2003年5月の開設者うらみ日記


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5月1日(木)
 0800起床。資源ゴミ回収にバンチ2年分と古新聞どっさり出す。
 昨日持ち帰った仕事の下調べをネットで。残業手当のつかない仕事をする趣味はないんだが、職場ではADSLつながってるマシンをいつも使われてて、ネットで調べものをしながら原稿作ることができない。で、明日までにいちおう形にしておかないといけないので、しぶしぶ。
 昼、家賃振り込んで、さぼてんカツサンド買って、ついでにブックオフにもちょっと寄って東山出版の上祐本(編集担当はもちろんデーヴァ福井)などゲットして帰る。食ってまたネットの波をちゃぷちゃぷちゃぷちゃぷかきわけ調べもの。TVは平日だからパリーグのデーゲームなんかやってないし、ダラダラと午後ワイド流しっぱなし。ニュースは白づくめ軍団に沸く。車の中に「SAPIO」があったというのに大笑い。さすが自称「反共団体」。あと、ラクーアとかいう遊園地に、ハブのない輪形の観覧車「ビッグ・オー」オープンの報。ロジャー様が「ショーターイム!」とか言って操縦している、というネタはたぶん2週間ほどあとで検索かけたら5ケタはヒットすると思うのでこれ以上書かない。
 上祐本ぱらっと見る。あのー、これって『生死を超える』のリメイクですか? 内容も同じく、前半はシヴァ神だチァクラだクンダリニーだとオウムの世界観と後半はサマナの体験談の羅列。ヨガの解説の文言はまるっきし『生死を超える』のコピペ(さすがに写真は石井久子&大内利裕の写真使うわけにゃいかないからイラストにしてるけど)。オウムの出版物は封印したんじゃなかったのかオイ。つうか巻頭グラビアなんか、乳首見せて座禅する上祐とか、『生死を超える』のチヅオのところを上祐にすげ替えただけにしか見えない。変わってない。あいつら、なんにも変わってないわ。93年のロシア巡業から一気に2000年のアレフ開設に飛んでしまう著者略歴も笑えるぞ。しかもオウムのオの字も出てこねーし。だいいちあいつ、出所した時「責任をとって正大師の位と緑のクルタを返上します」と発表していたくせに、いまだに「マイトレーヤ正大師」だし、表紙はじめどの写真でも昔同様エメラルドグリーンのクルタを着てやがる。ダメだこいつら。
5月2日(金)
 ヨルダンで、毎日新聞のカメラマンが持ち込んだ爆弾どっかーん。バグダッドで拾ってオミヤゲに持って帰ろうとしたのが税関で見つかって、調べてる最中にどっかーん。ヨルダンビトさん約1名あぼーん。こんなマヌケな事件で死ぬ人生もある。
 昨日の下調べの結果をデータに反映させていく。なんかもうウラ取るためにいろいろ調べれば調べるほど新事実が出てきて、キリがなくなる。出版しても、半月もしたら増補改訂版を出したくて仕方なくなるだろう。今日中にある程度カタチにしなきゃならんので大変だ。2000ごろまでデータ直して印刷、コピー。ひいはあ。
 帰ってアクセス解析見る。「スカラー波」はもう減ってきた。ついでにネットうろちょろ。ああーっ「恐竜や」の常連さんって炭火焼きオルグのおっちゃんだったのかー! 特撮の素養がないにもほどがある俺。
5月3日(土)【ここまでは2003.05.09更新】
 0800起床。日の出が早くなったせいか、朝寝ができなくなってしまった。老化か。頭がほわんほわんする。以前にもあった、大脳旧皮質の中にジャイロが埋め込まれたような感覚。『ミルモ』、今日はいまいち。アクミも弱くなってしまった。
 こんどの学会紀要のために『聖書の暗号2』評を書こうと思ったが、内容がとっちらかってるせいかこっちのツッコミもどーもとっちらかって難航。かわりに上祐史浩『覚醒新世紀』(東山出版、2002年)にツッコミ入れ倒す。
 1400ごろ、スーパーで寿司買って食べる。NACK5サタデーライオンズ、対オリックス戦。西口が大乱調でいきなり9点のビハインド。それが眠くてたまらず昼寝しているうちに何があったのか9回までにまんまと追いつき、けっきょく延長12回引き分け。西武にとっては勝ちに等しい、オリックスにとってはただの負けよりもダメージ大きい引き分けだったろう。同じ延長でもロッテ×ダイエー戦は投手戦の末サヨナラ負け。とほほ借金3か。
 目の奥が疲れてる。葛根湯飲んで、パン屋でパン買ってコーヒー入れてぱくぱく食べて、『覚醒新世紀』評仕上げる。ちょっと古参会員にお伺いを立てたほうがいいヤバめの箇所があるので、編集部でなくMLにアップ。

 ヨルダンの空港どっかーん事件。爆発したのはクラスター爆弾だった模様。毎日のカメラマンは「爆発した後の部品」だと思って、アシスタントとキャッチボール(ひー!)までして遊んでいたが、税関で調べているうちにどっかーんと。しかし、キャッチボールでもビクともしなかった信管を反応させるとは、税関はいったいどんなことをしたのか。
 もちろんカメラマンのおろかさは全世界のおともだちが認めるところだが、一番悪いのは、市街地にそんなものバラまいた連中ということで。帷子川にホタテバラまくのとはわけが違う。どうせならヨルダンじゃなくてアメリカの税関でひっかかればよかったものを。カイザルのものはカイザルに返せ。
 いや、もっと悪いのは、こんな悲惨なニュースを聞きながら「ドカーンと一発、やってみよ〜うよ〜、イラクで拾った〜クラスターで〜♪」とか歌ってる俺だ。アンマンで砕けろ、死んでもともと〜。

 ドカーンと言えば、ここ数日、某・北が原爆持ってるの持ってないのとフイているけど、つくづくとことんカードがなくなってきたんだな。拉致問題みたいに、日本に5発ほど落として「これでウリナラの原爆は全部提出したニダ核問題は解決したニダさあ援助くれセヨ」とか言われてもイヤだが。
 さて、実際落とすとしたらどこを狙ってくるのか。俺は再三「もし戦争になったらまず所沢の米空軍通信基地があぼーんされる」と言ってきたけど、よくよく考えたらその可能性は極めて低いですすんません。たしかに米軍と本格的にドンパチやらかすつもりなら、米軍にとって「サウロンの目」とも言える所沢を最初にぶっつぶすのは戦略上当然の一手だろう。しかし、そもそも北朝鮮が自分からアメリカに戦争仕掛けるメリットはどこにあるのか。北として最上の手は、アメリカを刺激せず、逆に日本を大いにビビらすようなパンチをピンポイントで叩き込むことだろう。在日アメリカ人(軍人民間人問わず)にさえ被害が出なきゃ、米軍が動くことはない。そのことは、日本よりも北のほうがシビアに見抜いているはずだ。少なくともアメリカの軍事施設や民間人の多い施設のある地域は外してくる。
 日本も、主要都市の耐核化ができないなら、せめて全国にアメリカ関連の施設を誘致するというのはどうだ。これ以上の「人間の盾」はあるまい(ひでぇー)。……はっ、全国の英会話教室でアメリカビトを雇ってるのは、もしかして有事の際の「人間の盾」にするため!? 英会話教室に通うと国が補助金出してくれる政策も、実は英会話教室を全国に増やして「盾」を厚くするため!? 大きな耳はいっぱい聞くため!? 大きな口はおまえを取って食べるため!?

 とかバカなことを考えて疲れたので2430就寝。
5月4日(日)【ここまでは2003.05.11更新】
 0820起床。『ナージャ』。万田ようこテイストのゲスト、まつ毛でオチは予告編からモロバレですけど、ショコラの動物虐待は驚いた。「お客様を喜ばせるためのウソはいいウソ」という団長の哲学は見世物商売なら当然のことだが、TV朝日に言われると『これマジ!』のことが頭をよぎり同意に躊躇してしまう罠。君らの「お客様を喜ばせるためのウソ」のせいで大恥かいてる人々がいることを(以下ナージャと無関係なので略)。1週早ければ今日はザビーナたん萌え本が読めたかもしれん。ぷにケの朝に合わせて萌えゲストキャラを登場させるとは意地悪な。「スカートより男装のほうが萌え」派と「強引な女装にかえって萌え」派の対決が今後楽しみ。そこまで論争にはならんか。
 『題名のない音楽会』観ながら支度して、0930ごろ「ぷにケット」に向けて出発。今回はカタログ持ってるのでサークルチェックは万全、地図もついてるから道にも迷わず、無事浜松町の都産センター到着。1100過ぎ入場。俊俊さんと山崎円花(弟)さんにご挨拶。俊俊さんの新刊、今回もすごい。ストーリーなんか考慮してないのかと思ったら実はちゃんと伏線はってあったり。あまり買う予定はなかったが、気がつくとカバンの中にはドサーリと。【UTUMNO】とか【ブロンコ一人旅】とか【BAMBOO SYSTEM】とか、明日のコミティアとハシゴ出展するサークルさん多し。BAMBOOの『ハカセちゃん』シリーズは明日新刊が出るとのこと。やったぁ。
 さらに浜松町から天王洲アイル経由で有明SCC。ちゃんとカタログ買ったのは初めてかも。室戸さんにご挨拶しようと思ったが接客中。で、時間つぶしに近所のブースを適当にウロウロしてると、政治同人サークル(もちろん女性)を発見。小泉と菅の正統派ソフトやおいで価格も手ごろだったのでゲット。そしたら隣のサークルが「こっちも見てってくださーい!」とコピー誌を勧めてくる。どれどれと見てみると……すげー! 何コレ! いやもう何と形容すればいいか、画像を引用するのもハバカラレルほどの壮絶な本。画力もパトスもある意味木持アート出版クラスというか、すくなくとも隣の本とはどえらい違い。思わず全種類買ってしまう。こればっかりは内容を詳述することはできない。いやホラ、一応同人誌に最も理解を示してくれそうな党をわざわざ敵に回して児童ポルノ処罰法改悪に拍車をかけるようなマネは、ねえ。お会いするたびに髪が伸びている(マックユーザーあらし(C)唐沢なをきの歯みたいだ)室戸さんたちと、エルフは●●するのかとかバカ話。さっきゲットしたすごい本を見せびらかすと、あまりのすばらしさに感動した数名が買いに走る。
 かなり体力を消耗したので、カロリーとともにいいタンパク質を摂取すべく武蔵関TEXASでロイヤルアメリカンステーキ。今日のは特にうまい肉。醤油もガーリックもなくてもそのままうまい。ぱーくぱく。1700帰宅。とたんにガクーと眠くなり、1840まで昼寝。起きて合唱の練習。帰って、スーパーで買った小さなサンドイッチをぱくつきながらビデオで今朝の『アバレ』。アバレピンクがまだブタだったのは衝撃。新ポケモン登場にデンジマンで出動ブラ。マツケンサンバじゃなくてスケさん久々の出演ー。東映悪ノリしまくり。
5月5日(月)
 タマちゃんの目の上に釣り針が刺さったとか。「矢ガモ」属性までエンチャントして、どこまで話題を引っぱるつもりですかこのアザラシ。ここまで巧妙なプロデュースを見せられると、本当にアレは当局が愚民どもの目をアレやコレやからそらすために放ったロボットなのではないかという陰謀論がアタマをよぎるんですが。
 今後モリとかぶさぶさ刺さって「白鯨」状態になると面白いんですけど。で、「想う会」のおっさんが荒川に船出して捕獲しようとするんだけど、逆に凶暴なタマちゃんの体当たりで船壊されて部下全滅して。最後はタマちゃんにモリ刺してそのまま一緒に川の底へ消えていく。すでに目的をとり違えていることに気づかないまま。
 ともかく、これでコイの吸い込み釣りが自粛されないことを願う。

 0800過ぎ出発。特急には乗れなかったが順調に大崎経由で有明・コミティアへ。今回も新田五郎さんのブース【WAIWAIスタジオ】に寄生。MR020と『と学会年鑑BLUE』を委託していただく。広い通路に面したいいロケーション。こんなことならポスターでも作ってくればよかった。ポスターがわりに、先日実家で発掘した「と学会半纏」を画鋲で止める。なんと今回は滝季山さんのお隣。3人でいろいろ鬼畜な話に花を咲かせる。開場前、【アーティスツカンパニー】飛沢さんにご挨拶。挨拶に行って逆にクッキーもらってきてしまう。
 開場後もしばらく3人でいろいろと。新刊『東京バッ●マンハワイアン』もゲット。今、ギャグでこれだけの頁数を描き下ろす同人作家って他にいない。長けりゃいいってもんじゃないけど、滝季山さんはこの長さでテンションも全く落ちず一気に読ませるんからおそろしい。
 お買い物。と言っても事前にチェックしたとこ回るだけ。毎日新聞が何かのブースを出していたが、なんだか気の毒でそっちに行けなかった。あの事件、実は復讐に燃えるゴッドハンドが不発弾をクラスター爆弾にすりかえた捏造事件、というオチはどうだろうか。【かにばるみるく】Senjuさんにご挨拶。ばべるさんの消息を聞かれる。いや俺もSenjuさんにそれを聞こうと思って。心配。【木持アート出版】、『レナちゃん』第二部・快男児ロンリー編、まだ出ず。俺の予想では相当遅れると思う。パトスにまかせて描くタイプの木持氏では、男を主人公にしてしまってはモチベーションが格段に低下するだろう。西部の荒野を舞台に、肉弾戦に乏しいガンアクション、しかも主役は男、という三重の縛りにめげず、いかに半裸のおねーちゃんのくんずほぐれつバトルを無理なく挿入できるかが、第二部早期刊行の最大のポイントだろう。いや絶対ムリは出るけど。そのムリこそが木持アートの真骨頂。がんばれ。
 【ジャポニカ自由帳】【ノースノマド】などいつものとこのみ回る途上、なんと懐かしい『ちなつのシュート!』(ウゴウゴルーガでやってた連続デジタルコミック)を全編収録した本を作者本人が売ってたのでゲット。どういう流れでこの場を見つけてくるのか、時々こういう「うおぉっ」と驚くような出展者がいるから、コミティアは面白い。通して読んでみると、実はすごくよくできた青春スポ根ラブマンガ。マネージャー兼MFのみなこのポジションが案外あなどれない。こういう参謀が欲しい。メロンパンとペプシ買って基地へ帰投。
 お店はちょこちょこお客さんが来る。『BLUE』も高額商品にかかわらずちょこちょこ売れる。「新田五郎さん商業誌デビュー!」と札に書いてくっつけといたオカゲもあるかもしれん。新田さんのファンは多い。俊俊さんとこのBBSでお世話になってる筆武将さんから、広島風お好み焼きせんべいいただく。カダフィの西田総帥来店。『BLUE』はもう書店で買ってくだすったと。恐縮。『BLUE』最後の1冊は小杉あやさんがゲット。新田さんのサインつき。新田さん初のサイン本、数年後にはとてつもないお宝になるのでは。児玉さん来。試作品の、あのマークをあしらったうちわと、あのバンのペーパークラフトを持参。爆笑。うわー惜しいなーレヴォに間に合えば天下取ったかもしんないのにー。滝季山さんがお出かけの間、田野くんが来て店番。なつかしいラビーの替え歌など歌いまくる。
 MR020、9冊も売れる。こないだ(2月)3冊しか出なかった同じ本が何故。新田さんも言ってたけど、やっぱコミティアは2月より5月のほうが断然盛り上がる傾向あり。『と学会年鑑BLUE』も、今日持ち込んだ9冊全部ハケたし。うひゃーもっと注文しておけばよかったー。
 児玉さんとゆりかもめで帰り、新橋駅地下でカレー食う。珍しくビールまでがっぷがっぷと。本格的なインドカレーで(そういえば厨房にも黒い人が)、むちゃくちゃ汗が出る。タイのトムヤムみたいな辛さには弱いんだが、こういうコショウ系の辛さはなんとか対応できる。解散。あーもう疲れた。帰ってすぐ寝てしまおう。

 ……と思ったがそうは問屋がおろしてくれず、学会の編集番長から紀要原稿の催促があったので、上祐本の書評をリライト。しにそうです。
 投稿ついでにアクセス解析で「オランガタン」なんて検索ワードが出てきたもんで、そっからイモヅルで2ちゃんねるの「みんなのうた」スレに辿り着く。小学校の校内放送でいつもかかってたけど音源が悪くてぜんぜん歌詞を聞き取れなかった歌の正体が分かったりして、めちゃめちゃ泣く。うわーん記憶の扉が開きまくりー。小学校時代のことでこんなに懐かしむ思い出といったら、音楽かTV番組か書籍しかないんだよな俺。もっと現実世界の、仲間と友情を確かめ合った思い出とか仰げば尊し我が師の恩とかないのか。ないんだなこれが。よく不登校にならなかったもんですな。ええ、「学校に行かない」という選択肢すら思いつかなかったほどのバカですから。
5月6日(火)
 朝から頭が痛い。0530ごろいったん目を覚まし、ナロンエース飲んでまた寝て。起きてもなおポーとしてるが、陽が高くなるにつれ痛み自体は徐々に回復。あ、昨日の伊集院録音するの忘れた……。
 白軍団、あっち追い出されこっち追い出されのスペースラナウェーイイデーオーン状態。いっそ強制収監してしまえれば話は早いんだろうが、そんな法律はないし、そこまでやってしまうと人権がどーのこーのという別の問題になる。だから定住しそうになったら追い払うという対症療法しかできない。「ウチの管轄から追っ払えばそれでよし」という各県警・地方自治体の姿勢も疑問。オウムへの対処と同じ。
 2日まであーでもないこーでもないとこねくり回していた企画がイイカゲン煮詰まったので、気晴らしに8月刊行の本の赤字照合。A5判560ページ超の本で気晴らしもなにもないもんだが、ダウト探しだけしていればいい仕事ほどラクなものはない。何度も何度も言うようだけど、つくづく俺は編集者の器じゃない。ライターでもない。校閲部のある会社に行けばよかった。昼も何を食おうとかそういう意志が失せたので、適当にサブウェイの店先で売ってたランチセット買って職場でぱくつく。午後もポーとした頭のまま引き続き仕事。定時退社。
 帰って米といで、水につけてる間にメールボックス開くと、紀要編集番長から校正のFax先と書影の要求メール。スキャンして1900ごろメール。炊飯器つけてネットうろちょろ、2000過ぎスーパーでコロッケとプルルンチキン春雨(商品名。臆病な丸顔チャイドルではない)買って帰ると、早くもFaxで校正が来ていた。もう今回は直しなしでいいや。
 釣り針刺さったタマちゃん、当局関係部署で専門家も交えて慎重に検討した結果、リスクを負ってまで捕獲するほどの深手でもなし、このまま見守ることに。せめて矢でも貫通しないと捕獲まではいかんか。
 なんとなく右アゴが痛い。親不知は引っこ抜いたばっかだが。まさか下の親不知が発動したか。困った。
5月7日(水)
 ゆうべは右アゴが痛かったが、今朝はなんか左アゴが痛くて。虫歯、なわきゃないよなこないだ治したばっかだし。またウィルスでもたまってるのか。頭も微熱模様。頭痛ということはないがどうにもボーっとしていけねぇや。
 きのうの赤字照合の続き。昼、タントタントまでフラフラ歩く。途上、酒屋の壁面を覆いつくしてるツタみたいな植物が花を咲かせてて、その芳香がすごい。嗅覚は敏感なほうなので、この時期早稲田の路地裏を歩いていると、あちこちの家が植えている種々サマザマな花の匂いが鼻をくすぐる。自分が動植物育てるのめちゃめちゃ苦手なだけに、ガーデニングやってる人ってすげぇ尊敬する。サラダと、ナス&ベーコンのトマトスパ。あいかわらず真っ赤な完熟トマトがバリウマ。俺はトマトケチャップやトマト味の食い物は大好きなんだが、トマト特有の青臭さが大嫌いで、それでトマトそのものとトマトジュースは苦手。そんな俺でもここのサラダにくっついてくるトマトは、不思議なぐらい青臭さがなくてガツガツ食える。どこの畑から仕入れてるのか聞いてみたい。聞いてどうするわけでもないが。
 午後も続きをダラダラと。やっぱフラつく。他の症状が出てないので、カゼかどうかすらわからない。行きつけの病院はなんか入り口工事してるし。診療時間を書いた看板も出てないし。まいったにゃー。
 今日もほぼ定時退社。きのうの帰りから読み始めた『日本オタク大賞』(鶴岡法斎編、扶桑社、2003年)、ほとんど読み切る。小さい字でギッチリ詰め込んでいるわりにはサクサク読めた。頭を使うような本じゃないしね。『コメ☆』記述がわりと多いのは岡野キャプテンの個人的好意でしょうか。パルコで適当にお惣菜買ってフラフラ帰る途中、「チェッチェッコリー」のルーツについて議論するカップルが。個人的には白装束集団よりも、チェッチェッコリー歌う奴らのほうを取り締まってもらいたいんだがいやマジで。水曜に移動してから初めて『カスミン』観る。久々なので、いつの間にヘナモンのことカミングアウトしてたのか(約2名にのみ)とか人間型ヘナモンが増えてたりとかいちいち驚く。メリケン青春コメディをはさんで『みんなのうた』。2曲め、『ほしのこえ』の人がなかなか萌えるアニメ作ってた。やっぱり一人で作ったのか。
 ベッドにもぐりこんだところで、また胃ケイレンでも始まったか、おなかが痛くなる。真夜中一度目を覚まし、大正漢方胃腸薬飲んでまた寝る。かんべんしてくれ。
5月8日(木)
 ゆうべの腹痛は回復。左アゴはあいかわらず、断続的に疼痛がわいてきたり止まったり。朝刊。今年、6万年ぶりに火星が大大大大大接近するとのこと。なんと1/3天文単位(太陽〜地球間の平均距離の1/3)まで肉迫、極大時には-3等になるそうな。あの真っ赤な星が-3等って、どう見えるんじゃろかー。目のイイ人なら肉眼でフォボスやダイモスまで見えそうだにゃー。それはないない。
 仕事。梅雨を先取りしたような蒸し暑さがたまらん。工事中のエアコンが稼動するまであと一月はガマンを強いられる。真夏や真冬を思えばなんてこたぁないが。昼、大昌苑で焼肉定食。今日はイマイチ。8月刊行の本、再校を7人の著者に送りつけて帰る。
 チャンピオン。『ショー★バン』、番太郎後輩イビリにガクガクブルブル。『ななか』、次回最終回。静かな幕引きになりそうな予感。帰宅してハヤシライス食いながら久々に『ポケモンAG』。バルタン。『動物のお医者さん』。ストーリー上のギミックもしっかりケータイ時代に対応。
 高木美保に「消滅宣言」を出していた千乃正法。奴らのかみついたエッセイが載ってたのが「正論」と聞いて爆笑。「SAPIO」に続いて「正論」かよ! フジにだけ単独会見を許したのもむべなるかな。一方「タマちゃんのことを想う会」は、タマちゃん捕獲計画進行中。捕獲時にタマちゃんが暴れて別のケガをするリスクとか、どこで治療するのかとか、そもそもおまえらアザラシの飼い方を知ってるのかとか、千ものツッコミを入れたいところだが、何を言っても聞く耳持たなそう。バカカルトは「怪しいから」ではなく、この「後先考えない自己中心性」こそが世にアダなすもの。
 こないだ古書店でゲットした三浦綺音のビデオ、と言ってもHなビデオじゃなくて80年代的ミュージックプロモビデオ(1994年)観る。ちょうど、ヌードル(死語?)からの脱皮をはかって歌手デビューした頃に出したやつらしいが、ビデオまで出てたとは知らなかった。最後のほうで申し訳程度にちょっと胸出すけど基本的に服着たまま、森の中逃げ回ったり屋敷の中でウロウロしたりという映像が30分近く。当時のラジオCMとかでちょっと聞いたことがあるが、4曲通して聞いてみると意外とイイ楽曲ぞろい。不安げな曲調に三浦のかぼそげな(そこそこうまい)声がよくハマっている。
 発売時期はまさに「ヘア・エクスプロージョン」真っ最中。元祖ヌードル(ビデオのジャケ解説文によると「脱ぐアイドル」の略)として一世を風靡した三浦だが、エピゴーネン狙いが続々と出る前にいち早くメジャー進出をはかり、勝新太郎に見初められたのを幸い、勝新撮影の情報公開写真集『裸舞』をリリースするとともに勝新プロデュース舞台の主役にも抜擢と、一気に攻めに出た。しかし後ろ楯の勝新が97年死去、以降どうなったのだろうか。別に心配するほど縁のある人物ではないのだが(※いまちょっと調べてみたら、現在でもTBSの昼の帯ドラに出たり、そこそこ活躍しているらしい)。
5月9日(金)
 イラク征伐に賛成した人はえらい。
 米英軍に殺された人たちの血の責任を負う覚悟があるんだから。
 イラク征伐に反対した人はえらい。
 サダムに殺された人たちの血の責任を負う覚悟があるんだから。
 賛成も反対もしなかった人はえらい。
 「踏み絵から逃げた卑怯者」との汚名をあえてかぶる覚悟があるんだから。
 ……その自覚があるなら、だけど。とほ。

 昨日とはうって変わって涼しく快適な朝。でもアゴの疼痛は変わらず。たまらず工事中の病院を覗いてみる。「高熱で咳が出る人はすいませんが直接来ないで電話ください」と張り紙。あ、やってるんだ。もっと早く来ればヨカタ。消炎剤と抗生物質もらう。昼、ティーヌンでバーミーナーム。今日は久々に10月刊行の企画をいろいろいじくる。いじってもいじってもキリがない。1830まで呻吟。8月刊行の大型本、諸般の事情で7月に繰り上がりそうとの通達。話が違うよ……(涙)。
 夜はスーパーでオムハヤシ(あ、昨日もハヤシライス食べたような気がするまあいいや)とチョレギサラダ。
 夜更かしして、田野くんオススメの『ウラ関根TV』観る。世界のおいしいハーブティーと、世界のマヌケなビデオを紹介してゲストを泣かせる番組。うわー、TVでこんなのやられた日にゃ、と学会もオタクアミーゴスもカタナシだぁー。しかしラビーも忙しいのによくこんなバカビデオを探してくる。と思ったら一般公募してるのか。

【今日の面白アクセス】
 「パラサイトシングル+言葉狩り」という検索ワード。そういえばかつてあれほど流行っていた「パラサイトシングル」なる用語が、今やサッパリメディアの表面から消えてしまった。パラサイトシングルそのものは増えこそすれ減ってやしないというのに。たぶん、パラサイトシングルの経済力に社会が気づいてしまったせいだろうね。で、パラサイトシングル様のお怒りを買うような発言は自粛しようということで。パラサイトシングルって実は強者だったのね。不況化において、最強の生物は可処分所得の多い奴である。俺も実家帰って社会にチヤホヤされようかな。
5月10日(土)
 1000起床。洗濯してトースト食べながら『チュチュ』。あひるがあひるに戻る。「描いたパロが全部本当になってしまう同人作家」っていたらやだなぁ。あらもう正午。朝寝をすると一日が早い。
 1215ごろ出発。ビール買って職場の先輩の家に。てっきり自宅で飲み会するものかと思ったら、マンションの中に共用のパーティールームというものがあって(冷蔵庫・台所完備)そこでドンチャン騒ぎできるという。つくづく、ウチの給料でよくこんなとこに住めるものである。カツオのたたきやドリアやチーズやスパム(笑)。酒はワインにビールに、シーバスリーガルまでいただく。酒好き度とアルコールへの耐性とは必ずしも正比例しない。
 1700過ぎ帰って2時間ほど寝る。1800ごろ電話で叩き起こされる。受話器取る直前に切れる。キレたいのはこっちのほうだ。起きたがやっぱ体調悪い。それでも合唱の練習行く。声自体の出はそこそこ。牛丼と、妙に生野菜をむさぼり食いたくなったので大き目のサラダパック買って帰る。がつがつ。そんな自堕落な一日。
5月11日(日)
 0820起床。『ナージャ』。ここんとこ色ボケ続きだったが久しぶりにママ探しを思い出す主人公。『ガッシュ』。魔法アニメなのに危うく魔法使わず終わりそうになったけど(『どれみ』のクラスメートメイン話のような)、JOJO並みのムリヤリさでザケル炸裂。『でじこ』。なんの説明もなく飛来する非日常を、なんの説明も求めず取り込むノンキな日常空間。このマターリ感は、ほんとに『コメ☆』に通ずるものがあるかも。じゃあアレはアマビトさんですか。あまあまぁ〜。
 教会行って礼拝終わったら自転車だけ家に置いて浅草橋へレツゴー。駅前のさぼてんで買ったヒレカツサンドを馬場の駅でぱくぱく。ぽぷケットと『チュチュ』オンリーを同じ部屋で開催という伊藤郁子つながり企画。ちょこちょこ買う。Senjuさんに、コミティアの時渡せなかった『BLUE』献呈。隣の部屋では靴とか傘とかの激安セール。衣類やキックボード(嗚呼)に混ざってストロベルベルなど叩き売りされてたのに世の無常を感じる。ついでにシモジマをじっくり回るが、特に収穫なし。先日見つけた『コメ☆』ワッペン、1種類品切れ。
 そのまま総武線で千葉へ向かい、バスも使って海浜幕張。さすがにもう試合は終わってるっぽいので、とりあえずロッテFC入会を済ませ、新作グッズあさり。京葉線で東京へ戻る途上やたらと眠くなり。京葉線ホームから大手町まで1キロ近く歩き、東西線回りで帰る。腹も減った。武蔵関のTEXAS寄ってみたけど、もう1830と完全にゴハンどきだったもんで店内いっぱい。残念というか、贔屓の店が満員なのを見るとちょっとホッとするというか。けっきょく、スーパーで高めの寿司買って帰って食う。
 ニュース。タマちゃんの釣り針、外れる。あれ以上あの赤いハリス(議長日記の「モノクルみたい」には大笑いした。ドイツ三本じゃないんだから)くっつけてたら、一般市民からも捕獲コールが起こるところだっただけに、一安心。ロッテはみごとに1安打完封負けを喫した模様。小僧、9回に156km/hなんか放るんじゃない!
 ヘトヘトになって寝るが、2500ごろ地震で叩き起こされる。ばかやろー。

 あ、そうそう。こないだ書いたNHKスペシャル「こども・輝けいのち」第5集の放映は7月に延びてますので。まちがえて来月放映分を観てダークにならないように。
5月12日(月)【ここまでは2003.05.17更新】
 窪塚洋介、婚姻届2度も受理されず。戸籍謄本忘れたり住民票忘れたりと。それじゃコミケすら書類不備で落とされ続けるだろう。

 たまにはまともな本も読まねばバカに拍車がかかりそうなので、半年ほど前ゲットした『不遇の提督 堀悌吉』(宮野澄・著、光人社、1990年、現在は『海軍の逸材 堀悌吉』というタイトルで文庫もあり)読み始める。ふと巻末の年表を見ると、奇しくも今日が命日。
 今まで知らなかった堀の人格や嫌独感情など、きわめて興味深い。なにより、堀が「国防」の本質を的確に見抜き、「海軍による国防とは何ぞや」ということを誰よりも心得ていた軍人だったことがよく分かる。軍という環境にありながら、他の将校たちのように戦争を机上のシミュレーションゲームとして捉えることをせず、「戦争は絶対悪なり」という基本中の基本理念を終生忘れることがなかったのは、明晰な頭脳に加え、おそらく22歳という多感な時期に「三笠」に乗り組み日本海海戦を実地経験、同じ戦いで愛する山本五十六をキズモノにされてしまった原体験が大きく寄与したのであろう。
 もちろん、当時の「国防」理論が、三次元のバトルとなった現在の状況に100%合致するわけではない。が、自他の国力から多国間のカケヒキの錯綜まで見据えた上で、仮想敵国の設定を見誤ることなく、国力に見合った軍備を整え、しかしその軍備を実際に使うような事態を回避するためあらゆる努力を惜しまない、という「国防の理念」は、今も昔も少しも変わるところはない。堀は軍備を否定はしないが、軍備そのものを目的化する愚に陥らないだけの理性をも持ち合わせていた。軍備は持つ者の心得次第で「盾」にも「キチガイの刃物」にもなる。そして、人間は気を抜くとすぐ後者に転げ落ちる。人間基本的にキチガイだし。それは日本も中国も北朝鮮もアメリカもみんな同じだ。軍備の魔力にあらがい得る、強力な理性を支える信念が、兵を統帥する者にはなければならない。
 そして、ことさらアメリカを仮想敵国としたがる海軍人たちのことも、堀は「予算獲得の方便」、そして「でかい敵を設定することで単にオノレのプライドを満足させてるだけ」と喝破している。現在の反米右翼もたいていコレであろう。なんのこたぁない、ジョンイルやビンラディンがアメリカを目の敵にするのと同じである。
 落ちついて考えると、堀は「国を守り、国際平和を守る」ための方策として当然のことしか言っていない。しかし、その当然のことが何故か通らない。軍部だけではない、ロンドン軍縮条約の結果を不満とする世論とマスコミも、堀の追い落としの片棒を担いだのである。堀を軍中枢から去らせ、堀と志を同じくする山本五十六や古賀峯一らを南洋の戦火に散らせた責任は、軍部のみならず俺たち庶民のバカさかげんにもあることを忘れてはいけない。
 ともかく、堀のような軍人を予備役に回してしまった時点で、太平洋戦争→日本敗北・ふぬけ国家誕生への道は確約されてしまったんだなぁという思いは募る。

 おしごと。金曜日の続きで、10月刊行の本をいろいろ見直し。昼休み、スパイシーでビーフカレーとヨーグルトドリンク食らった以外はほぼ熱中。1930までやって、帰りに天下一品で並こってり食って帰宅。
 『TVタックル』北朝鮮特集の後半だけ、「観る」というほどでもなくBGMのようなもんだが。あのバリバリ右翼の三宅久之氏も、やはりアメリカ性善説だったかトホホ。戦前の右翼ビトさんたちがソビエト性善説だったのを思い出す。他人が必ず自分の都合のいいように動いてくれると思っている。日ソ不可侵条約なんかいざという時にはクソの役にも立たなかったことを忘れ、日米安保も必ず守られると、なんの担保もなく思い込んでいる。どうしてみんな、相手の身になってモノを考えないのか。みんないろいろモノは考えてるみたいだけど、なぜか「自分が相手の立場だったら、常識としてこういう場合どう対応するか」という最も基本中の基本のシミュレーションだけ忘れるクセがあるようだ。味方の裏切りを阻止するには、良心に訴えてもムダ。「日本を裏切ったらどんだけ損になるか」を日々思い知らせることしかない。相手にフラレないために日夜研鑽を欠かさぬラヴァーズのように。日本の経済力と技術力と地勢学的位置があれば、ソビエトだろうがアメリカだろうがいくらでも手玉に取ろうと思えば取れるだろうに、その努力をしない言い訳に、都合のいい性善説を持ち出して勝手に自分で信じ込んでいるだけ。イラクや北朝鮮や中国のことウソツキ呼ばわりするけれど、じゃあアメリカがウソツキじゃないという保証がどこにあるんですか。
 もちろん、だからと言って反米を叫ぶフジサンケイ系の連中のほうが賢明だというわけではない。彼らは単に、国際政治の直中でうまーく渡り合うほどの気概も知恵もないから、尊王攘夷に走っているだけの内弁慶である。アメリカを信じるな、中国を信じるな、北朝鮮を信じるな、EUを信じるな、そして世界から孤立していく。1億3000万にもふくれあがった人口を食わせていくだけの食糧も資源も自給できない国が。諸外国からの輸血と点滴でやっと命をつなぎ、排泄物もロクに処理できない、それでもプライドだけは異常に高い寝たきりのデブが。自分らのスタンスが実は北朝鮮の外交態度ソックリだとなぜ分からないのか。つうか近隣諸国を恫喝できる材料がないぶん余計タチが悪い。あ、だから核配備ですか。
 嗚呼、もし今の世に堀悌吉いまさば……予備役に回されるだけですかやっぱ(涙)。

 小人物はイカニモ小人物らしく、『年鑑BLUE』の感想ページを検索する。とあるサイトで、「演者が増えたことでネタが拡大(空間的には海外もの、アイテムでは本以外の商品・現象、時間的には昔のトンデモ本)した分、珍品紹介であったり、時代が変わってトンデモになっただけのものもある。」と書いてるのを読んでヘコむ。いや、この人はそれが悪いと言ってるんじゃなくて、単にトンデモのパラダイムも変わってきたものであるなぁと言ってるだけなんスけど。それでも「時代が変わってトンデモになっただけ」の物品ばかり掘り出している俺的には、反省させられることしきり。リアルタイムで日木流奈にNOをつきつけてきた藤倉さんや千乃正法の「神推奨マシン」ページを(ブレイク前に)紹介した猫耳さんと違って、俺のネタは三田佳子の子育てエセーとか小学館のロリビデオとか、見つけることさえできれば誰でもツッコミ入れられる物品ばかり。別に「と学会」という場で紹介しなくても、別のところでも紹介できるようなモノばかりだ。「温故知新」も大切なことだけど、やっぱり学会の真髄は、怪しいモノが出たそばから警鐘を鳴らし笑い者にする「炭鉱のカナリア(ただし不死身)」的役割にこそあると思う。

【今日の面白検索ワード】
 「五代+初めて+一条+セックス」。クウガも息長いな。
5月13日(火)
 『ふぐぅ』(←その略し方やめい)引き続き。いよいよロンドン軍縮条約編へ。戦闘艦の保有トン数を対米英比7割にするか6割で妥協するかの問題で、条約締結を第一義とする「条約派」と、「計算上せめて7割の艦がなければアメリカとの艦隊決戦はできない」とする「艦隊派」の対立。国防という観点からすると、一見「艦隊派」のほうに理があるように思えるが、それは違う。7割の艦艇を6割にするというのは、14%分もの建造費・維持費を節約するのと同義。14%の艦艇を沈められるのと、最初から作らないのとでは大違い。そのぶん他の民需方面に莫大な国家予算を振り向けることができるんだし。
 なにより、条約を破ってまで10割の艦艇を作って対米戦争起こして経済的にもボロボロになりながら引き分けに持ち込むのと、6割しか艦艇を作らないことで戦争そのものを回避する可能性を高めるのと、結果はほぼ同じだがさてどっちが「安全・安価・有利」か。「国」を守る最大の良策は、戦争をしないこと以外にない。金は使わない、将兵も死なずにすむ、仮想敵国との間の怨恨もこれ以上深めない、イイコトだらけではないか。
 近代戦争は、敵味方ともに資源を湯水のごとく浪費し、経済を疲弊させ、なにより前途有為な人材を無駄に死にいたらしめる。自軍の将兵だけではない、敵軍の将兵も同じだ。日本軍が殺した敵兵の中には、日本を理解し好意を抱いていた者もいるかもしれない。もし戦争さえなければ、彼は長じて知日・親日派の政治家になったかもしれない。ありえない話ではあるまい。立場を代えて、もし山本五十六が前線に出ず海軍大臣になっていたら日米関係はどうなっていたかを考えれば、そう荒唐無稽な仮定じゃないと思いますけど。
 もっとも、それが分かる堀のような人間は、最初から軍人を志望しない。軍人になりたがる人の大半は、堀が嫌悪する好戦的な(そして他人にも好戦的であることを要求する)タイプ。そもそも堀が海軍に入ったこと自体が奇跡というかアクシデントのようなもんで。「海が好きだから」ってだけで海兵受けて受かっちゃってそのまま軍人になって、っていいのかそれで。
 ただ、じゃあ最初から軍人にならず他の道で国のために働けばよかったのか、と言うとそうでもない。そりゃまぁ堀が軍にいようといまいと、日本の戦争突入と敗戦という結果は変わらなかっただろう。しかし、当時の軍のカンチガイぶりを堀が予見し、言葉と行動に残せたのは、堀が軍内部にいて、その内部の争いの渦中にいたからだ。いくら堀が頭脳明晰でも、軍の外から何を言ったところで説得力はない。
 たしかに堀はリアルタイムで戦争を止めることはできなかった。しかし、「国防」の真の意味を見抜き、分不相応な力を持った者が陥りやすい罠を的確に指摘する堀の言葉は、未来の戦争を止めることはできる。その可能性を限りなく100%に近く引き上げられるかどうかは、後世の我々にゆだねられている。その時こそ、堀も山本も古賀も浮かばれることだろう。

 それはそれとして仕事。午前中は会議。昼は麻の葉で新メニューの焼鳥丼。さすがウマー。午後は10月本の原稿整理と、6月本の責了準備をしこしこと。帰って駅前の松屋で牛めしセットと納豆。
5月14日(水)
 ゆうべ食パン買うの忘れたので、朝食食べずに職場へ。
 朝刊。有事関連法、与党に民主党が合意を示し、来月中にも通過の見込み。最も好意的な読売の記事を読むだけでも、法律の実用性よりも各政党の党利党略が優先されたおろかな舞台裏が垣間見える。民主党の修正案に強固に反対したのが、その前にほぼ同じ修正案を出して自民に蹴られた公明党だったというのも笑える。自分らの面子を傷つけられたと思ったのだろう。また自民が民主に大幅に譲歩したのも、野党4党の共同歩調を崩すための作戦らしい。
 そんなことよりも、この有事関連法が成立したら、我々国民にとってどれだけ「安全・安価・有利」なのか、そこが今もってよくわからない。読売は「何が何でも反対」という野党や一部マスコミのことを揶揄していたが、その読売はじめ賛成派も「この法律ができなきゃお国が護れないんだぞ」とムードで押し通すばかりで、どう護ってくれるのかという肝心な点はさっぱり語ってくれない。どっちもどっち。
 『ふぐぅ』読みふける。類稀な頭脳、人の痛みを知る鋭敏な心、どんな逆風にあってもゆるがない信念、その信念を語り合える心の友。自分が持っていないモノを全て持つ人物の伝記を読む辛さと悔しさったらない。そして、それだけの人物に無念の後半生を送らせてしまった、そんな間違った世の中に、また別の歯がゆさを覚える。予備役編入されたのち、日本飛行機社長、そして開戦から敗戦まで浦賀ドック社長として、会社の増資、従業員の安全確保などに尽力する堀。軍人としてだけでなく企業人としても有能というのは脱帽だが、その有能さが結果的に意に沿わぬ戦争協力につながり、また堀を苦しめるという何とも言えない皮肉。
 それはともかく、堀が「右手で左手の人さし指と中指を握」るサインで榎本重治に山本の死を伝えるシーンには、不覚にもちょっと笑ってしまた。名誉の戦傷というのは「障害」ではなく「個性」の一種なんだな。もっとも民間でコレをやったら「非国民」とボコられただろうが。
 職場そばのコンビニでサンドイッチ買ってぱくぱく。昼はザフェランでポテトと豆の煮物。午後、本1冊責了。西友の天丼買って帰る。
 NHK『その時歴史は動いた』、ちょーど5・15事件(明日の記念日に合わせたんだろう)。『ふぐぅ』でも読んだ、日本が国際連盟脱退するあたりのクダリは本当に頭が痛くなる。あのアメリカですら、こないだのイラク征伐で国連脱退しなかったというのに。パワーバランスの概念というものが全くない国。
 そもそも、リットン調査団報告を受けた国連の勧告は、「満州国なんぞ認めん、日本は大陸から出ていけ」という強硬なものではない。「まぁできちゃったもんは仕方ないからせめて共同管理にしようや」という極めてノホホンとしたものであった。それでも松岡全権は「ウチの軍隊が血ィ流して創った国に何でヨソの列強がしゃしゃり出て来るのか」と怒り、国連から脱退、常任理事国から一夜にして世界の孤児になってしまった。このへん、まだヒトラーの「領土拡張→ノラリクラリ言い逃れ」戦術のほうがシタタカであった。
 しかし、当時のほぼ全国民は、国連脱退にヤンヤと喝采を送っていたというのが泣けてくる。他国との国力の差や国際関係の力学など全く計算に入れない「日本無敵妄想」が日露以来の日本を徐々に冒し、国民の妄想をマスコミがさらに煽り、煽られた国民の求めるような記事をまたマスコミがたれ流し。海外情報が入ってこない「閉鎖系」の中で、タマゴが先かニワトリが先か知らんが、メディアと受け手が情報のキャッチボールを無数に繰り返し、ゲテ妄想を培養してしまった結果である。egg編集部と読者がヤマンバメイクなど一連のコギャル文化を生み出した「情報近親交配」の過程とそっくりだが、ずっとタチが悪い。「eggの法則」が国民という単位にまで適用できるとはのう。
 アンマンどっかーん事件、どーも「事故」扱いになるらしい。まー、あまり追及すると、キャッチボールしてもビクともしなかった不発弾を爆発させた税関の責任も問われることになるだろうし。ほんと一体どんな扱いすれば爆発するんだろ。床にでも叩き付けたか、ハンマーでぶん殴ったか。
 千乃代表、またフジにだけ単独インタビュー。そんなに反米右翼好きか。
5月15日(木)
 衆院通過しそうな有事法制。読売「編集手帳」、コシャクなことに有事法制を保険に喩えている。俺の「軍備=掛け捨ての保険」説に見た目ちょっと似てるけど、根っこの思想はぜんぜん違うぞ。その喩えで言えば、保険加入者の財産や権利を守るのではなく、保険会社を保護するために保険加入者の財産や権利を侵害することも許可する、という規定ではないか。そんな法律は「保険」とは言わない。つうか誰が保険料(税金)払ってると思ってんだバーロー。
 それは極論としてもだ。一連の有事法制論議の何がイラつくかって、政治家が戦争を防ぐための努力もせず、「万が一戦争になった場合の準備」にばかり血道をあげていることだ。もちろん、この世に「絶対安全」という言葉はない以上、何事においても最悪の事故が起こることを想定して万全の準備を整えることは大切である(これをしなかったために大騒ぎになったのが原発)。だからと言って、事故を防ぐ努力は何もしなくていいという話にはならん。いざという時に放射能を遮蔽するシステムや付近住民の避難訓練は万全だけど、肝心の原子炉の反応具合や燃料を誰も監視してなかったとしたら、それこそ本末転倒だ。
 それを、さも「有事法制さえあれば国が護れる」みたいに法整備ばかり夢中になって、敵国をして侵略を断念せしむるための方策を何も用意しない政治家たちって、本当に国を護る気があるんですか? 今の自衛隊が本当に国を護れる装備を保有しているのかとか、そういうチェックはしないんですか。「国防」の意味はき違えてませんかみなさん。
 きのうの『その時歴史は動いた』でも、軍縮条約が政党同士の政争の道具に使われたトホホな顛末が紹介されたが(もともと軍縮賛成派のハズの犬養毅が党利党略のため浜口内閣のロンドン6割調印を攻撃せざるを得なかったという皮肉)、国を護ることよりも何よりも「政争」が優先するという政党政治唯一にして最大の弊害は、21世紀の御代になってもなお変わらない。
 つうか、本当に「国民を護る」ための法律だと言うのなら、今すぐに全都市を耐核化するための法律を作ってくれ。役に立たない道路やダム作るぐらいなら、そのカネと労力でもっと役に立つものを作ったほうがアトクサレもなくていいと思うんだが。……国が、そこまで国民を護ろうという強固な意志国防に対する明確なヴィジョンを持っていることが理解されれば、有事法制なんかなくとも国民は国家防衛にすすんで協力するだろう。

 7月刊行の本の索引を作り始める。翻訳本の索引と違って、一から作らねばならないので大変。昼、昇龍軒もレッドピーマンも満員、早稲田通りを渡って豚ぶり勘定を覗くもこっちも満員。しかたなくパピルスまで戻りコシャリ。午後も索引の続き。さすがに目ェ使いすぎ。定時退社。

 『不遇の提督 堀悌吉』読了。軍備という「力」を持って、なお戦いを避けることが、いかに難しいか。それを痛いほど思い知らされた。
 しかしこの本、刊行当時(1990年)だからこそ3刷まで行ったのかもしれないが、今の時代ではおそらくこうは行かないと思う。ウヨクから見れば腰抜け、サヨクから見れば軍国主義者、どちらにせよみんな堀悌吉という男のことは取り上げたがらないであろう。でもだからこそ今、堀の生きざまはもっと思い出されるべきだ。右にも左にも、「国防」の真の意味を知らしめるために。
 それだけに、堀にはもっともっと、いろんな言葉を残してほしかった。愛する山本を失った時点で人生終わったと悲観しちゃったのは仕方ないけど、「戦後の人生は余分の人生」なんて思わず、新しい日本のために、俺たちのためにいろいろなものを残してほしかった。それがかえすがえすも残念。

 パルコのおこわ屋で安売り弁当買って帰って食う。もう目がたまらん。2230寝る。
5月16日(金)
 一般常識クラスの学説かもしれんが、クジャクなどのオスがわざわざ目立つ体の色をしてるのは、「俺はこれだけ目立っても生き残れるぐらい強いんだ」ということをメスにアッピールするためだそうだ。これは人間にも敷衍され、ヒトのオスがジャラジャラ装飾品をつけるのも本能の奥底にこの習性がしみついているかららしい。この現象は、ヒトの中でもより本能ムキ出しで生きているヤンキーやガキを観察していると頻繁に観測できる。だとすると、日々是目立つまい目立つまいと生きている俺はモテる心配はないのだな。よかったよかった。
 メディアに露出する有名人のオス(特にTVなどで顔出ししてる人)がモテるメカニズムにも、この説が適合できるんじゃないか、と朝っぱらシャワーあびててひらめく。
 芸能人がモテるのは、なにも経済力や社会的ステータスのせいではない。若手お笑い芸人なんか貧乏人の代表みたいなもんだし、青田買いのつもりで付き合ってみたところで将来モノになるパーセンテージを冷静に計算すればこんなリスキーな投資はあるまい。ステータスだって、芸能人は古来被差別階級なんだし、今でも非人間的労働条件を強いられながら誰もかばってやくれない。こんな連中にホレたところで自分の「権力」を維持するのに何の安全・安価・有利なメリットもありはしない。そもそも、上祐とか青山にファンがつくのはどういうことか。
 これはやはり、「目立っても生き残っている強さ」がメスをひきつけるのではないかと。その際、人格が一切考慮されないのは、蛭子能収のケースが雄弁に物語っている。ただ「目立つ」こと、「目立ちながら生き残っていること」そのものにメスは惹かれる。そうとしか考えられない。

 読売朝刊の投書欄に、妙につっかかってしまう。「教科書をアメリカのように使い回し方式にしろ」。そりゃムリだよ。日本の教科書は国定教科書じゃないんだし。「パナウェーブはオウムそっくりだから何とかしる!」。あのなぁ(涙)。警察の例の面白発言を根拠に、パナとオウムを同一視する論が浸透してしまったが、はなはだマズい状況。オウムなんかよりはるかに歴史の古い千乃正法をつかまえて「オウムの初期段階に近い」てぇ言い種も失礼きわまりないし。そもそも「オウムの初期段階」ってのはどの段階を指しているのか。俺の記憶が正しければ、オウムは発生当初から坂本弁護士拉致とか信者リンチ殺人とか黒いウワサまみれだったハズだが、そんな状況に似ていると言うのなら、パナはいつ殺人事件に荷担したのか言ってみろ。ゴールデンウィーク前まで何年もパナを放置していたが、その間、何か重犯罪のウワサのひとつもあったか? アツモノに懲りてナマスを吹くがごとき過剰対応が、かえってパナを本物の破壊的カルトに変貌させるトリガーになる危険性のほうが、従来通り連中を放置しておくことで生ずる迷惑よりもずっと大きいのではないか。「タマちゃんが暴れてケガをするリスクを冒してまで捕獲するよりも、放置したほうがマシ」。こないだ現世はそういう決定を下したのではなかったか。なぜアザラシは放置できて白装束集団は放置できないのか。君らも「タマちゃんのことを想う会」と同じことをしているという意識を少しは持ったほうがいい。

 2030までDTP。帰りにふらりとブックオフ。名前だけは知っているがまだ見たことのなかった華倫変のマンガ、初めて立ち読み。こんな救いようのないマンガなのに、自分でも驚くほど静かな気持ちで読めてしまう。「救いようのないマンガ」の書き手と言えば他には秋葉凪樹が思い出されるところだが、秋葉のマンガはめちゃくちゃ読み手の心をかき乱すのに対し、華倫変のはきわめて自然体で心の中にスルスルと入ってくる。実はこういうマンガのほうが後でジワジワ効いてくる。そんな悪い予感がする。レジに立ったところで時計を見たら2330。ぎゃあー!
 チャンピオン読みながら。『ななか』最終回。頭の中でアニメの主題歌が鳴る。このマンガ、今読めて本当によかった。もしリアルタイム十代の頃に読んでいたらすっげートラウマになってたかもしれない。『すべてに射矢ガール』もそうだし、今の十代はこんなマンガばかり読まされながら何を考えて暗黒の現実生活、暗黒の日常を生きているのだろうか。俺の頃はながいけんぐらいしかなくてよかった。ふと隣を見ると、ルーフトップを読みふけってる女がいた。LPO帰りの客と乗り合わせるのも珍しいが、つくづくえらい時間になったもんだ。
 こないだから25時まで営業になった西友に行くが、出来合いのお惣菜の類は全くなし。開いてる意味なし。駅前でマーライオンのごとくえろえろとストリートにお好み焼きの元を出してるおねーちゃん。オリジンでステーキ弁当というのが出てたんで買ってみる。待ち時間中、バンチを。渡辺保裕の新連載。なんだ、中坊林太郎のリメイクかよ! さすが渡辺だけに面白いけど、これのために『ワイルドリーガー』が打ち切られたと思うと無念が先に立つ。『バトルロワイアル』コミカライズのために無理矢理打ち切られた『バロン・ゴング・バトル』のことを思い出し涙。帰ってステーキという名の肉をはむぅ。期待はしてなかったが、まぁその予測の範囲を下回ることはなかった、という程度の味。やっぱり肉は専門店で思いっきり食うべきだな。
5月17日(土)【ここまでは2003.05.24更新】
 1030起床。トーストかじりながらサイトを覗くと、いつの間にか15万ヒット。ただ、これはあくまでもトップページを踏んだ人だけの延べ実数。ウチに来る人はほとんどが検索エンジンからで、トップページまで来る人は少ない。「このサイトがどれだけ世の中の邪魔をしているか」という目安の数字としてはあまりアテにはならん。が、ひとつの区切りということで、単純にうれしい。踏んだ人には記念品を進呈するので名乗り出ること。
 日記更新や、明日の学会例会準備など、やることは山ほどあるのだが、やる気が全くわいてこない。久々の、完全なダメ日。『チュチュ』観てそのままTV埼玉つけっぱなし。競馬中継、どこでやってんのか知らんが(新聞見て確認する気力すらない)第8レースに「ウォーニングムスメ」という馬が。もう有名ですか。
 ダラダラとビデオも観る。先週の『ミルモ』。話はふつうだが作画がちとヘタレてるのが残念。まーヘタレてもこの程度なら十分観られる。今朝の『ミルモ』。二郎の実家には驚く。やっぱワルモ団の魔法テーマはかっこいい。ああーっ来週はパピィ再登場ー!(嬉)。先週の『アバレ』。タイムパラドークス。殺陣がいちいちカコイイ。回転ノコギリで戦う正義の巨大ロボ。こんな調子なので昼食買いに行く気力ももちろんなく、ベッドに寝っころがりながら、コミティアで飛沢さんにもらったクッキーをぱりぽりかじる。1530就寝。
 1800起床。眠気は若干とれたが、何か建設的なことをするキモチまでは回復せず。SARSに感染した台湾人医師、日本上陸。同じ飛行機に乗り合わせた日本人のうち1人連絡がつかなくてアタフタしたり、医師の観光した先々を林与一軍団みたいな人たちが消毒して回ったりと大変。りそなに公的資金導入。部屋借りてる不動産屋のメインバンクだし、家賃振り込む便宜上俺も口座持ってて何万円かプールしているだけに、無関係ではない。1900過ぎのNHKで、預金は全額保護されるとの発表。やれやれである。
 スーパーでてきとうな弁当買って食って、2400ごろとっとと寝る。
5月18日(日)
 0730起床。いつも通り『アバレ』『ナージャ』、着実に新芸をラーニングしていく主人公。つうかもしかしてそれは「コメットさんサリュート」……。『ガッシュ』、そりゃいくえもん声でダダこねられて邪険にできる人類はいないわな。
 1100、巣鴨でK氏と待ち合わせ、学会例会へ。今回はちゃんと発表できるように前の方の席に座る。しかし今回は会場の席がほぼ埋まる人大杉状態で、一人当たりの持ち時間4分というお達し。おまけにその時間制限も、面白いネタを持ってきた人の時はその合図のベルがいつまで経っても鳴らず、結果次の人が必要以上に巻かれる。俺の前の人もけっきょく10分ぐらい喋り続け、次の俺はタイムキーパーに終始せかされ続け、どのネタも顔見せにとどまり、とうとう本日最大最強のネタは画面にすら映せず終わってしまった。なんとかウケたのは、児玉さんからもらったグルグルうちわとグルグルワゴンのペーパークラフト。あれは「絶対売り物になる!」と好評だった。それ以外はいいとこなし。今までで最悪レベルの発表。
 もっともこれは俺だけじゃなく、今日ビジターで招待したK氏も、2つネタを持ってきていたのだが、時間がないとせかされウロタエた挙げ句、まちがえて俺同様本命ネタを出し忘れてしまった。つか、ほとんどの発表者がいつもとくらべると不調に終わっていた。京大の銅像とか東日流外三郡史捏造の舞台裏とかいった場をかっさらうネタもなかったし。いちばん沸いたのは、山本会長が持ってきたビデオかな。ちょーど上映中に談之助師匠が会場入りするという出来過ぎたシチュもあり。
 中休みに入った時には、15時回ってるのにまだ全体の半分も発表終わってない有様。休み時間もたったの5分。その間に開田あや先生から東京国際ブックフェアのお土産(ラエリアンのパンフなど)をいただいたり、ひえだ先生の金色のブローチ(翼型のと弓矢型の)がすごくかっこいいんでよく見たらオモチャ屋の閉店セールで買った『赤ずきんチャチャ』のアレと言うので倒れたり。後半もあわただしく過ぎ、まだかなりの人数を残したまま1次会終了、会場撤収。
 いそいで1.5次会会場へ移動。しかしその途上、前の会場にカバンを忘れたことに気づき(おい)、あわてて取って返す。泣きながら走っていると、最後尾から来る眠田先生と太田のHさんが見慣れたカバンを持っているじゃないか。うわーん大恥ー。1.5次会も全部、残りの人たちの発表に費やされる。運営委員のみなさまは進行のさらなる円滑化(時間制限を厳格にするとか)を検討しておられたが、こちらも、よほどな大ネタがない時は発表自粛するとか、文章ですむものは学会MLに発表するとか、ネタの吟味と相互扶助を考えないといけない時期になったのかもしれない。そもそも会員のほとんどが研究発表する学会なんて他にないでしょ。発表の場が限られているから仕方ないんだけど。
 そんなウップンを晴らすかのように、2次会はまーあみんな飲むわ食うわしゃべるわ皆神先生毛が増えるわ。新田さんや、今日別の会員から呼ばれたビジターのT氏たちと同席。T氏、幻の「ファミコミック」を揃えているらしいと伺い胸がときめく。あとは本郷さん桐生さんたちとやおい談議やら、先日とある場で書かせてもらった『聖書の暗号』ツッコミエッセーの掲載誌を恥知らずにもバラまいたり、何やらかんやら。とにかく飲みまくったことだけは覚えている。

【今日のアクセス解析】
 酒鬼薔薇応援歌集へのアクセスがどかんと増えた。「酒鬼薔薇聖斗+本名」という検索ワードで殺到したものとみられる。酒鬼薔薇の社会復帰に対する恐怖のほどを如実に表している。
5月19日(月)
 右側頭部の頭痛を理由に午前中半休。ギリギリまで寝て、特急で出社。ちまちま仕事を片付けるかたわら、まるさんに150,000Hitの記念品を発送。こんなあつかましい賞品もないもんだ。1500、昼食がわりにチキンサンドぱくつく。1800ごろ退社。
 「くらオリ」7月号。野中のばら『てくてくとあるこう』最終回。ネコの習性を熟知した上で描かれたナイスな擬人化マンガで(しかも絵柄は『What's マイケル』よりスマートで)、実はけっこう好きだったんだけど。残念である。お父チュマー!
 パルコで寿司買って帰って食って寝る。

【今日の面白検索ワード】
 「一条+五代+いつも+俺から+別れ」。クウガしぶとし。いや実際面白かったし。
5月20日(火)
 先日来、山本会長BBSの『年鑑BLUE』スレで俺の週刊プレイボーイネタが叩かれている。いや「叩かれている」ってほどじゃなくて、最初にスレ立てた人が俺の記事を「あれはいただけません」と書いただけ。それっきり、議論が『年鑑BLUE』の内容じゃなくてなぜか歴史教科書問題にシフトしちゃったのでガッカリしてたのだが、今日久々に見たら、最初の人への賛同者もボチボチ出てきていた。
 あの原稿がすごく説明不足だってのは、俺も重々自覚している。素材(週プレ記事)の土俵に上がって、そのパラダイムの中でがっぷり四つ相撲(=「おしゃれ軍vsブサイク軍」の対立構造だけに話を集約してしまった)ため、と学会的メタな視点に欠けた単なる「反論」になり、面白みがなくなったキライはある。また、「あの記事を書いた記者も実はオタクだろう!」などの掘り下げの部分をあらかた端折ってしまったせいで、論としてもウスッペラなものになっちまったことは、自分としても今後の課題として大いに反省するところである。限られたページ数、「例会発表形式」というフォーマットに沿いながら、どうやって効率的に論を重層的に深め、なおかつ笑いをとっていくか。日々是修行なり。
 ただ、俺は「好景気がオタクには逆風になる」とは書いた覚えはないぞ。「バブル崩壊のおかげでオタクは社会に(シブシブながらも)受容されたのではないか」という仮説は提示したけど。「A=B」だからと言って「非A=非B」とはかぎらない。あ、「この先景気が良くなったらまた社会は手の平返したようにオタクに冷たくなる」という予言がちょっと誤読されたかな。
 まーこちとら厨房なもんで、正直なところ、ほめてくれるにしろけなすにしろ、話題にしてもろてるだけで嬉しい。『ピッカピカウォッシュ』にも若干食いついてくれてたし。はたして今度の法改悪で『ピッカピカウォッシュ』は本当に御禁制の品になるのだろうか。とりあえず予言しとくけど、もしあの記事が元で俺がおまわりさんに呼ばれることがあったら、日本は確実に全世界に恥をさらすことになるからね。今のうちに、テレ朝か小学館とコネクションのある弁護士さんを探しておくかな。

 仕事。もうひたすら原稿整理。他人の書いた原稿にケチつけるのは大好きなんだが、自分の原稿ではいくら直してもキリがない。つうか全部書き直しても満足できない。それでもタイムリミットは決まっている。
 いや、むしろ逆にタイムリミットがあるから「妥協点」も見いだせる。これが永遠の持ち時間と無限の取材費があろうもんなら、いくら資料集めて調べものして必要とあらば現地に飛んでも、満足することはないだろう。今ある時間と限られたお金(つうか取材費はせいぜい電話代と切手代ぐらいしか出ません。資料も全部私物扱い)の枠内でベストを尽くし、なおかつ商品として店頭に並べられるモノにすること。それが、曲がりなりにもこの世界でごはんを食べている人間として、最低限の義務なれば。
 ああそれにしても参った。テキストにばかりかかずらっているわけにもいかん、早く絵師も確定しなくては。編集部内では写真を使ったヴィジュアルなものにしようとかそんな意見も出ているが、それじゃダメなんだ。カラー写真を多用すると印刷代・使用料ともに経費がかかる。今までのウチの本みたいに、経費に糸目をつけずダラダラ作って結局目の玉が飛び出るような単価になってしまって売れなくなる、というポカは踏みたくないんだ。美術書だったらともかく、今回の企画みたいな「読み物」系の本は、最初から定価をきっちり決めて、そこから経費を逆算するという、普通の出版社ならどこでもやっている当然の本作りを、そろそろウチにも導入したいんだよ。
 かと言って図版全くなしというのも寂しいし、著作権切れ図版で埋めるという手もできれば避けたい。で、今回は、図版を全て手描きイラストにしようということになった。そのために製作費も全部そこに集中しようという乱暴な手を使ってみた。この分野の本というのは佃煮にするぐらい出ているけど、70パーセントが絵本や写真集などで占められ、あと20パーセントが有名人のエッセーとか小説、残り10パーセントが学術書、または一般教養書(のわりにはかなり堅い印象の本)という割合。今回の企画は、今までなかったパターンの本だから、見てくれも今までにないものにしたい。だから、アリモノの図版は使いたくなかったし、エッセー集によくある抽象的な絵柄のカットもまっぴらごめんだった。
 一人はとびっきりの戦力が内定したけど、もう一人大いに期待していた人には断られ(動植物とか生物学系の絵を描かせれば最強だったろうに)、それから少し滞っている。ほんとは五、六人ぐらいにお願いしたかったのだが、初の試みであまり書き手を増やすと、こちらが慣れないせいでいろいろ御迷惑をおかけするリスクも高くなるし。ああでもそろそろ決定しないと、時期的にマズいよなー。……最後の手段として、隠し玉があることはあるんだが、あんな大物がこんな予算で描いてくれるじゃろかー。

 昼、ティーヌンにバーミーナーム食いに出た以外はほとんど動かずパソの前。午後、雲行き怪しく、じきにぽつぽつ、ざーと大雨に。1800過ぎ退社した頃にはなにやらゴロゴロと春雷が。そういえば北欧では、春雷は雷神トールのヤギ戦車が天を疾駆する音と考えられているらしい。めぇめぇ。春を告げるトールは豊穣の神でもあるそうだ。雷と豊穣を直結させる発想はバビロニアとか日本とか(だから「稲の妻」と書く)いくらでもある一般的なもの。さらにヤギさんも多産ゆえに豊穣のシンボルとされていて、古代ヨーロッパにおけるヤギ人気はすごかったらしい。悪魔がヤギ顔してたりヤギ足だったりするのは、キリスト教が土着のヤギ信仰を「それはイケナイコトデース」と思想改造しようとしたためのようだが、逆にそれだけヤギ人気が高かったことの傍証でもあり。めぇめぇ。今回の企画のせいで無駄な知識が山ほどついてしまった。
 神戸屋でパン4つ買って捕食。
5月21日(水)
 ニビル星も落ちてこず、そろそろ白装束軍団も風化。別に殺人とかしてるわけでもないなら、ほっといてもよかろう。マスコミに踊らされた警察が「オウムの初期に似てる」なんて面白発言しちゃったせいで彼らもえらい目に遭ったようだが、やっと平穏な電波ライフが戻ってきそうな気配。
 それにつけても思い出す。8年前のオウム事件の時、オウムの分析書や「カルトにハマらない方法」を説いた本は山ほど出版され、どれも軒並み部数を稼いだハズだ。それなのに、あれから8年も学習の機会がありながら、我々はいまだカルトとの付き合い方を知らず、やれ白装束が出たやれスカラー波だと言っては慌てふためく。ではあの一連のオウム関連書籍どもは、いったい何の役に立ったのか。単なる森林資源の無駄遣いだったのか。

 今日も仕事。この数カ月というものいじくり回していた企画、やっと原初の混沌が固まってくる。できれば今月中にイラスト全部発注したい。コレやってて痛感したのは、ほんと俺って、ゼロから何かを作る能力ってものがない。俺が辛うじて持ってるのは、アリモノの素材をあれこれ組み立てる能力だけらしい。たしかにガキの頃からお絵描きよりもブロック遊びのほうが好きだったっけ。
 それも、手持ちのブロックだけ使ってイロイロ組み立てるのは得意だけど、「これをもっと美しく仕上げるためにはどんな部品があればいいか」ということを能動的に考える力がないのね。だからNゲージとかに趣味が派生することはなかったし、服もあるものを適当に組み合わせて着てるだけだし。雑誌にしろ単行本にしろ、編集者にいちばん求められるのがこの「プラスアルファを考える力」だと思う。集まった原稿をただ整形して並べるだけの作業じゃなくて、「誰にどんなモノを描いてもらってどこに入れるか」という企画力ね。何でもアリモノだけですませようとするのって、根本的にメンドクサガリ屋なのかな俺。
 だから今回はそんな自分にささやかながら反逆してみることにした。うまくいったら御喝采。てゆうかそういう習慣をつけないと、万が一今の職場があぼーんした時、マジでツブシがきかなくなる。いいかげん自律系戦術行動がとれないと。もう、歯車のごとく目の前の雑事だけこなしていればすむトシでもないんだから。
 昼飯はパピルスでコシャリ。注文したところで、オーナーの吉村作治教授がお客さん連れて来店。別料金払えば作治直々にコシャリ作ってもらえる、というオプションはないもんじゃろか。「『男の隠し味』読みましたーぜひ一度先生のコシャリ食いたくてー」とか言って。読んだかぎりマジでうまそうだったし作治の本場仕込みのコシャリ。とかなんとか無礼千万なことを考えてるうちに、不意にこの店ができた理由に関するちょっと生々しい邪推が浮かぶ。公式には「故国の味をなつかしがる妻のため開店した」ってことになってるけど、実は……。でも日記には書かない。実はすごい美談かもしんないし。もしこの邪推が当たってたら、吉村教授は教育者の鑑である。ヒントは、従業員が全員若い(というか極端に年代固まってる)こと。
 午後も、混沌をせめて天と地に分けるべくアレコレと。ロゴスだけで混沌から万物を創造するような器用なマネはできん。ともかくコレにこれだけかかずらっていられるのも今月いっぱい。なんとかしなきゃ。
 2030過ぎ退社。夜、高田馬場ねぎしで牛タン定食食いながら、先輩と営業上の悪だくみをあれこれ検討。帰還。

【今日のアクセス解析】
 「地球を護る者」で検索して、閣下ページに迷い込んだ方が約1名。そっからグーグル逆に辿って、おかげで閣下のマンガ「地球を護る者 前編」(ファンロード1984年4月号掲載)のタイトル元ネタを発表後20年目にして初めて知る。あー、映画『幻魔大戦』のあの超絶カコイイ曲、そんな曲名だったんだー。ELPマンセー。
 もちろん『幻魔大戦』が上映されたのは、あのマンガが載る直前である。つまり、閣下は確実にあの曲にちなんでこんなタイトルをつけたのだろうし、リアルタイムであのマンガを読んだローディストは、当然あの曲を意識しただろう(俺は元ネタ知らなかったから意識しなかったけど)。したがって、現代においてもまた、あの曲の存在を念頭に置いた上で読まなければ、閣下の意図したところの何パーセントかを読み逃すことになる。なるほどそう読むと、謎のおっさんもあとつぎの一号二号も、ふりつけが覚えられなかったばかりに仲間に捨てられたゴウグルイエロウもかっこよく思えてくるわけあるかバカ。
 ついでにMIDIデータ置いてたページも見つけて聴く。やっぱカコイイー。いかにもラスボス戦のBGM(RPGでもシューティングでも可)ってかんじで。この頃の最先端突っ走ってたミュージシャンてのはクラシックの素養があったんだなぁとしみじみ。今こんなポリフォニックな音作りできるアーティストってあまり見ないよな。
 にしても、この曲のことを検索してウチに来たどこかの誰かさんは、いったい何を思ったことだろう。とっつかまえて聞いてみたい。
5月22日(木)【ここまでは2003.05.31更新】
 朝、駅から職場まで歩く道すがら、頭の中に替え歌の芽が葺く。
 引き続き例の企画をねるねるねるね。食べ物をオモチャにしちゃいけません! 昼は八幡寿司でランチちらし。1800まで悪戦苦闘して退社。
 朝方思いついた替え歌の芽を育てるため、高田馬場ムトウでNOVAうさぎのCD購入。電車乗って降りて、たまたまパルコまで足を伸ばすと、ちょうど吹き抜け通路のとこで中古CD市やってた。オラ・セラルのアルバムとか、レムリアから出たToshiのシングルCDとか何枚か。嗚呼、今日だけで6000円以上もCDを買うてしまった。
 帰って、さぼてんのヒレカツ丼とシーザーサラダを食らったのち、例の企画のため、「最後の手段」のイラストレーターさんに依頼メール書く。OKが出れば、例の企画はなんとかなる。しかし、原稿依頼とはデートの誘いにさも似たり。ほんとのラブレターのごとくあれやこれや書き直しつつ2400までかかる。遅筆にもほどがあり。

【今日のアクセス解析】
 今日は「宅間守」がどかーんと急増。もちろん死刑求刑されたおかげさま。分かりやすーい。さて、次に『おじゃまんが宅間くん』に抗議してくるのは誰か。とほほ。
5月23日(金)【ここまでは2003.06.07更新】
 日中は例のごとくアレ。

 1800退社。東京ドームへ向かう。こないだTVで観たラクーアの観覧車「ビッグ・オー」、なんでハブなし設計なのかと思ったら、別にオシャレでやったわけじゃなくて、あの中にジェットコースターの軌道を通すためだったんですね。限られたスペースを有効活用するための苦肉の三次元的設計。
 で、今季初のロッテ戦観戦。とにかく現場行かないと応援パターンが覚えられない。小坂のテーマが仁村のに変わってたのも知らなかった(ついにジブリから何か言われたですか?)。
 先発の清水(直)、今日はとにかくタマ軽すぎ。打ち取ったはずの打球がバウンド高すぎて内野安打になって(またセカンドの幸一も腰やってるからどーしてもフィールディングにキレがないし)、背負わんでいいランナー背負ってリズム崩してまた打たれ、という悪循環ショー。それでも4回裏まではなんとか失点1-1-0-0ときたが、5回に連打で3失点、6回にゃ木元にカブレラ級の150m満塁弾まで打たれ。こんなの直行じゃないやい(涙)。
 9回から外野席にもぐりこむが、後ろにいた会社員がケータイでぽちぽちメールしてるとこに彼女が便所か何かから戻ってきて、なにメールしてたのよ何でもないよ何でもないなら見せなさいよ後で見せるよなんで今見せられないのよキイキイ後で見せるって言ってんじゃんキイキイ、と痴話喧嘩をはじめやがって応援どころでなし。人は何故ケータイを持っているとスキだらけになるのだろうか。試合結果は書き残したくもない。きわめて悪い時のロッテらしい負け方でございました。ドームのピザセットは相変わらずお得でございました。

 植木不等式『悲しきネクタイ』を文庫版で読み返す。増補エッセーも何本も入ってて、ドームのピザセットにも勝るお得ぶり。原著は1996年刊行、文庫版は2001年刊行だが、その5年のタイムラグを感じさせないのが、「失われた10年」の所以か。そのうちすぐ「失われた15年」と呼ばれるようになるだろう。嗚呼。
 読んでいると、この長期不況が結局のところ、戦後のビジネスマンが抱いたいろんな理想がみごとに達成された結果であることが、よーく分かってしまう。まったくもって皮肉の極みである。たとえば「合理化」。企業がオートメーション化のみならず賃金の安い(&多少の公害にも目をつぶる)海外に工場を移転するなどして、たしかに「合理化」は十二分に達成された。その帰結が何か。失業率の増加、国内の購買力の減少である。金が天下を回らなくなったのである。この上、終身雇用制が本格的に崩壊でもしたら、サラリーマンたちはクビにおびえ、給料を全部貯金しだすだろう。長期ローンを組んで家などの超高額商品を買う者も格段に減ろう。「労働者(x)=消費者(y)」「労働者に払う給料(ax)=消費者が社会に落とすおカネ(ay)」という大宇宙の真理があるかぎり、xが減ればaxも減少し、したがってayも右肩下がりになっていくのは当然。あまつさえaの値まで落ちるようなことがあれば目も当てられない。同じ人間が「従業員」と「お客様」の二役をこなしていることを忘れたのが、「合理化」、そして日本型「リストラ」(という名の首切り&賃下げ)が犯した最大の誤謬である。
 最初から「消費力を減らさないカタチでの企業の合理化」を模索していればよかったのだが、この最初のボタンのかけちがいがついに実害をもたらすようになってからも誰も手をつけず(つけられず)、全ては悪い方へ悪い方へと転がっている(現在進行形)。「痛みを伴う構造改革」よりも、もっと他に改革(むしろ「反動」と取られるかもしれないけど)すべきことがあったのに。「消費者への投資」という、単なる「足元固め」策だ。簡単な話だ。だが、政府も財界も一般庶民すらも、そのことに気づかなかった。消費をさせたければ、消費しやすい社会基盤を作れ。出生率を上げたければ、子供を育てやすい社会基盤を作れ。失業率を下げたければ、企業が正社員を雇いやすい社会基盤を作れ。なぜ一番大事な「足元固め」をしないで、民間療法にも等しいアヤシゲな対症療法にばかり血道をあげるのか。
 「よかれ」と思ってやったことが、根本的な見落としのせいで残酷な結末を迎えることは、近代社会ではままあることである。戦後いつだったか、砂漠に緑をもたらそうとして井戸を掘りにどっかの砂漠に行った某先進国のチームが、スーパー近代装備でがっちゃこーがっちゃこーと大深度まで井戸を掘って電動ポンプでがっしゅがっしゅ吸い上げたもんで、周囲の原始的な井戸は全て枯渇し、結局その地方の農業は壊滅、砂漠化に拍車をかけただけで終わったという実話がある。ちなみにその近代的井戸自体も、現地では誰もメンテナンスができなくてオシャカになったそうです。「合理化」も、その手の人災のひとつに数えられよう。
 だが、この井戸掘りプロジェクトの残した苦い戦訓は、現在、各国のボランティアが大いに生かしている。特別な技術や材料を必要とせず、現地で調達できる材料と人の力だけで建設・修理可能な井戸を、こまめにちまちま掘っていく。この、手間はかかるが堅実な方式で、発展途上国の衛生状況・労働状況の改善に大いに貢献しているという。失敗は無駄ではない。その失敗から学ぶ姿勢があるかぎり。逆に、失敗から学ばねば、失敗はほんとにただの無駄骨である。いやホント日本人って失敗しても懲りない人種ですから……。どうなんでしょこの先。とほほ。

 帰ってメール開くと、きのう「最後の手段」で依頼したイラストレーター様から、引き受けていただけるとのお返事。かたじけなし。てゆうかこの道十数年のプロにこんなギャラで受けてもらって、まことに申し訳ないかぎり。『花の慶次』最終話の直江兼続の心境。「すまぬ慶次、五百石で来てくれ!」。銭まくどー風流せいー。すいません意味不明な記述ばかりで。そういう日記ですから。
5月24日(土)
 こないだ、小学校の校長がゆかいなドレミの歌を歌ってPTAに吊るし上げられたという嘆かわしい事件があった。「ド〜はドクロのド〜」なんてカワイイもんぐらいで目クジラ立てられてたら、ウチのひどい替え歌集なんかどうなる。
 今回の報道はしかし、校長の世代のフォークロアを保存したことで、唯一の文化史的貢献を果たしたのではないかと思う。同じ歌の替え歌でも、地域・世代によってさまざまなバリエーションを見せることはよく知られているところ。『替歌・戯歌研究』(KTC中央出版)の有馬敲先生なんか喜んで記事スクラップしたのではないか。もし校長が30代だったら、怪物ランドの「ド〜は奴隷解放のド〜、レ〜はレーニンのレ〜、ミ〜は民主主義のミ〜、ファ〜はファシズムのファ〜」あたりが出たかも。さあ立〜ち〜上〜が〜れ〜♪。もっとも水曜の夜中に『ウソップランド』観てたような悪い子が将来教職なんぞにつくとは思えんが。
 ぜんぜん関係ないけど、小学5年だか6年だかの時、担任が病欠してかわりに来た校長が、授業そっちのけで日本海海戦のT字戦法について熱く解説してたのを思い出す。東郷平八郎がどーのロジェストヴェンスキーがこーのと、たぶんワクワクしながら聞いてたの俺だけだったと思う。今だったらアレも軍国教育がどーのこーのとPTAから叩かれたのではないか。とほほのほ。

 0800起床。『ミルモ』。そういえばムルモとパピィって服と髪のカラーリング正反対なんだと今ごろ気づく。洗濯、シャワー。1030ごろ郵便局で書留回収。帰って『チュチュ』最終回観て泣いて、トースト食べてベッドに寝っころがって。
 はっと気づいたら1430。急いで出て、所沢ワルツ地下で食材仕入れて秋津の上司新居へ。同じ課の面々と鍋やらなんやらつつきながらワイワイ。なんとなく買ってみた壬生菜が大当たり、昆布ダシの鍋にものすごくマッチしてウマいのなんの。2130お開き。満腹。帰って日記ちょっと整理してUPして寝る。わりと満ち足りた一日。
5月25日(日)
 0820起床。『ナージャ』。美空町と違って「悪人」も「不幸な人」もいる世界。『ガッシュ』。つまりは「決めたぞ! 私はやさしいマフィアのボスになる!」(ジョルノ・ジョバァーナ:談)というお話だったんですね。『でじこ』。かろうじてゴム跳びを本編にねじこむ。「パッとしないな」に爆笑。EDのやる気のないゴム跳びも実は『コメットさん☆』の無念を引き継いだ無言の抵抗ですか。
 教会行って帰って掃除。1500過ぎ、クリーニング出して、同人誌収納用のボックスを見つくろいにビッグサムへ。そしたら4月からずっと探していたはづきっちのお面が特価100円で投げ売りされてて息が止まる。超ラッキー! 組み立て式の紙製ボックスを数個購入。さぼてんでカツサンド買って帰って食って箱組み立てて入れて。
 夕方合唱の練習。クタクタ。小松菜としめじのゴマあえ、それに半額になってた旬の刺身セット(2人分ぐらい)を買って帰り、ぱくぱく。寝る。

【今日の愚問】
 なんで週刊誌だけは、どんな誤報やデマを書いても、裁判で負けないかぎり訂正記事を載せないんですか?
 自分らの記事を省察するという習慣がそもそもないんですか? それとも週刊誌というモノは東スポのノリで作られているんですか? マに受けるほうがバカなんですか? それならそれで、東スポみたいにもっとデマだと分かりやすい誌面作りをしてください。「違う」と言うなら、間違った時は告訴されなくてもきちんと訂正記事を載せてください。
5月26日(月)
【今朝の寝言】
 完全な「無」の状態から、創造神という便利な言い訳を設定せずにビッグバンを起こそうと思ったら、やっぱり未来からエネルギーを供給するしかないのかな。「史上初めてタイムマシーンを発明した科学者が、まず実験がてらに宇宙の創世を見てやろうと過去へタイムスリップすると、その転移エネルギーでビッグバンが起こる」……なんてSFはとっくの昔に書かれてるんだろう。

 朝刊で、ロッテが日ハムに3タテ食らったことを知る。しかも全試合10点以上取られて。いくら苦手の東京ドームとは言え、あまりにもモロすぎないか。そんなんで借金完済できるかーっ!
 仕事仕事。ひたすら10月刊行の企画。昼、昇龍軒でチャーハンギョーザ。午後も引き続き。最近の日記こんなのばっかし。バリエーションのないこと。
 じゃあバリエーションを入れようか、というわけではないが、1830ごろ「グラリ」と言うよりは「うわんうわん」ってかんじの地震。久々に感じた、かなり離れた地点でどでかい地震が起きた時の揺れ。ラジオをつけると東北ででかいのがあった模様。
 2030までじっくり練って、なんとかそろそろイラストレーターさんに見せられる程度のモノができてきた。なんと効率の悪い。
 特急で帰る。所沢の駅で降りると、積水ドーム帰りとおぼしき、青い帽子かぶったおっちゃんたちがしきりに「9点差」「9点差」とボヤいてたので何事かと思ったら、日ハム相手に1-10で負けたらしい。どうした日ハム。何か悪いものでも食ったか。
 さぼてんでヒレカツとカニコロッケとコールスロー買って食って寝る。
5月27日(火)
 きのう作った仮原稿を、絵師のI氏に送りつける。まだ細かい所は修正が必要だが、このへんで区切りはつけないといかん。辞書とか事典とか作るには、完璧主義と妥協とのせめぎ合いに苦しまねばならん。
 連日の寝不足思いっきりたたり、麻の葉でシチュー食べたらカクンと眠くなる。久々に定時退社。カレーとレタスサラダ食う。

 きのうの岩手沖、M7クラスの大地震ではあったが、震源も深かったおかげで津波もなく、奇跡的に死者ゼロ。
 地震関連ニュースでは、ちょうどスピーチしていた小泉総理が「地震のようですが、自信は失わないように」とかギャグかました映像が何度もTVで流れている。なんとまぁ脳天気な。あのP波とS波のくっきり分かれたうわんうわんって気持ち悪い揺れを感じたら、中学程度の地学の知識があれば「東京から離れた地域でめちゃめちゃ大きな地震が起きた」って分かるよなー普通。
 もちろんパニック起こすのもいかんが、あそこまでノンキなのもどうよ。一国の首相として、あの危機管理意識はいかがなものかと。もし死者でも出てたら、支持率の10ポイントや20ポイント一気に下がってたのではないか。
 あ、当然あの場でヘラヘラ笑ってた周りの政治家のみなさんも、いまだ何のツッコミも入れない報道各社も同罪ですので。

 久々に24時前に寝る。
5月28日(水)
 朝っぱらから花小金井で人身事故があったとかで、ダイヤがめちゃくちゃ。20分ぐらい前に発車しているはずの電車に乗り、ノロノロと高田馬場へ。
 読売朝刊では、おとといの地震について、発生から数分後に政府が対策本部を立てたことをほめている。いちおう阪神淡路の教訓はまだ生きている模様。なるほど官僚にこれだけの行動力があるなら、お神輿にすぎない首相がノンキにダジャレかましてても何も問題はない。小泉にあまり多くを望むべきではないな。しょせんはスローガン番長。

 ネットの使えるパソコンを占領して、10月刊行本のデバッグ作業にいそしむ。しかしネット情報というのはアテにならない。特に「豆知識」系の情報ほど信用できるものではない。どこかがウソを書いたら、別の人がそれを検証もせずコピーして、またそれ見た別の人がこれまたコピペして……という情報のなんと多いことか。
 たとえば、とある情報についていろんなサイトで「●●年末にA氏とB氏が戦っている最中に起こった」と書いているんだけど、日本史をひもとくと、A氏はその●●年の秋にはB氏に降参してるんだよな。つまりそんな時期にAとBが戦っているハズはないんだ。でもみんなそんな史実などおかまいなしに「●●年末にA氏とB氏が戦っている最中に起こった」と書いている。つうかサイトだけじゃない、単行本でもけっこうコレをそのまま載せている本が多い。数年前に出た、かなり網羅的に研究している本でもコレを載せている(やっぱり他の本からの引き写し)から、頭抱えたくなってくる。図書館でもっとでかい歴史書開いてウラ取るしかないかなぁ。

 そんなこんなで、ネットも本もみんなで俺のことを騙して笑い者にしようとたくらんでるんじゃないかという妄想にとらわれ、すっかり疑心暗鬼になりつつも、2100近くまで原稿微調整。でもやっとなんか本の方向性が見えてきた。先日メールでI氏が仰ったように、うまく毎年コンスタントに売れ続けるような「定番本」になるかもしれない。数年で増補改訂を余儀無くされるだろうけど、そのためにDTPで製作してる面もあるし。いやほんと、中身はI氏とT氏のイラストさえいただければ万全だけど、あとは装丁だ。書店と客をうまくペテンにかけて買わせるような装丁とキャッチフレーズだ。うん。
 ウチって専門出版社だから「資料的価値のある本」「ためになる本」を出すノウハウはあるけど、今作ってる本のような「軽く読める本」を出す習慣はない。予定部数と予定価格をまず設定して、そこから製作費を逆算する本作りすらやったことがない有様だし。そのへんにも少し風穴を開けてみたいというのはある。仕事外とは言え、せっかくカタギの出版社の人たちと付き合って、その本作りの現場に触れる機会があるんだから、そこから盗めるモノはいくらでも盗まなきゃ。もちろん道義的に許される範囲でね。著者とか企画を盗んだらそれは畜生働きだけど。でも、本作りの姿勢とか覚悟とか、そういうものはどんどん盗む、というか、同業者として共有していくべきだと思う。

【今日の面白アクセス】
 「花小金井+人身事故」。俺が調べたいわ。
 あと、ヒザの裏フェチとか多少のピンポイントフェチじゃ驚かなくなったけど、今日出た「ダウン症+フェチ」にはさすがに「ええーっ!?」と。アジアンフェチの究極型だろうか。
5月29日(木)
 昨日はちょっとがんばりすぎた模様。行きの電車でほぼ熟睡。
 昼前、やっぱオーバーヒート起こしたらしく、鼻水が出る。まだ軽かったので、タントタントまで歩いてツナトマトスパゲッティ。
 午後悪化。仕事にならず。死ぬる。とっとと帰ってストナリニ飲んで、神戸屋でパン買って食ってグテーと寝る。
 ……こんな日もあるさ。
 問題はこんな日が多すぎることだが。ダメにんげんめ。
5月30日(金)
 久々に「SAPIO」読む。『新ゴー宣』でよしりん「勝ち馬に乗ってはしゃぐなポチホシュども」と。この半年、別の勝ち馬に乗ってはしゃいでいたSAPIOで言われてもアレだが、それはそれとしてたしかにネオコンたちの勝ち馬ぶりはおろかの極みと思う。アメリカの無根拠な侵略戦争を支持したという後ろめたさでもあればまだカワイゲがあるものを、読売の論調などを見ているとその脳天気さはハラハラするほどである。もし大量破壊兵器が出てこなかったら何と言い訳するつもりか。
 でもそれを批判するのがよしりんや副島「NASAは月に行ってない」隆彦では、頼りないことこの上なし。副島先生も、自分が勝ち馬に乗りそこねたんでヤキが回ってあんな嘘を信じてしまったのかもしれない。「アメリカが陰謀に荷担している」という説ならば何にでも飛びつけばいいというものでもない。願わくはよしりんまで「NASAは月に行っておらん!」とか言い出さないように。

 今日もデバッグ作業。一昨日も書いたけど、この分野で最も有力な資料に載っている情報が、戦国時代の史実と比較するとどーしても納得いかない。こんな時期に織田信長と松永久秀が堺でにらみ合っているわけはないんだ。別の情報もあるが、そっちもウラが取れない。図書館まで行って調べたけど全く分からない。この項目丸々削ればスッキリするのかもしれないけど、面白い話だからこれはぜひ一言言及しておきたい。どうすりゃいいんだよおうおーいおいおい(号泣)。
 自分で書いてみて痛感したけど、生活のためでもなんでもなく、純粋に「本を書こう」と思う人って、やっぱ信じられない。だって、いくら調べ物をしても新しい謎が出てくるし、デバッグを重ねても重ねても、どこかに間違いや誤解を招く表現をしているのではないかと不安になってくる。それでも何かを調べて書いて、それを出版しようと思う人は、よほど自分の書くモノに自信があるのか、妥協点がかなり低いのか。それとも、「どうしても書かなければ」という抑え難い強力なモチベーションにつき動かされているのか。そんな境地に達するまで何かを究めたことがない俺には、分からない領域である。神の領域ですか。100m10秒未満で走ると突入できるですか。「おお、すばらしい…神よ…」。なつかしいなぁ『スプリンター』。で、なんの話だったっけ?

 疲労困憊。帰る。キノコノクニヤ書店で2000円近く買い込む。芳林堂にも寄る。『と学会年鑑BLUE』『三池崇史の仕事 1991-2003』、太田出版の新刊が並んで平積みになっていてうらやましー。
 『たまご和尚』(浦沢義雄/文、タムラノボル/画、リトル・モア)立ち読み。最初の数行で打ちのめされる。


  いまにもくずれ落ちそうな
  荒寺がありました。
 「悪かったな」
  寺には貧しい坊主が住んでいました。
 「今夜は村はずれの、鳥を飼う農家に
  しのびこんでやる」
  坊主は農家の家族が温泉へ行って
  留守なのを知っていました。
 「いろいろな鳥がいるもんだ……」
  坊主は鳥小屋のいろいろな鳥ににらまれました。


 いや3行めも浦沢らしいけど、俺が驚いたのは8行めと9行めの間に何もないところ。もし俺だったら、ボロ寺から農家への道筋、鳥小屋への侵入までせめて一言ぐらいは触れないと気がすまないだろう。それを、浦沢は全てワープして、即座に鳥の視線を坊主にぶつけている。この舞台展開の早さ。脚本家ってやっぱすごい。俺は無駄なものを説明しすぎるのかもしれない。そして読み進めていくうちに浦沢ワールドへぐぐぐいのぐいと引き込まれ。気がついたらレジへ。俺がこの手の本を買うのは極めて珍しい。やられた。完膚なきまでに。
 あまりくやしいので、4階の歴史書売り場でさっきの調べ物の続き。全く分からない。そして、信長本のやたらな多さに驚く。落ちついて考えると信長って、サクセスストーリーぶりも斎藤道三やサルに比べればたいしたことはないんだよな。もともと大名の嫡男だし。神をも恐れぬごーまんぶりも、将軍殺して大仏殿焼いて茶釜と一緒に自爆した松永弾正に比べれば(以下同文)。それに信長自身は結局天下統一してないんだよな。しかもその死に様だって、本能寺より壮絶な死に方した奴はいくらでもいる。同じ暗殺でも、剣豪・足利義輝公のほうがずっとカコイイぞ。実は信長、サルが天下統一事業をうまく引き継げなかったら、それこそ松永弾正クラスの扱いで終わったのではないか。つうか、この「優秀な部下を心服させておくカリスマ」こそが、信長を歴史に残させしめた最大の美徳だったのかもしれない。
 全然関係ない講談社選書メチエ『エスニック・ジョーク』を買って帰る。

【今日の面白アクセス】
 『聖書の暗号』書評ページにものすごいアクセス。どっかから直リンでもされたのかと思って罠をはる。
5月31日(土)【ここまでは2003.06.15更新】
 0830起床。せっかくのイワオの誕生日だというのに、朝から台風のなれのはてらしい雨がざんざか降る。
 『ミルモ』観てから、昨日からの『聖書の暗号』がらみのアクセス急増について、と学会MLに聞いてみる。40分後、H先生から、一昨日の『アンビリーバボー』にドロズニンが出た旨、ご報告をいただく。やっぱTVの影響力はものすごい。こないだの白装束軍団の時だって、日テレが週刊文春の後追い特集を放映したとたんにウチに「スカラー波」って検索ワードかけてきた客が殺到したし。印刷メディアと電波メディアでは、影響力が比べ物にならぬ。TVの作り手ってのは、自分らがいかに恐ろしい力を持っているか、それを自覚した上で番組作っているんだろうか。
 NOVAうさぎのCD聴きながら替え歌。昼前、強い雨の中をパルコまで行ってCD市。CD1枚ビデオ1本。地下でランチ寿司と食パン買って帰って食う。日記まとめて寝る。

【今日の面白アクセス】
 てなわけで『聖書の暗号』書評ページにもアクセスチェックをかけてみたところ、直リンではなく、みんな純粋にキーワード検索してきていることが分かった。「聖書の暗号」「旧約聖書+暗号」「聖書+暗号+滅亡」など、TVの意図に沿った方向性のワードが並ぶ。せめて「聖書の暗号+トンデモ」とかあれば希望が持てるのだが、どうもそんな冷静な人はいないらしい。「と学会の本よりトンデモ本のほうが何十倍も売れる」のも仕方ないわな。
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