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| 1月31日(水)【ここまでは2008.2.24更新】 |
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しまった、夕べせっかく新宿まで出たんだから「コミックガンボ」もろてくればよかった……。あほや。しかも、紀伊國屋にまで行ったのに「ザ・リバティ」すら買ってないという大ボーンヘッド。うわーん今月は総力いじめ特集一気に50ページに拡大だというのにー今度はいったい誰の実名が晒しアゲられるのかワクワクなのにー。しんじゃえバーカ>俺。 今日は終日デバッグ仕事。昼、おなかはすいてるのにどうも何を食べたらいいのかピンと来ず、モスバーガーに入ってフレッシュバーガーとオニポテとクラムチャウダー。mixiでいただいたハッピーバースデーデビルマンなレスにコメント書こうとしたらパソコンが固まる。すべてが嫌になる。 午後、担当している雑誌に関する問い合わせ。しかしこれが俺の入る前の話で、当時の担当者は一人出張もう一人はすでに退職。バックナンバーはもちろん過去の古文書も掘り出していろいろ調べるが、当時のどんな内部資料にあたってもさっぱり分からず見当もつかない。ギブアップ。こんな手がかりすら掴めない調べものは初めてだあー。後輩に「気楽院(仮名)さんでも調べられないことってあるんですね」と言われ、くやしさ大爆発だちくそう。唯一の取り柄とも言える分野でミッションがインポッシブルだった無念たるや、もうガックリですよガックリ。しかも2時間半もかけて。人件費に直したらこわい考えになりそうなのであえて換算せず。 徒労に無駄な時間かけたぶんをなんとか取り返し、1900頃退社。さあ新宿西口行って昨日ゲットしそこねたガンボを、と思って西口行きのバスを待つがなかなか来やしねえ。そのうち高田馬場行きバスのほうが来たので、しゃーねえなまた西武新宿から歩いて行くか、と乗ってしまう。 で、バスが馬場のロータリーに入り、ふと駅前を見ると、地下鉄入り口の前に例の黄色いジャンパー着たおねーちゃんがいるではないか。やったラッキー! やっと運が向いてきたらしい。バス降りてさっそくガンボ1冊頂戴する。と、そこに別の30代ぐらいのおにーさんが来て2冊貰っていった。コレクターか、仲間に頼まれたか。創刊号は初版10万部を「完売」ならぬ「完配」したと聞くが、出だしの好調はこうしたコレクター層が支えている部分もあるのかもしれない。あまりゴミ箱とかに落ちているのを見かけないあたり、そういう可能性もなきにしもあらず。カストリ雑誌をコレクションするような感覚の彼らがいいかげん蒐集に飽きるより先に、純粋にマンガを読みたがる定期読者がつくかどうかが勝負だろう。 うまいぐあいに芳林堂で「ザ・リバティ」もmikipooさんの本も無事ゲット。これでわざわざ新宿出なくてすんだ。もし新宿行きのバスが先に来ていたら、帰りはもっと遅くなっていただろう。塞翁が馬てことで。これだから人生はわからない。こんなことでいちいち人生を語るな俺。あ、「きっこの日記」の2冊目も見つけたけど、やはり「ガセメール西澤孝はいなかった!」日記は収録されず。初版正誤表なんか挟み込んでるヒマがあったら正直にあの日記を載せろと(笑)。 帰りの車内でmikipooさんの血と汗と涙と野望と苦悩の結晶『ドッグ・セレクション ベスト200』読む。犬を知らない人でも各犬種の性格まで分かるような作りにした、と編者が豪語する一品だが、まさにその看板にいつわりなし。わざわざ日本中を回って、それぞれの犬種の個性が最も映える風景で野外ロケを行い、活動的な犬種は活動的に、陽気な犬種は陽気に、ツンデレな犬種(←説明文には「ツンデレ」とは書いてないがほんとに「外では冷淡だが家に帰ると甘えるタイプ」の犬がいるらしい)はツンツンと、各々の個性が光る瞬間を切り取った写真は、犬のことぜんぜん分からない我が身でもその凄さは分かる。いやむしろ犬だから冷静に見られるのであって、もしこれが犬じゃなくて猫だったらもう鼻血吹いて急病人発生で電車止めてダイヤ混乱させてたとこですよ。「各犬種の個性」を熟知したカメラマンでないと、こういう写真は撮れないと思う。 それぞれの犬種に添えられた説明文も、「これからどの犬を飼おうか」と考えている人に対して、各々の性格傾向やトリミングの必要頻度など「飼う時の具体的な注意点」を簡潔に教えてくれる親切設計。猟犬・闘犬がベースになった犬種はヘタに番犬として飼うと祖先から受けついだ眠れる闘争本能が目覚めて素人には制御不可能になるぞと脅したり、川上犬や珍島犬など貴重種は本気で「種の保護」を考えてくれる人でなきゃ飼うな、伊達や酔狂で買うんじゃねえ、と厳しいことを言ったりするのも、犬と飼い主双方の幸せを思っての指摘である。初めて犬を飼う人にこそ、こういう「覚悟」は伝わってほしいものである。 ああそれにしてもこの情報量とフルカラーの図版が入って、1500円ですか。あたしの書いたクリスマス本と同額ですか。コストパフォーマンスで言ったらお話になりませんな。もちろん当方の秒殺。たまんねえなあこういうの見ると。 オリジン弁当で生姜焼きカキフライ弁当買って、録音した伊集院聞きながらもぐもぐ。 いつにもまして文章がめちゃくちゃなのはたぶん睡眠が足りてないせいだと思います。遅筆屋のくせにここ数日ほど毎日ミクシィ日記つけてみるテストをしているのだが、慣れないことはするもんじゃない。 「夢日記をつけ続けてると精神に異常をきたす」と聞いたことがありますが、現実日記で十分精神に異常をきたすバカはどうしたらいいのか。 |
| 1月30日(火) |
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【今朝の嘘ニュース】 『横綱朝青龍にやおい疑惑』 一部の週刊誌やボーイズラブ誌の報道を受けて、日本相撲協会は栃東ら大関4人からも事情聴取、カップリングや受攻リバースの如何についても厳しく追及した。 関係者によると基本は朝青龍鬼畜攻めが鉄板だが、千代大海誘い受けや雅山下剋上、白鵬との甘々バカップルものも角界の支持を集めつつあるという。 朝青龍は一連の疑惑に対し初めて口を開き、「ありえない話を書かれてすごく残念に思う。迷惑だ。親方以外となんて考えられない」と不快感をあらわにしつつ報道陣に高砂親方とお揃いの婚約指輪をさりげなく披露、改めて熱愛ぶりをアピールした。 * * * * * NHK性暴力法廷番組改変裁判の件。朝日朝刊はもちろん1面で「NHK敗訴ー!」と。昨夜のNHKニュースでは、裁判の行方は印象に残らないようにサラリと流し(つうか、何を争っている裁判だったのか、あのニュースだけではさっぱり分からなかった)、あくまでも「与党の圧力はなかった」というとこだけ強調するのにほとんどの時間を費やしてたのと、まるで好対象。 そういえばNHKは安倍首相の「これで圧力がなかったことが法廷で証明されたぞエッヘン」みたいな談話もそのまま流してたけど、今日改めて判決要旨を読むと、「国会議員の発言をNHKが忖度して過剰に自粛しちゃった」と、決して圧力ゼロとは言えない内容。だがもちろん例の朝日の記者が騒いでいたほどの圧力も認定されなかったわけで。 どっちか片方の情報にしかアクセスしなかった人は気の毒である。 柳沢厚労相の「女は産む機械」発言に野党だけでなく与党の女性議員からも反発。「ラブマシーン」ならぬ「産むマシーン」ですか。日本の未来はウォウウォウウォウウォウ。まあでも実際「産む機械」扱いされてる女性っているしねえ。雅●さまとか。 子作りにかぎらず、世の中とは、「何かの能力があるならそれを生かさないのは罪だ」みたいなかんじで、能力を持て余す人間に負い目意識を与えよう与えようとするものらしい。ニートとか。 とりあえず不謹慎に、「おーれは、子ーどーもを生ませたい、ダダッダー! ロボットだから、マシーンだーから、ダダッダー!♪」とか「マシンは女子さー、女子はマシンさー、日ー本ーのー子ー供をー、増やすんーだー♪」とか歌っておく。ナ・オ・ンー、はーらむーさー♪「はらむさ!」 今日もやる気なし。昼、稲郷で牛キムチ炒め定食。1800頃退社。 ふらりと新宿に出る。そういえばそろそろmikipooさんの本が出る頃だと思って紀伊國屋へ行くが、店内検索機で見たらまだ入荷してなかった模様。ちえー。とぼとぼ帰る。 帰りの車内で、安田一悟『アンゴルモアの大王――日本にヘルメスがよみがえっている』(たま出版、1994年)読む。はい、「ヘルメス」の名でピンと来た人、はい正解。要するに「アンゴルモアの大王」とは「太陽の法」を伝えるヘルメスであるところの総裁先生のことだ、と言いたいだけの本です。「様々な観点からノストラダムスの予言を検証した結果、どう考えてもアンゴルモアの大王は総裁先生以外ありえない」みたいなこと言ってるけど、使用してる参考文献が全部総裁先生の本だし。ただ、幸福の科学出版ではなくたま出版から布教本が出ているというのが珍しい。あとがきによると著者は幸福の科学創立以来の古参信者だそうだが、本書の予言が全部ハズレた今は何やってんだろ。……と思ってためしにググったらサイト発見。まだ信者はやめてなさそうである。 夕食はパンもぐもぐ。Quick嘘屋の自作漫才観て、ああもっと練ればよかったとガックリくる。病(※頭痛)にさえ侵されていなければ……と言い訳しておく。 |
| 1月29日(月) |
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昨日来の肩こり完治せず。ぐずぐずした空模様のせいもあるかもしれん。 通勤電車で『超(スーパー)落語!』読了。巻末対談にあった「若い客は独演会には来るが寄席には来ない」という傾向は、言わば「雑誌連載されてるマンガが単行本化されると買うけど雑誌は買わない」とか「特定のニュースには食いつくが新聞はとらない」みたいなかんじか。多様な情報へのアクセスを自ら忌避し、自分で自分の世界をつまんなくしているようなもんだ。 そういう俺も「寄席」というものに行ったのはただ一度、昨夏の瀧川鯉朝師匠襲名披露ぐらいなのだが、落語の間に挟まれる数々の色物の多様さには面喰らい、そして実際面白かった。「落語」という土台はあるがそれに様々なオカズがついてるかんじで。映画とか演劇とかコンサートとかみたいなモノカルチャー見世物とは全くコンセプトの違う、総合エンタテインメントなんだなあと。ぶっ通しで観れば昼前から夕方までかかる長丁場も、今にして思えばあれはそれこそ休日を一日ぜんぶ寄席に費やす、一日笑い通して演芸でアタマをいっぱいにしてリフレッシュしてまた明日から日常に戻る活力を得るというハレの空間として機能しているのかなと。むしろ一日がかりでディズニーランドを見て回るみたいなもんだなと。そういう意味では、寄席以外にも「まるごとハレな一日」を提供する空間がいろいろ増えてしまった現代において、落語だけでなく寄席そのものをもアップデートするのは、なかなか至難の技かもしれない。 ビタミンB1を補給するべく大昌苑でトントロ定食。このくらいの豚肉で効くのかどうか知らんが、プラシーボでも効けばもうけもの。 コンビニに寄って週刊現代の「パワーフォーリビング」記事立ち読み。情報量はともかく、書き方がどうものっけからカルトだと決めつけんとしてるのが見え見え。久米小百合のことも、まるで地下鉄サリン前の鹿島トモ子的扱いをしてる論調に、買う気をなくす。まーでも、表紙は中途半端に変わったものの中身はあいかわらずの週刊現代なのが、これはこれで嬉しい。 久々に肉ばくばく食っておなかにはもたれるが、ホントに天然ビタミンB1が効いてきたのかそれとも天気がよくなってきたおかげか知らんがともかく徐々に肩こりがとれてくる。 こうなると脳がよけいなことをしたくなるから困ったもんである。どうしても『千の風になって』の替え歌を作りたくて仕方がなくなる。♪地下鉄〜の中に〜サ〜リン〜、まかないでください〜、そこに〜ユダヤは〜いません〜、米軍なんか〜いません〜、変なグ〜ル〜に〜、変なグ〜ルにハマって〜♪……これ以上歌うと9.11の犠牲者に祟られそうなのでやめますが。♪私を〜痴漢の〜罪で〜、訴えないでください〜、ホントに〜私は〜しません〜、めくってなんか〜いません〜♪だからやめいって。 きのうの寝言で書き切れなかったことも頭をよぎる。 なまじ「世界は一家、人類みな兄弟」と思うから、話しても分かり合えなかった時に余計腹が立つのであって。逆に「他人はみな別の生き物」だと思えばいい。他人とはもともと分かり合えないのがデフォルトであると。 なんとなれば、ひょんな機会に他人と「分かり合える部分」を見つけた時の驚きと喜びは大きくなる。 考えてみりゃ世の中、「種々雑多な人間がたった1つの共通点だけで結びついている」ケースのほうが実は当たり前なのである。mixiのコミュ、古くはニフティの会議室やパティオなんかみんなそうだし。嘘ツキャーだって、老若男女様々な背景を持った様々な社会階層の人間が「嘘をつくのと他人の嘘を読むのが大好き」というただ1点において結びつき、職場の飲み会でも見せないようなイイ顔で鬼畜話に花を咲かせる。もっとでかいこと言えば教会、宗教だってそうだ。「同じ神サマ信じてる」という1点において、普通なら出会うはずもないような種々雑多な人間が結社を作る。ぶっちゃけ言ってしまうと「地縁共同体」「血縁共同体」というのも、実は「地縁」「血縁」さえ無視してしまったらてんでバラバラに分解する。あらゆるゲマインシャフトの正体は、根源までつきつめていくと実はそういうものなのかもしれない。ゲマインシャフトを結合せしむる所謂「人間の本質意志」とは、他者との「共通点」、他者と「分かり合える部分」を希求渇望する心のことなのかもしれない。 ゲマインシャフトが人間本能に依存する共同体だとすると、「地縁」「血縁」というゲマインシャフトが消えてなくなっても、結局別の形のゲマインシャフトは必ず生まれ、互助機能を生ずるであろう。……と期待したい。 こんな調子だから、電車乗っても週刊誌の中吊り広告に都知事選ネタが載ってるのが目に入ったとたんに、石原の三選を阻むアイデアを思いつく。 もし反・石原勢力が本気で三選阻止を目論むのなら、大っぴらに擁立・支援する本命の対立候補の他にもう1人、それこそ石原以上のド右翼有名人に立候補をそそのかすのである。単に石原の国粋的パフォーマンス発言にシビレてあこがれてるタイプの支持者層なら、石原以上に威勢のいい国粋主義者が出てくればコロッとそっちに乗り換えますよ。石原にくっついてるウヨ票がそいつに削り取られているスキに、対立候補が石原の得票数を超える……という寸法。 国際情勢の変化で不安をかきたてられた有権者にウヨ思想が蔓延してきたのは事実、となるとそこでそんじょそこらのただサヨサヨ言うばかりの対抗馬が出てきても、石原の票を奪うことはできない。かと言ってその対立候補が日和って中途半端に国粋的なマニフェストでも打ち出そうものなら、肝心のサヨ票まで離れて、村山内閣以降の社民党と同じ轍を踏むことになる。それなら石原のウヨ票を削る役目は、別の、もっと不安な有権者のハートにズッキュンドッキュンなウヨ候補にやってもらえばいいのである。 そのくらいの狡猾さがなければ、サヨに今後の政治の舵取りを任せることはできん。 ……この戦略の問題は2点。(1)石原以上にウヨの人気をかっさらえそうな右翼有名人がいないこと。それと、(2)万が一そのウヨ候補が当選してしまったらこの世の終わりだということ。そのくらいですな。 「そのくらい」じゃ済まないだろバカヤロウ。 帰ってパン食べながら、ビデオで『仮面ライダー電王』。あまりのカッコ悪いデザインに全く期待していなかったのだが、いざ観てみたらほほう案外アレですな。最初は「鉄道戦隊シュポレンジャー」か?と思ったら史上最弱のヘタレライダーで大笑い。いちおう『剣聖ツバメ』システムで、今後本体のほうも強くなってくんだろうけど。まあ第1話はいつも視聴者を騙そうとリキ入れて作るからまだ分からんが。なんせプロデューサーが白倉だから安心はできない。当面は小林靖子脚本に免じて、今後の展開を見守る構え。で、過去や未来に飛んであちこちの物件を買い漁るんですね(←違)。キングボンビーやスリの銀次はいつ出てくるのか(←大違)。 TBSの信長特番。「イエズス会は明国征服を企んでいた」って字幕が出てぶっとぶ。インタビューでは「イエズス会、というかポルトガルは明国を……」と注釈的言い方をしているのに、である。イエズス会から抗議が来ないか? 石原都知事の肩を持つわけではないが、TBSの字幕は信用ならねえなあと(笑)。まあ例によって「爆笑問題を司会にしてるからコレはバラエティですよ真面目に取るほうがバカなんですよ」的逃げ道を確保してるんですけどね。たけしと爆笑問題はこういう時のために便利である。 |
| 1月28日(日) |
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0800起床。『音楽の泉』モーツァルト。『デジモンセイバーズ』。クダモンってそんなに偉かったのか。『マイメロ』。柊しゃまの「そんなことより……そんなことより……」に爆笑。久々のバクブラザーズ&バコ。歌ちゃん最後の「芸」、オチは見え見えだったがアメノウズメノミコトの故事をプンプンにおわせる最凶の脚本に大爆笑。潤に涙。そしてツンデレのデレがとことん希薄すぎる兄のせいで、わーん。でも兄の気持ちも分からんでもない。 日記のレスにレス書きかけて教会行って帰って1330までかけてレスUP。グラタンとパン食べて、さらに1800までかけてQuick嘘屋の漫才原稿。漫才じゃなくて別の文芸様式にしか見えないのは気のせい。 ビデオで一昨日の『のだめ』。真澄ちゃん登場。こっちはドラマと違って忠実にストーリーをトレースしてるので、改めて観ると本当にドラマはいろんなものをすっとばしていたなあとしみじみ実感。そうかあれってクリスマスの話だったんだそりゃ最終回をクリスマスに設定したあのドラマじゃできないよな。ドラマでは全く描かれなかった(描けなかった)真澄ちゃんの神技的パーカッションもアニメならいくらでもお見せできますぜとばかりに。これなら、ドラマでやってくれなかった「真澄ちゃん卒演」も期待していいのか? いいんだな? 『ボウケンジャー』。ガジャがパワーアップしすぎだあー。最近の戦隊シリーズは最終回直前に戦隊が貧乏農場へ行くのがならわしらしい。 頭痛く、スパゲッティボロネーズすすって『風林火山』観てシャワーで肩の筋肉ほぐしてアリナミンEXplus飲んですぐに寝る。 学校の夢を見る。 設定はおそらく高校3年の1学期らしいが校舎の位置は中学校側だったり、上履きがスリッパじゃなくて小学校型のシューズタイプだったり、俺がいた頃はまだ男子校のはずなのにもう共学になってたり(しかも女子の制服がセーラー。実際はブレザーなのに)と、若干混乱あり。今の仕事関係でつながりのある先生とばったり会って(←このへんも時代考証に混乱あり)、休み時間に中庭で話し込んでいると授業が始まってて学級委員に大声で呼び出され、あわてて教室にかけ戻り、下駄箱であたふた上履きに履き替えながら「ああやっぱ学校はめんどくせーなー」と夢の中で思う。安心しろ、もう行く機会はないから。 頭痛に唸りつつまた歳をとる。 【今日の寝言】 「ディスコミュニケーションと差別の関係」について意見交換。 実は「他者とは話せば分かり合える」という理念(幻想)が一般市民の間に無批判にしみついていることが、「話して分からん奴の排除」の元凶なのかな……と考え直してみたり。「話しても分からないんだからもう排除してしまえ」、と。 唐沢先生もよく仰っているように、「他者とはそもそも『話しても分からないもの』である」ということ、つまり、人間社会とはそもそも違う背景と価値観を持った生き物の集合体であること、世の中に自分と同じ人間なんかいないことの確認(諦観)こそが、ゆくゆくはこうした「差別」の撤廃にまでも繋がっていくんじゃないかなと。 もともと他人は全部自分とは異質な存在なんだから、と。 mixiが参加者の増大に伴ってセキュリティもモラルもグダグダになったように、結局不特定多数の人間の集まるところは(全体主義的に管理でもしないかぎり)こうなる、と。 「みんなが同じ規範を持ち得る」幻想は、ひょっとしたら情報化社会の到来が生んだ誤解なんじゃなかろうか(という電波を受信しますた)。 たしかに一般大衆の規範意識はメディアによって一極に束ねられる傾向が出てきたが、中にはそれに惑わされない人種もあいかわらずいないことはない。でも、そういう人種に対する「なんでお前は同じ規範を持たないんだ」という風当たりは、情報化社会前夜よりもはるかに強くなっているような気がする。戦時中は「ぜいたくは敵だ!」と言いながら帝都山の手の住人はけっこういいもの食って芸者遊びしてノホホンと生活してたもんですが、今だったらネットでチクられて炎上必至でしょうね。そういう意味でも。 そもそも「異者とのコミュニケーション」とは、「相手を自分と同化させるもの」じゃなくて、「お互いの価値観をすり合わせギコチなくも共存していくもの」であることなのだが、どうもみんな前者だと誤解してるから、「コミュニケーション」イコール「同化できないものを排除する」という方向に陥りがちで。 そしてまた、無難な人間よりキチガイのほうが支持者(同じタイプのキチガイばかりですが)を集めたりするのも、「他人とは分かり合える」幻想のせいかもしれない。1箇所フックがあったぐらいですぐ「あたいのことを分かってくれるのはあんただけだよ」みたいなかんじでコロッと逝ってしまってオノレの自我を全部仮託してしまったり。自我肥大も困ったもんですが自我がないのもこれはこれで。 |
| 1月27日(土) |
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0700起床。『パワパフZ』、カレ登場。舞台が江戸だったり普通に日本語看板が出たり、最近ここまで日本(東京)ローカル色を出した地上波アニメは珍しいけど、ひょっとしてカートゥーンネットワークと「米国放送はしない」という契約になってるのかな? 『赤ずきん』、ヴァルが人間形態にならない理由がついに判明し大変なことにの回。じゃああのお墓には何が埋まってるのか。『ふたご姫ギュ』。例の狙いすぎ風紀委員が主役の回。メガネ外してもあまり変わりません。 出るのが遅れて、1分違いで「面白漫画倶楽部」開演前に間に合う電車を乗り逃がす。 朝日朝刊「私の視点」。3本の論考を1面に並記するこのコーナー、ワンテーマで3人に書かせる時は必ず1本バカ論文があって楽しめるのだが(12日の日記参照)、今日は3人とも各自の得意テーマで書くタイプ。 「給食費」は宇都宮市で実際給食費未納に悩まされる市のえらい人が、具体的数字なども出して苦悩をにじませつつ「よくぞこのネタをニュースにしてくださったありがとうありがとう(涙)」なかんじで、あたしゃもうもらい泣きですよ。 一方、「バラバラ殺人」というお題では、『他人を見下す若者たち』の人が、妹バラしの勇輝容疑者も夫バラしの歌織容疑者も「仮想的有能感」の虜になって自我を維持するため凶行に及んだのだ、と。でも、これはそんな単純な図式じゃないんじゃないかな。 たしかに歌織のケースはそうかもしんないけど、「夢がないブラザーズ」のケースにもその類型を適用するとしたらむしろ、殺された妹のほうが「仮想的有能感」のカタマリだったんじゃないかと思う。周囲が口を揃えて「決して自分の非を認めないタイプ」と評するあの妹の、もはや人格障害とも言うべきパーソナリティこそ、自我が肥大し、兄を見下し、家族を見下し、世の中全てを見下した結果培われたものではないのか。 「仮想的有能感」論に我田引水するとしたら、「『他人を見下す若者』は人殺し予備軍」と言う結論だけでは一面しか捉えていないと思う。俺が速水先生だったら、今回の2つの事件を「他人を見下した末に殺す者」と「他人を見下した末に殺される者」と捉えた上で、「『他人を見下す若者』は加害者だけではなく被害者予備軍でもある」という複合的オチにするな、たぶん。 「ワタシの名前は三橋歌織 ひと呼んで、バラすセレブ妻。 いえいえ心は一切いただきません。 ワタシがいただくのはお金、 旦那様のお金でございます。 ホーッホッホッホッホッホッホッ!」 新聞も読み終わり、談笑師匠の『超(スーパー)落語!』、最後にとっといた「芝浜」改め「シャブ浜」読む。ひどい設定なのに珠玉の人情噺に仕上がっている。江戸時代の「魚屋」や「酒」を現代に持ってくるとこのくらいになるのか。談笑自身の解題にもあるように「助言をくれる大家さん」にあたる存在がいないことなど、とことん「現代」という舞台に忠実な改変には唸る。おまけにヤンキーの繁殖力の高さまで織り込んでクライマックスの登場人物を増やしあんなことにするなんて、うう、ううーっ!!(感涙)。 1230過ぎ西武新宿着。LPOまで走るがもちろん遅刻。IPPANさんのお情けで隣に席をいただく。 まずは司会の方々の小ネタ(どこが「小ネタ」だというぐらいアレなのだが)で場をあたため、前回も大爆笑だったエレクチオンナウのお二人によるわくわく小池一夫ワールド。真面目な話をしている後ろで女(全裸)がよけいな動きをして気を散らせるシステムとか、やっぱり狂っている。「ストーリーに参加していない脇役もちゃんと演技をする」のは演劇や映画では大事なことだが、これは断じてそういう作劇手法の範疇ではない。ナチュラルで狂っているとしか思えない。そして、これからぼくたちの合言葉は「レッツゴーカン」だ! カレーもりもり食べながら第二部。まずは初登場となる鶴岡さんが、定番の水木・徳弘ら「故意に変なことをやろうとしているんじゃなくて、素直に自己実現しようとしただけなのに変になってしまった漫画家さん」の作品群。そしてキンドコングの勇姿はむしろゴールデンゴールズのペットマークにするべきだと思う。 新田さん。この歳になって初めて『無敵少女ラミー』の原作が石川賢と知ってすごく合点が行く。どうりで話がむちゃくちゃで最終的に完結も何もしてないと思った。村生ミオ『あつあつポテト』は、『パラダイス学園』のように直接全裸こそ出ないもののオヤジ的エロス分に満ちた危険クッキングマンガ。まだ『やるっきゃ騎士』のほうが子供向けに見えてくるドスケベコミックだ。感動した! そして『武闘派倶楽部』の武闘派文化部はやはり面白すぎ。ある意味『ぶかつどう』以上に狂っている。敵の面々のほうが技も何もかも個性に満ちあふれているのに、肝心の主人公が全くキャラ立ちしていないという致命的欠陥で打ち切りになった本作はマジでもったいない。以前新田さんの同人誌で見た「一局ー!(ビシビシッ)二局ー!(ビシビシッ)」を大画面で観られた感動にうち震える。 第三部。KRONOSさんの海外漫画特集。前回のネタをもう少し整理したかんじ。ご本人は香港ウルトラマンにこだわりがあるようだが、場内はもう『拳皇』の火山で闘う武闘派天皇陛下(&皇太子殿下)にメロメロだ。個人的には「武侠格闘漫画『モーセの十戒』」の情報をもっと知りたいところだが、資料がこの1冊しかないのと演者がそれほど宗教詳しい人じゃないのでこれ以上の期待は無理っぽい。全巻欲しいなー。 トリの江戸栖方さんの極北マンガ連打。ひどい、ひどすぎる(笑)。たとえるならレフトにノックすると言いつつてんで逆の右方向にポップフライを上げ、しかもそれが外野にすら届かずポトリと落ちて、捕ったかどうかもおかまいなしに「よーし次行くぞー!」とまた滅茶苦茶な打球を打つ、そんなかんじ。出す本出す本全てが、もっと掘り下げればもっと笑いが引き出せるだろうに、鶏の丸焼きを見せてトサカしか味見させず「まあ大した料理じゃないです」と言ってすかさず次の料理を出してしまう、そんなもったいなさ大爆発の喉ごしを味わうライブ。素材を骨までしゃぶりつくすタイプのスタンド使いが多いと学会には絶対いない不思議な芸風。「いやお前実は単に変なマンガのコレクションを見せびらかしたいだけだろ!」というかんじだが、それでも客席も壇上も呼吸困難に陥るぐらい笑い転げる。司会がムリヤリ閉会を宣言してもまだ巨大なカバンからひどいネタを取り出しモニタに写す。シメも何もあったもんじゃないものすごさ。「最終兵器」の名は伊達ではない。 今回鶴岡さんが「面白漫画倶楽部」に加入したのは大正解だと思った。ネタそのものも最高なのだが、他の演者がメインの時も、リタ・ジェイさんとはまた違った残酷な方向から鋭い茶々を容赦なく入れて場を沸かせる、あの能力は貴重だ。でも木持アート出版の人と同席させたら大変なことになると思う。具体的には、どっちかが自殺する。 桐生さんたちと「人類を支配するマザーコンピューターの声は喪黒福造で」とかしばらくバカ話に興じ、二次会に行くみなさんと別れ帰途に。週刊文春買って、車内でスピリチュアル着物デブの記事を読むが、頁数のわりに内容はウスく若干期待外れ。でも「仏道修行に挫折→神主の資格取得→今はキリスト教も持ち出す」という節操のない宗教遍歴には、もっとツッコミどころがありそうだ。「一般人はレベルが低い」って、そのレベルの低い一般人がまんまと引っかかってくれてるおかげで原宿と表参道に豪邸建てられるのではないか。 自宅には戻らず駅からバス乗って実家へ。寿司食って猫と遊んで帰る。 |
| 1月26日(金) |
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おなかの調子が悪く、朝ごはん食べずに早めに家を出る。そうしたら急病人が出てダイヤ乱れてるとか。急行乗ってる最中におなかに異変が起きたらまたPTSD起こしかねないので用心してのんびり各駅停車で出勤。『超(スーパー)落語!』もあれば新聞もあるのでヒマつぶしには困らない。 朝日朝刊。投書欄、3日前の本欄に載ってた「与太郎を笑い者にする落語は不快だから禁演にしる!」という投書に対し、水頭症のお子さんを持つお父さんから反論。たしかに自分の立場からすると聞いてられない不快な落語もあるけど、見方を変えれば「与太郎噺」の存在は、当時は地域共同体の中に与太郎が与太郎として一定の居場所を与えられていた記録でもある、かえって現代のように知的障害者は自宅から離れた養護学校に通わされ、長じてからも特殊な作業所に押し込められ、地域共同体から隔絶され隠蔽されたまま「見えない存在」にされる状況もヘンだ、だから与太郎のバカさ加減をあざ笑うだけの噺ではなく、与太郎が与太郎として地域に受け入れられるような噺だったら大いに聞きたい……という意見。 ちょうど『超(スーパー)落語!』読んでる最中なだけにうんうんと頷く。「金明竹」なんか、与太郎だけでなく健常者だっていくらでもディスコミュニケーションを起こすという噺だし。「イラサリマケー」「叙々苑」もそうだ。思うに「差別」とは「ディスコミュニケーションな相手への恐怖」の裏返しであって。コミュニケーションが困難だから、相手を「世間に存在しないもの」として交渉を断ったほうがラクっちゃあラク。で、交渉を断つとよけい相手のことが分からなくなり、よけい勝手に恐怖が増していく。その恐怖の積み重ねが、「自分のほうを上位に置きたい」という心理によりちょっとした化学変化を起こし、障害者差別、外国人差別、女性差別などといった「差別」という行動になる。談笑落語は、古典落語に巧妙に仕込まれたそのテーマを、舞台を現代に置くことによって現代を生きる我々の鼻っ面に突きつけてくるのだ。被差別者やその支援者が感情的にぶちかます「差別撤廃糾弾活動」なんかより何百倍も饒舌に。 電車は20分遅れで到着。おなかは無事。ファミマのダブルソーセージエッグパンをコーヒーで流し込み、今日も普通に仕事。新進気鋭の書き手さんに、すいません会議の結果やっぱアレになりました、とごめんなさいメール。またこのメールに1時間かかる。もう氏ね愚図馬鹿と思う。 昼食は大昌苑でカルビクッパぱくぱく。隣のテーブルの団体さんの一人がバカ宗教ウォッチャーらしく、いろんな宗教の信者をあの手この手でいじめた数々の武勇伝デデンデンデンを大声で披露しているのに辟易とする。いくらそういうことをしても、奴ら自身にマチガイを気付かせる役には一切立たないんだがなあ。やってる本人は満足だろうけど、いじめられたほうは間違いに気付くどころか、「迫害」だと思ってより意固地になるだけなのである。一般社会にこういう人がいればいるほど、バカ宗教の信者は一般社会に戻ってこれなくなり、一生バカ宗教のコミュニティに閉じこもらざるを得なくなる。そしてバカ宗教の側にとっても、信者を繋ぎ止める上で「現世の迫害」ほどありがたいものはないのである。本当にバカ宗教をほろぼしたいと思っているのなら、こういう手法は百害あって一利なしどころか利敵行為にすらあたるのだが。……これもまた、「ディスコミュニケーションな相手への恐怖」がなせる業。 18時半ぐらいまで働き、キリのいいとこで帰る。電車でコミックバンチ読んで、『超(スーパー)落語!』の続き。人情噺「ジーンズ屋ようこたん」にもらい泣き。もともと「芝浜」とか人情噺は好きなのだが、それにもまして(取材のおかげもあるのだが)紺屋をジーンズ屋に移し替えた際のアレンジメントのうまさに魅了される。そして、古典を現代の舞台に合わせ改作する談笑の実験について思いを馳せていたら議長の解説でまさにそれが書かれていて膝を打つ。 神戸屋でパン買って食べて寝る。 さあ、明日は「面白漫画倶楽部2」だ。 |
| 1月25日(木) |
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昨年末ランダムハウス講談社から『指輪物語をめぐる16の哲学』という翻訳本が出たのだが、これが17人いる著者の略歴が一切載ってない不思議な本。訳者(どうもペンネームらしい)の略歴がないのはいいとしても、著者の素性が分からないのは困る。特にこういうわりと専門書っぽい本だと、著者が何を専門としててどこで教鞭とっててどんな論文があって、というバックグラウンドの紹介は必要だろう。でないとどう評価していいのか分からなくなる。 ひょっとして原著にもともと略歴欄が抜けていたのかもしれない(アメリカのこういう本でそういうことは滅多にないが)、よし、ためしに原書にあたってみよう、ということで先日古書で注文した「The Lord of the Rings and Pholosophy」(2003年)が到着。で、見てみたら、やっぱりあるじゃん著者略歴ー! 見ると大学教授クラスがズラリと並んでる。せいぜい3,4ページにしかならないんだから載せてくれてもよかったのにこのくらい。さらに原著には文献表や事項・人名索引、収録論文のテーマと近い「古今の哲学者の言葉」なんてのも収録されているのだが、邦訳版ではこれらの付き物が一切落とされている。 んー……一般市民向けの本ならともかく、トールキンオタクを主なターゲットにした本で、こういう本の資料的価値を低下させるような作りをしては逆効果ではないのか。束ヲタをなめるなと言いたい。 昼、紅梅で牛たたき丼。午後、会議のため外に出たついでに家賃払う。会議。来月刊行するある本の書評者に、ちょっと悪巧みで個人的に知っている新進気鋭の書き手さんを提案するが、「有名人の本なので書評者も有名人にしよう」ということとなる。残念。 職場に戻って18時半まで働き、天下一品に寄ってこってり並ずるずるすすりながら『超(スーパー)落語!』、「イラサリマケー」「叙々苑」。天一の店員さんは日本語通じてヨカタヨー。 ふらりと芳林堂の4階に。なぜか飛鳥昭雄の『〈言霊でしか解けない〉聖書』が平積みになってたのでパラパラと立ち読み。「聖書」と言いながら実際にはヨハネの黙示録しか読み解いてないのだが、それでも1章から末尾まで全文を丹念に「解読」したヒマ…もとい労作である。 ただもちろん「解読」と言っても過去の新約聖書学の研究成果を踏まえた学術的なソレではなく(なんたって「ヨハネの黙示録を解説した本はキリスト教国でもほとんど出ていない」とかデタラメ言ってるぐらいだ。お前、どんだけ注解書や論文が出ていると思ってるんだ)、要するに「黙示録は近未来の世界戦争を予言している」という過去佃煮にするほど出ているアリキタリな拡大解釈本の1冊でございます。わりと最近の事例も扱ってはいるが、「四隅に立つ破壊の天使」が1999年のグランドクロスのことだとか(ちなみにグランドクロスの一角は天王星と海王星しかないんですけど。ずいぶんバランス悪いな)、そんなのばっかし。別名「関係妄想ライブラリー」こと超知ライブラリーの面目躍如である。吉村作治先生の「ピラミッドは墓じゃなくて祭祀施設」説を引用しながら、同時にスフィンクスがノアの洪水の時に建ってた(スフィンクスの侵食は洪水のせいだそうだ)とか言うんだから、作治もこんな本に引用されたくはないだろう。 そんな中で注目すべきところは、「原始キリスト教会」が「もう一つの聖書」を持っててバチカンがそれの登場を隠蔽しようとしてるとか、「死者のための洗礼」をイエスが命令したとかいった、方々に見え隠れするモ●モン臭ですか。もちろん「もう一つの聖書」ってのは『モ●モン経』だと言いたいんだろう。 とりあえず買わず。 帰りの電車でチャンピオン読む。「椿ナイトクラブ」、西武線沿線住民限定ギャグ。駅名がいちいちくだらなすぎます。なんだよ「尾井萩」って。だいたいいつの間に入曽が乗り換え駅に。 帰って替え歌作って寝る。 【本日の「みんなのうた」】 給食費不払いの歌 《筋肉少女帯「労働者M」》 ミルメークは ただの粉(粉! 粉! 粉!) カレーシチューは ただの汁(汁! 汁! 汁!) ポークビーンズは ただの豆(豆! 豆! 豆!) 給食費とは 受信料のようなものだ! 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 先生の言葉も ヌカに釘(釘! 釘! 釘!) 法的な措置も やむを得ず(得ず! 得ず! 得ず!) 親どもの耳は 馬の耳(耳! 耳! 耳!) 給食費とは 国民年金のようなものだ! 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 冷凍ミカンは タダでイート(Eat! Eat! Eat!) サワラの竜田揚げも タダでイート(Eat! Eat! Eat!) 揚げパンなんかも タダでイート(Eat! Eat! Eat!) 給食費とは 犯罪慰謝料のようなものだ! 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー! いつもお前は そうだ払わねー! 死ぬまで払わねー! ゼニねえと オカズが減る 「だがそれは我が家の事情とは関係ないっっっ!」 だから 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 「諸君、諸君らに金はあるか!? あるなら払え! 国民の義務だー!」 「お言葉ですが先生! 給食費って本当に払う価値ありますか? まずい給食が改善されますか? マシな献立になりますか? 隣の家だって払ってないじゃないですかー!?」 ミルメークは ただの粉 カレーシチューは ただの汁 ポークビーンズは ただの豆 給食費とは なんだー!? 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー 払わねー…… 滞納マズい 《タイガーマスク》 「タダだ! タダだ! お前はタダで食うのだ! タァーッ!」 払え 学校の給食費 今日も催促 無視される ルール無用の学童に 正義の断食ぶちかませ 行け 行け 滞納 滞納マズい 何年分もの給食費 滞める野獣の無法者 親は外車を乗り回し 給食費だけ持ってない 行け 行け 滞納 滞納マズい 払う気もない給食費 死を呼ぶ罠が待っている 強制執行で取り立てて 大人の根性見せてやれ 行け 行け 滞納 滞納マズい♪ |
| 1月24日(水) |
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朝からマイミク日記はタカラトミーのツンデレワンセグの話題でもちきり……というほどではないが方々で話題に。きっとタカラトミーでは…… 「聞けオンナスキー! 今はツンデレがもてるんじゃよー!」 「分かったからトンカツ食ったらさっさと今後のトランスフォーマーの商品展開について考えろ」 「なんじゃとーこのメガネトロン軍団! オタクの脳はナオンに罵倒されることで特殊ないやらしい脳内麻薬を分泌するという研究を知らんのかー!」 「どこの『あるある大●典』だ、そんなニセ科学を電波に乗せるのは」 「機械の体を手に入れたワンセグ伯爵に叱られなじられ軽蔑された挙げ句に大広間の壁に満足げな顔で剥製として飾られるオタクどもの姿が目に浮かぶのじゃよー。ちにゃ〜」 「バカ! オタク商売はそんなに甘くないんだぞ! お前、以前も『バトンが売れる』とか適当なこと言って、アニメを一つ打ち切りに追い込んだことを忘れたのか!?」 「とにかくプレスリリースじゃよーギャハー! ザ・グッバイ。」 「あっ待てコラ!……またイグノーベル賞受賞しちゃうのかなあ……」 というほどの企画会議すら経ずに作ってしまった観が漂う。 てゆうか機械にツンデレ属性を与えるなら、「生意気な同級生タイプ」よりもむしろ、「慇懃無礼タイプ」の口調で喋らせるべきだと思わないのか? 具体的には、たとえば『ペルソナ3』のアイギスたんみたいに無表情な坂本真綾声で「チャンネルを変えるであります」とか、すいません『ペルソナ3』プレイもしてないのに引用しました、それはともかくそんなかんじで最初は必要以上に機械的なヴォイスで応対するのが、使い込んでいくうちに徐々に打ち解けていき、深夜エロアニメの録画予約とかやらせたら思わずイヤンとはにかんで口ごもったり。同じツンデレでも、「機械」というキャラを生かすにはそっちだろそっちの方向だろ貴様ら分かってんのかコラ。 どうもツンデレというものの機微を理解せず、一種の言葉責めプレイか何かのように表層的に捉えているんじゃないかという気がする。たぶん開発畑にオタクがいないんだろうな。タカラは社長も体育会系だそうだし。こんなの作るぐらいなら、先に「オタリンガル」でも開発してオタクの考えてることを理解するほうが先決ではないか。それともオタクは犬猫以上に理解不能な生き物なのか? 午前中、雑誌の原稿をどばっと入稿。昼、同人誌の通販で得た小為替を換金し、モスバーガーでフレッシュバーガーとオニポテとクラムチャウダーをテイクアウト。 午後は単行本の少々めんどくさい照合作業。そのかたわら、とある方にミクシィ経由で仕事関係のメッセージを送ってみる。そのメッセージを書くのに1時間かかる。1回マックが固まったとは言え、あまりにもグズすぎる。すると、すぐに同じぐらい長文のレスが帰ってきたので驚く。さらにその返事を書いて送るのに1時間かかる。また次の瞬間に長いお返事が来る。しにたくなる。やっぱりフリーランスで筆でごはん食べようという人は脳の出来が違い過ぎる。いやそれ以前に俺の頭が悪すぎる。 いつもいつも思うのだが、なんで俺以外の人間はみんな流れるようにスラスラ文章を書けて、流れるようにペラペラ喋れるんだろう。言葉というものの紡ぎ方が根本から違うらしい。普通、人類はいちいち脳内で言葉を文章の形に繋ぎ合わせなくても、最初から文章で物事を思考する生き物らしい。それは分かっている。それは分かっているんだけれど、俺にはどうしても真似できません。こんなんじゃ何ヵ国語修得しようとそれ以前の問題で他人とコミュニケーションなんかとれません。だいいち日本人ともロクに意志の疎通ができやしないんだから。 ……そんなかんじでパソコンの前でメールひとつにモタモタと呻吟しているところ同僚に、T先生から帰ってきた著者校正に神代文字みたいな文字があって読めないんだが解読できるかと質問される。いやそれ文字じゃなくて、そういう記号を入れてくれという指定じゃないのか、えーとオ●ゲネスのヘ●サプラだったらネタがネタだからウチで10年ぐらい前に出版した『●●●●の●●●●』の中で紹介されてるっぽい気がするからひょっとしたらその記号についても用例とか載ってるかもしれんぞ探してみそー、とかなんとか口から出まかせで適当にアドバイスしてまたメールと格闘。 なんとかメールの返事出して上記のように絶望感にさいなまれて「今度生まれてくる時は文章書ける生き物に生まれ変わります」と遺書書いて首吊って氏のうかと思いつつ席に戻ると、さっきの同僚がすげービンゴー!と喜びながらやって来た。本当に『●●●●の●●●●』がヘ●サプラに一章を割いていて、くだんの謎の記号についてもバッチリ載っていたらしい。よかったこのページのコピーを見本に作字してもらえばオッケーだーいやてっきり私ついにT先生が認知症でも発症して電波文字書いてきたのかと思ったけど本当にこんな記号あったんだーあはははー、とやたら感謝される。 時々発動するセレンディピティ能力がまた炸裂したらしい。 昔から持っているこの「探し物」全般に関する異常なヒラメキというかスタンド能力が、言語野の成熟と引き換えに得られた代償的能力なのか、特に因果関係はないのか、ADHDと関連するものなのか、脳神経科の診察を受けたことはないのでよくは分からない。 ともかく、人間の脳には得意不得意があってもいいのかもしれない。 そして、世の大半の人たちが不得手な分野を得意とするなら、それは渡世において強力な武器となるのであるな。 てゆうか俺、こんななんでもやるタイプの編集者じゃなくていっそ専業リサーチャーにでもなったほうが向いてるのかもしれないなあ。……今日びそれでごはん食べていけるかどうかは別の話だけど。 18時半まで照合の続きをやって、そろそろ目が疲れてきたので帰る。エチオピアに寄り道してチキンカリーと揚げジャガ。帰りの車内で『超(スーパー)落語!』の続き。「金明竹」を読みながら耐え切れずブウと吹き出し、すごく恥ずかしい思いをする。これは是非ライブで聴きたい、方言の長台詞や「間」の取り方を耳で味わいたい、と思わせる一本。 シャワー浴びて日記書いて、さっさと寝る。 【今日の寝言】 幼少期いじめに遭った子供は、将来人のために働かない、という仮説。 人あたり良く普通にのびのび育った子供は、心に余裕があるから「人のために自分の能力を生かそう」という気持ちが芽生える。 しかしいじめられっ子は、自分の身を守るのに精一杯で、そんな余裕などない。どんな能力を持っていても、それを自己保存に傾注することになる。他人のために使おうという発想そのものが育たないのである。人助けよりまず自分を助けないと自分が死んでしまうからな。 いじめは、社会の互助機能をも低下させるのではないかと。 |
| 1月23日(火) |
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朝から天気晴朗なれど寒い。朝日朝刊の投書欄に「知的障害者を笑い者にする与太郎もの落語は不快だから禁演に」という投書が載ってて嘆息。こういう人には絶対読ませられない『超(スーパー)落語!』、「シシカバブ問答」。談笑落語の聴き手には空より広い寛容とともに海より深い教養が求められるから大変だなあインシャラー。それにしてもアレンジが絶妙。 今日は鼻から心の汗がにわかに流れることもなく普通に仕事。頭を下に傾けられることがこんなにありがたく素晴らしいなんて。昼飯は昇龍軒でチャーハン、それに滋養をつけようとギョーザまで。病み上がりは栄養つけないといけません。 無理せず6時前には退散。歩きながら、そういえば今日は例の「コミックガンボ」の発売もとい配布日だったじゃんと思い出す。先週は馬場の駅で朝方ゲットしたけど今朝は気付かなかったなあ。駅のまわりをウロウロするがそれらしき配付人は見つからず。夜は配ってないのか? 一度思い立つと止まらないのがADHD。そのまま新宿へ出てしまう。東口をうろつくが、寒いせいか路上配付のバイトさん自体ほとんど見かけない。なんかここまで来ると、実は創刊号だけで打ち切り、という最も予想を裏切らない考えすら頭をよぎる(さすがに実際のところシステム上無理でしょうけどそんなマネ)。せっかく来たのでルミネに登って画材屋さんでティアズマガジンをゲット。いくら前売りプレミアつきとは言え税込1,050円てだいぶ高くないか。 帰る前にダメモトで西口も見てみようと思い、トンネルくぐってションベン横丁脇から西口へ。共産党の演説カーから小泉前総理そっくりなイントネーションの演説が聞こえてくる。ああいう小泉調の喋り方は効果あるんだろうかやっぱ。キョロキョロ見回すと、おおいたいた、分厚い雑誌配ってるおねーちゃん。無事受け取った瞬間、ああわざわざガンボをゲットするために通勤路外れた駅まで出てくる物好きは首都圏広しと言えど俺ぐらいなんじゃなかろうか、とすごく屈辱的な気分になってくる。 で、ガンボを読み読み帰宅。あきらかに昨年11月のコミティアでナンパしたとみられる描き手さんが混ざってる。さあはたしてこの雑誌、江川達也の『坊っちゃん』連載開始まで続くんだろうか? まああたしゃかつてコミックバンチの休刊時期を賭けて結局賭けが成立しなかったという美しい思い出があるので、あまり無責任な未来推測はしないことにしますケド。 そして、じつはひそかに足立淳『人間噂八百』に期待。絵はともかく、ネタはバンチの『週刊いとうタイムズ』以上に毒吐いててイイです。たしかにミスターに「志願してますか?」と言われたら、自分が年齢的に志願できずとも息子をお国に差し出すおっさん世代は多そうだなあ。この人も黒岩よしひろ先生や冨沢ひとし先生みたいにある日ガラリと絵柄変わったりしないかなあ。 西友で鮭弁当。納豆売り場はまだガランとしているものの、入荷があった銘柄の棚だけぎっしり詰まってる。今後の売れ行きはどうなる。ガンボよりもこっちのほうが深刻。 |
| 1月22日(月) |
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朝、『あるある』の件を各局の朝番がどう報じているかレッツザッピング。テレ朝「やじうま」は完全ヒトゴトモードでボロカス。TBS「朝ズバ」ではみのもんたが「だから『おもいっきりテレビ』を観てればいいんです」とほざく始末。もちろん両局ともダイオキシンも白インゲンもなかったかのようにサラリと(※日テレ「ズームイン」は未確認)。他局の不祥事をいちいち他山の石にしていたら、毎日24時間とぎれなく番組なんか作れないんでしょうな。 そういえば、なんで納豆文化圏ではない関西のテレビ局が「納豆食え」と言うのか不思議でしたが、作ってたのは関東の会社(日本テレワーク)だったんですね。まあ最終的にはさらに下の孫受け会社が詰め腹切らされて、フジ本体やフジ社員の創業した日本テレワークには累が及ばないシステムになってるんでしょうけど。いや本当アウトソーシングって便利だよな。「外付機器が不具合起こしたら外して買い替えちゃえ」ぐらいの感覚で。メンテナンスを怠りガサツな使い方をしたユーザー本人には責任がないとでも言うかのごとく。 朝食食べる気がせず。外は小雨なれど、昼から晴れるという予報だったので、傘を持たずに帽子だけでしのぐ。駅前に住んでてよかったと思う。駅でサンドイッチ買ってカバンに。 朝から立川談笑師匠の落語本『超(スーパー)落語!』を読む。のっけから「げろ指南」を収録という最高の編集に泣く。二日酔い状態だったら即座に電車降りてたと思います。 そのせいかどうか知らないけど、どういうわけかとめどもなくゲロじゃなくて鼻水がアイキャントストップ。ねつはないので普通に鼻炎だろう。花粉症? いや花粉だったら隣の課の課長が大変なことになってるはずだが平気な顔してるから、花粉の類ではない別のアレルギーとみられる。それにしても鼻が利かんとコーヒーがまずい。サンドイッチの味はあまり変わらん。雨、あんのじょうあがり11時頃には陽が射してくる。 昼、この状態だとどっかの飯屋でごはん食べたら俯くたびにドンブリが塩茶漬けになりそうなので、コンビニでパン3個買って職場でもぐもぐ。午後さらに鼻水悪化。ずびびーぶびびーと用途こそ違えど高校生男子のごとき勢いでティッシュを消費しあたりかまわずぶえーっくしょい畜生めぶえーっくしょい畜生めとくしゃみしまくるサマは同僚の仕事の邪魔をしているだけにしか見えず。悪いけど定時で店じまいさせていただく。もう頭使わないので遠慮なくストナリニ服用。久々に18時前に退社したので、昨年来埋まって以来ずっと繰り越ししてなかった通帳をじーこじーこと繰り越し。たいして入ってるわけではありませんが。新通帳には昨年末以降の散財のあとが刻まれ(主に冬コミ関連)、ただ溜息。 「まんがくらぶオリジナル」を妙に高い位置に掲げて読みながら帰ってるうちにじわじわ薬が効いてくる。くらオリって猫マンガは2本あるのに(こいずみまり『ねこまんが』も入れたら3本)犬マンガがないな。ちょっと前フレンチブルドッグのマンガがあったような気もするけど。「あにまるパラダイス」も広告見るかぎりでは猫ばっかだし。やっぱ犬オーナーは四コマ誌なんか読まない御セレブ様ばっかなんじゃろかー。 それはそれとして中島沙帆子『シュレディンガーの妻は元気か』に書いてあった「男性って女と車の選び方が同じじゃないですかぁ」というセリフにぎくっとなる。オチにもぎくっとなる。 そういえばこないだオフ会で「気楽院さんってどんな女が好みなんですか」と詰問されて咄嗟に答えられなかったが、そうか「車選び」なら分かりやすい。そうですね、車買うとしたら、まずは維持費がかからないこと。燃費もよくて車庫入れも取り回しやすい軽自動車だな。フェラーリみたいな維持費もベラボウにかかる金食い虫はまっぴらごめんです。それと、カーナビとかいろいろ追加機能もあれば便利っちゃあ便利だけど、十分条件にすぎません。ナビなら自分で地図読めますから。車に余り多くは望みません。オフロード乗り回す予定もないので四駆じゃなくてもいいけど、とにかく丈夫で長もち、長年乗ってもエンコしない堅牢性を求めます。人もクルマも達者が一番。デザインは、よほど神の冗談かと見紛うばかりのブサイクでもなきゃ気にしません。別にヒトに見せて回って自慢するのが目的ではありませんので。それより乗り心地や乗った時の視界、ペイロードなど、とにかく使い心地重視。基本的にあたしゃ面倒くさがりなので、1回買ったらなかなか買い替えないし、カスタムどころかアクセサリパーツもゴテゴテつけない。ヤンキーの車扱いとは全く逆です。だいたい、高価な車だと防犯コストも高くなるし。 はい以上の「車」を「女」に一括置換すると……なるほどたしかに(汗)。 帰宅。鼻の決壊はもう止まったが、顔面だけミイラになりそうなぐらい水分出たのでポカリスエット飲んでおく。夕食はスパゲッティボロネーズ……のミートソースだけあっためて、麺のかわりに朝焼かなかったパンをトーストにしてつけてもぐもぐ。ナンでキーマカレー食べるようなもんですよ。インド人から見たら二重三重に間違ってるんでしょうけど。 ふと夕張市の新市歌を思いついたので作詞する。そのため林家木久蔵師匠の『いやんばか〜ん』を何回も聴き込む。静かな序盤から徐々に狂躁がスタンピードし最後のクライマックスへなだれ込んでいく一貫したストーリー性は、ラヴェルの『ボレロ』にも通じるものがある。だからと言って銀英伝のBGMに『いやんばか〜ん』をかけていいわけではないが。いやそれはそれで観たいけど。ヤンばか〜んうふふ〜ん、そこはイゼルローンなの、ふふ〜ん、ヤンばか〜んうふふ〜ん、主砲撃っちゃだめ、ふふ〜ん♪……かようにストナリニの副作用は強力だから仕事中は飲めないのだよう。 いやん破綻 んふ〜ん そこは路線バス んふ〜ん いやん破綻 んふ〜ん 定期高いわよ んふ〜ん いやん破綻 んふ〜ん そこは小学校なの んふ〜ん いやん破綻 んふ〜ん 通学路長いでしょ んふ〜ん いやん破綻 んふ〜ん そこは診療所なの んふ〜ん いやん破綻 んふ〜ん おなか痛いわよ んふ〜ん いやん破綻 んふ〜ん そこは福祉施設 んふ〜ん いやん破綻 んふ〜ん カネを取っちゃだめ ふふん いやん破綻 んふ〜ん そこはちがうわよ んふ〜ん いやん破綻 んふ〜ん 廃止いやなのよ んふ〜ん だめよだめだめだめ〜 そこはだめなのよ んふ〜ん いやん破綻 んふ〜ん そこは図書館なの んふ〜ん いやん破綻 んふ〜ん そこは野球場でしょ んふ〜ん いやん破綻 んふ〜ん それは映画館なの んふ〜ん いやん破綻 んふ〜ん そこは保育園ふふ〜ん! いやん破綻 んふ〜ん それは成人式 んふ〜ん いやよだめだめだめ〜 シャダダビビババ〜 ウフンだめだめだめ〜 公衆便所もかよ! そこよそこそこそこ〜 逃げ出そうか?もう んふ〜ん いやん破綻 んふ〜ん そこもリストラよ イヤだ夕張超ヤバ〜! ダメだ財政破綻〜! 野垂れ死ねジジババ! 中学・高等学校1校! ビバッバッバッバ〜! イヤバババババ バカ〜! イヤン破綻 バカ〜! イヤヨダメダメダメ〜! イヤン破綻 ンフ〜ン ソソッソソッソソッソソッ ソソッコソソッコソコ イヤンバカバカ〜! 「市長さ〜ん!(怒)」 |
| 1月21日(日)【ここまでは2008.2.17更新】 |
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『マイメロ』、小暮や潤よりむしろ加納さんのかわいさにメロメロ。ああもうかわいいなあ加納さんってばコンチクショー!(理不尽な逆ギレ) 日記、2006年5月後半分UP。 夜、『あるある大事典II』改め『スタメン』観る(今日の視聴率はすごいことになってるだろう)。 「関西テレビの番組が…」だの「関西テレビは今回の捏造発覚に…」だの、ことあるごとに関西テレビ関西テレビって、フジテレビの人たちは完全に他人事モードだな。挙げ句にオチが「これはTVメディア全体の問題」「TVに携わる人間でこれを真っ向から攻撃できる人間はいない」だとwwwwwいや確かにそうですけど、フジテレビ自身が言っちゃあおしまいでしょうが。 番組冒頭で謝罪告知してた関西テレビのアナウンサー一人をさらしものにして、フジは何も反省せず、結局は「社会が悪い」みたいな還元論で済ませようというつもりですかフーン。 まあ太田も宮崎哲也も言わばフジの「雇われ人」だからあまり強く言うと次のお仕事に差し障るのは分かるけど……。あんな奥歯に物の挟まったような爆笑問題は初めて見た。 今朝のスポーツ紙、どこも1面は納豆だったのに、サンスポだけ欽ちゃんが1面だったとか。なんともはやである。 同じ罪でも、人を裁く立場の者が犯す罪はより罪深い。警官の人殺しとか審判の八百長とか。 それと一緒で、同じ捏造でも、本来他人の捏造を暴く立場であるはずのメディアによる捏造のほうが、より深刻な問題として受け止められなければいけないと思います。 権力にはそれなりの責任を負っていただかないと。 |
| 1月20日(土) |
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「ホワイトカラーエグゼンプション!」 「ぐわあーっ!」 「紫龍! 氷河! 瞬!」 「くうっ、な、なんて巨大な小宇宙(コスモ)だ……」 みたいなかんじで、なに座の黄金聖闘士の必殺技だよという名前のアレの話ですが。 労使双方の立場から賛成反対いろんな意見が出て、それぞれの言い分とそれぞれの本音――「サービス残業を規制事実化したい」雇用者と「ダラダラと会社に残って残業代稼ぎたい」労働者と――は分かりました。その中であたしが唯一理解できなかったのが、安倍総理の独創的すぎる意見。 「アレを導入すればみんな早く帰って少子化対策にもなる」 ……ハァ? 子作り子育てに励む世代の平社員や派遣が、上司をおっぽって定時にハイサヨウナラーと帰れるわけないだろ! ましてや総理の目指す「美しい国、日本」の社会風土が実現したらなおさら不可能インポッシボーだ。 もし総理のこの独創的すぎて他の誰も言ってるとこ見たことない意見が、法案を通すためのレトリック(いやレトリックどころか論理的に成立してないんですが)ではなく、ガチでこう考えているんだとしたら、まあヨメに負けず劣らずの浮世離れぶりですな。ある意味似たもの夫婦と言いますか。 実際問題として、たしかに企画立案部門などクリエイティヴな職種における労働の対価は「時間給」にはそぐわない。 インスピレーションというものは、半年考え続けても出てこない時もあれば、ものの5秒であっけなく出てくる時もある。もちろんその「5秒」の背後には厖大な時間その方向に脳をこねくり回し情報を漁り資料を探し続けた思考・知識の蓄積がある。また、一見仕事とはなんの関係もない読書やイベントや旅行やアレやコレやがとてつもないアイデアの種を生んだり、意外な人脈を結んだりすることもある。 じゃあそうした時間まで残業に算入していいのか、算入するならどこで線引きするのか、現実問題として不可能である。たとえば俺でさえコミケでナンパした作家さんに絵やデザインをお願いしたりすることもあるし(実際したし)。古本屋に寄れば個人的趣味の本と同時に仕事の資料も買うし。領収書なら仕事用の本だけ分けて切ることもできますが、時間まで公私分割することは神様にだってできません。 しかし編集者も企画立案ばかりしているわけではない。原稿整理や校正や事務処理などの「手仕事」は限りなく肉体労働に近い。時間をかけただけ進むタイプの仕事は「時間給」のほうがなじみやすいかもしれない。 ただ、同じ「手仕事」をやるにしても、体調や心の状態などによって能率が格段に違ってくる。特に俺はそうですすいません。そういう時に無駄に9時から5時まで机にへばりついて8時間ダラダラしてるのは大変申し訳ない。それよりも、ああ今日はダメな日だと思ったらとっとと自主降板してベンチ裏にひっこんでおいしいもの食べてクスリ飲んでぐっすり寝て翌日フルパワーで働き今日のぶんのノルマをカバーするほうが、結果的にずっと能率的である。 そういう意味にかぎるなら、個人的には「自己裁量労働制度」には抵抗がなかったりする。 でもそれなら、現状として「年俸制」を導入している会社はいくらでもあるし。今さらわざわざ法律にする意味ないじゃん。 となるとやっぱりホワイトカラーなんとかは「サービス残業」という名の給料不払い、かの重大な社会ぐるみの犯罪行為に法的根拠づけをしたいがための経団連の陰謀ですか、という労働者側の反対意見も説得力を持ってくる。そのへんの本音を政府も雇用側も「いや違う」と否定し切れず、マスコミの掩護射撃も得られず、かくしてとりあえず今期の国会では法案提出見送りということになりましたが。 まあそもそもマスコミの人たち自身がみんな高い基本給に加え残業代で豊かな生活を享受しウハウハ言ってるんですから、誰がホワイトカラーなんとかを支持するような報道をしますかってんだ。いくら「年収900万円以上に限定」と言われたって、でっかい新聞社通信社TV局の40代以上の正社員だったら大抵そのくらいもらってますから、まさに被害直撃ですよ。マスコミ様を敵に回しちゃったらおしまいですな。 * * * * * 0700覚醒、二度寝、0830起床。『サルゲッチュ』久々に観たらまたスペクターが出ててあわてる。『ふたご姫ギュ』久々に観たらファインと一緒にサッカーやってた娘に萌える。体調は昨日までよりだいぶマシだが、クソ寒く、頭が働かない。 1300、本当はLPOで文サバのイベントがあるのだが、地元で古い知人の葬式が入りそっちに出席。終わってから「トークの後半ぐらいは聞けるかな」と期待して新宿へ飛ぶが、田舎の悲しさ、到着した頃にはもうお店の人に「今からご入場ですか?」と聞かれるぐらい終盤もいいとこ。もちろんその20分の間にも議長の含蓄のある言葉がいくつも聞けてもうけもんだったのだが、このくらいなら残ってもっとしっかり御遺族にご挨拶しておけばよかったと自責の念。 帰って、昼飯食べそこねたので1700頃スーパーで買った鮭弁当食べながら、アニメ『のだめ』第2話のビデオ。峰&裏軒登場。第1話よりもぎこちなさが取れてきた、というかむしろ、観てるこっちのほうがようやくアニメに慣れてきたのかもしれない。楽器演奏シーンはやっぱり、生身の役者さんを仕込まなきゃいかんドラマより、どんな超絶技巧でも描き放題のアニメのほうが効率よく「いい絵」を作れるなあと。千秋様の弾くヴァイオリンの精密な音と、峰のときどき弓が隣の弦にひっかかる未熟な音の差もすごく分かりやすく表現してある。そしてやっぱりOPとEDはカコイイ(絵だけでなく音楽も)。次回は真澄ちゃん登場。 それから先週の『カブト』のビデオ。さっぱりわけのわかんないまま地獄兄弟を処分の巻。どこまで計算ずくなのかどこからが行き当たりばったりなのか(たぶんほとんど行き当たりばったり)。まあ、あまり見事な最終回を作ってきれいに話をまとめてしまうよりは、ワヤクチャに終わらせることで視聴者に新番組への相対的な期待を持たせオモチャを売りやすくしようという戦略なのかもしれない。そうでも思わないと、白倉・井上ラインの繰り出してきたこれまでの平成ライダーのヘッポコ作劇法が説明つかないです。 18時過ぎ、たまたま2ちゃんねるを観ようとしたら繋がらない。いよいよか? いよいよ差し押さえなのか?……と思ったが、19時前にはもう復旧。なんだつまらぬ。 米澤さんの死がオタクを団結させたり、ラポートが倒産したとたんに業界中からファンロードに救いの手が差し伸べられたように、2ちゃんねるが存亡の危機に陥ったら、2ちゃんねらーたちは存続に向けて動き出すんでしょうかね。どうもあんましそうなる予感がしない。2ちゃんねるがほろびても、別に依存症のDQNどもが世をはかなんで回線切って首吊って氏ぬことはなさそうな気がします。むしろミクシィつぶれた時のほうが殉死者出そう。 NHKダラダラと。土曜のゴールデンタイムと思えない『クイズモンスター』の心地よいやっつけグダグダ感が妙に気に入る。あれ、そういえばこの時間はアニメ『チャングム』じゃなかったっけ? 打ち切り?(※と思ったがmixi日記へのコメントで「円満終了」とご教示を受ける)。 『探検ロマン世界遺産』イスタンブール。ビザンツの正教寺院ハギア・ソフィアを破壊もせずそのまま接収してイスラームのモスク、アヤ・ソフィア(アラブ語でもソフィアはソフィアなのかそれとも固有名詞扱いなのか)として再利用したオスマン帝国。これが中央アジアとかだったらマリア様やイエス様のモザイク画なんか全部顔面破壊されてるところですよ。バーミヤンやシルクロード各地での蛮行を見慣れている目には、逆に衝撃映像である。 反乱を起こさないかぎり被征服民族に独自の文化・宗教を認めたアカイメネス朝ペルシアもそうだったし、本来アラブの伝統はこうした多民族・多宗教への寛容(というか合理的な)支配政策であったはずなんですが。誰だ最近になって「イスラム原理主義」なんてもんを捏造したバカは。自分らが「寛容を捨てたキリスト教国」の非道に苦しめられてるはずなのに、なぜ非寛容の不毛さが分からないんでしょうかねえ。 まあ、同じ非寛容の姿勢で立ち向かわないと、グローバルスタンダードにケツの毛までむしられるんでしょうけど。 「納豆ダイエット番組でヤラセ発覚」というニュースがあまりに面白く、替え歌を作りまくる。ここ一週間の呆れんばかりの納豆フィーバーに見事なオチがついたものである。あの騒動も「込み」で、ここまで面白すぎる事件も珍しい。大本営発表のウソ戦果に踊らされた庶民のごとき有り様であるが、あの頃にくらべればまだ平和なもんか。だいたい謝罪するだけずっとマシである。水が答えを知ってたりゲーム脳でパーになったり、いまだに提唱者が自信満々なために片棒かついだマスコミも誤りを認めないケースはいくらでもあるし。 《おもちゃのマーチ》 納豆を納豆を 食いだした 志村と堺が らったった ヤラセのデーター せいぞろい コメント捏造も やっちゃった 納豆で納豆で ひとさわぎ 急には増産 無理だった バケガク用語も とびだして 笛ふきゃ視聴者 ぱんぱらぱん♪ 《「ド根性ガエル音頭」》 ナイナイ ナイゾ データがナイ (あ、こりゃ) 「あるある」ヤルゾ ド捏造 (あ、どうした) ナイナイ ナイゾ データがナイ (あ、こりゃ) 「あるある」ヤルゾ ド捏造 (あ、どうした) 紹介されて 売れすぎて (あ、それ) 入荷 その日が完売日 (あ、よいしょ) 嘘のダイエットに 飛びついて 社長と (こりゃさっと) 専務と (あ、どうした) 子分が土下座ーい♪ 「おい! マチャアキ! 納豆どこだーい!」 《うしろ指さされ組「渚の『・・・・・』」》 やってくれますね やってくれますね ウソだって (納豆) (納豆) 突然 別人の写真 使用したKONTAN MIEMIE 半分わかっていたけど 期待捨て切れない きれいね 「あるある」視聴者に買い占められた 共産圏みたいに納豆売り場が カラッポだ ・・・・・ ヤラセのダイエット(ダイエット) データいじったら アッと驚いて ヤラセのダイエット(ダイエット) データいじったら 納豆売り切れた やってくれました やってくれました なんじゃこりゃ (納豆) (納豆) あまりに パターン通りで 視聴者受けしたけど それより 捏造がバレた後は どんな気分かしら 不思議ね 番組観てない私達まで 納豆ブームに乗ってしまった いきおいで ・・・・・ ラクしてダイエット(ダイエット) 納豆朝晩 2つでほっそり ラクしてダイエット(ダイエット) 納豆食べれば ヤセの 出来上がり やってくれたのね やってくれたのね 打ち切って (納豆) 教授の言葉 デタラメ訳す 脂肪の数値 測定もせず ナイショ ナイショ ヤラセのダイエット(ダイエット) データいじったら アッと驚いて ヤラセのダイエット(ダイエット) データいじったら 納豆売り切れた やってられないわ やってられないわ もう謝罪 (納豆) (納豆) (納豆) 納豆ねばねば♪ おまけに今ごろ白インゲン中毒事件のことも思い出す。 《「人間なんて」》 インゲンなんて ララーラーララララーラー インゲンなんて ララーラーララララーラー インゲンなんて ララーラーララララーラー インゲンなんて ララーラーララララーラー 激ヤセしたいおいら それが何だかわからない だけど加熱が足りないよ 腹の具合もおかしいよ 白いお豆食べた 視聴者トイレへ飛んで行く 社長の謝罪があるんだろうか それは誰にも解らない インゲンなんて ララーラーララララーラー インゲンなんて ララーラーララララーラー インゲンなんて ララーラーララララーラー インゲンなんて ララーラーララララーラー…… ……夢中になりすぎてドラマ『美味しんぼ』観忘れる。 |
| 1月19日(金) |
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体調ボロボロ。午前中はまだマシだったけど、志乃原で味噌煮込みうどん食べて職場戻って、昼過ぎから目もクラクラ肩もバリバリになり仕事にならず。 夕方、所沢の獅子で著者の先生と少し遅めの出版打ち上げ。が、体調がこんなせいでテンション低くて申し訳なし。2100帰宅、「唐沢俊一のポケット」聴きながらぶっ倒れる。2430いったん目が覚めシャワー浴びてパブロン飲んでまた寝る。 |
| 1月18日(木) |
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午前中は会議の準備でどたばたすたばたと。昼、ティーヌンでガパオとバミーナーム。戻る途中、また裏道で猫がさわらせてくれる。午後は1600まで雑誌の会議。いろいろじっくり。おおむねこちらの提案が通る。夜、また猫がさわらせてくれる。さらわせてはくれない。さらっても飼えないし。エチオピアでチキンカリー食べてチャンピオン読みながら帰る。 【本日の「みんなのうた」】 八尾市幼児投げ落とし吉岡一郎くんの主題歌 《谷山浩子「恋するニワトリ」》 やめてやるぞ 授産所は 面白ぅないの ゴメンナサイ 吉岡ムシャクシャ 3歳児でも 橋から道路に ポイをした ココ コココ ココ ココ コドモ ポイだポイだポイ よその子供 連れ回す 私はペドよ ここ こども だけど介護人 こっちを見ては すぐにまとわりつく べたべたと ココ コココ ココ ココ コドモ ポイだポイだポイ 吉岡りっぱな 前科持ち 子供の誘拐 しまくりよ クッキー売っても 自由になれず ストレスはじける 胸の中 ココ コココ ココ ココ コドモ ポイだポイだポイ ちんこ切るのは 長崎市 元カーテン屋は 川崎市 吉岡 殺人未遂の容疑で ひとりでタイホをされました ココ コココ ココ ココ コドモ ポイだポイだポイ ココ コココ ココ ココ コドモ ポイだポイだポイ ココ コココ ココ ココ コドモ ポイだポイだポイ ココ コココ ココ ココ コドモ ポイだポイだポイ ポイだポイだポイ♪ |
| 1月17日(水) |
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寝坊して朝食抜きで職場へ飛び出す。 「K先生って(自分の著書を)45冊買ってくれたのね」とK先生の担当編集者に言ったら、すげーぎょっとした顔で見られる。どうやら「K先生って幼女殺害したのね」と聞こえたらしい。カツゼツの悪さもあるのだろうが、私が通常どういう目で見られているかがよく分かりました。私ってそんないつも鬼畜発言してるイメージがあるんですか。うわーん。 昼、紅梅でねぎとろ丼。 帰って、朝食べなかったパンをトーストにして夕食すます。 今日も今日とてスパムの山を掃除していたら、「ミクシィはじめました」というタイトルの、容量1.5KBぽっちのメールが目に止まる。さても最近のスパムもいろんな釣りのフックを試行錯誤するもんであるなあと思って、ヤバそうな添付ファイルもないので一応ふとした好奇心にかられ開いてみた。……ポール・ブリッツさんからの本物メールであった。あっっっぶねえー!!(焦) 夢がないブラザーズの件。 あの一見自己実現しまくってたように見える妹のほうも、実は兄と同じくもがきあがき苦しんでいたんだと思う。 そのもがきの発現の仕方が、兄は真正面からダメ人生を突き進む方向に出て、妹は他人を貶めることで相対的に自らのプライドを保つ方向に出たという、それだけの違いしかないのかもしれない。 だって、あの妹が本当に自分に自信があって本当に人生充実してたら、あそこまで他人に攻撃的になる必要はないでしょ。 交流分析で言えば、兄が「自己否定&他者否定(I am NOT OK & You are NOT OK)」、妹が「自己肯定&他者否定(I am OK & You are NOT OK)」というやつですね。どちらにしても健全な自律性を備えたパーソナリティではない。 妹のほうにかぎらず、「他人を貶めないとアイデンティティが保てない人」というのはよく見かける。 いくら他人を貶めて自分を相対的に上位に立たせても、自分の絶対的ステータスは何も変わってないのだが、しかしこの手っ取り早く高みに立てる(ような気がする)手段の、麻薬のような魅力に、えてして人は抗えないものである。自分が努力して実力つけるよりもはるかにラクだもんな。 プライドの高さと自分のダメさかげんの乖離が最も激しくなる思春期において、最もいじめが深刻化するのも、分かる気がする。 俺だってそうだったし。 【本日の「みんなのうた」】 ドキュソシスター切断 《「決断」(『アニメンタリー決断』OP)》 知恵をめぐらせ 頭も切っちゃえ 刃物拭け拭け バラしたら 泣くも笑うも 切断一つ 殺っておごるな 捕まって泣くな 胸とアソコは捨てるもの つらい浪人は 家でもつらい 責める妹は バラしとく 死ぬも殺すも 一緒じゃないか 短気起こすな ニートって言うな 異臭するけど サメだもの 右か左か どっちから切るか ここが包丁の 当てどころ 勝つも負けるも 切断ひとつ 一度絞めたら 二の足ふむな 夢がないなら ムショへ行け♪ |
| 1月16日(火) |
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朝、高田馬場駅から外に出ると、黄色いウィンドブレーカー着た人たちが何かを配っていた。おお、噂に聞いていた無料週刊マンガ雑誌「コミックガンボ」ではないか。去年ちらと耳にした際、「来春早々には創刊号が出る」と聞いてウソだろオイと思ったが、本当に出たのか。厚さもバンチぐらいあって、ほんとにこれタダでもろてええのかという思いは止められない。肝心の中身は玉石混淆。4コマとかキラリと光る作品もあるが、つまらん作品はほんとにつまらん。板橋しゅうほうなつかしいなあ。最大の看板であるところの江川達也は新年度あたりから連載スタートするらしいが、それまで雑誌がもつかどうか。 仕事。昼、グレートインディアでチキンカレー。帰り、裏道で黒白の猫がなでさせてくれる。にゃー。カキフライとホーレンソウの胡麻合え食って寝る。 |
| 1月15日(月)【ここまでは2008.2.3更新】 |
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仕事。一日中会議でバテた。目がクラクラする。でも昼飯に弁当が出たので一食浮いた。このまま今日は1円も金使わないで帰れるかなー最近『ラテン語と日本語の語源的関係』とか無印マイメロのDVD11〜13巻とか買って散財しまくってるから節約しなきゃーとかなんとか思ってたが、歩いて帰ってしまったのが運のつき、目がクラクラしてるくせについフラフラと馬場の芳林堂に寄ってしまう。 寄ってしまうとつい『社会派くんがゆく!乱世編』とか買ってしまう。 買ってしまうとつい同じ売り場に並んでいたサマー先生の詩集もレジに持って行ってしまう。いいよサマー先生すばらしいよサマー先生。サティでもBGMにかけながら朗読したらすごくハマりそう。もちろんジムノペディだのジュ・トゥ・ヴだのって有名どころよりも、マイナーな「貧者のミサ」とか「スポーツと気晴らし」「犬のためのぶよぶよした前奏曲」みたいな諧謔曲集を希望。弟の非道な所行を知っても、自殺もせずに出版を許諾したサマーの精神力に乾杯したいです。個人的には「みつあみ」が大好きです。アリでも観察してろ。 ついでに「きっこの日記」を単行本にしたものも見かける。でもこっちは例の永田ガセメールん時に「西澤孝は実在しない」とかデマ飛ばした記事を再録しなかった不誠実な編集方針が気に食わないので買わない。 せっかく買ったけどあたまいたいので読めない。馬鹿。頭痛が引いたら思いきり読んでいやされたいです。 しかし、最初から書籍化を念頭に置いてまとめている『社会派くん』はともかく、純然たるネットコンテンツが書籍にスピンアウトされるケースが最近多くなった喃。やわらか戦車も絵本になるし。 「まだまだ紙の本はニーズがあるんだなあ」と取るか。 「よほど書籍にする原稿に困っているのか」と取るか。 西友でサバの塩焼きとホーレンソウ&ウノハナ買う。納豆売り場が共産圏と見まがうごとくカラッポなんですけど、何かありましたか。 |
| 1月14日(日) |
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0900起床。『マイメロ』、柊弟の「イェーイ」の理由が明かされる。どうなる三角関係の行方。そしてどうなる三期目。『メルヘヴン』、ここまでロコをひっぱった甲斐があったな。石毛佐和大当たり(そもそもこのアニメって声優にだけは狂ったように手間も予算もつぎこんでそう)。なんだかんだ言ってここまで観られる番組になるとは最初は全く想像してませんでしたすいません。 教会の帰りに古本屋に寄り、いろいろ買う。大友正悦の写真集は期待したほどでなく。やっぱり被写体が少女じゃないとやる気でないのか? 井上よしひさ『おじいちゃんは少年探偵』。こちらはめちゃめちゃ面白い。エロじゃないのに(いや十分エロいしポニーですけど)やっぱイイ。『日本ふるさと沈没』。『日本沈没』リメイクと連動した企画だが、日本の各地(北海道だけとか熊本だけとか所沢だけとか)が局地的に沈没してさあどうなるというバカなアンソロジー。バカではあるが笑えるし、熱い。諸星大二郎『栞と紙魚子と夜の魚』。まさに悪夢のようなくるったマンガ。ネムキって、こんなすごいマンガが載ってるのか。ネムキ読者って、こんなすごいマンガ読んでるのか。よく発狂しないなおまえら。 日記、2006年5月前半分UP。もう借金返すアテなどどこにもなく。 【今日のとりとめなきメモ】 現代型スピリチュアルが、オカルトを全肯定も全否定もできない「グレーゾーン」へのニーズを満たしているのではないか、という議論について。 それは確実にあると思う。それも民族・文化・宗教の別なく。 欧米でも、キリスト教に啓蒙主義の波が押し寄せ近代化・脱オカルト化を始めた19世紀から、逆にキリスト教から離れたところで近代スピリチュアリズムが跋扈して、インテリが降霊会とか開いてたりしたそうで。あれも代償行為だったんだろう。「霊を科学で解明するため」と言いながら(例のエジソンの霊界通信機もその流れかもしれません)、オカルトの魔魅に引き寄せられちゃって、しばしば「批判」よりも「信じたい」という本能のほうが勝り、結果コナン・ドイルまでコティングレーの妖精写真に騙されたり。 一方、啓蒙されたはずのキリスト教界でも、アルスの聖ヴィアンネみたいな旧来の「何でも見抜いちゃう聖者様」に懺悔を聞いてもらおうとフランス内外から善男善女がおしかけパリから定期馬車が出るほどの大人気を博したり。 現代型スピリチュアルの担い手がどいつもこいつもえらそうな物言いをするのも、実はわれわれの側にそういう「権威」をふりかざされたいというニーズがあるのかもしれない。 カール・ロジャース以来の現代カウンセリングは、クライアントに語らせ傾聴することを旨として、権威的にオマエはアレがダメでコレがダメだからアアシロコウシロとえらそうに物を言うことを戒めている。だが、実はかえってそれが物足りないからこそ、高みからズバリ言うわよな人に人気が集まるのかもですね。 欧米では「唯一の権威は神だけ」という意識があるから、まだロジャ−ス的「権威を忌避するカウンセラー」が機能するんでしょうが、そういう超越者をいただかない現代日本人は、よけい「疑似権威」、「疑似唯一神」を求めたがるんだろうなと。見えない神サマよりもいつもTVで見えるヤクザおばさんや着物ヒゲデブのほうがありがたやーなんだろうなと。 (※手帳のメモ、ここまでで中断。) |
| 1月13日(土) |
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0710起床。PPGZ観て二度寝。1045再び起きる。1330-1530外で会議。日記整理もそれほど進まず、2400には就寝。 英知大学、「大阪聖トマス大学」に改称。在籍学生がヨソから「エッチ大学」とからかわれる上、「英知」でググると英知出版のほうが圧倒的にヒットしちゃうからだそうだ。もちろん創立は英知大学のほうが先だ(英知大学1962年、英知出版1982年)。きのどくすぎる。 |
| 1月12日(金) |
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しごと行く。朝日朝刊「私の視点」、お題は「ポスティングシステム」。読売・清武代表の書いた「ウチが一流選手を買い漁ってるおかげでメジャー流出が食い止められているんだ」という詭弁には笑い過ぎて死ぬかと思った。 アマゾン、また例の本の新刊取り扱いがなくなる。もうわけわからん。どういう基準でデータ管理してるのか。 ADHDはドイツではADHSと言うらしい(Aufmerksamkeits Defizit Hyperaktivit閣s Syndrom)。Disorder(障害)ではなくアスペルガー同様「Syndrom(症候群)」という扱いなのか。 昼は志乃原の味噌煮込み。夜は業界の新年会でごはんたっぷり食べて。 帰ってのだめアニメの録画観る。 リアルタイムで観てた後輩に今朝感想聞いたら複雑な顔をしていた理由が分かりました。 ……いや、あのドラマさえなければもっと楽しめたかもしれません。 ドラマが超絶出来がよすぎたんです。 あのドラマの直後にアニメ作らされるスタッフはキツいよなあ。 たとえばあの実写版『アストロ球団』のあとでアニメを放映するとしたらみなさんなら一体どう作りますか。今さら「原作通り」に作ったところでもっとすごいことを実写でやられてしまったあとで普通に絵で描かれても物足りないし、原作にないオリジナルストーリーをかますとしてもそれこそ細田版『時かけ』ぐらい次元ぶっとばさないとかえって原作ファンの支持を失うし、ああもうどうすれバインダー!と叫びたくなる、そのくらいの大難事ですよ。 本編冒頭の千秋が学生たちの演奏に毒づきながらキャンパスを歩いていくシーンとか、どうしてもドラマ第1話と比べてしまって。むしろ「マンガのアニメ化」じゃなくて「あのドラマのアニメ化」に見えてしまう罠。 思わせぶりなアバンタイトルを観た時はちょっと期待しましたよ。 ドラマが原作のノリを実写で再現する技法に腐心していたのに対して、アニメは独自の解釈・独自の演出で味付けをする「原作とはひと味違った『のだめカンタービレ』」を見せる方向に行くのかな、と。 しかし本編が始まってみると普通に原作のエピソードを駆け足でなぞるだけの方向になってしまった。しかも時間が足りないから(ドラマでも尺が足りなかったのにアニメはさらにその半分だから大変だ)実線じゃなくて点線でなぞるがごとくストーリーをかいつまみすぎたおかげで、谷岡先生がのだめと千秋に連弾させるのも唐突だし、アレが実はのだめではなく千秋のための指導だったというオチの凄みも全然伝わってこず。ドラマを超えていたのはのだめのピアノの音ぐらいという有り様に。 うむむむむむ、こんなはずでは。 金春智子ってたしかにストーリーものの原作つきアニメはあまり手がけてないけど、『ななか6/17』なんかはソツなく脚本こなしてたと思ったんだけどなあ。 監督もあの『ミルモでポン!』のカサヰケンイチだから、原作にプラスアルファの魅力を引き出すスタンド能力には定評があるんだけどなあ。 もっと上を目指せるスタッフのはずなんだけど、相性が悪いのかなあ。 キャラデザがいまいちヘナってるせいかなあ。 下手にドラマが出来よすぎたせいでプレッシャーかかったのかなあ。 本当はもっと時間的余裕があったのに例ののだめイベント合わせで12月26日までに第1話ラッシュ作らされたせいかなあ。 今後立ち直るのかなあ。 とりあえず、あのアバンタイトルとOP・EDで垣間見せた光芒に、期待を繋いではみますケド。 あ、もちろんドラマ観てない人は十分楽しめたかもしれませんが。 初見の印象はそんなとこデス。 |
| 1月11日(木) |
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【今日のとりとめなきメモ】 一口に「ドジっ子萌え」と言っても2種類に大別できると思う。 まず、常態としてドジで、それこそマンガで書くと常時ぼのぼのみたいに頭の周囲に汗が見えそうな娘をユドンハフトゥーウォーリーウォーリー守ーってーあげーたいー♪てなかんじで愛でるタイプ。 もうひとつが、普段は一分のスキもなさそうな完璧超人がひょんなところでドンくさいところを露呈したりした時にそのギャップにハートをキュンとさせる、東京少年の『ホント?モット!ズット!!』的タイプ。 「チラリズム理論」的には後者こそ正しい「ドジ萌え」かもしれないが、どうも現代における「ドジ萌え」はかなり前者に傾いているように見受けられる。 しかし前者も、実は「美少女」という絶対必要条件が厳然とそびえ立っているのである。素でドジなブス山さんはただの役立たずで。それは男の場合に置き換えて想定しても同じであろう。 逆にブス山さんの場合は、「こう見えて実は気配り名人」という方向で意外性を有し、萌えの対象となる場合がある(「雨の中で子猫を拾う不良」に近いニュアンスではあるが)。ちょうど『マイメロ』のバクみたいなかんじで。 (※手帳のメモ、ここまでで中断。) しごと。昼食はモスバーガー。スクラッチでポテト券が当たったので、モスを常食にしている後輩Mにやる。 別の後輩Nに有明みやげの『のだめ』同人誌をやる。 昨年あれだけドラマがヒットし単行本もバカ売れ、一時は「トーハン週報」の週間コミック売り上げランキングBEST50のほとんどを『のだめ』と『デスノート』の全既刊が埋め尽くしてしまう大笑いな状況にもなったというのに、冬コミ3日参加して見つけた『のだめ』本はこの1冊だけだった。それも全く別ジャンルのエリア内で偶然見つけたものである。カタログでものだめや千秋やモジャモジャのカットを見かけた覚えはない。他に有明でのだめ関連の絵を見たのは、とある『ナルニア国物語』サークルさんのお店で毛量250%増量気味のタムナスさんがティンパニ叩きながら「千秋さまー!」と叫んでるラクガキを見つけてその場に倒れ伏した時ぐらいだ。 考えてみればあれほど同人誌描きやすいマンガもないんじゃないかと思うのだが。とにかく千秋のハブ空港のごときユーティリティぶりは最強だ。原作で推奨wされている真澄×千秋や高橋×千秋を使うまでもなく峰×千秋にミルヒー×千秋に大河内×千秋(下剋上)に三善(叔父)×千秋&三善(従弟)×千秋(親子どんぶり)にハリセン×千秋に谷岡先生×千秋に佐久間×千秋に黒木×千秋に松田×千秋に、パリ編まで手を拡げたらオリバーにジャンにムッシュー長田にトマ・シモンにフワフワロランにと攻キャラのABCD包囲網といった風情、もうそれこそ『椿ナイトクラブ』における茜ちゃんのごとき姫ポジションであるな千秋。おっといかん肝心のヴィエラ先生を忘れてた。男性向け二次創作要員だってのだめに清良に彩子にホビットにエリーゼに由衣子(ロリ対応)にリュカきゅん(ショタ対応)に子供時代の千秋(同左)に、スタッフは十二分に揃っていると思うんですが。 やっぱりオタクは『のだめ』読んで&観てなかったんですかにゃー。そういう俺も上記の後輩からコミックス借りなかったらいまだに2巻以降読んでなかっただろうし。 どうも単純なコミックス売り上げと、同人シーンにおける人気とは、必ずしも一致しないらしい。それも決して「反比例」でもないのが面白い。さっき『のだめ』と『デスノ』がランキングを独占した時期があると書いたが、コミケでの『のだめ』の不人気ぶりに比して『デスノ』はコミケでも思いきりフィーバーしてるし。 この違いはどこに起因するのか。やっぱ媒体か。媒体なのか。オタクはもちろん腐女子も「KISS」なんか読まないのか。読まないんだろうな。コミケの申込書にも「FC(女性)」なんてジャンルコードはないし。 でもやはりオタクどもが読みそうもない「CUTiEコミック」→「ヤングユー」に連載されていたのに、『ハチミツとクローバー』は「少年チンプ」や「知っているか!」のマンガにも引用されるほどオタクの間に広まっているぞ。うむむむむむ。 そうか。アニメだ。『ハチクロ』はアニメになってから深夜アニメをふと観たオタクが興味を持って原作読んで同人人気が爆発したんだ。対して『のだめ』はまだドラマ。人気声優が出ているならともかく、いくら上野樹里や玉木宏が出たところでオタクにとって求心力となるわけはない(芸能系を除く)。そもそも、普通ならトレンデードラマとやらの時間帯に流されている番組がおらたちオタクに向けて放送されているわけがねえだ、んだんだ、とひがみっぽいオタクがこんな時間帯のドラマになどわざわざチャンネルを合わせるわけがないしザッピングしてたって実写ドラマなんか普通に見逃しますし。しかし、そこで実写じゃなくてアニメをやっていたら「お?」と思ってちょっと観てしまうのがオタクのあさましい習性ですよ。そのうちの何割かが以降も観続け、じきにじわじわとオタク情報網の中で噂が噂を呼び……。 というわけで、本日深夜25時からののだめアニメにはそういう意味でも期待しています。うまく来月の夏コミ申し込み開始までにアニメがブレイクすれば、8月の有明はのだめ本で溢れ返り、コスプレ広場は千秋(のつもりだが客観的には大河内)がゾロゾロ、例によってクリムゾンからは清良がコンクール優勝できなかったお仕置きとしてカイ・ドゥーン先生にレイープされて「くやしい!…でも…感じちゃう!」とか言う同人誌が出て、コミケ73の参加申込書からはついにジャンルコード「FC(女性)」が新設されるに至る、そんな悪夢のような世界が到来するかもしれませんデスよ? さあ目指すはのだめオンリーイベントだ! バンザーイ! アニメ化バンザーイ! ……ただ、やはり絶大な一般人気を誇りアニメ化までされあまつさえ映画にもなっているのに、さっぱり同人シーンで盛り上がらない『NANA』という例もあるだけに、油断はできないのであった。 はたしてアニメは吉と出るか凶と出るか。 帰って神戸屋パンむさぼり食って『のだめ』アニメの録画予約して寝る。 |
| 1月10日(水) |
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まだ熱っぽくはあるが、たっぷり寝たので集中力はある。今日もさむいなか出勤。クド様FAプロテクト外れでベイスターズへ人身御供。読売といえば江藤を西武にくれてやった前科もあるし、外様選手はほいほい使い捨てるものと認識しているらしい。ふざけんな。昼は紅梅でチキンカツ&カキフライ定食もりもり。夜は茶漬けとホーレンソウとギョーザ。 俺が『のだめ』と親和性高いのは、あののだめ&千秋のボケツッコミ寄生関係がファーザー&オンナスキーにそっくりだからかもしれん……という仮説。やつらから「音楽の才能」を取り払ったらまるっきり『神聖モテモテ王国』になりませんかどうですかお客さん。ぎゃぼーとギャワーの違いぐらいしかないのじゃよー。「いいからさっさとミレリーゲ・アラ・パンナ・コン・イ・ブロッコリ食え」。 だがそうすると黒木がケダモノになってしまう罠。「恵ちゃん、好きじゃ…しびれるほど…」。黒木の顔した鳩の群れの幻影におびえ銃を乱射するのだめ。 |
| 1月9日(火) |
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晴れてはいるのだが寒くて風も強い。昼、大昌苑でクッパすすって暖をとる。洟が出てなんだか熱っぽい、あきらかにカゼひきはじめ第2期ぐらいの症状を呈しているっぽいのだが、気にせず1900まではたらき、4月刊行本の初校チェックを終わらせておく。帰って中村屋のレトルトカレー(ベジタブル)かっこんですぐ寝る。 防衛庁→防衛省に。それはいいが、ついでにドサクサにまぎれて自衛隊法も改正され、海外派兵が「主任務」になるとか。聞いてねーよそんな省昇格と一緒に自衛隊法改正まで同時に決議されてたなんて! だいいちすぐ隣にヤバい国があるのにのんきにイラクやあちこち行ってるヒマあるのかよ。よほど我が自衛隊は戦力に余裕がおありなのだろうか。んなわきゃない。そんなんで本当に国が守れるのか? わけわかんねーよ。 4日の日記でグチった件、本日やっとこさアマゾンも新品の取り扱いを開始したみたいである。 ただし1,2週間待ちって……。あくまでも在庫は持ちたくないらしい。 mixiでいろいろ御教示を受ける。やはりネット書店の品揃えというのはよくわからず、アマゾンで在庫切れ、ヤフオクで高値で落札されているような本が、楽天に行くと普通に新刊で売られていることなんてのもあるらしい。リアル世界の本屋さんと違って、ネット書店は「メジャーな店」イコール「スタッフも多く対応も早い店」とはかぎらないという罠。 ネットのお店は商いが大きくなっても従業員や店舗を拡大しなくてもすむ→利益率が上がるという利点がありますが、いい気になってるとこういうふうに身動きが鈍くなるんですね。アマゾンがネット書店の代名詞みたいになってる今のうちならまだいいでしょうけど、じわじわ信用を落としていったあとでどういうことになるかも少しは考えてみたほうがいいと思います。「ちょっと待て、それは私怨だ!」「ええ私怨です!」(ポワトリン的ひらきなおり)。 |
| 1月8日(月) |
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0900起床。2006年4月の日記を今頃更新。 「夢がないブラザーズ」の妹のほうと兄のほうの写真を見るたびに、『げんしけん』2巻の「笹原と顔ソックリだね!」を思い出してる人は多いにちがいない。あの妹、化粧落としたら絶対兄と瓜二つだと思う。春日部さんなら即座に見破るぞ。「ほら特に目がソックリだよ!」って。 兄のあの手際のいい殺人術も本で仕入れた知識らしいですね。あの兄、医大なんか目指さずどっかの普通の大学入って、自分に合った世界に踏み込んで「扉」を開いていれば、今頃どんな未来が待っていただろう。家は金持ち、自宅は都心、オタクライフにこれほど適した生活環境もなかろう。ああもううらやましいったらありゃしない。なのにあえて茨の道を選び、対人スキルの未熟な妹には罵倒され続ける三浪生活。 『げんしけん』全巻差し入れしたら拘置所で号泣したりして。 光デパートさんのmixi日記「キリスト教ガンダム説」にレスをつけようとしたら長くなってしまったので自分のところで書く。 ローマカトリックをジオン公国にたとえたのは以前も書いたような気がするが、まあつまり、エルサレム(地球)から最も遠いローマ大司教座(サイド3)が、使徒ペトロ(ジオン・ダイクン)の優位性を主張して、他の4大司教座(地球や他のコロニー)の上に立とうとして結局独立戦争みたいなかんじになったわけですな。実際には東西のいがみ合いは神学的論争やここで書き切れないいろんなファクターがあるので単純には言えないのだが。 なにより、教会史を「ガンダム」にたとえるとすると、じゃあイスラームの勃興を何にたとえるかという問題がある。あれは言うなればジオンと連邦がいがみあってるところにバッフ=クラン人かククトニアンかグラドス星人がせめてきて地球が征服されソロモンもフォン・ブラウンもサイド6も陥落、で結果的に侵攻者の軍事的脅威から最も地政学的に離れたサイド3がそのまんま「ジオン公国」を名乗り続けたようなもんで。異星人なんてファクター入れちゃったらすでにガンダムワールドじゃないし。 もしイスラーム国家の地中海世界併呑による東方教会の混乱・衰退さえなければ、ローマ以外の4大司教座も健在のままいがみ合いが続き、逆に東方側からローマに対して逆コロニー落としが敢行されたかもしれん。そうしたら中世のローマ一人勝ち状態も起こらず、したがってそれへの対抗としての宗教改革や、さらなる対抗としてのカトリックによる新世界宣教キャンペーンも起こったかどうか分からず、キリスト教は欧州・中近東と北米に分布する土俗宗教にとどまっていた可能性があります。リオのカーニバルもフィリピンのハリツケ祭りもなく、フライ・トルメンタもリングに上がらず、マザー・テレサも普通にユーゴスラビアで先生でもやって一生を終えてたかもしれません。まーそれでもクリスマスは北米経由で世界中に伝来してたでしょうけど、でもサンタクロースはもっと欧州の聖ニコラウスみたいな辛気くささと懲罰的側面(悪い子はお伴のオバケがさらってしまう)を色濃く残した存在になってたかなと。 思えば、イスラームがローマ以外の大司教座を併呑したおかげで、東西の論争はなんとなくウヤムヤになっちゃったようなところがある。内戦状態だった中国共産党と国民党が帝国陸軍の侵入を機に一時休戦しちゃったようなもんで。今にして思うと実はイスラームはキリスト教最大の内ゲバを未然に防いだ功労者かもしれません。欧州の田舎者がゲルマン民族大移動と一緒に忘却の彼方に置いてきちゃったグレコローマン文化の精髄をアラブ世界がファウンデーションよろしく保存してくれてた点と言い、ヨーロッパ人は本当だったらアラブに足向けて寝られないはずなのであるな。 |
| 1月7日(日) |
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肩と頭がアレで、一日ゴロゴロ。 |
| 1月6日(土) |
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目黒歯科医兄妹殺し合いの歌 《スピッツ「夢じゃない」》 口悪い妹バラし泳いでた 三浪もしちゃって ビニールに詰めていた ビニールに詰めていた Oh 家の風呂場で包丁とノコギリで 臭いしそうな サメの死体と言った サメの死体と言った Oh 夢がない 医大受かんない 君がバカにする限り いびつな力で 殴りたい 死ぬまでも Oh... 事件起こったら いつか見た景色 エリートの家庭で 兄は医大に行った 妹役者でした Oh 夢がない 医大受かんない 君がバカにする限り いびつな力で 殴りたい 死ぬまでも Oh... 口悪い妹バラし泳いでた 四浪もしそうで ビニールに詰めていた ビニールに詰めていた Oh 夢がない 医大受かんない 君がバカにする限り 芽が出ない女優には 言われたかないけど 夢がない 医大受かんない 君がバカにする限り いびつな力で 殴りたい 死ぬまでも Oh... ここまで作って、mixiニュースの日記一覧を見たら「熱い血潮のバラバラマン」というタイトルがあってブウと吹き出してしまう。しまったーそっちの手もあったかー。妹なんかにゃ情けは無用♪ 1630過ぎ出かける。雨ぱらぱらと降る中、池袋へ。地下道から地上へ出る頃にはもう止んでいた。嘘界の新年会。暴飲暴食。おなかいっぱいだったが二次会もごはん屋さんで死にそうになる。ジンジャーエールとウーロン茶のみで、料理には一切手をつけられず。「私の詩集」も抜け目なく頒布。新刊既刊あわせて10冊売れる。 |
| 1月5日(金) |
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朝方、半年ぶりに携帯用クシが見つかる。春から縁起よし。 久々に職場へ。去年の仕事納め以来エアコンが入ってなかったせいかビル全体が冷え切り、シンから底冷えがする。著者に問い合わせの電話など。その合間にMR028通販。昼飯は志乃原で大せいろ。ぽぷりのおそばやさんの影響であることは言うまでもなく(死)。 帰りに銀座教文館に寄り、年末から狙っていた『ラテン語と日本語の語源的関係』の実物を手にする。こ、これは……うーわー。どのページを開いても、間違ったセンスオブワンダーが満載。「ジャンケンポン、アイコでショ」までラテン語起源だとは知りませんでした。立ち読み中も必死で笑いをこらえる。5000円という高額にもかかわらず買ってしまう。自分でも高い本ばかり作っているせいで完全に金銭感覚が麻痺してました。今は反省している。気のせいかレジの人も「うわ本当に買うんだこのバカ」という顔をしている(ように見えた)。下手なエロ本買うより緊張しました。 でも、こんな売れそうもないタイトルで(清水の舞台から飛び降りても1000部がいいとこ)このボリュームで定価たったの5000円って、絶対この業界では安いですよ。たぶん自費出版、さもなくばバチカソから資金が流れているものとしか考えられません(陰謀論)。 さらに新宿に寄って無印マイメロのDVD11〜13巻ゲト。 |
| 1月4日(木) |
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0930起床。今日もダラダラする。1500過ぎ、そういえば今日は郵便局開いてるじゃんと思い出し、自転車で実家そばの郵便局へ。印鑑登録変更とキャッシュカード作り。身分証明書がわりに健康保険証コピーしたり暗証番号入れたり使い方のレクチャーうけたりいろいろ手続きして局を出たところで、何かを忘れているような気が。おっと健康保険証忘れた。局の人がコピー機にはさんだままで、先方はもう平謝り。わははははは一歩まちがえれば新聞沙汰であるな。「民営化を前にしても郵便局のたるみ体質は変わらない」とか話をすげーフレームアップしたりしてさ。 ついでに実家帰る。年末年始4回も実家に帰るなんて何と感心な子供だろう俺w。なんとなく夕飯の時間まで居着き、ゆうべやったらしい鍋にさらに白菜など追加。昼飯食べ忘れてたからもうバクバクと。満腹になったので帰る。 さて、今日はひとつグチいいでしょうか。 去年の11月末、とある現代英文学者に関する研究書の邦訳をウチの職場から刊行したですよ。 日本にもかなり濃いマニアのいる作家さんで、数年前その作品が映画化された際には関連書籍がそれこそ雨後のタケノコのごとく出版された。しかし一時の出版ラッシュも過ぎ去り、そろそろマニアたちが情報に飢え渇いてきた頃合。ですから今出せば絶対売れるのじゃよーギャハーとかなんとか企画会議で適当なこと言って職場の面々をだまくらかし、純粋に個人的趣味で企画を通してしまたですよ。 通したからには売れなければただでさえ月給ドロボウのほまれ高いみどもの社内での立場はさらにきりもみ急降下。そこで、訳語をどの翻訳に合わせるかその統一の仕方などを、実際にその作家さんのマニアであるところの友人にコンサルティングいただき、装丁家にもやはりマニアさんを起用し、タイトルやオビの文言なども一般人おいてきぼりのマニアの心の琴線だけ音撃斬・雷電激震のごとくかき鳴らす仕様にしてしまうなど、思いきりマニアのみを相手にしたニッチな商売を展開することとしたですよ。 ニッチ商売で必要なのは口コミ宣伝と、宣伝を聞いた人がスムーズに商品を買える販路の確保。そこでさきほどの友人にマニアへの口コミとともに、彼が開設している有名マニアサイトからアマゾンへのアフィリエイトを張ってくだせとりなしてくだせと頼んでおいたですよ。UFO撃退の準備はできた!(ナレーション:矢島正明) ところが。 刊行から一月半は経とうとしている今日現在、アマゾンではエントリーはされているものの、いまだに新品が買えない状態が続いている。 もちろん売り切れ重版中などではない。職場の倉庫には売るほど在庫がしまってあるぞ。つまり、アマゾンが自分の手元に在庫をしてくれないだけなのである。しかもトップ画面には書影画像すら貼ってくれてない。せっかくマニアのデザイナさんが高いけどまさに作品イメージぴったしの写真探してきてくれてグリゴリ作った渾身の装丁なのにいいいいい(涙)。 現実世界の書店に行けば当然注文は可能だ。しかし、普通の人はアマゾンで「在庫切れ」と表示されている本を、わざわざ書店に出かけて注文しようとは思わないだろう。アマゾン様から「在庫はこの世に存在しません」と御託宣賜れば、普通そのまま信じますよね。書店にない本をアマゾンで探すことはあっても、逆に、アマゾンにない本を書店で探すという購買行動に出ることはまずないのである。 さらに腹の立つことに、ユーズド商品はしっかり出品されているのだが(「ほぼ新品」の品をこんなに早くどういうルートで仕入れたんでしょうねえ)、どういうわけか軒並み定価の倍の値段がつけられているのである。A5判ハードカバー272ページで定価税込み2,940円と定価でも決して安くはないのに、倍の5,880円なんてハイパーインフレ価格がつけられてたら誰が買いますか。あんのじょう誰も買ってないみたいですけど。おまけにこれが、トップページでは >2新品/ユーズド価格:¥5,880より としか表記されないので、まるで定価で買うと5,880円以上するかのような印象を受ける。これじゃあよけいリアル書店で注文しようという気が失せてくる。 ここまでくると、すでに営業妨害ですよ。 他のもっと大きな出版社の本もこんな扱いを受けているのか? 否。断じて否である。 実はほとんど同じ時期に、同じ作家さんの研究書でコンセプトも似たような本が、K談社系列のとある版元さんから刊行されている。でもこっちは書影もしっかり載ってるし新品在庫もちゃんと定価の2,625円で買えるし「お急ぎ便」を使えば明日にも手元に届くぞ。なんだこの差別は。 いや差別されてるのはウチだけではない。ウチ同様に人文系の堅い本ばかり出版している専門書店J社さんも、この作家さんの研究書(これは翻訳でなく日本人の書き下ろし)を一昨年の末に復刊したのだが、これもウチ同様アマゾンの「在庫切れ・書影なし」攻撃にさらされている。あきらかに営業力の多寡、というか出版社のネームで態度がコロコロ変わるらしい。あっそういえば楽工社さんの『と学会年鑑』シリーズも、最初の『Rose』はずーっとアマゾンで買えなくて社長さんがすんげー怒ってたなあ。 ここまで徹底して弱小版元をないがしろにされると、なにが「ロングテール」だ寝言は寝て言えボケ、と吐き捨てたくもなってくる。えらそうにロングテールロングテール言うのなら、営業力の弱い中小零細版元の本をこそ掬い上げ、こまめに販売ページを更新し、クズの山からダイヤを掘り出す気概を見せてから言えよと。 てゆうか、俺が投稿した「出版社からのコメント」、まだ載せてくれないんですか?「掲載までに7〜10日かかります」とか言って、もう20日は経ちますよ。 ああもうほんまに本売る気あるのかアマゾンは! アマゾンのいちじるしいやる気のなさというかモチベーションの欠如。 これはひょっとしたら、ネット書店という仕事が「本を読まずに本を売らなきゃいけない仕事」だからなんじゃないかと思う。 書店では仕入れ担当者が自らの判断で本を仕入れ、実際に書店員が手にして棚に入れ平台に並べ、気に入った本目についた本には自分でPOPを作ったりもするし、お客さんの反応も一番ビビッドに(なんたって目の前で買ってってくれるんだ)感じることができる。1冊1冊の本の「個性」を感じながら、いい本ダメな本を目利きしながら、「自分の裁量で卸売市場からいい品物を仕入れ、消費者に売っていく」仕事である。そういう意味では本屋さんとは、八百屋さん魚屋さんお肉屋さんとほぼ同じ構造の職種と言っていい。 それに対してアマゾンは、「データ上売れそうな本」だけ在庫を確保し、滞留しそうなリスクのある品は徹底して在庫を抱えない。そのへんは書店というよりも取次の感覚である(※巷間知られているアマゾンの「ロングテール」は、ロングテール部分の在庫確保コストを版元に肩代わりさせ押し付けるという非道なカラクリがあってこそ、ビジネスモデルとして成立するのである)。 そして注文を受けると、「1分間3冊処理」のノルマを課せられたバイトが倉庫を駆けずり回って伝票にある本を探し、パッキングして宅配便業者に渡してハイサヨウナラ。これも感覚としては書店ではなく中元歳暮のバイトに近い。 つまり、アマゾンで仕事してる人は、どこの部署であろうと、一貫して「本を開く」機会がない。 「自らが気に入った本を仕入れて売る」どころか、誰も本を読んでいないのである。 本という一冊一冊あきらかに強烈な個性を有する商品を、あたかも無個性な電子部品のように取り引きして、それでも商売にしてしまえるのが、ネット書店のおそろしさである。「本屋大賞」のように、ウソでもヤラセでもいいから自分らで「売れそうな本」を掘り出して売ってやろう、という気概すら生まれないのも当然である。 そこいらへんの宣伝・発掘作業は「リストマニア!」やアフィリ等に依存して、会社としては徹底して取次業にのみ専念してコストダウンを計り利益を出すのが、企業体であるアマゾンの生き残り戦略なのであろう。 ……でもそれならそれで、日本にある新刊は全て網羅できるような態勢を常時取ってもらわないと。 はっきり言って今のアマゾンの態勢は、取次としても書店としてもきわめて不十分なのである。 もっとも、アマゾンは身の丈を超えて商いの手を広げすぎてしまって、注文さばくのに精一杯で新刊情報更新システムを構築し直す余力もないのかもしれない(ネット通販書店としてはそのへん実は大手リアル書店の紀伊國屋やジュンク堂のほうがはるかにフットワークが軽い)。 しかし版元の立場としては、いやしくも「日本最大のネット書店」にこういう態度を続けられると、こっちのモチベーションまで低下してくるのである。さっきも言ったように本来取次が抱えるべき在庫コストを肩代わりさせられた上に、ロクに販売ルートも確保してくれないというのでは、出版社は踏んだり蹴ったりである。 そして、アフィったりカスタマーレビューをつける一般消費者も、自分の才覚でマイナーだけどすごく面白い本を掘り出してせっかく優れた紹介文くっつけてアフィリエイト張っても、肝心のリンク先で「在庫切れ」とあっては、アフィるほうもやる気なくします。 その点、版元に毎週売上データを送ってくれるサービスをしてるbk1は偉いですよ。さすが母体が図書館流通センターという、ほんとにロングテールを意識したビジネス(図書館に入るようなこむずかしい本は普通シッポに位置するものである)をはるか昔から展開してきた団体だけのことはあります。 「ネット立ち読み制度」などのように甘言を弄しながら版元に営業負担を押しつけ自分じゃ何も努力しようとしないアマゾンには望むらくもないのかのう。 まぁいくら書いてみたところで、私怨以外のなにものでもないんですけどネ。とほほ。 ああでも腹立つうううううう。 Amazon! We hates it! We hates it! We hates it forever! いやホント、ニッチ商売にとって、ネット流通が正常に機能してくれないことほど苦しいものはないですよ。いわば補給線断たれたまま孤島で戦ってるようなもんで。 |
| 1月3日(水) |
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0900起床。朝、トースト食べながら『ふしぎ魔法ファンファンファーマシィー』DVD秋編。観ているうちに昼過ぎたので、冬コミの差し入れのケーキをステーキのようにナイフでざしざし切ってフォークで食らい、ワインのように紅茶をいただく、優雅なんだか豪快なんだかわからない昼食。東西寄席の関西編観てからDVD冬編。ヴァー(涙)。最後のほうの話ではぐしぐし泣きっぱなし。 『みぃファぷー』という番組企画全体はいろいろ不幸な生まれだった(あのニャロメ導入にどういう大人の事情があったのか未だに分からないし分からないままのほうがいいのかもしれない)。放映途中で番組OP歌手が不祥事を起こすなど逆境にも見舞われたりもした。話題としても主にそっちのスキャンダラスな方面で話題になることが多かった。が、実は個々のアニメそのものの出来は、ほのぼの系の『こっちむいてみぃ子』もけたたましいショートコント仕立ての『ヘリタコぷーちゃん』もすごく良かった。 中でもこの『ファンファンファーマシィー』はファンにも作り手にも愛された奇跡の作品である。 本当ならあのままアニメ史の闇に埋もれていきそうなところ、ファンの地道な愛(と具体的には署名活動)あらばこそ、放映終了後4年半も経ってDVD-BOXが限定生産ながら発売されたのであり、また作り手の深い愛着あらばこそ、当時のスタッフが再結集して放映時には存在しなかった単独OP/EDアニメまで新たに描き起こされたのである。 このOPとEDが、全話放映後に製作した映像ならではの凝った作りでして。にこにこ銀座の面々や各話のゲストキャラがモブで顔を出すお遊び感十分のOPは、すでに全話観たファンが楽しめるのは言うまでもなく、一方初めてDVD観る人とか俺のように飛び飛びにしか観ていなかった視聴者でも、視聴話数を重ねていくにつれて「あっ、あいつは第●話に出たアレだ!」と視認率が高くなっていく快感を味わえる。そしてEDも、パジャマぽぷりが抱えてたぬいぐるみや時計の針のモティーフが、実はさりげなく最終話2部作にリンクしてたりするからたまらないのだよううわーん。 全話を小中千昭が一人で書き下ろした統一感のある脚本、四季の風物とその移り変わりがみずみずしく描かれた作品世界、「魔力」の視認化、などなど今にして思うとすごく『コメットさん☆』との共通点が多い。どっちも同じくコアなファン層を得ているあたりも。もちろんメテオさんに比べてアマネちゃんの登場回数は少ないし役どころも主役と対等というわけではないし、ふきこさん的「恒常的師匠キャラ」がコメットさんにはいないし(後半はスピカおばさまが出てくるけど)、ラブ要素の有無など作品としてはぜんぜん違いますけど。あと、幼女ターゲットのアニメとしては『ファ』のほうが直球で『コメ☆』はだいぶ変化球な作りだし。 あと、こういう商店街ってもう絶滅状態なんだろうな。放映当時すでにあのにこにこ銀座という舞台そのものがナルニア国並みのファンタジーだったし。同人誌でも「ふきこさんの麻●の効果でみんなにこにこしてる」とか「実は全部ふきこさんのスタンドで本体を倒すと霧になって消える」とかひどいこと普通に言われまくってたし。 こうなると改めて『みぃ子』も『ぷーちゃん』も観たいんだけど、再放送は不可能なのかなあいろんな事情で。『ぷーちゃん』なんか全話DVD1枚に余裕でおさまりそうなんだけどなあ。 ああ小西寛子カムバック。 |
| 1月2日(火) |
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何か初夢見たような気がするが例によって例のごとく忘れる。0900起床。あわててテレ東つけて『マイメロ』観る。あくまで大喜利はデフォか。そして歌さんが司会に。「一度でいいから見てみたい、小暮が身長伸ばすとこ」。 それから、まだ観ていなかった『ふしぎ魔法ファンファンファーマシィー』DVD春・夏編視聴。本放送時は飛び飛びにしか観てなかったけど、一気に観ると改めてそのクオリティの高さと品質の安定感に呆然とさせられる。 1730実家へ。毛ガニと雑煮と昨日のスキ焼きの残りで作った牛丼とおせちとビールをモリモリと。今日は2300までのんびり家族会議っぽい雑談。 |
| 1月1日(月) |
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1000起床。昨日の戦利品いろいろと。中でもやっぱ存在感抜群なのは、著者の木村守一氏より恵贈いただいた(何故くれたのか未だに理由が思い当たらない)『修訂版 絹と立方体』。ついにハードカバー700ページ強の大著にまでふくれあがってしまった威容にも圧倒されるが、それ以上に、まえがきあとがきにしたためられた著者の「想い」に胸しめつけられ、はらはらと涙が出てくる。 これは昨夜読んだ議長の『文筆業サバイバル』で語られたメソッドとは、全く対極にある本だ。はっきり言って「架空文字」なんかどんなに蒐集・研究しても商売にはならない。文学・マンガ作品に使用された架空文字の著作権問題をクリアするのが非常にめんどくさいから、たぶん同じ企画を出版社に持ち込んでもどこも引き受けないだろう。架空文字が商売になっている例と言えば、せいぜいテングワールが「トールキン研究」の一環として伊藤盡先生により研究されているぐらいで、それだってもともと言語学者であるトールキン自身がエルフ語を体系的に作り上げているからこそ、学問的な研究対象となりうるのである。たいていの架空文字は、エルフ語ほど考えて作られてなんかいない。正常な精神状態の人間が作った架空文字はたいしたオリジナリティもなく、だいたいイロハや五十音やハングルやアルファベットを別の形の記号に置き換えたにすぎなかったりする。学術的研究の俎上に乗せるような価値など普通はないと言っていい。「架空文字」自体に興味を持ち、今もなお増えているあらゆる架空文字を記録蒐集するというキリのない作業に厖大な労力を費やすなんて、損得勘定をしたらそんなことやる人間はまずいまい。 しかし木村氏は、千之ナイフのマンガで目にした「センスクリット文字」に心奪われてから、青春を捨て、言語学の専門知識を得るため京都にまで出てきて金の続く限り京大言語学研究室で教えを受け、そのまさに絹の羽衣で立方体の大理石をこすって削るがごとき果てなく労多く望みなき作業に邁進し続けているのである。本書の重さは、木村氏の想いの重さでもある。そのあまりの重さに、ただベッドの上でうわーんうわーんと嗚咽するしかなかった。 mixiの新着ニュース欄に、毎日から転載された冬コミ&米澤さん追悼記事がエントリ。あの歌口ずさみつつまた泣く。しんきくさい元旦である。 いろんな先生方に原稿とか校正とかやらせていることを思うと、のうのうと休んでいるわけにもいかないという気がしてくる貧乏性が働き、なんとなく替え歌ページ更新。夜、実家でスキ焼きがつがつ食らって肉分存分に補給し帰る。 |
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