2006年2月の開設者うらみ日記


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2月28日(火)【ここまでは2006.10.15更新】
 昨日は頭痛で早寝。今日はまだ回復期とみえて、頭痛は消えてもやる気ゲージが臨界まで達せず。リハビリに名簿打ち込みなど。雑誌の責了は明日一気にガーとやろう。
2月27日(月)
 以前、職場に同じゼミの後輩がいたことがある。「同じゼミ」と言っても片方は院にまで進み学位を得たれっきとした修士様であり、学士止まりのわしごとき虫ケラなどとは白銀聖闘士と青銅聖闘士ほども格が違うことは言うまでもない。こちとら先輩と言っても無駄に歳取ってるだけのさしずめ立川キウイさん的ポジションである。こそこそ。
 部署が違ったのと、2人ともすぐ寿退社してしまったので、あまり深いつき合いはなかったが、話をする機会は少しはあった。しかし、学部時代の思い出話をいろいろしていくと、どーしてもある一点で話が通じなくなるのだった。「気楽院(仮名)さんもあの合宿行きましたよね?」「へーそんな合宿あったんだー」「え? ほら、あのセミナー……」「いや知らん断じて知らん本当に知らん」(会話終了)。この記憶の差も、彼女らとあまり深いつき合いがなかった原因のひとつに挙げられるかもしれない。

 一昨日の恩師の最終講議に出て、やっとその「合宿」とやらの正体が分かった。どーも恩師は70年代から毎年毎年、院生や卒業生や近隣の学生や卒論抱えたゼミ生を連れて「聖書学+αセミナー」という夏合宿を開いていたらしい。このたび恩師の退官に伴い同合宿もひとまず31年の歴史にピリオドを打つってんで、最終講議後のお茶会の引き出物(って言うのか知らんが)として最後の2005年のセミナー内容とこれまでの合宿史を収録した小冊子が配られた。見ると、すでにひとかどの旧約聖書学者や芥川賞作家になった恩師自慢の教え子であるところの大先輩方の講演あり、卒業生や院生有志の論文発表あり、ゼミ生の卒論中間報告あり。もちろんさっきの後輩様2人も参加者に名を連ねてましたよ。
 うわなんだ俺の知らないところでこんな面白いオフ会やってたのか俺も出てればどんだけ刺激を受けたか畜生なんで教えてくれなかったそうか俺はこの合宿に呼ばれるレベルにも達してなかったダメ学生だったんだなもういいや帰って首吊って死のう。そこまで思い詰めかけ、そうだ俺が4年生だった時の合宿には誰がお呼ばれしてたんざましょアイツかアヤツかそれともアンニャロかと、実はあまり顔も名前も知らない同期ゼミ生のツラをうんうん思い出そうにも思い出せず(つうかそもそもゼミらしいものが開かれてゼミ生が集まった記憶そのものがないんですが)やがてカーズは考えるのをやめて年表を見ると。

 「(●●●●年は先生の校務の都合により休会)」

 「聖書学+αセミナー」31年の歴史の中で、合宿が中止されたのは上記の年と、恩師がいいかげんシビレを切らせたI書店から先生そろそろアレ訳出頼みますよこのままじゃアレのシリーズ完結しませんよホラもう21世紀になっちゃったうわーんと泣かれわめかれせっつかれ楽しい合宿すらキャンセルして翻訳作業に専念した年、このたった2回しかない。
 たまたまその年に、俺はぶつかっていたのである。

 もう、ね、こうなると、俺がこうなるのは「運命」だったのかなと、逆に思うようになった。
 もしあの年、例年通りセミナーが開かれ、ノコノコ夏合宿に参加していたらどうなっていたか、ちょっと歴史のifをシミュレートしてみる。お調子者の俺のこと、卒論の中間報告と質疑応答なんかやっちゃったもんで知的おチャクラが覚醒、うまくいかん就職活動とか他のいろんなモノから逃避するようにモラトリアムな学究の道を志し、すんなり進学できていたとしても院の学費のみならず大学から4年間借り続けた学費も自力で返せず親に迷惑かけまくり高卒で働きに出されるであろう弟のうらみを買い、修士取ってさあ次は博士だと言ってもあの分野でD取れるような学校は国内には少ないし留学するにもこれ以上家は逆さに振っても金は出ず、就職しようにも時はまさに就職氷河期でガイスラッガーのごとく冷凍マンモスなニートになりはて実家で日夜粗大ゴミ扱いされ……てなかんじのイバラ色の未来予想図がはじき出されましたが何か。
 そこまでダメな未来にならずそれなりにひとかどの生き物になったとしても、今のマイミク72人のうち67人と出会うことはなかっただろうなと。

 まず、進学してたら『大宗教学』なんか作ってませんでした。
 アレはもともと、就職してから数カ月勉強もなにもせず黙々徒弟的単純作業に没頭してるうちにどんどん卒論作成時にも増してバカになっていく自分の脳味噌をなんとか活性化させようと悪あがきで作ったものでして。ためしにその年の冬コミに申し込んで。申し込んだらブース取れちゃって。さてサークルカットには『大宗教学』なんて誌名書いちゃったけどどんな本作ればいいのやら。いいやもう替え歌とかぶちこんで好きなように作ってしまえ、と。実は最初の号は原稿持って母校に戻って部室のコピー機で印刷したというあたり、いかにも象徴的行為でしょ。
 結局「悪あがき」の方向性は完全にまちがっていたらしく、今では脳味噌活性化どころかコレこのとおり見紛うことなきウスラバカぶりを晒してますが、それはともかくこの悪あがきの産物であるところの『大宗教学』は、俺の思惑とは全く違った仕方で、俺の可能性を、俺の世界を拡大してくれたわけですよ。最初のコミケでリア厨時代から尊敬していた雲上人・滝季山影一さんの隣になぜか配置され(たぶん滝季山さんの新刊が『爆訳聖書』だったんで、同じ宗教ネタということで同じ机に配置されたらしい)、おそれおおくも知遇を得る。その上、滝季山さんの集客力に引きずられて『大宗教学準備号』はあっという間に50部完売。調子に乗って翌夏『第壱号』を100部作ったらこれも完売、冬の『第弐号』も完売、部数も徐々に増やして、『第参号』『第四号』ではちょっと作り過ぎたかと思ったが、そこにやってきたオウムフィーバー、どっから見つけてきたのか『SPA!』の「中森文化新聞」にも紹介されたりしてさあ大変。そっち方面の展開は当方が女子高生じゃなかったせいかそれ以上『女子高生ゴリ子』の発展はしませんでしたが。でもしまおまほって島尾敏雄の娘なんでしょ。なんだほりのぶゆきの「第1回金のアイハラ賞」級の出来レースかよ。まあそれはともかく。
 さらに大学以来の友人に誘われてニフティ始めて、たまたま迷い込んだ「FCOMEDY」のオフに参加、そこで名刺代わりに『大宗教学』見せびらかしていたら、まあなんと大学時代部室で読み耽った唐沢商会の兄のほう、唐沢俊一先生が以前から『大宗教学』を知っていたと言われてギャワーと。以後も『大宗教学』を媒介に、普通ならこんな金なし能なし人脈なし無芸小食のうんこ虫などお目通りも叶わぬほどの斯界の賢人賢女の皆様とお近づきになり、『トンデモ本の世界』以来ゲーラゲラ笑いながら憧れていたオタクの梁山泊・と学会にまでまぜてもらって、実は今日もこんな暢気に長文の毒日記書いてるヒマはないのだうわー原稿が原稿がー、という立場にまで流れ流れてきたわけだ。
 『大宗教学』が繋いだ縁だけではない。アレを抜きにしても、コミケに足しげく通えばこそ、出会えた人たちも大勢いる。だいいちコミケに出ていなければ、1993年の伊良部vs清原「平成の名勝負」を観たからと言って伊良部の同人誌を描こうと志しロッテ関係の資料を集めまくり読み込みまくりそれが嵩じてロッテファンになることもなかったし、野球以外で知り合ったロッテファンの方々とも現在ほど親密にはなれなかっただろう。
 これらのカオスにしてプレーローマなる多彩な出会いまで否定できるほど、学問の世界は俺にとって甘美にして悦楽あふるる楽園だったろうか。正直ちょっと答えに詰まる。

 それに、進学してたらまず今の職場にはいなかった。
 バブルの残滓がまだ生きていた就職売り手市場にもかかわらず、強盗殺人と全裸美術モデルの次ぐらいに自己PRが苦手な現在だったら引きこもり必至の低機能学習障害社会不適応児の俺は、あちこちの出版社を受けてはペーパーテストは余裕で通るものの面接でことごとくたたき落とされていた。そんな中、受けようとも思ってなかった現在の職場から声をかけられた。実は他の(出版関係ではない)会社の内定も取っていたのだが、ハゲになるほど悩んでそっちにはゴメンナサイすることにした。現在のように欠員募集の広告載せるたびに数十人の応募が殺到する時代だったらまずこんな禁治産者採用されないだろうし今でも俺に声かけた当時の上司はあちゃーハズレ引いてもうたーと後悔してるだろうがもう遅い。
 今の職場に就職が決まったと知って、恩師はけっこう喜んでくれた。恩師自身の本は出してはいないものの、恩師の専門分野からすれば切っても切れない縁深き業界である。こちらとしても、せっかく勉強したことがいささかなりとも生かせる職場とあって、「学術的環境」と「奨学金を返せる収入」を両立させた理想的環境だと思った。
 結果として俺の脳味噌は、進学した場合(の最も楽観的な予想)とは比べ物にならないほど遅々としたものではあるが、着実にエヴォリューションしていったと思う。学校ではギリシャ語もヘブライ語も履修しなかったくせに、新約聖書学の専門書を1冊編集担当してみたら気がついた時にはギリシャ語読めるようになっていたし(ただし小文字限定)、ヘブライ語も読もうと思えばハングル並みには読めてしまう(それが『聖書の暗号』にツッコミ入れる時にすごく役に立った)。学生時代はノートに取るだけ取りながらチンプンカンプンだったテクニカルタームも自然に口から出るようになり、英語の原書のみならずドイツ語の本も、スラスラ内容が分かるというわけではないが、かと言って自己防衛規制としての頭痛が痛くなりギャーと暴れるでもなく、原書と翻訳原稿を照らし合わせるぐらいならさほど苦にならなくなった。
 現在、俺の課内でのポジションは、主に学術書担当ということになりかけている。神学部の博士課程前期修了した奴や本職の牧師の資格持ってる奴もいるはずなのだが、なぜか一番学歴のない俺に押しつけられる。まあ「専門書を苦にしない能力」(正確に言えば「一般書も専門書と同じぐらい苦にする」と言うべきだが)が俺の商品価値となり、それが俺を不慮のクビの危機から遠ざける効果を発揮しているわけで、文句は言うまいと。
 なんか何事においても中途半端ではあるが、この職場で、この人脈の中で、あたしゃこれからどんな仕事をしていくのか。

 「光と、それを映す鏡になることと、光を広げる方法は二種類あります」
 俺は後者のほうだと、ひえだ先生からお言葉を賜る。鏡になるように仕組まれる運命もあるということで。ただ、鏡は鏡でも、日本魔鏡みたいに裏側の怪しい文様がうっすら映ってしまってそうですが。全身に「と」の字をちりばめた双頭の鷲の図柄とか。まあそういう鏡も1枚ぐらいあったほうが面白かろう。
2月26日(日)
 0920起床。シャワーあびて『マイメロ』観て、『と学会年鑑A(仮名)』校正、1400メール送る。昨日とは打って変わったざんざか降りの中、教会行って会議。1520中座。ロッテリアでエビセット食らって、出版記念会のお手伝いのため川崎へ。南下するごとに雨足ますます強く。会場は駅ビルでよかった。編集担当者と2人で本売りまくる。肝心の新刊はめでたく持ち込み分完売。パーティ料理はほとんど食えず。まあ仕事だし。遅くなったので店にも寄れず、コンビニで豚玉お好み焼き買って食べて寝る。
2月25日(土)
 『ふたご姫』観て洗濯もの干して、恩師の最終講議を聞きに母校へ出発。うららかなねこわき日和。東小金井からぶーらぶーら歩いて1300過ぎ母校着。学食でハッシュドビーフ。

 こちとら卒論見てもらっただけの学部しか出てない弟子にも棒にも引っかからない木っ端卒業生なもんで別に招待状はおろか案内も何も来やしないのだが、先日ミクシィでたまたま現役ゼミ生のコミュを見つけ、そこでたまたま情報を得て、呼ばれてもいないのに図々しくも行きます行きます行き行きます♪(チュー)と書き込みノコノコ乗り込んだわけですが。
 ゼミ生中心のこぢんまりした会を想像してたらとんでもない、行ってみたらまぁ錚々たる(人の顔覚えられない病の俺ですら思いきり顔知ってるような)日本を代表したり学界の中核を占めたり新進気鋭だったりする旧約聖書学者のみなみなさまがゾロゾロやって来てたまげたのなんの。主催者側もここまで盛況になるとは思ってなかったらしく、席はすぐ満杯に。

 演目は恩師得意のヨブ記とヤハウィスト。旧約学に疎いもんで(旧約だけではないが)、これまで恩師が学界の中でいかなる位置にあるのか実はちーとも知らなかったのだが、まさかこんな永遠の反逆児だったとは知りませんでした。そーかだからこそ学界の通説だけでなく自分の説すら信用せず、絶えず自分にツッコミを入れ続け、結果として一般のえらい学者様によくいる「自分の学派を形成し自分のデッドコピーな弟子を量産する」みたいなマネはしてこなかったんだなと。
 だからと言って、恩師が後進育成を怠っていたわけでは決してない。恩師は自分の学説の流布ではなく、「モノの考え方」そのものを、旧約聖書学をツールとして学生に叩き込んできたのである。それは、実質3年ぐらいしか恩師の授業(それも学部レベルのヌルいやつ)を履修していない俺の中にすら、たぶんカケラほどではあろうが息づいていると思う。もし皆様から見て俺の思考法に何がしか見るべき点があるとしたら、その何割かは恩師から学んだ技法のおかげです。
 ましてや院まで進んで恩師の薫陶を受けた人や、恩師と長年同じ土俵で研鑽を積んできた人に至っては、なんかこう、とても同じ生き物とは思えないですよ。たぶん今日来てた「関係者」の中では、俺が一番低学歴かつ一番の低能児だったと思います。俺ももし在学中マジメに勉強していればこの周りに居並ぶ名誉教授元教授現役教授準教授助教授講師助手院生ゼミ生の領域にたどり着けたのじゃろかー、と思うと、もはや日記で恩師の実名を書くだけでその名声にうんこ塗ることになりかねないほど堕落墜落フォールダウンしきった我が身を恥じるばかりでもう肩身狭くて狭くて。
 帰りのバスん中ではもう他の客と運転手さえいなきゃ(←それじゃバス走らねーよ)わんわん泣くとこでしたよ。ああもったいないもったいないもったいないって、お前はワンガリ・マータイさんかよってなぐらいに心の中で連呼しつつ。ただマータイさんの「モタイナーイ」は一義的だが、俺の「モタイナーイ」は、「こんな学校に4年もいながらなぜもっと勉強しなかったんだああもったいないもったいない」という慚愧と「俺ごとき能なしの集中力なしの学習障害のADHDのクルクルパーがこんな学校に入ってこんなスゲエ先生方の知遇を得てよかったんだろうかああもったいないもったいない」という畏れとの両義的性格を持つからちょっと複雑だしもちろんノーベル平和賞も取れないし。

 なんかこう、今年に入ってから、いかに自分がものしらずか、いかに自分が社会に出てからの年月を、得るべき知識を得ずに無駄に過ごしてきたかを思い知らされ打ちのめされる経験ばかりしている。カラダ壊したわけでもない、目が悪いったって白内障緑内障患ったわけでもないただ眼精疲労が激しいだけ、月100時間サービス残業強いられてるわけでもない、定職あるから「本買う金がない」わけでもない、それどころか職場も家も本に埋もれている、これじゃあなんにも言い訳はききません。全部自分の自堕落のせいです。

 俺は下手に調べもの探しものがウマいせいで、知識・情報というものは「必要になったら必要なだけ調べてくるもの」というコイサンマン並みの狩猟採取民であり、自分の脳内にはその情報の在り処ないし探し方だけ保存しておけばいいや、という感覚がいつしかしみついてしまっていた。それが知識の蒐集を億劫にさせている。んで実際仕事なんかはそれで十分事足りてきた。
 また、俺は「手持ちの情報を組み合わせて『何か』を作り出す」ことは得意なのだが、「その『何か』をさらにより洗練された形にするため新しい情報を取り入れる」という発想がなかなかできない。子供の頃、袋いっぱいの様々な形のダイヤブロックを器用に組み合わせて家だのピラミッドだの飛行機だの作って遊んでいたのと関係があるのだろう。その手持ちのブロックで作れるものだけを作って満足して、「ブロックをさらに買い足す」という発想は一切なかった。今でも、「既知の情報」だけで論理を構成し判断を下すクセはそのままである。(もちろん、手持ちの限られたブロックを無駄なく余すところなく使用することにより、ホルモン料理ではないが独創的な『何か』を作ることがないわけではないが、ここはオノレの知識欲の希薄さを嘆いている文脈なのでそれはおいといて。)

 もっと言えば、「この世界にあまり期待していない」、俺のこのライフスタイルのせいなんだろう。
 世界に期待する人は、その期待を裏切るような現実に悩み、まさにヨブ記のヨブのごとく、その不条理を世界に問い、究明せんとし、それが世界を構成するモロモロへの知識欲につながる。
 しかし、世界に期待してない奴は、彼岸だけをボーっと見つめ、いかな不条理も「そんなもんでしょ」で済まし、究明の努力を払おうとしない。ヨブ記で言えば、教条主義的にヨブを非難する友人たちと一緒である。

 世界に期待するか、世界に期待してないか。

 恩師がヨブ記なんて不条理の極みなテキストにのめり込んだのはまさしく「世界への期待」を前提にした究明欲にあったのではないかと思う。
 「わけもわからず苦難に遭い不条理を叫ぶヨブが、神が出てきただけでなぜかあっさり引き下がる」という腰砕けもいいとこな話を、自分らもバビロン捕囚という民族的苦難をなめたイスラエルの民がなぜ正典として聖書に残したのか。うわっつらだけ見ればヨブ記はただのわけわからん不条理劇だが、実はよく分析すれば、神の存在と悪の存在に対する極めて深遠な考察がヨブ記には秘められているのではないか。……と、恩師はヨブ記が書かれた理由、ヨブ記記者がヨブ記に織り込んだ思想に積極的な意義を見い出し、研究を重ね、実際そこから敷衍して様々な定説を覆す発見をし、今日に到っている。

 どうやら俺はそこんところがものすごく冷淡すぎるんだ。
 期待することに疲れ果てたダメにんげん。
 そのなれのはてですよ。
 もう少し真面目だったらグノーシス主義に走ってたところですな。
 実際に、真面目だったせいでグノーシスみたいなもんに走った人を知ってるし。
 世界に期待してない人間が、世界に期待してない人間を、世界に連れ戻せるわけないですよね。
 ミイラ取りがミイラになんなかっただけでもめっけもんですよ。
 おっとこれ以上はこんなウェブ日記には書けねえー。
 「愛の正反対は無関心です」とはよく言ったもんで。

 そしてヨブ記では、苦難に対する「WHY?」をおそれおおくも神ヤハウェに問うたヨブではなく、そんなヨブを「神に是非を問うとはあのここな不信心者め」だの「えらそーなこと言って実は知らないうちに悪いことやってたんじゃねーのか」だの「てゆうか罪のない人間なんていないし」だのと大上段から非難し無理矢理ヨブの苦難に理由をこじつけようとした友人たちのほうが、最終的にヤハウェからダメ出しをされているのである。お前ら敬虔ぶって知ったふうなオモシロ世界観披瀝してんじゃねえよお前らこそヨブに謝れゆるしてもらえとりなしてもらえと。
 衛藤ヒロユキが『魔法陣グルグル』第14巻151ページで、「勇者の力」を「世の中に『おかしい』と言える勇気」、世界にツッコミを入れる勇気と定義していることを想起させられる。ヨブ記からグルグル想起するのは俺だけですかそうですかすいません。
 ちょっとやそっとでツッコミに倦み疲れていては勇者にはなれない。
 そして、現実に苦難に直面する者にとっては、苦難の教条主義的説明づけなど何の慰めにも解決にもならない。
 世界にツッコミ続け、世界に問い続け、世界との緊張関係を持続すること。そのために、世界を見つめ続け、知り続けること。
 世界に関心を持ち続け、世界を愛し続ける気力。
 俺は恩師から、一番肝心なものを学びそこねてしまっていたようだ。
 それが分かっただけでも、今日のこの煩悶は無駄ではないだろう。

 泣きながら帰り、泣きながら田無のロッテリアでDXバーガーセット食らって帰宅、泣きながら日記を書き。バカルディ75.5度のミルク割りをしこたま飲みながら2400から2600まで嘘屋チャット。寝る。
2月24日(金)


 残るは
 この荒川静香独りか…
 だが
 頂点に立つ者は
 常にひとり!

 (バーン)

 荒川だけでなく3人ともよくがんばったと思いますよ。1人もメダルが取れなかったら「だから真央真央を出せとあれほど」とかなんとかものすごいバッシングが吹き荒れること必至というプレッシャーの中で。いうなればQちゃんが出なかったアテネ五輪女子マラソン状態。さしずめ荒川が野口みずき役ですか。
 すっかりおミソ扱いになってしまった安藤だけど、「四回転ジャンプ」をエサに荒川村主のぶんまで一身に民草の注目とプレッシャーを背負い込んだ安藤のアシストは高く評価していいのではないかと個人的には思うのですが。っていつからフィギュアって団体競技になったんだ。

 『聖獣学園』観る。のっけからカトリックの修道院でレオ・ハスラーのコラールがBGMに流れるのはどうかと思う。ひえだ先生やきのこさんが観たらもっと笑い死ねるだろうな。踏み絵放尿シーンに「あ〜あ〜♪」って入った時は俺も死にかけた。でもこう見えて実は長崎原爆と神義論が出てきたり、深いテーマをエロバイオレンスの言い訳にしてて驚く。

 あたまいたいのにネタ作ったりビデオ観たり熱心なことである。
2月23日(木)
 恩師の論文集引き続き。5年前に聴いた講演も収録されていたのだが、改めて読むと全く記憶にないことが書いてあって、あーやっぱ5年前の俺は大バカだったんだーと落ち込んでいたら、よく見ると「本論は元の講演を4倍に書き足したもので云々」と補足あり。おどかすなー!!

 今作ってる本に出てくるアウグスティヌスの引用がどの部分なのか探そうと思い、帰りに図書館寄って『告白』一気にとばし読み。我ながらヒマなことを。
 アウグスティヌスの想定する「悪」ってのは、ヨブ記で語られる「悪」のように「苦難」を伴うものではなく、むしろ「快楽」のほうなんだなと分かる。この各々の「悪」概念をベースに「悪」の問題を考えちゃったら、ヨブとは話が合わんだろう。オタク論者が各々の「萌え」概念をベースに「萌え」を語ろうとしてわけわかんないことになっちゃってるのと同じような状況に。
 その図書館のそばでビデオ店が閉店セールしてたので、『聖獣学園』ゲット。どあほうめ。
2月22日(水)
 ねこわき【猫涌】:
 二十四節気とかと全く関係なく勝手に作った俺歳事記の一つ。裏通りに猫が地涌の菩薩のごとくわらわらわいて出てきてそこらでごきげんにむにゃむにゃ日なたぼっこし始めるうららかな陽気の到来を表した春の季語。

 というわけで今日はねこわき。
 昼、タントタントでカキとホウレン草の和風スパたいらげて、てくてく路地を歩くと大抵の日だまりという日だまりに猫がいるというぐらいの猫日和。
 あっちの玄関先で三毛がゴロ寝、こっちの芝生でも茶虎と白黒が固まって寝てて、ひょいと目を上げると民家のひさしの上にもヒマラヤンの雑種ぽい中途半端な長毛のチョコレート色混じりの白がにょーんと伸びてて。
 普段はスタスタ歩くほうなんだがこういう日はついつい歩みもブラブラしがちなのは歴史的必然ですよ因果律の鎖からは逃れられないですよ。
 ああ至福のひとときー。
 にゃー。

 その一方で人間界はゴタゴタと。あほな飛び火までしてもうトホホな状況。黒幕は安全圏内で日夜内心爆笑していることだろう。何を考えてんだか。

 帰りに中古CD屋で道草。ふたごの絵が書かれたジャケットを見つけ、もしや買いそびれた『フィギュア17』のサントラではと思ってドキドキしながら手に取ったら『双恋』でガッカリ。
2月21日(火)
 今週末、卒論見てもらった恩師(旧約聖書学のすごくえらい人)の最終講議がある。それまでに一応目だけでも通しておかねばと、2年前買ったまま積ん読してた恩師の論文集を再び掘り出し読んでみる。
 買った当時はさっぱり分からずちっとも進まず1週間かそこらで放り出したのだが、今朝はなんだかよく分かる。職場の最寄り駅に着いた時には、2年前挫折した地点を数十分かそこらで通過していた。帰りに続きを読んでた時など落涙しそうになったほどだ。
 おかしい。
 2年前からそんなに頭よくなってるハズはないしこの分野の専門的な勉強したわけでもないのに、どういうことですか。ナルニアの空気を吸ったせいですか。まあ明日はまたわけが分からなくなってるかもしれませんが。たまたま脳の配線が繋がる期間にぶつかっただけかも。
 いやしかしヨブ記は一筋縄じゃいかねえ。恩師ほどの知性が院生の時分から一生がかりで取り組むだけのことはある。1000年がかりで練り込まれた旧約聖書テキストはあなどれない。150年かそこらでできた新約聖書がそれだけウスいと言うつもりはないが、旧約の持つ巨大な背景もおろそかにしちゃいかんということ。キリスト教徒は新約聖書ばっか読んでないで、もっと旧約聖書の深さ・おそろしさを正面から見据えてそこから学ぶ余地が大いにあると思う。アンチ基督教の皆様も「聖絶」とかオモシロ律法とかツッコミやすい所ばかり注目してないでさあ。気持ちは分かるけど。

 チヅオちゃん「公判能力あり」の診断。毎日一生懸命大小便もらし続けたそんしの努力はいったい。アレで公判能力あるなら、「なし」と認められた和製メンゲレ・安部英センセイの痴呆具合はどんなもんだったんだろうと。アレを超える醜態となると、口からうんこもらすぐらいの芸でも見せたのだろうか。どんな人間ポンプだよ。
 そのかげで、和光大学に「アーチャリーに30万円払え」との地裁判決。アーチャリー側の当初の要求額は350万円だったことを思えば目グサレ金ですな。それより双方の訴訟費用の分担のほうが気になる。
 ロリコン教祖・金保に懲役20年。こちらは京都地裁。
 つくづく、C.S.ルイスの『さいごの戦い』はある意味「バカ宗教対策マニュアル」としてよくできていると思う。バカ宗教(この場合の「宗教」はもちろん狭義の宗教だけでなく思想信条イデオロギーまで含みます)が及ぼす害悪が余さず描かれてますぜそれこそエグいほどに。そして、欲や何やでなしに真心からバカ宗教にハマった(ハメられた)まま死んだ人は救われるのかどうか、という究極の問題まで。ああおそろしい本だ。

 75.5度のバカルディはさすがに生で飲むと舌が溶けそうになるます。ぜんぜんなくならんな。ラムコークにでもしてガブガブ処理すればいいんだろうが、最近夜中にコーラ飲むと翌日の消化器系の調子に響くようになったもので。有川先生より虚弱な人間てのもいる所にはいるんだなあと。ラ王も食べてないし。
 よし、そろそろ回ってきたから寝よう。ちにゃ〜。
2月20日(月)
 メールに雑誌にどったばた。昼、一歩で焼肉定食。夜は神戸屋パン。

 「千代大海」と「桃白白」ってちょっと似てる。
2月19日(日)
 最近話題のデンマークのムハンマド風刺画って、実物を見た上で怒って騒いでデモとか放火とかやってるイスラムビトさんは、あの中に何パーセントいるんでしょ。俺でさえまだ見てないのに。それともモスクにでも行けば見せてもらえるんですか? 掲示板にバーンと貼ってあったりして。んなわきゃない。
 元のテキストにあたりもせず、マスメディアに流れる情報だけでケシクリカランと怒髪天モードに達し暴れ狂うオッチョコチョイは世の中のけっこうな割合を占めている。こういう人々がいるかぎり、いくら「情報化社会」が進歩しても決して世界はボーダーレスにはならないと思う。かえって、情報の上っつらだけが拡大再生産されて、暴れたい人がそれを口実に暴れて、騒動が収まってもうらみやシコリだけは残り燃え燻り。その繰り返し積み重ねにしかならないと思う。元のテキストにあたるまで判断留保できるほど醒めていられる人間は、ほんのひとにぎりの恵まれた層だと思う。
 そして、現物も見ずに白黒はっきりしたコメントを求められる識者の皆様も大変なお仕事だなあと思う。外れた時に浴びせられる罵倒は競馬予想師の比じゃないもんな。ああコメンテーターじゃなくてよかった。

 0845起床。『ガッシュ』はついに原作を追い越す。最初の「がっしゅべる♪」の声も吉田に換装? 『マイメロ』、ゲストの北岡悟選手、素人なりにけっこうノリノリで演技しててイイ。教会行って帰って荷物持ち替えて特急乗って有明へ。1400ビッグサイト入り。1時間半だけコミティアを堪能。
 すごい久しぶりに『巫女水着』のサークルさんが店出してた。「『と学会年鑑BLUE』に紹介された巫女水着です!」と看板も出てた。新田さんはたぶんいいことをしたんだと思う。
 『変質者研究』という本を買った。その本持ったまんま【ジャポニカ自由帳】のブースで立ち読みしてると、小坂先生と重野先生が本のタイトル見てすごくツッコミたそうにしてた。
 帰りに腹減って、久々に武蔵関「TEXAS」に寄る。TEXASと言いつつ最近は安全安心オージービーフを使っているがそれはまあしょうがないよな。とにかく肉ーっとしたものが喰いたかったのでカウボーイステーキ定食250gサラダごはん味噌汁コーヒーつき1260円(味噌汁にツッコミたい気持ちは分かりますがおさえてください)。コストパフォーマンスはいいが血っぽさが強い。でもマスタードをにゅるんと絞ってステーキ醤油もぶっかけて食すと血の味が中和されてあーらマイルドに。さらに今日はもう予定がないので遠慮なくすりおろしニンニクもどばどば。ああ合唱やめてよかった(笑)。
 運動して栄養もとったのであとは休養だーってことで、肉消化するのを待ってさっさと寝る。
2月18日(土)【ここまでは2006.10.14更新】
 1000起床。「シュミ特『黄金の法』」『翔ちゃん空をとぶ』評(収録された学会誌が売り切れたので)をサイトにUP。まだ在庫のある学会誌の収録作はどうしようか。版元に問い合わせは必要だな道義的に。

 トリノ五輪の日本選手大活躍ぶりはすさまじい。ソルトレークシティもいいかげんすごいもんだったが、2大会続けてのこの凋落ぶり。ここまでくると逆に長野のメダルラッシュのほうが何だったんだという話になる。
 もちろんジャンプ競技は長野のアレ以来胴長短足ちんちくりんの日本人体型に不利になるような欧米主導ルール改正が行われたせいという泣き言が通用するが(原田の200g失格もその一環だな)、スノボとかモーグルとかはそんな言い訳もできん。なんだあのオモシロ絶叫ビッグマウス兄と尻強打妹とか。
 里谷多英なんかせっかくマスコミ各社が六本木おっぴろげジャンプを不問に付して挙国一致応援モードで送り出したというのに、こうなると手のひら返しが怖くておちおち帰国もできないだろうな。フジテレビでの立場もせつないことになりそうだ首のあたりとか。ああ怖い。
 同じく各社が(こないだまで真央真央大合唱してたくせに突然思い出したように)応援してた安藤美姫なんか、試合前からお通夜のような顔というかむしろ自分がさっき棺桶から出てきましたみたいな顔でインタビュー受けてましたな。メダル逸したらもう後がない今度こそ浅田に食われる嗚呼CM収入その他がと分かってるのか。気の毒だよう。みんなそんな4回転4回転言うなよ。自分らは安全地帯にいながら他人にはチャレンジチャレンジ要求するのはどうかと思うぞ。そんなに言うならもし失敗しても絶対文句言うなよ。

 五輪時期になるたびに、ああ人間スポーツ選手にだけはなるもんじゃねえなあと痛感するのである、すくなくとも日本では。遠征やトレーニングの資金を稼ぐためメディアの食い物にされ勝手に庶民の期待を背負わされそのわりに金メダル取っても生涯一族郎党がウハウハ暮らせるほどの年金をいただけるわけでもなくプロになるほどの受け皿もなくだいいち選手生命は平均寿命に比してあまりにも短い。安定した生活を望むならサラリーマンになったほうが早いしラクですよ。
 「過去の栄光」なんかクソの役にも立たないぞ。自分の業績を宣伝すると図々しいと叩かれる日本人特有の奥床しい美意識はいいが、その美意識は、「本人が主張せずともその人の業績をずっと覚えて評価できる教養と感覚」に裏打ちされなければいけないような気がする。しかし情報過多刺激過剰の現代においては他人の業績などいちいち覚えていられねえ。
 かくして、技に自分の名前がつくほどの偉大な金メダリストがバラエティ番組で芸人にイジられ、スピードスケート銅メダリストが松坂のロケットおっぱい逢い引き駐車違反の替え玉で警察に出頭させられ、という野蛮国ぶりは21世紀の御代においても変わることはない。この分野においてだけは北朝鮮のほうがはるかに先進国だ(笑)。
 しかし10代でピークを迎えちゃうスポーツに人生賭けられるアスリートって、ある意味すごく尊敬します。残りの余生をどうするんだろうと。岩崎恭子なんか、「今まで生きてきたうちで一番うれしい」と言ったあの日に心臓マヒでポックリ死んでいればどうだっただろう、と考えたことが今まで何度もあるんじゃないか(たとえば写真集の撮影している最中とか)と思う。文化系にしろ体育会系にしろ、日本は報われにくい国です。一番ラクなのは凡人。

 ともかくこの「大活躍」を受け、国内ではすでによその国のスター選手に萌える傾向があちこちで見られる。このままではいったい何人の日本人が魂のグリーンカードを取得してしまうかという勢いであるが、結構なことだと思う。
 こないだのW杯ん時にもきゃーベッカムー素敵ーきゃーロナウドー直立猿人ーきゃーカーン様ー食い殺してーと日本以外の選手やチームに萌える非国民が大勢現れたように、自国の選手に声援を送ると同時によその選手の美技にも目を配り素直に称讃できる心の余裕、これはまだ我が国の人民が偏狭なナショナリズムに染まりきっていない自由な精神を保持している証左ではないかと。産業レベルではやたら海外モノに飛びつくのは内需を減少させ国内を環流する富をやおら流出せしむることになるが、スポーツぐらい一流のプレイに素直に飛びついたっていいじゃんかと。
 よきプレイには敵でも拍手を送り、ダメなプレイには味方でもブーイングをくらわすロッテファンのような感覚でスポォツを観られるうちは、まだ日本は平和ですよ。
 まぁ冬季五輪にはあんまし仲悪い国が出てこないというのもありますけどね。

 さああの変な穴あきメダルは1枚ぐらい獲得できるのか。ぜひどっかの局に、アレをDVDドライブに突っ込んでみる実験をしてもらいたいのですが。五輪NG集の動画とか収録されてるといいにゃー。

 夜、『ナルニア国物語』全7巻、やっと読破。去年読み始めて、4巻のアダムの子らとにがえもんが地底禅問答でタブラカされ中というすごくいい所でコミケ原稿のため中断していたが、先日やっと再開。ツンデレ萌えの5巻、厨が厨を呼ぶ6巻、ナルニアのマユーランド((C)俊俊さん)並みに脆弱なシステムが暴露された最終巻ときて、帰宅後最後の数十ページを一気に。
 なんだ「影の国」ってそういう意味か。プラトンの「洞窟の比喩」のアレか。エーメスがあっちに行けたシーンには不覚にもほろりと来ました。「カルト信者の救い」を考えるひとつの指針ですな。電車で読まんで正解。つか、この「さいごの戦い」というお話自体がバカ宗教の害毒の比喩になっている。バカ宗教にひっかかったせいでもう本物も何も信じられなくなった小人とか。
 うん、寓話もここまで鋭くイジワルだと悪くないですよ。
 人間のドス黒さを見抜き知り抜き描き抜きつつそれでも性善説を信じるルイスはいい奴かもしんない。
 すくなくとも出版社の立場からすれば、ルイスは絶対いい奴です。毎年1冊定期的に売れる本を書いてくれる著者はいい著者ですよ。執筆遅れに遅れまくった挙げ句超厖大なファンタジー書き上げて(しかもその冒頭には自分で創造した種族の民族学的解説がダラダラ続き)、その上さらにややこしい前史まで書いて、全部一緒に出版しると強要してダダこねるルイスの某同僚よりも(笑)。前にも書いたけど、あの教授とは絶対一緒に仕事したくねえー。
 しかし、同じ神話フェチながら、転向無神論者のルイスがあんな健徳的な児童文学書いて、そのルイスをオルグした生まれついてのカトリックのトールキンは「アイヌリンダレ」だの「クウェンタ・シルマリルリオン」だの電波偽書作りに血道を上げるんですから、まことアダムの子らは複雑怪奇。

 そして、「うまやの内側は外側より広い」ってモティーフ。もちろんルイスはキリスト教的世界観(でもあり死生観でもあり)のことを言っているのだが、魂の汚れきった俺はどうしても別なよけいなことを連想してしまう。
 「我が妹スーザンは、もはやナルニアの友ではない。昭和アニメや特撮の話をしたり、なにか怪獣に関係のあることをしたりしようと思ってスーザンを呼んでも、あの人はただこういうだけです。『あら、なんてすばらしい記憶をおもちなんでしょう。ほんとに、わたしたちが子どものころによく遊んだおかしな遊びごとを、まだおぼえていらっしゃるなんて、おどろきましたわ。』って。」
 とか(笑)。……でも世間様からすると、と学会って、「オタクはオタクだけでやっていくさ」と何も信じず全てを疑い、気分次第でウヨにもサヨにも矢を射かける小人の集団に見えるんだろうな。全然そんなんじゃないと言うのに。

 『世界ふしぎ発見』、奇しくもちょうどC.S.ルイス特集。もっとトールキンとのイチャイチャ愛憎とか出るかと思ったがそのへんはウスいウスい。それよりTVらしくオクスフォードや北アイルランドの風物を観せるのに重点。これはこれで良し。

 コサキン聴きつつ眠りにつく。
2月17日(金)
 ホリエモンショックでいよいよ強運もここまでか、と思われた小泉政権だが、ここにきて民主党が自爆テロ、いやただの自爆をかましたらしい。ほんとに運がいい。
 もちろんあのファックスが事実としたら、立証責任は言い出しっぺの永田寿康議員にある。「『ない』ことの証明はできない」という「悪魔の証明」の原則に則るまでもなく、今日の立証責任おしつけバトルは自民党の言い分のほうが通ってると思う。普通、核爆弾級のネタが入ったらぜってー出し惜しみなんかせずいきなりグウの音も出ない動かぬ証拠を公表するだろうに。なんだか去年のNHKvs朝日みたいなウヤムヤになりそうなフラグがビンビン立ってます。
 あんのじょう永田クンからは新しい証拠は何も出てきやしないし。実はソースが2ちゃんねるとかだったら大笑いなんだが、本当にその可能性もありかねないから怖い。「円谷プロに勤めてた漏れのおじさんがアポロの時期渡米してた」ってガセを無批判で信じちゃったセキガクもいることだし、ありえない話ではない。あーあ。
 その永田クン、Wikipediaにも虚言の前科が載っていた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E7%94%B0%E5%AF%BF%E5%BA%B7
 こっちは他の前科……?
http://blog.goo.ne.jp/friendpark/e/fc72c3c1949f3859e91b1ea8c631018b
 「学会員の仕組んだ釣りカキコに釣られた」説にスーパーヒトシ君人形。

 きのうの会議の精算、きのう打ったエクセルデータの整理、雑誌執筆陣への連絡メール、などやったら1900過ぎる。昼食、紅梅で手羽先と大根の煮物。夕食は神戸屋パンで済ます。
2月16日(木)
 朝から会議の準備。1100から会議。会議自体は1400にはさっさと終わってしまう。わぁー。
 委員の先生一人に残ってもらって、それからもう一人先生呼んで、新企画の打ち合わせ。1時間ぐらいで済みますと言っておきながら1800過ぎまで3時間にわたり拘束する大うそつき。でもだいぶ進んだぞ。さっさとやってしまいたい。つくづく、他の実践的な分野よりもこういうマニア系の分野のほうが性に合うなあ。普通の人は逆に実践系分野を好み、こっちはジンマシンが出るものなのだが。このおかげで俺はクビにならずにすむのである。
 忘れないうちにエクセル打って、気がつくと2100。フォ〜〜〜;
2月15日(水)
 しごとしごと。
 帰り、『魔術師のおい』読了。「創世記」というか、いろんな伏線が明かされる話。アンドルーおじサイコー(笑)。実写版ではぜひ前半はアンディ・ウォーホル、デカ女ロンドン降臨以降は有川周一のダブルキャストで。ところで、あのトールキンを「パクリだ」と怒らせたのはひょっとしてあの「二つの木」ですかと短絡的に邪推してみたり。それとも普通に「指輪」? でもそりゃ「どっちも丸い。以上」で済むはずだし。うーん、やっぱ「音楽で創造された世界がすぐに堕落するとこ」かなあ。あれでデカ女がメルコールのごとく横からホゲ〜〜って不協和音奏でたりした日にゃ教授即刻訴訟もんだったでしょうけど、さすがにルイスもそこまでそのまんまはできませんでしたか(笑)。
2月14日(火)
 Quick嘘屋にバレンタインデー粉砕とかなんとか毒怨念てんこ盛りの漫才原稿を投稿しておいてナンだが、昼、さるやんごとなき方の奥方様からまんまとチョコもらう。わわーい。もちろんホワイトデーのお返しがわりに元モナミだったお店で豪華ランチを馳走してさしあげました。
 帰ってから裏切り者の名を受けてすべてを捨ててチョコ食ってますもぐもぐ。さすがモロゾフ、いつも常食にしてるでん六の個装ピーナッツチョコ300g小売価格478円安売時298円(別名:体脂肪率増加装置)とはひと味もふた味も違いますよもぐもぐ。

 どうしたもんか昔から仲良くなるのは人妻とか彼氏持ちの女ばかりで、これまでの人生航路フリーの婦女子にモテたためしがついぞない。そういえば某学会で懇意にさせていただいている女性会員の方々もあ〜あ〜あ人の妻〜♪ばっかりだあ。職場でも結婚前はほとんど喋りもしなかったのが結婚してから妙にウマが合いだした同僚とかいるし。
 思うに俺が人妻に全く興味がないからかもしれない。いや何かの巧妙な情報操作とかでなく本当に。宗教的理由とかスーパーエゴの作用以前に、たぶん他人との競争取り合いコンフリクトの類を極力忌避する根っからのヘタレ気質に起因するのだろうが、いや見事に興味がない。

 こないだニューズウィークで読んだ話だが、なんかゲイの男友達を欲しがる女というのが結構いるらしい。それはすごくよくわかる。女友達のように変な駆け引きとか人間関係も齟齬とかもないし、ストレートの男のように突然恋愛対象にされて言い寄られたり押し倒されたりってウザいこともないし、そりゃ気を遣わなくてすみますわな。逆に男はビアンの女友達を持ちたがるかと言うとそんなこたないだろうしそもそもビアンのほうが男なんか友達としても関係持ちたくないだろうし。
 それに近い心理なのではないかと。
 当方のそういう嗜好を敏感に(それこそいわゆる「女のカン」とかいう非科学的セブンセンシズで)嗅ぎ取るのではないかとそんな気すらしてくるのだここまで徹底すると。

 いやそれにしても、人間を所有物扱いすると失礼な上に葉隠覚悟に因果を極められそうだが、「他人の持ち物」一般に対してウラヤマシイとかネタマシイとかオレモホシイとかそういう気持ちがさっぱりわいてこないのである。自分でも呆れるぐらい。
 だからこそ貧乏人の家庭に生まれながら経済的コンプレックスを抱かず育ってこれたのだろうと。
 生徒名簿の「親の職業」欄に社長だ会社役員だ医者だ弁護士だなんてのがズラズラ並ぶようなアホボンだらけの私立男子校に進んで、普通のガキだったら周りに影響されて親の財布から金盗んででもドバドバ金かかる娯楽遊戯に血道をあげるものだがさにあらず、バザーで買ったツンツルテンの制服平気で着て歩き、旅行にも行かず映画も観ず服も靴も楽器も買わず、余裕で18歳以上に見える老けヅラに恵まれながら当時一世を風靡した「くりいむレモン」も借りずいやそもそも家にビデオデッキというものすら存在せず、金のかかる趣味に走るクラスメートを尻目に毎月2000円のおこづかいをOUTとファンロードと投稿用ハガキにのみつぎ込み細々と人生に楽しみを見い出し(なんたって「言葉」ほど金のかからぬ娯楽はない)、大学入って小遣いは月4万円(交通費食費書籍費全部込み)になってからも夏冬の休み以外はバイトする気にもならず、卒論書き始めるまでパソコンも買わず(したがってパソゲーにもハマらず)、金を使わない生活を続け、一般人からもオタクからも距離を置きながら平気なツラしていたわけだ。

 しかしこの「ほしがらなさ」「欲のなさ」は、裏を返せばあくなき向上心の欠乏と同義である。
 金も力も知識も技術もうらやましくない。そんな無欲な生き物がどうなるかというと、経済的には1人以上で生活営めるのかはなはだ疑問な安月給の余りが自然に貯まって年間数円の利息を生む程度の預金がある他は不動産も有価証券類もライブドア株すら一切なし、肉体的には小倉一郎にも秒殺されそうな頭痛持ちの胃腸虚弱の貧弱なボウヤ、知識教養も同年齢の友人知人と比べたらてんで薄く狭く、手には金になりそうななんのスキルも宿っちゃいない、なんだただのダメビトさんじゃないですか。もちろん「相方」とか「家庭」とかもうらやましくないので持ってなくても平気。だからこんな時間に何十分もかけてこんな日記書いていられるわけで。

 今、俺が持っているものは全て天から降ってきたものばかりである。
 生まれつき持ってたもの、ボーッとしてたら向こうから転がり込んできたもの、歩いてたらたまたま見つけたもの、俺の人生そんなのばっかしでできてます。拾ったお砂糖、拾ったスパイス、拾ったステキなものいっぱい、それに拾ったケミカルXをぶち込むと、別にめっちゃキュートでも悪いやつらをぶっとばしもしない毒にも薬にもならんつまらん生き物であるところのアタクシが出来上がるという寸法で。
 つうか逆に自分の力でガツガツして得ようとしたものが手に入ったためしがないんですよ。クラスのみんなといくら仲良くしようと従順を装ってもいじめは止まず、いじめから逃げるため中学受験したら第一志望校は落ち、見初めたあの子にゃ必ずフラレ、就職活動は全失敗、何かのヨコシマな目的をもって重ねた努力がストレートに報われたことなんか一度もございません。これで捕食型の生物に進化しようったって無理な話ですよ。サカサクラゲのごとく逆さに海底にへばりついてぽかーんと口吻開けて冷凍ブラインシュリンプが上からふわふわ落ちてくるのを待つタイプのアレになっても誰が責められますか。いやクラゲならいいけど、人間様としてはその生き方はどうかと。
 俺ほどのヘタレはもう少し「ウラヤマシイ」「ネタマシイ」「ノシアガッテヤル」という欲をかくぐらいでいいのかもしれない。ホリエモンと俺を足して2で割れば、ちょうどいい生き物になるかな。

 ああ天から降ってきたチョコおいしいなあもぐもぐ。
2月13日(月)
 入試シーズンになると馬場のバス停が異常に混むので困る。早稲田、今日は国際教養学部の入試。いつのまにそんなICUのパチモンみたいな学部ができたのか。1100から会議。昼食の間に抜け出し夏コミ申込書投函。夜は食べそびれて、家でカレーヌードルすする。

 社民党が11年ぶりに党是に「自衛隊違憲」を掲げる。それに民主党と読売新聞が「アフォかヴァカか」とかみついてる模様。だが、党の独自色を出すという点では、こうした区別化は大事だと思う。そもそも社民党が没落したのは、その11年前に自社連立政権に目がくらんで「自衛隊違憲」の看板を降ろしちゃって主要支持層たる左巻きの人らに愛想尽かされたのが主原因ですから。
 社民党を批判する民主党だって、今や自民党と同じこと言うだけで、それで去年の選挙で自民党の郵政内紛に呑み込まれて完全に存在感なくしてあの大惨敗を喫したのではないか。それとも、社民党支持から民主党支持に移った左巻き層を奪い返されるのが怖いの?(笑)。
 内の左巻きがメジャー志向で特色をなくすよりはニッチを狙ったほうが商売としては有利だし、なによりメジャーへの批判者がいなくなると困る。預言者的ロールを果たす万年野党は必要だと思う。そこに政権取らせるべきかどうかはともかくとして、議会内で一定の勢力を持たせておく必要はある。大政翼賛会ほどつまらんものはない。特に、国家が危機に陥ると国民は簡単に一方に偏り流されしばし冷静な判断力を失う。そういう時に事象を立体視するためにも、違う意見を揺るがず言い続ける政党はなければならない。共産党とはまた違った立場でな。
2月12日(日)
 今後の展開がどうなるか不安でたまらんが、今のところ『仮面ライダーカブト』はそれなりに普通に観ている。バカ主人公がバカパワーで周囲をひっかき回すバカ話がわりと好きというのもあって。ひょっとしたら特撮ファンがこぞって評価する『シャンゼリオン』ってこんなノリだったのかなー、といつもの当てずっぽうで言ってみる。
 思うに『響鬼』は、緊迫した投手戦を繰り広げていた先発ピッチャーが4回2/3で突然降板させられ、出てきたリリーフがボコスカ打たれて試合をぶち壊したようなもんで。最初から観てた観客はバッキャローカネ返せーとなるのは当然である。しかし最初から乱打戦なら腹も立たない、てゆうか四死球ボコボコ安打パコパコ球は飛ぶ飛ぶスタンドへってな華々しい乱打戦はそれはそれで観てていっそ清々しいものがあるし。
 『響鬼』がもし本物の試合だったら、リリーフピッチャー自身ももちろん内外野観客席より全方位罵声を浴びせられるだろうが、それよりなにより、ああいうピッチャーにリリーフを任せた監督が翌日のスポーツ新聞でボケカス言われ4コママンガで笑われ解任報道すらされかねない。しかし番組途中でのプロデューサー更迭を指示した東映の上層部はあまり個人名が出てこない。なので名前の出る(叩きやすい)新プロデューサー&新脚本家がボッコンボッコンにいじめられることになった。……そんな構図なんだろうなと。
 もちろん今後の『カブト』の展開次第ではいくらでも見捨てる用意はある。いつもの平成ライダーのダメルーティンに陥ったら、『プリキュアSprashStar』に続き『カブト』も録画やめると思う。インドの苦行者じゃあるまいし、もう「観るのやめたら負けたことになる」と我慢しながら毎週クソ試合観続ける辛い日々はたくさんです。

 それはそれとして『マジレンジャー』最終回のすごい展開には腰が抜けますた。ぎゃはースフィンクス様ー!!
 『ガッシュ』。リリーフ吉田は違和感あるなりに徐々に調子を上げてきているが、なにコレこの端折り方と詰め込み方、もしかして3月で終了? そしてサンデーの連載はまだ再開しないの? はっ、そこから短絡的に導き出せる答えは……雷句と大谷が逃避行!? なんたって青山剛昌と高山みなみの前例もあるだけに。「だけに」じゃねえよ。
 『マイメロ』。やっぱ小暮かわいいよ小暮。息もつかせぬ小技の雨あられ。「どういう設定だ」。このテンションを続けてよく脚本演出陣は発狂しないもんだと。

 土日かけて、Quick嘘屋の漫才と、夏コミの申込書。申込書は切手買って投函するまでこれにてミッションコンプリートというわけではないが。はあ疲れた。それにしても毎回申込書はめんどくさい。まあこれは「この程度の書類も満足に書けない注意書きも読めない読まない愚鈍の魯鈍の白痴の禁治産者の窪塚洋介は店出すんじゃねえあっち行けしっしっ」という知能テストの一種なんでしょうな。まあ毎回一番時間がかかるのはサークルカットなんですが。(あの程度のカットで……。)
 明日は会議&プレゼンださっさと寝よう。
2月11日(土)
 0930起床。『ふたご姫』観て、夏コミ申込書とQuick嘘屋漫才原稿同時進行。ひいはあ。
2月10日(金)
 久々に睡眠足り。充実した気力に乗って、新事典企画の臨時うちあわせセッティング。珍しく自分で自分を追い込む。そして追い込まれた自分、必死こいて事典の項目まとめ。昼は紅梅で豚ロース丼。午後も続き。リストを打ち出し監修者へ送りつけ、気がついたら2000。あーもう雑誌の入稿は来週だ来週。エチオピアでチキンカレー食べて帰宅。
 さあ土日は夏コミ申込書とQuick嘘屋漫才原稿だー。お〜〜〜;

 『あらいぐまラスカル』リメイク、って……>。角砂糖じゃなくてひまわりの種でも喰らいそうなデザインです。へけっ。このデザインで原作通り、第1話から母親射殺&一家離散なんてハードな展開だったらそれはそれで子供トラウマもんですが。そういえば最近のアクセス解析、なぜか「ながいけん+ラスカル」という検索ワードが急増してたんですけど、このリメイクのせい?(ながいけん関係ない)

 そういえばなんで幸福の科学がアラン・カルデックの本を出すのか。
2月9日(木)
 ナルニアの旅、『馬と少年』に突入。ツンデレアラビスたんハァハァ。姫様でツンデレでブラコン大作とくるとプリンセスアルテッサっぽいが、さらにボーイッシュ属性まで加えるから大変なことに。萌え殺す気ですかC.S.ルイス先生。泥足にがえもんともども、ぜひ映画で観たいキャラである。しかしアラブ・イスラム世界への西欧の偏見がいろいろ取り沙汰される昨今、あからさまにアラブのオスマン帝国とかあのへんの軍事大国をイメージしたカロールメンの扱いは微妙なものになると思われ。ちゃんと『カスピアン』以後の話も映画化されるのだろうか。いや、第1作も観てないくせにそんな心配する義理はないのだが。

 書評用の本の手配、入稿などなど、いろんな仕事を思い出したそばから同時並行処理しようとしてグバババババとファビョるのがADHDの悪い癖。キレかかる寸前のところで気を取り直して、落ちついて各個標的を箇条書きにしてプライオリティの高いものから撃破していく。昼、スパイシーでビーフカリー食って、馬場下郵便局で夏コミ参加料の払い込みほか。午後も各個撃破の続き。あたまいたい。俺に直接関係することではないがうんざりするような案件もあり、よけいに頭痛増す。1800頃までいろいろ。もう帰ったらすぐ眠りたかったので、天下一品で並こってりすすって帰り、2030にはコテンと寝る。
2月8日(水)
 メールあれこれ片付けたのち、課の人間ほとんど総出で1130出発。元レッドピーマンだった店で空揚げ定食食って、神田・精興社で事典の出張校正。この人数で手分けしても1900までみっちりかかる。
 帰りに新宿紀伊国屋に寄る。『キリストの健康法』探したがやっぱ品切れか。『社会派くんが行く!』2005年版ゲット。馬場のファーストキッチンでベーコンエッグハンバーガーセット。
2月7日(火)
 「ウリジナル」って全部「参考文献:民明書房」とでもしてもらえば笑って見逃せるんじゃがのう。『朝鮮の怪拳・奇拳』とか。

 朝から超寒雪景色。予報は的中。だが昨夜脅されたほどにはダイヤ乱れず。しかし昼には春一番が吹き16度まで上がるという予報のほうはなかなか成就せず、昼もまだ寒。昼食さどで京風煮込みうどん。会議の案内や原稿依頼や原稿整理やなんやかややってると、1600頃やっと南のすごい風吹き荒れ出す。気圧も荒れ、ねむくてもう。
 1800退。新宿に出て、サンリオショップで『マイメロ』DVD6巻7巻一気買い。やんばるでソーキそば。2000過ぎ帰宅。
2月6日(月)
 はたらく。昼、麻の葉でチキンスープカレー。夜、さぼてんのヒレコロッケ弁当。
 明日は朝っぱらから大雪らしい。困る。予報を受け、駅でも「明朝ダイヤが乱れるかもしれませんので時間に余裕持って出かけろ」とアナウンスあり。
2月5日(日)
 0930起床。『マイメロ』観て。日記久々に2週間分ほど更新。
 1630出発。東口の旧UFJのATMが使えるようになって助かる。合併前は駅の向こうの東京三菱まで行かんといけなかった。高井戸で1800開始だから遅刻するかなーと思ったが接続よくちょうど1時間で着いてしまった。
 高井戸地域区民センターにてSF乱学講座。演目は原田実先生「偽史と空想力」。桐生先生河高さん山瀬よいこさん来る。「偽書」の歴史とスバラシサを啓蒙するみごとな文学論。そうか、偽書は史学よりも文学の範疇でアプローチしたほうがオモシロイのかもしれない。

 何度ニュースで「東急イン」と言い間違えられたか知れない東横インのアレ。たぶん「和民」にあやかってモンテローザが「魚民」を作ったような感覚なんでしょうけど、まぎらわしいことこの上なし。社長がいろんな事業にアホほど手を出してるところもモンテローザそっくりだが、単に偶然の類似点を指摘しているだけで他意は特にないので訴えないでください。あそこの社長もそのうち残業代未払で書類送検どころじゃすまない何かデカいことやるんじゃないかとドキドキしてるのだがそれはそれとして。
 んでまぁ西田社長の例の発言が面白いことになって、横浜の中田市長に至ってはもう東横インなんか泊まってやらんもんねーと実質『チョコレート戦争』的ボイコットを呼びかける始末。でもアレは中田市長なんかにコメント求めるからああなるわけで。石原都知事だったらきっと社長に大賛同したんじゃないかと思う。本社は大田区なんだから、誰か都知事にもコメントとってみてください面白いから。レッツマッチポーンプ!!
2月4日(土)
 0800起床。日記まとめたり。0930電話あり。テンション落ちる。「オリビアを聴きながら」じゃのう。
 精神おちつかせようと『魔法陣グルグル』読む。やっぱりあの「ニケ……くん」のシーンはいつ読んでも泣けるよう。
 ビデオで『練馬大根ブラザーズ』観る。……もうお前生きたいように生きろ……だってお前の人生なんだから。いやいいなあ楽しんで作ってるなあこのアニメ。DVD出たらどうしようか本気で悩む。
2月3日(金)
 節分だから、というわけでもないが、朝から純和風ご当地ヒーロー「超神ネイガー」のサイトを見て感動する。なかなかの作り込み具合。29話までの「響鬼」の魂は、こっちに受け継がれているのではないかという感じ。
 それはそうとサイトを埋め尽くす怒涛の秋田語、なんか崇芽侖会長のウチナーグチで埋め尽くされた同人誌を読んでるような感覚に陥ってきてならない。秋田も下手すると沖縄並みに中央から隔絶された「周辺」文化圏だし。文化人類学的に考察すると、ウチナーがあの「黄金戦隊かぼっちゃマン」を作り得た現象となにかパラレルなものを感じないでもないが(敵のほうが面白い点も似ているし)、たぶん気のせいなので忘れろ。ナマハゲといえば冬至に現れ子供を教育する異界の存在で、実はサンタと同根の集合的無意識が生んだクリーチャーとも言われている。……いかんいかん、また早死にに近づくところだった。

 今日は新企画の練り込み。昼、さどで煮込みハンバーグ。
 帰って恵方に向かって泣きながらメロンパンを丸かじり(全国で30人ぐらいしか伝承してない超少数民族の伝統風習)。もう4年だなあ。今でも『コメットさん☆』のことを思い出すとじわりと目から水が出る。『聖書の暗号』p.226の暗号表を独自に解読したところによれば今年は『コメットさん☆』が再評価される年だそうだが(『大宗教学第21号』p.39参照〔※追記:『と学会年鑑YELLOW』にさらに詳しく解説あり〕)、新潮社に言っても絶対相手にされそうにないなあ。はむう。
2月2日(木)
 クリスマス研究書を書くと早死にする仮説。
 『クリスマス小事典』の遠藤紀勝先生は享年62(1940-2002)。
 『クリスマスの文化史』『名作に描かれたクリスマス』の若林ひとみ先生は享年52(1953-2005)。
 もともと「異界への扉」のような祭儀じゃからのう。その深淵をのぞき込むと必然的にこうなるのかのう。「美しきもの見し人は」てやつで。わしも、はや死の手にぞわたされるんじゃろかー。
 いや俺よりも『ローマ史のなかのクリスマス』の保坂高殿先生(1955- )のほうを先に心配するべきですな。

 だーらだらと雑誌仕事。昼、昇龍軒でチャーハン、とギョーザも。1720頃出る。ぶーらぶーらとチャンピオン買い、初めて入った洋書専門の古書店でパイソン本見つけ(1400円)、BIGBOX古本市で『嫌韓流の真実』買って。帰りの電車ではチャンピオン読みふける。「24のひとみ」本格連載開始。やったあ。夕食は神戸屋パン。
2月1日(水)
 雨ざんざか降る中ひたすらアシスタント業に専念。昼、大昌苑で焼肉定食。2000までカリカリと。帰りに桂花ラーメンを雇用主にゴチになる。
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