8.テルタ街(後)
 お金はある。とりあえず昼だけつかえる店も点在している。ただし購入した物は退場するときにすべて泡となる。瞬時にもとの場所に戻される。この町はそういう仕組みになっているのだ。
 ショッピングするという楽しみだけにこの場所は存在する。能力者には願えばすべて得られる能力があるがために、物を買うということになじみが無い。リア・リティンのその行動が面白く思えたのか、この町はただショッピングをしてみる、という事だけの意図で作られたらしい。
「時間の無い俺らは、買い物なんかをわざわざするつもりは無い。ただし、ひとつだけ利用したいものがあるな」
「ホテルか宿屋ね。体を休めることは今後の行動にとても有意義だと思うわ」
 沙羅がすかさずそう言った。ザーヴァもその言葉に頷く。
「そういうこと。夜は締め出されちまうから、2,3時間寝てからいこうぜ」
「お風呂、あるかなぁ」
 夕梨は少し楽しみになった。今までずっと水浴びで堪えてきたのだから、無理も無い。
「きっとあるわ。だってこんなに似せて作ってるんだもの」
 沙羅もうれしそうに笑いながらそういった。レザはお金といっしょに配られた町の地図を見つめながら、ここにホテルがありますよ、と指し示した。
 レザはフォレスの森から離れてしまうと、次第に黒さが引いてきていた。今では少し色黒な人、という雰囲気になっている。おかげで入場時に引き止められることは無かった。基本的にはここは能力者の遊び場なのだ。
「外見上では推し量れないからな。何かの証拠が見つかったら話は別だ。多分追い出されるよ」
 入場した後すぐにザーヴァがそういっていた。
 能力者とそうでないものの絶対的な境界線がそこにはあることを感じて、夕梨は恐ろしくなった。いったい、ザーヴァはこれからどうやって生きていくのだろう、と。
「ほら、ぼーっとしてるとこけるぞ。お前」
 ザーヴァが馬鹿にしたように夕梨にそういうと、夕梨はむっとしてザーヴァを睨みつけた。
「なによっ!うっさいなー!ちゃんと歩いてるわよ!」
「って、今お前今ホテル通り過ぎてたの気づいた?」
 からかうようにそういうザーヴァに夕梨は驚いて振り返る。すると、すでに通り過ぎた建物のひとつの入り口でに沙羅とレザがあきれたように夕梨を見つめる姿があった。
「・・ごめん。」
「疲れてるなー。それとも普通にボケかましてるだけ?」
「・・むかつくわねー・・戻るわよっ!」
 夕梨はいらいらしながら沙羅たちがまつ建物に向かった。ザーヴァは頭を掻きながらやれやれ、といった調子で夕梨を見ると、小走りで夕梨の後を追った。
 ホテルのロビーはずいぶん立派にできていた。天井が高く、いくつもの豪華なシャンデリアが提げられていて、きらきらと光を放っていた。ふかふかの絨毯は歩きつかれた足をやさしく受け止めてくれ、心地よかった。脇を見ると大きな革張りのソファがいくつも並べられている。
「すごいねー、こんなとこ泊まったこと無いよ。私」
 夕梨は圧倒されたようにそういうと、沙羅も頷いて同調したようにこういった。
「私も親戚の結婚式がホテルであったから、それくらいかな。なかなかないよね。こういうチャンス」
「いえてるー」
 夕梨と沙羅がくすくすと笑いながら話していると、ザーヴァがいくぞ!と声をかけた。フロントとの手続きをしてくれていたのだ。
「ねぇねぇ何階の部屋なの?」
「12階だって。結構見晴らしいいいらしいぞ」
 ザーヴァが沙羅と夕梨用にとった部屋のカギを渡す。1209番とかかれている。
 エレベータに乗って、12階のボタンを押す。少し耳の鼓膜が変になった。まるで自分の世界に戻ったような感覚。
「じゃ、俺らはとなりだから。さっさと寝ろよ。馬鹿みたいに騒いで出発になんかすんなよ。時間ないんだから」
「はいはいはい!わかりましたよ!」
 夕梨はカギを指して部屋のドアを開けると、沙羅よりも早く部屋に入ってしまった。後から、沙羅が笑いながら入ってくる。
「夕梨はザーヴァに気に入られてるのね」
「は?」
 ふかふかのベッドにばふっと飛び込んで寝転んでいた夕梨は、沙羅の台詞に眉をひそめた。
「私のこと、ザーヴァは馬鹿にしてるんだよ。」
「まあ、夕梨が馬鹿にされるのはしょうがないとして。いちいち気を利かせてくれてるじゃない?」
 さりげなくひどいことを沙羅は言いながら、ベッドに腰掛けた。
「そっかなぁ。口うるさいだけだよ。あっ、私お風呂見てこようっと!」
 夕梨はどうでもいいことを話すように沙羅の話をつき返し、洗面台のほうに行ってしまう。その脇に見えるのは大理石のお風呂。
「すっごい。沙羅、先に私入っちゃっていい?」
「いいよ」
「んじゃ、遠慮なく」

 久しぶりのお風呂に入った二人は温まった体をベッドに預けただけで、すぐに眠りについてしまった。
 そして、二人の眠りを覚まさせたのは、寝る前にかけたテーブルクロックの目覚ましではなく、けたたましいノックだった。
ドンドンドンドンドン!
 ドンドンドンドンドン!
「ユーリ!沙羅!起きてるか!起きろ!」
「・・ザーヴァ?」
 意外に寝覚めが悪い沙羅はまだ起きなかったので、しかたなく夕梨がベッドから抜け出してドアをあける。ホテルにおいてあった浴衣には着替えなかったから、ドアを開けるのに支障はなかった。
「どうしたの?一体」
「不測の事態だ・・いや、全くの不測というわけじゃない。でも今来るとは思わなかったんだ」
 ザーヴァとレザはすでに今からすぐにでも出かけられるような姿だった。あまり多くない荷物が手には提げられている。
「何?いったい何が?わけがわからないよ」
 不安になって夕梨がそう言うが、ザーヴァはいいから!と夕梨の手を引いて部屋を出ようとする。そして、レザは沙羅を起こしにかかっている。引きずってでも沙羅をベッドから離させようとするレザの行動も異様だ。
(駄目だ。この二人、完全にパニック状態だ・・)
「ごめん、ザーヴァ!」
 夕梨はぐいっと手を引いて、ザーヴァの頬をばしんっと打ってやった。
 赤い跡がじんわりとザーヴァの頬に広がっていく。沙羅とレザも呆気に取られてザーヴァと夕梨を見つめている。そして、夕梨の手のひらだってじんじんと痛みが広がってきていた。でも、夕梨はそんなことに構っている余裕はなかった。これほどの二人の混乱状態で、ある仮説が夕梨の頭の中にも浮かんできていたのだ。
「とうとう、タキオニアに何かあったのね」
「あ、ああ。そうだ。でも具体的に何が起こるかわからない。俺にもわからないんだ」
 混乱状態から少しは脱出できたザーヴァだったが、今度は恐慌状態に近い。
「・・無理ないけど」
 巨大結晶が破壊された所為でタキオンの安定した供給が得られなくなってしまった。タキオンに依存するタキオニアがその所為でどんな変調がもたらされるのかは前代未聞の事態ゆえにわからない。でも。
(危機感と恐怖だけが、タキオニアを混乱させているみたい。あの村でコアとザーヴァが落ち着きを無くしたように。もしかしたらタキオニアの精神が、保てなくなってきてる・・?)
「不測じゃない。『タキオニアの狂乱』は、もっと早く起こっていたはずなんだ・・」
 レザはザーヴァのパニック状態が伝染していただけなのか、比較的落ち着いた口調でそう言った。
「どうして?」
 沙羅がレザを見つめながら尋ねる。もうはっきりと目を覚ましたようで、沙羅はベッドに腰掛けていた。
 そんな沙羅にレザは目をやると、肩を竦めてこう言った。
「原因がありすぎる。初めにザーヴァが巨大結晶を壊してタキオンの供給が断たれたこと。そして、フォレスの森が死んでしまって、精神の排泄ができなくなってしまったこと。そして、最後にザーヴァの役目、巨大結晶の管理人、時空使いの長って役目がいなくなったこと。ザーヴァがタキオニアじゃなくなった時点でな。『タキオニアの狂乱』の幕は、今ようやく切って下ろされたんだ」
「狂乱って・・」
 夕梨がわけがわからずそういうと、レザが無言で窓の方へ顎をしゃくった。夕梨は窓に向かうと、外の世界は寝る前と一変していた。
 がらがらと崩れ落ちる建物が見えた。一瞬テレビか何かを見ているのかと思わせる情景に、夕梨は思わず目を見開く。しかし、目の前のビル群は確かにあちこちで崩れ落ちている。下を見ると、道なりに人が溢れ文字通りの混乱状態。ビルの中でショッピングや、展望を楽しんでいたはずのタキオニアは今や騒然とした雰囲気に包まれている。
「いったい・・いったい・・」
 夕梨がそう言ったときに、がくんと大きな振動がビル全体に響いた。
「このビルもとうとう来たか・・。夕梨、ザーヴァを頼んだ。沙羅、お前は俺とな」
 レザが沙羅を見ると、沙羅は頷く。夕梨はザーヴァを見るが、まだ恐慌状態のようで頭を抱えてしゃがみこんでいる。
「ええっ、こんな混乱状態のザーヴァなんとか出来ると思ってんの?!」
「できるさ。もーいっぺん、平手でも食らわせるんだ。じゃなきゃ、心中するしかないんだから」
 レザは沙羅を連れて部屋を出る。夕梨も遅れてはならじとザーヴァの肩を揺する。
「ザーヴァ!ザーヴァ!しっかりして!まだやらなきゃいけないことが、あるじゃないの!!」
 ザーヴァはそれでも、うつろな目で肩をがたがたと震わせている。こんな状態に平手は食らわせられない。夕梨自身が可愛そうになるくらい、怯え震えているのだ。そんな状態に平手なんて食らわせたら、余計怯えて自分の殻に閉じこもってしまいそうだ。
「しっかり、ザーヴァ!ねえ、お願い。トビラの洞窟に、行かなきゃならないんだから!まだ、死んだりできないんだから!」
 ぎゅうっと夕梨はザーヴァを肩越しに抱きしめる。
―怖がらないで。怖がらないで。まだ、あなたはここにいる。ここにいるの。判るでしょ。私がちゃんと抱きしめていることが、わかるでしょ・・?
 ぎゅうっとザーヴァを抱きしめていると、すうっと、震えが止んだことに夕梨は気付いた。そっと身を離すと、ザーヴァが頭を振って立ち上がった。
「ざー・・ヴァ?」
 へたりこんだまま立ち上がったザーヴァを見上げていると、ザーヴァがようやく笑って夕梨に手を差し延べた。
「悪い。行こう」
「うん」
 ザーヴァの手を掴んで立ち上がると、夕梨はほっとしてザーヴァに笑いかけた。ザーヴァは頷くと、すぐに部屋を飛び出した。夕梨の手を掴んだまま。
 ビル全体が揺れていて、上るときに使ったエレベーターは止まってしまっていた。ということは、残された手段は勿論階段のみである。12階もの高さを一気に駆け下りるのだ。
 しかし実情はそんな簡単なものではない。逃げたいのは誰もが同じ。宿泊していたタキオニアで非常階段はいっぱいだった。駆け下りるどころか前に進むことも侭ならない。これでは逃げ遅れて建物ごと押しつぶされてしまうのも時間の問題だ。
「くそっ。沙羅たちは・・?」
 人々の波に任せるしかない状態になってしまったサーヴァが悔しげにそういうと、夕梨は淡々と答えた。
「先にレザと逃げたわよ。アンタが駄々こねてる間に」
「駄々こねてなんかねぇだろッ!だいたい夕梨は・・」
 むっとして夕梨を振り返ったザーヴァだったが、急に黙り込んでしまった。夕梨はザーヴァの変な様子に眉を顰める。
「・・何よ」
「・・んでもない」
 ザーヴァはそう言うとまた人が溢れる非常階段の中で下りる側を向く。
「もっかい浮けるといいんだけどなぁ」
 夕梨がぼそっと言ったことにザーヴァが反応する。
「浮けるとって?」
「ほら、森の川下りのときにさ、やったじゃない。ここでもできたらなぁって思って」
「なるほど」
 ザーヴァはそのときのことを思い出したのか、少しの間考え込んでいたが、暫くして手すりを握り締めて夕梨にこう言った。
「次の階でこの階段を出よう」
「へ?だってまだここ10階・・」
「いいから」
 ザーヴァはそう言うと非常階段を出て行ってしまった。夕梨は困惑しながらも、ザーヴァの後を追って 10階の廊下を走っていった。
 ザーヴァが立ち止まっていたのはエレベーターホールだった。
「エレベーターは使えないって何度も・・」
「ちょっと待ってな、開けるから」
 夕梨の意見など聞いちゃいない。そんな調子でザーヴァはそう言うと、一度エレベーターの2枚扉に何度か蹴りを入れて凹ませ、弱冠開いた隙間に指を入れる。
「ぐぎぎぎぎ・・」
「ちょっと、無理だってそんなの!」
「言ってないで手伝え!お前も!」
「もー・・・いったいなんなの?」
 夕梨はもうこうなったらつきあうしかないと諦めた。片方の扉に手を挟み、力いっぱい引っ張る。
「くぐぐぐぐっ」
 何とか人一人分の隙間を作る事に成功して、サーヴァはほうっと息をついた。
「で?どうすんの?」
 息を切らしてドアに寄りかかっていた夕梨は恨めしげにザーヴァを見つめると、ザーヴァはにっと笑う。
「こうするんだ!」
「わっ・・わわっ!?」
 疲労に体が参っていた所為で、夕梨はザーヴァの力に抗えなかった。ザーヴァはドアの奥に夕梨ごと引き込んだのだ。そこは奈落のような穴が用意されているだけなのに。
「ぎっ・・ぎゃーぁぁ!」
「夕梨!コア様を呼ぶんだ!お前は絶対死ぬわけには行かないはずだ。それはコア様にとっても同じ!サリャーネ様を取り戻すまではコア様のタキオニアなんだから!」
 夕梨は半泣きになりながら、必死に泣き叫びながらコアの名前を呼んだ。
「コア―ッ!コア―ッ!!なんとかしてぇ!なんとかするのよ!馬鹿馬鹿ー!!」
「誰が悪口雑言を吐けと言ったんだ。助けてもらえなくなるだろ!」
「あっ、そうか!コア様コア様お願いーだずげ・・うっ」
「夕梨ッ?!」
 落下中に、夕梨は気を失った。速度と恐怖に耐えられなくなったのだ。人は長期的な落下に耐えうる構造を持ち合わせていはいない。
 しかし、コアはその声を忠実に聞いていてくれていた。夕梨とザーヴァの体を地上すれすれで浮かせた。最小限度の力で、二人を助けたのだった。
『ザーヴァ。無茶が過ぎます』
 気を失った夕梨の口がそう言った。夕梨の意識が遠のいている間だけ、コアは夕梨の体をのっとったようだった。
「すみません。でも時間も方法もありませんでしたので」
 ザーヴァは横たわる夕梨に頭を下げた。
『でも間違った選択ではなかったでしょう。すぐに離れなさい。このビルは長くはもちません』
 コアは一階のエレベータのドアを力を使って広げた。一人がようやく通れるくらいの隙間を開いて、夕梨の体からコアの意識はなくなった。
「ありがとうございます」
 ザーヴァはもう一度頭を下げた後、すぐに夕梨の体を抱き上げるとエレベータの奈落空間から脱出した。
 ロビーを越え、玄関を出てしまったところに、レザと沙羅がいた。沙羅はぐったりと横になっていた。
「もしかして・・お前らも落ちてきたのか?」
 ザーヴァがそう言うと、レザは頷いた。
「沙羅が窓から飛び出しちまってな。しかたなく。コア様が助けてくださった」
「やれやれ。コア様のタキオニアはいちいち厄介な娘ばかり選ばれるようだなぁ」
 ぐったりとした夕梨を背中に背負いなおしながら、ザーヴァはそう言う。
「悪い、レザ。沙羅を担いでくれないか。」
 レザはそれを聞いて少々驚いた顔をしたが、とりあえず頷く。
「この狂乱に動くのか?」
 道なりに人々が溢れている。非常階段の時よりはましかもしれないが、移動しやすい状態とは言い難い。
「ああ、何しろ時間が無い。すぐにトビラの洞窟に向かう」
 二人はそれぞれ娘を背負い込んで、狂乱の道なりを歩き始めた。








to be countinued.


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