことだもの。」
 再び、森を震わす声。
「ヴィルダ。」
 雅之が上を見上げる。コアと同じで特に姿が見えるわけではないのだが、何となく高いところから聞こえているような感じがするのだ。
『あれが本当にレザやバズが恐れていたヴィルダなのか?』
 ザーヴァは雅之というリア・リティンの人間と友好的に話すヴィルダを信じられなかった。
『しかも、この俺にも奴の声がとどいているということは、奴はあふれんばかりのその力を俺との会話のために使っているということだ!』
 ザーヴァは恐ろしさにぶるっと身震いした。
「どうしたんです?ザーヴァ。ああ、この森ではあなたの石が役にたちませんからね。」
 ぽっ!
 ザーヴァの目の前に小さな灯がともった。
「ごめんなさい。あまり大きな火はまずいの。これで我慢していただけるかしら。」
 ザーヴァはこんな火気厳禁以外の何物でもない場所で、火を出すヴィルダの気が知れなかった。
 あわてて礼を言い、火の周りに手をかざすと、火の周りにシールドが張ってあることが分かった。辺りの木に火が移らないようにするためなのは言うまでもない。
『火の属性・炎と、風の属性・気の隔離、か。これくらいなら俺にもできないことのないが・・・・』
 炎はゆらゆらとか細く煙を上げている。ザーヴァの手にはちょうど暖かいほどの熱が伝わってきている。ベガから力が送られなくなっておよそ4時間。ザーヴァは火の暖かさを感じて、初めて自分の熱がなくなってきていることを自覚した。
『早く・・・・この森をでなければ・・・・。』
 ふと、その木の根っこを目をやる。夕梨が横になっているはずのその根っこに。だが!
「いない!?」
「どうしたんだ?ザーヴァ?」
 雅之がザーヴァを振り返る。ザーヴァが木の根元を見て慌てているのに気が付いて、ははっと笑う。
「君も疲れているんだよ。夕梨だろ?夕梨はその木の一本向こうの木の根元に寝かせたじゃないか。」
 ここは比較的太く大きな樹木が多い。夕梨はその大きな幹に隠れてここからでは見えないのだろう。
 本当にそうだろうか?
 ザーヴァは疑っていた。さっき雅之が夕梨を寝かせてから、すぐヴィルダの声がした。ヴィルダの声がしてから、ザーヴァはその場所から動いた覚えがない。
 疲れている?
 ザーヴァは頭を振ってみる。やっぱり夕梨はそこに寝かせた気がする。
 ユーリを見てこよう。そうすれば、俺だって納得する。
 ザーヴァはそこから向こうの木に夕梨が寝ているかどうか確かめることにした。そして、ザーヴァが一歩今いた場所から足を踏み出したその途端、雅之が鋭く「何処へ行く!?」と叫んだ。
「ユーリの様子を見に行くだけだ。」
 ザーヴァは振り向きもせず言い捨てると、夕梨の方へと走り出す。しかし、雅之がザーヴァの手首をつかみ、見た目からでは考えられないほどの力でひっばり戻した。ザーヴァはつんのめって、つかまれていない方の手を地につく。
「そんなに心配か?あんな女が。お前とは何の関係のない女じゃないのか?」
「お前・・・・本当にユーリの知り合いか?この森の中で、どうして生身の人間が俺達の憎悪を受け付けないでいられるんだ?」
 そう、確かレザはこう言った。
“タキオンより生命を持つ者の方が憎悪を貯めやすい”と。
 それなら、タキオンの力と何等関わりのないこの雅之という生身の人間は、すぐに憎悪まみれの人間となるはず、だ。
憎悪から影響を受けたものでは、まだこの森の“黒くなる”という状態の物しか知らない。まして、雅之は人間。憎悪がどんな変化を及ぼすのか分からない。しかし、何の影響がないのはおかしすぎる。
 そして、今の力。
 何かが噛み合わない。おかしすぎる。
「もうちょっとそうしてな。そうすりゃ、お前だけはこの森から無事に出してやるから。」ザーヴァの腕を強く握りしめたまま、雅之は唐突にそういった。
 読まれてる!?
 とっさにブラインド抜きでザーヴァがそう思った瞬間、雅之がにやりと笑った。
『迂闊だった。ブラインドを使う能力まで低下してるんだ・・・・。』
 必死に力を込めてブラインドしながらザーヴァが思う。
『とにかく、ユーリを連れ戻さないと!』
 ザーヴァは意を決して、素早く手をつかまれている方の足を後ろに回し、雅之の両足の膝の裏辺りをめがけて蹴りを食らわせようとした。
 ここならば蹴りとしての威力がなくても、相手のバランスを崩すことができると践んだので。
 しかし、読まれていたのだろうか。雅之はふっと力を入れたふうもなく足を浮き上がらせると、そこに到着したザーヴァの足を見事に避けて、逆に無様にバランスを崩すザーヴァの顎を蹴っ飛ばした!
「あがっ・・・・!」
 ザーヴァは難なく吹っ飛ばされ、雅之につかまれていた手は深い五本の傷を残して解放された。ザーヴァは後頭部と背中をしたたか打って、その空中遊技を終えた。木にぶつかったのだ。
 ちょっと予定とは違ったけど、ま、何とかあいつから逃れたな。
 幸いにして舌を噛まずにすんだが、口の中は歯茎や内側の肉からあふれ出る血で鉄臭い。顎も血が流れているようではあったが、痛みはなかった。
 よしっ!
 何とか立ち上がって、夕梨を探す。ザーヴァが寝かせたと思った木も、雅之が主張した木も吹っ飛ばされた方向と同じ。雅之はまるで燃料を抜かれた機械人形のように動かなくなってしまい、ザーヴァは夕梨を探すのに専念できた。
 ここからちょうど雅之が言った方の木の、さっき死角だった部分が見えている。 しかし、夕梨はいない。
 トン、と肩をたたかれた。
 内心心臓が飛び上がるのを何とかこらえたザーヴァが振り向くと、真っ黒のタイツ男、もといレザが一つの木を指さしていた。
「レザ、お前一体何処に・・・・うっ!」
 レザに近づきながら、レザの指さした方を眺めると、そこにはなんと木の幹から白く華奢な足が生えていたのだ。この足がまさか。
「ユーリなのか!?」
 思わずレザに怒鳴る。レザはおろおろと首を振る。知らない、分からない、と。
「ユーリ!ユーリ!聞こえるか?ユーリ!」
 ザーヴァは足を引っ張り、夕梨の名を呼ぶ。足が膝までずるりと幹からでてくる。
 抜けるか!?
 再び足を引っ張ろうとしたその刹那!
「やめろおぉー!」
 雅之が突然咆哮した。ザーヴァめがけて突進してくる。
「あ、たしに・・・・アタシニサワルンジャナイィ!」
 雅之の声が変わる。スピーカーが壊れたときの、耳をつんざくようないやな音に。
「やっぱりお前、人間じゃなかったんだな!」
 ザーヴァは両手を天に掲げて、ぐっと胸の前で腕をクロスさせた。
 ちょっとやばくなるかもしんねえけど、多分使わなきゃ終わらない!
「俺のもう一つの力、ベガ!俺にあいつと戦う力を与えてくれ!」
 腕のクロスした部分に、じぃぃんの振動が伝わってくる。ベガの波動だ。
「ザーヴァ!?そんなことしたら力が森に吸い尽くされてしまうわ!」
「力使わなかったら、多分死ぬよ。」
「・・・・そうね。」
 ベガはおとなしく肯定した返事をザーヴァに送ると、ザーヴァはごめんな、と口でつぶやき、大きく息を吸い込んだ。
「ファンタ・ルジア界のすべてのタキオニアよ!我に一つの生命を絶つ力を与えん!風の属性・気の隔離!」
 ザーヴァはゆっくり腕の力を抜き、腕の形を崩した。そして空気を包むかのように胸の前で両手の指を丸く曲げた。これで、雅之の周りの空気とほかの空気との間に境界ができたことになる。しかし、境界と言っても空気としての境界。人間であろうとなかろうと空気でできた壁など、動きを止めるに値しない。
 ザーヴァの顎から血の混ざった汗が一滴、落ちてゆく。
 それを見たレザが慌てて嘆く。
「ああ!やっぱりこの森じゃタキオンの力が届かねえんだ!ヴィルダがあの人間に力を貸してんだ!どうすりゃいいんだ、俺は!バズぅー!」
 レザは狂ったようにわめき立てた。最後には神様に祈るように手を組んでバズの名を呼ぶ有様。
 一方、雅之はあのいやな奇声を上げながら突進し続けて、ザーヴァの首を両手でつかむ。
「う、ぐぐぐ・・・・」
 それでも、手が使い物にならなくなるよりはましだった。ザーヴァは渾身の力を込めて丸く包んでいた空気をつぶした!
 風の属性・気の排除!
 途端に雅之から四方八方に突風が吹き荒れた。またもやザーヴァは吹っ飛ばされる。もちろんレザと共に。
「うぎぃいいいい!」
 雅之が喉に手を当て苦しむ。口を大きく開け、しきりに何かを求めている。目も大きく見開かれている、と思ったらぐぐっと目玉が腫れてくる。いや、そうではない。飛びだそうとしている!
「うえっ!な、何したんだ、ザーヴァ!」
 レザが気持ち悪そうに目を背けて、ザーヴァに問う、が。
 ザーヴァはそれどころではなかった。この森で力を使ったことで急激に力を森に吸い取られ、もはや今の状態では立つこともできる状態ではない。しかし、なんと律儀なことにレザが聞いてきたことに素直に答えてしまう。
「くう気を、うっ・・・・抜いたん、だ。真空に、した。」
「おっ・・・・おいっ!ザーヴァ!?お前大丈夫か!?」
 レザは初めてザーヴァが無茶なことをしたことに気付き、ザーヴァをいたわる。
「ゆーり、は?」
 ザーヴァは肩で息しながらレザに訊ねる。もう、レザの声が耳に届いていないかもしれない。レザはうなずくと、夕梨が埋まっていた木に近づく。膝までが幹から生えている。
「よいしょっと。」
 ずるっと何の抵抗もなく夕梨がでてくる。ほっとしたのもつかの間、樹木の方が突然ミシミシっと音を立ててまっぷたつに割れた。
 その割れた中に、もう一人の人間が埋まっていた。







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Copyright 2001 BY SAE
written time 1996(多分)