2006年10月の開設者うらみ日記


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10月31日(火)【ここまでは2007.10.13更新】
 昨夜プリントしたゲラの見直し。訳者の先生からメールの返事が来てた。タイムスタンプ午前1時半頃。すんません(汗)。
 1100、デザイナさんの職場へ出向き装丁データ引き渡し(こっちが出向いたほうが確実だ)。高そうなヴァイオリンとか並んでてはにゃ〜んとしてくる。帰ると、先週再校戻した超巨大本の三校ゲラが出ていて死ぬ。いつ雑誌のほうにとりかかれるやら。昼飯はモスバーガー。
 午後、燃え尽き症候群。1800、印刷所に装丁データ渡してとっとと帰る。電車でストンと落ちる。駅前のさぼてんでごちそう弁当買って、リポビタンゴールドで流し込む。
 実写版『ちびまる子ちゃん』。やっぱこいつら巧い。巧いよ。まる子・アストロとコスプレドラマの系譜が今の『のだめ』にも繋がっているのであるな。人類はようやく「月曜ドラマランド」や90年代テレ朝月9枠の悪夢を忘れられるのかもしれない。

 なんか今回の全国高校履修漏れ選手権って、例の耐震偽装問題とすごくよく似てませんか。
 「よかれ」と思ってやったルール違反が結果的に収拾不可能な騒動と大変な悲劇を生んでしまった、という構図が。
 実は単位ならぬ耐震強度が足りてませんでしたと判明して全てが暗転したものの、それまでは姉歯がローコストマンションを設計すれば施工業者も喜ぶ買う人も安くて喜ぶ姉歯も発注殺到して喜ぶほらみんなハッピー、といいことずくめで全てが円滑に回ってたんでしょ。「広いマンションを安く買いたい/安く作りたい」という要望があったからこそ、みんな姉歯に飛びつき、なんかオカシイとも思わずばんばか発注してばんばか買ったわけでしょ。
 今回の単位不足騒動も、もともとは生徒からの「もっと受験向けの授業が受けたい」という要望に応えようとした全国の学校が「よかれ」と思ってやった結果でしょ。それで何年も円滑に回ってたんでしょ。それで高等学校という教育の場で当然身につけられるはずの広い教養を生徒がぜんぜん身につけてなかった、いわば「知の耐震強度不足」がバレたらあら大変、かくのごとき大騒動になったというわけで。

 さて今回のアレ、かつて高校生だった一般のみなさんの大方は「なんで単位不足がいけないの?」「なんでこんな自殺校長まで出る大騒ぎになるの?」と不思議に思ってるのが正直なところだろう。
 高校の単位というのはなんのためにあるのか。
 受験科目にない学問領域まで勉強しなきゃならないのは何故なのか。
 それは、それらの教養が「高卒」という資格の必要条件だからである。
 運転免許証を持っている人間が当然道路交通法を知っているものとみなされるのと同様に、高等学校を卒業した者は、当然高等学校における必修科目全て・また選択科目のどれかに関する最低限の知識を修得しているものとして、大学や企業から扱われる。たとえ建前にしても。だからこそ、大学は入学試験において志願者に対し全ての科目の試験を課す必要がないのである。数学が必要不可欠なはずの経済学部の入試科目に数学がなかったりするのは、そういうことである。
 以前、「算数のできない経済学部生」が話題になったことがあったが、アレも実は「耐震偽装」の末に生まれたオモシロ生物なのではないか。大学側は、高校卒業見込なら当然「数学I」程度の数いじりはできるものと思ってるから、わざわざ受験科目に数学を課したりしませんよ。で、英語と国語と政治経済かなんかの試験だけやらせて選抜してみたらまーあんた、分数の割り算もできない奴がゴロゴロいて教員アタマ抱える有り様ですよ。経済学演習の時間に算数を1から教えなきゃならない先生のなさけなさ無念さそして「こんなはずじゃなかった」感と言ったら、グランドステージ藤沢の元入居者にも匹敵するものがありましょう。

 「知の耐震強度偽装」の第一次被害者は、大学や企業をはじめとした社会である。姉歯事件で言えば、川崎球場並みの強度のマンションを買わされた入居者がこの役どころにあたる。
 木村建設やヒューザーに相当するのは、コスト安だが強度不足の設計図(=受験向きだが単位足りてない履修計画)をつかまされて喜んでた高校の生徒だろう。もし「実は生徒たちも単位足りてないことを知りつつ、自分の意志で受験に出ない科目を履修せず受験科目だけ勉強していた」なんてことが分かったりした日にゃ(進学校では本当にありそうです)、彼らは悲劇の被害者から一気に詐欺師の加害者にされかねません。
 現役高校生だけでなく、ためしに全国の大学生や社会人に「耐震強度検査」をしてみたら、グランドステージどころじゃない大パニックが起こるのではないか。若い社会人とか政治家とか、ぜってー高校で何かの単位足りてなさそうな奴っているよな。森喜朗は絶対足りてねえとみた。
 国民年金の時みたいに、政治家の高校時代の履修単位を暴きたてるネ申はいないもんでしょうか。
10月30日(月)
 さかなクン、東京海洋大学客員助教授に着任。なるほど、あの学識はバカにできないかもしれない。そういえば魚類以外の海洋生物(タコとかホタテとか)はぜんぜん知らないと聞いたが、そのへんは大丈夫だろうか。

 来月刊行本、だっだか入稿準備。昼、大昌苑でカルビクッパ。午後、デザイナさんから1830に装丁データ持って行くと連絡。入稿準備進めていると1800頃また連絡。「すまん、データ忘れて出てきてしまいますた」。ばかもーん。まーそのおかげで本文直しに集中できたので結果論としては良し。どうしても確認しなければいけない箇所が2点出てきて、訳者の先生にメール。2145退社。『のだめ』もちろん観られず。西友でブリ照焼き弁当買って食べてばたんきゅーと寝る。
10月29日(日)
 ソフトバンク、携帯電話乗り換えが殺到し手続き間に合わずパンク状態。「ソフトンク」でミクシィ日記検索したらけっこう出てくる。やっぱありがちなダジャレでしたかすいません。表面上は陳謝陳謝とか言ってるけど、ぜったい孫正義とかソフトバンクのえらい人たちはウハウハ小躍りしてますな。どうせ後始末とか対応に追われるのは現場だし。一連の報道で「行列のできる店」って全国区で宣伝してもらったようなもんだし。
 パイの食い合い奪い合いはたのしそうでつね。ケータイ持ってないのでよくわかりませんが。

 それはそれとして、「ケータイ持ってない」と言うとみんな宇宙人か未開の土人でも見るかのような眼で見てくれるのが最近はかえって快感になってきた。ええ、もっと安くなったら持ちます。または職場クビになって自由業になるか家族が重病にでもなるかしたら。不幸が来なきゃ持たないつもりですかあんた。
 そのうちケータイで文字打てない人は文盲扱いされる日がくるんでしょうか。俺マジで打ち方分かりません。通話の仕方すら知りません。貸してもらっても自分じゃかけられないので最初に持ち主に繋いでもらってから話し出すという、お前どこの社長様だよというていたらく。こういう層にまでケータイが普及しきってしまったら、いよいよパイの奪い合いは仁義なき血で血を洗う大変な状態になるんでしょう。もうなってますか。
 とりあえず孫正義は切腹して胃を全摘しる……というのはいい歳して言っていいギャグといけないギャグをわきまえなさいと怒られそうなのでやめておきます。そもそもギャグですらないし。
10月28日(土)
 自衛隊の殉職隊員追悼式に安倍首相出席。
 ところで、サマワのストレスで帰国後自殺した自衛官たちは「殉職」にカウントされてるんでしょうか。
http://list.jca.apc.org/public/aml/2006-April/006261.html

 チャットして寝る。
10月27日(金)
 朝から晩まで眠いというのはやっぱいかんだろ。
10月26日(木)
 千乃正法の教祖さまが死んだらしい。
 タマちゃんにさえ手を出さなければもっとやすらかに死ねたかもしれないのに。

 眠いけど午前中せっせとはたらく。昨日デザイナさんに頼まれた参考資料をメール。昼、飲み屋のランチでねぎとろ。マグロのミンチにきざみネギをかけるタイプの独特の作り方。いや「独特」ですむか。午後、外で会議。新しく入った某社の委員、8年下の後輩だった模様。なんかこの業界にいる同窓生って博士から学部卒までひっくるめて何らかのカラーがある。漢字一文字で表現するとしたら「変」。俺が言うな、ってかんじだが。1830、高田馬場で今夜もデザイナさんたちと会い、いろいろ渡す。仕事料ケチってるぶん、他の部分でのケアをたっぷりと。もちろんそれだけではすまず、ケンタで3人「うちあわせ」、芳林堂で「取材」2130頃まで。その間に日ハム日本一になってたらしい。そして寝不足はかさんでいく。

 全国高校履修漏れ選手権。
 どうでもいいけど、このニュースが報じられて以来、「俺も高校の単位足りてたのかなあ」と心配になって心配になってしょうがない。
 高校って何が必修で何と何が選択なのか全く意識しないまま理系クラス選択してでもコース選択してから文系に宗旨替えして理科もクラスで5人しかとってなかった生物を単なる趣味で履修してというやる気のなさでそれでも出席だけはしてたので卒業証書もらってしまったんで、ひょっとしたら実は何か足りてなかったかもしれない。地理っぽい科目ひとつも取った覚えないし。日本史とか取った記憶ないんだが。倫社はかわりに聖書の時間があったけど。高校の単位なんてだいたい学校の言うなりに全く疑いなしに取るもんですし。
 そういえば学校と名のつくモノと縁がなくなって幾星霜を経た今でもときどき見る夢がある。数学だか英語だか、何かの教科書をなくしてしまって、でもそのまま授業に出続けているという夢。表面上は素知らぬ顔をして授業を聞いているフリを装っているのだが、先生に当てられたり教科書読めとか言われたりしたらどうしようと内心はガクガクブルブル。もちろん授業の内容なんか頭に入りません。
 ひょっとしたら、何か取り残した単位があるという無意識からの警告なのかもしれません。えーまた高校行くのー? だいたい我が母校はそれはそれは平和な男子校だったのに俺が卒業してすぐ共学になってしまって、こないだも書いたけど、ひさびさに母校のグリークラブの演奏会を観た時にこっちは男子校時代のイメージしかないからてっきりむさ苦しいハイティーン男がゾロゾロ出てくるもんだと感覚的に思っていたらピチピチの女子高生がわらわら舞台に上がってきて頭では分かってたけどやっぱりこいつらを「後輩」と思うことはできないなーと慨嘆してみたり、ああもう女子トイレのある母校なんか母校じゃないやいうわーんあんなとこ通いたくなーい。
 まあもう時効でしょうけどネ。
10月25日(水)
 雨は上がる。
 今朝の毎日新聞1面コラムが、福島県知事ネタのマクラにアクトン卿の「権力は腐敗する、絶対的な権力は絶対的に腐敗する」って有名な箴言を引用。その言葉は佐藤エイサクだけでなく、あの同和ゴロにも適用されるのではないかとマジで思います。明日、同じマクラで奈良市ネタを書いてくれたら拍手もんですが。TBSと同系列だけに、期待していいですか。
 つか、お上が本当に「弱者救済」に乗り出す気があるのなら、「弱者」の元締めに丸投げにせず、お上みずからが主体的に公的支援の公平な分配につとめる必要がある。でないと「弱者救済」という名の利権はその元締めにのみ集中するですよ。PLOみたいにな。
 暴力団まで利権にからんでるとなると、解同新世代による内部からの自浄努力だけに頼るのも難しそうですし。なんとか「外圧」でウミを絞り出すしかない。それにはやはり我々が「同和怖い」病を克服し、不必要に同和を怖がらないことが第一歩ではないかと。いちいちテロ(=恐怖)に屈してたらキリがない。

 1000、編集委員会の主任から来年の委員会の日程変えてーと電話。ぎゃぼー! あたふたと他の委員に連絡。昼、ピーカン空に。家賃振り込み、モスバーガーで昼食。午後、献呈本の発送とかやってたら1800頃なんの理由もないのにガクンとテンションが落ちる。困るなあ打ち合わせ前に。うーん。
 なんとか新宿まで這って出る。英國屋でデザイナさんたちと打ち合わせ。人と逢うとちょっとテンション戻る。ただし話は主にグチと将来への不安に終始。M先生、早く書籍デザイナとして経験値ためてレベル上げて独立してアトリエ開いて相方さんを食わせてあげなさい。
 モテるモテないという不毛な話も少々。不特定多数にキャーキャー言われるのではなく、自分がホレた相手に振り向いてもらえることを「モテる」と定義するのなら、俺は全くモテてないんですけど。つか、その定義だといったい世界で何人がモテているのだろう。
10月24日(火)
 雨。目眩はちょっと治るが、低気圧でクラクラ。1時間で会議のレジュメ作って、雑誌のちょっと手こずる原稿の整理にとりかかる。しぬうう。昼、紅梅でシャケフライ定食。午後、デザイナさんから電話。例の本、例の教室でも好評だったとのこと。やりぃー。装丁は明日カタをつけることに。雑誌原稿、字数がだいぶたりないので書き足してもらうことに。西友で空揚げ弁当買って帰ってぱくぱく。

 同和迷宮、こと奈良市「5年で8日」職員の件。奈良市役所、他に同様の奴が4人もいるらしい。せっかくの同和枠をこういう連中が埋めてちゃなんにもならない。これじゃあ本当に就職差別を受けている層に対してなんの助けにもならないではないか。ひょっとして米国でアファーマティヴアクションがなくなったのも、実はこういう腐敗構造が発生したせいですか、と当てずっぽうに適当なことを言ってみる。
 同和対策の恩恵がこうした連中より先に届かないというのは、北朝鮮への援助が国民まで届かないようなもんですな。だからと言って「援助」をやめると国民は確実に死ぬし。そういう意味で、ほんとにこういう連中の存在は邪魔である。
 ミクシィニュース経由で日記を閲覧してると大半が同和ゴロ話に触れてないのは、素でこの補助線に気づいていないだけなのか、それとも「同和」と書くと荒らされると思ってワザと書いてないんでしょうか。限定公開日記でしか書いちゃいけないんでしょうか。そういう「外側」の人間の怖れこそが、(エセも本物も含めて)同和ゴロを肥え太らせる温床となっているように思う。イスラムへの恐怖偏見が欧米諸国に醸成されていくのがテロリストの思うツボなのと同じで。

 ……という話をミクシィのほうで書いてたら、「対同和ゴロ最終兵器として共産党を平和利用しては」というレス。すいません、実は解同と共産党が仲悪いって今の今まで知りませんでした。あたしゃ「どっちも反天皇制だから親和性高いんじゃないかな」ぐらいに単純に捉えてしまってました。それとも同族嫌悪でしょうか。原水禁と原水協みたいに。なるほど狭山事件がこんがらがったのもそういうことだったのかと。
10月23日(月)
 最低オフ前の目眩がまたぶり返したかのようなクラークラクラ感。
 でも超巨大本の再校を戻さなならんのでクラクラもしれいられずひれられろれらああ。
 『トールキン神話の世界』読了。こんなゴリゴリの学術書がスラスラ読めるようなステージに達してしまった自分に気づき愕然とする。ああもうおしまいだ人として。指輪の幽鬼だナズグルだ。おええ鳥に乗ってオスギリアスを襲撃だ。ばっさばっさ。

 福岡いじめ自殺続報。ようやくいじめっ子本人たちの情報が新聞(スポーツ新聞だけど)に載るようになってきた。「いじめっ子がカンオケ開けてゲラゲラ笑ってた」とかウソかマコトかよくわからんレベルが大方ではあるが。

 奈良市役所職員が、5年間で8日しか出勤してないのに給料満額もろてたとかいうニュース。
 いくら公務員だからと言って、ただのおっさんが5年間で8日しか出勤しないなんて物理的に不可能ですよ。5年間どころかふつう1年目でクビですよ。「同和ゴロ」という補助線を1本引かないと、だからこのニュースは全くわけがわからなくなる。俺も今朝のTBS観なかったら奈良市に引っ越して公務員試験受けるところだった。特に意味もなく「同和迷宮」というフレーズが頭に浮かぶ。
 同和ゴロにかぎらず、虐げられた者たちのために活動してまーす、ってなツラしてでっぷり私腹を肥やしていらっしゃるどあほう様はころしたくなってくる。PLOが難民キャンプをボロっちいままにしておいて世界中から援助をせしめた末に実は全部アラファトの個人口座に入ってて遺産争いでスーハ夫人がガッポリ取って、みたいなもんで。
 こういう手合いにとっては、同和地区の人々が差別されればされるほど都合がいいのであるな。
 実は部落差別がなくなっちゃうと一番困るのはこういう奴らである。

 消えて。邪魔だから。

 それはそれとして「同和迷宮」はわれながらマズいかもしれない。ひさべつ銃士●●●●ん。「きらめく●●葉のエレメントー!」(←だからそういうことをテキストに書くなと言うに)。
10月22日(日)
 1130起床。もはや朝寝というレベルではない。アウトドアは体力を消耗する。
 後輩から借りた『のだめ』パリ編を15巻まで読破。のだめの口から「空気読め」なんてセリフが出るとは。あとこの世界(特にパリ編)、「才能に欲情するタイプ」の人多すぎ。その気持ちはわかるけど。
10月21日(土)
 今日はまきさん帰国歓迎オフを兼ね、嘘界のみなさまとバーベキュー大会。
 0920出発。1時間半ぐらいかかるかと大雑把に試算してたら、ものの40分ほどで府中本町に到着。はーやーすーぎー。待ち合わせまで異常に時間が余ったので、駅のそばのデパートでビニールシートとかマイメロのティッシュとかマイメロの歯ブラシとか買う。ビニールシート以外はバーベキューと全く関係ないが気にするな。地下のマクドでさらに時間をつぶし駅に戻ると、でかい鍋しょったバーベキュー奉行きりんさんがいたので「ううん、今来たとこー」みたいな顔して合流。三々五々、ダッチオーブンしょった光デパートさんや手製のダンボール箱燻製器(材料はよりによってプロレス引越センターの箱)しょったきだてさん、いろんなものを持って嘘つきどもがやってくる。
 卸売市場まで歩き、ニコチンがないと死んでしまうまきさんに喫煙場で荷物番していただきつつ、肉やら何やらどっさどっさと買い物。ふだん調理済みのものや保存食ばかり購入している身だけに、巨大な生肉は見ているだけでウットリしてくる。買い物は狩猟というのは本当だな。
 さらに歩き河川敷の公園へ。普通に「マムシが出ます」と看板の立ってる草むらの脇を通りつつバーベキュー会場に到着。料理ダメな俺はただボケーと座ってるだけの方向で。火男の玄界さんナマクラさん、重装自動車化歩兵師団豆仙さんご一家、火力支援&ベーグル部隊光さん、特殊プロレス燻蒸部隊きだてさん、忘れちゃいけないほとんどの下拵えをちゃっちゃかこなすきりんさん、他みなさまをテキパキと働かせておいて、うましうましと天下餅を食う家康的ポジションで優雅にアウトドアライフを楽しませていただきましたナマケモノでございます。むにゃむにゃもう食べられないよう。
 食うのはもちろん、話芸達者で話題も多い嘘界のみなさまとの語らいは肉にもまさるご馳走である。特に、いまや日本を代表するパイソン翻訳家の一人となったまきさんとも久々にお会いできて嬉しゅうございました。今後も日本語圏におけるパイソノロジーの裾野を広げる基礎文献の翻訳活動に勤しまれますようご期待申し上げます。
 陽も沈みおなかもくちくなったところで後片付け。余った食材やアレコレは山分け、とりあえず腐らなそうな備長炭と軍手をもらう。府中まで歩いて二次会はカラオケ。玄界さんの『元禄名槍譜 俵星玄蕃』もくまきちさんのリー先生も素晴らしく、きりんさんのザバダックまきさんの矢野顕子を聴くだにああ俺の喉もアタッチメント付け替えて女声出せるようになんねえもんかなあと21世紀のサイボーグ技術の発展を心より待ち望むものでございます。それはそれとして、なんで『Sweetie』1番しか入ってないのだ。コメットさん☆が全滅してたりアストロ球団もなかったりラインナップにはいろいろ不満。店によって地方格差がありすぎ。
 オガ備長炭は電車に置き忘れることなく無事持ち帰りました。5年半居座っているワンルームの脱臭に存分に活用いたしたく存じます。
10月20日(金)【ここまでは2007.09.24更新】
 「週刊新潮は今日回収しまーす」のCMで有名な(←そんなCMじゃない)、福岡の中2いじめ自殺事件で自殺少年の実名を載せてしまった週刊新潮の件。暴言担任はともかく、遺族が「公表しないで」と地元報道各社に申し入れしている自殺少年まで実名晒すのはいかんだろどう見ても。
 被害者の情報に関しては、広島のペドヤギ事件の被害者遺族のようにまた別の考えがあって積極的に娘さんの情報を出す家族もあるので、一概にマニュアル化することはできない。だからケースバイケースではあるのだが、それでも報じる側の裁量ではなく、あくまでも遺族関係者の希望に沿った対応が大原則であろう。いったい何様のつもりですか。
 それに、FOCUS酒鬼薔薇の故事にならえば、いじめた餓鬼どもをこそ実名報道すべきだと思うんですが。あん時にくらべると新潮社も矜持を失ったと言うべきか。ああやっぱり「少年法への疑義申し立て」とかそういうんじゃなくて単なるネ申になりたがりの厨根性でやってたんだなあ灰谷健次郎先生は正しかったなあ、と思わざるを得ない。
 でもまあこれだけ話題になれば新潮社としては勝ったも同然だろう。週刊誌はこの10年でほんとに部数ガタ落ちしてるそうだから、センセーショナリズムに走るのは自然の理かもしれん。反創価学会キャンペーンとかは応援してたんだけど、アレだけじゃ部数は延びないのかやっぱ。
 そう、だからこそやっぱここでいじめっ子の実名も報道してれば、世間の反応は違ったと思いますよ。

 例のクリスマス本重版、本格入荷。4度も版を重ねたとは言え、累計はビビたるもの。ちょっと気の利いた本なら初版でそのくらい刷るよなという数字だ。それでもウチとしては大商い。昼、紅梅でねぎとろ。
 1600、12月刊行本の再校戻し準備完了。そのとたんプツンとテンションが切れる。もう無理せず、たまってたメールの返事だけこなし、1830過ぎには帰る。
 帰りの車内でバンチを読みながら「そうか、『火』が韓国語で『プル』なら、フェアノールは韓国語に訳すとプルチョンになるのか」とかバカなことを考えつつボケーとしていたら、向かいの席にたぶん中学生のカップルが乗ってくる。この女のほうが、ツリ目で髪もくしゃくしゃでちんちくりんで、とまさにリアル加納さん@マイメロというたたずまい。お世辞にも美少女ではないのだが、それも原作の設定そのままで(なんだ原作って)かえっておじさん萌えちゃいましたよ。ざんねんながら男のほうは別に森内くんでもなんでもなかったのだが、こっちもイケメンでもなければキモオタというほどでもなくでもどっちかというと後者に重心がブレてるかな、まあお似合いというかんじ。で、別にイチャつくでもなく、隣にちょこんと座ってたわいない話(推定)してるだけでした。あ〜、こういう地味なカップルは見ていてほっとするですよ。フランス人ですら人前では決してしない種類のキスを公衆の面前でぶっちゅぱぶっちゅぱタコの踊り食いのように交わし続ける人格障害が珍しくなくなった昨今だけに、余計ほっとします。
10月19日(木)
 露骨に寝不足だが12月刊行本にとりかかる。
 たくさん食べると寝てしまいそうなので、昼食もコンビニおびぎり3個。ついでにもらってきたR25に「C◯O」(最高××責任者)の「◯」に片っ端からアルファベットを入れていくという遊びが載っていた。AからYまでは思いついたが「CZO」だけが見つからなかった、とか。ふむう、たとえばカバ園長なんかChief Zoo Officerにならんか?
 1700、今年始めに出した本の訳者・M上先生来社。珍しく俺より若い執筆者。実は後輩の院時代の知人とのことで、後輩のほうが担当者たる俺以上に親しげに話しまくってくれるから接待もラクでいい。処女作となるこの本が出てから、先生、あちこちからバッハについての講演を頼まれるようになったという。著書・訳書があるっていうのは違うよなやっぱ。大先生の学識あふれた本を世に問う手伝いをするのもいいが、若い学者にブレイクのきっかけを与えるのもまた快感である。我ながら、こういう触媒気質だけは編集者向きなんだけどなあ。
 2000までかかり上巻の最後の章まで見て、ムリせず帰っておく。さぼてんのミルフィーユカツサンド食べて寝る。
10月18日(水)
 9日の日記でへんな歌を歌ってたら、ほんとに安倍の支持率がドアップしたらしい。分かりやすいなあ。国をまとめるには共通の敵国を作り、民族をまとめるには被差別民族を作り、クラスをまとめるにはいじめられっ子を作ればいい。
 それはそれとして今日も11月刊行本の念校作成のためMacにへばりつく。昼、グレートインディアでチキンカレー。ランチは安いけど、おなかのコンディションに自信がある時でないと、あのスパイスどっさどさのカレーはきつい。例のクリスマス本の重版見本が到着。さっそくイラストレーターの先生方に送る。2100までかけて作業完了。もちろん宅急便の回収はとっくに終わってるので発送は明日だ。プリントアウトして荷作りまでやって退社、パン食べて寝る。
10月17日(火)【ここまでは2007.09.11更新】
 お仕事。昼、紅梅でシャケバター焼き定食。2100まで11月刊行本とか12月刊行本とか雑誌とか。しにそう。西友でオムライス買って帰る。
 おお、『世界の車窓から』がちょうど放送7000回じゃないか。でも記念番組というわけでもなく普通にトルコを走ってる、このマイペースぶりがすごい。ぽわっぱっぱっぽぱ〜わぽ、ぱ〜ぽ〜♪
10月16日(月)
 福岡中2いじめ自殺。新聞によると、母親が「うちの子がネットのサイトを見て困る」と相談したのを担任がクラスのガキにバラしたせいで、そのサイトにちなんだあだ名をつけられたのが、いじめの発端とのこと。
 いじめの実態とか責任問題とかより何より国民みんなが知りたがってるのが、何てあだ名をつけられて自殺したのかだろう。とりあえず1点買いなら「カリビアン」に張ってみる。連勝ならカリビアン中心に「ロリータ」とか「植草」とかそのへんの単語を流そうかと。誰かド鬼畜外道なクラスメートが2ちゃんねるか自分のブログにでもUPしてくれたら、文句なしネ申認定ですな。

 つくづく、こうした教育環境荒廃報道の嵐が、メディアアクセス頻度の高い高学歴層の子作り控え→少子化に拍車をかけてる原因のひとつのように思えてしょうがないんですが。
 一方、すでに子供を作ってしまっている親の焦燥たるやただごとではなかろう。マイミクさんの中には、お子さんにテコンド教え込んで、「あとの責任は父が取るから殴られたら徹底的に殴り返せ」と教育しているという人もおられる(幸い責任をとるような状況になったことはまだないそうだが)。現実問題として、どちらかと言えば殺されるよりは殺したほうが得だしね。殺すほうの関係者は殺した後だけひどい目に遭いますが、殺されるほうの関係者は殺される前も後もひどい目に遭うし。そして、殺すほうはいくらでも自己弁護の機会がありますけど、殺されるほうは永遠にその機会はなく。ぶっちゃけ死に損。

 ミクシィをうろついててくだんの中学の地元人の日記を見つけたのだが、福岡人というのはもともと口汚い生き物で、くだんの中学校の地元では「あのくらいの暴言でなんで問題になるんだ」という話になってるとか。福岡行ったことないんで真偽のほどはさだかではありませんが、王監督に生卵投げるような土地柄だけにさもありなんと言いますか。
 まあ豚やらイチゴやら偽善者やら言うだけならいいですけど、それをいじめに発展させるガキどもこそが問題で。 担任の暴言にばかり怒りが集中してるわりに、いじめた当人はあまり責められてないように思えるのは気のせいでしょうか。そうか、これが「学校は君たち(いじめっ子)を全力で守る」ということなのか。

 あと自殺つながりで、ミクシィニュースに「脱線事故 彼氏の後追い自殺か」ってヘッダ。
 てっきり彼氏の後追い自殺で巨漢女が線路に飛び込んで列車が脱線したもんだと思ったら、JR福知山線の事故で彼氏を失った女が自殺したという話でした。まぎらわしい。やはりミクシィのヘッダのつけかたはへたくそすぎる。

 仕事。会議。昼飯は仕出し弁当にありつく。定時退社。さぼてんでカキフライとカニコロッケとキャベツ買って帰って納豆と一緒にもぐもぐ。
 ドラマ『のだメカンダーロボ』第1話観る。
 「正義の巨大ロボが放射能火炎をばらまくな
  このバカー!」
 「ぎゃぼー!」
 ……じゃなくて、ドラマ『のだめカンタービレ』第1話観る。
 いやイイですな。全てにおいていろんな意味で無理矢理すぎ。
 いきなり第1話でシュトレーゼマンが出る飛ばしすぎな展開はどうなのか。そもそも中の人が竹中直人というのはどうなのか。「ゼ」にアクセントがあるのは発音的に正しいのかどうなのか。俺は「レ」にアクセント置いてましたが間違いですかすいません。
 ウィーンは現地ロケで飛行機はオモチャというのはどうなのか。
 ヴィエラ先生と千秋が英語で喋ってるのはいいのか。てっきりドイツ語だと思ってましたがこれも間違いですかすいません。
 清良が学部からすでに桃ケ丘にいるのはどうなのか(この時点でもう峰と面識があっていいのか?)。
 ツータック大河内が大河内というより見た目むしろ黒木に見えてしまうのはどうなのか。
 のだめの『悲愴』が第2楽章だったのは予想通りだったが全然『悲惨』てかんじでもなく思ったより普通というかのだめの「天才」ぶりが全然分からない音なのはどうなのか。むしろ峰のヴァイオリンのほうが峰っぽさが分かりやすいのはどうなのか。峰の中の人のあの構えはもしかしたら素でヴァイオリンの心得があるのかどうなのか。
 真澄ちゃんのマンガそのまんまの乙女ぶりは個人的にすごく身につまされるものがありすぎてどうなのか(いや〜んイワオ〜)。
 なによりのだめの中の人の、リアルでそのへんにいそうなダメ人間の演技には戦慄すら覚えますた。「マンガの生き物役」という括りで言えば下手するとクリストファー・リーブ演じるスーパーマンの次ぐらいに位置するかもしれないハマりぶりです(※野際陽子の月影先生はビジュアル的に卑怯すぎるので選考外、いやむしろ殿堂入り)。
 1クールでたぶん日本編(清良がもういるということはニナ・ルッツを丸々削ってでもR☆Sまで行くんだろうな)を消化するべく、コミックスのいろんなエピソードを無理矢理詰め込んでて、脚本ちとチグハグになっているところもあるが、おいしいエピソードをとにかく映像化しようとがんばっているところは評価したい。コントラバスの小さい人も来週出番があるみたいだしワクワクである。セロ弾きのオンナスキーは出るのだろうか。二ノ宮先生実はマンガファンロードで『スケベストオンナスキー』読んでたりしたら衝撃なのじゃが。畑健次郎先生に続くながいけん閣下復活戦線の一翼を担ってくれんもんかにゃー。バカは脳内妄想だけを根拠に勝手なことを言い出した。
 とりあえず学祭のラフマニノフがどう料理されるか。原作通り泣かせてくれるのかにゃー。ギャグに徹するのかにゃー。

 『のだめ』から『報道ステーション』にチャンネル変えたら、中川昭一自民党政調会長が「核武装」発言とのニュース。
 中川先生は、「日本が核武装することで北朝鮮の核攻撃を抑止できる」なんて本気で思っているんでしょうか。
 言うまでもなく、核が抑止力となるのは、自国民の命を惜しむような国を相手にする場合に限定されるですよ。
 冷戦時代、あれだけ核が戦争抑止力として機能していたのは、米ソともに命が惜しかったからでしょうが。ニューヨークやモスクワが核で吹っ飛ばされるのがイヤだったからでしょうが。
 北朝鮮に、吹っ飛ばされて困る場所がありますか? ピョンヤンに核落としたところで、どうせジョンイルたちはじめ労働党や軍の中枢要員は市民見捨てて耐核能力のあるどっかの地下シェルターに逃げ込むだけですし。で、のうのうと生き延びて地上の惨状を全世界にこれ見よがしに宣伝しまくって「わしら被爆者じゃけんのうギギギギ」と被害者ヅラするだけですよ。
 ある意味自国民を人質にして自暴自棄としか思えない瀬戸際戦術をとるような連中に対して、はたして核ごときが抑止力になるんでしょうか。

 日本核武装論を語る上で外せないのが軍学者・兵頭二十八だ。だが、兵頭先生の核武装論はもともと、もし将来アメリカ様の都合で日米同盟が破棄されても国家の権力(=自国民を不慮の死から遠ざける力)を守ることができるよう、アメリカに対抗できる軍事的抑止力を最も安全・安価・有利に得るための手段として提唱された仮説である。つまり、有権者の命をアホほど惜しむ普通選挙国家アメリカのような国を相手とすればこそ、核ミサイルは抑止力となりうるのである。(※北朝鮮もそれを分かってるからこそ、核武装がアメリカへの脅しとなると思って核およびそのインターコンチネンタルな運搬手段の開発に邁進しているのである。)
 北朝鮮のような命知らずのならずもののどあほうテロ国家への対処としては、兵頭先生は核武装なんかではなく、むしろ国内全主要都市の耐核化という方向を激しく推奨している。
 無駄な土建事業にかける税金があったら、スイスかどっかみたいに国民全員が入れる核シェルターを作れ、それは無理としてもせめて全住居をある程度耐核能力を持つ鉄筋コンクリート造りにしろ(原爆ドームが爆心地近くにもかかわらず骨組みが崩れておらず、またやはり爆心地付近で鉄筋の屋内にいた被爆者が無事生き延び天寿を全うした実例もある)、それだけで核攻撃に対する人的物的被害は広島長崎の際に比しびっくりするほど激減する、と。
 もちろん核だけでなく通常兵器に対してもその防御力は発揮される。すくなくとも現在の、航空自衛隊の作戦機すら耐核シェルターに入ってない体たらくに比べればずっとマシだ。

 核武装なんかよりも耐核国家造りのほうが、はるかに北朝鮮に「日本に核ミサイルを打ち込んでも無駄なこと」を思い知らせ、それが核攻撃に対する何よりの抑止力となるのではないか。
 北朝鮮の核への対抗策を本気で考えるなら、見栄っ張り合戦にすぎない核武装論なんかよりも、耐核都市論に話を持っていくべきなのである。だいいちそのほうが議員さんと仲のいいゼネコンさんも大喜び、議員さんにも利権どっさどさ、内需も拡大、かつての日本列島改造論時代の再来のごとき好景気すら夢ではないかもしれませんよ? ゲヘ?……と国民新党の回し者のようなことを書いてみる。

 まーでもたしかに、「核」を話題にすることすらタブーとされてきた「議論停止状況」それ自体は不健全だと俺も思う。
 そういう思考実験を経ていないから、誰も「北朝鮮相手になぜ核を持ってもムダか」が分からない。だから中川先生のような安直な「核武装すれば北朝鮮の核を抑止できるんじゃないかな?」的発想に、誰も実践的な国防戦略の視点からのツッコミを入れられない。
 あのおっさん黙らせるには、非核三原則をつきつけるよりも、兵頭先生の『武侠都市宣言』あたりを読ませて目を覚まさせるほうが実際的だと思います。

 もちろん兵頭先生の核武装論も、あくまでも軍人の視点から「最も安全・安価・有利に侵略抑止力を持つ方法」をシミュレートした上での解であって。武力以外の外交努力による交戦抑止は全く考えていないという点で現実にそのまま応用できる方法ではありません。それでも、核武装というものを考えよう、議論しようと本気で思ってる人は、まず兵頭学説を叩き台としなければ始まらないと思います。
 ああ、なんでこんな時代に、『日本の防衛力再考』をはじめとした兵頭先生の過去の著作が軒並み絶版状態なんだ……。がんばれ復刊ドットコム!
10月15日(日)
 0845起床。今日も日記まとめる。
 1200頃チャイムが鳴る。誰だと思ってドアホンを取ると「アフリカのために募金を集めてまーす、玄関まで出てきてくださーい」とぬかす。言われた通り玄関まで出てきて、でもドアは開けず覗き窓から観察。なんか予想通り、リュック背負ったアキバ系のこぎたないあんちゃんだったので、しばらく放置してたら帰ったが、どうせならいろいろ聞き出したほうが面白かったかな。「アフリカってどこのアフリカだ」とか、「原理か摂理かどっちだ」とか。
 1300から聖歌隊の練習。帰って日記の続き。2006年2月分までUP。

 ピョンヤンを世界遺産じゃなくて世界破産に認定しようキャンペーン実施中。
10月14日(土)
 あんなに眠かったのに、0700には早くも目が覚めてしまうが、寝起きはさっぱり。ずいぶん眠りが深かったらしい。日記18日分更新。

 「グラミン銀行」を創立したベンガルの経済学者ムハマド・ユヌス氏にノーベル平和賞。本音としては平和賞よりも本職の経済学賞が欲しかったんじゃないかなーとか勝手に邪推。まるで文鮮明がイグノーベル経済学賞をもらったようなもんであるな。って一緒にするなバカ。
10月13日(金)
 昨夜体力を使いすぎたせいで日中はやる気出ず。昼、大昌苑でトントロ定食たいらげてもなかなか滋養にならず。そして例によって日没と同時に気力が戻る。別名残業代ドロボウ。こんなことばかりやってると我が社にもサービス残業が導入されそうだ。でも戻ったのは気力だけで、たまった疲れはやはり根深く、むりせず1830で上がっておく。はたして帰路、どんどんバテていく。
 パン食べながら、なんとかTV東京の『今世紀最大の謎 真・聖杯伝説 キリストの暗号』だけは観る。こないだのフジのアレにくらべわりと真面目な内容で、『ダ・ヴィンチ・コード』へのツッコミも存分にやってたのは良し。ついでにダン・ブラウン本人に直撃取材してくれればすごいドキュメンタリーになったのに(マイケル・ムーアならやっただろう)。あまり面白くて、『唐沢俊一のポケット』聴き忘れたことに気づき、ショックで寝る。
10月12日(木)
 12月刊行本に手をつけようとして、ついいろんなコマい仕事を片付けてしまう。躁っぽい時の特徴である。昼、紅梅でねぎとろ丼。定時退社。

 イラストレーターのいはさえこ先生に誘われ、ザムザ阿佐谷にて「ひげ太夫」公演『ヒマラヤ頭巾団』を観劇。
 事前情報ではどういう劇になるのか全く想像できなかったが、実物は本当に想像を絶していた。いやあええもん観してもらいました。

 この劇団の特色は、女性ばっか九人の戦鬼が、役者の役(「役者の役」てのも変な日本語だがたぶんそう表現するしかない)だけでなく、効果音も小道具も大道具もアニメばりの特殊効果もほとんど全ておのれの身体能力を駆使してこなしてしまうところである(最小限の照明やスモークやBGM挿入はあり)。
 これが学芸会のように「人間役の人」と「大道具役の人」が峻別されているのではなく、九人全員が等しく人間も大道具も(衣装そのまんまで)こなすのだからややこしい。今さっきまで主役をはってセリフ喋りまくっていた役者さんが、次の瞬間にはお城の壁や町の路地や背景に高く聳える山の一部と化し、歓楽街のネオンサインや象やラスカルの顔の構成部品にもなり、創作ダンスのように他の役者の背後でメラメラ燃える火や舞い散る薔薇の花びらを表現したり空飛ぶ役者を下で支える黒子の一人になったりもする。「王様はどこへ消えたんだ」と狼狽する皇太后様のうしろで、その王様役の役者さんが衣装もそのまんまで玉座の部品になっているという大変な状況(それも別にそういうギャグではなく、純粋に役割分担の都合上そうなるのである)も発生する。あたしも最初はどう観たらいいのか脳がついていかず少々とまどった。
 そんなかんじで、科学忍法竜巻ファイター並みの少人数組体操を「天高く聳えるなんとか寺院の大伽藍!」とか「お城の巨大な門が開かれた、ギギー!」とかユニゾンナレーション(擬音つき)で言い張って納得させようとするのである。無理矢理の極みである。だがそれがいい。

 「大道具がいらない」ということは、場面転換のたびに暗転やセットを回転させたりする必要もない、つまり映画やテレビドラマのように、全く時間をかけず流れるようにシーンを転換させられるというメリットにもつながる。その特性を生かし、とにかく勢いを止めず、「間」を使わず、時にヒトであり時に背景である役者たちが動き回る、まるで「粘土のかわりに人間を使ったクレイアニメ」のような、独特の舞台が展開されていく。

 それぞれの役者が「個」であったり「部品」であったり、その在り方を怒涛の勢いで流れるストーリーに乗って自由奔放に変えていく。これは観るほうも「見立て」の能力を最大限に要求される。たとえば能の舞台でうごめく黒子さんたちを「いないもの」として脳内処理できるぐらい「見立て」に慣れた人だったら、この表現方法にさほど違和感なく食らいついていけるだろう(俺はすぐ慣れた)。逆に、役者個々人に注目し、おのおのを「個」として多目標同時追尾しながら観劇するタイプの人だったら、わけわかんなくなって脳が大爆発することだろう。

 それと、映画やテレビアニメや漫画の「お約束」的エフェクトに慣れた人じゃないと十分のめりこめないと思う。さっきの「背後で炎メラメラ」だけでなく「青空に笑顔でキメ!」とか「回想シーンで決めゼリフ」とか全部人間の肉体で特撮ナシで表現するのだから、元々そういうのを分かっている人推奨であることは言うまでもない。げんに「約束事」がまだ身についていないいは先生のお子様は前回の公演で「炎メラメラ」の意味が分からず、後日なんかのアニメで「ああコレか!」と理解したそうである。また、この劇団特有の「約束事」にも順応する柔軟さも必要である。たとえば「全員でユニゾンで喋る台詞はナレーションや状況説明である」とか。

 ヒマラヤで頭巾団なお話はそれなりに伏線を張り、教訓めいたモチーフも挿入される。が、そんな構成の妙に感心したりメッセージ性に心打たれるよりもなによりも、とことん体力勝負スタミナ勝負アホ勝負の肉体芸の無理矢理さ、その無理矢理な肉体芸を無理矢理繋ぎ合わせた無理矢理な脚本を楽しみ賞賛するのが、この劇団の正しい鑑賞法であろう。役者6、7人の腕だけで「薔薇の花」を表現した見事さや、天井の高いザムザ阿佐谷用に開発したという4段に及ぶ人間タワーが建った時には、ストーリーと全く関係なく拍手喝采してしまった。
 以前と学会の例会で聴いた、スキャットだけで『ツァラトゥストゥラ』を演奏したCDのような、力技を突き詰めたところにある美しさ清々しさを、心ゆくまで堪能した●時間●●分だった(時間の感覚が壊れて大まかな上演時間すら分からない状態)。

 だが、まだまだ面白くなる「伸びしろ」はあると思う。そんな期待を抱かせる作品だった。こんなもんで満足せず、貪欲にあくなきバカを追求し続けてほしいのだがどうだろう。

 どうでもいいけど、舞台で「NG集」をやるなあーっ!! くだらなすぎて死ぬかと思った。
 ああ笑った笑った。
 しかし、千秋楽(15日)まで体力もつのかなあ、この劇団……。

 帰ると、北海道日本ハムファイターズが日本一になってた。
10月11日(水)【ここまでは2007.09.02更新】
 なんだかんだで11月刊行本の三校直しをチェックしT先生に送りつける。重版もの2点責了。O友先生からも12月刊行本の訳者校正到着。いそがしくて食欲なく、昼はコンビニおにぎり3個でごまかす。午後はその12月本の装丁とカタログの件を営業と打ち合わせ。また年度後期の刊行スケジュールも詰める。こう列挙してると本当に仕事してるみたいだなあ。
 夜、駅の西友でシャケ弁当買って帰る。これが値段のわりに案外おいしい。大きな切り身のシャケが塩ジャケじゃないのが、薄味好みの身にはうれしい。
 今日から日テレで放映のドラマ『14才の母』、放送終了後がむのTV板で「なぜセクロスシーンがないんだ」と大ブーイング。いやいくら何でもみんな、平日夜10時の地上波でなくとも1999年11月1日以降の我が国でそんなシーン放送できるわけがないことぐらい百も承知だろう。それでも、もしやもしやにひかされて、みんな観てしまったんだろうねえ。そして案の定なかったからと言って怒っても、それこそ「自己責任」かもしれない。
10月10日(火)
 犬鍋の御利益でようやく目眩も消えたが、ふと気がつくともう10月も半ば。大変だあー。
 とにかく仕事。S竹先生より12月刊行の巨大本の推薦文到着。やったあ。T野先生より11月刊行本の直しが来たので、だああーーーとPC上で修正。昼、タントタントでホーレンソウとベーコンのスパゲティ。午後も修正続き。なんとか印刷だけしたが、宅急便の集配はとっくに終わったので、チェックは明日に持ち越し。帰って神戸屋パンかじって寝る。もうグータラとはしてられない。
10月9日(月)
 0900起床。朝食食べそこねる。
 昼前、北が核実験こいたとかでTV各局大騒ぎ。

 というわけで今ごろウハウハであろう安倍首相の脳裏に流れてる歌。
 《加ト吉CMソングのふしで》

  核実験 核実験
  核でおいしい 支持率も〜 ドアップ♪

 いや本当に北朝鮮の思惑は全くわからん。やっぱ根本敬の言うように重度の朝鮮病(=みえっぱり)なのだろうか。サイフに10円しか入ってなくても1000万円入ってると言い張るような。
 そして先日の自称テポドン同様、やっぱり映像が出てこない。
 スーパーで買った豚カルビ丼食らってさっさと寝ておく。
10月8日(日)
 0800起床。TVもつけず。0930、教会で聖歌隊の練習。いったん帰って、帰りしなスーパー寄って買ったアップルパイかじって1100また教会。講師として中・高時代の恩師が来る。いまや校長先生である。出世した喃。
 午後はその校長先生が率いてきた母校自慢のハンドベル軍団の演奏会。お手並み拝見……と思ったら、ぞろぞろ女子高生が入ってきたのでちょっとぎょっとなる。別にぎょっとなることはないんだが、いやほら、俺の在学中はまだウチの学校男子校だったんで、グリークラブも当然全員男子だったんですよ。その先入観があったので、意識の虚を突かれた形。至近でのハンドベル演奏は、教会の鐘突き堂に登ったかのごとき大迫力で、聴いてるほうが疲れた。
1530帰宅。QUICK嘘屋漫才原稿に悩みまくる。ネットに逃避。昨夜の犬鍋の縁でマイミク申請数件。
 きのうの告別式の様子もあちこちで読む。好天に恵まれたおかげか、コスプレも多かったとか。通夜はあの天気でみんな衣装に凝る余裕がなかったらしく圧倒的に喪服率高かったですけど。最後の最後でオタクの神通力が低気圧をはね飛ばしたか。そして最後は鳴り止まぬ拍手でお見送り。
 2600頃やっと漫才原稿メール。「笑い」の要素まったくなし。鬱気味もいいとこ。だいいち嘘競演に参加すらできないのだから、けっこう深刻だ。
10月7日(土)
 0800起床。昨日とうって変わった好天。まだかすかに目眩残る。『サルゲッチュ』、ギャグ度増量。『赤ずきん』、EDが変更されるが(OPは観てなかった)、最後の絵はあのまま。新番組『しずくちゃん』、なんかアホくて案外あなどれなさそう。『ふたご姫』つけたまま最低オフに出かける準備。
 1130西武新宿着。1200新宿某所で待ち合わせなので、急いで昼飯を胃に入れておこうと駅前のロッテリアプラスへ入るが、さすがロテリアプラス、出るのが遅く、あわててハンバーガーとポテトをコーヒーで流し込み、地下道通ってなんとか間に合う。
 某映画を鑑賞。これまでの作品よりも脚本練ってあって、そういう意味ではぶっとび度は低く、(比較論ではあるが)わりと普通のアニメ映画だった。しかし、学研まんがの一行まめちしきレベルのあまりに表層的ニーチェ理解とか、笑いどころは多数。
 ウツセさん葛西さんと紀伊國屋をぶらつき時間をつぶし、二次会、ルノアールで感想ぶちまけ&貴重なビデオ上映会。韓国市場をひやかし、新大久保「昔のふる里」で犬鍋。近衛さんにMR027贈呈。犬の滋養で、やっと数日来の目眩が治まる。気がつきゃもう10月ですか。ああ月がきれい。

 というわけで告別式には行きませんでした。
 かわりに、ここで仕入れたネタを冬コミ新刊に存分に生かすことで、せめてもの供養とさせていただく所存。
10月6日(金)
 体調、昨日よりはマシ。そのかわり外は風雨強く。まったくこの台風並みの低気圧は何だ。起き抜けこそあったーまクールクールー病は小康状態を保っているものの、この先職場で目を使ったらどうなるかわからん。それ以前にこの雨。夕方にはもう少しマシにならんかのう。喪服は着ていくよりは持っていって職場で着替えたほうが無難かのう。靴もびしょびしょになりそう。かつて台風の進路をもねじ曲げたオタクの超ESPはこういう局面でこそ発揮されんもんかのう。葛西さん曰く、今までコミケが回避してきたぶんの雨が一気に降ってきたものと。さもありなん。ともかく、明日は別の用事があり告別式には行けないので、仕事帰りに通夜行こうと決意。
 ところで、わしのような一般人はそもそも斎場など入れないのではなかろうかとふと心配に。まーでも密葬ならともかく週末に設定して通夜の日時会場公表しているということは、常識的に考えてマスに門戸を開いているものと解釈してみるのだがどうだろうか。自分じゃ絶対こんなクラスの葬式出すことはないのでよくわからんが。
 よし、いざとなったらマスコミ関係者枠のフリをしてもぐり込もう。サギもいいとこだが、「コミケでナンパした絵描きさんを自分の編集した本で起用しておかげで今年また重版するほどのロングセラーになりました全部コミケのおかげです米澤さんありがとう」とか言い張ればまあ大義名分も立つか。つうかそんなの恩義のうちにも入らないぐらい多くのものを賜っているのだが。コミケという「場」の存在するがゆえに精神的経済的に生存を許されている人間のなんと多いことか。やわらか戦車が日本のメディア芸術エンターテイメント部門第1位に輝くぐらいだったら、米澤さんは日本の偉人百傑の一人に十分ランクインしそうな気がするのだが、それもマザーテレサとかナイチンゲール的ニュアンスで。

 職場で着替えて、乗り換え駅のコインロッカーに荷物を放り込み、ささやかな香典だけを胸に斎場へ。
 地下鉄から地上へ出ると、もうお足元のお悪い中どころじゃない大変な天候。そんな中、同じ目的地へ向かうとみられる喪服姿の男たちがぞろぞろと。案外スーツを着慣れた雰囲気の人が多い。平日の夜だけに、都内でカタギな稼業に就くオタク衆が仕事帰りに駆けつけたというところだろう。普段着のほうがむしろ珍しい。
 この集団が豪雨の中集結するのだからさぞ斎場は大混乱だろう……と覚悟していたが、寺への坂を登っていくと、すごく見慣れたコーンが並び、「4列に並んでくださーい」「雨の中お疲れ様でーす」と、すごく聞き慣れた調子で列をさばく声が飛ぶ。コミケスタッフだー! 晴海や有明とは比べ物にならない狭いごちゃごちゃした空間で、けっこう強い雨の降る中、何百人来てるのか分からないが傘持った集団を、手慣れた調子で列を作らせ記帳所に誘導していくコミケスタッフ。米澤さんへの最後の御奉公。ちょっとグッと来た。
 記帳をすませるとまた一旦外へ出て、祭壇へ。ガルマの国葬ばりの飾り付けとかされてて筆谷氏がオールバックで演説ぶってたらどうリアクションをとろうかと思ってたけど、中はいたって普通の斎場。ただし献花の数が尋常ではない。祭壇正面右手中ほどに「唐沢俊一」名の献花を見つけた他、目くるめくようなビッグネームからの献花がそこかしこに。
 たぶん知り合いもいないだろうし、お清めもせずとっとと帰る(あとで、田野さんがお清め場にいたことを知る)。

 なんとか2100までに帰宅。TBSラジオ『唐沢俊一のポケット』。去年のシーズンオフにやってた『ブジオ』よりさらに濃い。
 内容はコーナーもクソもなく、唐沢先生とアシスタントの局アナさんとゲストの中野貴雄監督が延々とバカ話くっちゃべってるだけのグダグダな番組のはずなのだが、そのグダグダがいい方向に出て、まるで御三方の飲み会に一時間同席して一緒にゲラゲラ笑ってたような一体感と充実感と「もっとーもっと聞かせろー」感。次回はぜひ酒とツマミを用意して聴きたい。
 でも途中『夢の中へ』がかかった時は泣いた。なんでこんなに泣けるんだ。

 明日の予習に『永遠の法』予告DVD観る。農民とかはどんな善人でも5次元より上には行けず、社会的リーダーとか「よい子の伝記」に載るような偉人は6次元以上に行って「高級神霊」と呼ばれるとか。……そういう人間の魂にヒエラルキーをつける世界観こそ、あんたらが「地獄のヘドロ沼でオモリつけられてアップアップしてる」と言ってるあのニーチェの超人思想そのものではないのか。

 そんなわけで出棺は見送れんが、行く人はわしのぶんまで敬礼してください。
10月5日(木)
 おなかは職場行けるぐらいには治まるが、今度はまた肩から来るヘンな頭痛。ひょっとして低気圧が居座っているせいか。うううう。朝は大事をとって食べず、昼、志乃原で断食明けの定番・味噌煮込みうどん。11月刊行本の束見本をデザイナーさんに送りつけたり、頭痛にうめきつつ調べものしたりで1930まで。
 『永遠の法』チケット探し第二弾。と言っても時間もないので観念してけっきょく新宿大黒屋で1300円のチケット買って帰る。
10月4日(水)
 文化庁がアンケートとった「1950年代〜現代の日本メディア芸術」エンターテインメントの部、スーパーマリオなどを抑えて第一位に輝いたのが「やわらか戦車」って……。どう考えてもヘンだろそれって! なんかこう川崎祭りのニオイがぷんぷんとするんですが。

 目眩まだ引きずる。昼、ティーヌンで鶏の辛味炒めを食べたらテキメンにおなかをこわす。弱ったところにトンガラシそのまんま食べちゃそりゃ死ぬわな。午後は会議のあとも仕事にならず、定時でとっとと帰る。歳とるごとにどんどん食べられるものが減っていくなあ。
 TVでサッカー・日本×ガーナ。ええーっ、ガーナ国歌って「ニャホニャホタマクロー♪」じゃなかったのかッ!!(そんなわけあるか)。おお、君が代はジョン健ヌッツォだ。

 予習のため買った『映画永遠の法超謎解きBOOK』読む。
 「1万人を救ったら七次元菩薩界に行ける」とか書いてあったんですけど。
 それが本当なら、米澤さんは50回ぐらい菩薩になってないとウソだ。そのくらい余裕で救ってると思う。

 洗濯物部屋干しして、たぶん寝不足も消化器系不調の原因のひとつだと思うのでとっとと寝ておく。
10月3日(火)
 目眩というほどではなくなったが目がショボつく。
 午前、NHK-BSからM先生の取材をしたいので連絡先を教えてくださいと電話。ふむう、M先生ならNHK第一でレギュラー番組持ってるはずなのに。大会社に横のつながりというのはないのか。
 昼、昇龍軒でチャーハン。午後もショボつきさっぱり改善せず、定時退社。
 新宿で映画『永遠の法』の安売りチケットを探すが、これがなぜか品薄。なんだろ、信者が回収に回っているんだろうか。ペア1400円というのは見つけたがこんな映画に誘えるようなツレなんかいないし。
 帰るとポストにコミケ受付ハガキ。米澤さんの弔い合戦、召集礼状は来るだろうか。
10月2日(月)
 頭痛はおさまったが目眩でクラクラする。

 朝日朝刊社会面に「コミケ育ての親」と写真入り死亡記事が出てた。3年前だったらこんな記事出てなかったかもしれない。
 昼休み、ミクシィニュースを見ると日記ランキングは2位の『染五郎、男と「ラブシーン」』(51件)を大きく引き離し現在298件、ああもう300に。にしても53歳は若すぎる。学者や政治家だったらこれから中堅どころの年齢ですよ。
 外は服喪の涙雨。

 おとなしく帰っておとなしく寝る。
10月1日(日)
 0215まで嘘屋チャットして寝て1000起床。
 教会行くだけ行って聖歌隊練習して帰って、朝のビデオ観て、『マイメロ』で加納さんが吐血するほどかわいくて、でもそれはそれとしてどーも頭がガンガンして、1530-1800まで昼寝。起きてもぜんぜん治らず。ごはん食べる気もおこらんが、胃が空だとクスリも飲めんので無理矢理パン買ってスープで流し込んでクスリやって。

 寝る前にメールとミクシィのチェックぐらいはしようと思ったら、米澤代表死去の報に仰天。
 訃報で「えーッ!」と叫んだのは仰木監督の時以来かもしれない。
 うわー、イワえもんと同じ病気ですか。たばこはあなたの健康を害するおそれがあります。つくづく、国家が国民に発癌性麻薬を販売して税金をせしめる現状はどうにかならないもんかと思う。収入から所得税、支出から消費税と税金二重取りされることと同じぐらい納得がいかない。

 米澤さんという象徴を失い、コミケはどうなっていくのだろう。
 オタクの拡散に伴いオタクシーンの中心地が晴海・有明(アマチュア)から秋葉原(商売)にシフトしつつある現代の地殻変動も鑑みながら、コミケの行く末に思いを馳せるが、雨のせいか頭がガンガンしてぜんぜん思いがまとまらない。
 いずれにしても、コミケは「永遠(とわ)なる文化祭」ではないという事実がよりリアルに迫ってきた。

 マンガ評論においても、ポストモダンという名目の小遣い稼ぎの副業でマンガを語る哲学者や美術史家とは違った、マンガプロパーの評論家として、もっといろんな専門知識を地上に遺していってほしかった。米澤さんの脳細胞の中にしまいこまれたまま火葬場経由で闇に消えていく日本マンガ史上の重大な事実の数々を思うと、ほんとにその早すぎる死が惜しまれる。
 いつか鶴岡法斎さんと対談してほしかったのに。

 ここ最近、ますます暗くなっていく世の中から逃げていくかのように、いい人から先に地上を離れているような気がする。
 もうこれ以上かなしいものを見なくてすむように。
 大学時代いちばんいい奴っぽかった友人がポックリ死んだのも、それから一年もせずに起こったあの事件を見ないですむためだったのかもしれない、と時々思うことがある。人一倍人情に厚かったあの男が生きてあの状況に直面したらどうなっていたことか。
 コミケ会期中初の死者でも出るのか。

 そんなことにならんように、米澤さんのおらんようになったぶんまで、参加者一同があの「永遠なる文化祭」をなるべく半永久的に楽しめるよう守りつづけていかなあかんと思う。
 経済的にも精神的にも、あの文化祭に多くを依存している人間は想像以上の数にのぼりますし。

 心から冥福を祈ります。

 惜しい。あまりにも惜しい。

 まだ代表が自分で本買いにほっつき歩けた頃、『大宗教学』も何度か買ってもらった時の思い出が、布団の中でよみがえってくる。
 頭痛がなかったら、わんわん泣いていたかもしれない。
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