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| 9月30日(土)【ここまでは2007.9.1更新】 |
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先週は働きすぎたが、今週は働いてすらいない。大きなダイナマイトを相手にパスしたこのスキに、11月刊行本のオビ考えたり12月刊行本のカタログの材料まとめたり新企画を文書化したり重版の入稿作業ちゃっちゃと片付けたり机の上やキャビネットを物理的に片付けたり(こないだの惨状よりは見晴しがよくなりましたので>もすら様)図書館のカードを更新したり家賃振り込んだりこまかい仕事をこなしただけでいや最後の2つは仕事じゃなくて私事だろう。 月火水木と優雅に定時退社してるし。そんなに早く帰って何をしたかと言えば、月曜は顎関節症の治療(とりあえず最終日)、火曜は『アニ横』最終回、水曜は西武ドームでロッテ戦。木曜は右肩と右目と右脳が痛くて帰っただけだし。 ダイナマイトをパスしたのはいいが、時間があればあったで今度は「相手はちゃんと仕事をこなしてくれるだろうか」「この間に何もしなくていいのだろうか」とかなんとか不安にかられるのだから我ながら厄介な性分である。仕事が終わるまでは全く安心できない。 まあこの強迫観念による不安神経症があったればこそ、本来時の刻みにルーズなはずのADHDのくせに社会生活やっていけるのかもしれないが、その一方で待ち時間は常人以上に神経もすり減らす。 たぶん経営者のような立場になったら3日で総白髪でしょうな。 どうでもいいけど「麻原彰晃」と「八重山商工」ってちょと似てる。 日ハム、リーグ戦1位通過。その一方二軍はイースタン最下位。もっとも鶴岡などの人材を一軍に供給してきた功績は万人の認めるところ。 イワオの打撃コーチの賜物でしょうか。 古本屋で買った「月光」読む。 俺、女に生まれていたらきっとファンロードじゃなくて月光で生き延びていたと思う。 さあ先週持って帰った荷物の整理しなくちゃ。玄関入るのも一苦労。 |
| 9月29日(金) |
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調べもののついでに復刊ドットコムに寄ったら、とるきん先生のあの幻のご著書が復刊されてるじゃないかッ! しかもちょうど「10月初旬発送」になってたから、これはたぶん唯一神イルーヴァタールの導きということで買うしかないだろうとうわ3,990円か高いなでもアマゾンではユーズドに12,000円と大航海時代のコショウ並の天文学的プレミア値段がついてることを思えば痛くも痒くもないということでよし申し込もうなに登録しないと買えないのかしょーがねーなー、というわけで、復刊ドットコムに登録してしまった。 この本ぐらい読んでおかないと、あの本の書評もお願いしづらいというのもあるし。 |
| 9月28日(木) |
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右肩と右目と右頭がいたい。 朝の『やじうま』で、羽賀研二結婚のニュースに「再チャレンジ婚」とテロップ。いやそれただの「再婚」じゃん。「チャレンジ」いらないいじゃん……とかブツクサ言ったものの、よくよく考えてみたらアンナとは入籍まで至ってなかったですね。いっけねえ。 京葉線不通。振替輸送でごった返す浦安駅の空撮映像が、なんかコミケデイズの国際展示場駅っぽかった。 ディズニーランドでも従業員が来れなくていくつかアトラクションが中止に。ネズミの中の人が来れなかったらどうなるんだろう。あいつらはランドの中に住んでいるということになってるのだが。いや案外ああいう技能職はリムジン通勤だったりしてな>中の人。 朝日朝刊。「ののちゃん」、木の上で弓矢かまえてる天狗がちょっと『指輪物語』のエルフっぽかった。トールキン的にはそもそも妖精や妖怪というのは西へ行かなかったエルフのなれのはてなので、解釈としては非常に正しいのかもしれない。 週刊新潮の広告にえらくイケメンな麻原彰晃の写真が、と思ったら中江滋樹だった。 新企画の整理とか机の片付けとか。ビタミンB1摂取せんと大昌苑でトントロ定食。 日経新聞からサンタに関する問い合わせ1件。そろそろそんな季節か。 あいかわらず右肩と右目と右頭いたく、とっとと帰る。帰りにチャンピオン、それと古書店で『げんしけん』2巻とあの『レイザー』1巻見つけたので確保。チャンピオン、『くんくんカムカ』のわかりにくい似顔絵攻撃がひどすぎる。『げんしけん』、実は個人的には『時かけ』よりこっちのほうがノスタルジクーかも。『レイザー』はあとの楽しみ。 「ボビーが自分の『日本のドラフトで不正が行われてマース』発言を実証してみせた壮大な実験」こと大嶺騒動、いまだ終息せず。 大嶺サイドがゴネればゴネるほど、3位指名され今江・諸積系統の満面の笑みでガッツポーズを取った札幌日大の黒滝投手にロッテファンの人気が集中していく現象。いや本当この今江ばりのゴリラ系笑顔はロッテ顔であるな。諸積的キャラの穴を埋めるのは黒滝しかいねえ。18歳にして、リストラされたお父さんのぶんまで稼ごうというハングリーな心意気が、なんかもう泣かせるじゃあないですか。一家の大黒柱だけでなくロッテの大黒柱にもなって、契約金だけでなく年俸からもどしどし北海道に仕送りしてくれ。登板するたび相手バッターにお父さん以下黒滝一家がしがみついて「俺のやさしさがこんな幻を見せるのかーっ!?」という逆左門なギャグはもう通じる人も少ないかもしれんなあ。あんちゃーん。 神戸屋パンかじって2300とっとと就寝。 |
| 9月27日(水) |
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本のオビ文句を考えたりコマい仕事に終始。昼飯は紅梅で豚丼。 重版の訳者校正に「HU」と書いてあったので、これはどういう意味か訳者に問い合わせる。 「HU」じゃなくて「トル」だった。 ハズカシサのあまり4階の窓から飛び降りるところだった。 定時退社。急いで帰って着替えて西武ドームへ急行。オールマイティチケットで入場だけはできたが、さすがに今日は内野まで満員ぎっしり、いつものように「内野でごはん」どころではない。立ち見しながらわかめそばずるずる。 試合は0-2とリードされていたが俊介ふんばり打線もしぶとく点を返し、外野立ち見に移動した7回表ついに3-2と逆転。しかし8回裏、藤田に変わってミラ一(←誤字ではなくバックスクリーンの表記ママ)がいきなり代打リーファーに一発くらって俊介の勝ちを潰す。そのまま延長に突入し10回裏、1死3塁からソニック2連続敬遠。塁をぎっしり埋めてまんまとファーストゴロを打たせた……のだが福浦痛恨のサヨナラエラー(涙)。 泣きながら帰る。わーん。 |
| 9月26日(火)【ここまでは2007.5.19更新】 |
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仕事する。昼、雨わりと本格的に。三朝庵でカツ丼かっこんで家賃振り込んで、戸山図書館で貸出カードの登録しなおし。 『アニマル横町』最終回の録画予約を忘れたことに気付き、18時半前に根性で帰宅。 「『最終回』のパロディ」連発でグダグダ行きつつも「こうなるとどう転ぶか最後までわからんぞ」という緊張感をはらみながら(ラスト直前パパママの声がしてあわててケンタたちが隠れたところで、そのままあいつらが消えてしまうんじゃないかとドキドキした)、最終的には別れも何もなく、現状のまま「世界」が広がり新たなフェーズへ移行……。なんだかんだ言って『アニ横』らしいみごとな最終回でした。急いで帰った甲斐あり。 ロッテ高卒ドラフト1位指名の大嶺がロッテイヤイヤと言ってるらしい(本人が、というよりむしろ八重山商工のカントクが)。ぜってーホークスと密約できてたなあのうろたえぶりは。カントクはもちろん栄養費を(以下略) 例の、奈良県に社会不安を巻き起こし天下の悪法「ロリメディア持ってるだけでタイーホ条例」を可決させてしまった小林“写メ見せびらかし”薫クンに死刑判決。 ミクシィでニュース引用してる人たちの日記を見てると、ペド小林の死刑判決に諸手を挙げて喝采している人たちの一方、「被害者の親御さんが『死刑ありがとう』と言ってるのに違和感を感じる」、と書いている人たちもいて何事かと驚く。 たぶんミクシィニュースのヘッドラインに【死刑判決に両親「ありがとう」】なんて書かれてしまったせいだと思う。ちゃんと記事を読めば、ご両親が「ありがとう」と言ってるのはこの判決まで心の支えとなった楓ちゃん(への思い)に対してであって、「死刑ありがとう」ではないことはすぐ分かるのだが、そりゃあんなヘッダじゃ巨大な誤解を招いてしかたなし。 そう言やつい先日も、海自ミサイル艇の機銃誤射事件を【ミサイル誤射 原因は人為ミス】とヘッダつけてしまって「ミサイル発射なんかしてねえよ」「ミクシィが誤射キター!」と方々でツッコミの機銃掃射を浴びていたばかりだが、さらにミクシィニュースのヘッダは信用ならなくなってきた。 13文字という制限の中で、ニュースを要約し、さらに思わずクリックしてしまうようにキモのキーワードを織り込む作業というのは、ものすごい情報分析能力と言語センスを要求される大変な仕事だ。社長が30歳かそこらの若い会社、しかも新聞社やTV局などマスコミプロパーでもないミクシィにおいて、どのくらいの歳のどのくらいの経験を積んだスタッフがこの作業に携わっているのか知らんが、も〜う少しマシなのを雇ったほうがいいと思ういやマジで。 昔から東スポの釣り見出しは有名だが、ああいうのとも違う。たとえば東スポの場合、海自誤射事件なら【海自、民家を攻撃】とか拡大解釈的表現は使いそうだけど、【ミサイル誤射】みたいな最低限の事実誤認はたぶんやらかさないんじゃないかと思う(自社取材にせよ通信社記事にせよ)。それをやったらTBSが石原慎太郎の発言にイエスノー逆の意味の字幕つけちゃったのと同じである。東スポはさすが腐ってもマスコミというか、ニュースの内容を咀嚼した上でワザと通勤客を釣るような見出しをつけてるけど、ミクシィやライブドアニュースの担当者はたぶんギャグや釣りではなく素で「わかってない」のが見えるから、見てるほうも「イヤな感じ」がするのかもしれん。 ウチはミクシィニュースのヘッダが表示できないMac版IEを使っている原始人なおかげで、ヘッダに釣られクマーとなることもないのでどうでもいいのだが、今回のペド林のニュースの件だけ見ても、けっこうヘッダだけ見てだまされて脊髄反射的に日記書いてしまう被害者は多いことがよく分かる。 で、その日記を見て義憤にかられた人が(元情報にあたらず)さらにその義憤を再生産・広域伝播させ、世論が形成され……その結果、楓ちゃんのご両親が変なバッシングに晒されセカンドレイプみたいな事態が発生したら、ミクシィには責任はあるのか。それとも、「元情報にあたる」というメディアリテラシーの基本も知らず勝手にニュースを誤解して勝手にファビョったほうが悪いのか。 デマの責任とはどこまでさかのぼって問われるのか。 インタラクティブメディアにおいて、マスメディアと視聴者が「メディアの暴力」を相互増幅させていった場合、両者は同罪なのか。等しく道義的責任を負わされるのか。いや情報でお金稼いでいるマスメディアだけが責任を負わされ無辜の庶民は罪がない、と言うのなら、じゃあ広告べたべたアフィリエイトばしばし付けまくってウハウハな大手ブロガーはどうなるのか。責任がおっかぶさってくるボーダーラインはどこか。 双方向性メディアの時代、ゆくゆくは「マス」メディアばかり批判しているわけにもいかない、という風潮になっていくのだろう。 「便所の落書き的気楽さ」と「自己顕示欲」という一種対立する快楽を双方同時に享受してこられたアクティブネットワーカーたちは、いつまで楽園に遊べるのだろうか。 2020年頃には、「ああ昔のネットは無責任に何でも書けた、いい時代だったなあ」と2000年前後を懐かしむことになっていそうである。 日本のエログラフィー史においてヘアヌード解禁(1994年)から児ポ法可決(1999年)までが一番「なんでもあり」な黄金時代だったように、今はネットの最初で最後の黄金時代なのかもしれない。 というわけでロリに始まってロリに終わってみる人でなしな日記でした。 しかも、書いてるうちに【奈良女児殺害 両親が文書公表】って穏当に書き替えられてるし……。釣られた人たちはいい面の皮である。 秋のロッテは強い。やっと秋が来たかというかんじ。 |
| 9月25日(月) |
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細かい仕事をサクサク処理した日。口腔外科があるのでとっとと帰。 丹波哲郎、大霊界へ。霊界の広報担当だけあって、「死ぬのはちーともこわくな〜い」をまさに地で行った安らかな最期だったそうですね丹波先生。人生の最後で全部ひっくり返してしまった犬丸りん先生のことがあっただけに余計、最後の最後まで己を貫き通した一種の美学のようなものを感じます。 ひるがえって総裁先生は臨終の際まで傾(かぶ)き通すかどうか。「しぬのやだよう」とジタバタしそうだなあ。重病に罹ったら教義を曲げて臓器移植しかねない。まあ本当に死後の世界を信じているのなら、あれだけ仏陀を名乗りウソつきまくったことを本物の仏陀にツッコまれるのを怖れてやっぱ「しぬのやだよう」となるだろうし。 ところで、幸福の科学が霊界をビジュアル化しようと目論んだのは、ひょっとして映画『大霊界』の影響ではないか。『大霊界』が1988年、『ノストラダムス戦慄の啓示』が1994年だから十分考えられないでもない。そもそも80年代あれだけ丹波先生の霊界ビジネスが大ヒットした地盤があったればこそ、それまでチャネリング人生訓が主だった幸福の科学の教えがどんどん彼岸志向に傾いていったのではないか……という仮説。 あ、上記発言は別に犬丸りん先生を貶めているわけではありません。 ただあの自死は『おジャ魔女どれみドッカーン!』最終回のようなすごいドンデン返し的衝撃だったことも事実で。そこまで何話もかけてMAHO堂の仲間たちとの別れを笑顔で振り切ってきたかに見えたどれみが、最後の最後で「もうみんなと別れるのはイヤだ卒業したくない」と立てこもってしまうアレ。あの最終話には賛否あるようですが、個人的にはすごくアリだと思いました。それと同じニュアンスで、犬丸りんのああいう死にもものすごく深い意味を感じます。 さっそくミクシィのコサキンコミュには追悼スレが立つも、やっぱりタイトルは「丹波哲郎ヨロ霊ヒ〜」。 今ごろ二十歳になっているであろう丹波先生の冥福をお祈りします。 |
| 9月24日(日) |
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0830起床。教会行って帰って、実家に寄って自分の荷物(ほとんど書類や古雑誌ですが)をクルマに積んで、一部を倉庫へ、大半は自宅へ。一旦実家に戻ってへたばって、1700頃帰る。寝る。 |
| 9月23日(土) |
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0900起床。『ロックマン』と『サルゲッチュ』はひとまず来週終わりか。てっきり「田村と釘宮の声を鑑賞するための環境ビデオ」だと思っていた『おとぎ銃士 赤ずきん』が、最近なんだかあなどれなくなってきた。こないだの千年つぼみの話もうわーな話だったし。今日のサラマンドラも、ひょっとしたら元の伝説自体が、実際はこういう出来事だったものが象徴的に語り伝えられたものだったのか、という含みを持たせるアレで。脚本書いてる人はある程度「フォークロアの機能」とか熟知しているのかもしれない。伝説を妄信しながらちょっと何かあるとてのひら返し神官(的役割のゲストキャラ)をブーブー非難する民衆のおろかさを描きつつ、最後はイヤな感じで終わらず救いがあるオチをつけるところもすごく好感が持てる。 日記書いたりしているうちに昼食食べ忘れる。夕方、麻家で打ち上げ。けっこう料理がどっさり出て、昼抜いたぐらいでちょうどよかった。いいちこしこたま飲んでフラフラ帰り、ボーとした脳のままNHKのエルサレムをボーと観ながらベッドでうつらうつら。目が覚めたら中川翔子が出てた。わあーもう終わってたー。蒸留酒の酔いはあまり後を引かないからいいなあ。 職場の後輩からドラマ放映前の予習がてら借りた『のだめカンタービレ』、5巻まで読了。登場人物が全て変人(かつ善人)だけで構成された、愛すべき世界。千秋の凄さばかりグリゴリ描いて肝心なのだめの天才ぶりがあまり表現されていない(そもそもあまりピアノを弾かない)のがアレだったが、最近やっと主人公がのだめじゃなくて千秋だと理解した。やっぱり頭悪いぞ俺。かなりぞんざいだったバイオリンの描き方は、5巻になってもまだ結構ぞんざいだ。通販でイチキュッパで買える中国だかタイ製のバイオリンでも資料用に買って置いとけばいいのに……。 |
| 9月22日(金) |
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こっちの仕事に集中してる間にあっちの仕事が尻に火がつき、あっちの仕事を片付けていると今度はまた別の仕事がヤバくなり、予定してなかった仕事まで突っ込まれて、まるでお手玉ぽんぽん投げてるうちに知らん間にお手玉が増えていくようなそんな感覚で。一年以上放り投げ続けてるお手玉もあるし。 一人で全てが完結する仕事ならまだ気が楽なのだが、著者校正訳者校正は必然的に著者訳者という名の自分以外の他人に任せざるをえない。他人が作業するぶんの時間を確保してモノゴトを回さねばならず、また他人の仕事のスピードというのは自分のそれ以上に計算できないので、可能なかぎり導火線が長く残っているうちにダイナマイトをパスしなきゃならない。文筆業専門でごはん食べてるわけじゃない人たちにとって「書く」仕事というものがどれだけ時間を要しまた予定通りに進まないものかは自分がよく知っている。畢竟こっちはただ先生方を駆り立て追い回しているように見えて実は自分自身も仕事に追われることになる。 夏コミ終わって以来ずっとそんなかんじでドタバタやって、出張も2回入り、まだコミティアで買った同人誌もほとんど読んでいない有り様だったりする。これできちんと土日休んでるのは感心感心。つうか土日ぐらい休まないとしにます。週末ぐらいはドイツ語とギリシャ語とエルフ語を忘れないと脳がきちがいになります←ってどういう仕事だよ。 売れてくれればこの努力も報われるのですが。 こう忙しいと、新しい企画を練り込む時間がないのが歯がゆい。 出版不況と並行してDTPソフトが発達・一般化したことにより、「経費節減」の名目のもと、それまで印刷所やデザイナーに任せていた版面作成を自社で(安かろう悪かろうなりに)こなすようになった。結果、編集者と営業の広告部門は勤務時間をパソコンの前にへばりつき朝から晩までマウスかちかちするという新しい仕事にごっそり割かれることになった。パソコン作業の量はこの10年で格段に増大した。それはとりもなおさず、それまで企画や営業の新規開拓やさまざまなリサーチ等に使っていた時間をどっかり削られることを意味する。文字どおり「貧乏ヒマなし」。そうして経費を削減しても定価が安くなるわけではなく、刷り部数も減っている現状では相場維持がやっとというのがなげかわしい。 ぽっと出のアイデアは山ほどある(もちろんその9割はウチの社からはとても刊行できない鬼畜外道な企画だが、残りの使い物になる1割にはすでに内部の編集会議などでゴーサインが出たものもある)。しかし、日々の実務に追われているとそっちを進行させている時間がない。一緒に相談できるような外部ブレーンもいないしベイカー街特務隊とかライダー少年隊のような子飼いのスタッフもいない(いても飼えない)。わりと編プロさんにアウトソーシングしてしまえそうなものもあるのだがそんなことしてたら経費がかかりすぎるし専門知識のない連中に任せてたらどんなウスいものになるか分かったもんじゃない。だから納得いくもの作ろうとすると以前のナニみたいに自分で原稿書くハメに陥るのだがもうやだもうやらんぞあんな手間かかる仕事はもうできないただでさえ我が社は人手不足なのだ。 そんなかんじでいろんなものに追いつめられながら矢のように一週間が過ぎていくんでロクな日記も書けないアリサマだ。祝日が土曜日になるのがこんなにありがたいなんて、学生時代だったら絶対考えられん。 むろと先生の職場訪問を受ける。見るからに「仕事できなさそうな奴の机」な乱雑無比のマイデスクなど、俺の無能ぶりを存分に網膜に焼きつけられてしまってハズカシイ。帰ってから、茶も出さなかったことに気づいて首吊ろうかと思った。 ああソツなく仕事をこなしたい。 この歌をミクシィにUPしてたところ、くれじじさんから「『牢屋の中』ってとこから書き始めたでしょ」と見破られる。さすが同業者にはお見通しである。 |
| 9月21日(木) |
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今日も今日とて仕事。昼、コンビニおにぎり。午後、外で定例の会議。職場に戻って2030ぐらいまで働く。天一寄り道してこってり並すすって帰宅。 |
| 9月20日(水) |
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仕事。口腔外科に行くため定時退社。寝不足で、帰りの電車で座ってたらストンと落ちる。ねぼけまなこでアゴの修理。でも今夜もまたいろいろと夜更かし。学習しろバカ。 |
| 9月19日(火) |
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4日ぶりの仕事。明日はアゴの修理のため残業ができないので、そのぶんバリバリと、11月刊行本に打ち込む。 例の教皇講演、徐々に実際の全貌があきらかになってくる。教皇自身の言葉で「イスラムは暴力的」って言ったんじゃなくて、大昔のビザンチン帝国の皇帝がペルシャ人と「オラが宗教自慢」した際の言葉の引用(の一部)だし。そもそも講演の本筋は別にイスラム批判じゃなくて「実証的理性ばっか振りかざし宗教的なものを軽視する現代の西洋世界一般のやり方では本当の文化間対話はムリなんでねーの?」って話だし。 それが、報道ではかなり「都合のいい部分(切り抜いて面白い部分)」だけがまんまとテキストがコンテキスト(文脈)から抜き出されマッドテープ化されている模様。石原三国人発言とかと同列に扱うのはかわいそうだと思います。 だいたいミサでのお説教とか回勅ならともかくこんな内輪もいいところの講演だし、コレを最初に報じたのは絶対非イスラム教徒のはずだが、単に記者が読解力なくて講演の最初で上記の引用が出たところで「特ダネキター!」ってあわてて記事にしてしまったのか、それとも政治的悪意をもったマッドテープ化なのか分かりませんが。 解説としてはこのへんとか。有名なカトリック系の「話せる」ブロガー・あんとに庵氏のこのへんやこのへんなんかも参考になるですよ。 元の「理性の幅広い応用」という文脈がどんどん忘れ去られ、「イスラム暴力引用」の解釈に議論が収斂されていくおろかな過程が。教皇引用を擁護しようとするとさらに地雷を踏む罠。 結局のところ「そういうことを言いたいんだったら他に引用の仕方があったんじゃないか」という批判に収斂されますな。教皇のような立場だったらもっとツッコミ入れられる隙のない演説しろよ、と。そんなところだと思います。 ともかく、こういうマッドテープが簡単に飛び交う現代は、かえってマヌエル2世パレオロゴスの時代以上に「宗教間対話」がしにくい世の中になった、ということですかね。マスコミの「伝言ゲーム」で被害に遭われた全ての人々に謹んでお見舞い申し上げます。 |
| 9月18日(月) |
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1000起床(うわあ)。終日かかり、やっと2005年分の日記をUP。 先日来ベネディクト16世のレーゲンスブルク大での講演「信仰、理性と大学」で西半球は大騒ぎになっているが、ついに怒り狂ったイスラム教徒が修道女を射殺という本末転倒な事件まで起こる。むかし根本敬がある雑誌に「韓国人は怒りっぽい」と書いたところ、韓国人から「我々は怒りっぽくはない!」と怒りの電話が来た……という故事を思い出した(出典:「宝島30」1994年9月号)。 デモに放火に爆弾に射殺に、わざわざ教皇発言の正当性を自ら証明するような行為を連発するイスラムの人たち。……本当に元の発言を知っててやってるのかちょっと疑問。デンマークの風刺画の時も、みんな本当に実物の風刺画を見て怒っていたのか疑わしかったけど(アレってモスクにでも行けば見せてくれたんだろうか)。 呆れたことに、『報道ステーション』など日本のメディアでは、そのへんの自己矛盾に対し全くツッコミなし。こういう事件にツッコミがないというのは、裏を返せば「イスラム=テロや暴力沙汰を起こして当たり前」という共通理解が定着していることの証左ですな。実は誰もベネディクト16世発言に石を投げられない罠。 なんにせよ、彼らが単に「イスラムがバカにされたらしい」という情報だけで脊髄反射的にファビョってるのではないことを願う。でなければ、これまで自称「聖戦」で命を落とした人たちがうかばれなさすぎる。 たしかにイスラムは「平和(サラーム)」を基本理念とした人畜無害な宗教である。そう。理念上は。では実際のイスラム世界はどうか。またイスラムの教えはどれだけこの地球にサラームをもたらしているだろうか。「アッラーアクバール」という言葉は、平和の現場と暴力の現場と、どちらでよく耳にするだろうか。 ええイスラムの本質は善でしょうよ。「本質が善だから完全に善だ」と言うことはいくらでもできます。 じゃあイスラムの実存はどうよ、と。 イスラム批判者が実存論ばかりを見つめ、イスラム擁護者が本質論ばかりを振りかざし、議論がかみ合わないまま結局暴力に訴える。……これまでの「イスラム論争」はたいがいそのパターンの繰り返しでしたよ。それも、「暴力」に発展するまでの期間は人工元素の半減期並みに短いときてますから。 イスラムが人殺しじゃないと言いたいのなら、まずサルマン・ラシュディ氏への死刑宣告を解除してから主張してほしいもんですな。 αμην,αμην. イスラム教は人殺しの邪教である。 「愛と赦し」を謳うキリスト教が人殺しの邪教であるのと同じぐらい。 もう一度言います。 「イスラム教は邪教です。キリスト教と同じぐらい邪教です。」 教皇発言を自ら証明しているみなさんは、まずその事実をよく見据え、その意味をよく考えてから、それでも自己の無謬を信じパパ様に石を投げたければ投げればいいでしょう。それが慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御目と、そのアッラーの預言者たるムハンマドの教えにかなうのなら。 こちとら人殺しの邪教の片割れを信じる者の一人なもんで、大方の日本人のようにどちらにも与しない気楽な立場から「どっちも滅びろヴァーカ」と冷ややかに突き放せるポジションにないから大変ですよいや本当に。 どうしたもんでしょ。 |
| 9月17日(日) |
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0830起床。教会行って五目ごはん食べて帰る。 夜、実家に帰る。「バンキシャ!」で吉野屋特集など、報道番組がやたら吉野屋牛丼復活を大盛り上げするのは、やっぱ国策ですか。それはそれとして米国産じゃないすき焼きバクバク食って帰って寝る。 【今日のうわごと01】 文芸社や新風舎の自費出版ビジネスにマンガ部門がないのは、漫画描きはみんな同人誌がいくらで作れるか知ってるから値段の上で絶対太刀打ちできないのと、コミケという流通の場を知ってるから「あなたの本が書店で流通します」という殺し文句が通用しないせいかもしれない。 【今日のうわごと02】 この世で生活に追われているかぎり、ぜってー輪廻からの解脱なんてできっこない。一人身ならともかく、家族でもいようもんなら、そして自分が扶養の糧を稼ぐ立場だったりしたら、まず無理でしょう。 つうか、一人の解脱者の生活を面倒見るために、何人の弟子が実務に追われ、自分自身の修行をおろそかにしなきゃならんか。 他者の解脱を阻害する、いわば「他者の犠牲の上に成り立つ解脱」てのもいい気なもんだ。 |
| 9月16日(土) |
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というわけでついに死刑確定したチヅオちゃん。「結局最後まで本人の口からは何も語られなかった」と関係者一同は落胆を隠しきれないわけだが(俺含む)。まあチヅオちゃんは「何も語らなかった」んじゃなくて「語れなかった」んだろうとは思う。 グルに対する一切のツッコミ(=相対化)を許さぬ閉鎖系独裁コミュニティの中で、グルの妄言を下々のサマナどもがハイそのとおりですと真に受けて、それ見てグルも自分の妄言を妄言と思わずさらに妄想をエスカレートさせる。そんな妄想のキャッチボールが続けられた結果が、一連のオウム犯罪だったわけで。坂本事件も選挙出馬も石垣島セミナーも潜水艦実験もヘリ購入もサリン開発もサリン噴霧も、チヅオにとっては軽く口にした思いつきだった。それをサマナがグルの覚えめでたくなろうと本当に実行しただけの話で。そういう意味で、チヅオ本人の責任感は極めて希薄だろう。 「独裁者の思いつきをゴキゲン取りの下々が実行して大変なことになってしまった」例は何もオウムだけにとどまらず、ナチスも北朝鮮も中共の大躍進や文革も、突き詰めればそういうことである。そして、いずれも首謀者が自分の責任について何かを語ったためしなどない。 バカとその忠犬の引き起こす災厄は、バカ本人には説明できっこない。 そしてこの期に及んでも他人事のようにどこ吹く風で活動を続けるアーレフ。今さら社会復帰できない上祐にとっては教団という集金システムの維持以外に食っていく道はないので、必死だなワラなのは当然かもしれん。けど、上祐や同様に社会復帰不可能な幹部連中を食わせていくために勧誘され食い物にされ続ける若い衆こそいい迷惑で。 自信たっぷりに「ウチなら全ての苦悩から解放される」とぶち挙げ、なんでも単純にカルマの法則に還元することで歯切れ良く答えを出す、小泉純一郎とか石原慎太郎的「言い切り」には、みんな面白いほどコロリと丸め込まれますね。けっこうみんな、警戒心ありありのわりに、心の底では何かにすがりつきたがっていますから。 「じゃあなぜまともな宗教が本物の真理をズバリと言ってくれないのか」と人は問う。「おまえら本当の宗教だと言うのならズバリと真理を教えてくれ」と。 ええたしかにズバリと言ったほうが人は聞くことはみんな分かってます。でも、善人ほど「ズバリ言うわよ」な言葉の危険性をよく知っている。だから彼らは無責任な言葉よりも、むしろ行動で、生き方で自分の信じる真理を世に伝える(というかそう生きざるを得ない)。いつマザーテレサが「私がカルカッタの貧困を解消します!」と公約ぶち上げたか。つうか、本当に人を救おうというつもりの人ほど、「私が絶対救う」なんて軽々しく口にできないもんです。逆にサギ師ほど「必ず助かる」「必ず儲かる」と言うもの。だったらそう言ってる間にさっさと世界を救済してくれ。 高校三年の三学期に、外の社会へ出るにあたってキャッチセールスとか学生勧誘カルトとかの情報を教える講座を必修にするとかしないかな。 結婚前講座みたいなかんじで。 1100出発、LPO「面白漫画倶楽部」へ。カレーもりもり食べながら開演を待つ。しょっぱな、ゲストの木持先生がご不幸で来られなくなったとの残念なアナウンスに場内から落胆の声。 しかし落胆しているヒマはないぞ。第一部「小池一夫の世界」パソコンのスライド機能を活用した「エレクチオンナウ」のお二方の見事な紹介芸もさることながら、小池一夫ワールドのキチガイっぷりに、あっと言う間に場内のテンションはドカーンと上がる。「小池一夫」という、漫画の世界ではすでに大御所と言っていい(そのわりに案外ちゃんと読まれていない)ビッグネームが、実はとんでもない漫画原作ばかり書いてきていたという、そのギャップがたまらない。「話の筋とは全く関係なく全裸の女がコマの後ろで踊り続けるマンガ」というだけでも十分ヘンなのに、その作者が誰でも知っている大御所という事実が、より可笑しさを醸し出すのである。しかも、一部のヤケクソで書いた漫画だけではない。小池一夫、どの漫画を読んでも改めて言われると確かにヘンなのである。滝沢解にも比肩するレベルだ。くそう知らなかったー小池一夫がこんな面白い漫画家だったなんてー。蒙を啓かれた思いである。レッツゴーカン! 第二部は新田五郎さんの「木持アート出版の世界」。どう見てもヒゲモジャの毛深いおっさんが全裸で四つん這いになってる図にしか見えない「インドライオン」とか、何度見ても素晴らしい。俺もちろん木持アート作品は全部読んでいるものの、木持作品は何度読み返しても新たなサムシングを発見するので、どれだけ長く紹介されてもぜんぜん苦にならない。むしろ場内の未見の人たちがグイグイ木持ワールドに引き込まれていく空気を感じながら、自分の感性が周囲に共有されていく生物都市的一体感というか、『時かけ』のリピーターもこんな気分なんだろうなあとか思った。 今回は木持作品の素晴らしさをリミッター解除で思う存分観客に知らしめ、木持ファンの裾野を広げた上で次回に繋げるという意味では、かえってご本人がいらっしゃらなかったのは天佑だったかもしれない(ご不幸を天佑と言ってしまうのもナンだが)。そもそもこのどえらい盛り上がり方では、たぶん作品紹介と本人登場が重なったら1時間の持ち時間じゃ足りなかったんじゃないか。 第三部、前半は海外マンガ。天●陛●と皇●子が富士山の噴火口でバトルする、大変な皇室観に基づいて描かれた格闘マンガに死ぬほど笑う。後半はエロマンガと怪奇マンガを速射砲のごとく紹介。「48大セックス怪獣」のヤケクソぶりに涙する(笑いすぎて)。 まだ昼間なので、ウツセさんV林田さんたちとお茶。V林田さんのような若い世代に、グリーンマンとかウルトラファイトとか「古典」に積極的に親しむインテリがいるのは非常に心強い。世代間ディスコミュニケーション状態は、こういう人材のところから打破されていくのかもしれない。でも時間のある高等遊民でないと、第一世代だろうが第三世代だろうがインテリオタクにはなれぬ。 神戸屋でパン買って食べて寝る。 |
| 9月15日(金)【ここまでは2007.4.21更新】 |
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0630起床。朝食、学会参加者がうじゃうじゃ。チェックアウトして、大学のシャトルバスに揺られながら、外の風景になんとはなしの違和感を感じる。右手に海、左手に山、太陽が左手から……あっそうか、太平洋側の住人には「太陽は海から照りつけるもの」という先入観があるから、「シーサイドなのに山側から太陽が照っている」という状況が納得できないんだ。 昨日に引き続き今日も頭が冴え、質問にこそ立てないが内容にはきちんとついていけてる。見えるぞララァ! 聖霊でも降ったか? いや単に今あの巨大本作ってるおかげでこの業界の「文法」が脳にしみついてるおかげですたぶん。 ごはん食べて質疑応答して1300過ぎ学会終了。シャトルバスでまた新潟へ戻る。1444発とき330号。学会会長T先生がグリーン車に乗り込むところを目撃。新潟の青々とした田んぼを眺めながら、なぜミステリーサークルは麦畑(それも収穫直前のよく稔ったところ)にしか出ないのか、とふと思う。麦以外の畑とかただの芝生とかにはなぜ出ないのか。それだけでも明らかに怪しいやろ。 大宮から直帰してもよかったのだが、学会資料などを置きにいちおう上野まで乗って職場へ戻ると、職場の先輩の母上が昨日亡くなり今みんなで葬儀に出ているところだと聞き、驚いて中央線に。キオスクで黒ネクタイ買って首にひっかけてかけつけると、最後の喪主挨拶が終わりかけたところ。なんとか献花だけはできた。間に合った、とは言えないが顔出さないよりはましだろう。それはそれとして国分寺周辺の早実フィーバーぶりはすごい。早実の生徒が肩で風切って歩いてるサマがなんとも。 帰るとチヅオ死刑確定の報。これで肩書きから「被告」が消えます。今後の呼称は「死刑囚」か。 |
| 9月14日(木) |
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0430起床。用心して0510家を出たら乗り換えサクサク接続、0634発のとき301号に乗れてしまう。 早く新潟に着いたので、タクシーとか使わずJRでちんたら佐々木駅まで行って、学会会場の敬和学園大学まで小雨の中30分ほど歩く。いい運動。その間、車はびゅんびゅん通るが、すれちがった生身の人間は4人だけ。1人はバス待ちのばーちゃん、1人は工事現場の入り口で見張りしてたおっさん、1人はチコク高校生、もう1人は学会参加のK先生。地下鉄もないJRも1時間1本路線バスもほとんど通らないこういう土地だと、ほんとに車がないと生きて行けないのだな。学校も田んぼの真ん中にどーんとそそり立ったようなかんじで、周りは中古車センターとかばかりで遊べそうなところは全くない。こういう環境なら学生も勉強以外何もできないだろうな。我が母校も交通の便はかなり悪い森の中の隔離病棟いや集中治療室であったが、ここには負ける。 学会発表は午前中2本午後2本、ふしぎと頭が冴えて、なんとなく分かったような気になる。昼食は大学のおそらく普段は教授会で使うような半分応接室っぽい豪華な部屋でお弁当。学長様のお話で、ここもリベラルアーツ重視の学校と聞き親近感。 シャトルバスでみんなと新潟まで帰り宿にチェックイン。同じホテルに泊まる先生方ぞろぞろ。たぶんみんな昨日から泊まっていたのだろう。俺だって忙しくなければ。駅前の高級ホテルのわりにこないだネットで見たらすごい安いプランが出ていたので予約してみたが、理由が分かった。横長のホテルの端っこにエレベータがあって、俺の部屋は反対側の端っこ。もちろん設備には全く異存なし。外に出るが、別に食べたいものもなかったので、駅ビルのパン屋さんでパン買って部屋でもぐもぐ。学会出張費とか出る先生方とは違ってこっちは貧乏旅行なのじゃよー。 TVでニュース。ミクシィ上場。広告費以外収益ないのにこの勢い。「数」の力はすごいな。アットニフティも90年代あれだけいたパソ通の客をそのままSNSに引き込めていればすごいことになっていただろうに、今ごろ当時の関係者は地団駄踏んでいるんじゃないのか。安倍首相のオモシロ教育提言また炸裂。大学を9月入学にして、高校卒業後の4月から8月までの間は「ボランティアをやってもらいます」って……。そもそも強制したらそれはもう「ボランティア」とは言わないのではないか。 けっこう面白いローカル番組を観ながら、明日も頭冴えてほしいのでさっさと寝る。 |
| 9月13日(水) |
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カブトのメールマガジンがこんなこと書いてやがったらしい。 ふ〜ん、「“HIBIKI”なる自称ライダー」、ねえ……。 高寺響鬼ファンはどこまで屈辱に甘んじなければいけないのか(血涙)。 先日来同人マンガ描きの間で話題になってるファーストビットのDMの件もひどかったけど、ほんとにこいつらプロか。ほんとにこれで金もらってんのか。もう死んでいいよおまえら、と思わず毒づく。 ここんとこ最近、口のきき方というかなんというか、コミュニケーションというものの認識の根本の部分が壊れたまんま文章を書く人が増えているような気がする。これで本人は喧嘩売ってるつもりはなく言葉のアヤというか文章を面白くするテクニックの一種のつもりだったりするから余計始末に終えない。そういう内容だったらもっと他に言い方があるだろうに、なぜそういうわざわざ相手の神経ササクレ立たせる言い方をするかな、損するだけだぞ。そう思うんだが。本人は全く気づかないんだろうか。こう書いたほうが面白い、と本気で思っているんだろうか。 誰もが無検閲で情報の発信元になれる現代、「常識」とか「他者への思いやり」よりも先に「他者に自分を表現する度胸」をつけてしまう人間がぼこぼこ輩出するようになった。 たとえるなら、TOEIC900点以上余裕でとるけど常識知らずのオッチョコチョイな帰国子女が、語学力に任せて国際社会の場で堂々と雄弁に問題発言を連発、我が国の評判をコキュートスの域まで落とすようなものである。そんな国際紛争の種をまくぐらいなら、英語なんて勉強しなくていいからそのぶんもっと常識とか他人への配慮を学んでくれよ頼むから、と。 言い方ひとつ、訳し方ひとつで、メッセージが伝わったり逆効果になったりするから言葉というのはおそろしい。ポツダム宣言「黙殺」をAP通信ロイターがignoreじゃなくてrejectと訳したせいで原爆落ちたり。 「言葉が書ける/しゃべれる」ことと「他者と信頼関係が築けるような言葉をつむぎ出す」ことは全く別次元の問題だ。つくづく思う。世の中見てると、雄弁な人のほうが、実は敵を作りやすいように思えるし。まあ俺ぐらい喋りも文章も下手なのもそれはそれで困ったもんですが。 ああそれにしても腹が立つほどの配慮のなさ。 デンマークのムハンマド風刺画を見た時のムスリムもこんな気持ちだったのだろうか。そう思うとムスリムに同情する。 |
| 9月12日(火) |
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いろんなことが不調。 そういえば「お蝶夫人」と「不調オジン」てちょっと似てるな。 と、不調な時ほどどうしようもないことを思いつく。 ここ最近、拳王様の兵隊みたいにただ恐怖に突き動かされて仕事してる状態。「恐怖」というのは、刊行予定に間に合わないという恐怖もあり、訳者にせっつかれてる恐怖もあり。 こんなあれもこれも切羽詰まってる状態なれど、先週の出張に続き今週も明後日から学会で新潟出張ですよ。朝5時半の電車で。がんばって新幹線とホテルでゲラ読むぞー。おー(棒読み)。 第4皇位継承者、「悠仁」(ひさひと)と命名。とりあえず職場に親王様と同じ漢字を使った一文字名前の後輩(♀)がいるので、明日どんな気分か聞いてからかってみようと思う。 これまでなんという名前になるか話題沸騰だったが、ためしに「ホメ仁」(ほめいに)でミクシィ日記を検索したら8件も出てきた……。600万人中8件というのは多いのか少ないのか。 【きょうの脳暴走】 太平洋戦争。風船爆弾の被害を米国はひた隠しにした。 結果、日本軍は「ダメだこりゃ全然効果なし」と判断し、戦果を挙げつつあったせっかくのローコスト報復攻撃を中止してしまった。 半世紀後。9・11の被害を米国は大々的にアピールした。 結果、テロリストは「すげーすげー俺らもテロやるべ」と我も我もと自爆テロに走るようになったとさ。 * * * * * アメリカが関係諸国にショーザフラッグを迫ったのは、自国に集中するはずのテロのリスクを諸国に分散させて押しつけようという作戦だったのでは。 かくしてマドリッドやロンドンは米国本土を守る「盾」にされてしまったと。 * * * * * ナチスが目立ってくれたおかげで、欧州人は自分らの長年のユダヤ差別の罪をまんまと全部ドイツにおっかぶせおおせたのかもしれない。 中国侵略の罪が日本に全部背負わされて、イギリスもポルトガルもドイツも不問に付されているのと同じで。 どんなババヌキだよ。 * * * * * ねむい。 |
| 9月11日(月) |
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デーブ・スペクターの車が炎上。 バッテリーがソニー製だったんだろうか。 仕事。昼飯もコンビニパンで済ませ、1940頃まで12月刊行の巨大本にかかりっきり。我ながらヤケクソのようなペースである。本当にヤケクソなんだけど。 夜も駅前のロッテリア(ロッテリアプラスじゃなくなってるー!)で食べ、フラフラ帰ってネットでニュース見ると、犬丸りん自殺の報が。そうか、わしらがと学会の例会でゲラゲラ笑っていた同じ時間に。ニュースを聞いて最初に思ったのが「以前読売日曜版に『あたしンち』と交代で隔週連載してた『ももぺ』が打ち切られたショック説」だが、アレ終わったのはもうだいぶ前だしなあ。 「まったり」を説いた犬丸の自死は、「超人」を説いたニーチェが発狂したのに近い構造かも、とふと思ったり。日本はもはやまったりするのも難しくなってきたのでおじゃるかのう。ゆとり教育も終わったでおじゃるしのう。いい歳してまったり生きてるとニートとか呼ばれて石投げられるしのう。『大東京ビンボー生活マニュアル』みたいなライフスタイル送って平日の昼間に町歩いてるとデフォルトで不審者扱いされるしのう。消費税も上がるしのう。もうエピキュリアンはこの国では生きづらくなったことを象徴するかのようなニュースじゃのう。 |
| 9月10日(日) |
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0830頃起床。『音楽の泉』メンデルスゾーンとイザイ。TVもつけずに録画にまかせて朝食洗濯例会準備。1010出発。車内でネタの組み合わせをあれこれ考えつつ。地下鉄高田馬場駅にでかい『永遠の法』のポスターが。嗚呼。 1130光デパートさんと待ち合わせ、例会会場へ。地上は暑い。発表いつものごとくグダグダ。アレの紹介でキモの部分を忘れるし。しくしく。もちろん他の方の発表は全く次元が違って面白いのなんの。 今回は「萌えワールドカップ」とか「萌え新幹線」とか、「萌え」の鉱脈を枯渇させんとするかのごときトンデモというよりヨモスエな事例が多々。ほぼめぼしいとこは掘り尽くされてしまったような感あり。 となると今後のフェーズは「さすがにこれは擬人化/萌え化しちゃいかんだろ怒られるぞいくらなんでも」という禁断の領域に手を出し、豪快な落盤事故を起こすチャレンジャーな山師の出現が楽しみである。たとえばイエスと12弟子や聖人を萌え美少女化してみる『萌えバイブル』とか。ただしあらかた殉教してるからただの被虐SMエロマンガになる危険性大。ジンムスイゼイアンネイイトクコウショウ以下全部萌えっ娘にしてしまった『萌え皇統譜』とか。涼宮ハルヒより怖い雄略天皇たんとか。神功皇后なんかリアル戦闘美少女ですよ。ゲバラたんボリバルたんカストロたんアラファトたん重信房子たんって線もまだないな。このへん誰が最初に、パンドラの箱の上げ底までひっぺがすのかが注目である。 落盤ですめばいいが、モリアからドゥリンの禍を目覚めさせかねないので退却〜〜!! |
| 9月9日(土) |
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1100アゴ医者。帰って明日の例会用の本探し。英国人が英語で書いた日本エロアニメ史の本(手塚の『クレオパトラ』などもきちんと紹介された骨太な研究書)が見つからず、数時間部屋の片付け。 1630ようやく見つかり、安心して彩の国古本まつりを再度攻める。休養十分でレーダーにもビンビン引っかかり、トールキンの画集とかポップスの楽譜などなんだかんだで1万円近く。やっぱ水曜は疲れてたな。桃屋のキムチのCMソング「あなた〜の〜キムチ〜が〜よ〜く分かる♪」って『アリラン』のメロディだったんだ。 買わなかったけど、戦時中の本で、帝国海軍中将が書いた『帝国海軍はなぜ強いか』みたいな文部省推薦本を立ち読み。昭和17年初版で、これは18年の改訂版(山本五十六に「故」がついたぐらいの変更しかなさそうだが)。日本の軍艦を紹介する章では、ミッドウェー後にもかかわらず赤城加賀蒼龍飛龍が健在なことになっている大本営発表乙なウソは当然だが、その一方、当時でも健在だった最強空母・翔鶴&瑞鶴の名前が全く出てこないのが興味深い。長門級など戦前に配備され国民にもよく知られている艦は国民を鼓舞するべくマスメディアにばんばか登場し、ほぼ開戦と同時に配備された新鋭艦・翔鶴級は大和級と同様に秘密兵器扱いだったらしい。もちろん大和も武蔵もこの本には出てきません。戦時中の子供が大和の絵描いたり模型作って遊んでるシーンとかはウソなわけですね。「あんちゃん、コンボイは川にうかべたらはやくはしるかのう」「しずむ」(←いやそれは団結小屋)。もちろん、民間人のおねーちゃんが「大和は沖縄へ行くんじゃろ? 死んじゃいかん!」なんてトンデモ台詞を吐けるはずもなく。あんたどこのスパイですか。憲兵隊に通報しますた。ああ買っておけばよかったかなあ資料として。 そんな本にアテられたからというわけではないが…… 【今日の寝言】 何号か前の『大宗教学』に 「軍備とは『戦争を回避するため』に掛ける掛け捨ての保険である」 とかなんとか書いたことがあるのだが、今ごろになって自分の言ったことが「一部」納得できなくなってきた。 「軍備を揃え『ウチに攻めてきたらタダじゃ済まんでぇ』とアピールすることで、隣国に攻め込もうという気をなくさせる」という考え方は、実はそれだけの軍事費をかけられる金持ち国ならではの発想である。 ロクな保険もかけられないビンボな国は、別の保険を必要とする。 一発で報復的反撃が可能な弾道ミサイルやロケット砲が、資源も工業力も乏しい貧乏国に好まれるのはそういうことである。 また、「軍備」と普通の「保険」には実は決定的な違いがある。 普通の保険はいくらかけても周りはなんとも思わない(せいぜい高額の保険金が下りた時にいろいろいらぬ勘ぐりをされるぐらいである)。 だが、軍備という保険は、かければかけるほど、逆に周辺国にとっては自己の安全をおびやかす脅威として捉えられるる。 国民の安全を守る保険のつもりの軍備増強が、逆に隣国をパニックと疑心暗鬼に陥らせ、テロや内政干渉などの異常行動に走らせ、結果、国民の安全を脅かす、という皮肉なジレンマが現実には発生する。 本当に国民の、国家の安全を保障するには、軍備で自国のみハリネズミ化するだけではなく、それと並行して、周辺国に対し「ウチも別にこの軍備を使ってあんたらの国にチョッカイ出すつもりはありませんからそこんとこヨロシク」と無害さをアピールし、安心させるための外交的手立てがセットで必要だと思う。 立場を逆に置き換えて考えてみれば、簡単に理解できるだろう。 世界第3位の軍事費で世界最高水準のハイテク兵器(むろん米軍の最新装備に比べれば中古もいいとこだがそんじょそこらの国が配備できる兵器では対抗不可能であることは変わらない)を陸海空にズラリと揃えた軍事大国と領海を隣接する国が、どれだけ不安にかられるか。そんな軍事大国が隣にあってコチラには金も何もない、となると、北朝鮮やヒズボラみたいに間接攻撃報復兵器の開発に血道をあげて脅しをかけ、それでも不安だから闇討ちを仕掛けるしかなかろう。 北朝鮮がテポドン試射(しかも失敗)したぐらいでパニックに陥るほど隣国の軍備に敏感な日本人なら、周辺諸国の心情はいくらでも理解できるのではないか。 そういう意味で、心理学的に考えても、やっぱり憲法第九条はあったほうが国防上有利なのではないか。 たとえば、警察は「市民の安全を守る」という建前の元に存在しているからこそ、これ見よがしに火器で武装しながら街ん中を平気でうろつくことができるのであって。「市民を守るための存在」という「縛り」がなければ、あんな銃で武装したガタイのいいおっさんの集団ほど国民にとって危なっかしい存在はない。下手な暴力団以上に厄介だぞ。 そうした「縛り」として、憲法第九条をもっと積極的に周辺諸国にちらつかせ「九条護持」をアピールすれば、ひいてはみんなのやりたがってる軍備増強も靖国参拝もいくらでもやり放題になるのではないだろうか。 周辺諸国は究極的には「日本がせめてくること」が怖いから、だから歴史認識とかイロイロとケチつけてくるんでしょ? じゃあ絶対攻めない証として九条の規定は護持するから、それなら安心でしょ? つうか、我が国が九条を護持してるのにそれでもイチャモンつけてくるというのは、逆に他の狙い、ぶっちゃけ言えば逆に我が国をせめてやろうという意図があるとしか思えませんぜ? どうなのよそのへん? ……ぐらいのことを、九条をダシに外交の場で言えませんかねえ。 「あんたらがあまり北方領土とか尖閣諸島とか竹島とか強情張ってるとウチの国民がスネて国粋化して『これも全部憲法第九条があるからナメられてるせいだ』と折角の九条を国民投票で廃止しちゃうかもしれませんよそれでもイイの?」 と脅すぐらいに九条を外交カード化しちゃうシタタカさはないもんでしょうか。 もともと国民を守るために練られ作られた憲法の条文なんですから、国民を守るために存分に使わない手はないですよ。 つうかどうせ九条あってもなくても、いざ有事の際には9.11後のアメリカのように「時代の空気」に後押しされていくらでも集団的自衛権行使するんでしょ? じゃああってもいいじゃん。 むしろ九条破棄したら、それを口実に中国韓国がヤレ日本はまた軍国化しただの何だの大騒ぎして領海問題を有利に押し切ろうとしてくるのは目に見えてます。口実を与えないのも大事な利用法です。 ……以上、9づくしの日にちなんだ「憲法第九条の国防利用」のバカバカしい一席でした。 どうでもいいけど、時代が進むにつれ戦争・軍備・防衛・監視にかかるコストはどんどん激増するのに、それにひきかえ単純な無差別報復攻撃(つまり自爆テロとかロケット砲攻撃とか)にかかるコストは驚くほど安くなっているんだよな。 なんだか真面目に軍隊派遣して戦争しかけるのがバカみたいだなと。 |
| 9月8日(金) |
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いいかげんしつこいとは思いつつ例の青春アニメ映画の話。ネタバレあるから観てない人は読まないでー。 ミクシィレビューを書いてみたので、ついでに他の人のレビューも見てみたが、「タイムリープ1回分復活」のカラクリが分からないという声がけっこうあった。アレって「真琴以外の人間が時間を1回戻したからそのぶん真琴の使ったナニも1回分なかったことになった」、という理屈だと思ったのだが違うですか。あれはスタンドのルールの言い訳としては最高の部類に入ると感心したのだが、劇場で幻でも観たんでしょうか俺。 その理屈でいくと「じゃあ集団でタイムリープすれば使い放題じゃん」となるのだな実は。でも、記憶を連続させられるのはタイムリープ能力を使った本人一人だけだから、「集団でタイムリープ」しても他の人はタイムリープしたという意識自体バイツァ・ダスト(違)に吹っ飛ばされてしまっているので、原理的に集団行動は不可能なんじゃないか、ゆえに問題なし!……と個人的には考えてます。 あと、「過去だけじゃなくて未来にも行けるのか」という疑問。これはたしかに俺の記憶でも説明はぜんぜんなかった。つか千昭って時間移動どころか「ザ・ワールド」までやってるし。あのへんについて「本来あの変なタネは過去も未来もザ・ワールドも自在に操れるものなのだがド素人の真琴は時間遡行の方法しか解析できなかっただけ」というふうに勝手に解釈して一人で納得してしまった俺は、たぶん立派なSF者にはなれないと思います。 だいたい「意識だけが時間移動する」という俺の解釈も、だったら現代にいるはずのない千昭が現代に存在しているのもおかしな話になり。かと言って「肉体ごと移動してその場の自分と交代する」とするのなら、じゃあたとえば真琴が10年前に戻ったらそこにいる7歳の真琴の存在が消えて17歳の真琴がドアぶち破ってゴロゴロゴロと転がってくるのかと。どっちの解釈でも矛盾が生じるのである。 そう考えると、真琴が1日単位を超えない超近場の時間遡行しかしなかったのは、そのへんの矛盾をごまかすすごくうまいウソだと思います。 ああなんかジョジョのスタンド能力解明してるみたいで、いろいろ考えてると楽しいぞ。 そもそもあの映画、タイムリープの原理とかSF的考証は一切やってないんですよね。「だいたい観て分かれ」みたいなかんじで。だから実際のところは俺みたいに勝手に自分で自分に言い訳して納得しておくのが製作者推奨の鑑賞法なのかもしれませんですね。「製作者側が頭ひねって下手なリクツをつけるよりも、謎は謎のままほっぽったほうが客が謎解きに夢中になって食いついてくる」、という「エヴァ効果」の最もきれいな形かもしれません。きっとあれ、スタッフも最低限の基礎的説明しか考えてないと思います。 で、「連続するのはタイムリープした本人の意識・記憶のみでケガとか肉体的疲労はキャンセルされる」というルールがあるのにカラオケでノド枯らしてるのは何故、とか、指先でつつかれたらそこから腐るような桃をあんなガサツに扱って夏場に一日教室のロッカーにぶちこんで大丈夫だったのか死ぬなおばさん、とか、だいいち独り者のおばさんがあんな大量の桃をもらって困らないのか実は桃が主食なのかそれとも桃に産卵する新種の昆虫なのか、などのどうしても説明つかないところは「忘れましょう」(@マイメロのおばあちゃん)ということで。まあ、「分かれ道&道路標識」とか「事故死フラグが立った時だけここぞとばかりに鳴り響く商店街のカリヨン」とかメタファーの巣窟のような映画ですから、アレを傷みやすい「桃」にしたのも何かの暗示なんでしょうねなんとなく分かりますガラスの十代。桃があんなに大量だったのも、きっとあの一族は真琴以外もみんな大食らいの家系なんだろうと。 あ、「謎は謎のままほっぽっとく」ことが全部いい方向に転がるというわけではないので念のため。「解かれなくても気持ちいい謎」と「解かれないと気持ち悪い謎」というのは厳然と分けられると思います。『時かけ』の謎はだいたい気持ちいい。あれこれ謎解きしてると楽しい。ある意味良質のミステリですな。これがアギトとか555とか剣とか響鬼後半とかカブトは個人的には気持ち悪い謎の典型です。解けないとすごく気持ち悪いから仕方なく観続けなければいけない罠。そして解けないまま放り投げられるとモヤモヤと気持ち悪いままだし、解けてもだいたいしょーもない上にさらに新たな疑問を生む悪循環。どういう作り方をすればこうも変わってくるのかは現在解明中。 ジ●゛リの偉い人がいまごろ細田監督をハウル製作から追い出す前の時間までタイムリープしたがってるように、高寺プロデューサーにも、東映の偉い人に激しくタイムリープ欲を起こさせるようなすごい作品を新天地で作ってもらいたいものだ。つうかお願いだから戻ってくれ、響鬼29話の時点まで。もう白倉Pと敏鬼の文法にはついていけません。なんだカブトのあの展開。ええ敏鬼はデフォルトで死刑の線で。いや、敏鬼本人は悪くないか。「視聴者を『謎』のクリフハンガーで惹き付けておく小ズルい才能がある(※)」というだけでアレを起用するプロデューサーの責任だと思います(※謎がバレた時点であまりのしょーもなさないし以前の番組とのソックリさに視聴者全員ガッカリして視聴したことを後悔するのだがそれは別の問題)。来年には「実は人類皆ワームでしためでたしめでたし」というB級ゾンビ映画のようなオチを見せられそうですごく嫌な予感がするぞ。 最高の解決法は、すばらしいお話を書いて客の心を惹き付け、「ええいそんな些細な謎なんかどうでもいいこの感動をどうしてくれようがおーんぐわーん!!(轟泣)」と客に思わせることですが。 |
| 9月7日(木) |
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仕事。湿度が高すぎてゲラが湿気るううう。昼、紅梅で鮭バター焼き定食。帰りに天一寄って並こってり。 山口県の高専生殺害事件、容疑者自殺。まあ、殺人犯す度胸(&殺した直後の興奮状態)があれば自殺もできるよね。うん。みんなが予想はしてたけど期待はしてなかったつまらん結末。 おや、容疑者少年の本名がばんばか報道されてますね。死ねば「社会復帰」を考慮しなくてもいいから名前出してもいい、という理屈なんでしょかやっぱ。逮捕劇をニュースにできなかった腹いせ、というわけではないんだろうけどそういう面もなきにしもあらずなんでしょうねえ。やっぱ死んだらおしまいだな。うん。 |
| 9月6日(水) |
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研修終わり。まあ久しぶりにのんびりできた。また先輩の車に乗り、温泉寄ったりウナギ食ったり東名で前も見えない大雨ん中に突っ込んで死を覚悟したりしつつ1830国分寺着。その足で彩の国古本まつりに寄るタフガイ。でもレーダーがヘタり果てていてこれといった掘り出し物引っかからず。そこまではタフじゃなかった模様。 さて、3日間TVも全く観てなかったのでわからんのですが、紀子様の帝王切開実況生中継はいかがでしたか皆様w。いや、あの報道過熱ぶりでは本当に実況しそうな勢いでしたから。それはなかったらしいですね。いきなり皇位継承序列4番めに躍り出たとか。今の皇太子殿下が即位あそばされたら文句なし1番になるんですよね(それとも秋篠宮のほうが先?)。 |
| 9月5日(火) |
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0630頃、西日ならぬ東日が熱くて目が覚める。ねむいー。 なので部屋を西側に替えてもらう。1400、廊下側にてゴロンと昼寝開始。1600、西日が日時計のように伸びてきて俺の身体を焼きはじめたので起きる。西日で目覚めたのは人生初かもしれない。畳の部屋は寝心地いいなあ。日本人。 |
| 9月4日(月) |
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業界の研修会に出席のため、先輩の車で伊豆某所へ。カーテレビのワイドショーは山口県の高専生殺害原付逃亡男の行方でもちきりだったり、足柄SAのマスコットがちょっとかわいかったり、「おおしろ整形外科」という看板が「おもしろ整形外科」に見えてキチガイ外科医が患者をおもしろい顔に整形する赤塚不二夫マンガ的図柄を想像して一人笑いをこらえたり、「『伊豆』は『Jesu』の転訛だった」という主張から展開する歴史系トンデモ本のプロットを考えたりしているうちに到着。 実はここはリア厨リア工時代に毎年通った宿泊施設なのだが、十数年ぶりに行ってみたらさすがにあちこち改築されてた。野郎どもが泊まって蚊に刺されてたクーラーもない小ぎたない畳部屋が並んでた2号館なんか、地上3階+地下1階(浴場&体育館への通路)の空調完備エレベータつきの棟に生まれ変わってましたよ(部屋の作りはあくまで畳部屋ですが)。でも大チャペルとか食堂とかけっこう昔の佇まいを残すエリアもあって、なつかしさに昔の悪事の数々がいろいろ甦って死にたくなりました。当時遊んだ連中、何やってるだろうか。今でも消息掴めるのはわりといろんな活動してるJ先生(今や立派な「先生」様ですよ)ぐらいだけど、他は生きてるのやら死んでるのやら。探せば何人かミクシィにいそうな気がするなあ。 そんな懐かしさはともかくとして、研修内容は非常に面白い。こういう統計データはいろいろな「通説」をぶっ壊してくれる。 風呂に体重計があったので4月の健康診断以来5ヶ月ぶりに測ってみたら、大台ギリギリまで増えてた。死のう(涙)。油断はできんのう。 |
| 9月3日(日) |
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昨日の「萌え論」をミクシィにUPしたら、「たとえれば、コーヒーゼリーのトッピング生クリームだけ掬って『うんまぁ〜』というのが萌えで、下のコーヒーゼリーの苦みまで味わって『ごちそうさま』というのが、人格として愛するということかな?」とレスをいただく。 そうですねえ、そのたとえで行くと、生クリームさえ乗っていれば別にコーヒーゼリーじゃなくてもショートケーキでもナビスコでも女体盛りでも何でもいい、というのが「萌え」かもしれません。で、生クリームがないと興味をなくす。 「一個の人格に惚れる」場合は、とにかくコーヒーゼリーという食い物そのものが好きな状態で。 そして生クリームフェチとコーヒーゼリー好きとは決して相反するものではなくいくらでも両立できると。 大概は「ゼリーの苦みとクリームの甘さが絶妙に調和してう〜んセシボ〜ン」となりますが、中には「生クリームの乗ったコーヒーゼリーなどという惰弱なものは認めんッ! なにが『生クリーム萌え〜』じゃ! 死ね!」という硬派なコーヒーゼリー原理主義者もいるかもしれません。ま、それは人それぞれで。 さらに、「人格としての生クリーム」に惚れこんでいる人(=メイドという制度や歴史的変遷を追究したりする人)もいるので、一概に「萌え」と「惚れ」は厳然と分けられるものではないし。うーん。 どうでもいいけど、クリームと言えば『クリーム』という萌え雑誌もありますなまさにあれとか「児ポ法ボーダーラインの年齢のグラビアアイドル」という属性に萌える雑誌であって。あそこに載ってるモデルさんが30歳40歳になっても覚えてて、しかも「あの人は今」みたいな下世話な興味本意でなしに変わらずファンを続けている、という酔狂な読者はほとんど皆無でしょう。 まあそれを言ったら世にある雑誌は全て「萌え雑誌」でございますが。属性を持つ個々人をとっかえひっかえして、属性がなくなれば捨ててまた新しいのを補充、を繰り返す消耗品商売。そういう中で生き残りごはんを食べるには、経年劣化しない種類の属性(演技力とかトークの魅力とか)を身につけるのがコツですが、それもなかなか難しく。 ……ってなんの話でしたっけ。 0800起床。『音楽の泉』、めずらしく日本の歌。『デジモンセイバーズ』、ショタ×フクロウがなんかああもうコンチクショー狙いすぎだおまえら藤川球児みたいにド真ん中に豪速球をたたきこみやがって。『マイメロ』、ついにバコの正体が。今までだって何度も負けてるくせに今さら泣くなマイメロ。 教会行って帰って、頭痛はないが昼寝1430-1630まで。起きて昨年11月分の日記UP。 最近、明治スーパーカップのバニラ味ばかり食っている。おいしいようおいしいよう特に表面側面のとろっと溶けかけたまだ冷たいところをこそっとスプーンでこそげとってちまちま食べるの(逆もんじゃ焼きみたいな食べ方だな)おいしいよう。アイスは冷え性には悪いと知りつつもおいしいよう。ブタになると思いつつもおいしいよう。スーパーで100円以下で買える安いアイスの中では今のところコレが一番しっくり来るよう。おっといかん、ほっとくとすぐ溶けすぎて練乳になっちゃうよう油断ならないよう。 明日から水曜まで出張。ケータイもモバイルも持ってませんのでしばらくメールも読めないミクシィ閲覧も書き込みもできない生活だ。 |
| 9月2日(土) |
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0900過ぎ覚醒。起きると、枕が破れて、赤と青のストローをみじん切りにしたような緩衝材が頭の周囲にどばーと溢れて憲法大惨状ぎゃはー。赤と青のエクスタシー、と言うとポケモン38話のようであるな。1コ耳の穴にすっぽり入ってたのにはあせったが、爪楊枝でほじり出し(アタマの切れ目んとこをうまく使うのがコツだ)事なきを得る。口腔外科行くついでに枕買ってこなくてはー。 最近『おとぎ銃士 赤ずきん』が面白くなってきた。『ふたご姫ギュ』、ダーちゃん(違)がはりきればはりきるほどそのオトナゲなさに笑いを誘われる罠。 歯医者さんでアゴ観てもらう。レントゲン撮。フィルム見ながら先生「えーと、顔の骨削るような手術したことありますか?」いやそんな大工事の記憶はさっぱり。見ると頭蓋の右上奥歯の上にあたる部分にぽっかり黒い穴があり、先生頭をひねり俺はドキドキ。もう一度撮ったら普通に骨写ってたので安心。何だったんだ。診断はやっぱ顎関節症だが、まだまだ軽症とのこと。しかし一度かかると完治するようなものではないので、アゴにいらん負担かけないようのんびりつきあっていくしかなし。ああこれでもう「奥様は魔女」のサマンサのアレのマネはできないぞ。 心労のせいか頭痛。なんか何もやる気しなくなって昼寝。起きてからポテトスープとアリナミンEXプラス。 夜、実家に帰ってタダメシ。 【今日の寝言】 先月27日の『時かけ』日記でちょっと触れた、「属性の集合体としてのキャラクター」と「コンプレックスの統合体としてのキャラクター」との違いから少し発展させて。 すでに喝破されて久しいことだが、ある対象に「萌え」る姿勢というのは、その対象を一個の人格として見てはいない。 メイド服なりネコ耳なりメガネなり委員長なりツンデレなり、心の琴線に触れる属性を装備していれば、その対象の人格にかかわらず「萌え〜」となる。その属性を装備してさえいれば(なおかつ萎える属性を持ってさえいなければ)、「中身」はどうでもいいのである。対象個人を統合的人格として捉え愛好するのではない。 対象がメイド服脱いだりネコ耳取ったりメガネ外したり委員長辞任したりツンだけで全くデレを見せなくなったり、またはこちらを萎えさせる属性を発揮しだしたら、即座に終わる種類の愛である。 そういう愛を生身の人間相手に発揮する場合、その愛はえてして長続きしない。 じゃあ「一個の人格を愛好する」というのはどういうことか。 その対象が何かの属性を持っているから好き、というのではなく、逆に、その対象が持っている属性を包括的に(欠点まで含めてそれでも)愛好するという姿勢である。それこそその対象が70歳80歳になっても、変わらず永続的に愛するという姿勢である。 生身の人間相手(特に配偶者や家族友人関係)には、こちらのタイプの愛が推奨されることは言うまでもない。 たとえるなら「ホラー小説がスキ」という感覚と「京極夏彦がスキ」という感覚の違い、と言えば分かりやすいだろうか。 前者は、面白いホラーなら誰が書いたものでも希求する気持ちで。 後者は、京極堂の書くものならホラーじゃなくてもコメディでもエッセイでも対談でもブックデザインでも何でも包括的に愛好する気持ちで。 そして両者は実は対立概念ではなく両立しうる(ここ重要)。 ま、「萌える」にせよ「人格として愛する」にせよ、実在しない空想上の生き物を愛好するといずれにしても「キモーイ」と言われるのだがな。 しかも、人として正しい愛の形のように見える後者のほうが、むしろ余計にキモがられる。困ったものである。 『コメットさん☆』や『フィギュア17』や『マイメロ』や『時をかける少女』のような、見事に個々のキャラクターが「統合的人格」として構築されたアニメを観て、堂々と「このキャラがイイ!」と言える世の中は、まだ到来しないのじゃろかー。同じ架空生物に夢中になってるおろかな状態なのに、「スカーレット・オハラが好き」と言うと名作映画ファンと呼ばれ、「クロミさんが好き」と言うとキモオタ呼ばわりって、どこに差があるというのじゃよーギャワー! ……実家でタダメシ食ってきた帰りに自転車こぎながらそんなことつらつら考えてました。 もっと世のため人のためになる脳味噌の使い道があるだろうとは思うのだがこちとら「脳の切り替えができない」という死ななきゃ治らない不治の病に侵されているため天下国家からエロ同人まであらゆる情報を同一階層で並列処理する人なもんでしょうがない。 |
| 9月1日(金) |
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0400覚醒。なぜか今日は土曜日だと思い込んで、何時頃口腔外科行こうかなと考える。いやまだ金曜だあわてるな。二度寝して0700起床。ぱらぱら雨が降る。これから一雨ごとに涼しく……なることを希望する。 仕事。夜、江古田のシャマイムでごはん。それほどの量とも思えなかったのだが腹がめちゃくちゃふくれる。 バンチ読みながら帰る。『天の覇王』。わーっ、あれウイグル様でしたか。てっきりデビルリバースだと思ってました。あのカブトがないとぜんぜん分からん。 |
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