9.破壊神の影
 ザーヴァに背負われていることも知らず、夕梨は悠長に寝息を立てていた。
 大災害が起こったように崩れていくビルは、残骸を巻き散らかしながらその形をなくしていく。降り注ぐビルの欠片は決して小さなものではない。亀裂の入ったコンクリートの塊は、容赦なく逃げ惑うタキオニアの群集に投げ入れられ、運の悪い者達の体を押しつぶす。本来タキオニアは精神的のみならず体力的にも鍛えられてはいない。しかも、この街ではタキオニアの能力はシステムによって完全に無力化されている。外的要因からの衝撃に耐え得る能力を持ち合わせていないタキオニアは、抵抗する力もなく簡単に道端にくず折れていった。それを見たタキオニアは狂乱し、二次災害を招く。際限が無く崩壊の音に、悲壮な悲鳴が絶え間なく響いている。
「洒落にならん」
 レザが、混乱しタキオニアで溢れひしめく道を進みながらそう言った。ザーヴァも必死に足を歩ませ、前に進もうとするが、なかなか周りの景色は変わることがない。
「そうはいっても進まなきゃならないんだ!」
「わかってる。鍵だろ・・こいつらが最後の砦だ。コアが選んだ二人が最後の砦」
 レザが背中に背負った沙羅を見た。沙羅は今も眠ったままだ。そして、ザーヴァの背中に夕梨を見つめる。夕梨もまだ目を覚ましていない。
「・・・そうだ」
 背中に眠る夕梨をザーヴァは抱えなおした。それでも、夕梨は目覚めようともしない。ザーヴァはふっと安心して、また顔を前に向ける。まっすぐで迷いの無い瞳は人々が逃げるその方向とは別の方に向けられている。
「トビラの洞窟はこの街の奥にある。人の流れとは逆流になるのは必至だ。レザ、頼りにしてるぜ」
「はぁっ、なんでお前の言いなりにならなきゃならないんだか・・まあいいや。行こう」
 二人は大勢押し寄せるタキオニアの波を逆流しはじめた。しかし、どう考えてもこの狂乱に埋め尽くされた道なりを逆流するのは不可能に近い。五メートル進むだけでも、相当な労力だ。
「誰か!誰か装置を止めてくれ」
「タキオンに力を戻してくれ!」
 タキオニアが次第に声を上げ始める。デルタ街はタキオン能力に抑制をかけるために装置が各所に配置されている。その装置を壊せばこの惨事は免れることにタキオニアはようやく気づいたのだった。
「このあたりの装置の場所がわかるものはいないか?!関係者はどこだ!」
「ここだ!」
 一人が声を上げた。その一人のタキオニアの足元に、タキオンと同じ石の色の円盤があった。その円盤を足で叩き割る。円盤はガラスの割れるような音を周囲に響かせると共に、その音がまるでタキオニアの足枷を解き放つかのように、人々に能力を呼び起こす。
「よし、あのビルを全部タキオンに戻すぞ。みんな力をあわせるんだ!」
「やろう!」
 タキオニアが一致団結する流れになったところで、人々の狂乱の渦は次第に治まってきた。ザーヴァとレザがほっとして、その隙に目的の場所へと急ごうとしたときに、一人の女がむんずと二人を掴んだ。
「なに逃げようとしてるんだい!お前達も手伝いな!」
 巨体の年配女性風タキオニアだった。一般的な言葉でいえばオバサン体型の、である。タキオニアは人格はもとより外見の体型から能力まで何もかも自分で形作ることが出来る。それなのになぜこのタキオニアはわざわざオバサンなのか。少なくとも普通のタキオニアじゃないことだけは確かだと、ザーヴァもバズも思った。
 思ったが、しかし、こんなことに構っている場合ではないのだ。
「離せよ!」
「悪いけど俺ら・・」
 レザとザーヴァが同時に抵抗しようとしたときに、おや、とその年配女性の顔が訝しげに歪む。その視線の先にはザーヴァの顔がある。
「あんた・・どこかで見た顔だね」
「・・っ!」
 ザーヴァは咄嗟に女性から顔を逸らしたが、その時既に遅し。女は声を上げていた。
「時空使いの長(おさ)!ザーヴァがこんなところに!」
「なんだって!?」
 一斉に人々が女の顔に集中し、そして女の視線の先にある驚愕の原因を人々は追った。当然、そこにはザーヴァがある。
「・・長!」
「なぜこんなところに・・!」
 タキオニアに戦慄が走る。時空使いの長はタキオニアのもつ石の光の強さで決められている。すなわちそれは能力優秀者のみが手にすることの出来る役目なのだ。そして、その事実はあの第一鉱山でその役目を引き継いだその日に潜在的にタキオンの力を通して知らされる。
「面割れてたのか、ザーヴァ!」
 レザが憎々しげにザーヴァに叫ぶ。ザーヴァが力なく頷いたのを見て、レザが悔しそうに地を蹴った。
「ちくしょー・・」
 レザは何も出来ない自分達の無力さを瞬時に悟ったのだった。力が抜けたように、がっくりと肩が落ちた。しかし律儀なことに沙羅を支える腕はしっかりと保たれていた。
「長ザーヴァ!この崩壊の仕打ちはあなたの所業なのですか?!」
「何故です。この街はあなたの意に沿わなかったと、そういうことですか?!」
「しかし、ここまでの犠牲者を出さずとも・・!」
「今すぐ止めてください!長!」
 タキオニアがザーヴァを攻め立てる。ザーヴァは何もいえない。確かにこんなことが引き起こされたのはザーヴァが巨大結晶を壊したことに起因する。ただここで事をばらすのは得策ではない。確実に二次災害どころの話ではなくなる。そして力の無いザーヴァのことが判ったらこの大衆の挙動はもう想像の域を越える。
「止められない。これは・・このファンタ・ルジア時空の崩壊の足音だからだ・・。しかし、まだ間に合う。俺達はそのために動いている。頼むから俺達を行かせてくれ!もう時間が無いんだ!」
「長がそういうんだ!お前達はお前達の力でここをなんとかしろ!」
 レザが威勢良くそう言い放つ。先ほどの年配女がレザの腕を掴んだまま、面白そうに笑う。
「おや、あんたはずいぶんと偉そうな口を聞くけど、一体どこのだれだい?」
「俺はレザだ。いまや俺はザーヴァの補佐だから偉そうなのは当たり前だ!」
 飄々とレザが言い放つのを、ザーヴァは驚いたように見つめた。レザは年配女を睨みつけていてそんなザーヴァには気づいていない。
「とにかく、ここはお前達で何とかしてくれ・・頼んだ!行くぞレザ!」
「了解っ!離せよ、このっ!」
 レザは女からぐいっと腕をひっぱりはがすと、ザーヴァが走り去った方を追いかけた。
 タキオニアたちがしばらく不信そうな顔でザーヴァを追っていたが、崩壊の音を思い出したかのように人々は上を見上げた。
「とにかく、長の命令通り、俺達で何とかしよう。ほかの事はその後だ!」
 一人がそう言うとあたりのタキオニアたちが声を上げておおっ!と応じた。人々は崩壊するビル群を一度タキオンに戻すべく、一斉に力をあわせ始めた。
 先ほどの年配女はというと、一人くすくすと笑いながらいずこへか立ち去っていってしまった。

「ったくー・・一時はどうなるかと思ったぜ・・」
 レザが走りながらそう言うと、ザーヴァも走りながら、レザに悪い、と答える。
「まあ、なんとか凌げてよかった。混乱中なのがまた幸いしたな・・」
「しかし、あの女なんなんだ。今まで気づきもしなかったザーヴァにいきなり気づきがやって・・」
 レザが苛立たしげにそう言うと、ザーヴァは深刻な顔になった。
「そう、不自然なんだよな・・タキオニアは美意識が高いからわざわざあんな巨体になりたがる奴はいないし・・。それに、俺を瞬時に見破ったのも意外だ」
「面が割れてたんだろ?」
 走りながらレザは呆れたように答えたが、ザーヴァは首を振った。
「面が割れていた、というのは顔じゃなくて、石の方なんだ」
「石の方ってなんだ」
「俺の、依存元。俺のタキオンのこと。つまりベガ」
「・・」
 もう答えない、声の聞こえないベガのこと。
 レザはザーヴァのいえない言葉を読み取って黙り込んだ。
「俺達タキオニアは顔で区別することよりも石そのものの性質で個々を区別することの方が多い。潜在的に繋がることも出来るタキオンは、顔なんかに頼るよりもずっと確実だし、姿かたちは実のところどうとでもなるからな」
 レザはしばらく考え込む。もちろん足は走らせたままで、背中には沙羅が未だ眠っている。目が冷めてもいい頃だとは思うのだが、沙羅はもちろん夕梨もこんなに揺れていて少しも起きる気配が無い。
 そろそろデルタの町並みは通り過ぎ、崩壊の音からも遠ざかり始めている。
「じゃあ・・あの女はなんでザーヴァだって・・ベガがいなきゃそんなのわかんねーんだろ?」
「そうなんだよな・・。もしかするとあの女にはベガの声が聞こえたっていうのか・・?俺にさえ聞こえないベガの声が・・」
「・・」
 レザには答えようが無かった。この時空に運ばれてから長年生きてきたがタキオニアのことには無頓着だった。ただ自分の体が腐れて行くように憎悪にまみれさせること以外、レザにできることがなかったのだ。
「まあ、考えても仕方ないな。そろそろだぞ、トビラの洞窟は」
「ホント?」
 夕梨が声を上げて、ザーヴァがうわっ!と驚いて仰け反りそうになった。
「うわっ!しっかりしてよ!ザーヴァ!」
「しっかりしてって・・お前いつ目覚ましたんだ!?」
 驚きながらもしっかりと痛いところを突いてくるのはザーヴァらしい。夕梨はぐっと詰まりながら、むっとしたように言い返した。
「今よ」
「嘘つけ。絶妙のタイミングで返事したぞ、お前」
 ザーヴァはすぐさま夕梨を降ろした。夕梨はしぶしぶ降りながらも、やっぱりふくれっつらでザーヴァを睨み返す。
「嘘ついたって言うの?私が??」
 濡れ衣を着せられて頭にきた夕梨はザーヴァにそう返す。ザーヴァのほうはやれやれ疲れた、とばかりに肩に手を当てながら首をこきこき鳴らしている。
「そうだな、大方しばらく黙ってたら楽できるって寝たふりしてたんじゃないのか?」
「失礼な!そんなズル私しない!」
「なんでじゃあ、詰まったんだ。答えるの少し遅かったぞ」
 呆れながら、ザーヴァがそう言うと、夕梨は観念したようにこう言った。
「・・もうちょっと黙ってればよかった・・って後悔しただけ」
「ふうん、じゃあ嘘はついてないんだ。ま、ついててもお前顔に出るからなぁ。あんなに顔真っ赤にして怒るところを見れば、嘘をつき通そうと躍起になってるか、濡れ衣に憤慨してるのかどっちかだし。お前は前者はありえないしなぁ」
 ザーヴァがお前は単純だから、と笑う。夕梨はその言葉にまた腹を立てながらも、少し嬉しかった気持ちがあったのを否定できない。
「沙羅は?」
 ごまかすように夕梨はそう言うと、ザーヴァはレザの方を見る。レザの方は既に腰をおろしていた。その傍らには、同じく座っている沙羅が夕梨を見上げていた。
「あ、沙羅。よかった無事で」
「無事よ。私がどうにかなるわけないもの。夕梨も無事だったのね。よかったわ。ビル崩壊で飛び降りたところから記憶が無くて」
 沙羅にそういわれて、そういえば、と夕梨も首を傾げる。
「私も・・」
「でも、喧嘩の種になってたみたいだけど、目的地はすぐなんでしょ?」
 よいしょ、と沙羅は立ち上がるとスカートについたほこりを払って立ち上がった。
「そうだ。そこにみえるだろ、洞穴が」
 そこは、夕梨たちがすむ世界の空き地のようなうっそうとした茂みが覆った場所だった。やたらと間引かれない枝が伸びて天からの光を完全に遮ってしまっている。
(あ、こういうところで私小さい頃遊んだ。いろんなところに草で隠れた溝とかがあるのに・・不思議に落ちないのよね・・子供の頃って)
 夕梨は子供の頃に遊んだ空き地を思い出して、くすりと微笑んだ。
 その暗い空間の正面に草に覆われるように小さな穴があった。まるで不思議の国のアリスの兎が今にも現れて飛び込んでいってしまいそうな小さな穴だった。
「あの穴が、目的の島に通じてる」
 一言、ザーヴァがそう言うと、沙羅が先に何も言わずに飛び込んでしまった。
「沙羅?!」
 夕梨が呼ぶのも聞こうとはしない。既に彼女の姿は穴の中に消えていた。
「なんだ・・?」
 レザが不信そうに見つめ、ザーヴァは一瞬後に驚愕の眼差しで穴を見つめた。
「まさか・・既に覚醒していたのか!?」
「・・ど、どういうこと?!」
 夕梨がザーヴァに振り返ると、ザーヴァはぎゅっと手を握り締めて夕梨の体を退かして、自分も穴に入り込んでしまった。
「え?ちょっと・・ザーヴァ!!」
 慌ててザーヴァに声をかけるが、もう既に黒い闇はザーヴァを飲み込んでいる。夕梨には何がなんだかわからない。レザと顔をあわせると、レザが肩をすくめた。
「先に行く?それとも俺が先?」
「い、行く。私いくから、最後、お願いね」
「了解」
 夕梨はすうっと深呼吸するとその兎の穴へ飛び込んでいった。







to be countinued.


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終わるかなぁ・・頑張る。

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