2005年1月の開設者うらみ日記


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1月1日(土)
 カーテンを開け放す。南側の窓からさんさんと差し込む陽光。
 レーズンバターロールを3個焼く。ゆうべ使ったワイングラスなど洗い物をしていると、トースターからバターの焼ける香ばしい匂いがふわんと漂ってくる。熱々のコーヒーを入れ、表面はぱりぱり中はもちもちと中国人好みの食感に仕上がったバターロールで朝食。
 TVをつけると新春特番ばかり。着物率が異常に高い。普段洋酒ばっか飲んでそうなおっさんたちが日本酒の樽をトンカチで叩き割って酌み交わしたりしている。どうやら世界は確実に元旦を迎えたらしい。外界にアクセスしてしまうと、焼いてもプクーとふくらまない食い物を食ってることに若干のヒケメを感じないでもない。
 なんで日本人は、正月になるとことさら日本文化に回帰しようとするのか。10月下旬頃から12月25日まで国民こぞって毛唐の邪宗門に踊らされてきたことへの罪悪感でもあるのだろうか。

 TVで初めて安田大サーカスを観る。「TVで」と書いたのは、初見はもうちょっと前だからで。うちの職場の敷地内で何かの番組の収録をしに来たのを見かけた。あの後頭部まで皮下脂肪が盛り上がったマフラーいらなそうな人が駐車場で三輪車みたいなスクーターにまたがってたのを見て、本当にアレに乗ってきたのか、それとも俺の目が悪いから普通のスクーターに見えるのであって実はあれはフュージョンかマジェスティか、と4階の窓から下界を眺めつつ困惑した、あれが最初か。

 正月でさえなければ、奈良のアレの続報も続々入ってくるところなんだが、なんともさびしい。富士山はいいから小林薫容疑者(36)を映せと言いたい。昨日の読売朝刊では「毎日新聞販売員をやる前に別の新聞の販売員をやっていた」と書かれていたのでもしやと思って調べたら、やっぱ読売にも勤めてましたか。朝日の販売店にもいたそうで、どこも大変だ。てゆうか毎日新聞が文字通りババ引いたようなもんで、気の毒すぎ。

 1100前、自転車で雪をざくざく踏み越えながら、教会の元旦礼拝に行く。元旦からエホバのおっさんが「ものみの塔」持って立ってる。奴らにはクリスマスも七夕も天皇誕生日もないそうだが、正月もないんですな。なんとも。
 礼拝出席者は例年より少なめ。明日も礼拝あるしな。礼拝後、汁粉食う。
 帰りに新所沢のパルコに寄って福袋渉猟。でもガラクタが増えるだけだと思って、特に買わず。楽器屋のギター福袋にウクレレ福袋とかちょっと惹かれたけど、バイオリンと三線があればもう楽器は十分だし。アウトドア洋品店の福袋もあったけど、この先あまり若々しい服装をすることもあるまいし。菊屋の福袋も思わず買ってしまいそうになったけど、もう余分な食器置くところもないしな。つまんない生き物である、われながら。パルコの館内に邦楽が流れるのはやっぱ変。

 踏切を越えるところで、ふと思い立ちビッグサムへ自転車を向ける。台所用品とか掃除用具の福袋でもないかと思って。でも雪道越えてわざわざ行ってみたらお休みだった。ちえーっ。せっかく足伸ばしたんで、街道の向かいにあるビデオ店に寄る。雪かきをしていた店員さんがシャベル置いてレジに戻ってくる。悪いことしちゃったかな。変なビデオを探す。ノストラダムスネタのビデオがあったけど、海外のやつと、既に持ってる『ノストラダムス戦慄の啓示』で、残念ながら現在日本ではヤバくて放映できない丹波哲郎のやつはなかった。『闘神伝説シャカズールー』第1巻見っけたんで買う。480円。

 帰路につく。ざくざく。4年前一人暮らし始めた時にたまたま見つけ、家電一式を安く揃えさせてもろた街道沿いのリサイクル店がなくなってた。わりと良心的な店だったんで、もっといい場所に移転してればいいんだけど。
 自転車乗って道を横切ってきた黒人さんが、ハンカチを落とす。拾ってざくざく追いかけて返してあげる。「オー、スミマセーン」。初善行。さっき『シャカズールー』見つけたと思ったら。今日は黒人づいているのか。
 年賀状第一陣は4枚。教会関係、職場関係、主催ビトさん。

 冬コミの戦利品をさらに引っぱり出す。【双月堂】のシルマリルバカやおい小説で笑い死ぬ。なるほど男性に売りたがらなかった理由がよく分かった。でも悪いけど次も買いに行くぞ。
 あと面白かったのは立川志加吾改め雷門獅篭さんの『少年サンダー』。立川流破門から新天地を求め名古屋に橋頭堡を築くまでを記録した4コマ連作だが、これがなんと言うか、宗教がらみの話だったら絶対「神様の導き」と表現されるような奇跡的巡り合わせの連続。特に、雷門小福師匠に弟子入り志願するくだりなんか、将来獅篭が落語界に覇を唱える大噺家になったら全ての伝記作家が必ず書く定番エピソードとなるであろうミラクルぶり(ご本人も「しかしココで奇跡が起きる…」と書いている)で、あまりにオモシロすぎてどこまで実話なのか疑念すらわいてくるほどだ。これだけ運命に愛されているなら、一気に突き進むっきゃない。がんばれ獅篭!

 ふと思い立ち(こればっかし)昨夜開けたワインを燗してみる。ぐあー失敗だー! 気化したアルコールが鼻腔にー! 一口すすろうとしたら喉に蒸気が刺さるー! ちょっと暖めすぎましたかゲホゲホ。

 そんな元旦の昼下がり。

 1800前、また自転車をざくざくと走らせ、実家へ帰省。実の親からサーヤのムコに似てると言われる。ししし、しどい親だよ。わしらあそこまでまゆげ左右非対称じゃないよ。ゴクリ。猫と遊び、スキヤキとカニをむさぼり食い、エビスビールとショット醸造所の赤を開け、父&弟と鬼畜話に花を咲かせ、2000頃食料品を強奪してUターン。

 『トリビア』スペシャル観る。TBS『星野仙一物語〜亡き妻へ贈る言葉』の番宣と、『トリビアSP』で笑顔でへぇ〜ボタンを連打するリアル星野とのギャップに違和感を覚えつつ。「黒板五郎が惚れっぽかった」なんてそんな裏設定知るか。トールキンかお前は>倉本聰。アーエルベレスギルソニエル。

 2400過ぎ風呂入ってミクシィにレスつけたりしてから寝る。
1月2日(日)
 0930起床。ふとTVをつけると『サヴァイヴ』スペシャルなんてのやってた。もう終わり頃。わー観たかったー。
 1100教会。昨日も行ったような気がするが気にするな。礼拝説教中に石焼きイモのクルマがてれてれ走るので困る。てゆうかこんな昼ヒナカから石焼きイモ売るな。普通は夕方から夜にかけて出てくるものというイメージなんだが。そもそも1月2日から出てくるな。
 今日はスーパーに寄っただけでまっすぐ帰る。ついついレトルトのシチューをまとめ買い。寒いし。

 帰ってからはひたすら日記更新。冬コミ直後に夏コミの日記を書くダメにんげん。
 朝観逃した『サヴァイヴ』スペシャル、1700から再放送とのこと。ラッキー。本編あまり観られなかったので、この機会にいろいろ基礎教養を仕入れる。旧年、日本中のオタが一億総ショタと化し「アダムきゅんハァハァ」と悶え狂ってた理由がやっと分かる。なるほどアレは辛抱たまらんですかわいすぎです反則です。ところで、キャラ原案が江口寿司ってのにはびっくりした。そうかそれでどのキャラも地味だったんだ。アホ毛すらなく。
 そのあとは1830から『キッコロとモリゾー』。さっきの「キャラ原案:江口寿司」にも正直かなり驚きましたけど、こっちの「監督:高橋良輔」にはもっとたまげる。でも、微妙に名古屋弁を交えた主題歌とセリフ回し、ほのぼの一徹な脚本と手間かかった美術など、作りが丁寧であなどれないです。さすがは高橋良輔です。キッコロ(CV:渡辺菜生子)が妙にかわいい。5分×5本立て続けに観て、けっこう洗脳されてしまった模様だみゃー。たすけてきゃーも。

 「例の本」の絵師さんからメール。先日贈ったトゥリアーのピースポーター、ご家族に超大好評だったとの旨。よかったよかった、俺の舌大丈夫だったみたい。
 夜もひたすら日記を更新して、そして寝る。
1月3日(月)
 今日も表日記更新してたら一日が終わりました。なんとか2004年8月末まで完了。急性トールキン病を発症する過程が我ながらおろかしく。9月の日記はたぶん『指輪物語』の話題しか出ないと思います。

 ニュース観る。
 初詣などでニセの旧一万円札が大量に見つかる。主に屋台などで使用されたもの。お賽銭から見つかったりしたら大笑いなんですが、さすがにそこまでバチ当たりなジークフリードはいないか。いやそもそもニセ札使うような奴はハナからお賽銭なんかしませんか。
 成田山の参道で交通事故、16人重軽傷。なんつーか、出雲大社で夫婦ゲンカして別れるような。

 夜、NHKの『大化改新』(「たいかのかいしん」と読む)観る。2001年末の『聖徳太子』に続く、期待の上代やおいドラマだ。
 ふつう大化の改新と言ったら「中大兄皇子×中臣鎌足」が鉄板というか主流のカップリングですがそうはいかん。今回のドラマも『聖徳太子』同様、史実にかなりの濃度で妄想を加え、「蘇我入鹿×中臣鎌足」というすごいカプをお客様に提案してますよ。
 要するに、超いいとこのボンボン・入鹿(渡部篤郎)が、茨城の田舎から出てきた成績はよくてマジメだけどどんくさい下級役人のせがれ・鎌足(岡田准一)に胸キュンしちゃったからさぁ大変……というお話で。この2人の愛とすれちがいに焦点をしぼっているので、中大兄皇子(小栗旬)は後半ひょいと出てくるサブキャラにすぎん。例の蹴鞠のシーンもおざなりだし。
 ただ、『聖徳太子』と比べるとだいぶやおい色は薄めな仕上がり。厩戸ラヴのあまり構ってほしさにわざわざ厩戸の嫌がる戦争を起こしてみる馬子の老いらくの恋に、新羅の密偵・伊真なども絡み、濃厚なやおいシーンのアラベスクを描き出した『聖徳太子』はまぁたしかにヤリスギだったかもしれませんけど。

 それでも、入鹿が鎌足に「いつまでもドジっ子な汝のままでいて」(大意:でも半分ぐらい原文ママだからタチが悪い)と告白するシーンはかなり濃厚に描かれてました。
 父・蝦夷を継いで飛び込んだ「政」の現場で汚れてしまった入鹿にとって、ドジっ子鎌足は唯一の「聖域」、唯一のハートオブゴールドであった。ああそれなのにそれなのに、なんとか「政」のドロドロから守ろう遠ざけようとした鎌足が、自分の心つゆ知らずわざわざ「政」の世界に首を突っ込み、果ては自分の命を奪う。入鹿の無念いかばかりであったか(それとも本望であったのか)、慮るになかなか涙を誘われるものがあります。
 それでいて鎌足が「聖徳太子萌え〜(はぁと)」なのにヤキモチ焼いて、山背ヌッ殺したり南淵請安を鎌足にヌッ殺させたりするもんだから入鹿も入鹿ですが。『聖徳太子』の馬子と言い、蘇我のヤキモチ遺伝子は悪質である。

 本当に自分のやるべきことが見つからず、全編通して状況に流され、ケコーンから最後の入鹿暗殺に至るまで主体的に物事に関与することなく、気がついたらかつての親友を殺しててガン哭きする鎌足タソの徹底した「受」ぶりも、超人然としてたモックンの聖徳太子とはまた違った味わいの主人公像で、これはこれでよろしい。
 実際、歴史の節目で重要な役どころを演じるキーパーソンには、こんなかんじで、本人にはなんの主体的動機もないんだけど気がついたら結果的に歴史に関与してましたーな人物も多いんだろうと思う。明治維新で生き残った元勲とか大方こういう手合いなんじゃないかと。

 とりあえずやおい鑑賞の素養のない人でも、ヒゲ萌えビトさんならお薦めのドラマです。ひしと抱き合う仲代達也(ヒゲ)と岡田准一(ヒゲ)なんてシチュ、他じゃまず観られません。
1月4日(火)
 前線通過のせいか、肩が凝る。首の付け根(汎用人型決戦兵器で言えばエントリープラグ挿入口のあたり)が凝ったような痛みが時折走る。
 昼、ミクシィにアクセスしたら、スタートページの画像が知らないうちにサブのものに入れ替わっている。元々使ってた画像そのものが消えてた……いや、消されたのか? そしたらミクの運営事務局からメールが。

> いつもmixiをご利用いただきありがとうございます。
> ただ、この度他のユーザーからプロフィール掲載されている写真に
> 関してご連絡がございました。
>
> 確認させていただきましたところ、申し訳ございませんが当サイトには
> 不適切なものであると判断せざるを得ないものでしたので、削除させて
> いただきました。

 きのうミクシィのえらい人が足あとつけてたんで不審に思ったんだが、こういうことか。つうか、アブグレイブ刑務所の画像のどこが「不適切」なのか。あんなネットにもばんばか出回ってTVでも放映された画像を「不適切」とか言ってチクった「他のユーザー」って誰だよ。米軍関係者か? あーあ、あまり一般人のたむろするコミュニティに参加しちゃいけないってことかな。
 ショックと肩の痛みで、1530から1830まで寝る。

 起きて近所のスーパーに行ったら、新潟震災援助感謝セールと銘打ち、産地直送の新潟コシヒカリ(いろんな畑のブレンド米らしい)が5kg1800円で売っていた。このスーパー、カレー売り場には長岡あたりでしか売ってないはずの「山本五十六カレー」(長岡名産・舞茸はじめ56種類の食材を使用した豪華カレー、小売価格1食525円……)が普通に置いてあったり、どうも品揃えがヘンだと思っていたが、ひょっとしたら、新潟と何かコネクションがあるのかもしれない。
 と思ってスーパーのサイトを検索してみたら、本社東京だし店鋪も埼玉ローカルだし。新潟関係ないじゃん。社長が個人的に56ファンなのか?

 日記更新、けっきょく2004年9月9日までにとどまる。この休み中に12月ぐらいまで到達したかったのになあ。
1月5日(水)
 仕事始め。楽譜の移調指定とか会議のレジュメ作りとかけっこう仕事あるので惚けてもいられない。
 8日ぶりに職場の電子メールボックス開ける。先月録音した座談会のテープ起こし原稿が届いていた。正月だったのにご苦労様です頭が下がりますフリーランスは大変です俺はとてもフリーになんかなれません。レイアウト組んで生テキスト流し込んでみると、23ページ分。これを最大でも8ページに縮めなきゃならん。どないせーと。
 昼、志乃原味噌煮込みうどん。1050円になってた。消費税の取り立てが厳しくなったせいだ。
 昨年末プリンタドライバ認識しなくなったG3、いろいろ調べていろいろいじくった結果、再インストールすることなくなんとなくプリンタ認識するようになった。めでたい。
 1930まで座談会原稿いじくる。

 『社会派くんがゆく!逆襲編』つらりつらりと読む。「両家の子女」とか「人質パッシング」とか誤字のひどさはいかんともしがたいが、2004年11月のネタまで収録して12月に刊行、という異常にタイトなスケジュールで刊行されたことを鑑みるに、責めは著者に負わせるべきではないだろうと思う。そもそも著者に校正するヒマあったんだろうか。編集部も、ウェブコンテンツの再録だからと言って(いやむしろ元がウェブコンテンツだからこそ)校正をおろそかにしてはいけないと思うんだが。

 夜、レトルト牛丼あっためて食べる。あんまうまくなかった。

 「例の本」がとあるカトリック教会の主任司祭様のウェブメッセージに引用されてるのを見つける。
 すいませんすいません。
 しかもこれがいい話で。
 すいませんすいませんすいませんすいません。

 友人から、病気療養中のご母堂が昨日ご逝去された旨メール。そこまで悪かったとは知らず、「看病の息抜きにでもどーぞ」なんてのんきにミクシィなんぞに誘って正直すまんかった。そりゃ見物に来るどころじゃないよな。

 スマトラ沖地震津波の死者はやはり日に日に増え、5日現在15万人に達したそうだ。日本人に限ってもウン十人、場合によっては3ケタ行くかもしれない。

 「顔も見たことがない」という点では等価のはずなのに、15万人の死より1人の死のほうが重くのしかかる不思議。
 つくづくヒトは「関係性」の中で生きる生き物なんだなと実感する。

 ただこの「関係性」は、わりとインスタントに形成することもできるし、一過性のものでもある。

 シューマッハ(ミハエルのほう)が1000万ドル寄付したという。売名にしちゃタイミングも普通すぎるし金額もでかすぎる。真心からの寄付だと思う。シューマッハほどではなくとも、全世界から多額の浄財がインド洋沿岸に届けと献げられている。
 これも、現地の惨状が報道されることによりインスタントの「関係性」が被災者と情報の受け手との間に構築されたためだ。
 その一方、特に地震も津波も火山の噴火も核兵器も使わなくても、この地球上で、2秒に1人の人間が飢餓でナチュラルに死んでいる。1日4万人強ずつ、毎日毎日。
 計算上シューマッハは全世界の飢餓のため毎日300万ドル寄付してもいいことになる。でも特にしてない。
 「関係性」は、生み出すことよりも、長きにわたり維持することの方が難しい。
 「ウィー・アー・ザ・ワールド♪」とか「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス・タイム・アット・オール♪」とか歌ってた頃から20年間、先進国人民は、飢餓との「関係性」を変わらず維持してきたろうか。
 なかなかに難しい。

 ともかく一瞬に15万人死ぬよりも、1日4万人死ぬよりも、俺にとっては1人死んだほうががっくり来る。
 すいませんねえ、俺、ヒトなもんで。

 全ての死を等価とできるのは神の視点だけだ。
 普通に老衰で大往生とげた人の死も。
 難病で大人になれなかった子供の死も。
 理不尽な犯罪で残虐に命を奪われた被害者の死も。
 ハムスターに噛まれて死んだ人の死も。
 全ての死は、神にとっては等価なのだろう。
 全ての死を等価とできる者は神になれるかもしれない。
 しかし、ヒトなる身にとっては、決して等価とはできない。
 その序列すら、人によってバラバラだ。

 死は等価であるように見えて等価ではなく。
 等価ではないように見えてけっこう等価である。
 有山楓ちゃん(享年8)の死を誰もが悲しむわけではなく。
 小林薫容疑者(36歳)だって死刑になれば誰かが悲しむ。
 死は等価であるように見えて等価ではなく。
 等価ではないように見えてけっこう等価である。
 たぶん。

 人によって「死の序列」がバラバラだからこそ、誰からも悲しまれない人間はいない。
 もし、「全人類を愛する神」という便利な概念を前提することなしに、ヒトがただ「存在すること」それだけで価値があることを担保しようと思ったら、そっちの方向から説得していくという手もありますな。

 今はただ故人の冥福と、残された家族に慰めが与えられることを祈る。
1月6日(木)
 朝8時、古新聞の束ぶら下げて家を出ると、マンション前の道を古紙満載した2トン車が走って行った。回収にはずいぶん早い時刻だし。それに地元ナンバーじゃないし。多摩400だし。ナンバーはばっちり控えておいたんで、お上に通報しようかな。
 今日も黙々と仕事。昼、サンポルタでインドチキンカレー。
 後輩より「右目だけ赤い」と指摘あり。ほんとだ、右目だけゲイラカイトの目玉模様みたいになっててキモーイ。目薬さしてみて数十分後、同じ後輩が「あ、治ってる」。効くんだなあ目薬。
 1930まで座談会の原稿整理。23ページ分あったものを削って削って、ようやくギリギリ8ページに。座談会の原稿整理とは、オモシロい箇所から削っていき、あたりさわりのない部分のみ残す作業と心得たり。つらい作業である。ああもったいない。
 夜、スーパーで煮物買って、レンジであっためてお茶漬けと一緒に食う。目が疲れたのでさっさと寝る。
1月7日(金)
【ながいけん原作『無人惑星サヴァイヴ〜自主規制の星』】

 アダム    「おはようございます」(ヒョコ)
 ルナ&シャアラ「わーーーーーーーーっ!!」
 メノリ    「気はたしかかこの宇宙人!」

 * * * * * * * * * *

 などというバカを仕事中に考えていたバチでも当たったか。14時頃から、左足の股関節がシクシクと痛み出す。別に足組んだり変なポーズとってた記憶はないのだが。でもふだんから姿勢悪いし、そのヒズミが出たのか。
 あいたたた。

 うちの職場は機械化が遅れており、俺の机にはノートパソコンもない。(いやノートパソコンなんて置く場所ないですけど。散らかってて。)調べものなどがある時はデスクトップまで歩いていかないといかん。左足が腿から動かないもんだから当然ヒョコヒョコと露骨に足痛そうな歩き方でオフィスをぐるっと迂回しなければならん。また俺は仕事の要領が悪いもんで、何度も資料あさったりネット見たり手紙プリントしたりお茶入れたり効率悪く歩き回る。ヒョコヒョコと。なんかビッコ引いてるのを職場中に見せつけて回ってるようなテイで、なんとも気恥ずかしい。
 あいたたたた。

 ……ガンの疼痛ってのはこんななのかな。ここに悪性腫瘍ができてたら下手したら骨盤左半分ごと足取らなきゃ。いやリンパも近いから転移し放題だ。自覚症状が出た時にゃもう遅い。肩こりも実はそっちの影響なのかもしれん。
 あいたたたたた。

 大物学者のでかい仕事のお手伝いも終わったことだし。コミケも落ちたし。もうこの世でやることはないよ、ということなのかな。生保は入ってるし、少なくとも金銭的に親に迷惑かけることはない。自分の葬式出すぐらいの預金残高はある。キリスト教式だからそんなにカネはかからない。ウチの教会でやれば比較的安上がりだろう。
 俺が死んで「悲しむ」奴はいるかもしんないけど。
 俺が死んで「困る」奴は誰もいない。それだけはよかった。
 あとはパソコンのHDDぶっ壊し落書き燃やす時間と体力だけあれば。
 あいたいたたいたたたたたたたたクァーてやんでぇちくしょーめ。

 まーそんな深刻なアレじゃあるまい。太股ぶるぶるやったり方々マッサージしてみたら若干ラクになったし。帰りに各駅停車に乗って1時間あったかい暖房付き椅子に座ってたおかげか、けっこう痛みは引いてきました。「あいたた」程度に。のんびり風呂入ってほぐせばもう少しマシになるかな。

 とりあえず、まだ死んでたまるか。俺のやることが本当に何もなくなるまでは、死んでたまるか。

 * * * * * * * * * *

【ながいけん原作『無人惑星サヴァイヴ〜自主規制の星』】

 メノリ「ええい、こんな星と外交できるかあ!」
 というわけで最終回、惑星爆弾を仕込んだバイオリンケースを。

 * * * * * * * * * *

 バンチ読む。『コンシェルジュ』、ちょっとスランドゥイル王っぽいバカ殿が出て萌える。
1月8日(土)【ここまでは2005.04.29更新】
 今「ネバダたん」でググると、ウチのかえうたぺージが最初に出るらしい。先月UPしたばかりなんで大したアクセス数にはなってないが (今なら旬はスマトラや奈良の小林薫クンだし)、もし事件直後にUPしてたらさぞあちこちで正義気取り君に叩かれたろう。

 昼前から肩が凝りだし、表日記の更新もはかどらず、結局14時半から17時半過ぎまで寝てしまう。
 起きるとすっかり日が沈んでたので、マックホルツ彗星を観ようとベランダへ。ウチの地上用双眼鏡(口径25ミリ)の視野と集光力でもなんとかなるかと思ったが甘かった。目印のプレアデスがだいぶ高く昇ってて探しにくい。それこそマイケル・ジャクソンの子供ぐらいベランダから身を乗り出して探したが、結局見つからず。ああ首が痛い。そういえばどっかの山伏の修行に、断崖絶壁で仰向けに寝て崖から半身乗り出すのがあったよな。そんなかんじで。通行人に目撃されないことを祈りつつ。
 いくら街中と言っても3等星も見えてるんだから見えそうなもんだが。でも3等級と言っても恒星の3等と彗星の3等は微妙に違うし。彗星探すには、この時間じゃまだ地上が明るすぎるのか。でも22時とかなると家ではもう観られない。屋根に隠れて。ジレンマ。ああもう、明日もっと早くから探すか、実家帰って天体用の50口径で探すか。
 「コメットさーん!……『はーい』って言ってくれない(涙)」てなもんで。

 外来種法規制第1陣からブラックバス外れる。オウム規制法からオウムが除外されるようなもんですな。

 フジTVで『少林サッカー』。でも、あのボーボボのCMでもパロられたかっこいいオープニングがばっさり切られ、冒頭の回想で若い頃のファンがシャツめくって「黄金右脚」のタトゥー見せるシーンもカットされてるので20年後いきなりそのタトゥー見せられてもさっぱり意味が分からない。映画館の美しい思い出を保存すべく、『世界ふしぎ発見』に変える。番組終わったところでまたふとフジに変えてみたら、あのブリーフのとこ。しかしここでも途中を端折ってるから「戻ってきた!」があまりに唐突。やっぱ『ブロードキャスター』観る。

 日記更新。2400過ぎ嘘競演投稿。寝る。
1月9日(日)
 0750起床。ゆうべビデオのタイマー録画をかけ忘れ、必然的に『鈴木タイムラー』も『デカレンジャー』も見逃す。かろうじて『デカ』の最後のほうのみ観る。知らんうちに桃にフラグが立ってるんですが一体何があったのか。うわー見逃したことをすごく後悔ー。おまけに『ガッシュ』のビクトリーム様復活の回も録り忘れ。「ビクトリーム&レイラ」カプにも配慮した完璧視聴者ウケを狙った回。ベルギム様まで出るとは思いませんでした。ああ標準で録画すべき回だったのにベリーメロン。『レジェンズ』。ハルカ先生のママ、若作りすぎ。
 1740頃まで表日記の更新。根性入れてとりあえず9月末までUP。頭痛も出ず昼寝もせず、日中はほぼフル稼動。
 1800から駅前の魚民で合唱団の新年会。魚民なのでもちろん料理はアレだが、別に気にするほどの舌もなし。普段不足しがちな生野菜やあまり食べない鍋物などを中心にバクバクと。酒はどこの居酒屋もあまり変わりがないし。日本酒をお猪口でくいくいやると、酒量が分からなくなりますな。2130まで居座り、けっこういいかんじに酔ってしまった。合唱の先生はあちこちで酒注がれてもっと酔ってるし。駅まで某先生の陰口を言いながらギャハハハと帰り改札で別れる。1分後にはもう家の玄関を開けている。こういう日ほど、駅前に住んでてよかったと思うことはない。
 嘘競演2日めのネタも考えなくちゃ。でも今日は無理。
1月10日(月・祝)
 3連休の最終日。今日も特に予定なく、日記更新に費やす。
 何年かぶりに『ごきげんよう』観る。ムックンがエリを立ててるのはやっぱ、そういうことですか。

 あいかわらず成人式は一部で荒れたみたいですけど。まーアレも分かりやすいもんで、青森とか那覇とか、成人になってもなんの希望もない、どうしようもない閉塞感に包まれた地域ほど荒れるんですね。だから、比較的めぐまれた首都のメディアがあの連中のことを何と言おうとこれっぽっちも届きやしないだろうし。逆に、あの連中のことを首都のメディアは何も知ろうとせずに毎年キャッキャ言いながら撮影し続けるんだろうし。
 「成人式なんかやめちまえ」と言うのは簡単だが、コトはそれで済むような話ではない。全体的ひずみが成人式とか電車のマナーとかいろんな局面でニキビのように噴出しているんだから、クレアラシル塗るだけじゃ何の根本的解決にもならない。分かってはいるけど手を打てない状態が続き早やウン年。

 日記、2004年10月22日まで進む。このペースで借金完済といきたいが。
1月11日(火)
 『社会派くんがゆく!逆襲編』7月の項突入。イラクにジョージ・アーネスト・バット先生(※「ララ物資」の生みの親のカナダ人宣教師)はおらんもんかのう。テレスコープは視野が狭い、かと言って全包囲くまなく見てるとアクション起こすヒマがなくなるというジレンマ。レーダーサイトとインターセプターは役割分担したほうが効率がいいのはバトルオブブリテンを引くまでもない自明の理ではあるが、えてして人はレーダーサイトに「じゃあお前が敵機落とせよ」とツッコみ、インターセプターに「それより足元の治安を維持するほうが先だろ」とツッコむ。そんなかんじ。

 金曜日までどんな仕事してたか思い出しながら、楽譜の校正やら雑誌の入稿やら教科書の改訂重版(本当は俺の担当じゃないのに)などいろいろと。

 昼、大昌苑で肉焼く。NHKの昼バラエティで、デュークエイセスが「冬の夜」を歌ってた。例の2番、「囲炉裏の端で縄なう父」が「過ぎしいくさの手柄を語る」ところは戦後民主主義的に公共放送で流すといろいろタタかれそうだにゃー、日和って1番だけで済ますのかにゃー、と不謹慎にワクワクしてたら、2番に入ったんで「おおっ!」となりましたよ。でも上記の歌詞は「過ぎし昔の思い出語る♪」と歌い換えていた。ま、仕方のないところ。詠み人知らずの文部省唱歌だから改変しても何ら問題はないし。
 でも、それならそれで問題が出てくる。戦争以外で、居並ぶ子どもが「眠さ忘れて耳を傾けこぶしを握る」ほどエキサイトするような「昔の思い出」って、一体どんな思い出ですかお父さん。よほど我々の想像もつかないような激しいプレイとか。それとも「わしが壁際サークルだった頃は、一万円札をこう段ボール箱にどんどん投げ込んで、溢れそうになったところをだな、こう溢れかえらないよう足でギュッギュッと踏みつけながら……」とか。すいません、書いてて自分の発想の貧困さに泣けてきました。

 夕方、速達で座談会の著者校正が戻ってくる。真っ赤っ赤なゲラに何もする気がなくなりそのままスルーして帰る。神戸屋でパン3個買って食べて。
 北朝鮮で「髪が長いとバカになる」キャンペーン開始。そうかそれで総書記様は(笑)。なんつうか中学校の校則だねまるで。北朝鮮が中学校並みなのか、むしろ日本の中学校のほうが北朝鮮並みなのか。
 ネット。嘘競演にまた最低なネタ投稿。昼の「冬の夜」問題、新田五郎さんのご教示により、戦後すぐ頃から「過ぎし昔の思い出語る♪」と歌われていたと判明。やっぱそうでしたか、別に今に始まった言い換えじゃなかったですね。俺は学校じゃなくて合唱団でフルコーラス習ったので、伝統的な歌詞のほうで覚えてるですよ。「お山の杉の子」は習ってませんけど。
1月12日(水)
 ケーブルテレビでなぜか、もぐらを金網トンネルで飼育する番組をやってて、朝っぱらから萌える。もぐもぐ。「もぐらが地上に出ると死ぬ」というのは日光のせいではなく、体の周りにモノが触れていないと不安でしんじゃうためだそうだ。もぐもぐ。それで、地上でもぐらを飼育する際にもトンネル、それもアクリルとかではなく金網のように壁面にヒッカカリのあるトンネルを作ってやらないといかんのだそうだ。もぐもぐ。広所におっぽり出すとアタフタして、もぐもぐもぐもぐと隅っこに走っていく引きこもり属性が、なんか見ててハートにズキューンと来ましたよ。もぐもぐ。ハムスターには別に萌えんが、もぐにはちょっと胸キュン。ああもぐら飼いたいなあ。でもハムより手間はずっとかかるんだろうな。エサも活きミミズじゃないとダメだし。もぐもぐ。

 午前中は会議の準備やらいろいろと。
 昼、志乃原で味噌煮込み。冬ソナの海賊版DVD売ってた日本人がタイホ。はぁ〜、日本人が韓国モノの海賊版を作る時代が来るとはのう。逆だろ逆。
 午後から雑誌の編集会議。つつがなく。最も遠方から来る先生が急に来れなくなり、経費が半減(笑)。もっともこの会議、交通費以外はケーキ代ぐらいしか使ってないけど。すいません次回は昼食ぐらい出します。

 さぼてんでひれかつ丼買って帰る。嘘競演のネタひねくり出してたら『トリビア』観るの忘れる。
 TV埼玉つけたら無印ガソダムやってた。マグネットコーティングで赤い彗星株ブラックマンデー並に大暴落の回。「ギャワー! ララァごときに『大佐邪魔です』と言われてことさらくやしー!」。名曲「シャアが来る」のかっこわるさが無常感をことさらひきたたせて涙せずにはいられないぞ。シャアがターゲットぉ〜♪
1月13日(木)
 NHKが番組前に与党の検閲を受けたとかなんとか。本当だったらTBSのオウムビデオ以来ですな。
 青色LEDでいろんな意味で有名になった日亜化学、中村教授と和解。しかし、この期に及んで日亜は「ウチの開発者はみんな楽しんで仕事をしている。カネの話を持ち出す奴なんかいない」とかほざいてます。もうこれで、腕に覚えのある研究者は誰も日亜化学にゃ入らないだろう。

 今日もいろんな仕事を並行処理(という名の単なる散漫なつまみぐい)。いやはや、11月ですっかり手が離れたと思った超巨大本がらみの仕事を今年に入ってもやるハメになるとはのう。昼、紅梅で食べた牛丼がけっこうおなかにたまる。午後も仕事。夜は業界の新年会。景気のいい話ってないなあ。

 NHK検閲の件、『報道ステーション』で安倍晋三が生反論。ここまでムキになるのはかえってあやしい(笑)。
1月14日(金)
 番組検閲の件、NHKは安倍・中川側の見解に沿った社見解を発表。受信料未払いなど窮地に立たされている時期だけに、お上にはさからえないらしい。
 芥川賞、接戦の末36歳男が21歳男を抑え受賞。21歳が女だったらきっとこっちが受賞してただろう(笑)。つーか逆に、前々回のアレのイメージがまだ強いってんで、審査員に逆のバイアスがかからなかったとは言えまい。それはそれとして今回の受賞作『グランドフィナーレ』はちょっと読んでみてえなあ。ロリの更正とはまた時宜的にもスパイシーな。

 午前中は編集会議。会計年度末に向けて大変な嵐が来そうだ。ううう。いや、嵐が起こるほどのコンテンツが控えているだけまだマシなのか、この御時世。昼は昇龍軒のチャーハンとギョーザ。午後はダラダラと仕事。帰る。
 妙にかまわなくなり、カレーヌードルずるずる。嘘競演、今日のノルマ果たして寝る。
1月15日(土)
 0930起床。『ジョー』『ケロロ』観ながら洗濯(外は氷雨ですが)。こういう日は、洗濯機置き場が室内にあってよかったなと。昼、カレーヌードルすする。ふぬけてる。
 嘘競演、お題が日替わりというハードな趣向だったが、なんとか全てのお題に1個ずつ投稿できた。今回は「量」をこなすことをマイテーマに短文書きに徹してみたが。どれもこれも筆禍事件一歩手前で。特に最後のなんか、手おくれにならんうちに削除したほうがいいかもしれんな。「嘘」じゃなくてすでにただの悪口だし。
 日記更新進まず。新潟地震、イラク人質惨殺と、書きにくい&書くこと多すぎな時期だけに。1600、髪切る。終わったらさっきまでの雨がミゾレになってるし。
 結局日記は1日もUPできず。スパゲティ煮てボロネーズぶっかけてサラダといっしょに食って、長谷川理恵、石田純一食い逃げのニュースなど観つつ寝る。
1月16日(日)
 0900起床。朝から雨。『ガッシュ』はツナギ話その2。『レジェンズ』はますますえらいことに。3匹とアンナたん以外オモチャに忠実な顔に。1100〜1500まで教会。
 帰ってさぼてんのみそカツサンド食べてると、1600頃、新聞屋が更新をねだりに来る。早いな。契約書の綴りを見たらまっさら。本当に部数は落ちているらしい。ところで、新聞屋はなぜ「朝刊だけですね?」と言うのか。そんなに夕刊配りたくないのか。配りたくないんだろうな、面倒だから。夕刊の部数は公称部数には関係ないし。
 夕方、合唱の練習。「箱根八里」、よくよく分析すると滝廉太郎ってやっぱ天才だなと。こんな途中から七五調でもなんでもなくなる自由律の詩に、よくここまでまとまりのいい曲をつけたなと感心するばかり。そりゃ現代なら自由律は当たり前だけど、明治30年代にコレができるってどういうことよ。
 帰りに半額刺身(カンパチとマグロ)と煮物買って、味噌汁といてぱくぱくずるる。
1月17日(月)
 震災10年。世界中の神戸市民は毎年この日ドラム缶風呂に入って乾パン食べて、祖先の苦難をしのぶ祭りをおこなうと聞く。どこで聞いたそんなデマ。

 「サンタクロースのこと」という題のメールが。スパムにしちゃ時期外れだし誰だと思って開いたら、ものすごい人からだったんで驚いたのなんの。メアドもご著書の奥付に載ってるやつと一緒なんで、どうやら本物らしい。ウチの日記のBNを読まれたらしい。すわ抗議か筆禍事件かと一瞬ビビったが、普通の感想だったので胸をなでおろす。
 ああネットはこわい。

 職場そばのコンビニでパン買う。ふと思ったが、コンビニのバイトがバカなんじゃなくて、逆にコンビニでバイトしてるとバカになるんじゃないかなと。フリーターや派遣社員は能動的に仕事をする権限がない。自己裁量で仕事ができない環境で仕事をしていると、だんだん人はふぬけていく。結果バカバイトができあがる。バカはバカとして生まれるのではない、バカになるのである。

 寝不足をこじらせる。頭は回るのだが、目が別な意味で回る。昼は昇龍軒でチャーハン。午後、目眩は頭痛に発達。1815頃退社。帰る最中も脳が暴走し、「蛇の狡智は憎悪に通じ、鳩の柔和は無責任に通じる」とか断片的テーゼがぐるぐると。意味を解説するのもめんどくさい。
 メールにのみとりとめもなく返事して、鶏の空揚げとポテトサラダとレトルトのシチュー喰らってパブロン飲んで2100前バタンと。
1月18日(火)
 午前3時頃起きる。パブロンの霊験か、頭痛はすっかり消えている。シャワー。
 ベッドの側にしばらく積ん読状態だった、岡田斗司夫著『30独身女、どうよ!?』(現代書林、2001年)をたまたま手に取ってちょっと読んだら止まらなくなる。独身女性が多かれ少なかれ抱くアヤフヤな「焦り」、それを容赦ない言葉で言語化していくおそろしい本だ。

 世の女性は2タイプに分かれるらしい。一方は、10代の頃から恋愛を中心に人生戦略を組み立て、とにかく恋愛のスキルを磨くことに血道をあげてきた人。かたや、他に趣味なり仕事なりやることがありすぎてそんなスキル磨くヒマがなく、今さら上記の恋愛エキスパートどもの男落としテクに太刀打ちできないけど別にかまやしないって人と。
 てことは、最近ひとくちに「負け犬」とかいう言葉でくくられる30代独身子なし女性にも、実態は2種類あるわけか。前者のなれのはてと、後者のなれのはてと。前者のなれのはては、生き馬の目を抜く20代恋愛戦争に負け続け結局いい男をゲットできなかった人であり、そりゃ敗北感もひとしおだろう。逆に、後者のなれのはては、そんなに「負け」意識はないんじゃないか。人生の目的は別にいくらでもあるんだし。
 「負け犬」という用語にあれだけ世の30独身女が過剰反応したのも、そのへんにあるんじゃないかなと思った。あたしゃ例の負け犬本を読んでないし読む気もないんで分かりませんが、おそらく、この2種類を峻別せず、ひとくくりに「負け犬」と規定してるんじゃないかと推測します。そのため、「恋愛敗残兵」も「夏草や兵どもがどうでもいい派」も、負け犬本で描写されている「負け犬」像に違和感を抱き、異論反論オブジェクションしたくなったのではないかと。ちょうど「オタク」論争や「萌え」論争みたいなもんですな。多様な様式を内包する層をひとくくりに特定の言葉でカテゴライズすると厄介なことになるという、過去何億度もくり返された現象。

 「萌え」で思い出したけど。
 女性が「いい男」に求める要件のひとつ「セクシーさ」についても岡田は分析を加えている。男が女を評し「セクシー」と言う場合、オパイだの尻だのに注目する。それはセクース時の使い勝手のよさを想像しながら言っているわけで、つまり非常に現実的な感覚である。それに対し、女が男を「セクシー」と言う場合、手だの鎖骨だのほつれ毛だのえらくフェティッシュな、セクースには直結しない方向に走る、すぐれて抽象的な感覚である。
 ……このくだりを読みながら思ったんですが。この、女が言うところの「セクシー」こそ、男が言うところの「萌え」に極めて近い感覚ではないかと。猫耳だのメイド服だのツリ目だのツンデレ(意味はよく知らないけど萌え用語らしい)だの、「萌え」を誘発させる属性は必ずしもセクース時の使い勝手とは関係ないし。かと言って、男性が「萌え」対象に対し決して性欲を抱かない、というわけでもない。女性が「セクシー」な対象を性と切り離して見ているわけではないのと同様に。ああ、なんかこのへん突き詰めれば、ものすごい補助線を引けそうなんだけど。

 気づくのは一般論だけではない。
 男は「好き」の対象にまとわりつく方向に走るが、女は違う。好きなのに、いや、好きだから、よけいその対象に近づけなくなる。好きなものに自分が介在することで、その好きな対象が壊れてしまうのがこわい。だから女の子は、好きな人を遠くから見つめて見つめてただ見つめる。直接アプローチなんてイヤそんなことできない。
 そうか、俺がイワオやながいけん閣下にファンレターすら出さず、尾崎亜美大先生のライブにも行ったことがないのは、単に俺の情が薄いせいなのかと思っていたが、どうもそうじゃないのではないかと。実は、俺の愛情のカタチが、非常に女性的だったせいなのではないかと。たしかに考えてみたら、普通の野球小僧がひいき選手にアプローチするみたいに俺がイワオに接近しなかったのは、「恥ずかしくてそんなことできない!」という心理のせいだった。過去一度だけ清水の舞台からダイブするよな気持ちでイワオにサインもらった時なんか、極度の緊張のあまり胃痙攣起こして、帰りの車内でいろんな意味で悶絶してたし(本当)。……これってあきらかに乙女回路のなせるわざなのじゃよー。

 それにしても、2001年刊行の本を「昔の本」だと認識する自分に気づいた時は愕然とした。
 もう2005年なんですね。
 愛知窮迫、もとい愛・地球博も、はるか未来のイベントだと思っているうちに、気がついたらそろそろ開催ですよ。歳取るにつれて時間の流れは速くなってきます。
 そのうち、恩師が死んでいって、親や叔父叔母が死んでいって、年上の知人たちが死んでいって、同年輩の連中が死んでいって、俺も死ぬ(順不同)。どんどん死ぬ。死んでいく。等加速度直線運動で突っ走って行く時間の中で、いろんな未来を想定しながら、いかに未来へ有効な布石を置き、最期の時までなるべく楽しくこの世の生を生きていくか。
 とか考えつつ朝から鬱(未明だけど)。4時半ごろ二度寝。

 ふつうに起きてふつうに職場へ。山積する仕事を1つずつ各個撃破していく。
 1000-1130、職場のHPに関する公聴会。でも正直、普通のユーザーさんって版元のページなんかあんまし見ないでしょ。だいたいAmazon.comで検索して、そこに載ってなければあきらめる。だから、Amazonに最新情報が反映されないと中小零細出版社はすごく困る。アレはもはや一種の営業妨害です。大出版社の売れ線本は予約まで取るくせに。
 どうもあの反応の遅さは、大阪屋との連係が甘いせいらしい。新刊情報自体は大阪屋からAmazonに行くが、その新刊が実際に入荷されたかどうかは、逆にAmazonから大阪屋に照会しないかぎりAmazonには伝わらないんだと。ゆえに、ちっちゃい出版社の新刊は、書誌データ自体は載っていても平気で「現在品切れです」と表示されてしまうのである。そして時には、こないだの超巨大本のように正規の新刊が(Amazonのデータ上では)まだ出ていないことになっているのにしっかりユーズドに出品されるという不祥事が起こる。なんだかなあ。
 その点bk1は、図書館流通センターとの連係がバッチリだから新刊データが反映されるのも格段に早いんだけど。んー、Amazonはちと大きくなりすぎたのかもな。
 昼はパンをもぐもぐ。午後も仕事をしらみつぶしに掃討。

 帰って中村屋のスパイシーチキンカレーをごはんにぶっかけて食べる。
 ミクシィに日・月・火と3日分の日記を一度に書く。が、1回余計にエスケープキーを押したら、なぜか全文消える。コマンド+Zを押しても元に戻らない。さすがにショック大きい。ええい、どういう入力システムになってるんだこの日記。寝よう。
1月19日(水)
 スマトラ沖地震津波で身ぐるみはがされた邦人に外務省が「手数料2500円出さんと旅券再発行しねぇ」と。そこまで自己責任論をふりかざしますかあんたら。どーも日本人には、「たとえどんなに自業自得であろうと同胞の権益は最大限守り抜く」という民族保存本能みたいなものが著しく欠けているのではと。
 つうか日本の「お上」には、「領民」を守ることがひいては国を栄えさせ自分ら支配階級の利益にもなる、という視点がないのね。これだから外交も、弱い奴からは吸い上げ、強い奴に恫喝されれば屈する、のどちらかしかない。内政・外交いずれも「共存共栄」というビジネスができない。「情けは人のためならず」という言葉の意味を間違えて覚えているのではないかと。

 カード盗み見ドロボウ団摘発。「スキミング」というらしいですね。初めて聞いた用語。しかもゴルフ場の支配人が片棒担いでて、貴重品ロッカーを開けてカードのデータ抜いていたというあきれた事態。もうこのゴルフ場はほろびたな。この不況のさなか従業員とかとんだとばっちりだ。

 粛々と仕事。連載原稿の依頼など。昼、紅梅で豚生姜焼き丼。午後も粛々と。

 帰り、「まんがくらぶオリジナル」がどこの本屋にもなくて探し回る。さんざ探して、実はキオスクにありましたというメーテルリンク的オチ。竹書房の営業戦略の転換か、単に刷り部数が落ちたのか。わからん。ここんとこ「萌え系4コマ誌」というのがブイブイ言わせてるらしく、そういうのに在来種は押されているのだろうか。でも在来種のマーケットはOLとか主婦とかで、「萌え系」とは別にパイの取り合いしないと思うんだが。それとも実は在来種もかなりのパーセンテージでオタクに売り上げを依存していたのか。このへん詳しくないので誰か解説してくれたら読みます。

 カキフライ弁当に味噌汁入れて。コーヒー飲みつつ『トリビア』。「種」の直前にジーンズ実験のおわび。高視聴率番組でアレやられたらたしかにリーバイス以外には営業妨害としか。震災にもさんざん出動してる野外炊具1号のどこがトリ(以下略)。あれってとぎ汁そのまんま使って炊くのか? 新コーナー「ガセビアの沼」開始。投稿ハガキを沼に捨てちゃっていいのか、と思ったが本物のハガキかどうかあやしいもんだ(裏しか映ってないし)。つうかハガキ募集なんてしてたっけそもそも。ほとんどメール投稿だろ(笑)。なめとんのか。実際の舞台裏では、ガセネタ持ってきたネタ探し要員が顔の形変わるぐらいボコられてるんじゃないかと。
1月20日(木)
 『30独身女、どうよ?』を読んでるといろんなことが見えてくる。「女性が純愛に惹かれるのは、みんな現実世界では打算で恋愛してるから」という指摘など、2001年の発言ながらも近年のセカチュー冬ソナブームをすら予見している。実は予言でもなんでもなく、単に女性の習性を語っただけなんだが。台風で山の木の実が減ったのでクマが人里に下りてきた、ぐらいの。それでも言われるとハッとする。こういう思考誘導の巧さにかけては岡田斗司夫はサルマン級の天才だと思う。

 職場で「レコ芸」2月号読む。書評コーナーの『楽器と身体』(春秋社)評がなんだかオモシロい。古来、女性が演奏していい楽器というのは限定されてきたらしい。言われてみればそうだなそういえば。はしたなく顔変形させてプープー息吹き込む管楽器はダメで(フルート族は除く)、足をガバと開いて構えるチェロとかもダメ、女体を模したヴァイオリンを女性がいじくるのもそれは一種のレズ行為、で消去法でいくと女性に残された「淑女の楽器」は自然とハープやピアノになると。そーかそれで男性のハーピストは珍しいんだ。ちょっと読んでみたい。

 昼、外へ出てみたらわりと暖かく(それでもまだ冬は冬だが年末年始ほどではなくなった)これなら遠出ができるぞと久々にティーヌンへ足伸ばす。でも満員だったので、これも久々のタントタントまで戻り、ホーレン草とベーコンの和風スパゲティ。ウマー。歯がザリザリになるぐらい鉄分を補給。

 雑誌の原稿整理に夢中になり、会議をすっぽかす。「あれ気楽院(仮名)さん、今日あの会議じゃありませんでしたっけ」と後輩に言われたのは開始10分。しんだほうがいいですね。あわてて会場に電話して遅れますすいませんと謝り倒して荷物かき集めて地下鉄へダッシュ。ほんとにしんでしまえ。
 自己嫌悪にさいなまれながら会議して職場戻って荷物だけ置いてとっとと帰宅して神戸屋パン3つかじる。

 在韓脱北者が「救う会」に拉致被害者のニセ写真をつかませたニュース。動機は金目当てだそうですが、それじゃ援助目当てにニセ遺骨送りつける人たちと一緒ではないか。あの国は上から下までうそつき病ですか。うそつき病ウィルスが全土に蔓延してるですか。鳥インフルエンザよりそっちの対策が急務ですよ。それでも「救う会」としては、本物の情報もあるかもしれないから、今後も玉石混淆の情報を買い取り続けていかざるを得ない。ああもう。
1月21日(金)
 目がお疲れ気味。でも仕事。やっとある大型本に着手。でもなかなか身が入らない。内容に慣れるのに時間がかかりそうだ。
 昼、大昌苑でクッパ。帰りにエジプト考古学ビルの前を通りかかると入り口に「記者会見会場」とか書かれたボードが。何か財宝でも掘り当てたか吉村教授。
 日没後、寒が戻ってくる。うひゃあ。
 
 渋谷vs築地のアレ。もともとは「NHK×与党」を朝日が煽り立てるという構図だったのが、気がつくと「NHK×朝日」を与党が煽り立てるという構図になっていたのは何故。抗議文もさんざん飛び交って、今日は公開質問状キター。記者会見開いて釈明しろとか謝罪しるとか、NHKニュース、NHKと思えないような威勢のよさですね。だったらさっさと法曹の場で争えばいいのに。放送だけに。安倍も中川もなんで司法に訴えないんじゃろかー。つうかNHKとしては一生懸命エビ様問題をごまかす必要があるんで、庶民の怒りの矛先を魚市場の方向にそらそうと、ことさらヒートアップするのは当然だし。「圧力なかった」と言えば政府もNHKの味方してくれるし。そりゃいくらでも前言翻しますな。
 ……と、庶民の立場としては邪推をおさえることができない。ボクら無責任なゲス庶民は、事実がどうであれ、ストーリー的にオモシロイほうを支持してしまいますから。なるほど、報道被害は深刻ですな。
 だから謝罪要求なんかでとどめず、さっさと損賠請求すればいいのに。本当に訴訟に持ち込めない理由でもあるのかと勘ぐりたくもなります。
 いや別に朝日の味方なんかしてませんよ。前述の通り、単に「圧力があった」というほうがオモシロイからです。「オウムの上祐青山がTBSにやったのと同じことを自民党の安倍中川がNHKにやった」。このシチュエーションが事実であってほしいと思うのは、うすぎたないゲス庶民共通の願いでありましょう。
 さて、実際はどのへんで手打ちになるんでしょか。今ごろ水面下で双方のえらい人がイロイロ話し合いの真っ最中でしょう。エビ様のことを庶民がみんな忘れるまでこの騒動を続けるのか。朝日は引き下がる見返りにどんな便宜はかってもらえるのか。まあ落としどころをイロイロと。そこはそれ大人の世界ですから。
 ニュースも時々刻々と状況が変わってくるから面白い。おっ、築地が「提訴を前提に」だって! こっちも意気軒昴だねえ。なるほど「公判するから取材手法とか詳しいことは喋れない」と(笑)。そう来るか。意気軒昴だけど煮え切らないのはいずこも同じ。
1月22日(土)
 『ケロロ』観て洗濯。今日はいい天気。
 ブッシュ二期目スタート。「ブッシュの国に不自由な人はいらない!世界を自由で満たすのだ!」(笑)てなぐらい自由自由連発して、おまえは忌野清四郎か尾崎豊かという騒ぎで。本当の自由とはこういうことだ。
 NHKvs朝日(元:NHKvs自民党)、ネタがネタだけにマスコミ各社はヒートアップしてるけど、それにひきかえ一般庶民はシラケてますねえ。受信料無駄遣い→エビジョンイル進退問題の時はあんなに大騒ぎになったのに。まーアレは受信料踏み倒しのいい口実になったから食いつきもよかったけど、今回のはよしんば朝日の大フレームアップが判明したからと言って、朝日新聞の購読料踏み倒せるわけでもないからねー。読んでる人は契約結んじゃってるし。読みたくない人は最初から読んでないし。それでか。

 『30独身女、どうよ?』だいたい読了。要するにこの本は、別にその必要もないのに「結婚しなきゃ」といらん不安に陥ってる人に「別にいいじゃんしなくても」という視点を与える、いわば『完全失踪マニュアル』的解毒薬であって。呼びかけの対象が一部の層(近年増えてはいるものの)に限定されており、すでに結婚してそこそこ充実して生きてる人も含めた日本人全体にまで敷衍させられる社会哲学ではない。
 つうかこの「30独身女そのまま行ってよし」とか「n×n恋愛」って、男の側からすればすっごく都合いい話なんだよな。責任とらずに多数の異性と仲良くできる、格安キャバクラ状態。だからとっても非常に耳障りがよくて困ってしまうぐらいだ。もし男も読んでたら、オタキングより悪質な下心を持った奴が恋愛レーニンになって本当に恋愛革命起こしそうですな。
 そして『フロン』以降のあらゆる論考に共通の問題点がある。人の「独占欲」「嫉妬心」というものを全く係数に入れていないところだ。きっとオタキング自身は、(人間関係における)独占欲とか嫉妬心が極めて希薄なユーバーメンシェンなのかもしれない。でも、オタキングのように合理的思考が本能的感情をたやすく凌駕できる人ならともかく、読者のほとんどは感情が理性を駆逐する普通の人間なのである。自分が相手をワンオブゼムと割り切って取っ替え引っ替えするのはいいけど、かたや相手(の中でも自分が比較的重要視している相手)が自分をワンオブゼムと見るのはちょっとガマンできない、という人のほうが、まだまだ世の中大多数であろう。ラエリアンとか愛の家族でないかぎり。……この本がめちゃくちゃ面白いにもかかわらず社会現象になり得なかった理由は、そのへんにあるのかもしれん。
 それはそれとして面白いですやっぱ。核武装には賛成しないけど兵頭二十八先生の本が面白いように。

 1630頃、『世界一受けたい授業』の番宣。しょっぱなに画面に映ったのが、ゲスト芸能人でも誰でもなく議長。製作側からずいぶん評価されてるらしい。フジが小金を惜しんだスキに、日テレとテレ朝で「議長領有権争い」が尖閣諸島みたいなかんじで展開中。まことに結構。
 1800、『種ガンD』初めて観る。あんな馴れ馴れしい軍隊はないだろと思うんだが。
 日記更新どうにもすすまず。
 夜、実家に帰って牛丼食って『世界一受けたい授業』観る。弟から『無限の住人』1〜14巻まで借りて帰る。

 シャワーざざーと浴びている最中に、また無責任な電波を受信する。
 「男の子のほうが女の子より精神的に子供っぽくなるメカニズムについて」。

 「加齢」には、「成長」と「老化」の2つの意味がある。機能の追加・拡張を「成長」と呼び、機能の低下・喪失を「老化」と呼ぶ。  子供にとって「加齢」は「成長」とイコールである。子供は年をとるごとに筋力だの知恵だのいろんなパラメータが増加し、新しい機能も付加されていく。生理だの精通だの発毛だのうっとうしい機能も追加されるが、それらも基本的にはあくまで「追加」。従来の機能にプラグインを組み込む形でなされる。第二次性徴はしばしば「第二次成長」と誤記されるように、数々の機能が追加装備されていく「成長」現象の集合体である。
 ただひとつの例外を除いて。
 「声変わり」だ。
 年とるとあらゆる機能が追加・拡張されていく、それが「大人になる」ということだと思っていたのが、どうもそうではない。こないだまで余裕で出せた高音部の声がうまく出せなくなり、声もガラガラしてきて、やがてアダムズアップルの出現とともに自分の声が殆ど原型をとどめぬ1オクターブも低い声になる。この事態を男の子は、「低音が出せるようになる」と考えるより先に、「高音が出せなくなる」と喪失の方向で捉える。
 年をとることで、失うものがある。男の子だけは、そのことを自分の身体的経験として、12歳かそこらの一番多感な時期に感得してしまうのである。ただでさえ子供は「喪失」を恐れる。声を失うことが、男の子の心理にどんな影響を及ぼしているか。文学やマンガなどには若干描かれているようだが、教育心理学方面からの学術的アプローチはされてないんじゃないかもしかして。
 だから男の子は、女の子に比べて、「加齢」にポジティヴになれないのではないか。いつまでもガキの遊びから卒業しきれないのではないか。失ったものへの懐古と。

 いや、俺がそうだったんで。
 小学校時代はボーイソプラノで、教会の子供聖歌隊でブイブイ言わせ、学校でも音楽の先生からけっこう誉められていた。当時先生から誉められた経験はあれぐらいのもんだったなそういえば。運動会の練習で俺が顔面挫傷して保健室にかつぎ込まれた時もその先生は担任よりも早く飛んできて、俺の鼻の軟骨が無事かどうか安否を確認に来た。先生から心配された経験もあれぐらいだった。(肝心の担任がどんな対応をしたかは本稿には関係ないし書きたくもないので省略。)
 それが、中学入りたての頃に変声期を迎え、それまで得意だった物真似のレパートリーも声域の変化とともに全部パーになり、歌えたはずの歌もどんどん歌えなくなっていった。
 当時、安物のカセットデッキを買ってもらった俺は、毎朝早起きしてはTBSのテストパターン放映時に流れる「こども音楽コンクール」の音声を録音してはコレクションに没頭し、またアニソンなど他の音楽にも増して愛聴していた。
 やっている当時から、自分でもよーく分かっていました。自分が喪失したものへの懐古。代償行為であることを。
 俺がまた自分の声で歌うようになったのは、大学生活も3年が過ぎようとしてた頃。変声してからすでに8年以上経っていた。

 だから。おととしの長崎の幼児ちん切り中学生が、なぜ男の子を狙ったのか。なんとなく分かるような気がする。なんとなくですけど。

 女の子はどうだか分かりませんけど。男の子が十代二十代の性欲盛りになっても四十五十のおっさんになっても、どこか「幼児性」を持ったままなのは、ひょっとしたら「変声」のトラウマなのではないか。そして、「加齢」が本当に機能の低下・喪失と直結しだす年齢になるとあの変声期の恐怖がよみがえり、若作りしてみたりヅラつけたり若い娘をチヤホヤしだしたり……。

 ええ、全部当てずっぽうの口から出まかせですからどうぞ気にせず。
1月23日(日)【ここまでは2005.05.03更新】
 0945起床。『レジェンズ』はビデオが回ってるので、たまにはと『マシュマロ通信』後半観てみる。あ、けっこうイイじゃない。しかもバカなオチ! あちこちで騒がれるだけのことはある。判断早まったかなあ。
 日記の続き。でもついつい実家から持ち帰った
『無限の住人』を読みながらでてんで進まず。黒衣鯖人いいなあキティガイで。槇絵たんいいなあ。万次さんいいなあ主人公なのに弱くて(特に槇絵戦以降)。凛が群を抜いて弱いからギリギリ主人公の面目を保っている状態ですか。いや面白いな、こんな面白いマンガを10年以上知らなかったなんて。以前ティアズマガジンにレビューが載ってたんで(それも何年も前)かろうじて存在だけは知ってましたけど。
 1545、嘘屋のきだてさんまきさん迎撃オフのため出発。池袋駅のホームに出ると、なんか空から白い粉が落ちてるんですけど。さむい。ほぼ1700ジャストに日暮里「ザクロ」到着。トルコ&ペルシャ料理という、間のイラクやシリアやクルディスタンの立場はどうなるって組み合わせの料理を出すお店。
 調度に気を遣うお店らしく、入るといきなりトルコ風のチョッキを着せられる。先に来ていた嘘屋の面々もチョッキやらダブダブズボンやら装着ずみ。ボブさんのトルコ帽が妙にかわいくて似合ってたがこれも店の帽子。コスプレはいいんだけど、客席が全部「ザフェラン」の座敷と同じく絨毯席というのは困った。そうとは知らず穴あき靴下はいてきてしまって死にたくなる俺。
 トルコのビールとトルコ料理、「ザフェラン」を思い出すイラン料理やピクルスやチャイ、タンドールナンも次々と運ばれてくる。食って食って食いまくる。きだてさんに、以前エジプト考古学ビルで手に入れたツタンカーメンボールペン献呈。以前から逢ってみたいと思っていた天才文士まきさん、先日の競演で死ぬほど笑わされた大型ルーキー小象さんにもご挨拶。きだてさんのイロブン&エロブンさんざん堪能し、依田聡さんから大変な情報を伺い(※2005/5/3現在もう公表されてます)、まきさんとは実に意外な接点があり、小象さんに純粋なる嫉妬心から理不尽な折檻を加え、ハイテンションな店のおやじ(外国人)に笑わされ、テーブル対抗ジャンケン大会やベリーダンスショーまであって、5時間ぐらい飲み食いしまくって遊んで騒いでたのでいちいち思い出していられんが、いや楽しかった。玄界灘男さんはよく面白いお店をいろいろ知っているもんだ。この人の人生経験だけはちょっと想像しきれない。
1月24日(月)
 最初のアイヌリンダレだけ読んだとこで放置していた『シルマリルの物語』、再び読み始める。さすがにこの重量は電車で読むにはツラいが。
 仕事。これまで何回かやってきたけど必ず寝てしまう(←おい)めんどくさい会議。でも今日は効率よく議題まとめたせいか、はたまた昨日存分に栄養とったおかげか、全く寝ずにすんだ。会議用に、宅配で永谷園の和風弁当をとってみる。思ったよりおいしかった。そして当然のようにふりかけが1袋。永谷園だけに。
 そのあと1800までグズグズ仕事して、西友で天丼買って帰って食って、メールの返事出すのに3時間かけたりして(ああああ)。

 一昨日の「喪失」論、ミクシィ日記に書いたとたんに女性陣より数々の有益なツッコミをいただく。かくしてUPから2日も立たないうちに、自分の中でガラガラ論理が崩れていくのを感じる。やっぱ思いつきはいけません。
 某氏より「女にも成長によって失う感覚ありますよ」とご指摘。それは「体の軽やかさ」。また別の某氏の表現では「軽やかさの喪失というよりも追加の恐怖だ」と。たしかにそうだ。女子のほうがずっと深刻だ。
 「喪失」「追加」というか、むしろ「変質」、メタモルフォーゼと言っちまったほうが適切かもしれませんですね。自分が別の生き物になっていく恐怖、というのは、男の子より女の子のほうがはるかに強く感じるかもしれません。

 では今度は最初の前提を少し修正して、男女の意識の成長差は「変質」のベクトルではなく「変質」の度合の大小に由来するもの、と仮定してみると……。
 身体機能までトランスフォームしてしまう女の子はもう、(1) そのトランスフォームを開き直って受け入れパラダイムをシフトさせ第二の人生航路を設定する(≒「大人になる」)か、(2) あくまで抗いあがき続け自傷や拒食など自らの否定に走るか、の二者択一の瀬戸際に誰もが追いつめられると。
 一方、男なんて、文字どおり子供に毛が生えた程度の変化(&イタズラ棒標準装備)しかないし、そのイタズラ棒だって使ったところで別に自分が妊娠するわけでもない。男子加齢によって追加されるものに、不都合なものは特にない。ゆえに、いくら育っても子供のままのパラダイム内でそのまんま生きていられる、と。
 つまりは完全変態昆虫と不完全変態昆虫の違いのような。
 ……そっちの解釈のほうが説得力ありそうですね。あうう。

 なぜ自分の中からあんなデマカセが出てきたのか、意識内にダイブしてみる。
 俺が「声変わり」を必要以上に「喪失」と捉えたのは、声が当時、自分の価値を担保していた数少ない担保物件の1つだったからだろう。
 ウィーン少年合唱団じゃあるまいし、普通の男子は声が高くなろうが低くなろうがそれほどかまわないのかもしれない。それよりも、徐々に筋力がついていくほうに夢中になりマッチョと暴力衝動にかられ、さらにインストールされた追加機能「性欲」に振り回される日々で。そんなもんなのかな。俺はそんなに筋力つかなかったんで暴力衝動を別の方向に向けてしまいましたけど。それでも何もコレといったモノを残せなかったところをみると、衝動自体ヘナチョコなものだったらしい。こんなやつが、男の子一般を代弁できるわけがないですなそもそも。とほほ。

 『無限の住人』7巻まで到達。止まらない止まらない夜なのに止まらない。明日も仕事なのに止まらない。いやまさかこんなに江戸情緒あふれるマンガだとは思わなかった。ティアマガの紹介読んだ時はもっと異世界ファンタジーというイメージだったんですが。いや十分異世界ファンタジーですけど。
1月25日(火)
 所沢で3歳の女の子が、ロクな食事も与えられず死亡とのニュースを、朝食のトーストかじりながら観る。ちなみに死亡時の体重は6キロ。死んだ日もチョコ1かけ食わせただけで、母親と同棲相手はパチンコへGo。保護者いわく「娘は邪魔だった」だそうです。TVに映った容疑者宅のドアがウチのと同じで少しどきっとする。
 さてここで宗教学の演習問題を1つ。
 宗教法人幸福の科学の教義では、子供たちはみな生まれる前に現世での魂修行のテーマを決めて生まれてくるとかなんとか言ってますが。じゃあこの女の子はなにを修行するつもりで、この本能ぶっこわれた親から生まれ、飢餓地獄のたった3年ちょっとの人生を送ることを選んだんざましょ。教えてください総裁先生。答:ダイエット?(笑)

 読売「論陣論客」、性犯罪者の居住地を地域に連絡することの是非。「是」派の諸沢英道教授、犯罪者側には「もう教育刑の時代じゃない」と性悪説をとり、地域住民には「日本ならあたたかく迎えてくれるだろう」と性善説をとるダブルスタンダードはどうかと。日本の善良な市民ほど、かえって前科者という「異者」にはツラくあたると思うのだが。異者受容プログラムを社会に浸透させているならともかく、むしろ逆に異者への恐怖と排撃を刷り込んでいる状態だし。
 角田光代のほうがまだそこんとこ分かってて、「情報開示されたところで地域じゃ何もケアできない」、さらに「情報開示は、再犯時に逮捕を早くしたいための、警察にだけ便利な措置だろどうせ」とまでツッコんでいる。そう、警察だけではない、俺たちが「性犯罪者の居場所を知りたい」のだって、彼らを避けるため、捕まえるためだし。地域ぐるみでケアすることなんか誰も考えてませーん。それが現状だ。
 そこまで見えている角田が、他の箇所では性犯罪とメディアの影響を安直にリンクさせるのがなんとも残念。この点に関してだけは、イデオロギーが現状を冷静に分析することを阻害しているのか。

 『シルマリル』、ヴァラクウェンタ読了。つまりメルコールってバイキンマンですか。世界のすべてをねたみそねむメルコールの行動原理、俺にはどうしてもバイキンマンにしか見えないんですが。かくして俺の脳内ではメルコールは中尾隆聖声でハーヒフーヘホーと叫ぶことになっております。じゃあ強欲なるウンゴリアントがドキンちゃんかよと。トゥルカスマンがジャムヴァタールおじさんに新しい顔を焼いてもらうのかよと。やなせたかしが『シルマリル』の挿絵を担当したら大変なことになりそうだぞ。いやあんがい教授にはウケたりして。

 今日も別の会議。弁当は、宮内庁御用達の業者のもの。さすがにおいしい。
 なんか統一協会の分派で、最近「摂理」とかいうのができたと聞く。原理とか摂理とかそういう用語が好きだなあいつら。文鮮明はメシアじゃなくてバプテスマのヨハネであって、また他の奴(もちろん韓●人)がほんとの再臨のメシアだった、とか吹いて日本の若者を奴隷にしてぼったくりまくってるらしい。名前やミコシが違ってもやるこたぁ一緒じゃん。

 とっとと帰って、ボロネーズすすりながら昨夜の『深夜の馬鹿力』聴く。「脳内商店街」の新店鋪「無駄ミラクル」のオープニングで「ミーーラクルーー、I Just Say エトワール♪」とかかったんで心臓が飛び出る。「ミラクルパワー」じゃん! まさか伊集院のラジオで『コメットさん☆』の音楽を聴くとは思わなかった。しかも千葉紗子版だと。誰だ選曲したのは。いいぞもっとやれ。

 裏モノ、嘘ツキャー、と、ニフティ以来の知人たちがぞろぞろミクシィに流れ込んできている。
 閉鎖的なニフティを飛び出しウェブの荒海に漕ぎ出しながら、また閉鎖的なミクシィに集まってくる俺たち。こういう活動様式って、やっぱり人間の本能なんでしょうか。爆発した星から放出されたガスが、エントロピー増大の法則をものともせずなんとなく万有引力に引かれ合って凝り固まってまた星を形成していくような。
 ふと矢野顕子「Home Sweet Home」の「壊した家を出たくせに 今 わたしたちは 新しい家をつくる」ってフレーズを思い出す。

 また「喪失」論で恐縮ですが。
 前回コメントをいただいた某氏から、「女は第二次性徴とともに、イヤでも値踏みされてしまう」と。身体のトランスフォームだけでなく、それに伴い外界からの値踏みという要素まで加わってくるんだ。
 俺自身は、人間を値踏みする時は男女問わず、スタンド能力とか知識量とか実績とか潜在的性能とかで総合評価をくだすほうで、経年劣化するような外見容貌なんてものは付加価値のひとつにしかすぎないと思ってさほど重視してはいない(もちろん美しいにこしたこたないし、美の維持に費やされる日々の努力には敬意を表し正直にイタリア人のごとく賞賛しますよバンビーナー)。でも、世の中はそうではない。洋の東西を問わず、女の子は、(こないだの『30独身女、どうよ?』にもあった表現だが)「セックス時の使い勝手のよさ」で勝手に商品価値を決められ値札を張られる。オスの本能とはいえ、かなしすぎる。
 この「値踏み論」に沿えば、きのう書いた「女の子の2タイプ」は、某氏によると

> そこで開き直って「そうよ、私は高価いのよ」と自分の商品的価値を高める方へ向くか、「私は売り物じゃない!」とあがき続けるか……。
> 社会の中の女として、どう折り合いをつけるかって事かもしれません。

ということで。

> それに女は覚悟を決めて対応しないと、マイナスなダメージ(希望しない妊娠、性病、世間様の評判、性犯罪)を受ける可能性が男よりずっと多いですからねえ。

 もし俺が女に生まれていたら、上の分類でいけばきっと後者の方向で折り合いつけてたと思う。カラダの線の出ないゆったりした服ばっか着たりして、きっと紀宮以上に身なりかまわないオンナになってただろうなと。自分の商品価値を下げるだけ下げる方向で、性犯罪などの様々なリスクから遠ざかろうとしていただろうなと。「俺なんか食ってもおいしくないよー食べるならもっとおいしそうな奴ゴロゴロいるよー」てな方向で、人込みに埋没しよう埋没しようという迷彩戦術で逃げ回っていただろうなと。「ほらこんなドテカボチャ値踏みしても人生のムダだよー」と。
 だから、腐女子のみなさまが女の子ばかりで寄り集まり、たとえ同ジャンルだろうとも男オタクと合コンなぞしようとしないのは、なんかすごく分かります。……安直に「分かる」なんて言ってほしくないだろうけど。

 前から考えてるんですけど。
 世の男がホモを狂ったように忌避するのは、女性が日々受けているこれらの日常的恐怖が自分にも降り掛かってくるせいなんじゃないかと。
 女性はそれほどレズに抵抗ないのに、なぜ男性はホモが嫌いなのか。
 なぜなら、ホモは男を値踏みするから。ホモは男を襲うから。
 ふだん値踏みされたり痴漢に遭ったりエロスな目で見られることもなくノビノビ生きてる男たちにとって、自分がそうされる立場(つまり女性の立場)に立たされることは、恐怖以上の何ものでもないんですよ。
 もちろん実際のところホモだって選ぶ権利はありますからブス山さんはお呼びじゃないんですけど、自意識過剰な男たちはビクビクギスギスとしてホモ敵視に走る、と。(女性にもえてしてそういう自意識過剰傾向はありますが、実際の被害を考えれば、男のホモフォビアのほうがはるかに自意識過剰。)
1月26日(水)
 仕事。いろいろコピー。先週末発動された国家総動員令にもとづき、ドサリと素読みゲラが来る。他の仕事は当分やってられなくなりそう。いや、この仕事自体やってられないんですけど。眠くて。『無限の住人』のせいで(←おい)。
 昼、おなかがすいたので大量に食える紅梅に入ろうと思ったら休み。家賃振り込みたいんで坂を下り、麻の葉を覗くもこっちも仕出し注文のためランチなし。しょーがねーから先に銀行に寄ったのち一歩で手を打つ。焼肉定食食ったら20円値上がりしてた。消費税分だと。ここも腐海に飲まれたか。
 こんなかんじで、年始からあちこちで消費税旋風が吹き荒れてますが。去年免税点が3000万から1000万に引き下げられたのみならず、ちょうど今月から、個人事業主からもビシビシ徴税つかまつることになったんですね。……てことはちょっと待て、1000円の同人誌を年5冊×各2000部以上売ってるサークルも? 夏コミ、壁は軒並み消費税5%取りはじめたりしてな(笑)。いや笑い事じゃないぞ。

 午後はさらに眠くなるが黙々と仕事してコソコソ退社、スーパーで海鮮巻買って帰る。

 『トリビア』、ガセビアのコーナーで前回映ってた投稿者名がモザイクに。投稿者の感情を慮って、ということだが、ほんとに慮ってるならハガキをドロ沼になんか沈めないと思うんですが。

 北朝鮮、正式に「横田めぐみさんの遺骨ニセモノ鑑定は捏造ニダ」と発表。つか、そんなもの捏造して日本側に何かトクすることがあるんだろうか。ニセモノをホンモノと言うことで北朝鮮は得をするけど、ホンモノをニセモノと言ったって日本は何も得をしない。意図が分からない、というか意味が分からない。

 「ビジネスサテライト」で、韓国の「偶然日本のに似た」お菓子特集。韓国の丸写しパクリ体質は『スペースガンダムV』や『宇宙黒騎士』どころではなく、商業意匠までこのザマという。海賊版ならともかく、普通のメーカーがこういうマネをするのだからタチが悪すぎる。先進国とは思えない卑劣ぶりだ。職安通りの韓国スーパーでもその一端は垣間見られるが、リポビタンDにしか見えないサムソンなんとかってドリンクとか、たしかに「こりゃねーだろ」なレベルだ。キリスト教人口が高くても、こうしたモラルとか恥を知るとかいったこととは比例しないらしい。せめて『テコンV』ぐらいの努力を見せろ。
1月27日(木)
 ゲラの素読みを延々と。他の仕事がなんにもできない。昼、麻の葉でざしきわらし。最近魚介類が妙に口に合う。1915頃までかけてノルマ達成。はーこれで自分の仕事にとりかかれる。
 電車の中で『シルマリル』ちょぼちょぼと。某同人誌で見た「アホのテレリ族」というフレーズが頭から離れない。
 神戸屋でパン3個。31日に肉食べるからしばらくヘルシィに。
1月28日(金)
 やっとこさ雑誌にとりかかれる。でも肩がもうバリバリで。
 昼、サンポルタに行ってみたら「1月26日をもって閉店」と貼り紙。むう、こないだミイラが出てきたと思ったらすぐコレとは。以前から、この店ではエジプトで発掘にウツツを抜かして就職逃した作治の弟子たちを雇っているんじゃないか、と無責任な憶測をしていたが、このタイミングを見ると、ひょっとすると俺の邪推も当たらずしも遠からずかもしれない。アバレンジャーの「恐竜や」とか江戸川総司令の喫茶「ゴン」のようなかんじで。ティーヌンまで歩いてレッドカレーとセンレクヘン。
 1930あたりでカラダ限界。限界性能低いぞ。ふらっと新宿紀伊國屋に寄って、超巨大本の様子などスパイして、ユリイカ買って。また適当にパン買って帰る。もうヘルシーとかじゃなくて、食へのこだわりが失せたプチ鬱状態じゃないですかこれは。てゆうか頭痛いし。

 BBSでさとちんさんから、米軍が敵の兵士をホモに変える化学兵器を研究していたとのニュースを伺う。これの開発に6年間750万ドルもの血税を注ぎ続けてきた合衆国人民の立場を思うと涙を禁じ得ない。でも「国民1人あたり4円」と考えれば、世界でも大阪人に並ぶぐらいアホに造詣の深い民族であるアメリカ人なら許してしまいそうだな。それにしても、敵軍をホモにしてしまっていいのか。古代ギリシャ時代、ホモだけで編成されたテーバイの「神聖隊」が鉄の団結力を誇り、スパルタすら打ち破ったという故事を、ライト研究所は知らなかったのか。あ、それならそれで、自軍にホモガス噴霧すればいいんだ。かくして合衆国軍はビレッジ・ピープルのビデオクリップみたいな状況に。イーンザネーイビー(←野太い声で)。

 先日来の出まかせ「喪失」論は結局、自分にしか該当しないトンデモ理論であることが、あっという間に白日の元に晒されたわけですが。たしかにそうなんだよな。普通の男にとって、変声期は別に喪失体験でもなんでもないんだろうなと。ミクシィに書いた時、男からのレスポンスがほとんどなかったことからも一目瞭然。さぞみんなキョトーンとしてたんだろうなと。
 それでなんとなく分かった。男の人生設計の特性ってのが。
 子供の頃から、スポーツ選手とかアイドルとか、若い頃の肉体的充実度を担保にして生きるタイプの職業に就く人間のことが、男女問わず全く理解できなかった。野球選手はどんなに長持ちしても40代がやっと。サッカー選手なんぞ30過ぎたらいいロートルだし。アイドルに至っては賞味期限何歳までよ。下手したら引退後の人生のほうが長いんじゃないか。どうやって生きていくつもりだ。金銭的にも、生きる張り合い的にも。もし彼らが「若いうちにガシガシ稼いで引退後悠々自適に暮らす」という戦略を抱いているならまだ分かるが、そうでもない、いや、そういう人間のほうが稀であることはいちいち例を挙げるまでもない。なぜあんなリスキーな生き方を、彼らは選ぶのか。
 俺がガキの時分から文筆や音楽など地味めの趣味にしかのめり込まなかったのは、「ほぼ死ぬまで一生やっていけること」という厳正なる選考基準があったせいだ。大概のスポーツは、20年30年もすれば体力的にできなくなる。ロッケンロールとかオシャレとか大概の若者文化も、50歳60歳の自分がやっている姿を想像するだけで気が狂いそうになった。なぜそんなはかない趣味を、彼らは生き甲斐にできるのか。
 つうかなぜ俺はそんな子供らしからぬ子供だったのか。そう考えると、やっぱりあの「喪失」体験が始まりだったのかな。
 自分の「若さ」が永遠じゃないこと。
 自分の「力」が永遠じゃないこと。
 何十年か先まで見越しながら生きていかないと必ずどこかで泣きをみる。
 そういう恐怖に、かなり早い段階で取りつかれてたみたいです。
 そういう覚悟を、かなり早い段階から胆に銘じてたみたいです。
 逆を言えば。「若さ」をウリにした商売ってのは、あれはそうか、男の子ってのは「喪失」体験がないから、これから永遠に体力が増えていくとでも、今の若さが永遠に続くとでも無邪気に思い込んでるから、あんなマネができるのか。周囲もチヤホヤしすぎるんだろうけどね。ケンちゃんとか。それとも人間って案外、黄金時代の思い出をよすがに残りの人生充実して生きていけるもんなんでしょうかね。『小僧の神様』の小僧が寿司の思い出をよすがに生きていくみたいに。

 ……そんなことを考えながら、またひとつ歳をとります。
 ああ頭痛い。
1月29日(土)
 誕生日だが、一歩も外に出ず、誰に連れ出されるでも誰を連れ出すでもなく、日がな一日日記の更新に没頭。
 朝はトースト、昼はカレーヌードル、夜はナスとトマトのスパゲティ。小麦粉大杉。

 連日くそじじいのキモい昔話を書き散らして正直すまんとは思うが、「喪失」論を書いてるうちに、記憶の扉がまた1つ開いちまったもんでねえゲホゲホ。こういうのはメモしとかないと次に思い出すのにまた10年ぐらい平気で経っちまう。
 俺が声ギアチェンジしたことの代償行為として児童合唱を聴きまくっていた当時、もうひとつ没頭していたものがあったのを思い出しまして。
 ちょうどこの頃ジャストタイミングで、テレビ朝日で火曜夜7時半から『ハウスこども傑作劇場』って番組をやっていた(1982.3〜1983.3)。『チョコレート戦争』とか『宿題ひきうけ株式会社』とか、日本の(当時すでに古典となっていた)現代児童文学をドラマ化したなんとも甘酸っぱい30分番組だ。今なら教育テレビぐらいでしかやらないような番組だが、当時は民放でもこういう企画ができたんですね。
 ググってみたら製作元は東映。なるほど『あばれはっちゃく』とか『レッドビッキーズ』とか『5年3組魔法組』の流れと考えれば、そう突飛な企画でもないか。逆に、こういう番組をやらなくなった現代のほうが、少子化の影響で異常な事態になっていると考えたほうがいいのかな。
 児童文学は昔(消防時代)から若干読んでたものの、俺が読んだことがある本の中でドラマ化されたのは『チョコレート戦争』ぐらいかな。『ゴンボの教室』とか『ユリアと魔法の都』とか実写化しにくい本ばかり読んでたせいかもしんないけど(『ユリア』なんか実写化してたらラストシーンは今ごろ伝説の域だし)。にもかかわらず、当時の俺は相当ハマっていたらしい。
 どのくらいハマってたかと言うと、見逃した回のドラマが勝手に脳内で構築されて夢で見たりしたぐらいですからかなりなもんです。見逃したのは『水色のジュン』。原作読んでなかったもんで、予告編の断片的情報から無意識下の妄想がふくらんで、かなり幻想的なドラマに仕立て上がっていた(夢だけに)。これもググったら、筋は泣けるけど設定はちょっと萌えっぽい話ですね。実際観たらそれはそれでトラウマになってたかも。
 こんな調子ですから、まかりまちがってたらほんとにそのまま少年趣味のヤバい人になってたかもしれません俺。
 それはそれとして再放送されないかなあ『こども傑作劇場』。あの「わっはっはっぼーくはー、つっかーまーらーなーいよー、はずんで空まーでージャーンプー♪」ってのんきな主題歌もすごく懐かしい。とーぶんーだー、はーねるんだー、ボールにーなーってーさ♪
 ……とかなんとか昔のことを思い出すのも年とった証拠かもしれません。単純に平均年齢考えれば人生折り返し地点だし無理もありませんが。
 そういえば、ドラマの『チョコレート戦争』ではなぜ金泉堂が全然違う店名になっていたんだろう。実在するの?>洋菓子の金泉堂。昔からこういうところは妙に気になるガキだったらしい。でも、番組中木内みどりがナレーションやってたことは完全に忘れてました。記憶が断片でしかメモライズされないところが痛い。だから俺の脳の中は分類不能のクズ情報だけで詰まってどうにも使い途がないんですが。いろんなマンガのコミックスが歯抜けでバラバラに揃ってるようなもんです。今は記憶のスキマを埋める方法がいろいろあるからいいようなものの。

 嘘屋チャットにお邪魔する。みんな毎月こんなひどい話をしてたのか。
 チャットでもミクシィでも何人かの方々から誕生日を言祝がれる。ごっつぁんです。残り時間があとどのくらいか分かりませんが、今年はもうちょっと密度濃く、自分も楽しみ、人も楽しませられるよう生きたいもんです。いや生きなきゃ。
1月30日(日)
 0830起床。『プリ』観て『ガシュ』観て『レジェ』観て。1500過ぎまで教会の総会。買い物して1540帰宅。すぐ寝る。1730から合唱団の総会。総会屋になった気分(違)。帰ってこんな画像作ったり、という一日。
 食べたもの
 朝:トースト、昼:シチュー、夜:西友で買ったマナガツオ弁当。
 いちいち記録してどうするというぐらいの食生活。
1月31日(月)【ここまでは2005.05.04更新】
 読売の投書欄読む。71歳男性、「被害者側に立った性犯罪対処を」。まさに同感。でも同じ文脈で「日本では児童ポルノが野放しになってる、もっと取り締まれ」と言うのは、ああまたか、という感。児童ポーノが日本のどこに野放しになってるのか、知ってるなら教えてほしいぐらいですよお父さん。つか、「児童ポルノが児童への性犯罪を促す」と言うのなら、盗撮を促す写メールも規制しろよと。
 「児童ポルノはよくない」。それは自明の命題だ。では、なぜ児童ポルノがよくないのか。その理由は、一般庶民にも、また児童ポルノをほろぼそうとしている人たちの間にも、正しく浸透しているとは言い難い。
 いいかよく聞け。児童ポルノが世界的に規制されているのは、「児童ポルノを作るプロセスにおいて児童虐待が発生する」ゆえであって、「児童ポルノを見ると児童虐待したくなる」なんてデータはこの世のどこにもありゃしないし日本以外じゃ誰もそんなこと本気で信じてない。話をごっちゃにするんじゃない。
 「ゲーム脳」と一緒で、まず対象への感情的嫌悪ありきなんだよみんな。感情的に子どもがゲーム三昧なのがイヤだから、ゲームに不利な論調が出てきたら、実証過程を踏むことなく無条件に「ゲーム脳」なんてトンデモ理論を受け入れる。それと全く同じ。感情的に児童ポルノがイヤだから、児童ポルノ頒布に都合の悪い論調が出てきたら、実証過程を踏むことなく無条件にトンデモ理論を受け入れてしまう。
 耳に心地いい理論とか哲学ってのは、まず疑ってかかるぐらいがいい。世界の構造がそうそう自分に都合良くできてると思わんほうがいい。「安直」に逃げる自分の心に反逆しろ。スクライドじゃないけど。

 なんかカバンが重い重いとずっと思ってたら、実は去年の秋のコミティアで使った釣り銭が入ったままだった(笑)。そりゃ重いわ。

 ガールズ向けエロマンガ誌『少女革命』が『恋愛熱情(パッション)』と改題。なんで? ウテナ筋から怒られましたか?(今ごろかよ)

 夜、職場から歩いて職安通りの「松屋」へ。牛テールチゲなどガツガツと。マッコリを頼むとどかんとヤカンで出てきてぶっとぶ。ラグビー部になった気分。

 イラク初選挙。いやーこれは大成功ですよ。イラク当局も多国籍軍も有権者のみなさんもがんばったねえ。日本の国政選挙よりも投票率高いんですから。(とほほ)
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