1999年12月の開設者うらみ日記


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12月1日(水)
 「法の華三法行」、満を持しての一斉捜索。
 しかし正直な所、やっぱオウムの時に比べるとちっともワクワクしない。
 このワクワク感の欠落は、決して、俺が歳取って好奇心が枯渇したからというわけではない。これはひとえに、法の華の「芸風」の単純稚拙さに起因するものである。
 法の華はその組織・資産の巨大さ(イコールその被害の巨大さ)はたしかに無視してはいけないモノがあるのだが、そのわりにはギャグにしにくい集団である。『大宗教学第拾號』のまえがきにも書いたが、彼らのやっている事と言えばただの霊感キャッチセールスなんだよな。オウムのように毒ガスや銃器を密造したり弁護士を殺したり、統一協会のようにハデな合同結婚式をぶち上げたり怪しいアメを配ったり、幸福の科学のように抱腹絶倒のアニメを作ったり、といった「付加価値」にすこぶる欠ける。「最高でーす!」なんて奇声をはり上げたり街頭で小冊子配ったり、そのくらいじゃせいぜい真光程度のギャグバリューしかない。「天声」だって、ただの責任の所在を不明瞭にする方便にしか過ぎない。
 法の華は、たしかにバカ宗教ではあるが、バカ宗教ウォッチングの対象としてはあまりに面白みがなさすぎる。この団体は、我々のような不謹慎な視点からではなく、それこそ豊田商事やクレスベール証券に対するようなアプローチのほうが適切だと思うんだが。その点で、今回の一斉捜索に対しては、俺の中の「社会正義くん」な部分から惜しみないエールを送りたい。

 ビデオテープの山の中から、チヅオや景山民夫が生出演した「朝まで生テレビ」のビデオ(不完全版)が出てきた。ちゃんと録ってたんだねぇ、過去の俺。
 途中に、あの青森のリンゴ畑を壊滅させる直前の台風19号のニュースが入ってたりする。ちょうどあの時だったんだねぇ。
 上祐もこの頃は初々しかったなぁ、ぼひょぼひょ喋っててあんましTV慣れしてないかんじ。うわ、アーチャリーがモザイクなしで出てるぞ。お宝、お宝。

 例の事件、外国ではすっかり「日本特有の受験システムが原因」ということで定着したみたいで。
 ワシントン・ポスト紙も、子供の頃から受験に狂奔する日本の教育はオカシイとか書いてるそうだが、大きなお世話である。てめぇの国だって、幼児の美人コンテストに狂奔する親がゴロゴロいて、あのジョンベネ事件に結実したんだろうが。親の満足感が「お受験」に行くか「コンテスト」に行くかの違いで、洋の東西を問わず、「リアル育成ゲーム」に走る親は一定量出現するもんだよ。日本のお受験も、アメリカの美幼女コンテストも、「局地的狂乱」という点ですごくよく似てるし。
 まーそれはともかく、今日になって「お受験」に加えて「公園デビュー」もキーワードに追加。

 オウム、「はじめてのお謝罪」。
 外部向けのパフォーマンスはもういい。どうせ何をやっても「新法逃れ」としか受け取られないんだからムダだってのに。破防法の時には世論をまんまと欺けたけど、今度はもう無理じゃないかな。
 でもけっきょく「一部の信者」に責任をおしつけ、教団自体の責任はこれっぽっちも認めてねーんだから、ふざけんなって感じだが。
 だいたい、ほんとに謝罪する気があるのなら、まず内部の信者に「オウムは意味なく無差別殺人しました」旨を徹底的に伝えるべきではないか? どうせあいつら、いまごろ内部に向けては「あの『謝罪宣言』は、あくまでも『以前オウムに所属していた一部の信者がオイタをした事への監督不行届き』に対する謝罪であって、一連の事件に教団ぐるみで関与したわけじゃないんだよ〜ん、そこんとこヨロシク!」と宣伝しているはずだ。手に取るように分かるよ。
 マスコミも、「オウムが謝罪した」という表層的事実の喧伝にとどまらず、彼らの「謝罪」の真意がどこにあるか、しっかりと伝えてもらいたい。明日の朝刊、見出しに「オウム謝罪」とだけデカデカと書くのは「NGワード」とする。わかったな。

12月2日(木)
 原稿依頼(同人じゃなくて本業のほう)に明け暮れる。こんな日もあらぁな。
 こういう仕事をしていると、自分はできるだけよそからの原稿依頼に応えてあげようってな殊勝な気になってくる。もっとも、見ての通りの芸風だけに、原稿依頼なんざ同人人生のうち3度しか受けてないんだけど。
 よくモテない中学生男子が言う「俺が女だったらもうガンガンヤらせてやるのに……」みたいなもんだな。とほ。

 16時30分頃の東京、みごとな夕焼け。
 まるで地球がまるごと、巨大なファイヤーオパールの中に封じ込められたかのような空。明日は天気かな。

 夕方、高田馬場の駅前で、例の本を配る「法の華」信者を目視にて確認。
 やっぱり、内部の引き締めに出たか。

12月3日(金)
 『an・an』のエロはだか、もとい、「ラヴ・ボディ特集」第二弾を買う。こんなに早く第二弾ということは、よほど前回のが大当りしたとみえる。「ラヴ・ボディ」なんてあやふやな用語でイメージづけしようったって、ようは「男をフェロモンで悩殺するためのエロいはだか養成講座」だろ。んなもん、「エロはだか」で十分だ「エロはだか」で。
 イメージキャラに、脳味噌や人格は破滅しきってるのにカラダだけで有名スポーツマンを食いまくる神田うのを起用するあたり、ワザとやっているんだとしたら座布団3枚クラスの巧い皮肉だよな。たぶん違うだろうけど。
 同じ企画が男性誌、たとえば『週刊現代』か『FRIDAY』にでも載ってたら、それこそ幸福の科学が親のカタキのごとく糾弾してくるだろうに。女性誌だったらオッケーなのかよ。うわー、豊胸手術の広告もビーチクダシモロ(下品な表現だが本当なんだからしょうがない)。男子中学生なら、これでも十分「いけない使用」に耐えうるぞ。
 そういえば、職場にヌードポスターを貼ったり、ヌードの載ってる雑誌を持ち込むだけでも、裁判起こされればセクシャルハラスメントと認定されるんだそうだが、今週の『an・an』なんか、どうよ。ん?
 いま一番「自主規制」という言葉から遠い、なんでもありのメディアって、女性誌だと思う。ヌードはもちろん、怪しい民間療法・健康法も載せ放題だもん。ああうらやましい。

 でもさぁ、同じ肉体派特集でも、1992年の「きれいな裸」特集の時は、「女性が自己満足できるボディ」という一種ナルシスなコンセプトだったんだよな。それが、いつの間に「男をゲットするため」って方向にシフトしたんだろうね。その、より実務的な方向への意識のシフトが、俺にはとても興味深い。
 まぁ「きれいな裸」自体、例の『Santa Fe』が案外女性の支持も受けた、その尻馬に乗った形の、かなりムチャムリヤリな企画ではあった(ほんとに「脱ぐ事が美しい」のなら、そう言う林真理子がまず率先して脱げばよかったんだ。そのほうが笑えたのに)。その流れが、男性文化の中ではヘア解禁を生み、「脱ぎたくなった」女性の思い違いと「見たい」男性の欲望、双方の利害が合意に達した時、1994年の怪奇現象「ヘア・エクスプロージョン」として結実した。あの狂乱下ではずかしい過去を背負わされた元「脱ぎたガール」たち、その将来に対する責任の一端を、マガジンハウスは負ってしかるべきであると、俺の中のご清潔ちゃんな部分が今でも虚空に向かって咆哮している。もちろんホンネの部分では「ビバ・マガジンハウース!!」と惜しみない拍手喝采を捧げている事は言うまでもない。
 「自分のための裸」から「男のための裸」への、意識誘導ベクトルの移動。
 もう少し厳密に言えば、「男のためにボディを磨く」という、ある意味反フェミニズム的モチベーションを煽るアジテーションを、1999年の『an・an』の読者層が支持したこと。
 世の女性たちが、「自立・独立した個」として生きるのがカッコイイという次元からもう一歩、自分の心の奥底にうずく本音の部分……「男にモテたい」という心の叫びに踏み込んだ、というところだろうか。
 ただこの場合、「モテる」といっても、以前さんざんバッシングを受けた裕木奈江のような「男に媚びを売る」(別に、歴史内存在としての裕木奈江がそういうタイプの人間だったという確証はどこにもないのだが)という方向への「モテ」ではなく、今で言えば藤原紀香のような「自らのエロい身体でフェロモンを全方位発射し男を篭絡する」という能動的な方向での「モテ」である点が特徴である。言ってみれば、前者が大国とみればどこにでも尻尾を振る日本型外交だとするなら、後者は国内資源を外交カードに利用する中東諸国のようなもんだろうか。たしかに後者のほうが、「自立・独立した個」を保持しつつ「モテる」という、双方の欲求を満たす外交姿勢といえよう。
 以前も書いたが、人は誰でも、タロットの【女教皇】と【女帝】、2枚のカードを心の中に保有している。「個の確立」を求める気持ちと「他との融合」を求める気持ち。人間がその二律背反を内包して生きる存在であることは、哲学・心理学業界の定説(笑)である。これら双方の欲求を満たしてこそ、この世で過ごす何十年かのヒマつぶし期間にも、少しは「うるおい」というモノが生まれる。
 バブルとポストバブルという、「金冷法」をすら思わせる激動の時代を経験し、鋼のごとくシタタカに鍛え上げられた現在の『an・an』支持層は、ついにその形而上学的「二律背反の真理」の境地に到達したのかもしれない。まさかとは思うが。

 ……だが、なんだかんだ言っても、ちょっと視座を男性の側に置いてみれば、やっぱり「エロはだか」は「エロはだか」以上の何者でもない。その「真理」にまでは、女性たちもなかなか気づくまいて。
 んで、その根源的真理を目のあたりにする時、女性存在は叫ぶのである。「あたしのカラダだけが目当てだったのね!?」と。そりゃあーた、ラーメン屋にラーメン食いに来た客を「ラーメンばっか食ってんじゃねぇ!」と怒鳴り付けるようなもんですがな。

 池袋・芸術劇場(大ホール)の楽屋・舞台を初めて覗く。舞台から見た客席は、意外なほど狭い。客席側から見た感覚では、もっと広いかと思ったんだが、席の配置がかなり前衛的というか贅沢な並べ方というか、客席が偶蹄目のヒヅメ状の形になってて、すごく少ない。同じくバブルの落とし子、所沢・ミューズのアークホールが3000人収容、かたや芸術劇場は2000席だから、かなり物足りない印象。でも楽屋とホワイエの居住性は芸術劇場の勝ち。

12月4日(土)【ここまでは2000.01.10更新】
 ほ〜っほっほっほっほっ。『an・an』のセックス特集号が、山形県で有害図書に指定されたでおじゃる。
 さすがは千葉クラスのご清潔県・山形よのう。あっぱれじゃ。ほめてつかわすぞよ〜。
 これでマガジンハウスも名実ともにエロ本業界の仲間入り〜(笑)

 小さな机を買いに、行政道路沿いのホームセンターへ。ただし車じゃなくて今回は自転車で。片道25分ってところ。こないだクルマで行った時よりもずっと早かった。自動車文明への痛烈な批判に加え、体脂肪も燃焼できる、たいへん革命的かつ健康的ムーヴメントと言えよう。
 それ以外は日中ほとんど部屋から出ず、原稿描きに没頭。今日は朝からわりと気力も充実、脳と右手の連係もスムーズ。プリントアウトしたネタ一覧表にどんどん抹消線が引かれていくのに比例して、ペンの入った原稿用紙がどんどん積み重なっていく、この快感。こういう時に描きまくらねば、次はいつ「天使」が降りてくるかわからんので、とにかく描いて描いて描きまくる。
 夕方、健康的に合唱の練習に出かける。帰ってメシ食ってまた執筆開始。

 『第拾四號』、この調子だと冬の号としては初の48頁サイズになりそうな予感。かなりキツい製作になるな。

12月5日(日)
 朝刊で、ついに500円玉が改鋳されるの報を知る。500ウォン硬貨との電気伝導率を変えて判別できるように、亜鉛をちょっと混ぜて、100円玉と5円玉の中間みたいな合金になるらしい。印刷では、ちょっとチタンっぽい色に見える。
 やはり個人的には、国の威信を賭けた対抗手段として、500円札を復活させるべきだったと思う。もちろん、肖像には元1000円札の伊藤「初代朝鮮総督」博文をカムバック起用ね。ほんとにやったら国交断絶だろうけど。
 ところで、こたびの組織的ニセ500円玉事件は、500円玉の表の桐の花(豊臣「朝鮮出兵」秀吉の家紋)に反発した愛国的韓●マフィアの仕業だというのは本当だろうか。

 午後、恩師の講演を聞きに日本女子大へ(いや、俺が日女のOGだってんじゃなくて、会場が日女だっただけ)。恩師のそのまた師匠である(俺がキグナス氷河だとしたらカミュにあたる(アニメ版設定))関根正雄の伝道50周年記念講演会で、恩師の他にも関根清三、鈴木佳秀が講演に立った。最後にほんのちょっと関根正雄御大じきじきに一言挨拶。かなり健康的にフラフラ状態で、弟子とみられる聴衆(こっちもみんないい歳)、釈迦涅槃を看取る仏弟子のような神妙な顔で大先生のスピーチを聞いていたのが印象的。講演終了後、楽屋もとい控室へおしかけ恩師に挨拶。ああもうメロメロ〜。(馬鹿)

 実は、この忙しいハズの折に貴重な一日つぶして目白まで出てきたのは、『大宗教学』をやめる踏ん切りをつけるためだった。と言ったら諸君は驚くだろうか。
 同世代に、新田五郎氏のような寸鉄人を刺すが如き切れ味鋭い評論をコンスタントに発表できる人がいるというのに、『大宗教学』のような一発ギャグ連呼形のバカメディア(頒布部数200部程度)しかものし得ない、己の無力さヘナチョコさにかなりコンプレックスを感じていた俺。「同人をやるにしても、もっと特定のネタにじっくり腰を落ちつけた、論文スタイルのメディアを志向すべきではないだろうか?」という焦りが、『第拾参號』を造り終え、『ミニコミ魂』刊行記念イベントを観たあたりから、俺の中でグングンと強くなっていた。
 そんな中、先日電話でこの講演会の情報を家族からの伝言で聞いたとき、情報提供者が「恩師の健康状態があまり良くない」と言っていたと聞かされ、少なからず動揺した。あれほどの大学者の薫陶を受けておきながら、学の道に進むどころか日々一発時事ギャグとヤバい替え歌作りに没頭し早やウン年、もっと建設的な方向にスキルを伸ばせたであろう脳味噌と大学にもう2回は通えるほどの時間を浪費し続け、ふと気がついたら同級生がDoctorを修めるような歳にもなって、いかなる分野においてもさしたる業績を上げていなかった俺。今まで『大宗教学』などに費やしたマンパワーを、「本来あるべき用途」に使っていれば、もっと恩師から「知」を吸い取れるだけ吸い取っておけば……。そんな後悔めいた気持ちが一気にふくらんだ。
 そんなこんなで、今日の昼の時点では、駅に向かって自転車をこぎながら、本格的に「休刊の辞」を練るあたりまで意志が固まっていた。
 ……だが、実際に恩師の講演(「ヨブ記における神義論」、まぁつまり「世界で不義の行われている時、創造主である神はいったいドコにいるんだ」という問題)を聞いて、その考えは180度変わった。
 たしかに、恩師の専門領域と、今の俺が立っている「不謹慎」の視座は、文字どおり天と地ほども差がある。しかし、どうやら俺は、恩師とは違う視座で、恩師とかなり似た問題意識を保持し得たらしいことが再確認できた(不遜もいいとこだが)。
 アカデミズムと悪趣味、神聖と不謹慎、表と裏。そのハザマに身を置く、一般学術とは一線を画しまくる俺ならではの手法で、この世界の構造を「斬る」。どちらの世界にものめり込めなかった俺には、結局それしかできないんだから、それならトコトン「俺道」を追究していくしかない。それには、「俺メディア」として異常な進化を遂げた『大宗教学』をもっと突き詰めること。その向こうに、恩師へのレスポンスともなる何らかの答えが見つかるかもしれない、と。恩師の方は願い下げだろうが。
 どうせ俺にはマトモな学問やれるような根気も集中力もないし、鬼畜外道にどっぷり漬かってみる勇気も欲望もないんだから。基本的に「生きるエネルギー」に欠ける俺には、『大宗教学』のようなハンパメディアが「分」なのかもしれない。
 だが、やるからにはベターを目指すよ。
 今後『大宗教学』がどこへ行くのか。ただの徒労に終わるのか。それならそれでいい。しょせん人間の営みの9割9分9厘9毛までは徒労なんだし(究極的には100%徒労かもしれないし)。もし応援してくれる酔狂な人がいるのなら、今後とも応援よろしく。そして、少しでも俺がフヌケな素振りを見せたら、遠慮なく叱咤してくれ。

12月6日(月)
 業界でも「めちゃ安」と言われている『キネマ旬報』の原稿料が、駆け出しのライターから故・淀川先生まで一律400字******円と聞く。
 ……すいません。俺が本業で作ってる雑誌、それより安いっす……。学者さんとか、他に仕事持ってる方たちに書いてもらうタイプの雑誌だからなんとか許してもらえるんだろうけど、筆でメシ食ってる人だったら明細見たとたん卒倒されそうな額……。申し訳なくてライターさんなど使えない。とほほ。

 今日はちっとも執筆できず。
 友人より「原稿進捗0ページ」との悲痛なメールが届く。俺のほうも「完成原稿」はまだ1枚もないわけだから似たような状態か。とにかくがんばれ。俺。

12月7日(火)
 『となりのオウム真理教』にロバート・ジェイ・リフトン著 "Destroying the World to Save It"なる本が紹介されていた。訳者・渡辺学氏の紹介によると、グルと信者の相互依存システム(俺流に言えば「妄想の増幅」プラス「責任のなすり合い」をまとめた概念だろう)もしっかり書いているという。岩波から翻訳が出る予定だそうで、ぜひ読んでみたい。
 あと、興味深い記事としては、アメリカではオウム事件は「宗教問題」ではなく「テロ事件」として捉えられているという所。
 日本ではオウムもライフスペースも法の華も一緒くたに扱われる傾向があるが、「無差別テロの敢行」という点で、オウムは「定説」団体や「天声」団体とは確実に一線を画している。
 そこに、法の華みたいな単なる粗暴犯とオウムとの、「面白さ」の決定的な違いがあるように思う。
12月8日(水)
 冬コミヘルパーを打診していた友人から、「すまぬ、26日はダメ」と返事のメール。
 ……あとはダメモトで、あの手を試してみるか。

 共通の知人経由で、伝説的オウマーサークル【M/Pマニュファクチュア】のまほろびちゃんから、「なあぷるはオウムじゃないかも」と、わりと具体的な情報が入る。斯道の偉大な先達からの情報に、ちょっと不安になる。
 ためしに某ロボット検索エンジンにて、「なあぷる」&「オウム」で検索をかけてみる。かなり上位にウチの「なあぷる」書評コーナーが出てきて、かなりビビる。なんとかロボット検索を防護する方法はないものかとつくづく思う。

12月9日(木)
 全48ページの割付けがほぼ確定。あとはすみやかに原稿を仕上げるのみ!……って、それが一番の問題なんだよ。
 さらにここに来てもうひとつ重大な問題が。人さし指の第一関節が痛む。よりによって利き手である。こんな時に。
 育ちが悪くて(嘘)箸もペンもまともに持てない俺は、長時間ペンを持つと、たしかに指に負担がかかるんだが、こんな部位が痛くなった事はない。他に考えられる原因といえば、マウスの使いすぎぐらいしか思い当たらぬ。とにかく困った。

 日本も、ドイツのように帝都以下全国土が蹂躙されていれば、もう少し「懲りた」かもしれないんだが。
 「空爆だけで降伏」という前代未聞の敗戦劇は、おそらく当時の施政者にとっては、吉本で言うところの
 「今日はこのくらいにしといたるわ」(ズッコケ)
 みたいなニュアンスで意識されたのではないだろうか。
 これがもし、本土上陸、東京地上戦、松代大本営で白兵戦、天皇自殺、男は虐殺女はレイプ、とでもなっていれば、日本人はもっとみんな「戦争はまっぴら御免だ」って心から叫べたかもしれないけど。
 そういう意味では、「御聖断」は、まさに国体護持のための最高の手だったわけだ。ここまで考えて、空爆だけで降伏したんだとしたら、昭和天皇って実はものすごい政治家だったのかもしれない。

 「『なあぷる』はシロかクロか?」。とりあえず西村新人類氏と滝本弁護士ら、名だたるウォッチャーはクロと認定しているらしい。少し安心。
 そんな中、河上イチロー氏が「断じてシロ」と言っていると聞き、また不安になる。しかし、その論考が載ったページを実際に見て、またまた安心する。個人的印象だが、なあぷるが告訴した相手・日刊スポーツへの、氏の個人的怨念のほうが先に立っているあまり、なあぷる側に肩入れしすぎているのが極めて残念。氏がせっかく収集してくれた裁判データ(その不可解すぎる和解条項をはじめ)を読めば、誰でもなあぷるに対して抱くであろう疑念を、ことごとく不問に付している。不自然なぐらい。たぶん意図的なものではないとは思うが。意図的にやられてたまるか。
 「ニッカン憎し」のあまり、ニッカンの主張を全て非とし、その敵対者がいればそれを無批判に称揚する。その二元論的単純思考こそ、オウマーが最も忌避すべきモノではなかったか? それでは、現実社会の全てを否定し、それがゆえに、「現実は苦に満ちている」と説く団体を「真理」と信じてしまったオウム信者と同レベルじゃないのか? それでいいのか、河上氏!?
 氏ほどの名高いウォッチャーでも、かようにめしいる事があるのだ。俺も絶えず正気を保っておかなければ、と胆に命じる。

12月10日(金)
 きのうからの右手人さし指第一関節の痛みがまだひかない。
 しかし、腫れてもいないし熱も持ってないし、冷やすとよけいに痛いしで、とりあえず中指と一緒にハンカチでぐるぐる巻きにして固定。これだけでもわりと楽。

 ブリューゲルの画集を見てたら、"Tne Gloomy day (February)"(1565年)って絵の右すみに、薄っぺらいキーボードみたいな物体を齧ってるおっさんがいて、その拡大図のキャプションには"Man eating Waffle"と。
 ベルギーワッフルって400年前からあったのかよ。

12月11日(土)
 さとちん氏から「ビタミンママ」4号とポケモンクッキーの差し入れが届く。ありがたし。
 指の痛みは引いてきた。とにかく描く。ダラダラ描く。気がついたら午前3時。あーあ。
12月12日(日)【ここまでは2000.01.22更新】
 17時まで教会に拘束される。(焦)
 帰宅後、とにかくヤケクソで描きまくる。
 p.17-24とp.33-40、版下完成。
 冬コミヘルパーの件、なにげなく弟に打診。なにげなく「バイトがある」と断られる。
12月13日(月)
 【埼京震学舎存亡のピンチ!!】

 とアオリをつけてみたが。まぁ聞いてくれ。

 昼休み、ちゃっちゃかメシを片付け、冬コミヘルパーの件で最後の頼みの綱に召集礼状(サークル入場券つき)を送る。ダメで元々。その足でいつものコピー屋へ。きのう作った第3ユニット(p.17-24)と第5ユニット(p.33-40)の版下を印刷。
 コピー屋にはキヤノンの新鋭機が入っていて、これが非常に調子がいい。かなり濃いめに刷っても、版下の切り貼り跡が全く見えない。両面コピーをしても、従来機でしばしば泣かされた紙送りミスがほとんどない。片面260枚刷って、そのまま印刷済みの紙の束を裏返してホルダーにぶち込みカウンタを「260」と打って裏面を刷ると、カウンタゼロと同時に「用紙を補給してください」の表示が出る、この快感。技術革新万歳。
 ただ、印刷の丁寧さにひきかえ(仕方ないけど)印刷速度はちょっと遅めだった。十分昼休み中に2ユニット分刷了すると思っていたが、1ユニットの両面ともう一方の片面を刷ったところでまさかのタイムアップ。今までならそのまま職場に持って帰っていたんだが、裁断してもらう都合もあり、店のおばちゃんに言っていったん刷了紙をコピーの脇に放置、また次の休みに残りを刷ることにした。

 ……それが、まさかあんな惨劇を引き起こすことになろうとは……。

 2時間後、ティータイムの間に残りを刷ろうとコピー屋にかけこむ俺を、店のおばちゃんがえらく慌てたような感じで迎えた。
 「あ、お客さーん、ちょっとさっき大変なことがあってねー」
 大変なこと?
 「ほら、さっきお客さんが置いていった紙の束を、他のお客さんが見てビックリしてね。『オウムじゃないのか』って!」
 「…………はぁ?…………」
 「ほらこれこれ」
 ……そこには、昼休みに片面だけ刷った第5ユニットの束(260枚)が積んであった。よりによって、その手前側の一番目立つ所には、サインペンでぶっとく書いた、おそらく今号で一番誤解と早とちりを受けるであろうと予測されるネタ、【松本智津夫を釈放せよ!】が!!
 全てを察し、さーと血の気が引く俺。
 「あたしも、おたくはなじみのお客さんだから、まさかそんなワケはないだろうとは思ったけれど、いちおう、他のお客さんからそう言われた手前、確かめるしかないから、悪いけど他の印刷面も見せてもらったわよ。普段、お客さんが刷ったものなんかこっちは全然見てないんだけど」
 ううっ……ま、まぁ、別に見られて恥ずかしいモノを刷ってる覚えはありませんから別にいいですけど……。
 「それで、やっぱり違うって分かったけれど、もう、たーいへんだったんだからぁー」
 た、たしかにそりゃ一大事で……。(冷や汗)

 完全に艤装工作を怠った俺のミス。
 しかし、俺をオウム呼ばわりした客も、失礼といえば失礼である。ふつうコピー屋やコンビニでは、他人の原稿や他人が刷った紙をのぞき見することは紳士協定により禁じられている。言わば、銭湯で他人の股間をジロジロ見る奴は熱湯消毒されても文句が言えないのと同じだ。ましてや「あの人、ちんちんが3本生えてまーす」と番台に訴える銭湯客など、最低のそしりを受けて余りあろう。超ムカつくー。略して超ムカー。

 とりあえず、お騒がせしたせめてものおわびに、新刊にコピー屋の自主広告を載せることにする。我ながら律儀。

12月14日(火)
 夕方、TVKテレビ(テレビ神奈川)で『プルガサリ』を観る。
 TVスタジオで撮ったかのような小ぢんまりしたセットや、日本でいえば70年代初頭クラスの特撮(本編は1985年作品)などがほほえましい。
 お話自体も盛り沢山の「見せる」展開で、時間のわりにはたっぷり楽しめる。風刺的なオチも、なかなか悲しげで良い。
 鍛冶屋のおやじが牢で飢え死にするところや、反乱軍が山中に包囲されて馬をバラしたり木の皮まで食うシーンのリアルさなどは、さすが北朝鮮(笑)(←笑うなよ)。プルガサリまでひもじさのあまり動けなくなるのだ。ここまで「飢え」にこだわるか。飽食ニッポンの脚本家にゃまず思いつくまい。
 そういえば、弓術が名物の朝鮮のわりには、なぜ合戦シーンに刀と槍しか出てこないんだろう。そのかわり地対地ミサイル(たぶん黒色火薬使用)が出た時はひっくり返ったが。
 お城のミニチュアも、瓦の一枚一枚までかなり丁寧に作ってあって、それをプルガサリが豪快にたたき潰すと、瓦や瓦礫がどーんと吹っ飛ぶんだ。
 肝心のプルガサリの演技も最高。あのダイナミックにしてどこかユーモラスな仕草は、現地の役者にゃまずできまい。わざわざ着ぐるみ大国・日本から第一人者を呼び寄せた甲斐があったな。おお見よ、親指大からゴジラサイズ(合成レベルは『バトルフィーバーJ』並み)まで、全部着ぐるみというこの男らしさ! マペット操演なんて邪道! CGなどもってのほか! やっぱ怪獣は着ぐるみがグローバルスタンダードである!!
 いやはや、これは恐れ入った。『ファイティングマン』みたいなバカ特撮と思って観ると痛い目に遭うぞ。

 プルガサリパワーで第1&第2ユニット(p.1-16)、版下完成。

12月15日(水)
 第1・第2ユニット(p.1-16)、刷了。コピーのあまりのキレイさに涙あふるる思い。
 帰宅後、第4ユニット(p.25-32)版下完成。
12月16日(木)
 スポニチによると、昨日、イワオが契約更改交渉に臨み、3500万(700万増)の提示を保留とのこと。
 イワオとしては、記録以上に「松坂をボコボコにしてロッテへの注目度を上げた貢献」も評価してもらいたいらしく、次回交渉では松坂からホームランを打った試合のニュース等を編集したお手製のマッドビデオ(こらこら)を持ち込む予定とか。
 ……そのビデオ、裏ルートで流れないかなぁ……。
 でも、「数字に出ないロッテ注目への貢献度」といえば、外野応援団なんか1億もらっても足りないと思うんだが。マジで。

 そんな記事を読みつつ昼飯をあわただしく済ませ、第4ユニット(p.25-32)、刷了。
 帰宅後、最後まで残っていた「まえがき」「あとがき」計3ページを一気に書き上げ、第0(見返し+奥付ページ)&第6ユニット(p.41-48)版下完成。午前3時半、就寝。

12月17日(金)
 ナポレオンならぬ身に3時間睡眠はツラい。頭のあたりからタマシイが出かかってるような感覚。
 第6ユニット(p.41-48)およびまえがき・奥付頁、刷了。これにて本文印刷は完了。これから地獄の製本が始まる……。
 とりあえず刷了した本文用紙を1冊分ずつ組み合わせるところまでやって、今日はさっさと寝る。
12月18日(土)
 昼の12時起床。部屋がちらかりすぎて、大事な製本用ホチキスが見つからない。非常時ゆえ、追加予算を議会で承認、速攻で買いに行く。
 今までどこの大型文房具店を探しても見つからず、新宿マイシティの某店(Tooじゃない方)にしかないと思っていた、『大宗教学』製本用の装飾テープ「マイラップ」が、実は近所の小さい店で取り扱われていた事を発見。てことは、今後在庫がなくなったらココで調達もしくは注文すればいいんじゃん。やったぁ。コミケやコミティアのカタログも高田馬場で買えるようになったし、これでもはや俺にとって「新宿」の存在意義はロフトプラスワンしかなくなった。アレだって厳密に言えば「西武新宿」エリアだし。あ、あとはビックパソコン館もあるか。地元のラオックスが極めてマックユーザーに冷たい品揃えなもんで。……って何の話だったっけ。
 新ホチキスの調子すこぶる良く、「素体」130冊分組み立てる。あと50部も作れば冬コミにゃ十分コト足りるだろう。
12月19日(日)
 今日の『おジャ魔女』。時期が時期だけに、めっちゃ身につまされる話。ああ、コピー誌の製本も魔法でなんとかならんもんかのう……(爆)。それにしても、おんぷちゃんオイシすぎやん! 近年の東映戦隊シリーズ定番・「シリーズ中盤から登場し、戦隊がピンチになるとかけつけるクールな気まぐれ戦士」の法則をそのまんま踏襲してて、かっこいいの何の。男の子アニメなら、おんぷちゃんの成形色はきっとブラックだぞ。
 あと、今日の『デジモン』。「腐っても浦沢義雄」! そのへんの砂浜掘ればいくらでも出てくるようなモノで懐柔されるなよ>アノマロカリモン。

 クリスマスというわけで16時まで教会に詰め、帰ってから「素体」50冊分組み立て。それと「外殻」41冊分とりつけ。

12月20日(月)
 もしかしたら、最後の頼みの綱に送った召集礼状、【年賀郵便】の口に放り込んだ可能性、めっっちゃ高し。
 年明けてからクリスマスカードと共に届いた冬コミの入場券を受け取る彼の気持ちを想像すると、言葉も見つからない。もしくは郵便事故か。
 ……やっぱ最後の手段、最初の1時間は店閉めるか……。

 きのう有明で行われた「ジャンプフェスタ2000」で、また入場者締め出し騒ぎが起こったらしい。だから無料入場制はやめろって言ってんのに。
 8月の『遊☆戯☆王』イベントin東京ドームの戦訓が全く生かされていないのには呆れて物が言えない。集英社、こないだの東京ドームはコナミ主催だったってことで、すっかり他人事だと捉えていたんじゃなかろうか。そんなんじゃコロコロ(ポケモン)にゃ勝てんぞ。
 もう、東京ブックフェアより大きいイベントには参加すんなよ>集英社。治安のためにも。

 久々にCD屋に寄り、『MAHO堂のおジャ魔女クリスマスカーニバル』と、アル・ヤンコビック『エピソード12』を買う。
 『おジャ魔女』、季節企画ものとは言え、ちゃんと「おジャ魔女サウンド」になってるのは偉い。しかしつくづく、はづきっちの「地声」と歌声のギャップはネックである(笑)。誰が歌ってるのやらわからんぞ!
 『エピソード12』、あの「ライク・ア・サージャン」の訳詞が景山民夫と知り、しんみりしてしまう。

 そんなCDを流しながら「外殻」59冊分とりつけ。ペース遅いぞ、俺。

12月21日(火)
 「外殻」62冊分とりつけ。あと18冊だ。それと『第拾参號』の追加生産もしなきゃ。
12月22日(水)
 「なあぷるがキリスト教系出版社に『週刊聖書』を『乞う御高評』と送りつけている」との密偵情報。
 本につけられていた手紙(ワープロ打ち、コピー)を見ると、「週聖書」と誤変換してたり、「書評していただけましたら望外の幸いです。なお、書評する時は事前に御連絡ください」とかナニゲに態度でかいし(「オ●ム」と呼ばれないか心配なんだろうけどな)で、しばし笑かしてもらう。

 風邪。20時半、ばたんきゅうと床につく。明日は休日、フルタイムで製本するぞ。

12月23日(木)【ここまでは2000.01.30更新】
 8時半起床。久々に12時間も睡眠をとったおかげで、さすがに身体の調子がいい。
 さっそく「外殻」18冊分とりつけ、および『第拾参號』17冊完成。
 ウォーミングアップをすませたところで、いよいよ新刊の装丁デザインにとりかかる。今さらながら、本文中の五島勉ネタを表紙に使えばよかったと後悔。でも今ごろ悔やんでも仕方ない。とりあえず14時半、原稿出来上がり。
 版下用のコピーをとり、帰ってポストを覗くと、手紙が2通。1通は京都の盟友・ピエール瀧上先生から。もしてもう1通は、最後の頼みの綱・【アーティスツカンパニー】の飛沢先生から、オッケーのお返事。思わず膝をつく俺。「よかった……ちゃんと一般郵便の差出口に入れてたんだ……」。ともかくこれで最大の懸案は解決。飛沢先生なら、我らの店番には勿体無き人材。当日は粗相のないようにせねば。
 「恩に来ます!」のハガキを投函、その足でオフィスポートへ表紙の印刷に。コピーしまくり、帰るともう16時40分。夕食ののち、明日のキャンドルサーヴィスの練習のため、しばし作業中断し教会へ。
 弟のピアノの先生が、「ねーねー、こんな本知ってる?」と、妙にカラフルな装丁の本を見せてくれる。……『週刊聖書』だよオイ(爆)。「へー、こんな本があったんですかー、面白そー」とか言うのが常識的な社会人なんだろうが、著しく社交性に欠ける俺、すかさず「オ●ムの本ですね」と言ってしまう。さらに追い打ちをかけるように、たまたま持っていた別冊宝島『となりのオ●ム真理教』の「なあぷる」が紹介されているページも見せる。俺をビックリさせようとして持ってきた先生、かえって自分のほうがビックリ&ショック。ごめんなさい。
 21時半、作業再開。なぜか頭の中で『おジャ魔女CDくらぶ』の「10秒数えて」がグルグル回る。マジ魔法でなんとかしたいピンチ状態。俺のコスモよ奇跡を起こせ。
 かくして0時ちょっと過ぎ、『第拾四號』180部ロールアウト。……コミケ期間まで製本が食い込むとは。今回、本当にヤバかった。
 ついでに『第拾参號』ももう10冊完成させて、寝る。あとは明日の晩だ。
12月24日(金)
 午前中は仕事。そのまま半休をとり、12時の時報と同時に有明へゴー。
 途中でのんきにメシ食ったりしたためか、現地到着は思ったより遅く13時半過ぎに。回ってはみたものの、チェックしていた店が新刊出てなかったり、知り合いのスペースに本人いなかったりもう帰ってたりで、これといった収穫はなし。山野弓矢先生の新刊と、ロッテの園川引退記念本くらいかな。もともと今日は「野球」と「コサキン」だけ見に来たようなもんだから、特に期待はしていなかったが。それにしてもここ3、4年の「野球」ジャンルの凋落ぶりはトホホなものがある。
 さいごに()氏を訪ね情報交換ののち、14時半頃には早々と有明離脱。東地区のみの開催のおかげで、作戦時間むちゃくちゃ短し。国際展示場前駅で3日間有効の乗車券を明後日の分まで買い込んだのち、所沢へ向かう。
 17時半頃から教会で燭火礼拝の練習。19時より本番。声が本調子じゃないため、ソロで歌うところはベルカント唱法(いわゆるオペラっぽい発声)使って無理矢理声をしぼり出す。もっとナチュラルに声を出せればよかったのだが。個人的には不本意。『第九』のソロじゃないんだからさぁ。
 明後日の荷造りの下準備をして、早めに寝る。
12月25日(土)
 朝9時頃起床。荷造りをちょっとしたのち、ダラダラと有明へ。12時過ぎぐらいに到着。
 まずは「ポケモン」と「デジモン」のエリアを流す。今年初頭の「海山商事事件」のおかげで、ひところはコミケカタログの背表紙にも載ろうかという勢いだった「ポケモン」エリアの熱気はかなりチルアウトしきっている。あと、アニメのオレンジリーグ編がイマイチ燃え要素に欠けたのが痛かった。この1年で、ジャンルとしての盛りはとうに過ぎてしまった印象。先日やっと『金・銀』発売と、それに伴うアニメの新シリーズ突入(&タケシの戦列復帰)があったが、これでどこまで盛り返せるか。
 ひるがえって、任天堂の恐怖政治を厭い(笑)その「ポケモン」から亡命した政治難民が大挙押しかけた「デジモン」の盛り上がりは予想以上。ゲーム自体の魅力というよりも、ほぼ9割方アニメの人気にオンブにダッコなため、「進化のインフレ」状態になっているあのアニメがどこまで放映延長できるかが、このジャンルの寿命を決定するような気がする。俺はポケモン派だが、デジモンにも存分にがんばってもらいたい。とりあえずパルモンかわいいし。お台場でリリモンに進化した時の「どう? ミミ、あたち趣味悪い?」が俺のツボ直撃〜ん。ウィザーモンもかっこよすぎ〜すぐ死んじゃったけど。
 そうそう、テイルモン&ウィザーモンの、めちゃくちゃ出来のいい甘々本をゲット。ギャグも非常にテンポよく(熱烈愛猫家なヴァンデモンが最高!)、シリアスものも泣かせるし、久々に「こういうパロ同人誌を読みたかった!」と宣言したくなるような本と出会えた。一緒に売ってたポケモン本なども軒並み高品質。思わず知人への土産に2部買ってしまう。【さらねずみ】というサークルさんだが、今後忘れずにチェキることにしようぞ。

 あとは【啓文社】の「おジャ魔女」本を買い、滝季山影一先生のクリティカルヒットもののマンガで存分に悶絶し(これは実際に読んでもらいたい。すごすぎる!)、少年チャンピオン系の本を物色したのち、室戸ひかり氏の委託ブースへ。みごとに新刊が出ていた。俺よりハードな仕事してるはずなのによくまぁ。頭が下がる。柴田亜美系サークルは「ジバクくん」アニメ化のおかげで軒並み近年にない「特需」を記録しているとのこと。アニメになるとそんなに違うもんなのか。『大宗教学』なんかオ●ムがブレイクしようがおとなしかろうがほとんど売り上げに反映してないぞ。(とほほ)

 明日のために、14時半過ぎ有明離脱。明日のために、金成さん迎撃オフにも涙を呑んで参加せず17時頃帰宅。明日のために、荷造りを万端済ませてカートに縛りつけてメシ食って風呂入って20時半頃ベッドにもぐる。

12月26日(日)
 浅い眠りながらも、とにかく8時間横になっていたおかげで、4時半きっかりに清々しく目を覚ます。トーストをかじり、5時40分には荷物を持って出撃。体調良好、眠気全くなし。
 池袋駅で教会の知人一家とばったり出くわすゲゲゲな一幕もあったが、巨大な荷物に関しては言葉を濁し、なんとか誤摩化す。
 一昨日買っておいた往復乗車券でTWRにもすんなりアクセスし、7時半過ぎ、ビッグサイト前到着。

 前回、直接東地区から入場しようと道路に出て、交差点で何度もひっかかりヒドい目に遭った戦訓から、今日は道路を横断しない西ルートをとる。大正解。
 朝のまだ固い空気の中、物言わぬ開場待ち一般参加者の行列を尻目に、からころカートを引きながらビッグサイトへと歩みゆく。その清清しさに、ふとメンデルスゾーンの「無言歌集」の一節を口ずさんだりする。ああ、時間に余裕があるっていいなぁ。

 ブースに到着したのが8時前。きのう作っておいた「T-19b 最強神学者」「アーティスツカンパニー委託中」「JCOの大内久さん(35)はまだ生きています。世界の定説です。by.科学技術庁」の3枚のPOPを机の前に張り出す。
 左隣のお店に、『ミニコミ魂』で見た覚えのある『赤瀬川原平千円札裁判の記録』が並ぶ。なるほど、なぜ今回、ウチが【カダフィ企画】とブースが離れてしまったのか、ようやく合点が行った。『魂』に載ったおかげで、ウチは「ギャグサークル」ではなく「ミニコミ系サークル」として準備会に認識されてしまったらしい。まぁ、カダフィの隣ではとても飛沢先生をお招きできなかったし(こらこら)、結果的にオッケーではあるが、なんか詐欺でも働いたような気分。

 9時頃、【アーティスツカンパニー】の飛沢先生が見えたので、最敬礼で迎える。シカゴ旅行本と、タスマニアデビルの一筆箋を預かる。
 9時を過ぎたあたりから、左手の壁際ににわかに大行列が出現する。スタッフが懸命に撤収を呼びかけるものの、誰も聞く耳持っちゃいない。9時半ごろ、ついに小競り合い発生。怒鳴り声が飛び交い、野次馬が何だ何だとぞろぞろ集まっていく。つくづく、彼らをここまで駆り立てるモチベーションが理解できない。まとめ買いして「虎の穴」に売るにしても、財テク目的で同人誌買うならそのヒマと労力を使って道路工事のバイトでもしたほうがなんぼか金になるだろうし。個人的オカズ目的にしても、開場後にちょっと自分の足で探せば別に大手サークルの本じゃなくても十二分に使用に耐え得る本は山のように見つかるだろうし。どうせ買ったところで、10年前のようにモロ出し画像が載っているわけでもなし。コストパフォーマンス(費用対効果)だって、市販のエロマンガ雑誌に比べれば遥かに悪い。もはや彼らにとっては「大手サークルの限定本」という「記号」自体が目的となり、「その『記号』をゲットしなければ! このために俺達は半年も待ち続けたんだ!」、というある種の強迫観念につき動かされて、かような行列に走っているようにしか見えない。

 10時、開場とともに飛沢先生に店の全権とオヤツを委任、出たきり同人モードに突入。
 まずは近場の【滝季山影一国際騒動局】へ。フルカラー表紙の新刊なんて、滝季山さんの本じゃないみたい(無礼な)。いろいろお話をする。【WAR MACHINE】で眠田直先生の『MINDY POWER』をチェック。【サルヤマシスターズ】で猿山長七郎先生の新刊が一時販売停止をくらったとの怖い話を聞く。そこからだいぶ歩いて評論エリアへ(デンジャラス系創作と評論は隣同士にすべきだとつくづく思う)。【と学会】で唐沢俊一先生にご挨拶、学会誌合本と銀のと学会バッジ(正会員は金バッジ)を購入。【WAIWAIスタジオ】【ドリフト道場】などをぐるりと周り、東4-6ホールへ移動。
 【制服画報】へご挨拶に訪れるも、りちゃーど閣下とはまたも行き違い。でも新刊はしっかりゲット。男性向けエリアをざっと見たのち、毎回おしかける【団結小屋】へ。王猛烈先生は休日出勤でお休みだったが、わざわざ俺のために新刊を取り置きしておいてくれてて、かたじけなさに涙こぼるる。そんなこんなで、「1時間で戻る」と言っておきながら帰投は11時20分頃になってしまった。おるすばんの飛沢先生に平謝り。西まで行ってたら午前中には帰りつけなかっただろう。

 指揮権を譲り受け、店長に復帰。飛沢先生の持ってきてくれた熱いドリップコーヒー、お茶受けにカントリーマアムをかじりつつ優雅に店番。行列こそできないが、断続的にお客様が来てくれる。また、【カダフィ企画】の西田総帥、金成由美先生、けふりんさん、A/Kodamaさん、その他、掲示板のメンバーなどなど、関係者も続々と。ちゃんと応対できていただろうか。シェリー俺はうまく笑えているか? 俺の笑顔は卑屈じゃないか? 俺の全身の毛穴は醤油状のとろみのある液体を分泌していないか? とりあえず、店頭に貼った「定説」ギャグは道行く通行人にややウケの様子で、露出狂的喜びにうち震える。

 午後、『ミニコミ魂』にウチの紹介を載せてくれた田端ヒロアキ氏のブースへ挨拶に。「今回は『霊歌抄』ありますか?」ええもう、張り切って作らせていただきましたとも。ふと店先を見ると、なぜかあの、会田誠作品集『孤独な惑星』が積んである。商業出版物は基本的にNGのコミケで、なぜ!?「ええ、これ、私の会社で、私が編集したんで」。えっ!? 驚いて奥付を見る。ああっ本当だ!「編集 田端宏章」だって!! 気づかずに書店で買ってた俺。さすがだな、本業でもいい仕事してるんだ、田端氏。若い才能の活躍に、心から嫉妬させていただく(←おい)。俺ももう少しマトモな仕事しなきゃな。

 15時前ごろ、飛沢先生を最敬礼で送りだす。引き続き商売商売。
 最終的に頒布数は151。平凡な立地のわりには優秀なスコアである。
 在庫がほとんどハケたので、台車をショッパーに放り込み、段ボールも放棄して、かなり身軽になる。身軽ったって、でかい紙袋2袋に大きめの肩掛けカバンひとつぶら下げての大荷物なんだが。牽引車両がないぶん機動力はずっと高いが、全備重量がダイレクトに身体にかかるのは難儀である。
 夕暮れの有明を駅まで歩く道すがら、なぜかNHKドラマ『阿修羅のごとく』のテーマ(オスマントルコの行進曲)が頭の中をエンドレスで回る。勇ましくも物悲しい短調の旋律が、「長きにわたる戦で疲弊しきった末の凱旋」という今のシチュエーションにハマってなかなか良し。

 ふらふらと西武新宿まで辿り着き、駅のコインロッカーに荷物をぶち込み、と学会の打ち上げに合流。
 会員じゃない身には、なんだか昔の唐沢商会の本にあった、「カメの集会に参加するのだが自分だけカメの甲羅を背負った人間なのですごく肩身が狭い夢」のような心持ちである(いや、「バードウォッチャーの集会に参加した、人の皮をかぶった鳥」か?)。互いに顔を覚えている人といえば奥平広康氏ぐらい。うわ、はすむかいに座ってるいい男、藤倉珊さんだよ。俺様もうガチガチ。
 だが、何人もの会員さんたちが『大宗教学』を読んでいるとカムアウトしてくれて、もし小刀と三宝を持ってたら即刻辞世の句でも詠んで切腹して果てたかもしんないぐらい恐縮。『大宗教学』がどこまで裏の世界に浸透しているのやら、オフライン世界にはアクセスチェックやリンク検索もないので、想像もできぬ。……いや、それより、と学会員に広く読まれているって事は、もしかしてトンデモ物件扱い? 【霊感商事】みたいに。まぁそれでもあのくらいブレイクできれば結果オーライなんだが。
 宴半ば、ひえだ先生がご来場。『リバティ』12月号を拝領する。「がんばれ日本の原子力行政!」ってカラー特集に周囲の方々と共に爆笑。編集部、この記事書いてた時は、大内さんが死ぬなんて思っちゃいなかったんだろうねぇ。けけけ。いや、奴らにとって生と死はほぼ等価だし、作業員の一人や二人被曝死したところで屁でもないんだろう。「死後の世界」を志向するのは悪い事じゃないけど、その来世志向が過ぎると、オウムのように「死の意味」「命の重さ」すら軽視してしまう。奴らの思考回路は、そのいい例である。さればこそ「景山民夫・あの世からのメッセージ」なんて死者を冒涜するような記事が平気で書けるわけだが。
 なお、料理めちゃめちゃ旨し。唐沢先生、つくづく美味しい店ばかり知っている。HPの日記にも料理の話が毎日克明に記録されているし。美食に興味のない俺も、学ぶべきかもしれない。
 2次会はコマ劇場前のお好み焼き屋さん。ここも隠れた名店。開田あや先生の焼くもんじゃを、ソルボンヌ先生と戴く。金成先生の縫った衣装を着てあや先生にメイクしてもらってたリビドー鈴之助さんほどではないが、まこと光栄の一語。あや先生、めちゃくちゃ焼き方が上手い。そうか、もんじゃってこうやって食うものだったのか。10年前、大学の友人の指導の元に月島で食ったもんじゃとはだいぶシステムが違うぞ。伝統的食文化に疎い自分を内心恥じる。
 3次会のカラオケにまでのこのこついて行くが、途中で電車が休日ダイヤな事を思い出し、無礼にも一曲も歌わず中座することに。
 精も根も尽き果て、午前様で帰宅。

12月27日(月)
 魂の抜け殻状態。やっぱりコミケ明けに仕事があるのはツラすぎる。でも休めないし。
 朝からなんだか咳っぽい。しまった、きのう帰ってからウガイをしなかったのがアレか?
 なんかイヤな予感をはらみつつ一日が終わる。
12月28日(火)
 いよいよ本格的にカゼだ。朝9時半、37度6分。昼13時、38度4分。半死半生で残務整理をし、14時前に退社。
 幸い食欲はあるので、昼食に「ティーヌン」でタイラーメン(バーミーナーム)をすすり、薬を飲む。いつもはナンプラーの風味が効いてておいしいバーミーナームにぜんぜん味がせず、ゾッとする。味覚がイカレてきたか。
 どうでもいいけど、入り口近くに劇団か何かのポスターが貼ってあって、その図柄が結構イイ。ツナギみたいな服着てポーズ取った、少年マンガ風の黒目がちなおんなのこ。こういう、ペンで描いたというよりはステンシルで塗ったかのような思いきりのいい太い線を使って、ちょいちょいと達者なタッチで描かれた絵に、昔から妙に弱いんだ。残念ながら、作者の名前まで探す余裕はなかった。来年まで貼ってあるかな。
 特急券を買い、所沢まで座って帰る。駅前で栄養ドリンクをまとめ買いし、バスで帰宅。そのままベッドに倒れ込む。
12月29日(水)
 そういうわけで上祐出所特番も観ずに寝まくる。カゼにんげんだもの。みとぅを。

 ドズル・ザビのモデルって、絶対ハマコーだよな。国会バリケード事件ってちょうど1979年だったし。てことは浜田マキ子がミネバ様?(家族じゃねぇよ)

 「ヘドバとダビデ」のヘドバじゃない方ってパリにいたのね。「君が〜〜し〜い〜」って、すっかり「H」が発音できなくなってるダビデに、フランス滞在の長さを思う。ヘドバのことも「えどば」と呼んでいるんだろうな。

12月30日(木)
 録画していた26日朝の『おジャ魔女』をやっと観る。マジョリカとマジョルカが妙に仲いいし、マジシャン渡部くんのアクシデントもバッドカードがらみじゃなかったし、何より女王さまがまるで別人(笑)。女王さまのボケなんざ空前にして絶後だろう。今週のは異色作だね。脚本の人も見なれない名前だし。でも面白かったのでよし。

 そりゃこんだけ騒げば流産もするわな、雅子さま。「尿」「尿」って、でじこの語尾じゃねぇんだからにょ。

12月31日(金)【ここまでは2000.02.12更新、02.19修正】
 まだ、起き抜けは体中がジクジクと痛む。こりゃ冗談抜きで寝正月になるぞ。
 何をするでもなくダラダラと布団の中で過ごす大晦日。
 午後ちょっと起きて、パソコン内のデータをMOにたたき込み、ささやかなバックアップ。

 22時(明石標準時)、オーストラリア東部が2000年を迎える。とたんに電気もガスも水道も止まり、車はぶつかる飛行機は墜ちるコンビナートは大爆発……なんてぇ阿鼻叫喚の地獄絵図が始まるかと思いきや、シドニーの映像を見るかぎり、人々はまるで平和にカウントダウンの狂乱を楽しんでいる。こりゃ、日本も別に何も起こらないだろうて。
 だからと言って、いま現在、休日返上で各地の職場に待機している2000年問題対策要員のみなさまの苦労を「エエイッッ無駄無駄無駄ァァァッッ!!」とあざ笑う気持ちはカケラほどもない。予想しうるかぎり最悪の事態を予想し、しかもそれが「起こる」という前提で、起こっても十分対処できる態勢をとっておく、それが「危機管理」である。自宅にカギを掛けて、結局空き巣が入らなかったからといって「カギ掛ける労力がムダになった」とは誰も言うまい。カギにとっては若干物足りないかもしれないが、そういうものである。来年早々、「騒ぎ過ぎ」って記事がぼこぼこ出てくるんだろうが、俺はそういう浅薄な論調には与しない。
 というわけでもうすぐ2000年。ねんのためパソコンはシステム終了させとくことにする。
 ああ、できれば健康体で迎えたかったなぁ。2000年。

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