5 村
 目が覚めたのは窓から差し込んでくる月明かりのせいだった。夕梨がむっくりと起きあがると、そこは干し草がしまってある倉庫なのだということがわかった。
 驚いたことに、隣には沙羅が眠っている。そう、あのときに苦しんでいた、夕梨の親友、沙羅が。
「あ・・・・れ?」
 夕梨は自分がなぜこんなところにいるのか、思いだそうとするがどうも記憶が噛み合わない。自分は確か自分のいたところに戻ろうとしていたような気がする。
 しかし、沙羅がここにいる。
 あれは、夢だったのだろうか?
 本当に沙羅かどうかを確かめようと、干し草から体を出す。と、なんて格好をしているんだろう!夕梨は初めて自分が一糸まとわぬ姿であることに気付いた。
 これにはさすがの夕梨も混乱してきた。
 何があったんだろう?私が気を失っている間に。だいたい、服を脱がされることに気付きもせず、私は眠りこけていたんだろうか?
 夕梨は体を眺め回した。もしかしてひどい大怪我をした自分を手当てするために、御親切な誰かが仕方なく服を脱がしたのかも、考えたのだが。どうやら違うらしい。
 ふとみると、沙羅もどうやら服を着ていないようである。
 二人の若い娘が裸で寝かせられてるなんて・・・・危なすぎるっ!
 一体何なの?誰かこの状況を説明してっ?
「あ?起きてんのは、ユーリか?」
 はしごからあがってくるその声は、ザーヴァだ!
「うわあわー!来るなあああっ!!」
 夕梨は慌てて干し草に潜り込む。ザーヴァはそれでも平然とはしごを上りきり、よいしょと這い上がる。
「何やってんだ?慌てて。」
「慌てるわよ!こっちは裸なのよ!ましてそっちは男でしょ!?」
「安心しろよ。」ザーヴァは服を放ってやりながら、背を向けてあぐらをかく。
「こっちじゃお前が考えてるようなコトはできないんだからさ。」
 そうか、こいつら元は鉱物だもんね。
「だからって勝手に服脱がさなくったっていいじゃないの!このスケベ!」
 放ってもらった服を着ながら、夕梨はザーヴァに悪態づく。別の方を向いていたザーヴァが憤慨して夕梨に向き直って怒鳴る。
「俺が脱がしたんじゃねえよっ!お前あの森で木に呑み込まれてたんだぞ!そんときに木が、ヴィルダがお前を取り込もうとして要らない服を分解しちまったんだよ!」
「・・・・!ああそうか、私あの森で寝ちゃったんだわ!」
 ようやく夕梨の頭の中で今までのことがはっきりとよみがえってくる。沙羅以外のことに関しては、すべて。
「そういえば、雅之は?」
「あいつはヴィルダだったんだよ、嬢ちゃん」
 レザがすっと現れる。少し黒さが薄れてきているように見えた。現に今は、目鼻立ちが月明かりで前よりもはっきりしている。
「雅之が、ヴィルダ?」
 どういうこと?と言わんばかりの顔でザーヴァとレザの顔を交互に眺める。レザが森であったことを少しずつ話はじめた。
「木の中から、沙羅が・・・・?」
 三人は今も眠っている沙羅に目を向けた。
「こいつもヴィルダの一味だったらどうすんだ?」
 ザーヴァが上目遣いに夕梨を見る。夕梨はそれにゆっくりと首を振る。
「それはないと思う。だって、一味がわざわざ取り込まれるのを承知で木の中にいたなんておかしいわ。沙羅も取り込まれそうになったのよ、きっと。」
 二人ともうなずいてはくれなかったが、夕梨の説を否定しようともしなかった。
 少しの沈黙が訪れた後、ザーヴァが思い出したように口を開いた。
「あのさ、お前が木から出てきて木がまっぷたつに割れたときなんだけど。」
 夕梨は顔を上げ、ザーヴァに目を向ける。
「その木本来の姿が現れたんだ。」
「その木本来の?」夕梨がザーヴァに向かって聞き直す。
「ああ。腐ってたんだ。」
「なんですって?」夕梨は心底意外だという顔をした。
「その木だけじゃない。そこの樹木一帯全てがな。」
「俺にも分からなかった。」レザがすっかりしょげて言う。「ヴィルダ様が死んでたなんて」
「死んでいた?」夕梨は声がうらがえってしまう。あまりに予想外のことだったので。
「じゃあ一体、雅之をあんな風にしてしまったのは誰なの?」
 そこでザーヴァとレザがちらり、と沙羅を見たのに夕梨は気付き、腹を立てる。
「何が言いたいの、あんた達っ!まさか沙羅を犯人扱いする気なの?」
「そうは言ってない」
「目が言ってるわよ!何考えてんの?沙羅は普通の女子高生よ!雅之は沙羅が一番好きな人よ!どうやったらザーヴァにそんな怪我を負わせることができるって言うのよ!」
 夕梨はそう一気にまくしたてると、ぜいぜいと肩で息をする。そんな夕梨に、おずおずとレザが言う。
「沙羅がサリャーネなら・・・・あるいは」
 夕梨がびくっと肩を震わす。
 全く考えなかった・・・・訳ではないのだ。夕梨だってその可能性を。考えてのいなかったのなら、さっきのように言い訳じみた説明を夕梨はしていない。
「そ、れは。」
「んん・・・・なに?夕梨?そこにいるの?」
 沙羅が目を覚まし始める。体を起こし、伸びをする。干し草が耐えきれず、沙羅の胸からはがれ、豊かなバストがあらわになった。
「ああああっ!沙羅っ!胸しまってっ!」
「え?ああっ!?なんで私裸なのっ!?も、もしかして、そこの二人、私を・・・・」
「違う違う!こいつらはそんなんじゃないのよ!私の友達!こっちがザーヴァ、黒いのはレザ。」
 二人は、少し頭を下げる。二人とも、目に光る疑いのまなざしは消えていない。
「私たちね、木に取り込まれそうになってたんだって。それで、二人が助けてくれたのよ。」
「まあ、ごめんなさい。助けてくれてありがとう。でも、ここは何処なの?」
「ここは、ロンザ村。あのフォレスの森を越えたところにあった小さな村だよ。」
 沙羅は夕梨と同じように村でもらった服を着ると、干し草の倉庫から外に出た。服は表は木綿のような素材でできていて、下になめした薄い革が張ってあり、着ていてあまり不快にはならなかった。
「ねえ。そういえば、タキオンって何でも望むものはくれるんでしょ?でもこれ、手作りの雰囲気するわよ?」
 夕梨がザーヴァに訊ねると、ザーヴァは幾分うざったそうに答える。
「ここの場所考えてみな。森がすぐそばまで迫ってんだぜ。思いっきり力を使ったら森に吸い込まれちまう。」
 そのザーヴァは森で思いっきり力を使ったので、体がまだ完全に元の状態に戻ったわけではない。例えば、彼の左腕にはまだみみず腫れが五本くっきりと残っ傷跡、顔色が悪く、いっこうにけだるさが抜けない、等々。
 あのとき、私が寝ちゃったから、ザーヴァがこんな目にあったってのに。
 夕梨はため息を吐きつつ、うなだれた。ザーヴァは一度もそのときのことを責めてはこない。一度だけ、話が一段落したときにザーヴァはこのことに触れた。
「ユーリが無事でほんとに良かったよ。」と、ほっとしたように言ったのを覚えている。
 ほんとに?ほんとにそれで良かったの?ザーヴァ。
 夕梨は思わず、まだ血色が悪いザーヴァの横顔を見つめる。
 もうずっと、ザーヴァと一緒だったはずのベガの声が聞こえなくなったってのに。
「ね、ザーヴァ、さん。」
 不意に沙羅はザーヴァに話しかける。さっきこの世界云々の話を聞いたばかりで、沙羅の頭には未だに疑問視が飛び交っているはずだ。
 沙羅がサリャーネでないのなら。
 何を考えてるんだろう、私は。そんなわけないのに。
「サリャーネ、って人を探しているのなら、どうしてその人を最後にここから追い出したところに言ってみないの?」
「ここから追い出した?ああ、ファンタ・ルジアからリア・リティンに、か。」
「ええ。私と夕梨はタキオンの巨大結晶が破壊されたときにできたひずみを通ってこちらに来たんだと思うの。でも、サリャーネって人、コアが無理に開いたひずみに放り込んだって言うことなんでしょ?」
「沙羅ぁ。何でそんなに状況が解ってんの?」
 夕梨がおろおろと沙羅に聞くと、沙羅は堂々たる台詞を吐いた。
「私は伊達にクラス委員してないんだからね、夕梨。理解力、順応力と問題提起できるこの力は人並み以上だってこと、覚えててよね!」
「おみそれしました・・・・」
 忘れてた。沙羅は人一倍冷静で、機転の利く子だったんだっけ。
「そこのところはどうなの?ザーヴァさん」
「うーん。俺はディンからその話を聞いただけだからなぁ。」
「ユーリ!」
 突然、頭にコアの声が響いてきた。ユーリは突然のことでわっ!と声を上げてしまったが、ほかの三人には何のことか分かってないようだ。
 はは・・・・。結局部外者の私だけが、タキオンに関わってることになっちゃったのね・・・・。
「コアからよ。」
 一言だけ、そう三人に告げるとザーヴァがつらそうに目を伏せるのが目に入る。  当然だ。本来彼にも聞こえるはずの声なのだから。
「どうしたの、ザーヴァは?心を閉ざしているみたいね?」
『違うの。ザーヴァは石をなくしてしまったの。』
 言葉にするのがあまりに酷で、夕梨は心でコアと話すことにした。念ずることが強くなった結果、ブラインドになっていたが。
「まさか。ザーヴァはこの世界で私の次に力を持つ者よ?・・・・ああ、そういうことなの。私がいない間に。ひどい目にあったわね。」
『? コア?』
「記憶を探ったの。時間がないわ、サリャーネは見つけたようね?」
『え?まさか、沙羅?』
「あら、そのつもりだったんじゃないの?あの子、サリャーネよ。表面はリア・リティンで育ってきた友塚沙羅だけどね。深層意識の奥底に別の精神が宿ってるわ。」
『ま、まさか、一つの体に二つの精神がついてるってこと?』
「そういうこと。さあ、早く行って!」
『い、行くって何処に?』
「あら?言ってなかった?封印の地、よ!」
 封印の地?聞いたっけ?私。聞いてないと思うけど自信ないしな。ザーヴァに訊いてみよっかな。
「ダメっ!声に出しちゃダメよ!サリャーネが聞いたら逃げ出しかねない!」
 変だな。コア。落ち着きがない。
『分かった。声、出さないから。でも、今は沙羅なのよ?サリャーネには聞こえてないんじゃない?』
「サリャーネは沙羅から得たあらゆる情報を呑み込んでるはずよ。ああ、今はそんなことどうでもいいわ。とにかく、一刻も早く封印の地に行って沙羅とサリャーネを引き離して。封印の地は、フォレスの森の裏側、リアス島よ!」
「ええっ?なんだよそれっ!」
 ザーヴァとレザが声をそろえてそういった。広場の池の畔に腰を下ろしていると、沙羅がご不浄に行ったので、夕梨は二人にやっとコアの言ったことを伝えることができたのだ。
 さっき、この村は力を失った者たちが集まって暮らしている村だと、ザーヴァがやっとのように話した。そして、全てが終わったら、自分もここに住むのだということも。
 力を失った者は、人間と同じ営みをする。食物を食し、必要な物を作って暮らしをする。当然そこにはお手洗いが存在したのだ!
「ここから裏側に移動なんてどうやってすんだよっ!リレス島は確かにあるけど。」
「ねえ、そういえばここも球体なのね?世界全体。」
「ああああ!どうだっていいだろうっ!んなことはー!」
 ベガの声がなくなってから、ザーヴァはずっとこの調子だ。ずっといらいらしている。
「ザーヴァ、ザーヴァ。落ち着けよ。」
 かわいそうに、レザはすっかりなだめ役に徹している。彼はヴィルダが消えてしまって行くアテがないので、私たちと行動を共にすることになっていた。
 そういえば、コアもこんな感じだった。言ってることがまるでめちゃくちゃで、わめき散らすような言い方をして。タキオンがもし、タキオニアの精神をコントロールしていたのであれば、それがなくなるとこうなるのだろうか。
じゃ、タキオンは目に見えて減少し始めている?
「あ!行く方法がある!」
 突拍子もなく言われたので、最初夕梨には何のことか分からなかった。
「って、リレス島?」
「そっ!忘れてた。もうちっと南に行ったところにトビラの洞窟があるんだ。そこは、南西にあるテルタ街ってのが商人の街でさ。いろんな品物を各地に送り出すトビラを作ったって聞いたことがあるんだ。」
「商人って・・・・そんな物この世界に要らないんじゃない?まあ、ここなら要るかもしれないけど。」
「いや、要るとか要らないとかの問題じゃなくって。そのテルタって街は物好きな奴が多くってさ。商売をしてる奴とか、会社を作ってみたりだとか、金とか株とか、いろんなリア・リティンまがい物を作って楽しんでるとこなんだ。」
 変な街。
「じゃあ、そのトビラの洞窟ってところいきましょうか!」
 そこにちょうど沙羅が戻ってきた。沙羅には、調べたい洞窟がある、とだけ言っておく。
 夕梨達はロンザ村の人(元タキオニア)にお願いして、食料を分けてもらった。レザ以外、食料がいる体になってしまったので。
 この世界では食料とはいえ、手に入れるのは困難。なにしろ、フォレスの森以外はタキオニアであるから、鉱物である。仕方なく、村人はフォレスの森に実る木の実や、木々についていた苔、草花などを食べる。それと同じ物を、少し分けてもらい、同じ物をフォレスの森で探して、摘み取った。
 ロンザ村の人々は、夕梨達が去るのをほっとしたように見送った。この世界にこれ以上食料を必要とする者がいるのは、彼らにとって一番恐ろしいことなのだ。フォレスの森の食料は無限ではないのだから。
「それにしても、あからさますぎるわよ。あの目は。」夕梨はため息と共にそう言った。
「こんなところに、ほんとにザーヴァ住む気?」
「しかたねえよ。俺にはもうあそこしか行く場所がない。」
 そう言ったザーヴァだったが、やはり不安は隠しきれない。
「ザーヴァさん。私たちが帰れるようになったら、いっそのこと私たちの世界に来てしまえばいいんじゃない?」
 唐突に、沙羅がそう提案した。夕梨もザーヴァもレザもその提案に、目を見開いた。
「何か、私悪いこと言った?夕梨。」
 不思議そうに、心配そうに沙羅は夕梨に聞く。あまりに三人が驚愕するのに、沙羅は不安になったようだ。
「ううん!ううん!沙羅、頭いい!」
 夕梨は自分の頭の悪さを痛感した。夕梨は沙羅の手を握りしめる。
 そうだ!ザーヴァも、ロンザ村の人も、見た目には私たちと変わらない。能力もなくなってしまったし、物を食べれるって事も分かった。これって私たちとはもう全然変わらないってことよ!
「ねえ!ザーヴァ。そうしよう!私たちの世界に、一緒に行こう!」
 意気込んで言ってみたが、ザーヴァは眉をひそめる。そして、夕梨から目を外らした。
「ザー・・・・ヴァ?」
「俺達は、多分行けないよ。あの世界にはタキオンが形としてないから。」
「でも、目に見えない粒子があるって言ったじゃない?何よりも、タキオンは私たちの世界で生まれてんじゃない!」
「それでも、タキオンが形としてない世界で、俺達が生きていけるという保証はない。」
「そう、ね。」
 夕梨にはザーヴァが、まるで言い訳しているように見えた。本当の理由が、そのことでないことが薄々感じられた。しかし、もう夕梨は突っ込まないことにした。
 ザーヴァが決めることだ。私があれこれ言う権利なんてない。
 そう考えて、夕梨は自分の胸の奥で寂しさが生まれたことに、意外にも吃驚した。
 情が移ってるな。
 夕梨はそう思うと、一人くすっと微笑んだ。眉をひそめたまま。







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Copyright 2001 BY SAE
written time 1996(多分)