2000年1月の開設者うらみ日記


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1月1日(土)
 ANNO DOMINI 2000 01/01 00:00.00(明石標準時)、無事通過。海外のバカ騒ぎに比して日本のカウントダウンイベントが盛り上がらなかったのは、2000年問題に怯えてそれどころじゃなかったせいか、はたまた雅子さま流産を受けた「自粛」か? まーなんにせよ大した混乱が起きなかったのは結構なことである。てなわけで安心して寝る。

 8時半いったん起きる。雑煮食って栄養剤と薬を飲んで、また床につく。

 なぜか、「結婚式当日の夢」を見る(現実にそんな予定はないのに)。これが妙にリアルで、家の間取りや人物設定も、相手の素性もよく知っている(これはあくまでも夢の中でのハナシ。俺の夢ワールドには、現実とは全く別の家族や交友関係が存在する。前世の記憶か何かか?)。しかし、俺はじめ登場人物全員いやにノンビリ構えていて、時間は午前10時か11時頃、あと数時間で挙式だってのに何の準備もしていない。俺も内心「いいのかな〜」と思いつつも、礼服着るだけ着て、ノンビリ窓の外に広がる青空をながめている。はっと気がつくと、現実にパジャマ姿で布団にもぐり込んでいる俺。しばらく、どっちが夢なのか瞭然とせず呆然。もしかして、これが初夢?(ちがう)

 『大宗教学』通販の処理をしていて、『第拾参號』から奥付に住所を入れるのを忘れていた事が判明。まずいな、これじゃますますただの怪文書だぞ。
 夕刻、ポケモンスペシャルを観る。「ピカチュウのもり」で泣かされるのはこれが7回めぐらいか。『金・銀』でピチュウが登場し、設定的にはホゴにされちまいそうなお話になってしまったが(特に子ピカチュウの存在)、それでもなおかつ名作である事に変わりはなし。
 夜、テレビ東京のプロ野球対抗クイズを観る。やっぱ巨人ゆるすまじ。
 イワオ、某・禁断のペットを育てていることが判明(ついでにシンガポール航空チケット、カシミアコート、エルメスのバッグ、音楽ギフト券もゲット)。いったいぜんたい禁断のペットとどんな禁断の会話をしてるんだろうイワオ。本人のキャラがシーマンとだいぶカブるだけに興味は尽きまじ。ああっ、盗聴してみてぇなぁ……などと新年早々インターネットでストーカー宣言するか、俺。ほんとにイワオ邸から盗聴機が出てきたら真っ先に任意同行求められそう。
 初夢はイワオの顔したシーマンが出てきたりして。それもまた良し。

 今年の抱負:それどころではない。

1月2日(日)
 お、朝起きても身体が痛くない。2年越しの流感もやっとこさおさまってくれた。
 でも大事をとって外出はせず。

 『おジャ魔女』観る。新年早々時間帯移動もなく『おジャ魔女』放映するとはすごいなテレ朝。本日の見どころは、髪結んだあいちゃんのスカート姿に尽きる。それと、CMでついにヴェールを脱いだ『おジャ魔女どれみ#(シャープ)』。1イニングだけのリリーフのつもりで登板させたドラ1新人がバッタバッタと三球三振の山を築いちゃって急きょ続投が決まったようなもんで。放映延長が決まったのはめでたいが、この新展開が吉と出るか凶と出るか。もちろん、吉と出ればラッキー、凶と出れば当初の予定通り『セラムン』でもおっぱじめる構えであろう、製作側としては。そしてファンとしてはドキドキしながら待つしかなし。

 縦に長くなりすぎたトップページを少し整備し、「リンク集」に詰めにくい氏のページ等を入れる。

1月3日(月)
 やっと身体が無理なく動くようになった。
 昼は昼で、一週間遅れの大掃除。
 夜は夜で、替え歌ページを一部改装。
 深夜は深夜で、伊集院光にしてやられる。そこまでするか、ラジオとは言えTBSで。
1月4日(火)
 年末年始休みもあと1日。今オフこそは何年かぶりに年賀状を書けると思ったのだが、不摂生がたたり、結局は正真正銘の寝正月に終わってしまった。無念の極み。
1月5日(水)
 早稲田のハト屋敷が焼失してて、朝っぱらからびっくり仰天。
 こういう日にかぎってカメラを持ち歩いてなかったりするんだ。残念。
 昼食時に前を通ってみる。3階建てのハト屋敷は見事に焼け落ちており、黒焦げになった四隅の柱とガレキの山が残るのみ。屋敷を凹字型に囲むようなパチンコ屋の構造が、初めてはっきりと分かる。
 屋敷跡の前には東京消防庁の黄色いテープがぐるりと張ってあり、中には現場検証する人たちとTV局のカメラクルーがうごめいている。
 鉄筋造りのパチンコ屋は、ぱっと見、たいした被害を受けてなさそうだが、窓の中をよく見ると、内部はかなり延焼している。そうか、燃えるハト屋敷の三方をぐるりと囲んで、ちょうどキャンプのカマドみたいな形になっちゃったんだ。これで屋上に巨大な鉄板でも置けば世界最大のバーベキューだね(ただし具は鳩肉のみ)。こりゃ、パチンコ屋は犯人じゃねぇな。
 周囲の電線には、ランチを食いそびれて呆然とするハトたちがびっしり。この冬の最中にエサ場を失って、これからどうするんだろう、こいつら。絶滅なんかしたら、高田馬場近辺のホームレスのおっさんたちは今後どうやってタンパク源を入手するのか。はたまた、極度の飢えから狂暴化して附近住民や早大生を襲ったりしないかな(ヒッチコック)。ううむ、新宿区の生態系はいったいどうなるのだ。由々しき環境問題なり。
1月6日(木)
 北八王子へ出張。
 さすが横田基地の近所、はじめてEA-6プラウラーの実機が飛んでるところを目撃。実戦中じゃないので翼下パイロンにECM装備はついてなかった。しかし、かなりの低空飛行で、あまりのデカさに最初一瞬輸送機か何かかと思ってしまった。数分後にもっっとデカいC-130が降りてきたのでやっと感覚がつかめたが。
1月7日(金)
 昨日と同じ所へ出張。
 大学時代の友人の実家から50mほどの所にあるラーメン屋で昼食。周囲を工場に囲まれているだけに、めっちゃ大盛り。ライスつけなくて本当によかった。友人宅を訪問するヒマはなし。もっともアポなしで訪問したって迷惑なだけだし。
1月8日(土)
 日中はページの更新。
 夜、合唱の新年会で新所沢駅東口前のビアレストラン「樹里家」へ。基本はドイツだがイタリアンも混ざっている、EUの理念を先取りしたような品揃えがイイ。マグロのカルパッチョが絶品。予算の都合上ドイツワインがいただけなかったのは残念。

 昨日のフジTV『しらばかっ!』に、あの『ふざ専』の石原理紗が出演し、あんのじょう暴言連発、番組掲示板が大騒ぎになっているとの報。なんであんなの全国ネットのTVに出すかなぁ。

1月9日(日)
 今日の『おジャ魔女』。どんどんいい奴になっていくおんぷちゃん。来週はさらにおんぷフィーチャーの模様。人情話はあいちゃんの専売特許だったはずなのに……(笑)。
 今日の『デジモン』。いつも以上にイケイケで人非人な太一はともかく、ヤマトのふぬけ三昧はさらに輪をかけて異常。そこらの「タケル×ヤマト」同人誌のメロメロブラコンヤマトだってもう少し凛々しいぞ。

 そうか、山田邦子も「不倫愛」の末の結婚だったのか。
 いつから略奪結婚がこんなに祝福されるようになったんだろうね。普通ならもっとボロクソ言われてしかるべきなんじゃないのか? 違うか? 俺の言ってる事、おかしい?
 どうも、俺は古いタイプの人間らしい。他人の配偶者やステディを略奪するという感覚がどうしても受け入れられないんだ。他人から奪うのも嫌いなら、他人に奪われるのはもっと嫌い。マツモトキヨシのCMの「何でも欲しがる」女みたいな奴が身近にいて、なおかつ俺に殺人および火器の使用が許可されていたら、即刻射殺する。
 「友達の彼氏(彼女)を好きになった事がないからそんなえらそうな事が言えるんだ」とか、恋愛経験値の無駄に高い皆様は言うかもしれない。
 もちろん俺も、「好きになる」事それ自体を否定する気はない。
 しかし申し訳ないが、正当な理由なしに、「こんなに好きなんだから」というその想いの強さのみを免罪符として「略奪愛」を実行するのは、ケダモノの所行だと、俺は認識している。メスを取り合ってケンカする昆虫と同レベルである。ケダモノならば、競争力のあるアクティヴ&アグレッシヴな個体同士が子孫を残し、相手を奪われるような競争力のない個体が淘汰されるのは、種の保存上も都合のいい、自然の摂理である。だが、なにも人間様がケダモノのマネをする事はあるまい。自由競争などア●リカ人にでもまかせとけばよろしい。
 「罪を憎んで人を憎まず」とはよく言う。しかるに、罪すらも憎めない過剰な寛容は、いつか人類を滅ぼす。ヒトラーの駄ボラを信じてチェコ併合を見逃し第二次世界大戦を招いたチェンバレン英首相から、「個性尊重」の美名のもとに学級崩壊ガキを育てた放任親まで、「寛容の恐ろしさを意識しない寛容」が歴史上何をもたらしてきたか。かような愚は、できることなら今世紀で最後にしたいもんだが。もう無理か?

 「しらばかっ!」掲示板、かつて話題になった「息子虐待BBS」を思わせる爆発ぶり。番組製作者側のウハウハ顔が目に浮かぶようである。
 暴言バカをTV出演させて視聴者の関心を惹くってのは『ウォンテッド』『愛する二人別れる二人』以来のフジ系の伝統芸だが、ヤラセ問題で打ち切られた上記2番組とちがって、リサタンの場合は仕込みなし・正真正銘天然素材のアレだ。これなら視聴者もオッケーだね。やれやれ。

1月10日(月)【ここまでは2000.02.19更新】
 当HP開設1周年。なんだかんだ言ってこの1年で、アクセスカウンタは38000回も回ってくれた。数字や統計に惑わされるのは愚民の悲しい習性だが、俺も愚民なので単純に嬉しい。
 以前、オヤジ向け雑誌に載ってたネットアイドルの記事に「1日あたり100アクセスがネットアイドルのボーダーライン」と書いてあったような覚えがある。単純計算すればウチも立派なアイドルか。もちろん、日毎のアクセス数は年間一定だったわけじゃない。振り返れば、開設したての頃は1日10カウントもいかず、大嘘百貨店さんにリンクしてもらってから飛躍的にアクセスが伸びたんだよな。誠にかたじけない。現在は平日で1日200前後、休日はちょっと落ちるかなってとこだ。
 ほんとに、特にエッチな画像が日々更新されているわけでもないのに定期的にアクセスしてくれている皆様には、感謝のことばもなし。
 そんなわけで、1周年記念事業として、トップページの壁紙を6年藤組の川村くみちゃんの絵にしてみる。って実は、大きな声では言えんが、新田五郎氏のページにあった『エイリアン9』評に感動して、つい描いて壁紙に加工したところで「あ、そう言えば今日って1周年じゃん」と思い出し、記念事業としてこじつけただけ。ひでぇなぁ。適当にもほどがある。

 日テレの夕方のニュースで、「ポケモン」人気過熱の尊い犠牲となったアメリカの子供たちのことをやってた。
 7歳の少年が、ポケモン人形が中に入ったスーパーボールを、中の人形が欲しくて噛み切ろうとして飲み込んで喉を詰まらせて窒息死したという。
 親は「『対象年齢3歳以上』となっていたが、うちの子は7歳だった。対象年齢を低く設定し過ぎていた企業の責任は重大だ」とか言ってた。
 でも、それって逆に、おまえの子供の常識判断能力が3歳児並みだったってだけの事じゃないのか? 全世界にてめぇの子供のノータリンさ加減を宣伝してどうする。さっきのアクセスカウントじゃないけど、単純計算して、知能指数約43(=3÷7×100)ってところか。ソチラの言葉だとモロンとかイディオットとか言うんだっけ?
 ファストフードのおまけのフタを飲み込んで死んだ1歳女児のほうはまぁ気の毒だけどな。それだって、全品回収するような事かぁ? いくら銃の暴発で子供が死んでも銃は回収されないのに。
 どうやらアメリカでは、銃よりもポケモンのほうが危険な兵器として認定されているらしい。ある意味、正しい認識かも知れんが。

 やっぱり「成人の日」は15日じゃないとシマらねぇなぁ。

1月11日(火)
 先日『ユダヤ陰謀説の正体』(ちくま新書)のブックガイドを書いた掲載誌が、手元に届く。
 ネコかぶりまくりの文章で、おまけに無記名だから、誰も俺の文章だとは分かるまいて。探してもムダよ。
 原稿料はゼロ。今まで何か書いて現金・有価証券類をいただいた経験など、高校の作文コンクールで佳作にひっかかった時と、大学受かったのをどこから聞きつけたか「合格体験記を送ってくれ」と手紙をよこしてきた進研ゼミに絶対他人には参考にならない体験記を書いて送った時しかない。なお、いずれも図書券だ。
 昔から、謝礼が何も出ない「ファンロード」にばかり投稿したり、TBSラジオの某番組でハガキが読まれたのに結局ノベルティーが届かなかったり、つくづく俺って「筆が金にならない」星の元に生まれたような気がする。まぁ出版氷河期の現在、筆で食おうってぇ野望はないがな。そもそも書くスピードがめちゃくちゃ遅いわ、文章力だってこの程度だわ、視神経が弱くて長時間モニタを見てられないわの三重苦を背負ってちゃ、ゴハンが食べられる食べられない以前の問題である。リストラされない程度にまじめにサラリーマンやってくのが、一番ラクな道だわな。へへへ。(ヘタレフィールド全開)

 さいきんオンエアしているTBCのキムタクアニメ(?)CMを見るたびに思う。
 なんで、鼻がデカくて唇あつぼったいキャラに惹かれる女性って多いんだろう、と。
 こういうカオの造型してて女性に人気のキャラで有名なのが、こないだ刑期終えて横浜に居座っているあの人。彼も、熱狂的女性ファンが多いわりに男性からはソッポ向かれてるよな。
 以前、『薔薇族』のオウム特集号に、かの氏を評して「あのデカ鼻ダボ唇のどこがいいのよ」という記事が載っていたが、ホモならぬ俺も同感である。ちなみにオウムキャラで当時ホモの絶大な支持を受けていたのがミラレパ新實(精悍な体育会系)やティローパ早川(おじさま)だったというのは、至極わかりやすかった。

 かようなデータを見ても、やはり男と女の間には暗くて深い感性の断絶があると、しみじみ感じる。

 「感性の断絶」といえば、先日どこかで、女性同人作家の発言だが、「男性向け同人誌は、一冊の本に様々なアニメのパロディが載っていてすごく変」というオピニオンを読んで、なるほどと思った。
 たしかに俺のささやかな同人歴においても、一冊のやおい本にキャプ翼も星矢もシュラトも一緒に載っているような無節操な本って見たことないな。書店に出回るアンソロジーだってみんな翼なら翼で一冊統一されてるし。(アレは複数のマンガのパロ載せると版権借りるのがめんどくさいという事情もあるんだろうが。)
 だが一方、男性オタクから見ると、同じジャンルの島に「ハードやおい」と「健全本」が混在・共存していることの方が奇妙に見えるだろう。元ネタが同じなら、たとえば「HUNTER×HUNTER」エリアなら、レオリオとクラピカのいいカンジの甘々本が売られている横で、ゴンがヒソカの「念」でイロイロ責められちゃうハードなエロ本が積んであったりする。
 男性主体ジャンルの場合、もし、真面目な「ファンファンファーマシー」研究本を出しているブースの隣で、暴走した精霊たちにぽぷりがいろいろとエッチな事をされたりにこにこ銀座のおじさんたちにマワされたりする本でも売ろうもんなら、ブロックノートと一緒に毒クッキーか時限爆弾でもよこされかねない。中小イベントでは仕方なく隣同士になってるところもあるけどさ。
 たぶん、男性の「エロ」は「エロ」という一つのジャンルだが、女性の「やおい」は一つのジャンルとして認識されていない(コミケに「男性向け」はあっても「女性向け」というジャンルはない)という事情もあるのかも知れない。
 男性は「エロ」というジャンルを一次的アイデンティティとして保持しているため、その元になるアニメやマンガのジャンルに対する意識は二次的な問題になるのであろう。
 しかし女性の場合、たとえ同じジャンプ系やおいでもジャンルが「封神演技」「HUNTER×HUNTER」「シャーマンキング」等々と細分化されている。さらに各ジャンルは、「エロか健全か」ではなく、誰と誰がイチャイチャするかという「カップリング」で区分けされる。
 男性のジャンル間憎悪は「エロか健全か」の差で起こる。それを端的に示した例が、1998年冬コミの火炎瓶男だ。
 一方、女性のジャンル間憎悪は「カップリングの相違」で起こる。同じペアでも、どっちが受か攻かの差で深刻な宗教戦争が起こる。「SLAM DUNK」の「流×花」vs「花×流」の争いはもはや伝説(都市伝説?)となっている。
 セラムンやゲーム系ジャンルの興隆により、「男性ジャンル」と「女性ジャンル」との境界は徐々に崩壊していると言われて久しいが、なんのなんの。同人男と同人女、やはり根の部分では決定的な相違点がある。
 そのへんの「間合い」を意識せず、大学の仲良しグループみたいなノリでいい気になって「うわべだけのボーダーレス」を楽しんでいると、いつかイタいしっぺ返しを食らうことになるかもしれん。ゆめゆめ気をつけることだ>ボーダーレス化が進むジャンルの諸君。
 ……自戒を込めて。(←最近何かあったらしい)

1月12日(水)
 「SAPIO」の核武装特集に兵頭二十八氏(軍学者)が寄稿。そうそう、この問題で兵頭先生を使わずしてどうする。
 さらに「新ゴー宣」が、反中国・反朝日キャンペーンの一環ではあるが、やっと「チベット侵略」を本腰入れて取り上げる。遅きに失した感。「中国の横暴」を訴えるなら、なぜもっと早くこの「チベットカード」を使わなかったのか、不思議でならない。まぁ、この件では久々に「新ゴー宣」を支持したい。
 もちろん俺は、「南京大虐殺」はあったと判定しているが、同時に、「中国のチベット人虐殺・民族浄化」も事実と判定している。こういう問題は、どちらか一方だけが100%ウソデタラメを言っててもう一方の言い分はことごとく真実、ってもんじゃないからな。「虐殺なかった」論者もメチャクチャ言ってるんだし、中国の方だって「南京大虐殺」を自分らのやってる現在進行形の「大虐殺」の隠れ蓑に利用するため相当なフレームアップをしているんだ、実際に。
 昔の『大宗教学』にも書いたが、チベット侵略とは、とどのつまり「元いじめられっ子が別の学校でいじめっ子になった」だけの話で。いじめっ子が元々ひどいいじめを受けていたからと言って、現在進行形のいじめ行為が免罪されるか、と言えば決してそんな事は許されないだろう。簡単な話だ。虐げられる者・弱い者の辛さを知っているはずの中国が、同じ虐げられる者・弱い者に共感するどころか、逆にさらなる「いじめ」の再生産に走る構図は、見ていてまことに嘆かわしい。というか情けない。
 ただまぁ、正確に言えば、中国は決して「気の毒ないじめられっ子」なんかではないんだな。漢民族は歴史上圧倒的に「いじめっ子」の役回りをプレイしてきた。「いじめられっ子」になったことなど、それこそモンゴル(元)の台頭、女真族(清)の支配期、そして日中戦争の期間ぐらいのもんだ。日本の侵略に対してかように過激に反応し、教科書の内容にまで口を出すのは、東夷ごときちっぽけな蛮族の国に攻め込まれて重慶まで押しまくられたのが、よほどの屈辱だったからだろうな(その「野蛮人に支配された屈辱」感情は韓国も同様だと思う)。
 だから、実はチベット侵略こそ、中国人の本質的キャラクターに合致した本来の行動なわけで。共産党だけじゃない、大陸を追い出された国民党だって台湾の先住民族をどんだけ搾取したか。ナントカは死んでも治らない。

 ナントカは死んでも治らないと言えば、「しらばかっ!」掲示板。リサタンのお友達軍団による荒らし(決め打ち)の結果、ついに過去ログ全て削除。今後は検閲制になるらしい。……と思ったら、たちまちサービス停止。ああ、ヘタレの極みここにあり。

1月13日(木)
 昼休み、ハトじじいがハト屋敷跡で小さいピッケルをふるいながら発掘作業してるのを目撃。
 通りがかる人たちが、みなハト屋敷を見て行くのが面白い。ついこないだまで、通行人たちは誰もハト屋敷など目もくれず、ただ頭上からハトの糞が落ちてこないか対空警戒にのみ神経を払っていたもんだが。
 焼ける前のハト屋敷は、ワイドショーでしか見ていない人たちにとっちゃあ立派な「非日常」だったろう。以前、早稲田古本街でオフ会をした時も、遠方からの参加者はみんなハト屋敷の写真を嬉々としてデジカメに収めていた。だが、西早稲田を生活の場とする人々にとっては、すでにハト屋敷は「非日常」ではなく、迷惑千万な「日常」……ゴミ捨て場に群がるカラスとか、コンビニ前にたむろして奇声を発するガキどものような、「日常的な迷惑風景」となっていた。
 その「日常」に埋没していたハト屋敷が、今回の全焼でふたたび「非日常性」を取り戻したように思う。
 だがこの焼け跡も、いつのまにか「日常」になってしまうと思うと、世の無常を感じずにはいられない。
 もちろんハトじじい本人にとっては、全てが厳然たる「日常」なんだけどな。

 南北戦争研究家・りちゃーど閣下に、新紀元社刊『陥落・攻城戦』を送る。門外漢の俺が死蔵するよりは、有意義に利用できる者の管理下に置かれてこそ、資料も生きるというものである。

1月14日(金)
 久々に書店へ。ロッテ50年史、『ベースボールデータブック2000』といった野球系資料とともに、コサキン本『クスノ』(まだ買ってなかったんだと)と、「SPA!」に連載してるマンガ『リスペクター』を買う。
 『リスペクター』、ひどすぎ(←もちろんほめ言葉)。ニフのFCOMEDYS「裏モノ会議室」や「浪速つっこみ隊」の世界をそのままマンガにしてくれたようなトリビアルさと意地悪さがなんともイイ。もちろん、『大宗教学』なんて作ってる俺が、この手の芸風を嫌いなハズがなかろう。面白い。爆笑問題よりはアリと認定する。願わくば、変な圧力がかからぬように。

 『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』か。
 『食人族』の時代にインターネットがあればなぁ。
 逆を言えば、インターネットがなければ、『ブレア…』も『食人族』程度のカルト映画に収まっていただろう。
 「星の巡り合わせ」ってやつだけは、どんな優秀なクリエイターでもどうにもならぬ。

1月15日(土)
 11時過ぎ起床。しばらく日記の更新にチャレンジしてみたが、15時半ごろ頭痛発生、寝る。

 「モーニング娘。」も「プッチモニ」も、とりあえず俺はオッケーだと思う。
 ああいう、とことん頭のネジをゆるめた音楽も、存在していいと思う。
 自分じゃゴリゴリのメッセージソングを歌ってるつもりで見事に空回りするのに比べれば、まだ美しいと思う。(ウォッチングするには「空回りメッセージソング」のほうが圧倒的に面白いんだけどな。)
 それにつけても、仕事とは言え、あんなあほな歌ばかり歌わされるモー娘、たいへんだよなぁ。次は誰が脱退するんだろうか。人間の尊厳を賭けて。

1月16日(日)
 夜中の3時頃、急に吐き気と下痢に襲われる。そのまままんじりともできずに朝を迎える。
 もう、体中の関節がミシミシ音立ててるんじゃないかと思うほど痛い。体内に無数の人間がいて、そいつらが各々勝手にうごめくのを全く制御できないような感覚。
 冗談抜きで一日中、眠るかウーウーうめくかのどっちかに終始する。
1月17日(月)
 昨晩飲んだ解熱剤が効いて、身体の痛みはなくなった。が、大事をとって全休をとる。
 屁が異様に臭くて、泣きたくなる。

 夕方、もそもそと起き出す。
 朝刊のTV欄を見ると、オウムがなにやら今日「重大発表」をかます(かました?)らしく、民放夕方のニュースの惹句にはすべて「オウム解散か?」「速報!重大記者会見」などの文字が踊っている。
 が、夕刊の同欄を見ると、オウムのオの字もない。
 ……また騙されたな、民放各局……。

 金成由美先生から、ピカチュウの着ぐるみをまとった子供のお人形をいただく。や〜んかわいい〜っっ!

1月18日(火)
 カステラをポカリスエットでちょろちょろ胃袋に流し込み、出勤。

 昼、焼失ハト屋敷前の交差点で、ハトが轢かれてた。
 屋敷健在なりし頃は、一度も見かけなかったハトの轢死体。てゆうか、こんなの見たの、我が生涯初の体験である。
 たぶん、帰巣本能で屋敷まで来てはみたものの焼け跡にエサはなく、空きっ腹を抱えて地上に舞い降り食えそうなものを一心不乱に突っついているうちに轢き殺されちゃったんだろう。哀れの一言に尽きる。

 なんとなく中古CD屋に寄り、なんとなくrumania montevideoのシングルと李博士のアルバムを購入。

 オウムが「アレフ」と改名。
 で、「びっくりドンキー」の親会社「アレフ」が大迷惑だってさ。
 いっそ新アレフも「びっくりソンシー」ってハンバーグ屋チェーンでも作れば、もっとややこしくなってグッド。んでこっちは本物のミミズ使うの。よけい話がややこしくなるぞ。

1月19日(水)
 朝、カステラ2切れ、オレンジジュースコップ1杯、ポカリスエット小ジョッキ1杯。
 昼、「志の原」の味噌煮込みうどん。久々のまともな食事だったが、残らず食えた。ただ、胃袋が小さくなっているらしく、ゲップが出る出る。

 先週、雑誌の書評コーナー用に献呈をお願いした本が、版元さんから届く。本体8,500円もする大きな本。もちろんロハでもらったんだが、なんかすごく悪いことをした気分になる。
 かねてから、書評用書籍をタダでもらうことに罪悪感を抱いていた俺。ためしに営業の広告担当に、俺が作ってる雑誌の広告料を聞いてみる。罪悪感が一気に消える(笑)。そうだよな、8,500円で全面広告が載ると思えば安いもんだ。道理で先方さんも喜んで佐川急便で送ってくれるはずだ。
 世の中、そうやって動いているもんなんだよね。

 【一言書評】
 エルンスト・クレー『第三帝国と安楽死』(批評社、1999年)

 自分もキチ●イのくせにキチ●イ抹殺しようたぁ
 図々しい野郎だヒトラーも(爆)

 昨日買ったrumania montevideoの『恋するベティー』を聴く。……うーん、こないだラジオで聴いたのとだいぶ印象が違う。深夜のAM放送で聴いた時は妙にハマったんだが、CDのクリアな音で聴くと、サウンドのウスっぺらさまでがクリアに聴こえてしまう。オールディーズクサさを狙った楽曲だけに、いっそわざと中古LP盤みたいなノイズを入れてみればよかったかも(写真で言えばソフトフォーカスみたいなもんだね)。そこまで徹底した演出を効かせるか、さもなければ、もっとミキシング凝ってくれ。ベースライン聴かせる部分でもドラムがでかすぎるし。「チープさの演出」と「本当にチープ」とは大違いである。せっかく楽曲自体はカラオケで歌いたくなるほどいいんだから。
 ポンチャックのほうは、バカな書き物をする時のBGMにぴったり。筆が乗る乗る。この感覚は、アル・ヤンコビックのポルカメドレーにかなり近いものがある。

1月20日(木)【ここまでは2000.02.22更新】
 「天下一品」高田馬場店の窓際のカウンターでこってりラーメンを食いつつ、ふと目の前の歩道を見下ろすと、一羽のハトが必死にアスファルトをつついていた。
 なんか、飢餓でやせ細った子供を前にゴチソウをぱくついているような、すっげーいたたまれねぇ感覚に陥る。
 職場へ帰る途中、ハト屋敷から高田馬場方面へ200mほど下ったあたりの路上で、またハトの轢死体を確認。
 寒さ厳しき折も折。早稲田のハトの食糧事情は、北朝鮮並みの深刻さである。

 宮崎でまたミイラが出た。今日びのカルトたるもの、ミイラのひとつも作らにゃハクがつかない時代になったんだろうか。いやな時代だね。
 変死者の遺体処理・証拠隠滅用に電子レンジを標準装備していたオウムも大概だけど、放置しといて「これは生きているんです」と言い張るのは、それにも増して無敵だよな。ライフスペースの時も引き合いに出されていたが、「モンティ・パイソン」の第一シリーズ第8話に「死んだオウム」という、死んだオウムを買わされた客と、何を言われようともあくまで「オウムは生きている」と言い張るペットショップの親父が延々押し問答を続ける不条理コントがあるそうだ。まさかパイソンズの面々も、30年後の極東の地で、「死んだオウム」のスケッチが天然で再現されるとは思ってもみなかっただろう。それもオウムどころか人間使って。大和民族が、ついにアングロサクソンの諧謔を超えた、記念すべき事件と言えよう。この余勢をかって、次は「昭和天●障害レース」を是非!

 黄色いジャンパーは信者のしるし
 24時間 波動出せますか
 代理人 代理人 創造主の代理人
 ペンションもレストランも黄色に塗るし
 宮崎県で波動出せますか
 コンサルタント コンサルタント
 自称経営コンサルタント

 どうも鈴之助氏のようにうまく作れない。

 どうでもいいが、全羅道(チョンラド)を「ぜんらどう」と発音するのはやめれ>TBSのレポーター。
 西田総帥が今日の「NEWS23」観てたら、いけないネタ描きそうだなぁ。

1月21日(金)
 オウム「お家騒動」か。この微妙な時期に拉致事件たぁ、やるなぁバカ娘。
 しかし、別に長女が被害届出したわけでもなし、オウムじゃなかったら「民事不介入」で門前払いの事例だよな。これで警察が出動してくれるんなら、民間の児童虐待ももっとビシバシ取り締まってもらえんもんかのう。
 まことオウムに関しては例外がいくらでもまかり通る。その最たるものが、信者の子供の就学拒否問題だ。いくらなんでも、オウムの子弟だからって義務教育まで免除してやるこたぁない。労働もしない、納税もしない(住民票受理してもらえないんだから)、教育も受けない、と、オウム信者はみごとに「国民の三大義務」を免除されている形となる。いったいオウムはいかなる功績によりこれらの義務を免除されるオイシイポジションに着き得たのだろうか?
 ケチケチしないで学校ぐらい行かせてやりゃあいいのに。どーせそこで苛烈なイジメを受け、結局不登校に陥って元の木阿弥になるんだからさぁ(笑)。

 【不登校児の皆様に耳寄りなお知らせ】

 オウムに入信すれば、不登校し放題ですよー!(自爆)

……とでもアッピールすれば、たちまち10万人ぐらい在家信者が激増しそうな気がする。

1月22日(土)
 朝の微熱いつからっか〜ボクを困らせ〜る〜(by.渡辺美里)ってわけじゃないけど、朝から頭痛。今週末もまた一日棒に振る。スクラップになる〜前に〜っと。
 この「土曜の朝起きてすぐパソコンつけると頭が痛くなる奇病」を治せるもんなら、オ●ムで修行も辞さないぞ。もちろん嘘だけど。

 鶴岡法斎氏から、替え歌糾弾ページを教えてもらう。ほんと、どこからこういう強烈なネタばかり仕入れて来られるんだか。俺の弟と同い歳たぁ思えないフットワークだ。

 ほっほぉ、アーチャリーに逮捕状とな。体調が良ければもっとワクワクするんだがなぁ。

1月23日(日)
【今日のTV】
 『おジャ魔女』。演出がけっこう良し。新シリーズより、魔法グッズ店からガーデニングか何かの店に店鋪変えするというのは、やっぱ時流を鑑みて仕方ないところか。「定説」とか「天声」とか。将来「子供の頃魔法グッズを売り捌くアニメを観ていたせいで霊感商法にひっかかった」と朝日や東映を訴えるバカが出ないとも限らないしな。
 『デジモン』。なんかここ毎週毎週、QUEENの『地獄へ道連れ』が頭の中を回るんですけど。でんっでんっでんっっっ、あなざわんばいつぁだすっ(今度は誰が死ぬかにゃー)! って。『ポケモン』の50万倍殺伐としたおはなしになっちゃったにゃー。
 『月光仮面くん』。あれ? ナオトの声、いつの間に大谷いくえもん先生に変わってたの? 半魚鳥に乗ったピカチュウの姿が脳裏をよぎる。(ストレートに『レッツ&ゴー』の某兄弟を連想しないのは、単に観てないから。)あと関係ないけど、きららって将来、「同窓会で何年かぶりに再会したらめっちゃ美人になってて男子一同ビックリ女」になりそうなキャラだよな、なんとなく。

 昼からまた頭痛で寝る。汗もダラダラ出る。インフルエンザじゃなくて普通の風邪だと思うけど。

1月24日(月)
 先日、鶴岡氏から教えてもろた「替え歌糾弾ページ」に、各方面から怒りの声が続々(笑)。
 面白いので、くだんのページから「学術的批判に必要な範囲の引用」をしてみよう。(青字はツッコミ、もとい反論)


ネット上の替え歌は違法です

 あまり知られていないようですが、インターネット上で替え歌を公開するのは著作権法に抵触する違法行為です。
 ほほぅ、どう抵触するのか聞かせていただこう。
 替え歌という物は、著作者(作詞者、作曲者、編曲者)が元の歌で表現しようとした事を無視して別の事を表現する物で、それゆえに替え歌は元歌の価値を下げる物である、というのが法律上の見解のようです。
 「法律上の見解」と言うが、そんな判例が法曹の場で示された前例なんてあったっけ?
 俺が聞き及んでいる限り、上記判断を明確にしているのは日本音楽著作権協会(JASRAC)ぐらいである。JASRACは「元歌作者の利益をとことん死守する」というその存在理由上、著作権法に対し中立的な見解を取れるとは言い難い。当然そのくらい知ってるよね?>作者

雑誌やテレビ、ラジオなどでこういう「元歌の価値を下げる物」を公開する際にはどうやらちゃんとした許可を取っているようで、無許可で公開できるインターネット上の替え歌は違法行為となるわけです。
 「替え歌は全て元歌の価値を下げる」という大上段な決めつけがタマリマセン。
 そこで私はこの場で以下のような宣言をします。
 1.インターネット上で替え歌の公開をしない。
 2.インターネット上で替え歌の公開をしないよう、広く呼びかける。
 3.替え歌を公開しているホームページを発見したら管理者に違法行為であることを伝える。
 もしもこの考えに賛同してくれる方がいましたら、私宛にメールを送るか伝言板に書き込みをしてください。その数が多いようでしたら会として発足させるかもしれません。
 「1」は個人のポリシーの問題なので、俺からは何も言うことはない。百歩譲って「2」もまぁマイオピニオン公布の範囲内と思って、見逃してやろう。
 だが、「3」はなんだ「3」は!?
 諸君も御存知の通り、著作権法違反というものは親告罪で、作者でもなんでもない第三者が「あなたは著作権を侵害している」と勧告したところで、侵害している方としちゃ別に何のリアクションをとる必要もない。
 だいいち、「著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律」、いわゆる「仲介業務法」によって著作権集中管理を認可されている団体(たとえばJASRACとか)でもない、一介の個人によるボランティア団体が、一体何の権利があって、他人の著作権を管理しようと言うのかな? 何様のつもり?
 つまり、こいつらがもし実際に「会」を作ったとしたら、その活動は結局のところ、「著作権者へのチクリ」という方向へ向かうであろう事は確実である。サイバーエンジェルズかお前らは。

*補足説明
 上記のようにネット上で替え歌を公開する事は違法行為ですが、それでは元歌そのままを公開するのはどうなのでしょう?結論から先に言うと、「そのページが利益を目的としたページでなければOK」という事です。本などに歌が載る場合はJASRACの許可が必要ですが、それはその本が「利益を目的として刊行された物」だからです。したがって利益を目的としないホームページ上に元歌そのままを公開するのは法律上OKなのです。
 あのー……「歌詞そのまま無断掲載」のほうが深刻な著作権侵害じゃないんですか?
 …とは言え、ホームページ上で無料で有名歌手の歌をダウンロードさせていた少年が書類送検された例もありますので、やり過ぎは禁物のようです。私にはそのボーダーはわかりませんが。
 わからんなら書くな。

なお、このページの法的解釈には一部私見が入っています。誤りなどがあればご意見をください。
 一部じゃなくて全部だろーっっ!!(怒)


 いやーツッコミ入るのなんのって。
 だが、一番のツッコミどころは別の所にある。実はこのページが載っているサイトというのが、とあるRPGのファンサイトであり、他のコンテンツを見ると、ゲームキャラの似顔絵やら、勝手にゲームの設定を使用したオリジナルストーリーやらが満載されているのだ。こらこらこら、だったらお前の書いてるパロディは元ゲームの価値を下げないのか!?
 思うにこの人、どっかで自分の愛するゲームをバカにしたよほどひどい替え歌でも見たんじゃないかな。それならそれで「気の毒に」とは思うけどさぁ。

 ともかく、自分のしてることを棚に上げて、極めて高度な知的遊戯である「替え歌」を「元歌の価値を下げる物」などと安易に切って捨ててほしくはない。
 替え歌を作るには、時事の知識、元歌詞をうまくヒネる柔軟な語学力など、さまざまなスキルが要求される。チェーンメールにされるような(笑)見事な替え歌は、決して元歌に引けを取らないほどの文化的価値を有するものと俺は認識している。また、戦前の『「金鵄」上がって15銭、はえある「光」30銭……』(戦争準備に伴うタバコの異常な値上げを嘆いた、『紀元2600年奉祝歌』の替え歌)のように、その時代の生の社会風俗を記録し現代に至るまで保存する力を、優れた替え歌は秘めている。その力を無視してもらっちゃ困るな。
 それに、これは俺の個人的ポリシーというか予防線(笑)なんだが、替え歌で利益を得ようと思ったことは一度もない。逆リンクを辿ってみると、世間では【埼京震学舎暫定HP】が「替え歌サイト」として認識されている事がよくわかる。1日200人にのぼるお客の中には、替え歌が楽しみでアクセスして来る人たちも相当数いらっしゃるだろう。だからこそ、俺は再三にわたる某社からのバナー広告添付のお誘いを無視し続けてきた。そのくらいストイックにしとかないと、万が一訴えられた時、広告料をもって「利益」と認定されるかもしれないしな。用心用心。
 また、なぜわざわざフルコーラスの替え歌ばかり作っていると思う? カラオケで歌えるように、だ。カラオケで歌うとどうなる? 元歌著作者に使用料が還元されるだろ。そこまで配慮して作ってるんだ、俺は。替え歌の持つアブなさ・インディーズ性を保持したまま、アマチュアなりに元歌著作者の利益もきちんと考えてやっとりますんで。
 「著作財産権」は以上の通りに配慮しているけど、「著作者人格権」に関しては、これは元歌著作者個々人で替え歌に対する認識が分かれる以上、統一見解なんぞ出せない。もちろん、本人から「俺の詞を替え歌にしないで〜(涙)」と言われる可能性も意識しているし、その時はいくらでも謝る用意があります。それだって、無関係のゲームパロ野郎なんかにウダウダ言われる筋合いなんぞこれっぽっちもございませんぜ。へへへへへ。

 本来なら学術的に引用元を明記しておくべきなんだろうが、本人の名誉を守るためにも、書かぬが花であろう。

1月25日(火)
 ひょんな所で、ものすごい資料を入手。詳しくは書かない。
 以前どっかで読んで分からなかった「梅原多絵」という人名の真の意味が、やっと判明。その他、断片的な知識の数々が脳の中でばしばしリンクしていく。

 ちょっと「替え歌」「著作権」をキーに検索をかけてみて、いいページを見つけた。
 http://www2s.biglobe.ne.jp:80/~kuririn/nazo_08.htm
 http://www.netlaputa.ne.jp:80/~nfmasumi/psong/psong_and_law.html
 替え歌と著作権法のグレーな関係性を看破した見事なエッセー。

 さらに、ためしにヤフーを覗いてみると、ちゃんと「替え歌」というカテゴリがあるんでやんの。
 その「替え歌」ページリストの頂点で「替え歌は独立した著作物」論を唱える勇者のページを発見。
 http://www.yamada.org/rokuro/parody/index.html
 ここまで堂々としてるのもそれはそれでアレではあるが……。
 有事の際には、こいつをあの替え歌糾弾野郎にけしかけるという手もアリかも。(卑怯者)

1月26日(水)
 最近飲み出したキョーレオピンのおかげか、腹の調子がいい。ゲップが臭くなるなど副作用があってあまり好みじゃなかったのだが、先日の風邪を機に服用を始めてみて、これがなかなか具合がいい。依存症になりそう。

 朝、ハト屋敷跡を見ると、ユンボが入ってて、瓦礫の山があらかた片付いていた。いよいよ「2号館」プロジェクト発進か。

 天才替え歌師・鈴之助氏から、例の替え歌糾弾野郎が裏ページでゲームのエロパロを書いているとの情報。
 エロ小説「恥辱のおしおき」(……ノーコメント)の寒さが心地いい。
 てめぇはこんなんアップしてるくせに、「替え歌は違法」なんてキレイゴト、どの口から出てくるんだろうか。いっぺん脳味噌生体解剖して、ニューロンの配列を解析してみたいものである。
 万が一彼奴とバトルになった時は、このページにリンクをはれば秒殺まちがいなし。ん〜イェイ!

1月27日(木)
 ほぼサラ地になったハト屋敷跡で、ハトが10羽ほど地面を突ついている。
1月28日(金)
 20代最後の日。なにごともなく淡々と過ぎる。
 20代最後のかえうたをHPにUP。
 ところで、モーニング娘。やプッチモニの替え歌を作ることは、「元歌の価値を下げる」行為になるのか? まず元歌の価値から問われるべきだと思うが。(ひでぇなぁ)

 思えば、8年前のあの日以来、とことんアレに心乱された20代だった。たぶん30になっても40になっても、俺はずっとアレに引きずらざるを得ないだろう。
 けっこう長く、自分に罰を課してきた。直接彼らの人生を狂わせたアレに全ての責を転嫁し、「全部アレが悪いんだ」と割り切れれば、ここまで自罰的にならずに済んだんだろうけど。でも、あの時、彼らの近くにいながら、自分のことで精一杯で、彼らの心の闇に気づかなかった自分の責任を棚に上げることもできなくて。
 「あの時、あの分岐点であのフラグを立てさえしなければ、あんなイベントが発生することはなかっただろうに……」。そんな思いを抱き続けている「関係者」、けっこういるんじゃないかなぁ。
 俺ごときでさえこうなんだから、身内にアレがいたり、本人が元アレだったり、現役バリバリのアレだったりしたら、その苦痛は想像するに余りある。時間がほんとに解決してくれるもんなら何十年でも待ちたいところだが。

 頭が少し痛いので、早めに眠る。30代突入の瞬間はたぶん夢の中で。

1月29日(土)
 新潟で、9年間拉致されてた少女発見。
 9年も死なさず飼っていたとは、女子高生死なせてコンクリに詰めた足立区のガキどもよりはまだ良心的と言えようか。
 横田めぐみさんも案外となりの市で飼われてたりしたら笑えるんだが。『SAPIO』も『正論』も団の面目まるつぶれ((C)どおくまん)。

 夕方、鶴岡法斎氏のトークライブを観に新宿へ。鶴岡氏、ぱっと見イワオ系の精悍な男で、声もシブく、まことライブ映えのするキャラ。人間が生まれ持つ様々なパラメータの数値を極端なぐらい「才能」と「ライブにおけるビジュアル」にのみ(笑)集中させてしまった人なのかもしれない。パラメータに偏りのある人ほど後世に(いろんな意味で)名を残すものだが、氏にもぜひ大成してほしい。
 帰り道、西谷有人・葛西伸哉両先生とばったり出会う(こっちが図々しく声をかけただけだが)。さらに、80年代ファンロード文章常連の大御所にして秀作ジュヴナイルSF『石のハートのアクトレス』シリーズの作者であらせられる葛西先生と、所沢までご一緒するという信じられない機会に恵まれ、今後の活動予定から『魁!男塾』主題歌コンテストの事までいろいろインタビューしてしまう。かなり迷惑。おっと、映画『北斗の拳』キャッチフレーズコンテストの事を聞きそびれた。

1月30日(日)
 『おジャ魔女』最終回。「人の心を変える魔法」の使い過ぎでついにおんぷちゃんの魔力が暴走、という展開は予想通りだったが、まさかあそこでオヤジーデがあんな形で重要なファクターになるとは意外すぎ。「瀬川おんぷFC会員」って設定がああいう伏線だったとはねー。あと、小竹だ小竹。どれみを校舎の窓から突き飛ばし、校庭に転げ出たどれみを見てほっとしたような微笑を一瞬浮かべ(この時の作画が絶品)、そのまま瓦礫の山に埋まっていくシーン……せつなすぎ。そうそう、親友を助けるためについた横川さんの「最後の嘘」、あれも泣けたな〜。あいちゃんの「のぶこちゃんのどあほー!!」が胸に突き刺さる。もう『浦安鉄筋家族』が突如『漂流教室』になったかのようなハードな展開。あんまりだよう。
 しかし何よりラストの、夕闇迫る中、半壊したMAHO堂の前で、どれみが涙をこらえながら「さよなら……MAHO堂……」と、最後の魔法玉で店の周囲に撒いた灯油に火をつけるシーンには、年甲斐もなく胸がきゅんと締め付けられた(千葉千恵巳の「最後の呪文」がまた上手いんだわ。マジに泣いてたと思う)。またたく間に建物を包む紅蓮の炎。中に横たわるおんぷちゃんとマジョリカ(人間の姿に戻ってる)の亡骸を、ゆっくりと火がなめていく。炎のオレンジ色に染まりながら、MAHO堂からごうごうと立ち上る煙を呆然と見上げる、傷だらけの三人組。そこにあのエンディングテーマが重なるんだ。くぅ〜〜っっ、もう全国民を号泣させようという魂胆見え見え。俺もまんまとハマってしまったわけだが。『セラムン』『レイアース(第一部)』に匹敵する悲壮な最終回だったぞ。ああもう泣いた泣いた。ごめん全部嘘。

 サンシャインクリエイション。回を追うごとに男性向けの比率が高くなっていく。ついに今回から【WAIWAIスタジオ】が撤退し、知り合いは【勝新パンツ玉】と【自爆メカ】ぐらいになった。やはり「デンジャラス系創作」の安住の地はコミックマーケットしかないのだろうか。嗚呼。

 検索エンジンで探し当てた葛西伸哉先生のページを見てたら、先月某日の日記に書いた、いいポスター出してた劇団「TEAM発砲Bzin」の劇評が。妙なところで情報がリンクするもんである。

 
1月31日(月)【ここまでは2000.02.26更新】
 弁当箱片手に「牛乳2本とアイス」を器用に飲み食いしつつ、徒歩15分の道のりを「1時間半」かけて、村祭りの最中にもかかわらず誰にも目撃されず犯行現場へぶらぶら歩いて行った犯人。たまたま通りがかった、自分より20キロもウェートのあるゴツい女子高生を自転車の荷台押さえつけ腕掴んで林へ引きずり込み(その間、女子高生は悲鳴ひとつ上げてない)、いつの間にか持っていたロープと手ぬぐいで縛り&目隠し(さんざん顔見られてるのに今ごろ)。レイプしたくなったので、木に縛りつけてた女子高生の縄を一旦解き、また縛ってから(悠長だな)、ぱんつを膝上まで下ろしただけの状態で正常位(!)でレイプ。そこで女子高生が初めて助けを求めて叫んだので、首を締めたらさらに大声で叫んだ(首締められてんのに「さらに大声で叫」べるかい!)ため殺害。ざぁざぁ降りの雨の中、自分よりはるかに重い65キロの死体を両腕で持ち上げて(オンブや背負いではない)森を出てオープンフィールドを数十メートル運び、足をこれまたいつの間にか持っていたヒモと荒縄で縛り、イモの貯蔵穴に逆さ吊りにして一旦隠した。森に戻り、前もって用意して数日持ち歩いていた脅迫状を(えっ、計画的犯行だったの!?)、指紋ひとつつけずに書き直し(しかも雨の中で)、被害者の自転車を走らせて一面識もなかった被害者宅の玄関に脅迫状をはさんで、イモ穴に戻り、改めて65キロの死体を穴から腕力だけで引っぱり上げる(しかも死体は無傷だ!)。その場で深さ80センチもの穴を一気に掘って(前世はプレーリードッグか?)死体を埋め、逃走した。

 ……ドシロートが書いたサスペンス小説か、はたまた『黒豹シリーズ』のような荒唐無稽な設定だが、実はこれ、とある誘拐殺人事件でしょっぴかれた容疑者の供述内容なんである。しかも、現実にこの破綻しまくったストーリーが全面的に司法の場で証拠採用され、これに基づき1963年、浦和地方裁判所が死刑、二審の東京高等裁判所も1974年に無期懲役判決を下し、今なおその判決が司法によって支持されているってんだから、まさに噴飯ものである。
 事件の名は、「狭山事件」。
 ……ほらほら、そこ、引いちゃいかん。引くなとゆーに。気持ちは分かるが。

 というわけで、狭山事件を(もちろん「冤罪」という観点で)扱った1976年の映画、『造花の判決』を観た。
 狭山事件の舞台は、俺の活動領域からかなり近い(西武新宿線入間川駅、現在の「狭山市」駅周辺)。言ってみれば「御当地事件」の一つである。だが、いかんせん事件当時まだ生まれてなかった俺にとっては、M君事件や富士見産婦人科事件、西所沢のサリン犯潜伏アジトなどに比べると、関心はゼロと言ってよかった。
 しかし、この映画を観て、俺は後悔した。こんな全国的にも知名度が高く、何より裏モノテイストあふるる爆笑御当地事件を、なぜ今まで見逃していたのか、と。
 映画に戻ろう。しょっぱな通行人に「あなたは狭山事件を御存知ですか?」とインタビューして回る永六輔の若さに仰天する。これでてっきりドキュメント映画なのかなーかと思いきや、タイトルバックが終わると、いきなりドラマがスタートするので、見ている方はいささか面喰らう。
 ストーリーは、部落にも狭山事件にも縁のなかった司法修習生の主人公が、ひょんな事から狭山事件に興味を持ち、解放同盟青年部の友人とともに現地視察などをしていくうちに、狭山事件の捜査・審理のムチャクチャさ、その根底にある部落差別に目覚めていく、というもの。
 ぱりっとした背広を着て、彼女とベルリンフィル聴きに行くようなハイソな主人公が、どう見ても今なら家賃30,000円/月クラスの六畳一間の下宿に住んでたり(※昭和50年初頭の感覚では高級マンションだったらしい)、見違えるほどボロかった入間川駅(現・狭山市駅)など、当時の社会風俗が保存されていて非常に興味深かった。さらに、タイトルバック中、題字の後ろで、菊の御紋がボロボロと崩れ落ちるアニメが入って大いにズッコケたり、本編中でも『君が代』を短調にアレンジしたBGMがかけられるなど、制作元の意図が垣間見えるあたりも微笑ましいものがあった。
 だが、この映画中いちばん笑えたのが、なんと言っても上記の、一審・二審の判決文による事件のあらましを極めて忠実に映像化した現場検証シーンである。その脳天気さは冒頭に記した通りだが、トンデモ小説を忠実に映像化するとどんだけ笑えるか、という貴重な見本となっている。
 だが、これは小説ではない。おそろしいことに、裁判なのである。戦前ならともかく、1970年代にここまでツッコミどころのある判決が東京高裁で出され、しかも同高裁は1999年夏に至っても、同様のムチャクチャな理由で控訴を棄却しているのである。たとえば、容疑者が何日も持ち歩いていたはずの脅迫状から容疑者の指紋が一つも出てこない(身元不明の指紋が5、6人分検出されているが、いずれも容疑者とは合致しない)点について、控訴棄却文は「指紋がなかったからと言って犯人ではないとは言い切れない」と言っている。実はこの論理って、「NASAがUFOを隠している」系のトンデモ本と全く同じなんだよな。「証拠がないからと言ってNASAがUFOを隠してないとは言い切れない」ってなもんで。「ある」ことを証明するなら証拠をつきつければいいだけだが、このように、「ない」ことを証明することは極めて難しい。だから、本来、裁判では「『ない』ことの証明」は禁じ手とされている。それを言っちゃあ世界人類誰だって「犯人ではないとは限らない」とばかりに容疑者にされちまうからな。だが、東京高裁はそれをやってしまった。我が国近代法曹史上の一大事と言っても過言ではあるまい。
 その、「判決の無茶さを告発する」というキモの部分において、制作者の意図どおりに楽しめてしまうという点で、本作品自体は残念ながら「トンデモ映画」とは呼べなくなってしまっている。惜しいなぁ。

 この狭山事件、なぜにかようなムチャクチャがまかり通ったかと言えば、当時の時代状況を知ればイタいほどよく分かる。
 当該事件の直前、有名な「吉展ちゃん事件」という誘拐殺人事件があって、犯人を取り逃がした警察に嵐のような非難が轟々と浴びせられていた。そんな中、1963年5月1日、埼玉県狭山市で学校帰りの女子高生・中田善枝さんが誘拐され、自宅の玄関に手書きの脅迫状が挟み込まれるという事件が勃発した。
 脅迫状の指定日時に指定の場所へ、善枝さんの姉が身代金を持って犯人と接触。だが、犯人は周囲に敷かれた包囲網を察知し、金を取らずに逃走、埼玉県警の警官たちを振り切ってまんまと逃げおおせた。犯人からのコンタクトは以後、全くなかった。結局、善枝さんは数日後、後ろ手に縛られぱんつを半ば下ろされ足首も縛られた格好で、遺体となって発掘された。
 この大失態に、埼玉県警が青ざめなかったわけがない。世論の攻撃を逃れるべく、県警は必死で犯人探しに躍起になった。そこで目をつけたのが、事件現場となった被差別部落である。県警は「犯人は部落民」と最初から決めを打ち、住民300人から指紋を採取、筆跡も鑑定するなど、捜査を徹底的に部落に絞った。
 その結果、5月23日、栄えあるスケープゴートに選ばれたのが、事件当日アリバイのなかった石川一雄氏だった。
 庶民はこぞって石川氏逮捕を支持した。世論が「不安の解消」のために「犯人探し」に躍起になり、いざ特定の「容疑者」が身柄確保されれば一安心して事件の検証を放棄してしまう、というのは、今も昔も変わらないおろかな習性である。河野義行さんのアレとか。
 世論の後押しを受けて、県警の取り調べは石川氏を精神的に追い詰めていく。「石川氏の兄のものと同じ足袋の足跡が現場に残されていた」などと言われて(本当に同一の足型かどうか、検察は足跡の写真を証拠提出していない。本件で検察が提出していない証拠物件は段ボール箱にして高さ3メートル分は残っているという検察側の発言もある)、石川氏も「もしかして兄がやったのか?」と思わされ、稼ぎ手の兄が刑務所に行くよりは、無職の自分が捕まっておいたほうが……と考えてしまったのだろう。ついに県警は、「10年ぐらいで出してやるから」などなだめすかして、冒頭のような供述調書を作成、石川氏起訴に踏み切った。
 警察の焦り。世論の「犯人探し」癖。部落への偏見。そういったものがうまい具合にリンクしてしまった。その結果、あのデタラメな供述や、捜査の問題点を指摘する者は、誰もいなかった。
 半年強の審理の末、浦和地方裁判所は石川氏に死刑を言い渡した。
 ……ただ、この死刑判決を受けて石川氏は「話が違う!」とついにキレ、即時控訴。東京高等裁判所における二審では、あくまでも無実を訴えた。
 「部落差別による見込み捜査が生んだ冤罪」、ということで、ここにきて部落解放同盟などが石川氏を全面支援。しかし、10年にわたる裁判の末、高裁の下した判断は有罪。改めて無期懲役が言い渡された。
 かくして、「石川氏の執念」vs「司直のメンツ」の泥沼の戦いは、今日もなお続けられているのである。
 この『造花の判決』も、二審の有罪判決を受けて意気消沈する石川氏陣営を鼓舞し、新たなラウンド(再審請求)への闘志を燃やす弾みとするべく作成された、言ってみればプロパガンダ映画なんである。

 ……しかし、この映画を観ての感想としては非常に申し訳ないのだが。
 「狭山事件」って、あまりにも「部落差別」を前面に押し出しちゃったせいで、一般国民が「引いちゃった」んだと思う。ほんとに、大きな声では言えないけどさ。
 『造花の判決』でも、途中、主人公の父親が実は「水平社」の闘士だったという取ってつけたようなエピソードが挿入され、オチも主人公が恋人(こっちも同業者)にその事を告白し、「いっしょに司法の世界で闘争していきましょう!」と言ってもらうあたりなど、仕方ないとは言え、極めて「差別闘争色」が強い。ラストなんか、バックに「荊冠」の旗をたなびかせながら「水平社の歌」がフルコーラス流れるのである。俺ならともかく、一般人が観たら尻尾巻いて逃げ出すぞ。

 もちろん、水平社〜解放同盟の長年にわたる闘いによって、同和地区の開発・区画再整理が行われるなど、自治体による差別撤廃の動きが徐々になされてきた事は事実である。その功績は十分認めるし、最大限の敬意を払う事は言わずもがなである。
 だが、こと「狭山事件」に関しては、部落差別云々は脇においといて、トンデモ捜査・トンデモ判決に焦点を置いて笑い飛ばす、というアプローチにしぼった方が、一般人にとっては食いつきやすかったと思う。そうすれば、一般人も冷静にあの事件のあらましを捉え直すことができたと思う。常識的に考えても、犯人像は「顔見知りも含めた複数犯」ってことぐらい、プロファイリングの専門家じゃなくても丸分かりじゃん。(それとの因果関係に関してはノーコメントだが、善枝さんの姉が、犯人との接触時に善枝さんの安否を一言も訪ねなかった点、また、事件からしばらく経って変死していること、さらに関係者数名も前後して死亡している事実には、どうしても邪推をそそられざるを得ない。)
 暴言を承知で言ってしまえば、「大義」よりもまずは「戦略」を優先させられる参謀役がいなかった(もしくは、いても発言力がなかった)ことが、この事件を泥沼にハメた一因であるような印象を受けた。その点、悔やまれる。

 でもまぁ、解同とかが「差別問題」と叫びたくなる気持ちも分かる。
 石川氏が逮捕された当時、日本中のマスコミの論調は「やっぱ部落民のしわざか」「そーだと思ったぜ」「やれやれ、これで事件も解決だね!」という「部落犯人史観」一色に染まっていたという。当時はまだ日本中に、「部落」が「犯罪の温床」であるとの共通認識(偏見)が色濃く残っていた。ちょうど、NYにおけるサウスブロンクスみたいなニュアンスで部落を認識していたと喩えればわかってもらえるだろうか。
 こと、この事件は、埼玉県警のポカと検察のムチャばかりが35年間取り沙汰されてきたが、事件当初に国民的コンセンサスを裏打ち・強化してしまったマスコミの決め打ち報道への反省と糾弾は、ついぞ聞いた覚えがない。昨年夏、新聞各紙・TV各局が流した「狭山事件」特集ニュースでも、やはり反省は一言もなかった。
 この時、ほっかむりしたツケが30年後、「松本サリン犯人・河野義行」報道につながるわけだ。
 マスメディアは、自らが「サイレントマジョリティの意志を操作しうる最大の洗脳システム」であるという自覚を、自意識過剰なぐらい持ち続けていかなければいけない、とつくづく思う。
 ……てなかんじに埼京震学舎名物・『マスメディア馬鹿論』に落ち着いたところで、無理矢理オチとさせていただく。


 【トンデモグッズ申請書(非公認)】

 申請者:俺
 アイテム:供述調書
 タイトル:いわゆる「狭山事件」裁判・石川一雄被告の供述
 発行:埼玉県警、検察庁
 発行日:1963年7月9日(起訴日)
 購入?:2000年1月31日
 トンデモ度数:★★
 (これを全面的に採用した裁判官のトンデモ度:★★★★★)

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