2000年5月の開設者うらみ日記


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5月1日(月)
 今日はおやすみ。
 キャビネットが混雑してきたので、久々に中に詰め込んであった未分類の電波書類を仕分けする。日刊スポーツの「なあぷる」告発記事や、ポケモン失神事件翌日のスポーツ新聞各紙、週刊誌のバカ宗教記事のスクラップなど、自分でも忘れていた資料がどっさり出てくる。リスが木の実を埋めて忘れるようなもんである。俺の記憶容量リス並みかい。
 13時ごろ、自転車で所沢の公団総合募集センターへ。公団住宅のパンフを見る。ぜんぜんダメ。場所的にも値段的にも。
 帰りに、丸井に移転したばっかの芳林堂書店で『ファンファンファーマシー』1、2巻と『グルグル』12巻ゲット。ついでに丸井のコンコースに出ていた露店で、クウガ(赤)とどれみ(#)のお面ゲット。道ぞいの古書店で南原企画の『怪情報』1巻ゲット。
 5日のコミティアと7日のメンコミのために、『大宗教学第拾四號』23部増産。

 グアテマラの日本人観光客虐殺事件。
 「外人が悪さをする」という風評が起こしたマスヒステリーの見本。
 どこかの東京都知事にコメントをいただきたいものである。
5月2日(火)【ここまでは2000.05.05更新、05.13追記】
 今日はおしごと。
 雑誌の青焼きは結局連休明けに出ることに。大丈夫なんだろうか。
 大型連休前なこともあって、連絡業務や雑事に追われる。
 夕方、歯医者で右下奥歯にメタル装着。デジメンタルアーップ!(馬鹿)
 高田馬場の古書市で、池田大作写真集など無駄遣いしまくる。SPGF(シャクティパットグルファウンデーション)の電波本がそこそこ格安で入手できたのはラッキー。この日本語の異常(文法・文の構成・論理とも)さは、知能が低いとかそういうレベルの問題ではない。面白すぎる。

 帰り道、天声によって(ほんとに便利だなぁこのフレーズ>福永法源)、某駅近辺をちょっと歩く。駅前の西友が「23時まで営業」てぇのがすごい。都内ではだいたいそうなのか? 不動産屋の店先を軒並み回り、相場を実地検分。本棚5つ標準装備な俺には、なかなか難しいものがある。せめて4つ。
 すると、とある不動産屋に、70,000円/月そこそこのマンションで、キッチン3.5畳と8畳フローリングという結構いい物件が出ていた。が、よく見ると「男性希望、子供不可」。そして、マンションの名前が
 ベアーハウス1
 俺の妖怪レーダーがけたたましい警告音を鳴らす。次の瞬間には店先から逃げていた。
 ……い、いや、もちろん邪推だけど……でもさぁ、男性向けで、「ベアー」って言ったらさぁ、どうしたって田亀源五郎画伯の絵みたいなキュートな毛モジャオジサマの巣窟を連想するのが人情ってもんで……。

 それとは特に関係ないが、先週入手した「サムソン」2000年4月号を読む。
 熊田プウ助先生のマンガの枠外(p.182)に
 「『カラサワ堂怪書目録』って誰か読んだ!? 俺はまだ入手してないんだけどォ。」
と書いてあった。ついに、あの『愛の世紀末劇場』評がバレたか(笑)。
 もっとも唐沢先生は、別にバカにして書評を書いたわけじゃないので、熊田先生も実際に読めばきっとわかってくれるだろう。わかってくれると信じたい。たのむ、分かれ。
 ちなみに『愛の世紀末劇場』はマジ面白いぞ。いろんな意味で。残念ながら版元品切れだそうなので、古書店で見つけたら即・身柄を確保せよ。

 リンク挨拶メール1件。しかし先方のURLを書いてないので確認できず。
 さとちん様から学会入会のお祝いメール。催促しないのに来た祝電は初めて。
5月3日(水)
 本日のミッションは千葉ロッテマリーンズファンクラブ入会。(←まだ入会してなかったなんて、立派な非国民だね!)

 9時半起床。冷や御飯のオニギリを2個頬張り、10時過ぎ、幕張に向けて出発。
 『怪・情報』と住宅情報誌を交互に読みながら、12時半、プレナ幕張着。ファンクラブ入会手続き。石井浩郎グッズを買いまくる。ちょうどアイロンプリントサービスもやっていたので、新ビジターシャツの背中に「IWAO 55」と入れてもらおうと思ったが、「I」の字だけが売り切れてて(もちろん「ISHII」の影響と見られる)断念。だったらスタンダードに「OHMURA」にすればよかったじゃん、と思われるだろうが、「わたしたち認定・ユニホームに初めて『IWAO』と入れたバカなファン」の、「元祖」としての誇りとコダワリが許さないのである。できれば「IWAIWAO」と入れたかったぐらいだ。プレナ大混雑タイムのため昼メシ食いそびれる。駅に戻り、はちみつバウムクーヘンと大清水コーヒーでささやかな午餐。
 せっかく幕張まで来たので、ついでにスーパーコミックシティにも寄る。あくまでもついでにである。そこんとこ夜露死苦。
 14時ビッグサイト到着。ある方法でカタログをゲット。室戸ひかり先生にご挨拶。たまたま持っていたクウガのお面(赤)を献上。まだお持ちでなかったらしく、大層喜ばれる。残り3パターン(青・緑・紫)もゲットしとけばよかったかしらん。それから、昨年初めからこっそりウォッチングしている某・電波同人作家の新刊をゲットしたのち、会場を適当に回り、クウガやタイムレンジャーの本などを若干数買う。
 15時半終了。さっさと帰れと言わんばかりに『螢の光』が流れる。この死ぬほどダメすぎな選曲センスにもシティの姿勢が看取されるではないか。スーパーやパチンコ屋じゃねぇんだから。
 室戸先生ほか柴田亜美サークルご一行と水上バスで帰還。海風強く、めっちゃサムい。長袖でなければ即死だった。船の中でご一行とやおい談義。「男はスリーサイズじゃなくてフォーサイズよね」と提唱するM氏に、公正を期すためにもファイブサイズの計測を提案しておく。平時と戦時と。膨張率の個人差は相当なもんだし。ああ、我ながら最低。Y氏より「やおいを語れる男性は貴重」と、喜ぶべきか恥じ入るべきかリアクションに困るお言葉をいただく。あと、某所で発表したもののノーリアクションだった『三国少年パプワくん』に皆様からバカウケを賜る。さすが柴田者。「おい、シンタロー、謝罪はまだか?」「うるせーなー、『遺憾に存じます』って言っただろ!」「お前まだ自分の立場が分かってないようだナ!」「はぎゃーっっ!!」
 浜松町からJR。神田でご一行と別れ、高田馬場経由で帰宅。鷺ノ宮あたりで一時ものすごい夕立。神田でオフってる柴田サークルご一行は無事だろうか。
 帰宅してみたら、NHKはずっとバスジャックのニュース。またガキの目的不明犯罪か。メシ食って、明日西武園ゆうえんちのクウガショー(五代雄介本人出演)に行かれるという室戸先生に西武池袋線のアクセス方法をメールし、とっとと寝る。
5月4日(木)
 朝起きると、西鉄バス乗っ取り事件解決の報。
 トーストをかじりながら、ひどい替え歌が浮かぶ。

 山を飛び 谷を越え
 ぼくらのバスにやってきた
 乗っ取り君がやってきた
 アブないまなこに への字口
 くるくる脳味噌 17歳だ
 目にも止まらぬ早業で
 喉に包丁 ストライク
 困る 困るよ 乗っ取り君は
 キチ●゛イ病院 患者でござる
 患者でござる

 11時半出発、13時半なんとなくビッグサイト到着。またある方法でカタログを入手。限りある資源を大切に。
 【極東セレナーデ】で仲尾氏とお会いし、けふ氏のオタクボーイズラブ本をゲット。そこから【喜六・清八】にピエール瀧上氏を訪ね、『第拾四號』と昨日仕入れたアニキ(石井)グッズを献上。「石井湯呑み」が大いにウケる。同人アイテムじゃなくて、球団が直々にこんなグッズ売ってるんですぜ。バカでしょうロッテって。創作系をぐるっと回り、15時ごろ退散。
 馬場のバーガーキングで近鉄ホモギャグ本を読みつつワッパーコンボで昼食。帰途、西武新宿線沿線のA駅・N駅に寄り、不動産屋の店先を廻ってみる。連休明け、始動か。

 帰ると、バトルウォッチャーパティオにバスジャックの件でどえらい情報が。面白すぎだぞ。
5月5日(金)
 「本日の任務(つとめ)は何ぞ!」
 「コミティアなり!」

 平日のごとく7時前起床。トースト2枚。POPがわりにお店の看板と昨日のかえうたをプリントアウトし、8時過ぎ出発。
 10時過ぎ、ビッグサイト到着。さすがに3日連チャンは老骨に響く。
 東4ホール。【WAIWAIスタジオ】のブースに『大宗教学第拾四號』10部をお預けし、POPを貼らせてもらう。
 今日は【カダフィ企画】【アーティスツカンパニー】も来てないので少しさびしい。そのぶん、【ノースノマド】など新しいサークルを開拓。ちょっと前からサークルカットで目をつけていたんだが、本を買ってみたのは初めて。案外こういうスタンダードな(それでいてしっかりクセのある)絵に弱い俺。掘り出し物がけっこうあってシヤワセ状態だったのだが、半分廻ったところで実弾が底をつきかけていることが判明。オーマイ、俺としたことが。なんとか『スーパージャンプ』原画展ブースで『火星人刑事』2巻のサイン本だけはゲットしておく。金があればダブリ覚悟で1巻も買ったんだが。『銃夢』豪華版のサイン本もあったけど、今はウケ狙いのために費やす実弾はない。
 とりあえずメシ代ぐらいはあったので、階上のカフェでスパゲティを喰い、WAIスタさんとこに戻る。留守中にしり氏がお菓子を差し入れてくれたとのこと。かたじけなし。  WAIスタにて接客、あーんど、新田さん吉田さんとともに内外の熱いフェチサイトについて語り合う。「くすぐりフェチ」サイトの「小説」の凄まじさを力説しておく。クライマックスになるとほとんどテキストが「あはははははははははははははははははいやっやめてえっきゃははははははははははははははは」ばっかしになるんだもん、スゲェよアレは。にしても、新田さんの口からあのクロスマン氏の名前が出るとは。たしかにあの「磔フェチ」サイトは凄いぞ。プチッチイ氏の「女性用体操服フェチ」サイト(小説がめちゃ出来がいい)と並んで、作者の愛とコダワリが詰まった見事なサイトである。こういう特殊な趣味を真摯に追求するサイトは掲示板荒らし等に襲われがちなので(「と学会」を名乗るウスラバカに荒らされた【霊感商事】とかな)、保護のためにもあえてリンクは張らない。どうしても見たい人は「磔」とか「サポーター」で地道に検索してくれ。
 結果的に『第拾四號』は3部頒布。WAIスタもいまいち不調。通行人のいくばくかが俺の替え歌を見て笑い転げてくれたのがうれしい。客引き効果はあっただろうか。7日のメンコミに備え、打ち上げは辞退させていただく。申し訳なし。

 バトルウォッチャーパティオの乗っ取り君情報、さらにエスカレート。哭きの竜氏の仮説、もしこれが事実だったら、殺されたおばちゃんの生命の重みっていったい……。
5月6日(土)
 3日連続の有明参りで、さすがに身体がアレ。
 朝、メールを開くと飛沢先生から「パソコン買ったよ」と初メール。今まであんだけセンスのいいグッズ類を全部手作業で作っていたというのは、かえって凄い話である。今後どれだけ芸の幅が広がるか、ファンとしてすごく楽しみ。室戸先生からも西武園アクセス方法メールの御礼と4日の五代雄介情報。いい奴じゃん、オダギリジョー。朝食食ってすぐ昼寝。14時、駅前の銀行まで軍資金を下ろしに行き、帰ってまた寝る。
 17時起床。軽くメシ食い、新宿でA/Kodama氏と合流。氏の車で名古屋へ強行軍。途中、海老名で夕食。眠け覚ましは伊集院のラジオ(録音)とタイマーズのアルバム。例の「ロックで君が代」、初めて聴いたけどあれぐらいでダメだったら、4年前マリンの開幕戦でTOSHIが歌った「君が代」もダメじゃん。あれはアカペラだったけど、キーとか歌い方はほとんど同じだぜ。いちおうあの時はTOSHIもロッケンローラーだったし。ましてやこないだの某SMAPの某中居なんかよく赤報隊に射殺されなかったな。ジャニー喜多川は右●より強いのか?
5月7日(日)
 今日は、男性向け同人イベント最後の牙城との誉れ高き、噂のメンズコミック名古屋版。
 上郷SAで仮眠をとり、朝6時ごろ出発。7時すぎ、名古屋のとあるデニーズで朝食。「ああ、どっかでタイムレンジャーとクウガ観れんかのぅ」と慨嘆し、A/Kodama氏にイヤな顔をされる。有料駐車場に車を置き、8時すぎ、地下鉄で東別院駅へ。
 メンコミの会場はどこかいなと見てみると、外の階段に若者がびっしりととりついたイヤすぎる建造物が。あからさまにアレか。サークル入場の列でタンチャン氏と合流。カタログと『サムソン』4月号を読みつつ開場待ち。200サークルそこそこのイベントなのに、信じられないような在京大手サークルが参加しているのに驚く。
 9時半ごろサークル入場開始。【烏龍電脳有限公司】のスペースへ。にせPCエンブレムの飾り付けに余念のないお二人の邪魔にならんように、『第拾四號』を21部置く。初めてのメンコミ。何部売れるかにゃー、どきどき。ついでに替え歌を貼らせてもらう。向かい側のサークルさんが見て、ゲラゲラ笑いながら俺に親指を立ててみせる。おお、これぞ古代ローマで満足できる・納得のできる動作をした者にのみ送られるジェスチャー!
 たぶん11時ごろだと思うが、開場。コミティアに来てなかった【カダフィ】の新刊、【悪食倶楽部】のパロテープの持ってなかったやつまとめ買い、『おジャ魔女#』のハナちゃん虐待本、「実写版『CCさくら』」(ただし出演者が全員男)のビデオ、さんずい先生の『うちゅう人田中太郎』エロ、【雷人会】のエロを通り越して虐待ギャグコメディーの領域に片足突っ込んでいるSM同人誌など、汗水たらして稼いだお金を名古屋のドブに捨てまくる。ただ、狭い会場のキャパを超えた混雑ぶり、部屋どころかロビーや小さいホールの講壇上までびっしり埋まったブースに惑わされ、あまりじっくり廻れたとは言い難い。
 それと、タンチャン氏に教えてもらったんだが、配付チラシの中に、【まえばり娘Only同人誌即売会『はりケット』】なるイベントの広告があった。「くすぐりフェチ」だの「素足の女の子フェチ」だのいろんなフェチの形があることには、いまさら驚くまでもない。だが、40スペース級とは言え、オンリーイベントを開く、このイベンターさんのリビドーはただものではないぞ。はたまた、それほど「まえばり娘」というジャンルは一定のニーズを持っているのか? ううう、ジョジョ、おそろしい……。こんな針の穴を通すようなピンポイントイベントも開催可能なら、【社会風刺オンリーイベント】なんて開けないだろうか。体力のあり余ってるカダフィあたりをたきつけて主催させるんだ(悪人)。参加サークルは人脈的にウチとカダフィと滝季山さんと……40サークルも集まらねーか。そもそも一般客が何人来る? 私服警官のほうが多かったりして(笑)。
 本陣で、ぐったりしているお二人を脇においてしばらく接客。エンブレムはけっこう出るが、俺の本はさっぱり売れない。そのうち俺もぐったりしてくる(運転もしてないくせに)。イベントの最中に居眠りなんてたぶん初めて。14時ごろ、売り上げも止まったため撤収。けっきょく『第拾四號』は5部頒布。惨敗である。朝のデニーズで今度は昼食をとり、タンチャンとはここで別れる。そのままA/Kodama氏の車で帰京。『らんま1/2』音楽集と伊集院を聴きつつ東へ東へ。海老名で夕食。
 環八を北上、井荻で降ろしてもらって西武新宿線へ。電車の向かいの席に座ってる親子、幼稚園ぐらいのガキが紫クウガ人形をいじりながら「くーがー、あううよーいあーえれー(訳:『クウガ、熱くよみがえれ』)」とリフレインしてた、そのくらいしか記憶が残っていない。

 念願のメンコミだったが。小規模、しかも地方のせいか、レヴォよりも客の統制が取れていて、それでいて熱気はムンムン。最初から「男性向けオンリー」と銘打っているだけに、女性サークルもそのへんの空気を納得ずくな所がよろしい。レヴォやサンクリの女性サークルに時折見られるような「おいてけぼり感」むき出しなシラケた雰囲気がない。総合して、すごく気持ちのいいイベントであった。睡眠不足がなければ、もっと楽しめたと思う。次回は夜行バスか新幹線か。でも、よほどのモチベーションがないかぎり、もう行くことはないだろうなぁ。なんたって5部じゃなぁ。とほほ〜。それともメンコミ用にエロ本作るか。俺の絵と作風で抜けるもんならな。
 最後に、A/Kodama氏には大感謝。
5月8日(月)
 めちゃめちゃねむい。睡眠時間が丸一日分足りないわけで、無理もなし。
 当然、仕事などする気力なし。それでも午前中いっぱいで雑誌の青焼責了、16時に池袋で打ち合わせがあるので出社。泣く気力すらなし。俺のスタンド能力は睡眠時間に大きく左右されるため、仕事ぜんぜん進まず。しぬかも。
 言うまでもなく、帰ってからもHP更新したりとかする気力など全くなし。

 昨日の『デジ02』。ヒカリに襟首つかまれてリュックに詰め込まれるテイルモンがかわいいにゃ〜ん。それにも増してミミとパルモンかわいすぎ〜〜。それにしてもこの全体に漂う呑気というかマヌケな雰囲気。はたしてエンディングクレジットを見るとやっぱり浦沢。本編とは全く関係ないが、「お風呂ぽぽちゃん」のCMはかなり危険だと思いマス。
5月9日(火)【ここまでは2000.05.13更新】
 朝っぱらから福永法源タイホでTV大騒ぎ。
 ローハイドのふしで「法源法源法源、法源法源法源、法源法源法源、法源法源法源、もう逮〜捕」とか歌ってみる。実際は「もう」じゃなくて「やっと」が正しいけど。
 帰宅後も、TVは「最高ですか」三昧。法の華って、ニュースを観るかぎりではめちゃくちゃ面白いんだよな。TVの力はさすがである。

 新たに「女の子の腹を思いきりぶん殴るフェチ」サイトを発見。人類の「業」の深さに思いを馳せる。
5月10日(水)
 だいたい「法の華」って、福永法源がおかんと一緒にハマってた新興宗教のコピーだろ。教義とかも、元ネタになった新興宗教のジャーゴンをほんのちょっと変えてまんま剽窃してて。「天の声を素直に受け入れるため自我を破壊させろ」ってコンセプト自体、ありきたり。オリジナリティというものが感じられませんな、バカ宗教として。
 バカ宗教にも、たとえば高橋弘二のライフスペースのように「霊感オヤジがトチ狂ってサギに走った」ケースと、今回の法の華のように「サギ師が宗教を騙った」ケースとがある。もちろん両者、きれいに線引きできるものではなく、同じ座標軸の右か左かと考えていただければよろしい。当然、前者に偏れば偏るほど電波ビンビンで大笑いできるが、後者に偏れば偏るほど「粗暴犯」度が高まり、笑えなくなる。「事件」としての義憤とか好奇心とはまた別の問題として、「笑い」度が落ちるのである。オウムぐらいの強烈な個性(困った個性であるが)でもないと、我らが『大宗教学』のような「笑い」を旨としたメディアで取り扱うには弱い。
 教祖以外の逮捕キャラが全然「立って」ないのも困ったもんである。ホーリーネームぐらいついてないのか。

 今日の『新ゴーマニズム宣言』。「都民の7割が石原を支持」だそうだが、詳しくはどういう設問に対して7割の都民が支持を表明したのかは不明。「三国人」発言を差別と取らない、という事か、単に石原都政を支持する、という事か。そのへんをボカしたデータ処理はズルいぞよしりん。
 で、マスコミの石原袋だたきにもかかわらず都民が石原を支持したこのデータをもって、よしりんは「マスコミにNOと言える市民の誕生だ!」とか持ち上げてくれてる。たしかに「三国人」ってテキストばかり槍玉に挙げるマスコミも愚かだが、庶民だってよしりんが持ち上げるほどモノ考えちゃいないよん。
 もし本当に、都民があの石原発言を聞いても何の危険思想も感じ取れなかったとしたら、それは、関東大震災ん時の流言虐殺事件の悲劇が風化しきったせいだと思うよん。石原だけじゃなくて1000万都民の7割も危険だぜ。ああ、外国人じゃなくてよかった。てゆうか貴様ら、90年前どころか10日前のグアテマラの日本人流言虐殺事件のことすら忘れてるだろ。
 それと、いいかげんW杯の日本代表サポーターの写真を表紙や「愛国特集」の扉に使用するのはやめれ、『SAPIO』(笑)。本来の意味でのパトリオシズム(愛国心)に燃える「市民」と、単に「疑似信仰対象」が欲しくて熱狂しているだけのジャリとをごっちゃにするのは、本当の愛国者に対して失礼ではないか? 自称右翼のハシクレとして断固抗議する。
 あやつらが奉ずる「日の丸」とは、「日本国家のシンボル」ではなく、あくまでも「W杯日本代表チームのシンボル」にしか過ぎないことが分からないほど、編集部はアレなのか。
5月11日(木)
 塩沢兼人、階段から落ちて急逝。往年の名声優がまた一人……。往年ったってまだ46歳だぜ。若すぎ。声ってのは容貌ほど歳を取らないから、まだあと20年は、あのノーブルな声を駆使して大活躍できただろうに。
 ああ、先日、葛西伸哉先生の『エシィール黄金記』に出てくる帝国商務顧問様(美青年でホモ)の声を、頭の中で氏の声に一発変換しながら読んだばっかりだというのに。『エシィール』アニメ化の際には是非とも氏に声をアテてほしかったのに。もっとも作者の葛西先生は、子安「ヘルメス」武人をイメージしておられたそうだが。それにつけてもめちゃめちゃ惜しい。

 いつのまにか、「みどりの日」を「昭和の日」にしろとの法案が可決へ。聞いてねぇぞそんな話。
 「『昭和』という偉大なアレ(時代を指すのか天●個人を指すのかいまいち不明瞭)を記念するため」だそうだが。なぜ「昭和」だけひいきにするねん。だったら文化の日も「明治の日」にしてくれ。
 てゆうか、歴代天●の誕生日ぜんぶ休みにしろ。「安徳の日」には安徳天皇を記念して、全国民壇の浦に身投げ。「冷泉の日」にはパラノイアだった冷泉天皇を記念して、蹴鞠を屋根の上に蹴り上げようと一日中リフティング。「武烈の日」「雄略の日」には、村人を木に登らせて下から矢を射かけたり妊婦の腹を割いたりするナイスイベント開催。「後醍醐の日」には、飼い犬に手を噛まれてみるとか(笑)。
5月12日(金)
 ひさびさに仕事をする気が戻ってくる。こういう時に事務系の溜まった雑事をこなしてしまう。

 全国のクウガファンサイトに激震が走る、との情報を、小泉理紗子氏のサイトで入手。
 どうも、電波なファンが自分のサイトに「撮影見学レポート」とかデタラメを書き、「善意のファン」が東映にチクったのが原因で、東映のHPにファンサイトへのかなり乱暴な(と言うか、背後の事情を知らずに読むとめちゃめちゃ横暴な内容に誤読してしまいかねない)メッセージが載せられ、それにまた問い合わせメールが殺到するわファンサイトは続々閉じられるわ、えらい事になっているらしい。
 イベントレポートすら「イベントの内容を載せることは著作権の侵害」と言われては、たしかにたまらぬ。そうか、室戸ひかり先生のクウガページに4日の五代雄介オンステージの内容が載ってないのはこれが原因か?

 その室戸先生の本陣掲示板には、各所から塩沢兼人氏追悼カキコがどさどさ。『パプワくん』でルーザー役だったため。主宰の人望がこういう時に現れるもんだな、と変なところで感心。俺も記帳しておく。
5月13日(土)
 埼京震学舎・フランチャイズ移転先候補として中野区を勝手に選定。物件を探しに行く。
 途中、上石神井の手前の線路で、カラスの死体を目撃。ざまみろ矢追純一(意味不明)。
 新井薬師前のとある地元密着型の老舗不動産屋へ。メガネにおひげの、松沼兄ヤンをダウンサイジングしたような小柄なおじさま(はぁと)が応対。「70,000/月までで本棚(幅平均85センチ)が5つ入る部屋を」と無理難題をふっかけてみる。
 思案ののち、ロフトつきの部屋を2つばかし見せてもらう。見取り図だけ見たかぎりでは、占有面積17平方メートルもあればきっちり家具が収まるかと思ったんだが、実際下見してみると全然違うもんである。1つめは2階建ての2階だが、川べりの、個人的にはイマイチなロケーション。しかも肝心のロフトは高さこそそこそこあるものの、屋根が傾斜しているため見事に三角形。大きい家具は何も置けないぞ。もう1つは環境は静かで気に行ったんだが、いかんせんロフトの高さが70センチ。中で座ることもできない。アウシュビッツじゃないんだから。この上の階は来月まで住人がいるそうだが、もっとロフトが高く、しかも物干し台もある。値段も手ごろ(66,000/月)で、荷物さえなければ住んでみてもよかったが、本棚を配備するにはぜんぜん狭すぎ。
 不動産屋のおじさまによると、中野エリアで6万円台は、だいたいこんな所らしい。7万円台でもあまり変わらず、もうワンランク上の、こちらが希望するだけの広さとなると、85,000/月ぐらいになるそうだ。現在の浪費レベルでそこまで出したら、即身成仏は必至である。古書市にも行けなくなるしトンデモアイテムもおちおち買えなくなる。もちろん『大宗教学』なんて金をドブに捨てるような活動はできなくなる(笑)。本末転倒だね! かと言って杉並以西となると、都心からの距離が遠くなり、メリットが薄れる。高田馬場から(ちょっと無理すれば)歩いて帰れるぐらいの距離でないと。
 てなわけで、移転計画は一から練り直すことにしました。今後一層、パラサイトシングル道に邁進しまっす。
 なお、今回行った不動産屋さんは、応対よし、女性社員も多いし、車の送迎料取ったりとか外道なマネもしないし、まずまずいいお店だったにゃ。近辺の物件もかなり揃えているし、第二次移転計画を立てたらまたここに頼んでみよう。

 それにつけても、なぜ90年代以降に建てられた住宅ってのは、分譲も賃貸も、こうヘンな形なのかね。外装のデザインに凝るあまり、天井が傾斜してて本棚のつっかえ棒もつけられなかったり、柱がとび出ていたり。また、無理に狭い土地に多くの部屋を詰め込んで経済性を高めようとして、占有面積10平米なんて正気を疑うような物件を作りやがる。全国の大家さんという特権階級は、自分で下宿を探した経験がないんじゃなかろうか。
 いや、民間だけじゃない。去年のはじめまで9ヶ月ほど住んでいた住都公団(当時)の家も、設備こそ全部屋にモジュラージャックやエアコン置き場がつき、照明や水回りもハイテクの塊だったが、風呂に窓もついてないので絶えず換気扇を回し、角部屋のわりには妙に薄暗い、おまけに部屋の形状もヘンで(特に俺のいた洋間は支柱が埋め込まれててメチャメチャな状態)、正直、住み難かった。
 今住んでいる築30年のボロマンションは、さすがに武蔵野の原野を切り開いてベッドタウンを建設し始めた頃の建造物だけあって、デザインにも余裕がある。なにより全ての部屋(風呂や便所にまで)に外気と外光が入り、居住性はずっと高い。エアコンを置ける部屋は南側に2つしかないが、それだって全部屋の窓を開放すれば家中吹き抜けの回廊状態になるのでそんなに心配いらぬ。ただし、北側の部屋にいる弟がなかなかフスマを開放しないため、やむなく俺の部屋には無理矢理窓用エアコンを配備してあるが。
 比較してみると、現在の住宅ってのは、各部屋の気密性・独立性が最優先されているのだな。各部屋にテレビも電話もエアコンも設置できる住宅を作ってみたら、風通しの悪い、外気も外光も取り入れ難い家になっちまった、と。
 さらに脱線するが。風水や家相占いとは関係なく、「子供がグレにくい家」というのがある。玄関を上がって、居間やダイニングのような親が常駐するパブリックスペースを通らないと自室に入れない家だ。子供にとっては、毎日一瞬でも、「親の目」を意識する、親と同じ空気を吸う、それだけでもかなり違うらしい。反対に、玄関からすぐに子供部屋にアクセスできる家では、子供が自室に容易に閉じこもれるため、家族に対する独立性が増す。「独立心が旺盛になる」とか思った貴方は甘い。家族の顔を見ずにすむ住環境を得た子供が、その不可侵の帝国で何をするか。三田佳子の次男のケースを挙げただけではまだ不十分だろうか。身近な実例を挙げるのはちとヤバすぎてはばかられるが。昨今の若年性異常犯罪の増加の原因が、「各個独立性」を追求しすぎた20世紀末住宅事情にあるとまで言ったら言いすぎかもしんないけど。でも、今後家を建てようと目論んでいる家族持ちの人は、頭の片隅に入れておいて損はないよん。

 火曜日の『グルグル』ビデオを観る。ククリにもらい泣き。
 ついでにメンコミで買ってきた「実写版『CCさくら』」ビデオを観る。出演者全員男。OPもEDも「ケロちゃんにおまかせ」コーナーもチープに再現。コスプレがかなり真面目に作ってあるせいか、総製作費はなんと55万。バカすぎ。さらに、撮影はちゃんと屋外。あのフリフリ女装コスプレで町中を走り回ったりゲーセンでDDRに興じるのだ。通行人が振り返る振り返る。もはや羞恥プレイの域である。笑った笑った。

 日記を少し更新。
5月14日(日)
【今朝のTV】
 『クウガ』。一条刑事、衝撃の名古屋弁だぎゃ。いつか五代も名古屋弁で語りかけてもらえる日が来るのかにゃー。
 『おジャ#』。今日のは親子入浴話、ハナちゃんの鼻をかむ話クラスの超秀作。また、子供と一緒に観てるママたちの投書が殺到しそう。「母と子の関係性」が『#』の隠しテーマか。商人モードのマジョリカがこわい。そうか、花屋にとっての「母の日」って、菓子屋にとってのバレンタインデーなイベントなのだな。「不謹慎」て言葉をさらっと使える小学4年生もこわいぞ>はづき。#版「まとめておきがえ」初登場。まさるくんかわいすぎ。
 『デジ02』。男心をいたぶるパタモンが素敵。フハハハハ、悪いぞ汝! 余裕しゃくしゃくなタケルと言い、大輔の精神は大丈夫だろうか。いつか嫉妬のあまりブチキレてデジモンカイザー以上の強敵になるのではないかと心配。あと、アンドロモンに抱え上げられたヒカリのポーズがちょっとえっちいぞ。

 礼拝後、ひさしぶりに地元のBook Offへ。福永法源本がまだゴロゴロ置いてある。1995年3月、あの日を境に古書店という古書店からオウム本の在庫が消え去ったのに比べると、何たる差よ。法源本もオウム本も、「どれ読んでも中身は同じ」という点ではさほど変わらないのに、この違いはいったい何だ。オウムがいかに人心を掴んでいたか、その図抜けた「オモシロサ」を改めて思い返す。
 世界日報社のわりと厚い本が50円均一の棚に移動していたのでゲット。待てば海路の日和ありってなもんで。
 さらに神田森莉先生のコミックスを2冊買う。ドムドムバーガーで読みながら呼吸困難に陥る。すごいぞこれは。「みんな天国、しあわせしあわせ!!」、クセになりそう……。

 少年凶悪犯罪の多発に鑑み、小学校教育で「命の大切さ」を教えることが検討されているそうだが。
 「命の大切さ」を学校の授業で教えなきゃならないとはのう。
 それよりも、教科書はどうなるんだろうか。宗教に触れずに「生命の尊厳」や「倫理」をどう教えるやら。「陛下の赤子同士いたわりあいましょう」って言うわけにもいくまい。文部省も大変である。

 頭が痛め(謎の日本語)なのでさっさと寝る。
5月15日(月)【ここまでは2000.05.17更新】
 小渕前首相死去。失礼だが、正直コロッと忘れていた。
 ここにきて青木官房長官「禅譲」過程への疑惑が一気に燃え上がる気配。「死人に口なし」と言わんばかりの青木長官の開き直りぶりがカッチョイイ。

 ここんとこ馬に食わせるぐらい起きている「17歳の犯罪」。今さら「26歳女性全裸監禁耳そぎリンチ」とか言われてもたいして驚かない自分に、かえって驚く。
 「バカにされたからムカついてリンチした」という思想性も何もない犯行理由がまた男らしい。こんなピカレスクなマネを、宗教もイデオロギーも軍事教練もなしにやってのけられる犯人の少女たち、正直すごいと思う。カエルの肛門に爆竹刺して破裂させるイタズラの延長線上なんだろうな。かっこいいなぁ。有罪の曉には公開凌遅刑希望。

 職場の近所にできたケーキ屋のケーキを食ってみる。なかなか美味しい。

 『ぶぶチャチャ』の原作者がパキスタン人だったとは知らなかった。(正確に言うと、日本に帰化してるので国籍は日本人だけど。)
 「チャチャ」ってのもパキスタン語で「叔父さん」て意味だって。

 本屋で『マンガ 太陽の法』6巻を思わず買ってしまう。そう、マンガ版『太陽の法』の最終章にして、最大最強の爆笑パートである。
 この本最大のミソは、もちろん講談社の悪口。「悪想念の渦の中心にそびえる講談社」とか「FRIDAY抗議デモを見守る天使の軍勢」とか、いくら地獄でタキギにされようと笑いをおさえきれない珍プレーの雨あられ。
 それにも増して、総裁先生の美化された半生にゲラゲラ笑う。「人一倍努力して、小学校の平均点99.7点」と言うが、努力も何もしないで100点満点だったお兄さんのことが一っ言も出てきないのはどういう事だろうか。「なぜ学校の名前や会社の名前に執着するのか」とか言って、「徳島一の進学校・城南高校」とか「東京大学」(もちろん浪人した事は書いてない)とか執着しまくってんのは誰だか。あ、トーメンの名前は出てこなかったな。万事この調子で、都合のいいデータは事細かに書いてあるんだが、東大での具体的な成績などのマズいデータは、一言も触れずにごまかす。自分より優秀な兄貴の存在も「マズいデータ」だったようで。
 誰ですか、「こんな美化しまくり漫画を描かせてよく恥ずかしくないな」と呆れている、人として最低な方は? これは、「どんなに暗い過去でも美しい思い出にすり替えられる前向きな精神を持とう」という総裁先生のありがたいメッセージなのです! ええ、きっとそうです! こういうポジティブシンキングさえできれば、ネオむぎ茶も世をはかなんでバスジャックなぞしなかったでしょうに!

 森首相が「日本は天皇中心の神の国」発言。前首相が死んだその日にさっそく大失言か。やるなぁ。

 某ネプチューンの番組を観ながら思う。
 我もしギャルに生まれせば、「出張ネプ投げ」で原田大明神に巴投げされながら
 「いやーっっレイプされるー!」
と叫んでみたかった……。
5月16日(火)
 先日入社した後輩から、とんでもない情報を入手。
 なんと、我が母校にあの深見青山が聴講に来ていたそうだ。
 M上Y一郎の科学史やM本Aんりの宗教学の講座に幹部信者と一緒にもぐり込んで。M本先生の講座なんか、他に受講生が2人しかいなかったからかなり怖かったらしい、とうとう先生が講座を閉めちゃったと。なんであんなコスプレ霊感商法男に聴講させるんだよおう>母校。
 なお、聴講は2ヶ月ほどでやめちゃったらしい。授業について来れなかったか(笑)。

 森首相、「『神の国』には日蓮も親鸞も入ってる」だと。日蓮が神か。親鸞が神か。仏教を何だと思ってやがるバカヤロウ。
 そもそも、「日本は池●先生を中心とした仏陀の国」としている公明党は、連立離脱せんのだろうか。

 (風雲ライオン丸)
 野党怒ってるー 与党困ってるー
 神のー 神ーのー 神のー国ー
 行こう暴言の旅ー 行こう失言の世ー界ー

 『グルグル』。原作でもいい話だったけど、音と動画が入るとまた格別。今度のアニメ、時間帯のわりには音楽をけっこう本気で作ってくれてるのがうれしい。あの子守歌、こういうメロディがつくか。
 『ポケモンアンコール』は名作・ロコンの回。珍しくタケシがかっこよく、珍しくカスミがひどい目に遭う異色話。ロコンに自家製フードを食べてもらって大感激するタケシに感情移入しまくる。ユキさんにロコンを託され感涙にむせぶシーンは、何度観てももらい泣きしちまう。尊敬する斯道の大先達に実力を認められる喜びって、何物にも代え難いよな。
 ところでこの回、ピカチュウの性別が初めて明らかにされた記念すべき回ということはあまり知られていない。たしかにユキさん、ピカチュウを「彼」と呼んでるぞ。すなわちオスと認定。
5月17日(水)
 文部省が、小学一年生の授業から英会話を教えることを検討しているそうだ。オー、リアリー?
 それ自体は別にいいけど、円周率を「3」にしなきゃならんぐらい授業数減らして、なおも他の科目のコマを食うつもりか。アンビリーバボー。
 ぜひとも、「ゆとりの時間」とやらを潰して英会話に充当してくれプリーズ。

 いまや「神の国」と言やぁアウグスティヌスじゃなくて森喜朗になっちまったが(宗教学方面限定ギャグ。これ、職場の上司にはウケたのよねぇ〜)。
 おかげで小渕前首相の弔いムード、すっかり台無し。せっかく総選挙の時期も計算した上で、万を持して生命維持装置のスイ(6文字削除)ってぇのに、バカだねまったく。

 (ぼくらはきょうだいてんとう虫)
 日本は陛下の国なのさ 国民主権の国じゃなく
 天●中心の神の国 仲良くおがむ国なのさ

 森の「神の国」発言がこんだけフィーバーしちまったのは、あいつにゃ「教育勅語にはいいところもあった」発言という「前科」があったからだろうね。
 森はじめ彼ら「教育勅語復活派」が言う「教育勅語のいいところ」(父母ニ孝、兄弟ニ友、夫婦相和、朋友相信、恭倹己ヲ持シ、博愛衆ニ及ボシ、学ヲ修メ業ヲ習ヒ、智能ヲ啓発、徳器ヲ成就、公益ヲ広メ世務ヲ開キ、国憲ヲ重ンジ国法ニ遵ヒ、義勇公ニ奉シ、の12の徳目)ってのは、よくわかる。
 ただ、これらの徳目はすべて、「以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼」するための「朕ガ忠良ノ臣民」の義務なんだよな。つまり、天●の支配体制を維持していくための秩序として、「12徳目」は設定されている点を見逃しちゃいけない。それがために、教育勅語は1948年、国会において廃棄されたのである。
 たしかに、「教育勅語にはいいところもあった」。だが、それらの徳目は、全て「天●の支配を永遠不朽のものにする」こと、その一点にのみ収斂されていく。
 これとよく似ているのが、ORの教えだね。あちこちの宗教や哲学からいい所だけを引っぱってきて、全て「俺ことエル・カンターレ様を崇めよ」の一点に集約させていく。「教育勅語にはいいところもあった」のなら、幸福の科学だって負けないぐらい「いいところがある」ぞ。
 どちらも「どんなに立派なお題目を標榜したところで、その文脈が全てを台無しにする」、格好の例である。
 なんで教育勅語がオミットされねばならないのか。それが理解できない森なればこそ、今回の「神の国」発言も出るべくして出たんだろう。

 親孝行だの「みんな仲良く」だの遵法精神だのは、たしかに悪いことではない。ただ、別に教育勅語なんぞ使わんでも、いくらだって教えられるはずなのに、なぜ、わざわざ「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼」することを最終目的に置いた教育勅語を持ち出すのか。森たちはそれを一言も説明してくれない。
 我が国には、国民普遍の倫理を保障するべきバックボーンが、「天●」しか存在しないのか? 天●制を捨てて55年も経っているのに。他にないんか他に。
 でもまぁ、「普遍のバックボーン」を設定する、となると、「信教の自由」なんて言ってられなくなるし。「普遍のバックボーン」を持つ国ってのは、すなわち全国民が同じ宗教を信じてないと話が通じないし(イスラム国とか、全体主義の国とか、マルクス主義とか……)。それを無理に全宗教を包括してみようとすると、ORみたいなゲテモノが生まれるわけだし。
 ほんと、この55年間、日本人はなにをやってきたんだか。戦前生まれの年寄りは「天●」にしがみつき、高度成長世代は「バックボーン」の事なんぞ考えず経済成長に邁進し、で「1945年8月15日以降の倫理」はついに生まれてこなかった。
 こんなことなら、天●制を復活させたほうがまだマシ、と考えてしまうのもむべなるかなである。「天●制に反対なら、他の対案でも出してみろ」とばかりに。実際、俺にも対案は見つからない。どうしよ。天●抜きの倫理。
 戦前、日本精神の美徳とされる部分をすべて天●制に結び付けてきてしまったツケである。いざ天●抜きで道徳を打ち立てようとすると、「忠孝」とか「奉公」とかって言葉を使っただけで天●の匂いを感じ取ってしまう(パブロフ効果)。「解脱」とか「布施」と聞くとオウムに直結して連想してしまうようにな。天●憎けりゃ徳目まで憎いってなもんで。どうするよオイ。

 酒鬼薔薇聖斗フリークの人からメール。どういうルートでこのページをかぎつけた?
 調べてみたら、Infoseekで「酒鬼薔薇聖斗」+「替え歌」で検索かけると、トップにうちの替え歌ページが出現することが判明。とほほ。
5月18日(木)
 『クウガ』の一条刑事が7年前に出したシングルCDを、50円均一の棚でゲット。
 今どきの男性ボーカルにしては声質が骨太で、歌唱法もなんとなく西城秀樹を連想させる。WANDSが歌いそうな(時代背景も踏まえた喩え)楽曲といまいちミスマッチなのが微笑ましい。
 ただし、ヒデキを連想させられただけあって、正直言って歌そのものはなかなかうまい。惜しいなぁ、これで立花藤兵衛クラスのヘタクソさだったら、次回の学会例会に使えたのに。

 「銃夢」の件、作者兄弟の全面降伏で幕、の報。
 自らの過ちを認めた者に、追い打ちはかけまい。

 優柔院恵冷酪餅大居士(勝手につけよう他人の戒名)。来月、党・内閣合同葬をするらしい。総選挙直前にムードを盛り返す目的ありあり。「神の国」発言で失ったポイントをどこまで回復できるか、自民党も必死だろうにゃ。
 逆に野党は、合同葬の時までに森内閣に致命的ダメージをくらわしておかねばならず。「神の国」だけでなく、青木官房長官の密室禅定をとことん追及するべし。森側はとにかく何があろうと選挙までは内閣を維持し続ける「短期守備決戦」の腹づもりだろうから、攻め手は苦労するだろうな。

 (スーパーモンキー孫悟空)
 スーパー総理 スーパー総理 スーパー総理 森喜朗
 天皇中心 神の国 沖縄教師は アカだらけ
 大阪はタンツボ 金ばかり いいとこあったよ 教育勅語
 めっちゃムカムカ 抗議する野党ども
 うるさいうるさい 消えてくれ 総理にゃ総理の主義がある
 スーパー総理 森喜朗 スーパー総理 森喜朗
 暴言暴言 また暴言 暴言暴言 また暴言
 暴言暴言 また暴言 暴言!
5月19日(金)
 以前、葛西先生が「カダフィの替え歌は、ここ2年ほどでだいぶレベルが上がってきている」と仰っていたが。たしかにそうかもしれない。いつぞやの『モーホー戦隊バラゾック』あたりから、「打率」が上がってきただけでなく、作風も確実に進化してきている。いつか追い抜かれるかもしれないぞ。(自分のほうが上だと思ってんのかい?>俺)

 親と話していて、「ネコの額にMの字がついているのは、マ●ドナ●ド養殖もののシルシ」ということで落ち着く。
 うちのネコも養殖場から脱走してきたらしい。
 ……西洋では、「キリストが生まれた時、幼いキリストにネコパンチかまそうとしたところマリア様が『これいけませぬ』とネコの額を押さえて、それ以来マリア様のイニシャル『M』の字がついた」という伝説があるそうだが。それよりは信憑性がないか?
5月20日(土)
 替え歌の整理。だが、いまいち替え歌の天使が降りてこない。寝不足のせいか。
5月21日(日)
 まえばり娘 Only 同人誌即売会「第1回 はりケット」を見学。こんな『楽しい午後の過ごし方』のネタみたいな、ストライクゾーン狭すぎるイベントが本当に開催されているのか、ぜひともこの眼で確かめてみたくなってな。
 行く途中、なぜか石原都知事の替え歌がぼこぼこ思いつく。今ごろ替え歌の天使が降りてきたようだ。
 会場は浅草橋の東京卸商センター3F。入り口の「今日の催し物」を書いたボードに、「はりケット」と、併設の「ぽぷケット」(小西寛子キャラ限定イベント)の名前が記されている。本当らしい。
 500円もするパンフレットは、サークルカットがそのまんま絵ハガキになるという凝りよう。もちろんどのカットも、股間にまえばりをつけた女の子の絵。こんなの誰に送れと? 使った分だけ友達を失いそうである。しかも「コスプレ可」ですと。スゲェぜ。「女性のみ更衣室を用意してあります」「まえばりのコスプレの場合にはストッキング/ニーソックスとの併用などで身を守ってください」……マジアテンションなんだかネタなんだか、判断に苦しむ。
 チラシでは「40サークル募集」と謳っていたが、実際に並んでいたのは10サークルほど。そりゃそうだろう。しかし、10サークルとは言え、全てのブースに、まえばりをつけた女の子のマンガやイラストが載った同人誌が並んでいる空間の異常さ、これは何と形容したらいいのだろうか。吉田戦車のマンガの中に迷い込んだような。ワクワクしてくる。ざっと回って、学会で報告できそうな本を何冊か収集する。
 一口に「まえばり」と言っても、「全裸にまえばりだけ」派と、「上半身は普通に服を着込んでて下半身はまえばりだけ」派に大別されるらしい。前者は『コサキン』のギャグ、後者は『神聖モテモテ王国』のファーザーに通ずるものがある、と言ったら怒られるかもしれないが(どっちに?)。また、まえばりの材質も、「無造作に肌色のガムテープをびっと貼っただけ」派もあれば、ペーパータトゥーのような洗練されたデザインを案出している人たちもいて、こういった各人の細かいコダワリが面白い。
 カタログを見ると、「第2回」の開催も目論まれているらしい。今後さらにメジャーになって、「トゥナイト2」とかで特集されて、「ヘアヌード全盛の風潮に辟易した若者たちのアンチテーゼ」とかスカしたコメントをもらえるぐらいに発展していってもらいたいものである。こういうコダワリは大好き。
 なお、となりでやっていた「ぽぷケット」もなかなか熱いイベントであった。『ファンファンファーマシー』はやはり名作であった。

 総武線で帰ろうと思ったが、水道橋まで来たところで、「そうだ、ドームでロッテ戦があるじゃないか!」との天声を受信。
 試合は、運とコントロールはないが球威は十分の小野シンゴと、球威はないんだがうまくタイミングを外し三振とゴロの山を築く立石の息づまる投げ合いになる。ロッテの勝ち頭に成長した小野はともかく、立石があんなに投げてくるとは、かえって日本ハムファンのほうが我が目を疑ったんじゃなかろうか。0対0のまま延長に突入し、最後はウォーレンとミラバルの投げ合いにまで発展。けっきょく12回引き分け。疲れた。
 教会の夕礼拝に(遅刻して)出席、さっさと帰って寝る。

 千葉千恵巳の情報公開写真集、Yahooオークションで5ケタの値がついてるらしい。
 しまった、2冊持ってたのの1冊、新田さんにあげちゃったんだ。
 またどっかの古書市で見つかんないかな。
5月22日(月)
 行き道、「17歳の地図」の替え歌を思いつく。これは本に載せなきゃな。
 十分大人の〜 Seventeen's crime〜。

 帰り道、中古CD屋で旧『グルグル』(「旧」とつけなくてはならなくなるとは……感慨。)のOPと、ペニシリンの「ロマンス」を買う。
 ふてく〜さ〜れるそんし〜。

 書店でふと『Quick Japan』を手に取ってみると、『エイリアン9』の特集が。富沢ひとし先生のインタビュー記事がよくできている。秋田書店がアニメ化はじめ今後の商品展開を目論んでいるというのは面白い。あの不思議な間合いで構成された作品世界をどう映像化する。特に、音はどうなる。なんか、BGMを極力排したフランス映画みたいな雰囲気になりそう。あえて入れるなら、個人的には初期のZABADAKがいいにゃ。「オハイオ殺人事件」とか出してた頃の。
 なお、途中にいきなり挿入されていた東・竹熊・あと一人誰だったかのインタビュー記事は邪魔

 (ジェッターマルス)
 な●ぷる な●ぷる 君はどこへ行く
 な●ぷる な●ぷる 実体オ●ム
5月23日(火)
 朝から喉がいがらっぽし。

 「亜ERA」(←おい)こと「Yomiuri Weekly」(旧・週刊読売)に、「仮面ライダークウガ」が何故か大人に大受け、という見開き記事が載っていた。
 ただし、「やおいねーちゃんのツボ突きまくってコミケで大フィーバー!」という記事ではなく、いつもポジティブな「癒し系ヒーロー」に大人たちがメロメロになっている、という分析。なるほど。

 「癒し系」て、数年前の「天然」と同義語だよな。(ぼそ)

 ここ最近また白熱してきた少年法「改正」論議。
 自分らの「ゆとり/個性教育」の失敗をタナに上げて、その失敗の責任を全部子供に負わせようとしてやがる。大人たちのその責任転嫁ぶりが笑える。
 もちろん、審理の内容を被害者側に通知するなどの、被害者感情に配慮した改正は大歓迎。
 だが、「犯人に厳罰を」とか「加罰年齢をもっと引き下げろ」というのは、「教育刑」の理念にそぐわないのではなかろうか。「被害者感情に配慮」した議論というよりは、庶民の溜飲を下げるための「見せしめ刑」へのシフトとしか思えない。諸君も胸に手をあててよ〜く考えてみてほしい。
 そこでだ。「改正」するんだったら、犯人に厳罰を与えるよりも、むしろ、親や学校や共同体に、「ガキの悪さを放置していた罪」を追及する方向に改正してくんないかなぁ。
 学校や警察が、どんなにいじめやカツアゲやリンチを見て見ぬふりしても罪にならない、というのは絶対おかしい。だからこそ、奴らはかかわり合いになるのをめんどくさがって、被害者が死んだり5000万円まき上げられたりするまでほっとくんだろ。職務怠慢のかどで業務上過失致死・致傷ぐらいつけてもバチは当たるまい。

 (ハレンチ学園)
 ウンバババッバー ウンバババッバー
 ウンババ マリーンズ ウンバッバー
 ウンバババッバー ウンバババッバー
 ウンババ マリーンズ ズンズンズン
 監督西向きゃ選手は東〜(意味なし)
5月24日(水)【ここまでは2000.05.27更新】
 外国人の流入によって国内の右傾化が進む現象って、つまりは抗原抗体反応だよな。
 むろん、免疫はあるにこしたことはないけど、日本のような平和な国では、免疫がムダに力を持て余す。
 石原みたいなエセ右翼は、そうして出てきたアトピーみたいなもんで。

 今週の『新ゴー宣』は、例の裁判ネタ。この件に関しては、よしりんにかなり賛同する。
 なるほど、あの判決文を深読みして、「時事評論マンガ」と「普通のマンガ」を分けて考えようというアイデアは面白い。

 メタタグも無視する情け無用の検索エンジン・Ringring、復活。めちゃめちゃうれしい。おかえりなさい。

 (猫の森には帰れない)
 タコの府知事にゃ帰れない
 右手 パンツに入れたから
 タコの府知事にゃ帰れない
 なくした支持は 戻らない〜
5月25日(木)
 風邪でぜんぜんダメ助。

 先週買った一条刑事のシングルCDを、郵便で室戸先生におしつける。
 その5時間後、こんどは一条刑事のデビューアルバムを発見。
 捨てた牌をまたツモってきてしまったような気分。

 古書店でふと買ってしまった、今井和子・村田道子編『おひしゃまだっこしてきたの』(アリス館、1996年、1,553円)を読む。
 子供の口から時折飛び出す、大人の発想を超えたとんでもない発言の数々を、保母さんや母親が丹念に収集した一種の「語録文書」なんだが、これが結構面白い。
 「子供の屁理屈」「ボキャブラリー不足に起因する聞き間違い、特殊な言語用例」「子供の脳内つじつま合わせ」など、症例ごとに分類されており(見出しは俺が勝手につけた)、大人なりに「子供の論理」を理解した上で編集がなされているところが好感が持てる。
 なお、子供のセンスオブワンダーを尊重すると言っても、並行して読んでいる『緊急!マリア様のメッセージ』の育児文化研究所のように、「子供の聖性」を異常に持ち上げ、自分の子供を「さん」付けで呼んだり子供のタワゴトを本気にして「地球が滅亡してUFOが選ばれた人間だけ救済する」とか騒いだり「子供が流産したり早死にするのは母親の魂が低レベルだからだ」なんて残酷なことをほざいたりする狂いっぷりは全くない。

 みつる「せんせい、ぼくの おかあさん、にんじゃ」(五歳)
 保 母「どうして?」
 みつる「だって、おさら なげるんだもん」 

だの

 きょうこ「おかあさん、おとうさんのこと すき?」(五歳)
 母   「好きよ」
 きょうこ「そうだから けっこんしたんだね。
      わたし おにいちゃんのこと すきだから、
      おにいちゃんと けっこんするの」
 母   「きょうだいでは だめよ」
 きょうこ「どうして? おかあさんと おとうさんは、
      かぞくで けっこんしてるのに!」

などは、まさに天然のキッズジョークというテイである。まったく、家族でセックスして子供まで作るとは、ケダモノにも劣る背徳ぶりである。(おい)
 これを読んでいくと、「子供の発想」が大人からは柔軟に見えるのは、「限定されたボキャブラリーと限定された情報で、懸命にこの世界を把握しようと、言葉をあれこれ駆使するから」ということがよく分かる。
 語彙も情報も持て余すほど持っている大人は、皮肉にもその語彙・情報に縛られる。世界のある事象を語るのに、最も適した「そのまんま」な語彙、「そのまんま」な公式を一つ当てはめれば事足りる。そのため、かえって、言葉を柔軟に使うスキル、事象を複眼的に捉えるスキルが錆び付いていってしまう。それが、「大人の硬直した発想」の正体なんじゃなかろうか。
 「不足」が、かえって新しい創造を生み出す面白さ。大人たちもそれを知っているはずだ。学生時代、和英辞典で熟語の漢字を調べた経験のある者は手を挙げよ。ポケベルの数字語呂合わせによる言語通信法、パソコン通信の顔文字、「縛り」があってこそ研ぎすまされていくものは確実に存在する。
 ちなみに、育児本をたてつづけに読んでいるからと言って、別に出産の予定はないので。

 風邪薬と、リポビタンスーパーを1本飲んで寝る。
 そしたら薬とリポが変な反応をしちまったのか、喉がめちゃめちゃいがらっぽくなって呼吸困難に陥る。喉にオガクズ詰め込んだというか、喉自体が砂肝と交換移植された改造人間になったような感触。ちくしょう、眠れやしねぇ。
5月26日(金)
 風邪気味に加え睡眠不足で、デスクワークしてても集中できない。
 そこで、先日から放置していた図書室の古書を分類。やはり古書をいじっていると心がなごむ。耳の突起物をさするファーザー状態にゃ〜。
 そのかわり、さすがに喉が痛くなる。(あたりまえだ)
 それでも夜遅くまでゲラ読み、一緒の電車に乗り合わせた先輩に『緊急!マリア様のメッセージ』のスバラシサを力説しながら帰る。

 森首相、言い訳記者会見。ぜんぜん言い訳になってない上、発言撤回の気配すらなし。全国の自民党議員が頭を抱えるさまが見えてきそうである。
 いっそ森も暗殺して「ダブル弔い合戦」にしたら?
5月27日(土)
 起きて食って薬飲んで寝て起きて食って薬飲んで寝て起きて食って薬飲んで日記書いて寝る、そんなときめきのウィークエンド。

 若者の間とかで「ぼかし言葉」てゆうか?が流行っているらしいような事を朝の「ウェイクアップ」で言ってたみたいな、うん。
 「他人との衝突を恐れて断定口調を避け、その結果、他者との間合いの取り方が学べず、自閉的になっていく」という理論。
 そうか、それで、持って回った言い回しの多い日本人は、自閉的で外交ベタなんだね。けけけけけ。

 「ぼかし言葉に対して大人たちは「気持ち悪い」とか「はっきりしろ」とかいうけれど、おまえらだって、ビジネスや政治の世界では十分「他人との衝突を恐れ」て「ぼかし言葉」を多用しているくせに。
 日本だけじゃない。「ぼかし言葉」は万国共通の丁寧語だと思うんだが。たとえば、英語で他人に物を頼む時でも、「Please (動詞)」だけでは丁寧語にならん。丁寧に物を頼む時は「Would you like to (動詞)?」と、まだるっこしい言い回しになる。しかも疑問形に変形するんだぞ。
 「他人との衝突を恐れ」て何が悪い。そんなに言うなら若者全員ロッケンローラーになって、おまえら大人にガンガン衝突してもいいのか?

 「ぼかし言葉」と「断定口調」と言えば。
 古参読者は薄々気づいているかもしれないが、『大宗教学』の物言いも、1995年あたりまでは圧倒的に断定口調だったのが、以降「ぼかし言葉」が増えてきている。
 1995年と言えば、主筆であるところの俺がニフティ(現:@nifty)デビューを果たした時期と一致する。それまでは(受けるにしろ送るにしろ)一方通行の情報手段しか持っていなかった俺が、インタラクティヴな情報ツールにアクセスできるようになったのが1995年だ。読むだけにしとけばよかったんだろうけど、ちょうど巻き起こったオウムフィーバーの波に乗り、なんだかんだとオウムネタを書き散らしたさ。
 そしたらある日某所で、とあるオカルト好きのバカチンに噛み付かれまして。詳細を書くのはめんどくさいのでやめるけどね(知ってる人は密かに大笑いすること)。今なら別にどうってこたぁないんだけど、当時は「他人に自分のオピニオンを否定される」という体験がなかったもんで、まぁ全人格を否定されたかのように(実際人格まで否定されたんだけど)ショックを受けてねぇ。さらに俺を弁護してくれる人まで巻き込んで一大局地戦の様相を呈して……。
 それまでは、この世の中に「他人の発言を全面的に悪意をもって受け取り、それにケチをつけねば気が済まない民族」が存在するなんてこと、これっぽっちも知らなかったんスよ。普通、「他人のオピニオンを読むときは、それがたとえ自らの持論と食い違っていても、その他人の思想背景を考慮し、尊重した上で対論をぶつける」……それが、パソコン通信等における「議論」だと思っていた俺が、すっげー甘チャンだったんだけどね。
 また、「思想も生活の座も違う人間同士が意見を持ち寄る場では、言葉遣いに気をつけ、いらん誤解や衝突を生まないよう留意する」という一般常識が、決して全てのネットワーカーに受け入れられていないことも、そのバカチンとの衝突で知った。今なら2ちゃんねるとかさんざん見て、そんなこたぁ百も承知だけど、あの時は衝撃だったんだよ、いやホント。
 それが原因で、以後、特に長い文章を書くときには、言葉を慎重に選び、巧妙に逃げ道を設定しながら(笑)書く癖がついてしまいまして。ええもうこの日記書いてる今この瞬間もドキドキものっスよ。おかげでただでさえ遅筆なのがさらに重いコンダラでも引きずるかのごとく遅くなりまして。文体も一旦破壊するわで、もうた〜いへん。あん時のバカチンには感謝してますわ〜おほほほほほ。(狂)

 そんなわけで、「他人との衝突を恐れて何が悪い」というのは心底からの本心である。確信犯的に衝突してくる当たり屋まがいのバカチンにくらべりゃ、必要以上に車間距離を取るガキのほうがなんぼかマシか。
 むしろ「ぼかし言葉」の問題点は、「●●系」「●●的」「●●とか」など、「なんとなくそれらしい言葉」で万事を済まそうとするあまり、語彙が減り、言語能力が世代を下るごとに貧困になっていくというところではないかな。
 苛立ちを表す動詞が「ムカツク」に統合されてしまったため、自分の苛立ちをうまく言語化できず、物理的破壊活動にそのはけ口を求めてしまうガキなんか、まさに「言語能力低下」の犠牲者であろう。今のガキの使用言語を聞くとすごいもんだよ。尾崎豊の詩にさえ教養を感じてしまうほどだ。今のガキの代弁者になろうと思ったら、肺の空気が尽きるまで「ムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツク」って連呼するだけで事足りるぞ。なんか「億泰億泰億泰億泰億泰億泰億泰億泰億泰億泰億泰億泰億泰億泰億泰億泰」みたいだな。

 ビデオで今週の『デジ02』。やるなぁデジモンカイザー、大輔に土下座を強要するわブイモンにどたま踏みにじらせるわ。言葉責めもたまらんぞ。朝っぱらから羞恥プレイとは、さすが天才少年・一乗寺賢。教育上良すぎるザマス。やはり、新シリーズの裏テーマは「SM」だ!
5月28日(日)
 まだフラフラしてるので、礼拝終わってさっさと帰り、寝る。

 サン=テグジュペリの乗機(ライトニングの偵察機型)がマルセイユ沖で発見されたらしい。撃墜か事故か。前者だったら、やっぱ世界中の『星の王子さま』ファンはドイツを怨むんだろうなぁ。
 まぁどっちにしろサン=テグジュペリの早世を惜しまない奴はいるまい。
 いるとしたら、『星の王子さま』の著作権がさっさと切れて喜んでる出版社……





転送が中断されました!

5月29日(月)
 朝からめっちゃ肩が重い。

 林真須美、自殺未遂。
 かわいそうに、釘や針金まで食べるとは、よっぽどおなかがすいてたんだろうね。
 北朝鮮の子供だってそこまでは食わんぞ。

 ストーカー法、成立。
 これによって今後の恋愛シーンは、
 ・「ストーカーと言われるかも……」と余計にシャイになってしまう少年少女
 ・「ストーカー? 誰のことだ?」とオノレを省みずストーキングに走るバカ
とに二極分化していくことであろう。出生率落ちそう(いや、もちろん法律自体は歓迎するけど)。もちろん俺は自意識過剰なので前者。

 「神の国」関連で、ふと思う。
 ローマカトリックが「聖職者の独身制」を発明したのって、実は、ローマ帝国とか見てて、「世襲」の危険性をよ〜く知っていたがゆえの知恵だったんじゃなかろうか。
 もし、最高神官たる教皇を世襲制にしたら、その血筋の権力はとんでもないものになっていたに違いない。世襲じゃなくてもあんなにスゴイんだから。
 「もしも、最高神官が世襲だったら」。そのシミュレーションをしてしまった世界唯一の例が、天●であって。そりゃみんな天●を恐がるわけだわ。

 (じゃじゃ馬にさせないで)

 ヤッパッパー ヤッパッパー 天●制
 みどりの日は 昭和の日
 ヤッパッパー ヤッパッパー 天●制
 森の脳は サメの脳
 日本は神の国 天●天●で日が暮れる
 口がすべってから 天●天●で ナンダカンダと
 すったもんだの世紀末
 なぜ教育勅語は よかったと言えないの?
 張り合うと総理も 支持率が落ちちゃう!
 ガメつい大阪人 タンツボのように
 アカの教職員 住みついた 沖縄
 迷惑よ だけど 今夜だけ総理 選挙まで総理

 ……元歌をよく知らないとダメだな。
5月30日(火)【ここまでは2000.06.03更新】
 昨日のマスミの「人間ポンプのじじいのモノマネ in 拘置所」だが、どうやらヒステリーだったらしい。
 キレると見境つかなくなって、一文のトクにもならんバカをしでかす人格障害ってあるよな。この延長線上に、あの動機不明瞭な砒素カレー事件があると思うと、ヤバいのはなにも17歳ばかりじゃねーよなーとしみじみ慨嘆。
 井戸に入れれば三国人、カレーに入れればマスミちゃん。

 最近雲隠れしていた鈴之助氏の新作替え歌を見て、またうちのめされる。「ジャックだぜ」とは、完全に裏をかかれた。
 ライバルは、「頑張れば手が届きそうな気がするんだけどなかなか届かない」程度のレベルの相手を設定するのがちょうどいい。鼻先にニンジンぶら下げられて疾走する馬のごとく。
5月31日(水)【ここまでは2000.06.04更新】
 きのう、井上大輔、自死。58歳。……先月1日の日記に井上のことを書いたばっかりなのに……。
 その唐突な死に、そして、今までさんざん井上大輔井上大輔言ってたくせに井上大輔が元ブルーコメッツにいたことも知らんかったおのれのウスさに、涙する。
 きのうの夕方にもこのニュースは聞いていたんだが、「ブルコメの井上忠夫さん自殺」と言われてもピンと来ず、クレイジーキャッツのメンバーが死んだぐらいの感慨しか持たなかった。それが何だよ、「井上忠夫」って井上大輔だったのかよ!
 それにしても、ボクサーでもないのに網膜剥離を苦に自殺すんなよ。耳や喉ならともかく。他にもいろいろ悩みはあったらしいが。でもなぁ。

 ニュースでは「ブルー・シャトウ」がガンガンかかりまくる。あとは「2億4千万の瞳」、「(め)組の人」、それにオタ向けに「哀 戦士」か。馬に食わせるほど作ったCMソング群はちっともかからなかった。「I FEEL COKE」なんかカラオケに入ってるぐらいの代表曲なんだが。番組スポンサーとの兼ね合いもあって難しかったんだろう。
 普通のファンは、ブルーコメッツ時代の曲や、フィンガー5以降数多の歌手に提供した曲で井上大輔を知ったんだろうと思う。俺の場合は珍しく、井上本人のオリジナル曲から井上にハマったクチである。
 昔、TVKテレビ(テレビ神奈川)など地方UHF局は、昼下がりの時間帯に延々和製ポップス(当時はJ-POPSなんてスカした用語すらなく「ニューミュージック」と総称していた)のビデオクリップを流していた。夏休み、当時まだファミコンも持たず同人も知らず女もおらずホモにも走らずヒマをもて余していた厨房の俺は、この和製MTVを録音しながらダラダラ見ていた(当時のジャリがこぞって観ていた本家MTVは、英語と夜更かしが大の苦手だったため観てない)。俺の邦楽偏重趣味と、誰も知らないドマイナー曲をカラオケで歌いまくる広く浅い音楽知識は、みなこの時に確立したものである。
 そんな中で出会ったのが、「井上大輔」とかいう平凡な名前の歌手が歌う「Stay--去りゆく夏--」という曲だった。ビデオクリップは「ラジオスターの悲劇」を思わせる雰囲気の安いSF調(たしか、女性型アンドロイドを造って気に入らなくて爆破するみたいなひどいストーリーと記憶している)、仮面の男が奏でる電子ヴァイオリン(?)は何故かサックスの音色、最後にその仮面を取ると生え際の後退したじじい(井上)がにんまり微笑む、という、今観たら倒れるだろうが当時としては常識的範囲のものである。問題はその楽曲だ。甘ったるいバラードだが、曲のどこをぶった切ってもあざといまでにキャッチーで、一回聴いただけでハマっちまった。今にして思えば、まさに井上大輔のスタンド能力の粋のような作品だった。この「どこを切ってもキャッチー」というのは井上大輔の曲の特長で。曲が「A-B-C」と構成されるならそのAメロBメロCメロ全てがCMソングに使えるほどのクオリティを持っている。案の定、この曲もしばらくして銀座じゅわいおくちゅーるマキだかカメリアダイアモンドだかその辺の、深夜番組でよくかかるCMのバックに採用されてたはずである。
 その時かかった「Stay」を録音したテープは現存する。一緒に収録されているのがハワード・ジョーンズの「Life in One Day」とかa-ha(復活したね)の「Take On Me」とかオフコースの「夏の日」(ビデオクリップに西川のりおが刑事役で出演してたのが「時代」であるなぁ)とかTMのデビュー曲「金曜日のライオン」とかピチカートファイブのこれもデビュー曲「オードリーヘプバーンコンプレックス」とか杉真理の「Key Station」とか。爆風スランプの期間限定曲「ああ!武道館」も入っているので、文献批判により時期は1985年と判明。俺が15歳の夏だな。そんな歳にこんな20代OLみたいな趣味してたんだ(今でも全部好きだが)。「年寄り」とさんざん言われてたのもうなずけるナリ。何年かぶりに聴いてみる。うああ、サックスの調べがせつないよう。やっぱいい曲だよう。涙ぼろぼろ〜。
 不謹慎を承知で言うけど、尾崎豊が死んだ時にほとんど全曲がカラオケに入ったみたいに、どさくさまぎれにカラオケに入ってくんないかなぁ、「Stay」。

 オリジナル曲でハマって初めてその芸名を認識し、その後、意外な名曲がそいつの手によるものと知って驚愕していく、というパターンは、他のマイフェイバリットアーティストと共通するところである。「Com'on Mamy」でハマった尾崎亜美、「君と約束した場所」でハマった熊谷幸子、いずれも一般的知名度の低さに比して、記憶に残るCMソングや意外なヒット曲を(今なお)多数連発している隠れた天才という点で、井上大輔とそっくりかもしれない。「3分で作曲した『ブルー・シャトウ』」伝説も、尾崎の「年末大掃除の最中に頼まれて1日で作詞作曲した『天使のウインク』」伝説に似てるし。
 小室哲也とかつんくとか、プロデューサー業までできる作曲家は前面に名前が出る。しかし、純粋に作曲業に徹するアーティストは、死にでもしないかぎりその業績は一般人に知られず、恒常的に評価されることもない。その楽曲を歌うアイドルの名前は記憶に残るのに。歌謡曲シーンでは、「天使のウインク」は尾崎亜美ではなく松田聖子の手柄として記憶されている。いいのかそれで。たとえば、クラシックなんかどうだ、圧倒的に作曲者の名前のほうが残るのに。ヘンデルの名前は知ってても、18世紀、彼のアリアを歌いまくっていたソプラノ歌手の名前まで熟知している奴はめったにいないだろうよ。
 もちろん、リアルタイムではヘンデルよりも歌手のほうが有名だっただろう。モーツァルトが生きていた当時は、サリエリのほうが人気があった。J.S.バッハも死後は、メンデルスゾーンに発掘されるまで歴史の闇に埋もれていた(大滝詠一に発掘されたトニー谷みたいざんす)。そういう不条理は音楽の世界にはつきものなのかもしれない。
 リアルタイムだとどうしても、華やかなほう、売り込みかたが上手いほうに耳目は集中する。が、「歴史の篩(ふるい)」をかけられれば、残るべき物だけが生き残る。何年か前、「21世紀に残したい昭和の100曲」という視聴者投票番組があったんだが、一時代あれほどのムーブメントを巻き起こしたはずのピンクレディーの歌が1曲たりともランクインしなかった。あれには驚いた。かように「歴史の篩(ふるい)」は残酷である。
 そういう「時代に消費され尽くし消えていく者たち」を覚え、記録していく作業は文化論的に大切なことである。だが、個人の趣味としては、リアルタイムでもその「残るべき物」を見抜き、チェックしていきたいものである。チンケな優越感にひたるためにも(笑)。
 とりあえず、諸君らが愛してくれた井上大輔は死んだ。坊やだから死んだわけではないが。さあ、彼の作品は、「残る」ほうだろうか「消える」ほうだろうか。15年を経てなお輝きを失わない「Stay」はもちろん、何十年経っても我々の脳裏から消えることのない楽曲群は、未来まで残ってくれるだろうか。10年も20年も、「学園天国」や「ランナウェイ」が歌い継がれるのだろうか。井上大輔は「20世紀末」を代表する作曲家に数えられるのだろうか。その真価が問われるのはこれからだと思う。「歴史の篩(ふるい)」の判定や如何。

 ただ、今は静かに泣かせてくれい。うわーん。

 イワオ31歳。どこへ行ったんだイワオーえーん。今日は泣いてばかりいる子猫ちゃん状態。

 「昭和の日」法案、「神の国」のあおりを食って廃案に。ざまみろバーカ。
 でもおかげでカレンダー屋さんは印刷止めたりしててんてこ舞いだと。最後まではた迷惑な法案である。
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