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| 5月31日(水)【ここまでは2007.1.21更新】 |
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今日も11月刊行本に集中。その合間に昼前、雑誌責了。昼食、三朝庵でカツ丼。帰って西友で出来合いのチキンカツカレー買ってもぐもぐ。 【今日のたわごと】 愛国心が採点されるようになったら、 ギャルゲーの得意な子供は高得点はじき出しそうだよな。 日夜「このシチュエーションではこう答えればウケる」って読む訓練をしてきてるわけだから。 |
| 5月30日(火) |
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朝刊見たら、月刊ザ・リバティの広告に 「ダ・ヴィンチ・コードを楽しむ……解説:荒井献」 なんて出てて死ぬほど驚く。えー、知らない人のために書いておくと、荒井献先生は日本の新約聖書学界では最強最大の大物学者です。もしかしたら「荒井南犬」って別人かと思ったが、「東京大学名誉教授」と肩書き書いてあるからやっぱ本人だよな。ええー(落胆)。 しかしよくまあ幸福の科学が荒井献に原稿書いてもらえたな。幸福の科学出版に元ゼミ生でもいるのか。てゆうか映画『ダ・ヴィンチ・コード』にツッコむヒマがあったら先に映画『黄金の法』のトンデモイエス描写にツッコんでください荒井先生。 仕事。はらへったので昼飯は大昌苑で焼肉定食。1830頃までW先生の持って回った悪文英語と格闘。 帰りに芳林堂でリバティゲット。くだんの記事を見たら、なーんだインタビューかよ。おどかすなバーロイ。しかも荒井献ともう1人いるダブルインタビュー記事。これで「解説:荒井献」なんて広告打つとは、誇大広告もいいとこである。まんまと釣られたわけだがクマー。しかしインタビューだけあって、ところどころ本当に荒井献の発言か相当フレームアップしてねえかと思う部分もあり。 それより2人めのインタビュイーの「古代史研究家」清川理一郎という人がひどい。どうも原田先生の守備範囲の人らしいが。シオン修道会がテンプル騎士団の時代から実在して今でもバルセロナで活動してる、なんて平気で言ってやんの(もちろん「秘密文書」も鵜呑み)。今どきプランタールのウソを知らない「研究家」ってなんだよ。「研究家」は「研究家」でもまともな研究してるわけではなく、飛鳥昭雄やコンノケンイチ系の不思議大好き路線の人らしい。 それよりなにより何が呆れたって、幾多の文献にあたって学説を磨いてこられた荒井先生の話と、『ダ・ヴィンチ・コード』や『レンヌ=ル=シャトーの謎』の受け売りにすぎない清川氏のコメントを、よくも同列に扱えるもんだと。そりゃあエル・カンターレ様の唯一至高の権威以外は屁とも思わない幸福の科学の連中にとっては、キリスト教の新約聖書神学もトンデモオカルト話も等価にしか見えないのかもしれませんよ。でも、こんなのと一緒にされては荒井献が気の毒だ。学士院が泣くぞ。その前に俺が泣くけど。わーん(涙)。こんな記事にされて、秘書は抗議していいんじゃないのか。 しかも荒井先生のインタビューも、記事をまとめた人間の恣意がかなり色濃く出ている(たとえば、基督教知らずのド素人ならいざ知らず、荒井先生ほどの学者が「キリスト教正統派」と「キリスト教原理主義」をほぼ同一概念で使うとは到底思えない)。あの記事から本当に荒井先生が言った発言を洗い出すのは、福音書から真正の歴史的イエスの言葉をサルベージするぐらい困難を極めようw。 ところで、荒井先生の 「イエスが(引用者注:肉体の復活ではなく)霊として復活することを重視するところは非常にグノーシス的なものです」(p.41) ってコメントは、暗に幸福の科学を揶揄してるんでしょうか(笑)。記者も無知だからこれを揶揄だと気付かずにそのまま載せてしまったと。それとももしや幸福の科学はグノーシスを自認しているのか。 なんかこういうの読んでると、『ダ・ヴィンチ・コード』のウンチクを嘘っぱちだとわかってる人たちというのは、実はかなり少数派なのかもしれないなという気がしてドッと疲れてきた。 案外みんな疑いもなく信じてしまってるんだろうなと。そしてそういう人がどっかで「実はシオン修道会も何もみんな嘘だよ〜ん」と知ると、自分がまんまとダン・ブラウンに騙されてきたことを素直に恥じたくなくて「いいじゃんどうせ小説なんだから」とムキになるのかな、と。それで「鵜呑み派」と「いいじゃん小説なんだから派」が多数になり、「ツッコミ派」は圧倒的少数に追いやられると。 それはそれとして今月の「ザ・リバティ」は、別のページに東条英機の霊言(2006年4月27日付)が載ってたりしてなかなかツッコ……もとい、読みごたえ十分ですよ。 『バイブル・ロード』読みながら、徐々に新企画へのモチベーションが高まってくる。もっと増やすべき小項目(つうか極小項目。「パリムプセスト」とか)はあるな。このへんは無知な俺のほうがかえって項目立てやすいだろう。 西友で寿司買って帰ると、夏コミの当選通知が届いてた。日曜日東ヨ39b。「核戦争によるホロコースト」(C)ドロズニンが起きなければ、『大宗教学第27号』が出ると思います。なんとかします。したいです。 ロッテ勝ち。 数日来大騒ぎの社会保険庁の分母減らし工作に、自民党が見解。「長官は悪くない、現場が安直に目標達成しようとしたせいだ、長官批判は野党が指名した首相にケチつけたいからやってるんだ」と。それが通るなら地下鉄サリンはチヅオのせいじゃないし北朝鮮の犯罪も金正日のせいではなくなる。このナリフリ構わぬトンデモ論理を見るに、自民党はほんとに困っているらしい。 【今日のたわごと】 歩きながら本を読んでいるとヘンな目で見られる。 なのに、歩きながらケータイで喋ったりケータイを見るのは当たり前になっている。 不公平だ。 人と一緒にいる時に本を読むと無礼に値する。 なのに、ケータイは無礼ではないらしい。 不公平だ。 いや不公平とかそれ以前のもっと深刻な問題かもしれない。 |
| 5月29日(月) |
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どこかのでかい劇場で、子供たちの演ずる「くるみ割り人形」をぼけらーと観てたら不意にひょいとメガネを取られ、あちょっと誰だコラと思ったら大昔知り合ったナオンで、アレやコレや……という夢。現実世界では「くるみ割り人形」も観たことないし、夢のナオンにも会った記憶がない。たぶん土日のいろんな記憶がごたまぜられたものと。 そんな変な夢を覚えているぐらいだから当然眠りも浅く、日中ヘロヘロ。昼、ティーヌンでトムヤムチャーハンとセンレクヘン食らうがヘロヘロは治らず。こういうダメな日はさっさと帰る。帰ると言いつつ銀座教文館に寄る。『バイブル・ロード』買って、店の人とダ・ヴィンチ・コードとかユダの福音書とかの話。なんか本当に眠い。 眠いのだが、ついついTBSで『下妻物語』観てしまう。思ってた以上にオモシロく、ええ話だった。「オタク」以外にも、日本の誇る独自の特殊文化はあるんじゃないか。ゴスロリとヤンキー。そのへんのエキゾチズムがカンヌでウケたのか。ゴスロリの魂の源流としてロココが持ち出される場面なんか、日本人が『キル・ビル』やショー・コスギのニンジャ映画観るような感覚でフランス人の失笑を誘ったにちがいない。まさかルイ14世もロココがあんな形に解釈されるとは想像だにしなかっただろう。 |
| 5月28日(日) |
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0830起床。『マイメロ』観て1100出る。新会堂のお披露目ということで、古い知人がぞろぞろ来る。友人のM改めNもダンナさんに小さい娘ともっと小さい息子連れ。セレブ妻のわりにこれほど結婚前と雰囲気の変わらない女も珍しい。息子は初対面。 この息子のほうに新会堂のモックアップを見せて、ほれ模型のここに開いてる窓が今この玄関から見えるあの天窓で、と説明してやると、模型に塔屋がくっついているのを見つけ「塔があるのか!」とさっそく模型抱えて会堂の外に出て「実物」を確認して喜んでいる。この未就学児とは思えない的確な空間認識能力にはちょっとビックリさせられる。で、模型持ったまま姉ちゃんと会堂の周囲をたったか一周して間取りや窓を確認しながら「すげー模型と一緒ー」と。この子、IQベラボウに高いんじゃないか? Nもノホホンと子育てしてて別に英才教育施しているわけでもないそうだが、まあ慶応出の脳神経科医と上智出の才媛の間にならこういう基本性能からしてすごい子供が生まれても不思議はない。末恐ろしいお子様じゃのうガクガクブルブル、と戦慄しつつ一家の車を見送る。……と、その車が10分ほどして戻ってくる。「ごめーん、うちの坊主がカバン忘れたってー!」。このくらいヌケててもらわんとわしら凡人の立場がないw。少し安心。 1900帰宅。なんかもう接待やら何やらで疲れて何もやる気なく、ロッテの紅白戦、もといロッテ対元ロッテみたいなオーダーの対読売戦をグダグダ観るのみ。 きのうこんな画像のまま元に戻らなくなったミクシィ画像。さらにまた別の画像に替えたら、やっと1つ前の画像が出てきた。しかしほぼ24時間あの画像が出回ってしまったわけで。以前、やはりオモシロフォトをトップ画像に使っていたら、どっかのあほんだらにチクられたらしく予告警告もなにもなしにmixiから画像あぼ〜んされたことがあるので、けっこうビクビクしている。今のところ、mixiの取締級スタッフの足あとはついてないようだが。おっかないのうあんちゃん。ギギギギギギ。 ついでに「プチトマト」で日記検索をかけたら山ほどひっかかってすごく焦りました。 よくよく考えたら野菜のほうのプチトマトでした。 おしまい。 |
| 5月27日(土) |
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1030起床。トーストかじる。1300から会議。明日のうちあわせ。じーさんがまたいらんことゴネて大変。1440帰。家の自転車置き場にチャリ置いて電車でゴー。 お茶の水のロッテリアで小腹を満たし、中世音楽合唱団定演を聴きにカザルスホールへ。天井に直線で構成された角が一切ない構造にはほれぼれする。うちの近所の公民館がF117ならここはラプターかグレイゴーストだ。さすがに音響は去年のトッパンホールよりもグッド。ここなら水戸茂雄のビウエラのかそけき響きも本領発揮。基本的に貴族のサロンなど小さいハコでの演奏を前提として作られている古楽器は、去年の東京文化会館みたいなでかいホールには合わない。もちろんゲストだけでなく中音の中世宗教曲もイギリスマドリガルもイイーつくづくこれで500円は安すぎるー。最後の「夏のカノン」はパート分けがうまく客席に伝わらなかったせいかイマイチ合わず。 2020帰宅。ロッテ、延長戦を制する。9回裏無死1塁、藤田が牽制でランナー刺して、流れが一気呵成にロッテに傾いた。あれ完全にノーモーション送球だったよな。今季屈指の名プレイになることは間違いない。 シャワーあびて、2200から2600まで嘘屋チャット。その最中に、ちょっとしたノリでミクシィのトップ画像をオモシロフォトに替えたところ、元に戻そうと思ってもぜんぜん戻らなくなってしまった。知人たちの「マイミク一覧」やコミュの「参加者一覧」にそのオモシロフォトのサムネイルが出てしまって身の細る思いにさいなまれる。 |
| 5月26日(金) |
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今日も今日とて黙々と単行本作り。 昼は麻の葉でざしきわらし。隣の席で早稲田の学部生らしき男が先輩っぽい女をミクシィに誘おうといろいろ話している。 2000まで単行本仕事。最近定時に退社しても無駄に過ごすだけだったけど、そうか、帰っても何もする気が起きないなら、ずっと働いていればいいんだ。何かまちがってる気もしないでもないが仕事が進むならそれでよし。エチオピア寄ってビーフカリー食って帰る。帰宅は2130。 ロッテ、読売に大勝。スンヨプ恩返し2点タイムリーエラーw なんか「5月25日に彗星が地球に衝突する」とか言ってたおっさんがいると聞く。 http://homepage3.nifty.com/sky55/index_files/comet.htm > ジュリアンは、「この情報をもっている各人は犠牲となる可能性の > ある者に警告する責任を取らなければなりません。」と結論づけて > いる。 ってどこのチェーンメールですか。 しかもそんなんで株価が下がるとは。 http://www.zakzak.co.jp/top/2006_05/t2006052302.html ア●フルの株価が5000円台に急落したのもこのせいか。 【今日のたわごと】 かつてオウムフィーバーで軒並み躍進した一般週刊誌の販売部数が21世紀に入りどーも落ちているらしい。特にキオスクなど駅売りは著しい落ち幅だそうで。ウチは週刊誌なんぞ出してないのでよく知らんが。 若者の活字離れとかケータイ依存とかいろいろ言われてますけど、なんとなくこの現象は、新聞の部数減とリンクしているような気がした。あ、もちろん例によって帝国データバンクなり野村総研なり社会調査研究所なりから引いた確固たる数値があるわけでもない、大谷昭宏センセイの「フィギュア萌え族」発言にも劣る完全なる脳内当てずっぽうですが。 定期購読してない普通の消費者は、どういう時に週刊誌を買うか。言うまでもなく、「面白そうな記事が載っているな」と思った時ですね。 では消費者は、どの週刊誌にどんな記事が載っていることを、如何にして知り得るか。どこで週刊誌の中身を知るか。2ちゃんで祭りになったりあちこちのブログで笑い者にされたり、という経路で情報を得る場合もありますが、やはり目次を総合的に把握できる(そして比較的目につきやすく情報検討の余裕もある)場というと、新聞の広告に勝るものはたぶんないと思います。 逆を言うと、新聞広告以外に、一般市民が週刊誌の中身を知るにはどうしたらいいんでしょうか。電車の中吊りは電車に乗る人しか観ないので主婦や老人やヒッキーやニートには無効。ネットでいちいち各雑誌の目次を調べることもできるが、実際問題としてそういうヲチ商売してる人でもなければそんなヒマなことはしない。実質、パソコンやケータイを媒介とすることは期待できそうにない。あとは店頭で実際見るしかない。 そんなわけで、定期購読を除く週刊誌の売り上げって、新聞広告への依存度がかなり高いんじゃないかとすごく思うんだが。だから週刊誌はどんなに大新聞の悪口をボロクソ書こうとも、当のその大新聞への広告出稿を差し止めることはないのであるな。「お前らそんなに朝日が嫌いなら広告出さなきゃいいじゃん」と思う雑誌がいくつも普通に広告出稿してるのはそういう事情がある。 現に俺自身、週刊誌の購買動機として最大のものは新聞広告ですから。先週も週刊文春の広告に「神達彩花ちゃん奇跡の生還」みたいな記事が載ってたの見てつい買ってしまいました。よりによって同じ週とはなんて間が悪いんだといたたまれない気持ちになりながら(←じゃあ買うなよ)。そういえば去年千葉マリンスタジアムで募金してた千葉市の男の子はどうなったのだろうか。それはともかく。 で、(絶対ニュースにはならんが)新聞の購読数がどえらい勢いで落ちていると。これも確固たる数字はないし新聞社はまず出そうとはしないが、勧誘員や集金のおっさんあんちゃんからイロイロ聞き出すところを分析すると(泣き落とし要素を差し引いても)、部数減の被害を直接ひっかぶる現場の新聞販売店は本当に死にそうらしい。 そうなると新聞広告に宣伝効果を大きく依存する週刊誌も一蓮托生とばかりに部数を減らすこととなる。 バブル期とあまり変わらん広告費を取られながら(新聞の公称部数は新聞販売店に買い取らせた部数でカウントするため、実際の契約件数がガタ落ちしても「部数」は微減程度に抑えられ、したがって広告料金もそんなに下がっていない)広告効果を期待できない週刊誌版元も大変である。 どんな面白い記事が載ってても、どんな「釣り」タイトルをつけても、それを消費者の目に触れさせることができなければなんの意味もない。 新聞に代わる別の効果的・機能的な広告媒体を開拓しなければ、一般週刊誌市場に未来はないと思う。もしくは、もっと新聞をもり立てるキャンペーンを各出版社合同でどーんと打つか。 給料高い一流新聞社様やTV局様に入社できなかったルサンチマンを晴らすかのように朝日やら何やらを親の仇のごとく罵るのもいいけど、寄生虫は宿主死なせたらおしまいですし。 もちろん週刊誌の部数減には、よく言われる「ネットの普及による紙媒体の重要度の低下」という要素もある。しかし現状は「週刊誌を金出して買わなくなった」というだけであって、「印刷された記述に対する信仰」自体は薄れてないと思います。週刊誌&新聞の売上減は、決してメディアリテラシーの賜物ではありません。現代人の批判精神がそんなに成熟してたら、トンデモ本はあんなに売れてませんし白インゲン豆の被害もこんなに出てません。 売れ行きは落ちても、権威までは落ちてません。中身の信用と購買活動はまた別の話で、ネットニュースに「週刊●●にこう書いてあった」と出れば、けっこうみんな信用しちゃうもんです。たぶん今、週刊現代の元の記事を読まずに「細木数子は悪人」と思ってる人は山ほどいると思います(先々週までは『ズバリ言うわよ!』とか本気で感心しながら観てたにもかかわらず)。まあ元々ウサンクセエという思いがあればこそ、それに適合した情報を無批判に受け入れるわけですが。 そして、「紙媒体が売れなくなった」というのは「紙のマスコミが情報をコントロールできなくなった」ことも意味する。元の記事を読まず、ブログの伝聞情報(最初にブログに書いた人間のバイアスがかかってるかもしれない)をネズミ算式に増幅させてしまうという点で、よりタチが悪くなってきたと思います。「情報の一人歩き」が以前よりも甚だしくなったというか。 つうかもともと、一次情報を恣意的にゆがめるのはマスコミの専売特許だったのが、今はマスコミの二次情報をさらに市井のブロガーがねじ曲げ、井戸端会議による多数決で情報解釈を行うから、より制御しにくくなったというか。昔は無風状態でばっすんばっすんドライバーかっとばしてたのが、現在はフエゴ島でゴルフやってるようなもんで、打った球がどこへ行くのか打った本人にも全く分からない「前に回ってボールに聞いてくれー」おあとがよろしいようでーな状況。 今後、情報操作はどんどん難しくなっていく。「小人は小人でやっていくさ」(C)C.S.ルイスな連中が思い思いにひっかき回して「俺たちは支配されねー」とか得々としつつ状況をさらに無責任に無軌道に混乱させていく。落としどころを考えていないから始末に悪い。……地球はどうなる。 |
| 5月25日(木) |
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朝食の焼きたてピザトーストを裸足の足の上に落とす。それもマーフィーの法則に従って熱々チーズの乗っかったほうを下にして。ぎあー(悲鳴)。そしてとろけるチーズがねばねばしてなかなか足から取れず。ナパームの原理であるな。 古本屋で、第三文明社の河野義行さん本というヘンな取り合わせの本を見つける。予想通り「報道被害がどーのこーの」と創●学会の我田引水に終始。こういうことに河野さんをダシに使う●価学会には怒りすら覚える。いやひょっとして河野さんって学会に折伏されたのか?と、いらん邪推までしてしまいそうだ。 『聖書の暗号3』、先日調べた時は「6月発売」となっていたのだが、今日見たら「9.11」ならぬ「11.9」までズレ込んだぞ。そんなんじゃ「原爆によるホロコースト」に間に合わんぞ。予言ハズれかけた年末にノコノコ出しても売れ行きは見込めないぞ。何やってんだドロズニン。うーん、夏のと学会誌のネタにしようという皮算用がもろくも崩れてけっこうショック大きかったりする。こんな「延期」はイヤだあー。 昼はタントタントでチキンカツ定食、夜はさぼてんのねぎ味噌カツ弁当と、揚げ物の多い一日。 あ、ロッテやっと勝ちました。 【今日の妄想】 ザビエル以下カトリックの宣教師は実はバチカンの密命でキリストの子孫を滅ぼすために日本来てたとか。 トクガワ幕府の鎖国政策も実はイエスの血脈を守るためだったとか。 ナニャドヤラの歌に秘められた暗号に導かれた主人公は、幾多の困難(主に交通事情)を乗り越え、ついにキリストの墓で衝撃の真実を知る! ……ダン・ブラウン先生、こんどはこっちのネタで1本書いてくれませんかねー。 |
| 5月24日(水) |
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新刊入荷。さっそく著者献呈の発送作業など。昼、紅梅でカジカ空揚げ定食。頭からばりばり食らう。 午後、ものすごい雷雨に見舞われる。1700頃日が射し、東の空に巨大な虹がかかる。いや、空というか、虹の根元に視線を見やると、直線距離でものの1キロぐらいしか離れていない早稲田のあたりのビルの手前からにょっきり生えているのが見えてびっくりする。普通虹って地平線の彼方にどーんとそびえ立ってるイメージがあるじゃないですか。それがこんなに近くから生えてていいのかよと。なるほどなあ、地上ではなくビルの上から見ると、こう見えるんだ。これがさらに視点が高くなると、大昔グアムに飛んだ時旅客機の窓から見た、眼下に浮かぶ真円型の虹になるんだな。でもやっぱ虹は彼方に出てないとサマにならないもんである。 その雷雲が夜には幕張に襲いかかったらしく、ロッテ5回コールド負け。わーん。 |
| 5月23日(火) |
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今日も書籍仕事と雑誌仕事。昼はモスバーガー。帰って、夜はパスタうでてレトルトのボロネーズ。 ロッテ、コバマサまで投入しながら延長負け。うがあー。 【今日のうわごと】 猫はあまりにマイペースで警戒心強いから、普通ならツガイにならず絶滅する。発情期が設定されているおかげでやっと繁殖できるのかもしれない。 猫型のヒトはそうはいかない。 |
| 5月22日(月) |
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11月刊行本の、地元アメリカでの評判をリサーチしてみる。2003年の刊行以来、昨年10月時点で25,000部を売り上げ、現在27,000部超。学術書としては異例だ。さて日本ではこの何分の一売れるか。半分も売れた日にゃ職場大騒ぎだ。 そんな話もゴミのようにすっ飛ぶほど景気いいのが『ダ・ヴィンチ・コード』で、なんか日本だけですでに累計1000万部売れたそうで。文庫版各巻の売れ部数もカウントしたとは言え、なんだかいろんなことがバカバカしくなってくる数字。 小説もゲームもマンガもこれだけ多様なコンテンツが溢れると、消費行動も多様化するんじゃないか……と思ったら、実はそんなことはなく。逆にこれだけ選択肢が増大すると、どれを選べばいいのか分からなくなる。いいものを自分で探すのに疲れた消費者は、ひとつメガヒット作が生まれると(他にもっと優れた作品はあるのに)猫も杓子もそこに一点集中で飛びつくものでございます。売り上げを上げるには、コンテンツ自体の良し悪しよりも、宣伝戦略のほうが重要なんですよねー。ああうらやましい。 今週ウチで出す本にもコンスタンティヌス大帝のキリスト教政策のことがちょこっと出てくるから、ちーとはダ・ヴィンチ特需のおこぼれにあずかれんもんかなあ。でもみんなマトモな歴史の本は読まないんだろうなあ。 そういえばこの日曜、バチカンに世界中のメディアがどっと集結して、パパラッツィが説教で『ダ・ヴィンチ・コード』のこと何か言わないかワクワクしながら待ち構えてたのは楽しかったにゃー。結局一言も言及せずガッカリだったようですが(しかしNHKでまでニュースになるとはのう)。まあバチカンが表立って何も言わないのは賢明だと思います。教会が何か反応すればするほどただの宣伝にしかならなくなることを、さすがバチカンはよく分かってんだろう。これ以上部数躍進に協力してたまるか、と。あーあ、早くブックオフに流れないかなあ。 |
| 5月21日(日) |
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喋りの副業に縫い物もしている瀧川鯉朝師匠を落語界の聖パウロと呼んでみるテスト。 古典をしっかり学びながら新作も手がけるところとかもパウロっぽいし。 1100-1600頃まで教会。帰って、部屋の片付け。実家の近所にトランクルームを借りているものの、遠くてあんまり有効利用できていない。もっと近くのを借りるか。1900-2000、実家でタダメシ。今のところ財産争いもなく(そもそも争うような財産がない)親兄弟関係は悪くない。ひえだ先生より拝領した家庭円満の護符(サードニクス)は霊験あらたかだなあ。 |
| 5月20日(土) |
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新田五郎さんに誘われて、春風亭昇輔改め瀧川鯉朝師匠襲名真打昇進披露興行@浅草演芸ホール千秋楽へ。ちょうど浅草三社祭とぶつかり、地下鉄銀座線にまでハッピとフンドシ姿のおっさんが普通に乗ってるありさまで、ホテルの廊下もスリッパで歩けないような外国人さんが見たらオーマイガーと言うんじゃないかという不思議空間。 やはりハッピフンドシがうろつく浅草の路上を、初夏真っ盛りの太陽が照りつける中ヒイヒイ言いながら辿り着いた浅草演芸ホールはすでに満員大にぎわい。すごいなさすがは浅草。プログラムを見ると11時40分から16時までの長丁場。ええっ、本物の寄席ってこんな長いものだったのか!? 一汁一菜で生きてきた貧乏人が生まれて初めてフルコース食べて目ェ白黒させるみたいなかんじで。 中盤で披露口上。昇輔さん改め鯉朝師匠ほか2人のニュー真打を中心に高座に居並ぶ芸協のお歴々。その中に、妙に鶴光師匠によく似た噺家さんがいるなあと思ったら本人だった(鯉昇師匠の代理)。 口上後、後ろ幕があの巨大なと学会エンブレムのものに付け替えられる。学会から鯉朝師匠昇進祝いに奉納された逸品だ。可処分所得多いオタクの底力か鯉朝師匠の人徳の賜物か莫大な予算が集まったおかげで見事な後ろ幕が完成した、と噂には聞いていたが、実際実物を目にするとこれがまあ聞きしにまさる出来のよさ! 双頭の鷲が白く染め抜かれた紫紺の幕をバックにラベンダー色の着物で人情噺を演じる鯉朝師匠の図はまるで一枚の絵のようで、カメラ持ってたら写真撮りたかったほどの美しさ。 新田さん、それと会場にいらっしゃってたmikipooさんkumapooさんと連れ立って、楽屋前にお邪魔して鯉朝師匠にご挨拶。さて出ましょうかと思ったら外は夕立。うひゃー。新田さんとパスタ屋さんに飛び込んでごはん食べて、1900過ぎ外界に出ると止んでました。新宿で別れるまで人の悪い話に花を咲かせ、まっすぐ帰宅。 帰宅後、フジの『ダ・ヴィンチ・コード』番組観ながらツッコミしきり。 だってのっけから「姦淫の女」の再現シーンで、姦淫の女が最初っからボカスカ石投げられてるんですよ? しかもイエスがノコノコあとから来てるんですよ?(あれは律法学者たちが女をイエスの所に引きずってきたんだろ?)。牧瀬里穂がマグダラのマリア役やってる以前の大問題ですよ。 ええーっ、ナグ・ハマディ文書が巻き物!?(本当はページ立てされた冊子です)。「提供:ナショナルジオグラフィック」の字幕が出ているのに目を疑う。ナショジオの仕事とは思えんポカだ。いや、もしかしたら日本の番組製作会社が、ナグ・ハマディとは関係ないシーンの映像を無理矢理はめこんだのかもしれん。 「コプト博物館で特別に見せてもらいました」とか言って、思いっきり一般陳列されてるじゃん! しかも今写ったのはピリポ福音書じゃなくて、その前のトマス福音書の表題だ!(ナグ・ハマディ文書は各テキストの末尾にタイトルが記されるので注意。) 「聖書正典はコンスタンティヌスの命により決められた」って、聖書正典66巻はコンスタンティヌス帝の時代以前に確立してるよ! 一連の異端的な外典福音書も、別にコンスタンティヌスが排除命令出したわけでなく、ニカイア公会議以前からすでに正統教会によってパージされてるし! 2世紀末に書かれたエイレナイオスの『異端反駁論』とかの立場はどうなる!? 野外で香油を塗るなマグダラー! レオナルド・ダ・ヴィンチの時代に、教会がそんな絶対的権威を持っていたかぁ?(持ってたらルネサンスなんか起こるか!)デタラメ言うなダン・ブラウン! 極秘文書と書いてある『極秘文書』キター! すでに50年の歴史しかないことがバレてるシオン修道会キター! 「13日の金曜日」がテンプル騎士団の処刑から不吉な日になっただぁ? 「最後の晩餐」に隠されたアルファベットはMなのかVなのかどっちだはっきりしろ! 黒い色が「追放された王族」の象徴、ってどこの図像学ですか? 初めて聞いたぞ! そもそもこの番組ではイエスの復活についてはぜんぜん描いてないけど、じゃあそんな復活もせずふつうに死んじゃったただの人の血脈が残ってたところでどうってことはないのでは? けっきょく欧米のこういうキリスト教陰謀論って、教会が嫌がるのが楽しくてやってるフシがありますな。中学生が校則ギリギリで制服いじってツッパってみるみたいな。 「シオン修道会」が実は50年前に秘密結社ごっこの好きなオヤジの作った格安住宅保護団体(会員4名)だったこととか、わざわざ表紙に「極秘文書」と書いてある「極秘文書」(上記のオヤジが自分で書いて図書館に寄贈したもの)とか、すでに世界中でツッコミ尽くされている話を全部無視するとは、なかなかフジテレビもいい度胸だと思いました。そんなに映画『ダ・ヴィンチ・コード』の放映権が欲しいかと。 ……まあ出版界に少しでも活況がもたらされるならいいですけど。はっきし言って『ダ・ヴィンチ・コード』の悪影響なんか、実のところ心配しちゃいません。あの『イエスのミステリー』もあんだけ騒ぎになりながら、今や誰も内容覚えてませんし。 14日のウジウジ日記に対し、酸いも甘いも嚼み分けたお兄様お姉様のみなみなさまよりミクシィで様々なご意見を賜る。いろいろありがとうございます。 答えは一つじゃないし、どれが最善の選択肢かも分からない(お国のためには所帯持って心身健康な子供を2人以上可能な人数まで育て上げるのが望ましいヒトの在り方なんでしょうけど)、なにより解答のタイムリミットもオボロゲとあっては、竹島問題以上に解決を先送りしてしまいがちなのは人情というもので。 こないだ訳者の先生と本の打ち合わせ(と称する雑談)をした際にもいろいろ話を伺い、考えさせられました。御両親の葬儀の席で先生と先生の妹さん双方のご家族が顔を合わせた際、先生のお子様とお孫様を見て独身の甥っ子さんが「こういう時」のことを考えるとやっぱり所帯持とうかなと考え直したとか。先生の友達でやはり英文学者のH先生が食道ガンで早世したのは独身で栄養のバランスが偏っていたせいだと見てるのだがとか。 まーそれでも実際問題として「所帯を持つ」という選択肢は現実的じゃないのかもなと。誰と所帯を持つにしても、「自分が相手に何を提供できるか」を考えると、もうそれ以上シミュレーションが進行しなくなるのでございます。「ありのままのボキを愛して包み込んで〜」なんて男子中学生のような厚かましい期待を持つには、あたしゃ世知長けすぎました。人の迷惑も後先も考えないヤンキーが繁殖力高いのと逆です。この先もし万が一、相手の迷惑も何もかもすっとばして一緒になりたいという相手ができた時は、もっとヤン血濃度を高めるため「チャンプロード」でも定期購読しようと思います。 ああウジウジ。 【今日のたわごと】 オウムは効率よりもロマンを追っていたんだと思います。 「兵器を自作して国家転覆を狙う反政府組織」を気取り、そのロマンに酔ってワクワクし続けられれば、実際のコストパフォーマンスなんぞどうでもよかったんでしょう。 いやむしろ趣味でやってることだから、逆に無駄金をかければかけるほど楽しいぐらいで(どうせ自分で汗水たらして稼いだ金でもないし。信者のお布施だし)。同人誌にやたら金かけるみたいに。男の料理が材料費に糸目つけないみたいに。キルレシオやコストパフォーマンスを考えた効率重視の主婦感覚のテロとは完全に対極に位置します。 もっとぶっちゃけ言えばオウムは、ずっと「ハルマゲドン間近」という名の文化祭前日の狂躁を楽しみ続けるビューティフルドリーマーだったんです。 そんなオウム最大の悲劇は、サリンの合成に成功「してしまった」ことだと思います。 他の炭疽菌培養など生物兵器系、AK74のコピーなど通常兵器系の開発は全て多額のお布施をドブとロシアに捨てる結果となりましたが、サリンだけは天才・クシティガルバ土谷正実のおかげでできてしまった。せっかくできたんだから使わなきゃ。その程度の感覚でサリンをまいたんだと思います。 そういう意味では、現在、テロ組織としてのオウムの危険性は極めて低くなったと思います。ハルマゲドンを起こす「思想」だけあっても、肝心の道具を作る技術・人材がいなければ、中学生の破壊妄想と変わりません。 ……唯一危険なのは、外部の誰かがオウムに変なオモチャを与えるケースですけど。 |
| 5月19日(金) |
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今日も書籍仕事に従事して普通に帰宅。 昨夜タイマー録画した『アイ・ラブ・ルーシー』のビデオを観る。 こないだ書いた『と学会年鑑●●●●●』(まだググっても出てこないので名前は伏せておく)の原稿で、ネタの中に『アイ・ラブ・ルーシー』がちらっと出てくるのだが、編集さんから注を入れてくれと言われて一度も観たことがないくせにネット情報だけで無理矢理注を書いた。その後初校が出る直前に折よくBSで再放送が始まったので観て、思ってたのとぜんぜん内容が違ったのであわてて注を書き直して。ふざけんな商業出版物をナメるのもいいかげんにしろと言いたい気持ちでいっぱいです。こないだ新田五郎さんに言ったら呆れられました。 ゲラも責了、いまごろ楽工社の手も離れ印刷屋さんが輪転機グルグル回してる最中でもう観なくてもいいのに、面白いのでついつい観てしまうのである。いや本当に今観ても面白いんだ。熊狩りの回とか、オチも含めて死ぬかと思った。だが、最高視聴率69%を誇り6年にわたり放映され、戦後アメリカンコメディの基礎を築いた金字塔的番組とは言え、半世紀も前のコメディ観て毎週本気でゲラゲラ笑ってるオノレを顧みるに、我ながら実は「笑いのハードル」がかなり低いんじゃないかと思う。楽でいいなあ。ビール一口でゴキゲンになるタイプ。それとも本当に面白いのか。笑いにうるさい有識者の意見を乞う。 それはそれとして、昨夜放送分は前半ボンデージ&火あぶり(未遂)あり後半はスパンキングプレイあり、今自分が何を見てるのか一瞬わからなくなったぞ。ってそんな目で見るなこの馬鹿者エロス人(びと)。 そして明日は、カンヌで満場の失笑を買った(でも朝日にはそんなこと一言も載ってない)話題のコメディ映画『ダ・ヴィンチ・コード』公開。フィリピンでR18指定くらったのは館長の全裸死体のせいかと思ったら違うんですねすいません。書店さんもハリポタとダヴィンチで今が稼ぎ時、がんばってください。それにしても、キリスト教系じゃない出版社がキリスト教系の本を出すと不思議と売れるなあ。まあキリスト教系出版社はなんの本を出しても「宗教」の棚にしか置かれませんから。 というわけで、古式に則って日本公開用のオリジナル主題歌を勝手に作ってみる。 《ハレンチ学園ソング(TV版『ハレンチ学園』主題歌)》 D・A・V・I・N・C・I! D・A・V・I・N・C・I! ウンバババッパー ウンバババッパー ウンババ ダ・ヴィンチ ウンバッパー ウンバババッパー ウンバババッパー ウンババ ダ・ヴィンチ チンチンチン 館長が西向きゃ チ●ポは東 教会わめけば 本屋はわらう(ハハハ) アレアレ? アレアレ? アレはちょっと 売れ過ぎ アレアレ? アレアレ? アレアレ売れ過ぎ なんだかなあ D・A・V・I・N・C・I! D・A・V・I・N・C・I! ウンバババッパー ウンバババッパー ウンババ ダ・ヴィンチ ウンバッパー ウンバババッパー ウンバババッパー ウンババ ダ・ヴィンチ チンチンチン 「最後の晩餐」 マグダラいるよ ペテロの不自然な 右手がのびる(ヤーン) アレアレ? アレアレ? アレはちょっと 売れ過ぎ アレアレ? アレアレ? アレアレ売れ過ぎ なんだかなあ D・A・V・I・N・C・I! D・A・V・I・N・C・I! ウンバババッパー ウンバババッパー ウンババ ダ・ヴィンチ ウンバッパー ウンバババッパー ウンバババッパー ウンババ ダ・ヴィンチ チンチンチン 小ずるいダン・ブラウン 盗作してさ 『レンヌ・ル・シャトー』を チョイとパクる(イヒヒ) アレアレ? アレアレ? アレはちょっと 売れ過ぎ アレアレ? アレアレ? アレアレ売れ過ぎ なんだかなあ D・A・V・I・N・C・I! D・A・V・I・N・C・I! ウンバババッパー ウンバババッパー ウンババ ダ・ヴィンチ ウンバッパー ウンバババッパー ウンバババッパー ウンババ ダ・ヴィンチ チンチンチン キリスト右向きゃ マリアは左 ソニーが喜びゃ バチカンあきれる(とほほほほ) アレアレ? アレアレ? アレはちょっと 売れ過ぎ アレアレ? アレアレ? アレアレ売れ過ぎ なんだかなあ D・A・V・I・N・C・I! D・A・V・I・N・C・I! D・A・V・I・N・C・I! D・A・V・I・N・C・I!…… |
| 5月18日(木) |
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午前、消防訓練。それ以外は書籍仕事に集中。雑誌の連載の件で、著者の先生に伝わっていなかったことがあって焦る。そりゃ常識的にはそう考えるよな。昼、志乃原でなめこそば。 帰りはチャンピオン読みながら。『サイカチ』最終回。ツンデレ露骨すぎw スーパーで小さい豚カルビ丼買ってもぐもぐ。食欲ないわけではないがこのくらいで十分。 |
| 5月17日(水) |
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出勤。雑誌仕事も書籍仕事もいろいろ。帰って、バカスパムのことちょと調べたり。そんだけの日。 |
| 5月16日(火) |
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11月刊行本の訳注案をまとめ、1000市ヶ谷で訳者の先生と打ち合わせ。大半はしんみりと雑談になるが、もちろん仕事の話も訳出の問題などいろいろ。どうも原著の記述からして間違えているような気がする箇所が数カ所あるので、原著者に質問する必要があるということに。もちろん俺は英語で手紙なんか書けないので、訳者の先生にメールをお願いする方向で。しかしこの原著者、実は(俺も知らなかったのだが)その道ではとんでもない大御所だそうで、訳者の先生(こっちの先生も日本では本来俺ごときお目にかかるのも畏れ多い大物なのだが)も質問の際には大いに礼を尽くさねばとガクブルする有様。帰って、質問箇所をだかだかだかと整理。 カカオ99%のチョコというものを食う。感想:かような危険物をコンビニで販売するのは一種のテロ行為だと思います。コーヒー牛乳と一緒にいただくと食べやすいです。ただし味はほとんど中和されて、まるで苦くない石鹸をなめてるような食感になりはてますが。 1900退社。まっすぐ帰宅。 観てないけど勝手に映画『奇談』の主題歌を作ってみる。 《ゲゲゲの鬼太郎》 い、い、いんへるの… こいつら白痴か きちがいだ たのしいな たのしいな 「はなれ」にゃ学校も 試験もなんにもない い、い、いんへるの… みんなでいくだ ぱらいそさ い、い、いんへるの… 骨が出てきた けるびんだ たのしいな たのしいな 三じゅわんはヨハネだ 三人のことではない い、い、いんへるの… みんなでいくだ ぱらいそさ い、い、いんへるの… 三日目ぜずさま ぐろうりや たのしいな たのしいな じゅすへるは死なない 脳みそなんにもない い、い、いんへるの… わしだけいけね ぱらいそさ |
| 5月15日(月) |
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実家を舞台にした夢を断続的に見たせいで、時間の感覚を混乱させつつとりあえず0700には起床。なんとか仕事こなす。昼食、さどで京風煮込みうどん。夕方にはたまってた雑事を各個撃破し終える。帰りに病院寄って抗生物質などもらう。11月刊行本のゲラ刷りを帰りの電車(各駅停車)で読みふけり、脳味噌をフォーマットし直す。瞬時に脳のスイッチを切り替えられない生き物は不便だ。コンビニで鶏照焼丼買って食ってクスリ飲んでさっさと寝る。 |
| 5月14日(日) |
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今日も今日とて肩が重く頭も重く。熱はないからただの頭痛だと思う。咳はまだ止まらない。肩を中心にシャワー浴びる。『メルヘブン』まで観て、アリナミンEXプラス飲んで横になり、起きたら正午すぎ。なにかエサ食べようとのこのこ近所のスーパーへ。商店街にブロンコスが来ててバスケパフォーマンスやってた。地域密着。助六寿司もぐもぐ。ナスカの番組つけっぱにしたまま日記更新の続き。頭痛で手帳のメモが見えず難儀する。 頭痛が取れたのが夕方1800過ぎ。泣きたくなる。同じ2日間をもっと有意義に使ってるマイミクさんたちの日記を眺めていると、このまま明日もふて寝したくなるが、明日は山積みの仕事が待っている。 こないだ実家の弟から借りてきた『幽玄漫玉日記』全6巻が、妙に心に共鳴する。 連載時の桜玉吉の年齢が今の自分と近いからかもしれない。 もちろんあたしゃ、あんな天下取るような能力持ってないし鬱になるほど仕事もしてないし子持ちバツ1どころか一度も家庭持ってないし。でも、妙に心にジンとしみる。玉吉先生がノラ猫を餌付けするごとくぱそみちゃんに依存する心境とか、言語化できないけど分かるよ分かる。そういえばコレ読んでから気力体力ズン落ちしたような気がするが、多分気のせい。気のせいということにしておく。 そう、俺ぐらいの歳だと、「20代でさっさと結婚してなんとなく子供もできたけど積もりに積もった違和感がそろそろ修復不能なまでに広がって(または他ののっぴきならない理由等で)離婚して現在フリー」という人がけっこういる。こと離婚においては子供の受けるダメージがよく言われるが、離婚当事者の心に刻まれる闇も、他人がとやかく言う余地を与えないほどのものがあると思う。 俺も人生のあのへんとかあのへんでちょっとアグレッシヴな選択肢を選んでいたり、あそこらへんで所謂「男らしい振る舞い」に及んでいたりすれば、同じ状態にあったのかもしれない。だって俺と共同生活するなんて、よほど度量が広いか、よほど無神経でなければ不可能だと思います。オタクをやめて「普通の人生」を歩んでいたら、たぶん普通に同信の徒あたりを紹介されて普通に結婚して、でもそう簡単に「地」が隠しおおせるわけもなく相手を極限まで追いつめた挙げ句に双方ボロボロになって数年後離婚、今ごろ現在の俺と表面上同じような生活をしつつも、戸籍にバツがつき、若かったゆえのいろんな罪責を引きずりながら、親にも顔向けできず、幽玄の日々を生きていたのかなあと。 それを思えば、誰も追いつめることなく生きてきたのは、いいことなのかもしれないなあと。「だ、誰も傷つけたくない、傷つけたくないんじゃよー!」(チラリ)。 いや、歴史に「IF」はありませんから、どうなったかは分かりませんけど。案外そのままうまくいったかもしれません。 または来年の今ごろ、この日記を読み返しながらゲラゲラ笑っているかもしれません。先のことは全く分かりません。 今までの人生、予定とか計画通りにコトが運んだことなど一度もありませんから。 ただ流されるだけ。 そうかこんなウジウジした日記ばかり書いてりゃ『幽玄漫玉日記』とシンクロするわなと。 鬱になるほど仕事もしてないくせに。 |
| 5月13日(土) |
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静養。 マイミクさんの真似をして、自分の本名を検索にかけてみる。案の定、この世に同姓同名はいないらしい。そういえばこないだひえだ先生の上司と名刺交換した際も「あの●●氏の末裔なんですか?」と聞かれた。そっち業界では名高い苗字らしいのう。ああ俺も飛鳥昭雄とかボーダーの向こう側の業界に入っていればそれなりにチヤホヤされたのだろうか。残念ながらルーツを辿ると何代か前に養子で入ってきたらしくて●●氏直系ではないのだが。本当は村上水軍の末裔だと父親からは聞いたがアテになるもんじゃねえ。だいいち俺、海賊らしいと言えば「ラム酒好き」なとこしかないし。いや日本の海賊はラム飲まんだろ。 「気楽院」なんてパソ通入りたての頃5秒で考えた誰でも思いつきそうなありきたりなペンネーム(実際ググると同名さんが何人かいるらしくしかも後から出てきてこの名を名乗る当方を意識されているフシがチラホラ見えるのが心苦しい)をコソコソ使い続けるよりは、いっそ珍しい本名で……と思わんでもないが、職場関係者に裏稼業のことをカムアウトしてない身としてはそれも躊躇われる。たしかに「カムアウトすれば職場の人たちから情報が入りやすくなるという利点もある」とカムアウト組からはよく聞きますが、なに、カムアウトしてない今現在でもすでに異常物件(電波な持ち込み原稿や意味不明な投書など)が職場に届くと私の机の上に直行する通報ルートが確立してますので。つうか親兄弟にすらカムアウトしてない有り様なので(俺が学会員ということは知っているが、単に参加して人の話聞いて笑ってるだけで、会誌や年鑑に寄稿してることまではたぶん察知していないと思う思いたいかくあってほしい)。 そんなかんじで、なにもやる気がわかず1600コテンと寝る。目が覚めたら1915。日記少しUPし、2330にはまた寝る。 |
| 5月12日(金)【ここまでは2007.1.14更新】 |
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カゼ、未だ治りかけ洟ズルズル状態。目も回り、集中して仕事ができない。水曜から格闘していた雑誌原稿(40,000字もある「雑誌原稿」って何だよ)やっと入稿。態勢を立て直そうと、店晒しになったままのたまった仕事をリストアップして、気が遠くなる。カゼひいてる場合じゃない。来週はバリバリ働かんと。 帰りに新宿紀伊國屋に寄って、夏の学会誌用にと思って『聖書の暗号とホピ預言の超シンクロニシティ』(徳間書店)を買ってしまう。ええ「聖書の暗号」の文字につられて買ってしまいました。 「超知ライブラリー」てことで悪い予感はしたんですが、あんのじょう『聖書の暗号』自体の分析検討はちっともなく(徳間に期待するほうがバ●ですかそうですかすいません)、全編これ著者の刑部恵都子先生の関係妄想……もとい、シンクロニシティ探しの旅路が延々綴られた本でございました。 で、タイトルにある「聖書の暗号」と「ホピの予言」がどう「シンクロニシティ」するのかというと、どちらも世界の滅亡を予言しているから、ってだけみたいです(p.161)。いいかげんにしろと言いたい気持ちでいっぱいです。 ホピの長老に飛鳥昭雄のホピマンガを見せる刑部先生(p.269)もいい味出してますが、自然とともに生きるホピの長老が「UFOピープル」なんて単語を普通に口にしたり(p.257)、アメリカインディアンがなぜかマヤ文明の石碑の絵文字を持っていたり(p.276)するのには涙が出ました。ホピ族の人たちも生活のために世界中からやってくる「そっち系」の観光客をさんざん相手にして、時にはこんなリップサービスもこなすほど世知長けてしまったのかと思うと、ただただ不憫で不憫で。 エルサレムに「イエスが磔の判決を受けたペテロの屋敷」なんて謎の建物があることになってるし(ペテロじゃなくてピラトか?)、おかしなところを指摘すればキリがない。が、本書は基本的に笑いをとれるような論理の飛躍に乏しく、得意の関係妄想もありきたりなオヤジギャグレベルの語呂合わせばかりで笑うほどの刺激がなく、ちゃんと原稿に仕立てるのは難しそうだ。引用されてる飛鳥昭雄のマンガのコマのほうがずっとツッコミやすいから困ったものである。 そして、湯川れい子の推薦文もまったく困ったものである。どうもこの著者が、あの湯川れい子をあっちの世界にハマらせた張本人らしい。とほほ。 帰ってテレ東の『ダ・ヴィンチ』番組途中から観る。番組欄の記述からもっと穏当かつマトモなイメージを予想していたのだが、これはひでえ。ボッティチェリの百合にもおしべあるじゃんどう見ても! テレ東よお前もか。 中野豪死去。曽我女王様のショックが癒えぬ間にまた……。本文より面白い挿画を描いてしまう、希有な皮肉のセンスを持った絵師様でした。いつかこの先生にお仕事を頼めるような企画を立てたいと秘かな野望を抱いてましたが、現世では果たせぬ夢とあいなりました。ご冥福をお祈りします。 【今日のたわごと】 実はブロガーが何百万人いようと、彼ら彼女らがてんでバラバラなことを書いているかぎり何の脅威でもない。 こわいのは、その何百万が1つの方向に収斂して、一糸乱れず「十字架につけよ」と大合唱する時である。 だから、いかに迅速に(大勢のスタンスが固まりきらないうちに)カンドコロを押さえ、諸葛亮の火攻のごとく自分の望んだ方向に言論を炎上させるか……その扇動の仕方を心得たコマンダー役のオピニオンリーダーが、今後の「権威」になるのかもしれない。 |
| 5月11日(木) |
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今年度の中学教科書で、全教科65冊に計208カ所の誤植ハケーンというニュース。「雪国はつらいよ条例」どころじゃないぞ。てゆうか文部科学省の「検定」って何見てんの? 電車の広告を見ると、NOROANの広告に浜田翔子が。こないだ中川翔子が「サラ金CMに出るなんてしょこたんオワタ」とか大騒ぎになったばかりだが、同じしょこたんでも浜田のほうは全く騒ぎにも何にもなってませんでしたな。人気商売として、いいことなのか悪いことなのか。 昼、コンビニパン3個買う。1個余る。今日も元気出ず、定時に職場を出る。車内でチャンピオン。『サイカチ』が来週最終回とか。ガックリ。クイーンの急激なブレイクは「最後の深呼吸」だったんですね(涙)。ああもうクイーンのあのダサい私服と安下宿と一人用冷蔵庫がたまりません。 駅前のさぼてんでカツサンド買って帰ろうとしたところで、どういうわけかにわかに漠然とした「やる気」がわいてくる。さあ今日は早く帰れたし何をしよう、という数日来カケラほども起きなかった意気込みが。 はたして帰宅してしばらくすると、ファクシミリから『と学会年鑑』最新刊の再校ゲラがでろでろでろでろでろでろと。そうそう、19箇所も直しを入れてしまったもんで再校ゲラ見せてー見せてーと出版社に直訴までして強力におねだりしてしまったんです筆でメシ食ってるわけでもないド素人の分際でお忙しいところ誠に誠に申し訳ありませんぺこぺこ、とここで謝ってもしょうがないが。そうか、コレを予知してアドレナリンが分泌されたのか。 出てきたそばからワンコソバのごとく修正チェック。1箇所大変な見落としに気づくが、もういいや間違いじゃないし。1930、全部オッケーの旨編集部に電話。月末には見本が届くというから、いまごろ楽工社ではどんな大魔術がかけられているのか想像するだけで気が遠くなる。まあ月末なら、現在ハリポタの製本で超絶修羅場状態の製本所も手が開いたところだろうし、最初トーハンに流す分ぐらいは完成するのではないかと。 んで電話かけおわるとホッと気力が失せ、また昼間のふぬけぶりに逆戻る。トンデモの神様がくれた最後の力だったらしい。 というわけで5月末日刊行予定の『と学会年鑑●●●●●』(まだAmazonとかにも情報流れてないので書名発表は自粛)、またも14ページにわたり無知無芸のド素人が例会会場でウダウダほざいた研究発表と言う名のキモい独り言を収録してますので、本文p.187-200までは破って便所紙にでも使って、私以外の精鋭会員諸氏の渾身・珠玉の原稿をどうぞお楽しみに。 まーなんとかコレで、今までネットのあちこちで言われ続けた「『年鑑』シリーズは時代遅れのネタしか載ってねえ」との至極正当な誹りにも十分対応対抗できるぞよかったよかった。しかも風の噂ではさらに時差を縮めることも検討されているらしいぞ。今度の『年鑑●●●●●』の売れ行きが出足絶好調なら、楽工社の偉大なるH社長様からゴーサインが出ると思いますいやきっと出る。だからみんな買って〜。 【今日のたわごと】 幸福の科学の「臓器には魂が宿る」という教義。 あれがもし、「臓器には魂が宿る→だから臓器移植された人はドナーに感謝し、ドナーの分までより良い生を生きなければ」、という倫理に展開されるなら、まだ一種の方便として理解できる。 でもあいつらは「臓器には魂が宿る→だから臓器移植すると霊障が起こるから移植はイクナイ!」と、霊障をクローズアップして信者を脅す方向に持っていく。 じゃあ総裁先生は将来どんな重病になっても臓器移植しないんだな? ……移植さえすればもう何年か生きられた信者さんもいるだろうに……。 |
| 5月10日(水) |
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今日も雨模様。熱は下がったみたいなので職場へ。しごとしごと。昼、志乃原で味噌煮込みうどんすすってると汗と洟が出てすごくみっともないことに。まだこんなかんじなので無理はせず定時に帰る。 桐生先生の閉鎖型ブログを読みながら考え込む。 今まで漠然と「この世で得た知識は死後も持って行ける」もんだと把握していたが、よくよく考えると記憶がシナプスに刻み込まれた情報であるかぎり、死んで脳味噌も火葬してしまえば、現世の記憶も全部燃えて煙とともに灰さようならになるんだよな。 つまり、死後の世界があるとしても、あの世に「知識」を持ってくことはできないんだ。 あの世には「魂」しか持って行けないんだ。うーむ。 そう考えたら、カルヴァンの予定論(※)も、故なきことではないのかもしれない。 (※)予定論:「救われる人間と救われない人間は生まれる前からすでに決まっている」、つまり本当の神に出会ってこれを信じられる人は「最初から救われることになってる人」であり信じない人は単に「最初から救われないことになっている人」なんである……と乱暴に言えばそんなかんじの思想。献金や労働など特定の「行為」ではなく「イエス・キリストを信じる信仰だけで救われる」という、プロテスタント教会が重視する「救いの無条件性」を突き詰めていった末の到着点のひとつ。 もとより、あの世が天国とそれ以外の場所に分けられるとしても、「知識だけで天国に行ける」とは考えていない。だってもし天国に行くのに特定の「正しい知識」が必要条件だとしたら、そんな不公平な話はないじゃん。万人がその「知識」にアクセスできる機会があるわけではない。一生機会を得られなかった人たち、機会を得る前に若くして死んでしまう子供たち、機会を得ても理解できない知的障害を持つ人たちは、じゃあどこへ行けばいいのか、という話になる。 (この「アクセス機会論」が危険な点は、「だからその真理に触れる機会を得られたあなたは幸運なのです」と言って自分らの宗教に勧誘しようとする輩がいるところである。例:「主エル・カンターレの降臨と同じ時代・同じ国に生まれたことはウンヌンカンヌン」とか。なに、「あなたは●●万人の中から選ばれました!」ってDMと一緒だ。) だとすると、「救われる人」or「救いようのない人」は、知識よりももっと根源的な、「魂」のレベルで決定されるはず。 この世で(自分の死後のために)できることは、魂を磨き続けることしかできないのか。 でもじゃあどうやって磨けばいいのか。 そもそも「魂」というものがなんなのかよくわかってないのに、それを磨く方法なんてあるのか。持って生まれた魂を堕落なり向上なりさせることは可能なのか。その「向上しよう」という向上心が、さっきの「予定論」で言うところの救いの条件なのか。 ……ちょっと久々に自分の死生観を揺さぶられる指摘を読んだ。 少し考えさせてください。 |
| 5月9日(火) |
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雨。熱を測れば37度6分。うーげほげほ。懸案事項いろいろあれど、今日は寝て暮らすことにする。ダラダラ職場に出てくるよりは、休みがとれる時はきちんと休んでカラダ治して全力で仕事するのが肝要。ああしかし休むとなるときのうの夜、今日から開始の定期券を買ってしまったのが悔やまれる。ああ勿体ない勿体ない。けほんけほん。くやしいから早く治そう。 【寝てる間の無駄思考 その1】 楽しくないことがあって落ち込むのは「鬱」とは言えない。それは普通。 「鬱」とは、楽しいはずのことを楽しめない状態を言うらしい。 やっぱ去年の10月、ロッテ優勝であんまし騒げなかったのとか、3月の例会で発表しなかったのも、立派な鬱だったのかな。 【寝てる間の無駄思考 その2】 「萌え」と性欲を直結させると、猫など人間以外の生物に対する萌え感情を説明できないという問題が生じる。 そこで、美少女萌えから無生物萌えまでを説明しうる包括的「萌え」定義を試案してみた。 「萌え」が「萌え要素への執着」なら、すなわち対象の人格性はどーでもいい。人格よりもその所持する要素にこそ執着の本質があるのだから。そして、対象がその萌え要素を取り去ると、憑き物が落ちたように興味も失われる。 対象を「要素の集合体」ではなく「一個の人格」として愛する場合、その愛情は「萌え」とは違うんじゃないかなと。 たとえば、あるメイドさんに萌える。そのメイドさんがオフでメイド服を着てなかったりすると途端に興味が失せる場合は、立派な「萌え」であろうと。逆に、メイド服も着てなくて絶対領域もない場合でも変わらず愛する場合、それは「萌え」ではなく普通のラブなのではないかと。 女子高生萌えもそうだ。対象が卒業して女子高生じゃなくなった途端に興味が失せるのなら、それは「萌え」だ。女子大生になろうとOLになろうといい年した熟女になろうと変わらずその個人を愛するというのなら、普通のラブだ。 猫耳つけてなくてもそのキャラ個人が好きなら、それは猫耳萌えではない。 まだよくわからない。 22時、37度2分。寝ます。 |
| 5月8日(月) |
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昨日痛めた右腕なおもいてえー。定期買い忘れる。昼、食欲というか積極的に何かを食べようという気が起きないので、コンビニおにぎり3個食べて。ねつ測ったら37度。道理でほわ〜んとすると思った。隣の課で西原理恵子先生の本の広告がどうのこうのと話しているのも気のせい幻聴だろう。そのサイバラ先生とゆうべメイド喫茶行ったと言ってもまず信じてもらえまい。むしろゆうべの記憶のほうが幻覚かもしれない。定時にとっとと退社。 風邪ひいてるくせに帰り道『プチクリ』を探すがどこにも置いてない。かわりに『シグルイ』だけ買う。どっちもカタカナ4文字だし。いや全然似てねえよ。ぬふぅ。お金おろして明日からの継続定期買い、西友で照り焼きハンバーグ弁当とパンとポカリとポンジュース買って、帰って食ってパブロンゴールド飲んでガーと寝る。 |
| 5月7日(日) |
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0730起床。変な恰好で寝てしまったせいで右腕がいてえー。『音楽の泉』モーツァルト。例会のためのネタまとめに没頭しすぎて例会に遅刻する本末転倒ぶりをさらすバカ。 と学会例会。例によって詳細は書かないが、今日は「ラソラソラソラソ」が最強。俺はこないだのいのちのことば社のダ・ヴィンチ本でお茶を濁し。 ゾロゾロ池袋に出て、サンシャイン58階のレストランで二次会。さすがに地上200メートルはキモチイイー晴れてればもっとキモチよかったかも。料理も満足。三次会へ向かう途中、WIZ NOTEの人(ひえだ先生の上司にあたる方)と名刺交換。やっぱり「あの●●氏の末裔なんですか?」と聞かれる。そっち業界では名高い苗字らしいのう。 三次会は初めてメイド喫茶に入ってみる。ただしこの日は「学校デー」とのことで、店員はメイドではなく小学生中学生姿で二人称も「ご主人様」ではなく「先輩」。予備知識があるとは言え、自分が思ったよりも「メイド喫茶」というものの持つディズニーランド的システムにすんなり順応してしまっているのに、少しおかしくなる。ああっ、大沢南さんが暴走して通信ノートに大変な絵を! それはある意味女性器マークよりヤバいぞ! 帰宅すると曽我町子死去の報が待っていた。俺の世代にとっては、死神博士以上のショック。今日の例会の話も初メイド喫茶の話もなにもかも頭からふっとんだ。68歳って……若すぎだよう。魔女のおばさん役から魔女のバアサン役へと芸域をシフトしようという矢先に……。マジエルが遺作ですか。ほんとうに天空聖者になっちゃったよう。わーん。 鬱に輪をかけるかのように『幽玄漫玉日記』を読みながら眠りにつく。 |
| 5月6日(土) |
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ティトゥス帝ではないが、今日は余は何もしなかった。部屋の片付けも洗濯も例会の準備も。食事すら朝のトースト以来夜までなんにも食べてない。あ、きのう飛さんからいただいたクッキーぽりぽり食べたか。ごちそうさまですいつもいつも。ロッテもボロ負け。夕方エホバの置いてった「ものみの塔」も例会で使えそうなツッコミどころはないし。明日の例会も発表ナシにしようかな。早寝すれば明日には気力が回復するかな。とりあえず夕食だ。何か食べなきゃ。 学会における自分の在り方を猛省させられる引き金がきのうだけでも2件あって。(いずれも俺自身への直接攻撃ではないのだが妙にコタエる。)それで無駄に心が空回りしている。 すいません俺ポストモダンの申し子です。ポストモダンは楽です。半可通が専門外の分野に関してちょっと調べた情報を適当に繋ぎ合わせてつぎはぎして勝手な論を立ててそれを何も知らない一般庶民にえらそうに述べて感心されるゲームです。専門分野の論考なら同業者の厳しいツッコミに晒されるが、専門外の話なら、その方面に疎い同業者から批判される心配はないもんねー。しかも何も知らない素人読者はコロリと感心してくれる。もし専門知識を持ってる素人さんが騒ごうがわめこうが、自分のフィールドまで乗り込んできて批判してくるわけじゃないから怖くもなんともない。ああこんなに楽な話はない。それが「ポストモダン」という言い訳の元に行われている上流階級アホレースです。 そういう自分自身からして、オノレの「モノを書く態度」がつくづくポストモダンで嫌になる。 本当に力のある人間は、本当に知っていることしか書かない。無知の知。自分が何も知らないことを知っているから、必死になって調べるし、あまり軽々しく専門以外の分野を語ろうとしない。 力のない人間が、いわゆる「サロンの馬鹿」と化し、自分もよく知らないことを滔々とまくしたて悦に入る。 ここ数年で、あまりに「よく知らないことを平然と書く厚顔無恥さ」が身に付いてしまった自分を今さらながら再発見し死にたくなる。1年ぐらい修行の旅に出たい。旅に出ずとも、図書館に篭りきりになりたい。このままじゃいけない。そんな焦りが空回る初夏。 死にたくなる前にごはんたべて寝ることにする。 |
| 5月5日(金) |
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コミティア。新田五郎さんのお店に委託。今日も今日とていつもの店で新刊チェック。バーバラ・アスカさんのお店で『プチクリ』関連本を何冊か。まだ『プチクリ』買ってないのに。今日購入した関連本の代金でそのまま『プチクリ』買えるし。 帰りに新田さん児玉さんとごはん。脳にアルコール入った状態の新田さんと話すたび、いかに自分の発想がつまらん常識に絡み取られ硬直しているかを思い知らされる。プロだろうがプチクリだろうが、自分より優れた芸を発揮する者への嫉妬心と劣等感は止められない。『プチクリ』には、友がみな我より偉く見える日の対処法も書いてあるんでしょうか。「ナンバーワンよりオンリーワン」みたいな小泉首相のスローガン並みに漠然としたおためごかしのアレでなしに、岡田斗司夫らしくズバリと言語化していただけると。 そんな日でした。 |
| 5月4日(木) |
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MR026を10冊増産。ロッテ勝つ。2100には寝る。 |
| 5月3日(水) |
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0700起床。シャワー。午前中はダラダラと。松本梨香がアリコのCMに出ていた。ポケモンって、この時間帯にTV観てるようなママ層にも訴求力があるのか? 久しぶりに昼間のTVを観てると新鮮だ。 1130出発。13時から先生のご両親の葬式。思わず葬式で泣きそうになったのは初めてだちくしょう。 夜のトンデモ本大賞前月祭まで中途半端に時間が開いてるが、所沢まで帰って着替えるのもかったるく、喪服のまま馬場のロッテリアで食事、喪服のまま区立中央図書館でベイゲルスの『ナグ・ハマディ写本』を読みつつ時間をつぶす。 夕方新宿に出て喪服のままでロフトプラスワンに並ぶ(場所柄ホストのコスプレしたクタビレチョビレなおっさんにしか見えなかったかもしれんが)。並びはしたが前売り券買っておいたおかげで難なく入場。イベント大爆笑。お客さんも大ウケ。『年鑑Yellow』も持ち込み分完売とか。めでたい。 |
| 5月2日(火) |
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今月刊行の単行本をDTP入稿。 いのちのことば社が出した『「ダ・ヴィンチ・コード」 その真実性を問う』を入手。版元が版元なだけにすっごく護教ゴリゴリな本を想像してたらそうでもない。それもそのはず、著者の片方は『最初のクリスマス』の聖書学者ポール・L.マイヤーで、きちんと聖書学や歴史に基づいたツッコミを入れている。リベラルへの反感が強い点(特にマイヤーの書いてない後半)や、「『ダ・ヴィンチ・コード』を読んで動揺したキリスト教徒」(あんなので動揺するほうがウスいのだが)向けに書いてある点などを割り引いて読めば、皆神先生の『ダ・ヴィンチ・コード最終解読』に書かれていなかった「本物のキリスト教の知識を駆使したツッコミ」がこの本でしっかり補完できる。意外ともうけもんでした。 小泉ガーナ訪問中。ニャホ・ニャホタマクロー氏に会えば支持率0.5%はUPするかもしんない。 |
| 5月1日(月) |
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0630目覚ましが鳴る前に起床。だからと言ってさわやかな目覚めでもなくホワ〜ンと寝不足状態。ともかく仕事はせんといかんので職場行って仕事。そのスキを見て楽工社さんに、今度のコミティアで売るため『と学会年鑑Yellow』注文。 翻訳でお世話になってる先生のご両親が事故で亡くなったとの報。うわあ。もうかなりのご高齢とは言え、事故で突然というのは「長患いした末に」てのとはショックの度合が大違いだ。先生の落胆ぶりは想像するにあまりある。翻訳本の刊行もだいぶ遅れそうだなあ。と非情な心配をしてしまうのは職業病なので勘弁してください。 夕方、飯田橋でクッキー買って、両国まで引き取りに。すぐ帰るつもりだったがついH社長と話し込んでしまう。今絶賛編集中の『と学会年鑑』最新刊の表紙データをこっそり見せてもらう。タイトルは社外秘ということで。 年鑑シリーズの採算ベースなどさらに社外秘の話も伺う。2ちゃんのスレに書かれるまでもなく、社長も年鑑シリーズの弱点をよく分かっている。『トンデモ本の世界』が出た10年前に比べて、現在は「ヘンなものを見つけること」も「ヘンなものを紹介すること」も簡単にできるようになってしまった。みんながと学会のフォーマットを真似るようになった上に、インターネットの発達のおかげで情報検索も情報発信も容易になり、ちょっとヘンなものはすぐニュースサイトに載せられ日本中に広まってしまう。 そんな中で「と学会の本」としての独自色をどう出していくか、どう商品価値を高めていくかが、今後の課題である。単に「面白く見せるフォーマットの構築」だけではすぐに真似され、読者をよりグルメにして「最近と学会てツマンネ」と言われるだけ。「笑いをとる呼吸」を一人一人が学び、磨いていくこと。そして、トンデモ物件に鋭いツッコミを入れるための各々の専攻分野における専門知識を仕入れて咀嚼していくこと。日々是研鑽、これしかない。 一昨日恐怖映画『タイタニック』を観てトイレに行けなくなった俺(先月29日の日記参照)に対し、ミクシィで「『生きてこそ』を観ろ」とかいろいろレスが殺到する。うわーん特殊グルメ映画こわいよー(泣)。『デリカテッセン』とか『八仙飯店之人肉饅頭』とはちがうんだろうなあ。実話だもんなあアンデスの聖餐。あ、人肉饅頭も実話か。でもあの死ぬも地獄生きるも地獄の極限状況はああああやっぱ観たくないいい。それはそれとして『生きてこそ』にはフリーズ人肉をおいしくいただくお話ですが、ヒトのルイベと書くととたんにおいしそうに思えてきます(泣)。タイタニックはかなり北寄りの大圏航路とってたんで、ルイベとまではいかずともいいかんじにチルドされたドザエモンもいるかもしれません。『聖闘士星矢』の氷河のマーマみたいなかんじで。 「なぜ『タイタニック』がデートムービーとして成立するのか」という疑問に対しても、葛西さんより「最近の観客読者視聴者が『自分が感情移入すべき主人公』以外への想像力が働かなくなってるからではないかと。」という鋭いご教示を賜る。それだー!!!(開眼)。死にかけの病人引っぱり出して言葉も通じない外国の空港で「だずげでぐだざいッ!!!」と泣きわめく自業自得男のコメディ映画がなぜかお涙頂戴映画としてヒットしたりするのが世のナライですしねそういえば。 そうか、ひょっとしたら俺はあの映画の見方を根本から間違ってしまったのではないか、と反省する。最初っから何時間も観ていれば、俺も首尾よくレオ様カップルに「のみ」感情移入して、沈没シーンでゴミのように死んでいく人たちもイモかナスビとしか思えなくなっていたのかもしれません。沈没シーンだけ切り取って観てしまったのがそもそもの間違いでした。『ダ・ヴィンチ・コード』を美術館長の全裸死体のシーンだけ読んで「ハードゲイポルノ小説だ」と判断してしまったようなものですか。 |
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