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| 11月1日(水)【ここまでは2000.11.16更新】 |
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あんのじょう寝不足。一昨日きちんと8時間寝たので、今日はまだそんなクリティカルな状態ではない。しかし、今日もまた就寝が25時過ぎると危険だ。明日の青焼責了で、とんでもないミスをしでかしかねない。というわけで今夜のオタクアミーゴスはやめる。くそう(号泣)。 その鬱憤をいささかなりとも晴らすべく、帰りにBIG BOX前の古本市を攻める。松坂“巨乳免停”大輔写真集、定価1800円→売値300円というのを見つける。奥付を見ると「2000年11月1日」。ごく最近の本だ。古書マニアならずとも、この価格設定の異常さに気づいていただけよう。ひょっとしたら、例の銅メダリスト替え玉事件で回収でもされた本か? ちなみにタイトルは『写真集 松坂大輔 二十歳への700日 Daisuke PHOTO-JACKED』(津田明・写真、小学館)。高校時代から小僧を撮り続けた写真家による執念の記録写真集である。が、まさかその集大成が世に出んとしたその時に、被写体があんなことになるとは思わなかっただろう。気の毒に。オビによると、同時企画として東京都写真美術館で今月3日から12月3日まで写真展が開かれるらしい。まさかこっちも中止ってことはないだろうな。嗚呼。 |
| 11月2日(木) |
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きのうの小僧写真集、回収されたという話はネットにゃ載ってなかった。う〜ん。 雨で外出るのがかったるくて、アバコの3Fラウンジで昼食。隣のスタジオで『トライゼノン』の収録をやっていた。昼休みで扉が開いてて、声優らしい人がうようよいたけど、声優の顔なんて知らないので無関心。スタジオ前の公衆電話で、なんとなく聞き覚えのあるやたらかわいい声で電話してた小さい人、あれがもしかしてハヤシバラメグ〜ミだったのかな? 別にいいや、俺セバスチャンじゃないし。 夜、LPOでオタクアミーゴスライブ。整理券なしの行列が、地下2階から地上2階まで続く。立ち見覚悟だったが、運良く入り口近くに座っていた鈴之助さんに拾われ着席。その後QPハニーさんも合流したところで、さらに運良くソルボンヌK子先生に予約席(座敷)へのお誘いを受ける。「生かされている」という実感がしみじみと。神様ありがとう。座敷ではひえだ先生が白ワインを傾けておられ、後から開田先生ご夫妻もいらっしゃる。 とにかく会場は満員御礼、乗車率200%状態。さらに開演前にUA!ライブラリーと『超おたく!』の販売が始まり、コミケもかくやたる混乱状況を呈する。カウンターの前を通りかかった折に、店員さんが「物販なんかすんじゃねーよ」と吐き捨てるように漏らしていたのが聞こえた。「だっけっどー、みーんーなーにーきーらーわれーるー♪(歌:堀江美都子)」と言うことで、悪夢のような幻の劇メーション『猫目小僧』の第一話を流しながら、なしくずしにライブスタート。オタクパンチを見せてやれ。僕らは君の友達だい。 今回は映像もの主体で、まずは近年技術革新めざましいマッドビデオ群。サザエさんのOPに乗せて東宝怪獣が暴れる街&風俗街を紹介するビデオや、あらゆるアニメのシャワーシーンだけを編集した一本、「はれぶた」OPをエヴァの画面つぎはぎで模写、など。それからコスプレHビデオはガンダム編で、セイラ、ララァ、マチルダ。岡田先生が「これを20年待っていたんだ」と大感激。 さらに、耽美ハードホモOAV『ぼくのセクシャルハラスメント』第3巻や、「ヒラリーvsルインスキ」「プリンス・オブ・ウェールズ(チャールズ皇太子)vsかつてプリンスと呼ばれた男」の殺し合いクレイアニメ(「ただの粘土だから」肖像権も名誉毀損も関係なし、だそうだ)、岡田先生のvaioに1ギガほど収集されたマッドビデオのリスト&お蔵出し(ガミラス帝国華撃団など)も。 戦史に興味を持つ者なら誰でも観たがるであろう、太平洋戦争当時の「スーパーマン」アニメも出てきた。スーパーマンが横浜に潜入し、毎日11時になると軍艦を沈めたり工場を爆破したりとテロ活動に精を出すというひどい逸品など。なんて卑怯な奴なんだスーパーマン。これを観て何も疑問に思わなかったのかアメーリカ人は。 先日の「タモリ倶楽部」でやっていた、有名なプラモ収集家(と言っていいのかどうか悩むところ)血祭魔利氏のお宅拝見ビデオも上映。何度観てもあの家はすごい。放送されなかった(てゆうかとても放送できなかった)エピソードをいろいろ伺う。このへんから日記に詳述できないネタがぼこぼこ出る。とりあえず血祭氏は一刻も早く入院させるべきだと思う。マジで。俺の部屋も相当なもんだが、あの家と比べたら爆竹と水爆ぐらい破壊力が違う。 電通大のなかなか出来のいい「エヴァでこどちゃ」自作アニメを観た後、眠田先生が出したのが今日のメインディッシュ。某大学のOB(「あ〜る」の鳥坂先輩のような存在らしい)が毎年一人で作っているチープ自主特撮映画、夢に出てきそうなドヘタアニメ、トラウマ確実な人形アニメのビデオの山。これがほんとにひどい。だが、「手を抜いている」ヒドさではなく、本人はあふれんばかりの情熱を傾けて作っている(なんせ尺が50分もあるんだぞ)のにヒドい。つまり、ぶっちゃけた表現をしてしまうと、根底からヘタクソなんである。しかし、それがものすごい「味」になっている。さらに、節々に見える発想が、同じ文化の中で育った人間のものとはとても思えない。普通のアニメや特撮の「文法」から、かなり逸脱しているのである。 この強烈な独自性を他にたとえるなら、【木持アート出版】の「海のプリンセス エミちゃん」「タイムパトロール ユカちゃん」ぐらいしか類例が思いつかない。どんなに描いても上達しない画力、本人はギャグのつもりでも一般人にはギャグに見えないギャグ、なのに真面目なシーンほど笑える、などなど非常に共通点が多い。しかし、200ページの長篇マンガを描き下ろす木持隆司先生の情熱もすさまじいが、50分もの特撮やアニメを毎年何本も(一人で)作るエネルギーは、木持先生のそれをはるかに凌ぐ。日本の創作界で最強の●●●●は木持先生だと思っていたが、俺はまだ甘かった。こんな●●●●がまだいたとは。しかも1989年からずっとこの技術、このペースで(いや、ペースは年々上がってきているらしい。技術は上がらないのに)やってきているんだ。これに勝てるのは世界レベルでもあの、少女の軍隊が虐殺される絵ばっかり描き続けて死んだヘンリー・ダーガー(だったっけ)ぐらいかもしれない。かなり打ちのめされた。これを編集した眠田先生の忍耐力には頭が下がる。 そんなこんなで今日もまたあっと言う間の4時間。閉会後、ごあいさつしようと思ったが人込みでそれどころではなし。魔法の解ける時間も迫ってきたので、QPさんたちへのお別れもそこそこに西武新宿へ走る。いつもの特急にすべりこみセーフ。『超おたく!』を読みながら必死で笑いをこらえる。 |
| 11月3日(金)【ここまでは2000.11.20更新】 |
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結婚式。もちろん友人のだが。 ふたりの門出を祝うように、教会の上空をファントムの編隊が舞う。言うまでもなく入間航空祭から飛んできたやつだが。 普段あまり見られないオライオンや、レア度の高いイーグルまでが比較的低空を飛んでくれてちょっと萌え。旋回しながらつるんとした背中を見せるイーグルにひそかに敬礼。米軍機には敬礼なんぞする気にもならんが、さまざまな偏見や不条理な政治的制約の中で生命を賭けて国土防衛の任に就く自衛隊の現場将兵に対しては、正直、敬意を惜しまない。これは、自衛隊の存在の是非論とはまた別の問題だと思う。坊主と袈裟を別の次元の問題として捉えられない奴が、バカウヨクになったりバカサヨクになったりするんだ。 披露宴が終わってから、いったん家に帰って着替え&頭痛薬。とって返して、今日から開催の「彩の国古本まつり」へ。控えめに4000円ほど。 前から欲しかった研究社のラテン語辞典がなんとたったの1500円で手に入ったり、幼児レオタード写真がふんだんに載った本(もちろん合法だからな!)が見つかったり、値段のわりには得るところが大きかった。 が、なんと言っても今回最大の掘り出し物は、大陸書房の「ファミコミック」という雑誌の創刊号(1986年)と第3号(1987年)を各50円。誌名でモロ分かりだが、ファミコンを主題にしたアンソロジー本である。「ワルキューレ」とか「アルゴスの戦士」のコミカライズが載っているのが時代を感じさせる。 が、実は本書は、そうしたファミゲーのコミカライズはあまり載っていない。むしろ主体なのは、ファミゲーで遊ぶガキどもを主人公にした短編や、ぜんぜんゲームと関係ない話にムリヤリファミコンをからませた作品である。しかもそのことごとくが、ゲーム好きな少年がゲームの世界に入り込んで云々というありきたりなものか、もしくは盗まれたソフト(もしくはファミコン本体)を追いかけて云々とか、そんなのばっかし。後者パターンなんか、盗まれるものがファミコンである理由などどこにもないのである。 そう、本誌はわざわざファミコンを出す必然性がどこにもないマンガのオンパレードである。わざわざファミコンを出す理由があるとしたら、この雑誌が「ファミコミック」だから、というその一点以外まったく想像できない。そう言えば【WAIWAIスタジオ】の同人誌『楽しい午後の過ごし方』に以前、「ふんどしフェチの大富豪が企画した、赤いふんどしを締めた人物を必ずどこかに登場させなければいけない以外はいかなる制約もないアンソロジー『ふんどし文学』」という悪夢のようなギャグがあった。が、まさか、ふんどしをファミコンに変えただけで、似たようなモノが実在するとは思わなかった。 そんなわけでどれもこれも、とても都筑和彦の『ザナドゥ』とか円英智の『ロマンシア』とほぼ同時代のゲームマンガとは思えない珠玉のケッサク揃いである。はっきし言って読み進めるのはかなりツラい。 そんな「普通のマンガに無理矢理ファミコンをねじ込んだらヘンになっちゃいました」的マンガの中でも、特に抜群の破壊力を誇る異色作が、創刊号に載っていた、安田タツ夫著『最強挙士伝説 ファミコマンドー竜』だ。なお、言うまでもなく「挙」の字は原文ママである。絵柄はあきらかにダイナミックプロ系。 世紀末核戦争で滅亡の危機に瀕した人類。わずかに生き残った人々は飢えと死の恐怖にさらされていた。……と、初期設定はモロ『北斗の拳』まんまだが、絵柄が絵柄だけに『バイオレンスジャック』のほうも想起させられる。しかしここからがひと味違う。 そんなサバイバーたちに残された唯一の娯楽があった。それは…… ファミコンゲームだった!! この時点で、現代人読者の98%は正気を失うであろう。当然、ファミコンの電源はどこから取ってたんだとか、そんな根本的疑問をぶつける余地すら与えず、見開きタイトルページをはさんでさらに畳み掛けるように壮絶な世界観が説明される。 地下シェルターで生き延び、数十年後、再び地上に出てきた人類。しかし暗く長かった地下での生活は、彼らの生活に新たな掟をもたらしていた。それは、ファミコンの腕の優劣によってきまる厳しい身分制度だった!! ……えーと、起きてますかお客さん? まぁともかく、ファミコンによって身分が決まってしまう不条理な近未来(たしかにこれほど不条理な世界はあるまい)で、ファミコンが下手な人々は奴隷階級に落とされ、ファミコンを「悪魔」とまで呼び忌み嫌っている。 そんなあわれな人々を解放するために戦うのが本編の主人公、放浪の戦士・竜。設定だけでなく服装もまんまケ●シロウだが、さらに数珠つなぎになった無数のファミコン本体を左肩に下げたビジュアルには、魂が抜けそうになる。 かようなイカレポンチな姿で荒野をさまよっている竜が「ファミコンの下手な人間を支配するファミコンゲーマー」を倒す、というのが本編の基本プロットである。だが、問題はその戦い方である。 仮にもゲームをテーマとするマンガなんだから、悪いゲーマーを倒すのに、ふつうなら対戦ゲームで倒して改心させるってのが、『ゲームセンターあらし』以来の定石的展開だろう(もっとも、ゲームで負けたぐらいで改心してしまう悪党もそれはそれでナンだが)。しかし、主人公の竜は、なんと全編通して一度もファミコンのゲームをしない。 どうやって敵を倒すかと言えば、ファミコンを凶器にした拳法、「ファミ魂殺法」で戦うのである。鋼鉄のコントローラーをつないだヌンチャクに加え、肩のファミコンの中には爆薬が仕込まれているという卑怯ぶりだ。もう勘弁してくれ。 てゆうか、それじゃただの拳法マンガじゃん! そもそも「ゲームをプレイしているシーン」自体、悪の首領マッド・グロスが部下のジェロニモ将軍の挑戦を受けて、よくわからん横スクロールシューティングゲームをやっている場面にしか出てこない。日本語が読めない外国人にこのマンガを読ませても、たぶん誰一人としてゲームコミックだと分かる奴はいないだろう。 かくして、実はロボットだったというマッド・グロスを爆弾と飛び蹴りで粉砕した竜。 >奴隷の姉「わたし達、ロボットに支配されていたのね…」 >奴隷の弟「どーりでファミコンうまいはずだぜ」 >(アハハハ)(ははは!) そういう問題ではなかろう。 >竜「これからは、みんなで楽しめるファミコンゲームをやるんだよ!」 >弟「うん、ありがとー竜」 >姉「竜さんはこれからどこへ…?」 >竜「さあ…どこかな… > ファミコン・ゲームの楽しさを伝える為ならどこへでも…」 >GAME OVER ……で、竜がなぜそこまでファミコンに肩入れするのか、竜自身のゲームの腕前はいかがなものなのか、等々といった、主人公とファミコンの関係性を語るような説明は、ついに一言たりとも出てこなかった。 つまり、「単にファミコンが好きなだけの正義感あふれる拳法家が、ファミコンを支配の道具に使っている悪党をしばき倒して回るだけ」の話である。結果として、「近未来バイオレンスアクション」と「ファミコン」というふたつの要素がブレンドされるどころか、牛乳にオレンジジュースを混ぜたようにみごとに分離し、ファミコンマンガとしても『北斗の拳』エピゴーネンとしても、どちらの座標軸で測っても明らかにヘンな作品として仕上がっている。 ただ、ダイナミックプロの薫陶を受けているだけあって、コマ運びや絵の構成などは、はっきり言って同巻に収録されている他のどのマンガよりもリズムがあり、30ページでも一気に読ませる力量を持っている。 それだけに、基本設定のヘンさがよけいに際立ち、本作品のインパクトをいやが上にも高めている。 本誌の中で唯一、「面白いマンガ」であった。面白さのベクトルはまぁともかくとして。 他のマンガは、よほどの酔狂人じゃないと読んでいられないようなただの「ヘタマンガ」だが、『おじゃまユーレイくん』みたいな絵で適度に女の子が脱がされるマンガなどもあり、とほほ感を楽しむにはもってこいかも知れない。 ファミコン関連書籍が商売になりはじめ、あちこちの出版社が我も我もと参入しだした頃の混乱状況を保存した、バージェス頁岩的資料といえよう。ちなみに休刊年不明。大陸書房と運命を共にしたか。 そんな買い物荷物を抱えたまま、新所沢東口のビアレストラン「樹里家」で披露宴の二次会。教会関係の人ばかりなので、ラテン語辞典以外の戦利品はカバンの奥底に隠す。 ビール3杯にターキーのシングルですっかりいい気持ちに。やっぱりバーボンはおいしいにゃ〜。原料をおしりに突っ込まれるのは御免こうむるが。 |
| 11月4日(土) |
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0930起床。なんとなくヤマトン壁紙を作ったのち、いい天気なので母校の文化祭に。 大学時代の友人約2名とばったり会う。おたがいヒマである。 新学生会館、iMacのずらりと並んだ新図書館など、着実に俺の知っている母校は消えていくような気がする。もう8年だもんな。 しかし、8年分確実に汚れた本館だけはなんとかしてほしいぞ。せめて外壁のカビだけでも。あんな本館見たら受験生が幻滅するぞ。こういう所だけは変わっても許す! あんなに新館を建造しておいて、カネがないとは言わせん。 広場のガレージセールで、あちら製のタイ語=日本語辞典を見かける。これがワラ半紙のようなひどい紙に印刷されていて、しかも語彙が妙にマニアックなんだ。日本人の名字の読み方一覧とか。しかも、たいした頁数でもないのに「総統」とか「騎兵大隊」とか、現代日本社会では軍事オタク以外使わないような語彙までずらりと載っている。下手したら初版は戦前かもしれない。めちゃくちゃ面白かったんで値段を尋ねたものの、店番(彼が現地で買ってきたらしい)が「いや〜、これは……」と、売りたくなさそう。だったら置いとくんじゃないと一瞬思ったが、気持ちは大いに分かるので交渉断念。次回例会のネタに困っているでもなし。 夕方、片方の友人とともに、吉祥寺経由で初台のオペラシティでやってる「東京大聖書展」へ向かう。 アジア初公開となる死海文書、思ったよりも字が小さい。それに加えて品質保全のため(なんせ2000年前の獣皮紙だし。腐りモンは厳しい)照明はたったの20ワット。めっちゃ読みづらい。ただし、フォント(と言うのか)自体は綺麗で、現在の活字体にかなりよく似ている。勉強してない俺でもなんとかテトラグラマトンぐらいは判別できた。しかし、ゼ●レのシナリオとか期待して観に来た客層は怒るだろうなー。 展示物について友人にあれこれ質問されて、己の不勉強さを思い知るいい機会となった。とほほ。 地下食堂街のステーキ屋「TEXAS」で夕食。つけあわせトーモロコシのみという男らしすぎる「テキサスステーキ」(230g、サラダとライスつき)が1100円。カリフォルニアワインもついたセットが1200円というなかなかのリーズナブルさ。見かけはまさに「肉」そのものだが、メリケンビフテキにしてはちゃんと肉にも下味がついてて旨い。これなら夢にも見るのも頷ける。ドイツの料理もあきあきしたぜヘ〜てなもんだ。おきゅぺーしょんGIぶるぅ〜す。ともかく若い衆にはおすすめ。SF者の友人から、ハインラインのバカ小説の話などを聴きながら喰らう。 2100ごろ友人と別れ、新宿経由で帰宅。 |
| 11月5日(日) |
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駅前のATMで3万ほど資金を補充し、片道2時間かけてロッテのファン感謝デーへレッツゴー。 池袋の有楽町線ホームで毬印団のさくらまる子さんとばったり会う。お互い驚く。そのまま●●や●●の悪口に花を咲かせつつ幕張まで同行。現地で燗ちゃんさんほか毬印団のみなさまと合流。でもすぐカメラを出してグラウンドへ駆け降りる俺。 選手とファンがナマで交流できる年に一度の無礼講、ファン感謝デー。もちろん俺の目的というかターゲットは言わずもがな、あこがれのオーマイダーリン(いやな表現)。 で、そのターゲットを求めてグラウンドをさまよう。人工芝の上はなかなかの混雑ぶり。人口密度はコミケ東地区の通路並みである。グラウンド内を移動する小坂やシンゴを核にして、緑のフィールド上に人間の巨大彗星が形成される。170cmない小坂なんか下手したら埋もれかねない。そんな中を、ぐるりと回ってみる。 ふだんはフェンスに阻まれた何十メートルも彼方の別世界にいるはずの選手たちが、同じ地面の上に立っていることだけでも、じゅうぶん不思議体験である。なんだか感覚がおかしくなってくる。二軍の試合やキャンプ見学にしょっちゅう行ってる濃ゆいファンはそんな事ぁないんだろうけど。 ほぼ一周したところ、バックネットのあたりの人垣の切れ目から、椅子に座った男の子の前で、誰だか知らんが選手が机の上でなにやら熱心にペンを走らせているのが見えた。臨時サイン会でもやってるのかなーと思って見てみたら、なんとイワオが似顔絵の店を出してやんの! うそ、そんな企画、入り口でもらったパンフには書いてなかったぞ! おっっ、おいしすぎる! シチュエーション的にも! チェンジ、ストーカーモード、スイッチオーンっ!! これはぜひ俺のシケ面も二次元化してもらおうと思ったが、机の前の価格表には無情にも 大人 50,000円 小人 50円 の文字が。ああ、せめてあと4万は下ろしてくるんだった!!(←半分本気だから困ったものである。) 繊細なタッチでさらさらと男の子の似顔絵(看板には「似てない顔」と出ていたが)を描き上げたイワオ、次はまた小学生ぐらいの女の子をモデルに。 俺はじめ選手萌えねーちゃんたちがカメラを構えるが、イワオは当然下向いてばっかなのでなかなかシャッターチャンスが来ない。たまにモデルの顔を見ようと目線を上げたところをぱしゃぱしゃ撮るのだが、フラッシュが目に入ったらしく「まぶしーな」てな顔でちょっとギャラリーをにらむイワオ。えーんごめんなさーい。 女の子の顔を描き上げたところで、店頭に直筆の「準備中」の札を出してイワオ、ダグアウトへ。 するとすぐ隣の放送席に石井のアニキがやってきて、周辺にいたファンがぞぞっと放送席前に集結していく。そのスキに三塁側ベンチ前の売店で36枚撮りフィルムを買って、まんまと人のまばらになった似顔絵店の真ん前に陣取る。当方に迎撃の用意あり! はたして十数分後、イワオがでかい紙コップ片手に戻ってきた。 「はい、描いてほしい人ー」。子供や若干の大人が手を上げる中、今度はM帽とユニシャツに身を固めた幼稚園ぐらいの女の子が選ばれる。また十数分かけて完成したところで、時間がきたらしく「閉店」の札が出る。 ほどなく「選手のみなさんはバックネット前に集合してください」とのアナウンス。元々バックネット前にいるイワオは悠然と机の前に座ったまま。そこで男の子たちが一斉に色紙やらボールやらベースボールカードやらを手に手に 「大村さーん、サインお願いしまーす!」 とバクシーシの連発。しかし、イワオは席を立たない。なおも叫ぶ子供たち。 そのかわり、イワオが机の上でまたスケブにさらさらとペンを走らせる。できあがったのは、えらいデコチンにデフォルメされたアニキの似顔絵だ! わはははは、さっきまでの子供の似顔絵とぜんぜん違うタッチ! こういう絵も描けるのかイワオ! ちびっ子たちも大笑いだ! さらに水森亜土ちゃんよろしくさらさらと描いたのは……ぶはははは! そのでかい目と、ハダカデバネズミのようなすごい口&歯、まさに松本! ひでぇーっっ!! 俺の描く松本より50倍ひでぇーっっ!! 後ろで松本本人が泣いてるし!! イワオの邪悪な一面が、今、白日の元に! というわけで以上二枚は、フェンスを押し倒さんばかりに迫るファンどもに下賜され、ちょっとした奪い合いが演じられた。人間はみにくい生き物だなヒアー。 さて、実は今回、俺のカバンの中には『甲子園の詩 Part3』が入っていた。あの、東海大四高時代のイワオが、甲子園で伊良部様からホームランを打った時の記事が思いきり載っている、マニア垂涎の資料だ(ずいぶん狭いマニアもあったもんだが)。 何年か前のファン感の時、これにぜひイワオのサインをもらってお宝的価値を高めよう(おい)と持ってきていたんだが、ついにその機会に恵まれず泣きながら武蔵野線で帰った甘酸っぱい思い出がある。今、ターゲットは5メートルも離れていない。あの時の敵を討つ、またとないチャンスである。 「大村さーん!」「サインお願いしまーす!」と直訴する少年たちに混ざり、イワオのガッツポーズと阿久悠がイワオに捧げたポエム(おそらく阿久悠自身も覚えていない)の載ったページを片手で開き、一緒にサインをねだるオトナゲない俺。 一面識もない有名人にサイン会じゃない場所でサインをねだったのなんて、16年前のアニメック・ファンロード合同フェス(於川崎市民プラザ)で『私立さくま学園』の単行本を売っていた鈴木みそ先生に色紙とサインペンを突きつけた時以来かもしれない。絶えず他人に気兼ねし、基本的に人にモノを頼むのが苦手な俺にしては、ものすごい度胸である。 しばらく本を掲げていると、近眼のイワオが『おや?』とこちらをけげんそうに見る。まぁ本なんて広げてたのは俺ぐらいなもんだし。と、やっとそこに印刷されているものが何か悟ったらしく、 『ええーっ、まだ現存してたのかその本ーっっ!!』 というような驚愕の表情を見せるイワオ。古本マニア特有の快感が身体を貫く。ああ〜ん。 さすればイワオにわかに席を立ち、こちらにつかつか歩み寄る。えっ、えっ、まさか、もしや……。ああっ、イワオが俺の手から『甲子園の詩』を! 気分ははじめて白鳥の餌付けに成功した瓢湖の白鳥おじさんーっ!!(←失礼な) だが机に戻ったイワオ、『甲子園の詩』をかたわらに置いたまま、引き続きモロ(失敗だったらしく下賜されず)、初芝の横顔(俺の近くの子供が持って帰った)を描く。ど、どうするつもりだ。もしや没収!? しかしイワオは期待に応え、ついに『甲子園の詩』を開き、14年前の己が勇姿のわきにさらさらとサインをしてくれた。のぞき込む他の選手(コバマサだったかな)にも、恥ずかしそうに苦笑しながら若き日の記念写真を見せるイワオのラブリィさ、もう鼻血が全身の毛穴から噴出しそうである(←エボラ出血熱?)。てゆうか、緊張とカタヂケナサで足ががくがく震えている俺。お、落ちつけ! 何を恐れることがある! 相手は同い歳だ! 身長と年収と運動能力と社会的ステータスと人格と社交性と画力とルックス以外は俺のほうが勝ってるじゃないか!(←俺の5回コールド負け) イワオが『甲子園の詩』を手渡してくれた時には、もう自分が現実の世界にいるのかどうかも分からなくなっていた。なんとか夢中で「ありがとうございますっっ!」を言うだけは言えたが、あまりの事にタマシイ脳天から抜けてすでに成層圏まで到達していた。極楽往生まであと1ミリですぜ。 しかもそれから目の前(すなわちバックネット前)にはマリーンズ戦士がずらりと並びだした。も、もしかして俺の立ち位置って、ウォッチャー的にかなりオイシイ? いやーんいやーんっっ! これまた夢中で、さきほど補充したフィルムにたくましい男たちやたくましい兄貴たちの姿を光学的に焼きつけまくる。 「夢ならさめないで」という言葉があるが、本当に夢のような状況が目の前にたてつづけに現出した時は、そんな事を考える余裕すらない。ただ、目の前の現実に呆然とするしかない。俗に「パニック」とも言いますな。不慮の災害に遭ったら真っ先に死ぬタイプだね。てゆうか今死ね。 ともかく、イワオの生サイン、ゲットだぜーっっ!!(激感涙) スタンドに戻った時には、極度の緊張で胃痙攣を起こしていたらしく、めちゃめちゃ腹が痛くなっていた。バカか俺は。 とりあえずいけちゃんさんやみのむら女史に戦利品を自慢。いけちゃんさんに「イワオと似顔絵交換すればよかったのに」と言われたが、そこまで命知らずではない。 もひとつおまけの写真。 しあわせ気分で所沢に戻り、また古本市に寄る。7000円。 これがまたラッキーなことに、三田佳子が1995年に書いた人生論自慢本をはじめ、収穫続々。なんと、あの十数年探していたCD『わかつきめぐみの宝船ワールド』まで発見。おまけに福引きでもコルクボードが当たる。 今日はみずがめ座の超絶ラッキーデイか!? 今世紀中の運を全部吐き出したかも。反動で冬コミ落ちてたりして。(シャレにならん) きわめて充実した3連休であった。 ページは1バイトたりとも更新してないけどな。こまめな更新と健康的生活は両立しがたし。 |
| 11月6日(月) |
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捏造〜 捏造〜 埋めるわ石器〜 発掘も大好き〜 どんどん捏造〜 (ロッテの小坂の応援歌のふしで) というわけで、考古学関係でどえらい事が起きたらしい。 あ〜あ、日本の考古学界は世界のいい笑い者だね。 壇君の墓を発見したとか言ってる国もあるけど、アレは偉大なる総書記サマの意向で仕方なく言わされてるわけで、同情に値する。しかし、別に学問が国粋主義的イデオロギーに支配されているわけでもない我が国でなぜこんな事が起きてしまったのか。「偉大なる総書記サマ」に準ずるキャラでもいるのか。どういう事だいまったく。 で、『国民の歴史』にはこのへんどう書いてあるかな〜とワクワクしながら立ち読み。「日本原人」の存在をもってして「日本エライ」論の根拠にした記述でもあれば笑ってやろうと思ったんだが。 はたしてしっかり前期旧石器が発見云々と書いてあったものの、「昔のことすぎて『歴史』にはあまり関係ない話である」と、さらりと書き流していた。賢明と言うかうまいことやったと言うか。このパートの執筆者に関しては座布団1枚。 ついでに「ザ・リバティ」12月号も立ち読みしたら、「警察の宗教弾圧」とか言う新連載が始まっていた。もうダメかも。 さらに古本屋に並んでた、昔の「土人公論」も立ち読み。ああ、やっぱこの頃は発行ミリオン出版だわ。『第拾伍号』で書いたのはウソじゃなかった。で、発売が大洋図書だったんだよね。次号で訂正記事を出さずにすんだ。 ついにNOA(ニンテンドー・オブ・アメーリカ)が、ポケモンパロサイト複数に対し民事訴訟を起こしたそうな。 壇つなさんとこの「●●の鉄●」は大丈夫だろうか。一度既知外がBBSに殴り込んできたこともあったし。 |
| 11月7日(火) |
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発掘捏造に関し、民主党が「処罰立法を」と言っているらしい。 「教科書が書き換えを迫られるなど、社会的影響が大きいから」だそうだが。 人気取りのためならア●ウェイ娘にも総理大臣顕彰を出す与党の脳梅毒が、民主党にも伝染したとみえる。 あのニセ前期旧石器がそんな社会的影響を及ぼし得たのは、藤村副理事長(除名)一人のせいだとでも思っているのか。悪いのは、あれをハナっから信じちゃった日本の考古学業界だ。そのバカに教科書や「村おこし」を目論む遺跡の地元が追随しちゃっただけだろ。で、結局ウソでしたってことで損害が出た。さて、誰を処罰するべきだろうか。 ニセ石器を発掘した藤村氏と、彼をゴッドハンド呼ばわりして持ち上げてきた考古学業界(学会やマスメディアも含む)。 この構図って、(我田引水のようで悪いが)1995年以前のチヅオと、チヅオをかばい立てしてきたあほ知識人やマスメディアに、よ〜く似てるような気がする。 もちろんチヅオも悪いが、そのチヅオの疑惑をろくに批判検証もせず、チヅオの被害者が何か言っても「あんな人が悪いことなどするはずがない」「宗教弾圧だ」と無視し続けた連中の責任は、今に至るまでなぜかほとんど問われていない。彼らのヨイショあってこそ、チヅオは、ゴッドハンド藤村は、ここまで転落したというのに。 たしかに、擁護してきた側の中にも「どーもうさん臭い」と思っていた人は多かったろう。しかし彼らは、その疑念を口には出さなかった。その点において彼らにも、チヅオを、ニセ石器を支持した責任は負ってもらわねばならない。厳しいようだけれど。 次男のシャブで三田佳子が「母親失格」とバッシングされる、かように「管理責任」が重々問われる今日このごろ。藤村氏の地下室パーティーを見逃してきた考古学界や文化系マスメディアも、「学問失格」と罵られてしかるべきではないかな。「ボクらも藤村氏に裏切られた被害者ですぅ〜」ってなツラで済まされると思ったら大まちがいだ。 そもそも歴史の捏造が処罰化されるんだったら、あの扶●社から教科書出してるリビジョニストどももギロチンにかけられるんだろうな。なぁ、おい。 ああ、嘘ツキャーにとってはつらい時代になったものよのう。 古本屋の店頭ワゴンで、快楽亭ブラック師匠の映画評論本を見つける。そんなに古い本でもないのだが、中に赤サインペンでびしばし傍線が引いてあるため100円均一棚に出ていた模様。 店のおっちゃんに聞くと「放送局の人が売りに来た」とのこと。特にエロ映画話のところに傍線が集中している。何に使ったんだか。てゆうか売りに来るなそんな本。買っちゃったけどさぁ。 高田馬場で、毛糸のパチモン帽子を見つける。ピ●●ュウによく似た黄色い帽子は、耳の先が黒くなくてほっぺもピンク色な以外はどう見てもアレなんだが、訴えられたら「こんな単純なデザインはいくらでもある」とでも徹底抗戦するつもりだろうか、それとも売り逃げか? しかし、ハ●太郎のパチモンまで並んでいたのはびっくり。機を見るに敏、とはこのことか。へけっ。 ついでに、クウガのマフラーとイヤーワッフル(これは版権もの)も発見。買わなかったけど。 |
| 11月8日(水) |
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引田天功がとある男性と親密なおつきあい。 相手、拉致されやしねーか? またアバコで昼食。 帰り際、ミニウサギを人間に転生させたようなヤボい女の子がエレベーターから出てきたのとすれ違う。ラウンジにいたおっさんと「オーディションは13時からね」「はい」とか受け答えしてたから、声優のタマゴか何かか。 『ジバクくん』ではないが、「夢に生きる」っていいなぁ、と思う。小学校の頃から野望など抱く余裕もなく、ただただ「安全無事に目立たず静かに人生を送ること」が唯一の夢だった俺には、そういう人生はとても真似できない。まぁ「【職人】に憧れる【学者】タイプの典型気質だね!」と言われればそれまでだが。 とりあえずがんばれ。顔も声も一瞬で忘れちゃったけど。 重信房子、逮捕。手段であるはずの「革命」を目的化してしまった結果、世界の紛争地域にしゃしゃり出ることでしか己の存在意義を確認できなくなってしまった、きのどくな人たちと聞いている。のーみそ30年前で止まってるんだろうね、こいつら。 赤軍派はとっくの昔に滅びたが、赤軍派に乗り遅れた世代の「そういう若者」の受け皿として、現在ではオウムやら何やらがまんまと機能してしまったように思う。「そういう」因子を持った人類は、時代を問わずある程度の確率で出生するらしい。そして実際、歴史上のいくつかの革命は、「そういう」連中の気まぐれが偶然時代精神と合致して勃発しているから馬鹿にできない。こらもう、人類という種にもともと仕掛けられた地雷みたいなもんで、撲滅は不可能なんだろうね。 しかし、そう毎度毎度革命起こされちゃ人間社会はやってけないわけで、ほとんどの「そういう」連中は生まれ損ということになる。生まれる時間と場所をまちがえてしまった彼ら「無駄弾」にはほんと、きのどくとしか言い様がないんだけどね。 ……重信みたいに、オウムも海外に拠点を求めてるかもしれんな。もっともあんな「都市中枢で毒ガステロ」なんて畜生働きする奴らを支援する国家なんてどこにもありゃしないが。 夕刊紙各紙、こぞって「大統領選ブッシュ勝利」を報じるも、家に帰ってみたらニュースで「まだわからん」と言っている。おいおい。 さる有名アーティストからメールが来てて、めっちゃめちゃあせる。はー心臓に悪い。どきどき。でも感激。 みんなも、自分のサイトに有名人のことを書く時は注意しろよ。どこで誰が読んでるかわからんからな。もしくはコプト語か線文字Bで書くか。そんなフォント売ってないけど。 |
| 11月9日(木) |
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どうにも眠くて、しかも寒くて、のーみそも気力もぼろぼろ。しかしカンだけは冴えていたらしく、ネットでいろいろ探し物をヒットさせる。Altavistaも慣れるとかわいいものである。 「週刊新潮」に河上イチロー記事。それと、上智の松浦先生から教えてもらった、「創」の『週刊光源氏』記事も読む。これだけ揃えば、もはや誰も「なあぷるはオウムと無関係」と言う奴はいないだろう。長い道程だった。って俺は何もしてないけどさ。 しかし「創」の記事、「なあぷるはクロだけど、『週刊光源氏』を作った編集プロダクション自体はオウムとは全く関係なし」とはどういう了見だぁね。じゃあ、その編集プロダクションが、『週刊光源氏』では偶然、『SPIRIT JUMP』第3巻に「ヴァジラ・スポータ物語」を描いてた緋月馨香にイラストを任せ、『週刊聖書』ではこれまた偶然、『理想世界』第8巻で青山弁護士の半生記を描いてた信者にイラストを任せてしまった、とでも言うのか? 世にイラストレーターはゴマンといるのに、この異常なビンゴ率をどう説明するのかね、その編プロは? だまされてんじゃねぇよ記者。 オウマーBBSに出没するようなライターさんでも、これほどまでのウスさとは。いわんや一般マスコミの認識の甘さをや。オウムがのさばってるのも仕方ないような気がする。 近年、キリスト教界では、同性愛者や性同一性障害者など、いわゆる「セクシャルマイノリティ」の扱いについて白熱した論議が行われている。とりあえず、キリストにならいて「マイノリティの視座に立つ」ことを建前にしている以上、セクシャルマイノリティへの配慮も当然といえば当然といえよう。 だが、彼らの言う「セクシャルマイノリティ」の中には、たぶんロリコンは入っていないだろう。 ロリコンほど、疎外されている「マイノリティ」はないぞ。なんたって、その存在自体違法とされた唯一の「変態」であり、あまつさえキリスト教からさえも迫害されてる有様だからな。 セクシャルマイノリティに配慮するなら、当然、奴らの人権にも配慮してくれるんだろうな。 ……まぁそれを言っちゃあ保守派の思うツボなんで、公には言わねーけど。 せめて、個人的には、ロリコンを毛嫌いすることなく、その視座の理解につとめたいと思う。 さて皆さんは、ホモの牧師とロリの牧師、どっちがイヤ? 米大統領選、めんどいことになってきた。まるでこないだの嘘競演の【死亡記事】と【東京葬儀社】のデッドヒートのようだ。「天はなぜふたりの伝承者を同時に送り出してしまったのか!」てなもんだ。 負けたほうでいいから、日本の内閣総理大臣にスカウトしたいものである。 重信房子連行中の両手縛り、テレ朝だけモザイク入れてるのね。(藁) |
| 11月10日(金) |
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「東京大聖書展」、聞くところによると、委託販売しているキリスト教書の売れ行きがかなりイイらしい。 そういうシュミの人が押しかけているとは言え、ふだんの専門店の売り上げと比べるのがバカバカしくなるぐらいの数字をたたき出しているそうだ。やっぱ、見かける機会があれば手に取って、買ってくれるんだよな。最近の書店はほとんど新刊しか置かないから、見かけられないってだけで。 人文書も、まだまだ一般人に対して販路を開拓する余地がありそうだな。 こういう世界に生きる者として、希望の光を見た思いのデータである。 いやーすごいわ、こないだ買った三田佳子の『太陽になれない月』(1995年、講談社)。 母として、妻として、 女優としての三役を 見事にこなす 〈理想の母親像ナンバーワン〉 が、初めて語る 「前向きに生きる知恵」 との、今ではキツい冗談にしか聞こえない惹句からしてワクワクするではないか。 "P.S. I LOVE YOU"という、アメリカでベストセラーになった金言集がある(ベンジャミン・フランクリンの『貧しいリチャードの暦』の頃から、つくづく格言集好きな国民だよなあいつら)。著者の母親が送ってきた手紙の追伸部分だけをまとめて本にしたという、根気がいいのか手抜きなのかよくわからん本だが。 『太陽になれない月』は、その本に書かれた格言をモチーフに、三田佳子が自分の人生体験に基づいたコメントを書き連ねたものである。ぶっちゃけて言えば感想文だね。 その長さ、平均400字前後。極端に長いものでも900字を超える程度。短いものになると100字にも満たない。そんな金言と感想文が95編。多く見積もっても全部で70000字程度といったところだろうか。これを、1ページあたり21字×17行(通常のB6判書籍の6割程度の文字数である)という中谷彰宏も裸足で逃げ出すスカスカのレイアウトで組んで、やっとこさ220ページ程度の本に仕立て上げている。講談社もいい度胸をしている。 原作(?)の格言はたしかに(陳腐なものもあるが)寸鉄人を刺すような深い含蓄のあるものが多い。しかし、三田佳子のウスいコメントが、その含蓄を台無しにしているケースがまま見られる。 あなたの父親の落葉かきを手伝ったあと、 年齢を感じはじめました。 でも年老いることをこぼすことは、もうしません。 年老いることができない人々だっているのですから。 ちょっとドキッとする言葉である(p.81)。 しかし、これが三田佳子の手にかかると、こんなエッセイになる。 人生のラストスパート 私もちょっぴり年を取っちゃったのかなあ。そんなことをふと考えるのは、子供と言い合いをしたときでしょうか。次男は今や思春期まっさかり。お互いの考えがぶつかると、すごい勢いで自己主張をしてきます。以前は理路整然と切り返すことができたのですが、この頃はどうも押され気味です。ああ、もう、かなわないわと、いささか弱気になってしまうのです。 とはいえ、年を取ることを悲観したくはありません。人間には生があれば死があり、誰もが必ず年齢を重ねていきます。私にとって死は、人生の頂上という感覚です。山登りをするように、前向きにとらえ、そう!登れる喜びを享受しましょう。 幼児期、青年期、壮年期と人間は成長していくわけですが、ある地点まで来ると、むざむざ年を取るだけではだめなのですね。いやおうなく、あとに続く若い人たちの見本になることを考えれば、むしろ年を取るほどぼんやり生きていってはいけないと思うのです。 元の格言にあった「年老いることができない人々だっているのですから」という言葉の重みをまるで無視し、単に「いい年の取り方をしたいわ〜」てな卑小な話に収めてしまう技術と読解力は、さすがである。 そもそもこれじゃ、ただの一般論じゃん。 このエッセイだけではない。基本的に本書のエッセイは、別に三田佳子じゃなくても書ける程度の内容しか持っていない。まぁ、その程度の内容だからこそ、「三田佳子」という名前のブランドに頼りでもしなければ出版できないわけで。同じ内容をシロートさんが持ち込んでも、講談社じゃなくて講談社出版サービスの自費出版部門を紹介されるのがオチである。 ……原著を訳すだけでよかったような気がするんですけど……。 しかし、「三田佳子」ブランドは、本書にまた別の価値を付与してくれた。あの次男のおかげである。 かくして俺の買った『太陽になれない月』には、もうあちこちにべたべたとツッコミのポストイットが貼られることとなった。 プラス面を認める姿勢 子供の学校の成績については“減点法”ではなく“加算法”で考えるのが私の教育方針です、教育方針なんてちょっぴり偉そうに聞こえるかもしれませんが、とても簡単なことです。成績が下がったときに叱るのではなく、わずかでも上がったときに褒めてやることにしているのです。 たしかに“減点法”だったらとっくに放校処分だよな。 子供にとって“減点法”ほどつらいものはないはず。成績が下がるたびに親が罰を与えたりしたら、子供は行き場がなくなって追い詰められてしまいます。 だからって逃げ場に地下室まで用意することはあるまい。 それでなくとも、子供は悪い成績を取ったことで、ほんとうにがっかりしているでしょうから。 こんなとき親としてできることは、せめてマイナス面を叱るよりも、プラス面を認めてやることぐらいですもの。 てゆうと、「コカインじゃなくてよかったわね」とか? 性格のうらおもて 目の前に困っている人がいたらどうするでしょうか。助けてあげるか放っておくか。人目がないのをいいことに知らんぷりをしたら、それがその人の本来の性格なのでしょう。 ふだんいくら立派なことを公言していても、ひとりでいるときに変わらず同じことができるかどうかです。完璧な人はいないわけですから、多少は人目のあるときとないときと、差があってあたりまえです。 ちなみに、我が家では部屋に鍵をかけません。 かけろよ鍵! 特に地下室!! 誰も陰でこそこそすることはないという暗黙の了解の上です。 思いっきり陰でコソコソやってたじゃねーか。 そのかわり、鍵をかけなくても、誰も他の部屋を覗いたりしません。お掃除はしても、勝手に人の物を動かしたり、無断で人の物を見たりしません。 見ろよ! 白い粉末がないかとか、チェロキーがなくなってないかとか! お蔭で子供たちも他人の顔色を見たり、とり繕ったりすることのない、のんびりとした成長ぶりをみせてくれています。(母親の欲目でしょうか……) はい、欲目です。 他にも、月50万も小遣いやってるくせに「子供たちには天変地異が起こっても生きていけるたくましさを身につけてほしい」とか無茶言うし。『おぼっちゃまくん』か三田家は。 「質素倹約の精神」の項では、息子の小さくなったスキーセットを「もったいないから友達にあげなさいよ」と言ったら「お古をあげるなんて悪いよ」と言われ「私たちの価値観をおしつけるのもよくないかな」と思い直したり。普通「質素倹約」を口にする親はスキーセットなんか買ってやるもんじゃない、ましてや買い替えなんか、という所まで考えが至るような三田さんではもちろんありません。 もう、ツッコミどころをいちいち挙げていたらキリがない。「SPA!」の「バカはサイレンで泣く」に丸ごと送れば150Pはもらえそうな、珠玉のメッセージ集である。 それにしても、「子供の自主性を認めているワタシって子育て上手〜」とでも言いたげな本書の子育てエッセイを読むだに、「放任」は「放任主義」というイデオロギーと化した時点で全て逆効果に転じてしまうものだと、つくづく感じる。 得々と「放任」だの「子供の自主性」だのと説く家庭ほど、子供は野放図になる。「放任」とは元来、「すまないねぇ、忙しくて手がかけられなくて……」と恥じるぐらいがちょうどいい。「放任」を誇るなど言語同断。 そういう点で、「放任教育」は「人として最低」に通ずるものがあるかもしれない(無理矢理)。 いつから「放任」がポジティブな意味あいを付与されだしたのか、俺は知らない。だが確実なのは、すでに「ポジティブな放任」という理念が破綻していることだ。そして、大方の「放任親」は、ネグレクトの言い訳としての「放任イデオロギー」にしがみつきたいばかりに、あえて現実から目をそむけていることも。 三田家の悲劇など、氷山の一角にすぎない。 ともかく、巻頭の生まれたばかりの次男の写真から、巻末広告の『世にも美しいダイエット』まで、これほど徹頭徹尾笑わせてくれる本も珍しい。みんなに見せびらかして自慢してやろう(笑)。 |
| 11月11日(土)【ここまでは2000.11.22更新】 |
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金成先生、わんわんわん。 深夜、犬オフから帰ってみたら、ピカチュウ&ピチューシャツが届いててびっくりしました。 談之助師匠の着物みたいなすごい柄だったらどうしようとドキドキしながら開封してみましたが、上品な中に黄色いねずみどもが適度に主張したおしゃれな柄でかわいいっス。サイズもぴったしでした。ざっくり着るのにちょうどいいっス。 今日の犬オフでお披露目できれば素敵だったかもしれませんが、おろしたてでいきなり犬の臭いをしみこませるのも申し訳ありませんし。とりあえず冬コミ2日めの服装はこれで決定。ああもうほんとに大感激です。人生の節目節目に、存分に活用させていただきます! まずは来週の学会に。 そういうわけで、今日のバカボン&犬オフ、盛況でした。 多忙な中をおいでくださった幹事のGさんはじめ、ひえだ尊師夫妻、鈴之助さん、GHOSTさん、それに野火助さん、ミームさんといった面子で、まずは映画に特攻。 なんとかみなさんがんばって笑いをこらえていたおかげで、「人として最低ですね!」と怒鳴られることはありませんでしたが、GHOSTさんがイビキかいて隣のおばはんにニラまれてました。私も何度となく吹き出してしまったので、もしかしたら後ろの席の人は2時間ニラんでたかもしれません。知ったこっちゃありませんけど。だいいち、面白い映画を観て笑うのは、マナーのうちだと思うんですが。前回のように貸しきり状態なら、もっと大笑いしたかったです。 なんたって、爬虫類型宇宙人ですよ。「宇宙協定に違反」ですよ。「宇宙警察」ですよ。エル・カンターレ様に呼ばれてマゼラン星雲やオリオン座やペガサス座から宇宙人が移民してくるですよ。マゼラン人には尻尾生えてるですよ。ムー大陸から船で逃げた人々が、アメリカを無視して大西洋上のアトランティスに辿り着くですよ。古代インカの王様がブッダの隣でパラパラ踊るですよ。地面から菩薩がにょきにょき生えてくるですよ。こんなの正気で見てられますか。バカ宗教の文法に耐性のある私ですら厳しいものがありました。歴史やSFの素養のある人が観たら即死しますよ。 エル・カンターレ様はムーだのアトランティスだの古代インカだのギリシャだのに何度も何度も転生して(みんな「あの」顔です)、そのたびに新しい宗教を広めるんです。ちなみに毎回、転生するのはなぜか王家と決まってます。そのわりに「エル・カンターレの本体」であるはずの総裁先生だけがなぜか田舎の平民の家に生まれてるのはどういうことでしょう。「前世はアトランティスの戦士でした」とか口走る女の子みたいなもんですか。 が、教祖様が死んだらけっきょく人類は悪へ逆戻り。たぶん、毎回「俺を崇めよ」って個人崇拝型宗教にしてしまうのが原因だと思いますけど。そして文明が悪想念に包まれると、すぐ天変地異が起きて大陸が沈むですよ。ゲーム世代のリセット感覚そのまんま。どの時代も、その繰り返しです。前世の戦訓を生かした改良点なんてどこにも見受けられません。少しは反省しろよ。あ、それで今生では王族の家に生まれるのをやめて、徳島の普通のおっさんの家に生まれてみたわけですね! あまつさえ、地球に人類を生み出す以前、テストとして金星に作られた文明は、べつに悪想念に包まれたわけでもないのに、「これ以上進化する可能性がない」からと言って滅亡させられてしまうんです。そりゃないだろ! 透過光も、『トロン』みたいな「いかにも」なCGも満載で、みんな泣きそうになってました(目が疲れて)。よくポケモンみたいに子供が倒れなかったもんです。 あ、人類創造にあたってエル・カンターレ様は、男には「知恵と勇気」を、女には「優美さと優雅さ」を与えたそうです。女性には知恵と勇気はないらしいです。女性霊は8次元より上にはいないし。なんとか言ってやれよフェミニストも。 パンフが売り切れで買えなかったのだけが残念です。それと、ミームさんが上映終了後行方不明になったのが気がかりです。まさか信者に拉致されてやしないだろうか。 そのあとは喫茶店で思う存分感想を交換し合いました。ここでQPハニーさんが合流。 犬のほうも大いに盛り上がりました。唐沢先生夫妻、開田先生夫妻、骨々さんが合流し、新大久保の「昔のふる里」へ。なんども犬食べてる唐沢先生やQPさんも「今日のはすごくおいしい」と仰るほどのいい肉が入ったらしくて、ものすごくおいしかったです。 人生最初に食べた犬がこれだと、のちのち下手な犬は食べられなくなりそうです。ビギナーには贅沢すぎたかもしれません。 とりいそぎ御礼のみにて。 来週の関西おでんオフも盛況になりますように。 |
| 11月12日(日) |
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1000起床。教会で礼拝賛美の指揮と聖歌隊練習。 昨日まではしゃぎすぎたせいかアタマもオナカもいたくて、15時半ごろ帰ってメール打ったらもうダメ、ばたんQ。夕メシ喰ってまたばたんQ。睡眠時間おもいっきり確保。 嘉門洋子に続き吉田里深にも、三田佳子の次男とのつきあい発覚。 なんか「平成女学園」一軍の同窓会だねまるで。 次に出るのは横山夏海あたりか? |
| 11月13日(月) |
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久々によく寝た。本当はもっと寝たいんだが。 江藤の女性問題で読売を恐喝しよーとした右●が逮捕された。 で、江藤の件はシロなのクロなの? なんの脈絡もなく、北朝鮮の民主化を推進させる超絶奇手を思いついた。 面白いからこのネタはこんどの新刊まで内緒。 土曜東地区「ヤ」39a。39bはA/Kodamaさんのブースと判明。合体させようかな。 8か月間あたためていた、とある陰謀をスタートさせる。 なんだか今日の日記は抽象的にゃ〜。 |
| 11月14日(火) |
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『クウガ』の桜子さん、初めての大胆せみぬーど写真集が、今月25日にワニブックスから出るらしい。 そう言えば、五代雄介の写真集もビブロスから来月中旬に出るとのこと。こっちは脱ぐかどうかは知らんが。 ……肝心な人のが出てないような気がするんだが。 あ、いや、きたろうじゃなくて……。 誰か『トンデモ本を笑うための基礎科学』って本、書かない? 相対論や地球物理などの基礎を、いろんなトンデモ本の間違いを反面教師的に引用しながら、普通の高校生でも理解できる程度にかみくだいて解説するという企画である。 もちろん、著者だけでなく編集者にも相当の科学知識と、一般人のおミソの度合を客観的に推し量る力量が要求されるけど。当然俺はタッチできないぞそんな本。だから提案するだけ。 陰謀、一歩前進。 |
| 11月15日(水) |
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いつの間にか加藤紘一主導で、森首相下ろしが進んでいるらしい。 森は「話し合いでなんとか」とか言ってるが、森の傍若無人なキャラに似合わぬ弱気ぶり。支持率が高ければ、もっと強気に出られるものを。 槙原敬之がついに復帰アルバム『太陽』を出すそうだが。 尾崎豊の『太陽の破片』と言い、アレをやると太陽っぽい幻覚でも見えるもんなのか? 陰謀、思わぬ方の思わぬ助力により一足飛びにゴール目前へワープ。信じられない。 やはり、最初からそうなる運命だったのかも知れない。俺はただ、歴史の後押しをしただけで。なるほど、これがZeitgeistってやつか(←かなり何か勘違いしてると思う)。 ともかく、これを機に今後メジャーシーンで大ブレイクしてくれると非常にうれしい。あの才能を野に埋もらせておくのはもったいなさすぎる。 |
| 11月16日(木) |
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有楽町そごう跡にビックカメラが入るとな。時代は着々と動いている。 考えてみると森の不人気って、あくまでも失言癖による「頼りなさ」から来るものであって。べつに失政や醜聞をしでかしたわけじゃないんだよね。 失政と言えば小渕のほうが相当ひどいことをしてきていた。国旗国歌法しかり、盗聴法しかり、児童買春・児童ポルノ禁止法しかり、あれほどムチャな法案を光速で押し通した首相も珍しい(ロリ法はなんとか最後の一線は守れたが)。森内閣の比例代表制改悪ぐらいまだかわいいもんだ。 だいいち、今や森内閣に責任おっかぶせられているカタチの「800億円無駄遣いサミット」や「2000円札拙速導入」だって、全部小渕の仕業でしょ? ヘリポートの件で沖縄を黙らせるために、沖縄でサミットやるって言い出したのも、2000円札に守礼門を使うって言い出したのも、もともと小渕じゃん。そういう意味では森は、やりたくもない沖縄サミットのホストにさせられ、出したくもない2000円札を発行させられた被害者と言えなくもない。 それでも小渕は国民から「仁政の人」扱いされている。なにかおかしいぞ。 森の無能さを擁護するつもりは全くない。アレに一国の宰相としての資質と度量が備わっていないことは明らかである。それにしても、「何もしてない」わりにこの不人気ぶりは異常ですらある。 けっきょく人民は、パンとサーカスを与えてくれる支配者にシッポを振るようにできているわけで。小渕の場合、パンはともかくとして、ブッチホンとかで「庶民派」をアピールし続けて国民の目を欺いてきたのが勝因といえよう。逆を言えば、その程度の人身掌握術も心得ていない森は、だからこそ宰相の器ではない、ということにもなるが。 まんまと人生勝ち逃げしやがった小渕は、つくづくうまい時に死んだよな、と。 早く帰れたので日記少し更新。 うぞーーっっ!! 来週の『ポケモン』、イミテ再登場!? しかも第二のメタモン配備!? すげーすげー観る観るーっっ!! いや〜ん萌え〜(はぁと)。もちろんメタちゃんの声は三石だろうな? |
| 11月17日(金)【ここまでは2000.11.23更新】 |
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朝日・一面に、オーストリアのケーブルカー火災で行方不明中(残念ながらたぶんダメだろうが)の中学生が旅先からしたためた絵ハガキが載っていた。 日付けがあまりに痛々しく、かつ、その精神年齢をストレートに表した文面がイタイタしく、正視に耐え得ない。 かわいそうなことするなよ。 こんな恥ずかしいハガキ全国に公開されたら、俺なら自殺したくなる(死んでるけど)。さもなくば化けて出る。 こういうことがあると、おちおち旅先で手紙も出せやしねぇ。 今読んでるMartin Luther King Jr.のAutobiographyにも、キング牧師が結婚前にコレッタ・スコットに宛てたメロメロなラヴレターまでが収録されていて、つくづく「偉人にだけはなるもんじゃねーなー」と痛感していたところであった。 しかし、今や一般人も油断ならねぇ時代となったようだ。ううっ、ツラいなぁ。 |
| 11月18日(土)【ここまでは2000.11.24更新】 |
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今日はコミケット準備会の「著作権シンポ」第二回。 0930起床。いい天気。トーストかじって日記ちょっと書いて(UPには至らず)11時過ぎ出発。途中、馬場のバーガーキングでワッパージュニアコンボ食ったのち渋谷へ向かう。ハチ公前でにせPCエンブレム職人の児玉さんと合流。 会場となった渋谷フォーラム8のロイヤルホールは、名前のわりには何の変哲もないただの汎用ホール。そこに200席ほど折り畳みイスを並べただけ。第一回のビッグサイト会議場とはえらい落差。でも入場料1000円では赤字であろう。 しかし、会場のスケールダウンに反比例するかのように、今回のパネリストは精鋭揃い。みなもと太郎先生、著作権関連に強い牧野二郎弁護士、マンガジャパンの顧問・飯田圭弁護士、コミケ参加歴もある石井裕一郎弁理士と、まさに各人各様のスタンスを持ち、しかも専門的な話もできるバランスのとれたメンバーである。始まってみると、やはり期待にたがわぬ濃い話の応酬となり、俺様大興奮。 とりあえず牧野先生のスタンスは「表現者(この場合は主に同人作家を指す)は気概を持て」、に尽きる。その表現方法が著作権法的にも正しい、と表現者自身が確信した上でやっているのなら、もし訴えられても戦うぐらいの構えを持て、ということである。「なんかヤバそうだぞ」と思ったらさっさと地下に潜り、ほとぼりが冷めたらまたぞろ地上に這い出てくればいいやなんて意識でやっているようでは、そりゃ告訴されても弁護のしようがない。また、今後さらにネットコンテンツが跋扈するであろう近未来において、作家の利益を守るための新しい著作権モデルなども披露されたが、なにぶん微妙な問題をはらんでいるので、誤解を生まないためにも、発言の都合のいい部分だけを切り取ってここに載せるわけにはいかない。準備会が来年夏以降に出すらしいシンポジウム本を待ってくれ。 石井先生は弁理士の立場から、「文化」法である著作権法と、「商売」法である商標法や特許法との性格の違いを解説。 プロ漫画家団体の顧問弁護士をしている飯田先生は、開口一番「まず著作権法を理解した上でやってほしい」と。これは同人側にも、プロ側にも言えることである。「銃夢」事件のようなこともあるし。そこから、他人のキャラを使った本やグッズが著作権法のナニに抵触せしや、「パロ」と「デッドコピー」の違いや如何、「原作者の意に反する改変」を禁じた「同一性保持権」の「意に反する」とは何ぞや、コミケでの頒布は「私的複製」の範囲に入るや否や、「引用」とは何ぞや、「場」の提供者にも責任はやっぱし覆いかぶさってくるのか……などの各論に、法律を小気味良く当てはめていってくれる。そうそう、我々同人者が一番知りたかったのは、こういう各論なんだ。ただ、これも発言者の個人的見解が混ざっている可能性があるので抜き書きできぬ。ワイセツと違って、著作権は線引きが難しいんだ。詳しくはシンポ本を。 そして、みなもと先生は御自分の長い芸歴の中でぶつかったケーススタディをびしばし問いかける。これがもう、「現場の苦悩」から出た具体的すぎるものばかり。 たとえば、『ホモホモ7』のトビラの背景に花札を描いたら編集部に「任天堂」の文字を消され(「任天堂」で場内大爆笑)、高倉健似のキャラを描いたら似ないように描き直させられ、「昭和末期」と書いたら怒られ(これは著作権とはまた別のもっとヤバい問題だろう)、風景を描いても企業の看板は別の名前などに描き直させられた、などなど。 企業も企業で、日産は「魔法使いサニー」に対して「漫画にサニーの名前をつけるな」とクレームして「サリー」に変えさせたくせに(あれ? これは「サリー」のスポンサーが日産以外の自動車メーカーだったから、じゃなかったっけ)、シルビアが出た時には漫画家やイラストレーターに「ぜひ漫画の中にばんばんシルビアを描いてください」とカタログを送りつけてきたもんだ、しかも「ただしオシャレなシーン限定、墓場走らせたりゾクに乗らせたり事故らせたりは厳禁」とまで書いてきた、と、証拠物件まで出して告発(笑)。 また音楽に関しても、昔は歌詞もほぼ使い放題だったのが、今じゃ一行書くのにもJASRACの許諾を取らねばならぬ、テレビ局みたいに出版社も一定の使用料を収めて楽曲使い放題にさせてくれないものか、とも。さらに、水野英子らが昔描いていた、映画をそのまんまパクったマンガ(今風に言えば「無断コミカライズ」か)も今は刊行できないのが残念でならぬ、映画同士はパクリ放題なのに(←うわぁ!)、とか。今回のパネリスト中唯一のトリックスターとしてのロールを意識してかせずか、えらい勢いでメモを片手にぶちまけられる長年の鬱屈に、聴衆はただただ笑いつつも、いかに漫画家が様々な制約の中で漫画を描かされているかを痛感したことであろう。 休憩をはさんで後半戦は、そのみなもと先生の突きつけた問いに答えていくという形式になる。また詳述できなくて恐縮だが。書ける範囲だけでも書くと、背景の企業名を描き直させられたのは、完全に編集側の勇み足。著作権法上も商標法上もなんら問題なしである。まーねー、編集も著作権法や商標法はじめ知的所有権に通じているわけではないし。つまり、法を知らないで自主規制をかけちゃってるケースがかなりあるんだね。勉強不足のあまりの過剰反応、これは「差別語」の問題にも言えることである。なんのために出版社の編集部は高学歴者を採用しているのか、当の編集者はその理由をよく考えてみるといい。君らsの脳味噌はただの記憶素子ではなかろう。 また、同じ企業が一方では漫画を規制し、もう一方では漫画をアドに利用しようとする自家撞着。これは、前者を担当するのは知的所有権部門(もしくは法務)で、後者を担当するのが広告営業部門とセクションが違うために起こる矛盾だそうで。大きな会社でなくとも、相互の連絡が取りにくいのは当然のこと。しまじろう事件の舞台裏もそんなとこだったんだろう。これはもう我々としては個々に対応し、相手の非を訴えていくしかない。 あとはもうグレーゾーンが広すぎて、「誰かの責任ある発言」としては何も書けない。勘弁してくれ。「コラージュに創造性が認められるのはどこからか」「替え歌の問題」「原作つきゲームや原作つきアニメのエロパロを原作者自身が描いたらどうなるか」などなど、本当はここからが面白いんだが。問題提起自体が寝た子を起こしかねないヤバいクエスチョンもあって、もうドキドキものじゃよー。来なかった奴は地団駄踏んで悔しがれ。 結局のところ、書き手も原作者も「場」の提供者も、「法を学べ」、この一言に尽きるような気がする。まず法を正しく理解し、何が許されて何が許されないのか、何を妥協し何を貫くのかを模索しながら、自覚的に各々の活動を続けること。基督教徒がまずバイブルを学びバイブルに従って生きるように、表現者も著作権法を学ばなければならない。そんな当然のことが置き去りにされたまま、出版業界も同人市場も拡大し続け、ついにお互いの領土が接するに至った今、ポケモン事件をはじめいくつもの国境紛争が勃発したのであろう。 いやあ今回は大満足。もちろん明確な答えが得られたわけではないが、すくなくとも第一回の煮え切らなさとは雲泥の差である。ひょっとして前回のアレは、「プロの書き手の認識もこの程度なんだから、俺たちががんばらねば!」と同人作家どもを発奮させるための反面教師イベントだったんじゃなかろうか。(←ひどい) その後、もう1000円払って、隣室で米澤代表とパネリストたちを囲んで茶話会。残るつもりはなかったんだが、盛り上がった児玉さんに引き止められる形で参加。こちらもさらに白熱し、さらに輪をかけて日記に書けない会となった。結果的には残ってよかったデス。ナマ米澤を至近距離で存分におがめたし。萌え〜。萌えるな。 19時過ぎお開き。所沢へ戻り、コインロッカーにしまっておいた楽譜を回収してそのまま合唱の練習へ。 |
| 11月19日(日) |
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0820起床。久しぶりにリアルタイムで東映グランドライン(後半)+ぴえろ。ついに来週の『おジャ魔女』で、2月13日の日記で予言した「やめばな」が。やっぱりディープな理由がありそうだ。毎度毎度『はなまるくん』のおうたのコーナーは、なつかしの「ピッカピカ音楽館」のノリが思い出されてキュンとなる。セキネ大使〜。 金成先生オリジナルのピカ&ピチュシャツに身をつつみ、厖大な荷物を整理していたら、なんだかんだで出発が1110ごろに。ちょっと遅くなってしまった。駒場東大前で新田五郎さんと1250待ち合わせのところ、1255到着。すみません。 新田さんと学会会場へ。同じ建物で別の学会をやっててちょっと焦った。 今回も発表者多く、一人頭の持ち時間8分。そのぶん煮詰められた濃厚かつ公に書けないネタ(俺の日記こんなのばっかし)が続々。新田さんも大いに馴染んでいるようで安心。 休み時間、韓国で買ってきた変なスナックを供出。「クレヨンしんちゃんスナック」が不評だったのでつまんでみると、これがキャラメルコーン以上の甘ったるさ。ダメだこりゃ。 後半戦、岡田先生のくり出した「チューニング理論」が全てをかっさらっていく。詳しくはそのうち学会本かオタクアミーゴスで見て(聴いて?)くれい。 いよいよ新田さんの発表。「漫画アクション」の『オッパイファンド』、のむらしんぼの『電撃タケル』、あの『海のプリンセス エミちゃん』で手堅くまとめる。『エミちゃん』には会場からも「俺も欲しい!」との声が飛ぶ。新田さんが聴衆の前でプレゼンかますのを見るのは初めてだが、たしかに固くなっているものの、素材の笑いのツボはきちんと押さえ、しっかり会場を笑わせている。なかなかどうして見事なデビュー登板であった。次に出た俺のほうが、3回めだというのにうろたえまくって恥ずかしいかぎり。 なお、俺の演題は三田佳子著『太陽になれない月』(10日の日記参照)と、5月のメンコミで買った外道会館の『CCCB』(男だけの実写版CCさくら)。特に後半は笑いと悲鳴と怒号が飛び交い、路上で撮影したシーンではゲジゲジまゆげのさくらに会場から「轢かれてしまえ!」と罵声が飛ぶなど、バカウケ状態。『CCCB』は眠田先生に託したので、おメガネにかなうようならオタアミのライブに登場するかもしれないぞ。 予定をかなり押して18時ごろ例会終了。二次会会場へ移動する途上、唐沢先生に改めて新田さんの件を確認。唐沢先生も、新田さんの芸風を気に入ってくださった模様。 二次会。新田さんに「ファミコミック」(3日の日記参照)を見せたら予想外の大興奮。もともと新田さんに献上するつもりで買った本だが、「ぜひ買い取らせてくれ」と仰るので、買い値(各50円)で転売。酒が来ないし料理もアレというありさまで、さっさと出る。唐沢先生夫妻、開田先生夫妻たちと別れて、20人ばかしで別の店におしかけ三次会。キューバリバーをなめながら韓国マンガ雑誌を披露。ひえだ先生に、珍品・日本基督教団の牧師用手帳(2001年版)を献上。ちょっと余裕をみて2245ごろ、新田さんを置いて中座。ラムの酔いと満足感でほわ〜んとなりながら帰宅。しあわせな奴だね。 |
| 11月20日(月) |
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冬コミ一日目の夕方なのに新刊の製本がまだ1冊もできていない夢、それと、学会例会で先輩会員(名前も顔も知らない)から「学会発表では新刊のみを取り扱ってもらわないと困る」と叱責される夢にうなされ、寝坊。レーズンパン1個ほおばって出勤。 ジャンプでまた強烈な新人登場。これでまだ学生らしい。この西武ライオンズのような選手層の厚さ、やはりあなどりがたしジャンプ。 ところで、最近ジャンプが面白く感じるのは、たぶん俺がストーリーよりもキャラに萌えるタイプだからだろう(モロに同人少女的嗜好)。ジャンプって、話そのものよりも、イカしたキャラの魅力で読ませる作品が多いし(だからこそジャンプ系パロ同人は飛び抜けて多いのである)。だいたいジャンプの人気作品って、「あらすじ」よりも「名場面」のほうがすぐ思い浮かぶだろ? 『北斗の拳』だってストーリーはよくわからなくても「ん〜? なんのことかな、フフフ…」とか「おろろいれええ、ほ、ほんろにいれぇ〜」とか「ガニィィ〜」とかは強烈に覚えているだろみんな。 まぁ、「週刊連載」ってのはそういうもんかもしんないけどさ。毎回毎回見せ場をつくって読者の興味を維持するということで。しかしジャンプのマンガは、それが気持ちいいぐらい徹底している。しかし『マンキン』(同人的略称)のチョコラブがあんなに強いとは、「キャラ重視」にもほどがあるぞ。『ジョジョ』第3部のイギーが対ペット・ショップ戦あたりから顔が変わったのを思い出した。あんまし読者おどかすな。面白いからいーけど。とりあえず『ライイン』(でいいんだっけか略称)のパーシバルに1票、ということで。あのマンガもつくづく萌えるキャラぞろい。 『ライイン』で思い出したが、文学には古来、アーサー王物語や西遊記のような「キャラ萌え」と、シェークスピアなどに見られる「ストーリー萌え」の、二つの系譜があったような気がする。昨今では後者こそ文学/芸術であるというような風潮があるが、歴史をひもとけば「キャラ萌え」も立派な文学として認められてきたではないか。『オデュッセイア』なんか、延長に次ぐ延長で話を延ばしまくった長期連載マンガにさも似たり。 そういう視点で、文学にかぎらず「物語」型芸術全般を分析していくという手も面白いぞ。うまく行けば、「なぜ、あの行き当たりばったりのストーリー破綻バカマンガ『キン肉マン』があそこまで大ヒットとなったのか」という、未だ誰も答え得ない謎を斬る、ひとつの重要な補助線となるやもしれぬ。誰かやれ。 唐沢先生の日記に、「B級マンガ評論家の新田五郎氏」との一文。新田さんを「同志(同じ道を志した者、という意味の)」と認められた証か。まぁそこまで大袈裟なモンじゃなかろうが。 新田さんの日記も読む。興奮しているサマはひしひし伝わってくるものの、いつものペースを崩していないのはさすがである。俺が初めて例会出た時の舞い上がり日記とは大違いだ。しまった、あの本そんなに高価な品だったのか。買い値の100倍くらいふっかけてもよかたアルな。 なんか来年2月アタマにハレルヤコーラスをやることに。困った、テノールパートはやったことないんだけどなぁ。冬コミ終わったら譜読みしなきゃ。 加藤紘一に関しては何もつけ加えることなし。ほっといても罵倒の嵐だろうて。 |
| 11月21日(火) |
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とにかく眠いので、パシフィカさんへの66666Hit記念品の発送だけして定時退社。 帰り道、葛西伸哉の『エシィール黄金記』第2巻「アル=マンの遺産」購入。 怒涛の悪文で読者をねじ伏せるタイプの俺には、葛西先生のような抑えた筆致で淡々と、しかし読ませるべきところはしっかり読ませる巧みな文章がまぶしく見える。地味なはずのテーマなのに、読んでてワクワクしてくる。どこも読みとばせない。 きのう「キャラ萌え」と「ストーリー萌え」の話をしたが、『エシィール』は緻密なストーリーに加え、個々のキャラクターも魅力的な奴らを揃えているのがなんともニクい。男性読者にはおとなしめのファリンと元気系のエコー、女性読者にはいい子のエシィールはじめ2巻で出番の増えたアロナス、オタクにはファスキルのようなクセのある参謀キャラが訴求力ありそうである。カップリングではやはり「エシィール×サモリ」か。サモリは俺の中では総受決定なのでこれは動かない。だがエシィールもなんか受クサくなってきたので油断はできない。受クサくなってきたといえばファスキルもヤバいが、サモリと絡める場合はまだ「ファス×サモ」だな。ルーヴォ側でも「カッシュ×アロナス」が急上昇。直截だが「カンナビス×ジョルジィ」も今後鬼畜な展開がありそうでイイぞ。ああ、どうしてもこういう話になってしまう。 前巻に続き今回も、エシィールの周りに優秀な人材や援助者が都合良く現れすぎと言えんこともないが、これはそうでなければ小説にならんので仕方ない。ようは、出したキャラをいかに巧みに動かすかである。この点で、同じく王子様の出世話でも、都合のいい援助者が出るだけ出て、主人公がミノス王討伐以外これといった苦労もせず、自分の手を汚しすらしない『ヘルメス』は落第。あ、あれは小説じゃなくて事実だからアレでオッケーなのか? それに、「ガムシャラに前に進めば人生なんとかなるもんだ」とレミングのように突っ走るのりやす他マルチ系ポジティブシンキングの人らと違って、エシィールは大胆ではあるがなおかつ綿密にコトを運ぶ。ライトノベルの読者層にとっては、こういう主人公のほうがイケイケバカよりもずっと共感が持てるだろう。 今回は、なかなか難しい倫理問題に手をつけてしまったようだが、まさにこういう問題は「物語」という形でしか語れない分野であろう。ビジネス誌の記事や哲学書、宗教でさえもうかつに答えを出せる問題ではない(逆に、安直に答えを出してしまえるような奴ほど信用できないぞ)。葛西先生がどういう展開を用意しているのか、まだ解答編まで読んでいないが楽しみである。 帰って、たまったメールの返事だけざっと出して寝る。 |
| 11月22日(水) |
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松浪健四郎がキレたのは、「ちょんまげ野郎」とヤジられたせいらしい。 ほりのぶゆきの『ちょんまげどん』じゃないんだから。 どうせなら水かけるだけでなしに刀抜いて暴れてくれい。 ニホンオオカミらしき生き物、発見の報。 さぞ野趣あふれる味なんだろうな。 って食うなよ>俺! どうも、いったん犬を食材として認識するとストッパーが利かなくなってしまう。 古本屋の店頭でなんとなく、くもん出版の昭和史学習マンガを立ち読み。 日本の非道もアメリカの非道もあまさず書いてある、子供にも安心して読ませられる本である。なるほど、宣戦布告が真珠湾攻撃よりも遅れたのは、外務省のドジというわけではなく、攻撃直前に駐米職員が大統領府を訪れたのに大統領側が「昼休みだから午後イチに来い」ってんで門前払いにしやがったせいだったのか。 この本は三巻組みの中巻で、太平洋戦争開戦前夜からサンフランシスコ講和条約までを扱っている。そのため「南京大虐殺」の記述はなかったが、シンガポール攻略で数万人の華僑らを虐殺した事件が載っている。これも「つくる会」シンパは「そんなものなかった」と言い張るのだろうか。もちろんその一方、東京裁判の項ではアメリカの戦争犯罪を問うセリフを登場人物に言わせたりもしていて、なかなか公正な歴史観にもとづいたツクリで好感が持てる。 それにしてもなぜ、こういう「日本も諸外国もひどいことをやった」というニュートラルな視座に立てる人って少ないんだろうか。 もちろん、どちらかの犯罪行為をまるっきり不問に付すような既知外はあまりいない(いないことはない)。しかし、双方の犯罪行為を併記する時のスタンスが微妙に違うんだよな。 ・【諸外国もひどいことをやった。でも、日本もひどいことをやった。】 ・【日本もひどいことをやった。でも、諸外国もひどいことをやった。】 この二つの微妙なスタンスの違い、みなさんには区別がつくだろうか。 前者の末尾には「だから日本はあやまりまくらねばならない」とつく。 後者の末尾には「だから日本は何もあやまる必要なんかない」とつく。 同じことを言っているようで、結論がまるで正反対になるのである。 これが、「『歴史』と『歴史理解』は別問題」ということである。事実は一つでも、解釈は解釈者の立場(イデオロギー、とまで言ってもいいかもしんない)によっていかようにも変化する。これでは埒があかぬ。 「日本が悪い」とか「諸外国が悪い」と言い合っているうちは、問題は何も解決しない。 真に憎むべきは何か。「戦争」そのものだろう。もう少し突っ込めば、戦争を引き起こし、勝ったにせよ負けたにせよ自国民の血と涙を無駄に流した無能な施政者どもだろう。違うか? 戦争自体を憎むことを忘れて、お互いの国への憎悪を深め続け、さらなる戦争の火種を煽ろうとするバカども。そういう奴らこそ俺は売国奴と呼びたい。どこに国を売るのか、どんな対価を得るのかは奴らそれぞれだろうけどさ。買う奴は国内にもウジャウジャいるし。 その点、くもん出版のマンガは、「戦争自体のおろかさ」を前面に押し出したスタンスで、極めて健全な本といえよう。 日本もひどいことをやった。 諸外国もひどいことをやった。 「戦争」が、全てを狂わせてきた。 「戦争」をしなくても、国家間が歩み寄れる世界を。 そんな簡単なことなんだが、どういうわけか難しいらしいな。 なぜそれが難しいのか。『エシィール黄金記』第2巻を読むと、これでもかとばかりに痛感させられる。 「憎悪の連鎖」を断ち切る、と文字で書くのは簡単だが、キレイゴトはもはやライトノベルの中にすらありはしない(ある所にはあるんだろうけどさ)。 ましてや現実、それも60億もの現実、60億もの憎悪を。 どうにかできる名案があるなら、俺も「足下にひれ伏して靴にキスして」やりたい。 冬コミのお手伝いさん、「唐沢俊一やおい本」や替え歌本などで名高い鈴之助さんの招聘が決定。強力な助っ人だ! 鈴之助さんの本も委託販売受け付けることになったので、鈴之助ファンのみなさんも【埼京震学舎】に来ていただけるとありがたし。 |
| 11月23日(木) |
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1000起床。日記更新。 5日のファン感謝デーの日記に、もっと写真を追加しようと写真帳を探してみたものの、珍しく見つからない。ついつい部屋の片付けをはじめてしまう。 ついでにブックオフに不要な本を売りに行く。20キロぐらい持っていったのに1590円にしかならなかった。やってらんねー。 こないだゲットした『ぶぶチャチャ』のオリジナルサウンドトラックを聴く。対象年齢を意識して、そこにど真ん中豪速球を投げたようなサントラ、その意気やよし。奇を衒わないつのごうじサウンドの素直な響きが妙に心地良いのは、俺がスタンダードな楽曲ばかり聴いて育ってきたせいか。 ところで「ぽきぽき」って何の音?(汗) 『ポケモン』、メタモン使いのイミテ再登場。前回同様、ポケモンのシステムを生かした上でヒネリを入れる冨岡脚本が炸裂だ。二代目・メタぴょん(メタちゃんの次がメタぴょんって、室戸先生の『かめさん』のようなネーミングだな)もメタちゃん同様重大なハンディキャップを背負っていたが、今度はそれを矯正するでなしに個性として生かす新境地に達するという、なにかすごい寓喩が込められているようなお話。とりあえずメタちゃんが三石だったのでオッケー。メタぴょんはこおろぎさとみかな? 今後もイミテやユキさんやナナコちゃんのように、いい味出してたゲストキャラの再登場が増えるとうれしいぞ。アキハバラ博士は不可能としても。 けっきょく写真がみつかったのは寝る前。「これ以上俺の写真を載せるな」というイワオの呪いか? 詩人・島崎光正死去。81歳。だから、俺の知ってる人間は死ぬなとあれだけ言ってるのに。 |
| 11月24日(金)【ここまでは2000.11.26更新】 |
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キムタク、工藤静香できちゃった婚(これもすでに死語になりつつあるなぁ)。生まれる赤ちゃん、確実に「困り顔」。 で、今や「なかったこと」にされているかわいそうなカオリンは何やってんだろう。一生「工藤静香にキムタク寝取られた女」と呼ばれ続けるんだろうな。ひどい人生。 仕事中、気がつくと『ぶぶチャチャ』のテーマを口ずさんでいる。つのサウンドのおそろしさは、一回聴けば頭にしみついてしまうこの覚えやすさにあり。音楽的に変わった技巧を使っているわけでもない、極めてストレートな曲なのにぜんぜん陳腐じゃないのはどういうわけだ。熊谷幸子のような魔術的音階を編み出すアーティストも怖いが、一方こういうアーティストにも恐怖を感じる。 さーて、明日からはりきって原稿にとりかかれるぞ。 と思ったら休日出勤。ムガー!! 『エシィール黄金記』第2巻「アル=マンの遺産」読了。 いろんな意味で、サブタイトルが今回の話にぴったりハマっていた。こういう的確なコピーをはめる才能も、葛西先生のスタンド能力の一部だと思う。召し上がれ世紀末。 極めて難しい政治倫理・商業倫理の問題に、明確な答えこそ出せないものの、それなりの前向きな着地点を提示したオチは見事。もちろん問題が解決するわけではないが。こういうのを読むと、安直に「独裁者」を批判しにくくなってしまう。こうした問いを、逆方向に(もっと絶望的なシチュエーションで)突き詰めたのが『ベルセルク』のグリフィスとかになるんだろうな。もしあそこでエシィールがベヘリットを持っていたら……(爆) で、アレは、3巻では鎖でガンジガラメ、4巻では溶接、5巻ではコンクリに詰めて核廃棄物処理場に埋められそうな予感。 帰って、著作権シンポの日の日記のみ更新。 |
| 11月25日(土) |
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というわけで休日出勤だこのやろー。 へとへとなので更新もなし。 モンティ・パイソンのビデオ(ポニーキャニオンの1巻)見る。有名な「バカ歩き」は個人的にはそんなにウケなかったが、さすがにフリーメイソンや「まさかの時のスペイン宗教裁判」、"THE BISHOP"あたりには大爆笑。パイソンズのギャグは知識に比例して笑えるというのは本当らしい。ああ、Spanish Inquisitionのコスプレしたいなぁ。できれば赤い三連星で。ブースに来た客をつかまえてふかふかのクッションで拷問しながら「Confe---ss! Confe---ss!」と改宗を迫る。あの赤いローブ、カトリックグッズ店で売ってないかな。うっとり。 |
| 11月26日(日) |
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『おジャ魔女#』、「やめばな」。ほとんど話に魔法がからんでこなかったが、たまにはこういう「魔女じゃなくても魔法が使える回」があってもよかろう。どうでもいいけど渓介パパって実はなにげに売れっ子? 印税50万前払いってことは、エッセイ集1冊1300円としたら4000部か(印税10%換算で)。釣り誌の読者人口がどんなもんかは知らんが、趣味書でこんだけ刷るのはすごいぞ。あのトシ(40は届いてないだろう)で家持ちはともかく娘2人養ってるし、案外あなどれぬ。 幸福の科学所沢支部の裏手に、いつのまにか崇教真光の準道場が。 |
| 11月27日(月) |
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帰りの電車の中で、待ちに待っていた替え歌の天使(Angelus Parodia)が降臨。 11年間、完成度50%(ジオング以下)のまま放棄されていた替え歌が一気に完成。11年遅かった。 《大ちゃん数え歌》 一ツ 人より金かけて 二ツ 吹上あとにして 花の東京で お葬式 三ツ みんなで弔問だ 天ちゃんカッポレ人気者 てんてん 天下の ムダづかい 四ツ 予算は百億円 五ツ いつでも猛警備 守りぬけぬけ 左翼から (※ここまで造って放棄していた) 六ツ むりやり生かしたが 天ちゃんドバッと大下血 けんけん 献血 ムダづかい 七ツ なかなか膵臓ガン 八ツ やっぱり治らない 九ツ 困った すびばせん 十で とうとう崩御した 天ちゃんポッチャレいい男 てんてん 天下の ムダづかい ……て、天使様……。 |
| 11月28日(火) |
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さんずい先生@酸欠集の同人誌を彷佛とさせる、先週の熊本全裸体罰小学校教師。やっぱり教室内で見ていたらしい。なんてうらやま……いや、ゆるせない(ジャイアン調)。断固抗議する。 なんで撮影しなかった。 数千年に一度のチャンスじゃんか。見るだけでいいんか。それとももしや、恒常的に脱がしてたからわざわざ撮影するまでもなかったってか。うぬぬ、余計ゆるせぬ。 怒りのあまり、トップページに加藤紘一応援歌をアップ。(←関係ないじゃん) 《「トライアタック!メカンダーロボ」》 ※ 逃げんなー 逃げんなー 逃げんなー 加藤! ダダンダンダダダダン 「TRY アタック!」 逃げんなー 逃げんなー 逃げんなー 加藤! ダダンダンダダダダダダン 辞めて 辞めて 辞めてたまるか 俺たち主流派 首相 首相 首相を襲う 加藤の手 呼び出せダンダンダンダン 料亭裏工作 除名は ひとつの恫喝だ 造反者1! 造反者2! 造反者3! やっぱり加藤派 分裂だ やったぜ潰した不信任 庶民の怒りに火をつける 中止だアタック ざけんな加藤 (※くりかえし) 森の 森の 森の内閣を みんなで守ろう 利権 利権 利権に生きる ウジ虫と 森派でダンダンダンダン 政界裏工作 欠席は 名誉の撤退だ ねらってまけ ねらってまけ かけろ水ー! たのむぜ小里の説得を 寝返れ 宮沢・古賀 必死に野中が首つなぐ 中止だアタック ざけんな加藤 (※くりかえし) ダダンダンダダンダン 違法サイトをぞくぞく発見。俺のシュミはもっと上の世代なのでイマイチだが。 |
| 11月29日(水) |
| 「ものみの塔」2000年11月1日号の、ナリフリ構わぬ「寄付よこせ」記事を読んで大笑い。生命保険の受け取り先までエホバにしろとは。そこまで堕ちたか。 |
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11月30日(木)【ここまでは2001.01.04更新】
読売首脳陣がローズに食指を動かしているとのことで、仁志がムクレているとか。そらそうだろう。 《悪魔くん(アニメ版OP)》 ※ エロヒムエッサイム エロヒムエッサイム さあ! クローンだクローンだ お布施をささげよう エロヒムエッサイム エロヒムエッサイム ほら! クローンだクローンだ 僕らのラエルくん チビの宇宙人が 君を作っている 献金出すんだ 研究はこれから エロヒム大使館 夢見てやって来た 不思議なカルトだ UFO来るのを待ってる フリーセックスだ Hiyu-Hiyu 非難を呼ぶぜ 轟々 手強い信者は ウジャウジャいるぞ! ここにもそこにもあそこにも!! 「ワァオ!」 △ エロヒムエッサイム エロヒムエッサイム さあ! クローンだクローンだ レーサーも教祖になる エロヒムエッサイム エロヒムエッサイム ほら! 宇宙人が 僕らの創造主だぜ! 金持ち夫婦に ラエルは寄ってくる 忘れちゃいけない 生命の尊厳 一人じゃ動かぬ 常識ブッとばす 奇蹟を呼ぶのは 子種を宿した仲間さ クローン作れば収拾 つかなくなるぜ No-No 倫理の壁が ジワジワ迫る! ここにもそこにもラエルにも!! 「ワァオ!」 (※くりかえし)(△くりかえし) 森雪之丞の詩は個人的にあまり好きではないんだが、替え歌が作りやすいという点においては大きく評価している。そんなんで評価されてもたまらんだろうが。 唐沢先生の日記の元気いいぞう評を読む。芸の具体的描写が全くないのに、「見てみたい!」と思わせられるのは何故だろう。「紹介芸かくあるべし」、と己の非力と引き比べ、思いっきり打ちひしがれる。 「ネット上の人権侵害・著作権侵害コンテンツをプロバイダが削除できる法案」を、郵政省が次期国会に提出するらしい。 こらこらこらこらちょっと待て、「人権侵害」と「著作権侵害」を簡単に「・」で結ぶな! 誹謗中傷やプライバシー侵害はともかく、知的財産権侵害に関して、回線問屋((C)安永航一郎)側にそんな白黒つけられる知識があるとは到底思えない。もしそんな法知識があるなら、ヤフーオークションなんておそろしい事に荷担するわけがなかろう。だいいち、親告罪である著作権侵害に対し、第三者である回線問屋が勝手に実力行使するのは越権にもほどがある。 「児童買春・児童ポルノ禁止法」もそうだが、似たような事例をひとまとめにして取締立法をしたがるのは行政者の悪い癖である。「児童…」では、後者への取り締まりに反対意見がばかすか出てきてしまい、後者のための議論を重ねたために、肝心な前者への規制まで遅れてしまった。今回のコレも、「人権侵害」と「著作権侵害」をひとまとめにするなら、おそらく「著作権侵害」の判断基準や、第三者が実力行使することと現行著作権法との矛盾をどうクリアするかで、「児童…」並みの激論が巻き起こるだろう。そうして「人権侵害コンテンツ」への規制までが遅れ、それだけ被害が増えることとなる。 お願いだから、「人権侵害」と「著作権侵害」は切り離してくれ。「児童…」の二の舞いだけは避けてもらいたい。 |
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