7.テルタ街(前)
「やっと見えたぁ!」
 夕梨たち一行が一つの山道を越えていったところに、ようやく町が見えたのだ。テルタの街。
 見た目は異様な感じがした。これほどまでリア・リティンに似せて作れるものだろうか。いや、タキオニアはある意味自然界を全て意のままに操れるということだから可能であることは分かる。分かるのだが・・。
「向こうと同じだわ・・この景色だけ」
 大きな変電塔があって、高層ビルが立ち並ぶ。電気そのものを作ることもしているのか、それとも上っ面だけなのか。細かいことは抜きにして、外観はまるで夕梨たちの世界そのものの世界。
 夕梨は郷愁に駆られて胸が苦しくなる。できれば、見たくなかった。帰れたときに確認したかった世界が、見た目だけの世界が広がっている。
「レザ。あの町でいいんだな?」
 ザーヴァは一応地図と方位磁針を見つめているレザの方を見ながらそういうと、レザは唸りながら多分・・と呟く。
「・・これで違ったら私もうここから歩く気力ないんだけど・・」 
 夕梨は情けない声を上げて、はぁぁ、と息をついた。
「疲れた声を出さないでちょうだい、夕梨。疲れが伝染るわ」
「ごめぇん、沙羅」
 沙羅の容赦ない言葉に反論する気力も、今の夕梨には疲労困憊ででてこない。
「沙羅は平気なのか?」
 ザーヴァが意外そうにそういうと、沙羅はにこりと笑って応えた。
「体力には自信があるのよ。一応陸上部なの。クラス委員のせいであまり出られないけどね」
「私は文化部でも一番運動部に近いブラスバンド所属・・やっぱり所詮は文化部なのね・・」
 ぐったりしてきたらしい夕梨はすでに座り込んでしまっていた。沙羅はそんな夕梨を眺め、一言こう言った。
「夕梨はもともと運動オンチでしょ」
「ごもっともです・・」
「さて、じゃあそろそろ出発するか」
 レザの持っている地図を睨み、方位磁針と太陽の位置を見ていたザーヴァがそう言った。夕梨はあからさまに嫌そうな顔をする。
「ええっまだ休もうよう・・3人とも全然休んでないじゃない〜」
「あのな、夕梨。俺だって休みたいのは山々だけどな、今はそんなのんびりできる状態じゃあないってことはお前もよぉっく分かってるよな」
 ザーヴァの馬鹿丁寧な、しかも恐ろしく脅迫的な台詞に夕梨は心底がっかりしながら、立ち上がった。傍らで立つザーヴァがよし、と呟くのが聞こえる。
「じゃあ、先いくぞ」
 ザーヴァはそういうと、バズを伴って山を下り始めた。せっかく見えた町も、ここから下っていく最中はうっそうと茂る木の葉に邪魔されて見ることはできないだろう。実際上ってくるときもそうであったから、そんなことは容易に予想ができた。
 夕梨はもう一度町を見てから、諦めたように沙羅を追って降りていった。

 テルタの町に入る門では、まるで遊園地の入場券を買うような列に並ばされた。何かを買う、という意識がここでは働かないらしい―――全てはタキオンから得られるはずのため―――この世界で、一体何に並んでいるのかとザーヴァに聞いてみる。
「お金、もらうんだ」
「もらう?」
「そう、だってこの街、お金ないと何も出来ないんだよ。タキオン能力、奪ってるから」
「奪ってる??」
 なんだかめちゃくちゃだ。タキオニアはタキオンの力で生きてるんじゃなかったの??
 夕梨が難しげな顔をしつつクエスチョンマークを迸らせていると、沙羅が助言をしてきた。
「テルタ町では『お金』を遣うのがルールなのよ。そうだとするとタキオン能力があると邪魔よね。この町はその力を抑止するシステムを何らかの手段で働かせているのね。ただ、『お金』遊びをするためのそれがルールってことでしょう?」
「ご名答。ユーリ、やっぱ馬鹿だな」
 ザーヴァがにっと笑っている。夕梨はむっとしてザーヴァの足を踏んでやった。
「いってぇ!おめぇは!自分の非を人に八つ当たりしてんじゃねぇよ!!」
「憎たらしい口を叩くザーヴァが悪い」
 むくれた夕梨はぷいっとそっぽを向く。ザーヴァはそんな夕梨を憎々しげに睨み付ける。
「まあ、ザーヴァもユーリも。喧嘩はほどほどにしてください。そろそろお金、もらえるみたいですから」
 レザがその場を取り繕うようにそう言った。沙羅は二人を見て、困ったように微笑んでいる。
 長蛇の列と言っても、やりとりが単純なのであまり待たされなくて済むようだった。カウンターの女性が札束を機械的に渡すだけなのだ。
「いらっしゃいませ。どうぞテルタの街をお楽しみください」
 にこやかに応対するその姿は、まるで遊園地の発券嬢だ。彼女から渡されたのは札20枚ほどの紙切れ。リア・リティンで生活してるものにとってはお金とはいえない。これは流通してるものではないのだから。ただ、ゲーム上に必要なカードを配られたという程度のものなのだ。
「これで?買い物するんだ??」
「そう。まあ、遣わなくてもいいけどな。あ、でもいい機会だから買い物だけはしてた方がこっちとしては好都合かな」
「でもザーヴァさん、ココの買い物って出るとき全部無効化するはずですよ」
 レザが横から言ってきたのに、ザーヴァがあ、そうか、と頷く。
「どうして?」
「だから、ただの遊びなんだって。儲かったりしても所詮、この中だけの話。だって元手すら何も用意してないじゃん、俺ら。貰った金で遊んでみるだけなの」
「あのーザーヴァさん。一つ提案があるんですが」
 沙羅がおずおずとそう言うのに、ザーヴァはきょとんと目を丸くした。
「何?」
「ザーヴァさん、この町に住まれたほうが居心地よくありません?先ほど出た村よりも」
 沙羅がそう言ったのに、ザーヴァはしっ、と声を潜めさせる。夕梨はザーヴァのそんな態度に怪訝な顔をした。
「どうしたの?」
「テルタ街は、実質の人口はゼロなんだ」
「ゼロ??・・ああそう言うことですか」
 沙羅がまたもや先に納得して頷いてしまった。夕梨はまたザーヴァと沙羅を見つめながら、どうして?と尋ねる。
「完璧にテーマパークなんですよ。この街。そもそも街と呼ぶ方が間違いかもしれないですが」
 レザが今度は助言をした。ザーヴァがそれを加えて説明するように声を潜めて続けた。
「能力者でないものがココで暮らそうなんて考えは普通なら簡単に浮かぶ。でもそうはさせない。タキオニアの中での、能力者と無能力者―タキオネス―は垣根は実質上恐ろしく高いんだ。そうならないように、この街は夜人を締め出すことになっている」
 ザーヴァは、無能力者になってしまったことの重大さを一言も夕理に話そうとはしなかった。しかし、この話だと無能力者は迫害されているというのがその裏事情だ。
「ザーヴァ・・あんた、ほんとにこれからもこの世界で、平気なの?」
 急に心配になってそう問うた夕梨を、ザーヴァは笑って誤魔化した。
「平気も何も、ここが俺の世界だからな。さあ、無駄なおしゃべりはもう終わりだ。トビラの洞窟に行くんだから」
 ザーヴァは颯爽と歩き出した。やることは全て全力でやったから、悔いは無い。そんな歩き方だ。
 まっすぐ前を見て歩くザーヴァが、夕梨にはなんだか羨ましいと思った。自分はいつも、楽に生きようとごまかし、一線を置いて、全てを「やりすごしてきた」ような気がした。自分を否定して、誤魔化して。
 でも、ザーヴァはそうじゃない。自分の信念の通りに動き、『生きて』いる。結果的にリア・リティンが崩壊してしまったし、いろんな迷惑が実際私たちに降りかかったけど、またそれは立て直しを図る糸口もちゃんと見つけた。それは今まできちんと乗り越えてきた自信があったから糸口も見つかったのかもしれない。
 この人は、『生きて』いる。私よりもずっと地に足をつけて。
「・・っ・・ザーヴァ。ごめん!」
 先に歩き出してしまったザーヴァに走りよって、ザーヴァの腕を掴んだ。ザーヴァが驚き目を見開いて、夕梨の顔を見つめた。
「な、なにが」
 心底訳がわからない、という顔をしていたザーヴァに、夕梨はもう一度謝った。
「ごめんっ、ごめんね。缶詰なんて、言ったこと」
「缶詰?何の話だ?」
 ザーヴァがはて、と首を傾げる。しかし、すぐに思い当たったのか、ぽんと右手の拳を左の手のひらに打ち付けた。その仕草はリア・リティンのそれとそのままだったので、夕梨は思わず笑いそうになってしまった。
「缶詰。会ったばかりの時の話か。今更なんだ?」
「あの缶詰、ね。訂正させて、ごめんなさい。あなた、ちゃんと、生きてるもの」
 ぺし、とザーヴァが夕梨の頭を弾いた。
「ああ、分かってるよ?俺はちゃんと生きてる。それをわざわざアンタに認められなくてもな。でも認めてもらえたほうが嬉しいよ。サンキュ」
 ザーヴァがにっと、笑った。自信満々の笑顔。参った、降参。私の負けよ。
 あなたの生き方、今私すごく好きになっちゃったわ・・。







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とうとう夕梨が恋してしまいました(笑)

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