終章 結局、大嘗祭とは?

CONCLUSION
" Finally, what's the Daijo Sai ? "


 かさねがさねくどいようだが、一つの行事に、かつてここまで様々なスタンスからの検証が行われた例があっただろうか。宗教・人類・民俗学、はたまた政治・憲法・歴史学の研究者が。神道が、仏教が、キリスト教が。右翼が、左翼が。興味本意のマスコミが、そして、一般大衆が。ここ数年の間に、とくに昭和天皇の重態が伝えられてから後、この一夜の秘儀をめぐり、幾十の本と幾百の論文、幾千の見解と幾万の議論が噴出した。
 先にも述べたが、近代以降大嘗祭は、折口信夫はじめ数々の学者の研究意欲を煽ってきた。大嘗祭に関する様々な解釈が生まれた。が、戦前の研究家たちの姿勢には大事な共通点があった。みんな大嘗祭を愛し、大嘗祭の価値を肯定的に捉えようとしていた。もちろんその背景には、批判の余地を与えない、「権威」としての「近代天皇制」があったのだが。
 今回の大嘗祭は、その点で今までにない特異性を有する。戦後まで大嘗祭に見向きもしなかった、あるいは目を向ける事さえもできなかった領域の人々が、一斉にこの儀式に目を注いだのである。それこそ一般庶民までもが、この論議に参加した。市井の不真面目な一学士候補生が苦し紛れに卒論のテーマに選んでしまえるほど、大嘗祭は「世俗化」したのである。あたかも戦後の天皇が世俗化(俗に「民主化」とも呼ばれる)したのと同様に。
 同時に、解釈の多様化、とでも言おうか。戦前は味方しか持たなかった大嘗祭が、今や敵も味方も中立派も、ましてや大量の無関心派まで造ったのである。敵の論点、味方の論点もともに多様化した。互いを論駁するための、法廷戦術にも似た木っ端議論まで百出した。そんな中で、全てが相対的に思えてしまった、もしくは誰の意見も信じられなくなった者が中立を保ち、いずれにもついて行けなくなった、亦ははなから面倒くさいと判断した多くの者が無関心派となった。
 世俗化が多様化を生み、相対主義を生み、ひいては無関心をも生む。
 いずれにしても、大嘗祭はいまだ謎のまま。
 

 大嘗祭の意義。それは時代により移り変わる。だが、ひとつだけその変化の法則生を解く、確かな公式がある。

  《大嘗祭は天皇の鏡》

 大嘗祭の権威と天皇の権威とは、歴史の中で同じように浮き沈みしてきた。天皇が強大になった時は、大嘗祭の整備が行われる。天皇が弱体化すれば、大嘗祭も衰退する。大嘗祭が中断した時代は、天皇の権威がまさに地に墜ちた時代でもあった。
 仏教や儒教など外来思想が影響力を増すと、大嘗祭はないがしろにされる。逆に天皇が神道にたち帰ると、大嘗祭は重要視される。天皇王権の根拠を誰も問わないときは、それこそ摂政に手を引かれた幼児が司式しても差し支えない(1)が、「神道に基づいた王権」に天皇が依る時、大嘗祭はその本当の意義を呼び起こされ、天皇最高の大祭として厳粛に行われる。
 では現在の大嘗祭は?様々な切り口からああだこうだと解釈され、どれを見てもピンと来ない。とことん世俗化され、多様化され、どこか的外れな支持と歪んだ憎悪とを受け、誰一人その意義を口で言い表す事が出来ないにもかかわらず、昔から変わらず己の機能を果たしている。そのこころは……まさに現在の天皇そのままではないか。

 大嘗祭は天皇の分身、いや、天皇そのものなのである。

 「大嘗祭は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」。憲法第1条の「天皇」を「大嘗祭」に変えてみたら、冗談にならなくなってしまった。
 まさに「平成の大嘗祭」は、東京中心の現代日本の象徴であり、日本人を中央に統合する一極集中の象徴である。今回、一連の即位儀礼が京都御所ではなく東京で行われた事からも、大嘗祭が単なる天皇家の私事以上の意味を持つ事が分かるだろう。いや、すでに「私事」という性格は剥奪されてしまっている。近代においてはまだ尊重されていた皇室のプライバシーも、現代ではカケラほども残されていない。古代ペルシア帝国ではどんなに中央集権化が進もうと、帝王の即位儀礼は行政首都スサではなく、すでに僻地であった、王朝の故郷ペルセポリスで挙行できた。が、日本の王様はその故郷で即位の礼&大嘗祭を挙行することを許されなかった。現代における大嘗祭は、そして天皇は、東京一極中央集権体制の象徴として、一切の私的性格を奪われた「公」の存在として機能するのである。
 そして大嘗祭を、天皇を「象徴」たらしめているのは「日本国民の総意」なのである。これはまぎれもない事実である。日本国民の総意。誰もが「そんなこと望んだ覚えはない」と言うであろう。そう、確かに天皇や大嘗祭を認めた覚えはないだろう。戦後のイタリアのように王制の是非を問う国民投票を行なったためしもない。
 だが、ここで言うのは天皇個人や皇室、象徴天皇制といった狭い意味ではない。日本人が二千年の間大事に育んできた、そして今なお持ち続けている「内なる天皇制」の事である。
 

 たしかに現在、天皇は世俗化している。大半の日本人は天皇に対し無関心になりつつある。とくに、次の大嘗祭を担うであろう若者層の天皇イメージは、一部の「反感」と大半の「無関心」とに分かれ、積極的な崇拝・畏敬の念を抱くものはほとんどいない。それゆえ「日本の君主制はイギリスのそれに近づいていくであろう(2)「それでもなお皇室が残るとしたら、それはおそらく都市生活型の高級品ニーズや、伝統懐古型のカルチャー天皇制のようなものに変質させられているだろう。次の代がわりのときには大嘗祭なんていうものは私はもうないと思いますね(3)などなど楽観的な観測がなされている。
 とは言え、日本人は天皇制を手放せないでいる。天皇制そのものではなく、社会構造としての「広義の天皇制」が、現代日本の全ての世代、全ての立場の人間を支配している。確かにひとりひとりは好き好んで天皇制を守ろうとはしていない。しかし日本人は、知らず知らずのうちに「広義の天皇制」、タテ構造の社会に慣らされている。そういった社会構造の方が、日本人は楽なのである。

 「天皇制」とは「血液型」にも似た言葉である。血液型は人体のいかなる部位からも検出できる。しかるに、その名前のゆえに「血液からしか検出できない」という巨大な誤解を生んでいる。「天皇制」もしかり。それこそ「一木一草に天皇制あり」(竹内好)、日本人の営みのどこにでも「天皇制」は生きている。政治の世界だけの問題、または戦前のおとぎ話だなどと誤解し、自分自身と切り離して認識してはいけない。

「日本の資本主義と現代国家の発展と天皇制は不可分のものであって、天皇制はそれ自体に何か大きな力を持っているわけではなく、社会の基本的な仕組みとの関係で位置とか意味とかを持っているということです。日本の社会の中から農村的な部分が失われても、都市にも農村にも権威や秩序の方が大好きな人がいっぱいいて、そういう人たちが天皇制を支えているのであって、こういう構造はいまのところそう大きく変わりそうもない。(4)
 「権威」や「秩序」に頼って、「長いものには巻かれ」たほうが生きやすい。なるべく多数派・一般的・安全を選び、なるべく「偉いもの」にくっつく。それが「天皇制」である。
 なぜ多数派を選ぶのか?少数派になることが怖いからである。まず自分自身、マイノリティーの存在を認める事が出来ない。少数派、弱いものに手を差し伸べるという観念が備わっていない。だからこそ、自分が少数派になった時、周囲の人間がことごとく敵になる事も本能的に知っている。だから怖いのである。
 なぜ「偉いもの」にくっつくのか?それは「上下関係」が大好きだからである。「自分より上位の者」を設定し、自らタテの人間関係を作り出す。そのことにより、同時に「自分より下位の者」を設定する事をも正当化する。自分が目上の者に従う如く、目下の者にも同じように自分に従わせる。みんな言うなれば「奴隷の頭」になりたがるのである。面倒な責任と義務が付随する「自由」とひきかえに「ご主人様」におもねり、支配構造に組み込まれる事で全ての「自由故の不安」から解放される。その一方で下人どもをこき使い、ささやかな支配欲求をも充足させる。
 「自由」と「安心」ハカリにかけて、「自由」を捨てて「安心」取って、これで人生順風満帆……そんな貴方に天皇制。
 

 我々若い世代も、「天皇制」に頭までどっぷり浸かっている。小学生からして「自己主張」よりも「協調性」、「目上の者との応答関係」よりも「目上の者への絶対服従」をたたきこまれる。教師への疑問は「口答え」とみなされ、授業中に質問することさえ一種の罪悪のごとく感じさせられる。教室という「集団」の中から「浮き上がっている」子供は、露骨に集団から「排除」されるか、無理やり集団に「融和」させられるか、どちらかの処置を受け、決して「個人」としての価値を認められない。基本的に教師の人格のキャパシティーから超越した子供は、「問題児」として片づけていいことになっている。ここで「枠の中」と「枠の外」とに人間を「分別」する思考法が身につけられる。人間を個々の存在として認めるのではなく、集団を自らの理解の「枠」で囲って、その内側と、そこからはみ出た者とで区別する方法である。
 そうした背景を持って成長するわけだから、子供はなるべく他者の「枠」からはみ出したくない、と願いつつ生きていく。よく若者は「個性を追いかける」と言うが、その「個性」とやらは、あくまでも「枠」の範囲内に限られる。「枠」のど真ん中で背伸びした者がもてはやされるのであって、「枠」から逸脱した者は様々なネガティヴな呼び名を与えられる。不良だのオタクだの何だのと。……「天皇制」に縛られた「個性」などこの程度のものでしかない。就職などで企業が求める「個性ある人材」というやつも同じ話である。
 子供が最も具体的に「天皇制」の堅信礼を受けるのが、いわゆる受験戦争、学歴社会への参加である。学校の名前が、学生への評価を決定する。学生個々人のパーソナリティーは二次的なものか、もしくはほぼ無視される。学校ブランドという「権威」が個人の人格を呑込む。高名な学校にいる者は、その「権威」の上にあぐらをかいていられる。個人はどんなに資質が無くても、他者は彼の学校名だけで彼を判断してくれるのだから、こんなに楽な事はない。これが逆に「学校の名に恥ずかしくない人間にならねば」という意識につながれば、まだ幾分かは救いがある。だが、学生達は「権威」にアグラをかきこそすれ、自らが「権威」の担い手たろうとはしない。「天皇制」における「権威」とは、あくまでも上から与えられる受動的なものである。だから日本軍も「皇軍の名に恥じぬ誇り高き軍人たらん」とするどころか破壊略奪集団強姦に走って平然としていたのである。権威が個人の人格的「誇り」になかなかつながらない点も、我々の特徴である。
 さらに悪いのは、学校に序列が設けられている事である。たしかに序列は大昔から存在した。帝国大学を頂点とした学府のパンテオンはあった。が、各校はそれぞれ「これだけは他校に誇り得る」といった研究分野なり特色なりを持っていた。まだ比較的、価値が多元的であった。ところが。近年になって「偏差値」とやらによる価値の一元化が行われ、またたく間に流行していった。それほどこの制度は日本人の心、すなわち「天皇制」にマッチしていたのである。価値基準はたくさんあるよりも一つにまとまっていたほうがわかりやすい。一本の物差しで容易にランクをつけられる。簡単に人間を分類できる。……タテ社会の「秩序」の発想である。
 別に序列など決めずとも、それぞれの学校の持つ独自性を「個」として認めればいいのだが、今の我々にはそれができない。どうしても上下をはっきりさせたがる。「序列」という形でしか、自らの居場所を確認できないのである。自分という「個」を、「個」として認める発想、そんなものは誰も教えてくれなかった。自分は「個」としてではなく、「集団の中の一人」である。集団の中で自分のポジションを確認するには、座標化、数値化が最も楽。かくして、人は一つの物差しで全存在を測るのである。
 物差しで測られるならまだましである。その序列の「外」にある者はどうすればいいのか。それこそ「枠の外」の存在である。「枠の外」に対しては排除原理か融和原理が働く。はなから人間あつかいしないか、あれこれ道をつくって彼らを「学歴社会」の物差しの上に乗せようとするか。いずれにしても彼らに「元・枠の外」のレッテルが貼られる事に変わりはないが。
 若者は若者であるがゆえに、「枠の外」に憧れを抱きもする。が、一般的に憧れは憧れのままである。かえって身近に「枠の外」の者がいたら、同じ人間として扱わないであろう。「枠の外」の存在が成功したらしたで嫉妬し、失敗したらしたで「だから言わない事じゃない」と内心安堵する。どのみち「枠の外」は自分とは違う世界なのである。夢は夢にこした事はない。アメリカン・ドリームと違って、ジャパニーズ・ドリームは「人生の目的」たりえないのである。夢を追い、人生を賭けた大博打を打つよりも、長いものに巻かれてそこそこに暮らしたほうが楽だし、リスクも少ない。平和で豊かな日本では、「人並に生きる」だけでもかなり高水準の生活が保障されている。一発逆転ハイリスクの生活などする必要はない。……こうして、「枠の外」の視点を失うのである。
 こうした精神的素地を身につけた若者層が、次代の日本を担うのである。仮に皇室がなくなったとしても、このままでは「天皇制」は消滅するとは思えない。
 彼らのうちにしばしば見られる、天皇に対する反感は、青少年心理学の範疇で議論されるべき種類のものに過ぎない。若者が「体制」に反発するのは精神成長の上で起こる当然の現象である。学校の教師に反発するのと根は全く同じである。それが、天皇に関する本か何かを読んで(また、この世代が目にする天皇論は必ずと言っていいほど批判的である)、体制の根源たる天皇に反発の矛先を向けただけのことだ。政府がナチズムを否定するドイツで、一部の若者がネオナチズムに走るのも、この現象に準ずる。方向性はどうあれ、つっぱらかって生きる事が「かっこいい」のである。だから、彼らの「反・天皇制」「反・大嘗祭」の動きをほほえましいと見るならともかく、単純に明るい未来を期待するのは少々早計かと思われる。
 彼らの批判の目が、まず自分自身の「内なる天皇制」へと向けられない限り、あらゆる活動はファッションの域を脱しない。自分自身を棚に上げた瞬間、全ての批判はその実体をなくす。……若い衆に限った話ではない。

 

「現代はまた14世紀の転換期以来の転換期にさしかかっていると思います。自然と人間との関係に即してみて、14世紀は、先ほど「神から人へ」という文脈でふれた転換期だったと思うのですけれども、それと比較しうるほどの、自然と社会の関係の大転換期が現在明らかに進行しつつあると思います。(中略)これまでいろいろな形で天皇を支えていたもの、あるいは日本国という構造を支えていたもの、たとえば「瑞穂の国」の実体が根底から崩れつつある時期に入ってきていることは間違いないと思います。つまり私流の言い方になりますが、社会構成史的な次元でも、文明史的、民族史的な次元でも、この転換期を天皇はたぶん乗り切れないだろうと思います。ただ、それは最初申し上げたように、単純に近代国家としての日本の克服というだけではなくて、古代国家以来の日本そのものをのりこえたときに天皇は消えるのだと思うので、主体的には決して容易なことではない。非常に大きなエネルギーがいると思うのです。他律的に日本がほろびるのではなくて、本当に天皇を克服するという課題を達成するには、そうした大きな力が必要でしょうね。(5)
 1945年、天皇制が他律的に滅びなかったのは、天が日本人に、みずからの手で天皇制を克服させるために与えたチャンスだったのかもしれない。だが、この半世紀近くもの間、日本人はほとんど何もしなかった。かえって政府は、天皇制が生き残ったことでいい気になって、反動政治的動向を見せさえしていた。国民も、はっきりさせるべき所をはっきりさせず、曖昧なまま放っておいた。そのツケが、建国記念日となり、元号法となり、大嘗祭となってまわってきたのである。
 大嘗祭を、天皇制を批判するためには、まず自分自身のパラダイムを批判しなければならない。それなくしての天皇制批判など、何の解決にもなりはしない。自らの内に天皇制が生きている事を、まず素直に受けとめなければいけない。心の病気は、自覚しなければ直りはしない。自分一人を天皇制から解放せずして、どうして日本から天皇制を一掃できようか。

 天皇制、いいじゃないか。そのほうが生き易いのだったら、わざわざ「克服」する事もあるまい。……逆にそういう考え方もできる。それでも結構である。弱い者、少数派をないがしろにして「最大多数の最大幸福」をめざすのも、また生き方である。他人の主義主張にケチをつけられるほど偉くなったつもりはない。ただ、この天皇制に依って生きて、「しあわせ」になれるかどうか、その点についてだけは疑問を差し挟みたい。
 あまりカビの生えた言葉は使いたくないのだが、みんなで「しあわせ」になれなければ、本当の「しあわせ」ではなかろう。最大多数の最大幸福が本当の「しあわせ」とは思えない。それならば、多数派の最大幸福のために自分達の幸福を 纂奪された少数派は、どうすれば幸福になれるのだ。「最大幸福」などというものを追求すればキリがない。「しあわせ」の量には限りがある。誰かが満足限度を超えた量の「しあわせ」を欲すれば、どこかから奪ってくるしかない。かくして万引きから侵略戦争まで、さまざまな「奪」が人間世界には溢れている。
 別に「他人の事を思いやろう」などと道徳論をかましたいわけではない。自分さえ、一家さえ、一族さえ、わが国さえ良ければいいんだ、そう考えるのは構わない。エゴイズムがなければ人類などとうの昔に滅んでいる。ただ、自分がエゴイズム(エゴイズム的ナショナリズム)に走るのなら、他人のエゴイズムも容認するべきである。クウェート侵攻に遺憾の意を表明するなどもってのほか。また他人に自分の「しあわせ」を奪われてもガタガタ言うべきではない。この世の中に、「絶対不変」などというものは存在しない。ここ数年の歴史を見れば分かるだろう。今は搾取する側にいても、いつその立場が逆転するか、分かったものではない。その時に、略奪者たちに対し「弱者の権利」などふりかざそうと思ってはならない。かつて自分達が弱者に対してしたのと同じ応対が返って来るのは、今度こそ確実である。
 天皇制とは、じつはかえってハイリスクな生き方であるという事を知っておくべきだ。スリルに満ちた波乱の生涯を送りたいならともかく、「豊かに安穏と暮らしたい」ための秩序原理として天皇制を受け入れるのは、かなり無茶な話である。それよりはキリスト教的に「しあわせ」を全人類と共有するとか、仏教に走って必要最小限の「しあわせ」で充足して生きるとか、または全てを「アッラーの思召し」としてありのまま受容するとかのほうが、よほど気楽な人生が送れよう。温室育ちの我々日本人と違って、波乱万丈の歴史を持つ諸外国の人々は、如何なる時代、如何なる境遇にあっても通用する「しあわせ」追求法を知っている。……我々がいまだ天皇制にしがみついていられるというのは、非常に幸運な事なのかも知れない。
 

 天皇制の、そして日本人のパラダイムの鏡である大嘗祭。一年前の大論争は、鏡に映った自分の顔について云々したようなものである。鏡の顔に吐き気を覚えた反対派は鏡をたたき割ろうとした。自分自身の姿とも知らずに。結局、鏡はびくともしなかった。もし、仮に鏡をぶち壊せたとしても、自分の顔は直らない。「内なる天皇制」は全く克服されないままである。
 しかし、鏡に映っているのが自分自身だと気がつけば。そこに映る自分自身の、垂直にしか物の見えない目、「枠の外」からの叫びが聞こえない耳、長いものにぐるぐる巻きにされながら、大樹の陰に寄っかかった姿に気がつけば。そこからのリハビリは、それこそ「非常に大きなエネルギーがいる」作業であるが、それさえできれば……。
 その時にこそ、人々はこの鏡自体の美しさをも認められるようになるであろう。千数百年のはるかな古代から、ほぼ原型のまま受け継がれてきた、人類学的にも非常に価値あるこの鏡、大嘗祭は、日本だけでなくそれこそアジア諸国はじめ世界にも認められる伝統文化財となりうるであろう。
 鏡自体に、罪はない。鏡に映る顔こそが、世界の顰蹙を買っているのである。

 
 大嘗祭。斬れば斬るほど奥が深く、逆にこちらが吸い込まれていくような研究対象である。あちらこちらから滅多斬り、どこからでも斬り込めるから、面白いように刀が入る。しかし、致命傷は一太刀も入れられない。出血多量で死にそうもない。なおも半狂乱になって斬り続ける。……はっと気がつくと、なんと自分は「日本」という巨大な相手を切り刻もうと躍起になっていたのであった。
 いかなる切り口から大嘗祭を検証しても、その行き着く先は「日本」である。大嘗祭研究はすなわち日本研究なのであり、日本人の精神のエッセンスが大嘗祭には凝縮されているのである。
 事実、この卒論準備期間である一年の間に、いろいろなものが見えてきた。それまで22年間、日本で生きてきた間に直面した「世の中の色々な事」、その全てが、大嘗祭研究において一つにつながったのである。そして、少々日本では浮いているかな、と思っていた自分が、実はまぎれもない日本人だった事に気付いた。まさに「鏡」を目の前に突き出されたのであった。
 まだまだ無傷の切り口を残してしまったのは心残りである。とくに、大嘗祭はじめ一連の即位儀式の中で行われる、種々の細かい儀礼に付随する素朴な疑問、こうしたミクロな次元の検証ができなかったのは、自業自得だけに悔やまれる。だが、これら残りの切り口は、今後の課題としてとっておくのもまたいいだろう。大嘗祭研究は、それこそ卒論ごときで済ませてしまえるものではない。一生の楽しみ、もとい、一生の研究課題としてしかるべき題材である。そして、新たな切込みを入れるたびに、また新しく、日本人の「何か」が見えてくるのである。
 次の大嘗祭まであと数十年、その間に我々はどれだけの「何か」を見いだせるのだろうか。

 「鏡」は、ただ静かにその時を待っている。

 

 


 【注】

 1. 岡田荘司 『大嘗の祭り』 1990 P.29-30。
     崇徳天皇の大嘗祭(1123年)は記録によると「摂政(藤原)忠通はね
    むくて憤(むつが)られる天皇の介添をし、悠紀殿の儀を終え、廻立殿
    に戻ると、待機していた白河法皇は密々に御菓子を幼帝に差し上げる」
    といったすごいものだったらしい。ちなみに、岡田荘司氏の「寝座秘儀
    否定論」はこの記録がもとだと言う。幼帝がおねむなら悠紀主基殿内の
    寝座で仮眠させてもいいものを、全く使用していない。ということは、
    寝座は「客人としての神祖がお休みになられるために見立てられた神座
    であり、ここには天皇といえども近寄ることはなかった」(P.31)、と
    言うのが氏の説。
     着眼点は悪くないし、女帝・幼帝の存在をふまえると、聖婚儀礼の否
    定などもうなずける。折口信夫に始まる「秘儀」説へのアンチテーゼと
    してはなかなか面白いのだが、折口批判が折口「非難」にまでエスカレ
    ートしてしまっている点は否めない。 →本文へ戻る
 2. "The Emperor's New Pose" Newsweek November 26,1990 P.30。
     外国人、とくにマスコミや有識者の皇室観は、残念ながら、総じて
    「甘い」と言わざるを得ない。天皇を西洋のパラダイムで捉えようとす
    るから、どうしてもイギリス王室などと同一視してしまう。その種の天
    皇認識の甘さかげんは、既に第三章で述べた所である。こうした「ヨー
    ロッパの枠」にとらわれた思考パターンが、昭和天皇やサッダーム・フ
    セインをいとも単純にヒトラーとオーバーラップさせてしまうのである。
      →本文へ戻る
 3. 「天皇制の過去・現在・未来」 P.198 →本文へ戻る
 4. 同上 P.199 →本文へ戻る
 5. 同上 P.199-200 →本文へ戻る


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