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聖書の暗号 (原題:THE BIBLE CODE) マイケル・ドロズニン著 木原武一訳 新潮社刊 1997年8月30日初版発行 今をさかのぼること半世紀前。チェコ出身のラビ(ユダヤ教の教師)・ヴァイスマンデルが、旧約聖書最初の五書、いわゆる「モーセ五書」――創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記――の文字を何字かおきに読むと、《トーラー(=律法)》や《ヤハウェ》等の神聖な単語が現れる事に気がついた。 生涯をかけた地道な分析の末、師は同様な数百のパターンを発見したのである。……ヒマな奴と笑うなかれ。ラビにとって、聖書の神秘性を実証する事は神聖な作業なのです。 1980年代に入り、イスラエルの数学者リップスと物理学者ウィツタムが、ヴァイスマンデル師の時代にはなかった文明の利器・コンピューターを駆使し、トーラーのテキスト30万字余りを一定間隔に並べて表を作ると、ユダヤの賢者の名と生年月日や、たとえば《イツァーク・ラビン》と《暗殺》という文字が近接して現れるなど最近の出来事を予言した単語群(人名・地名・年号他)=暗号が多数見つかるという論文を発表。 その学説にすっかりハマった米のジャーナリスト、M.ドロズニンがさらに「予言」を検索した結果、最終戦争から彗星の木星衝突(え?)、はては恐竜の滅亡に関する暗号まで現れた(おい!)。 それら衝撃の暗号の数々をまとめ上げたのが、本書『聖書の暗号』だそうです。 まぁ要するに聖書をダシにした暗号ゲームですが、刊行以来三刷も四刷も六刷も八刷も版を重ね、いまだに平積みにしている書店もあります。一方では頭脳組合『ノストラダまス』のような良書が初版も売り切らず店頭から姿を消しているというのに……日本の出版事情は狂っているとしか思えません。 この本には、99.99%の日本人にとって未知の言語であるヘブライ語が敷き詰められた、「暗号表」が頻出します。一般の読者は読み飛ばしている所でしょうが、あえて「暗号」を味わうためにも(意地悪)、ここで、ヘブライ語の基礎的な特徴を簡単に紹介しておきます。 まずヘブライ語には母音にあたる字(A/E/I/O/U)がありません。たとえばエルサレムは「YRWSLM」と表記します。子供用の絵本などには各文字に母音記号が付されていますが、普通に教育を受けたユダヤ人は記号がなくてもイェルシャライムと読めます。ちょうど日本人が、漢字にルビを振らなくても熟語を読めるようなものです。 したがって、「広島」は「HRSM」という綴りになりますが、この本は母音記号というものの存在を完全に無視していますので、読もうと思えばハルサメとも読めます。だから、暗号文に「HRSM」と現れたからって、それが広島の事を表しているとは限らない。実は暗号の作者は1945年に原爆がどこかの春雨工場を破壊した悲劇を予言していたんじゃないか、という解釈もできます(←それじゃ『ノストラダまス』だよ!)。 そしてヘブライ語アルファベット22文字には各々1から400までの「数価」があり、数字を使わずとも文字で数を表す事ができます(オカルトでおなじみの数秘術などにもこの数価が利用されている)。暗号文中の「年号」(と著者が言っている部分)も数字や言葉ではなくこの数価で表されています(例:HTSNW=5,400+300+50+6→5756)。要するに聖書のヘブライ文字は全部数字に置き換えられるわけで(笑)、組み合わせ次第でほぼ無限の年号を導き出す事が可能です……っておいこら! いちおう年号はユダヤ暦でカウントして「それらしさ」を演出していますが、これがまたズサンで。たとえば《日本》《原爆によるホロコースト(暗号表では「ホロコースト」じゃなくてちゃんとヘブライ語の「虐殺」にあたる「ショアー」SW'H になっている所はまぁほめてあげよう)》と一緒に《5705年(西暦1945年)》という年代が現れているという【暗号表45】を見ると、「705」としか書いてない。1997年を「'97」と表記するように千の位は省略してオッケーと思っているんでしょうが、数千年単位のスパンで書かれた予言が年号の千の位を省略しちゃ何の役にも立たないと思うんですけどねぇ。 ついでにツッコむと、「広島」は「原爆が投下された年と同じ 1945字の文字間隔で記されている」(P.123)んだそうですが、何故ここだけいきなり西暦になるんだコラ。 ……とまぁヘブライ語とはかように柔軟な言語なのです。聖書テキストに付されている母音記号を無視してしまえば、コンピューターで任意の単語を検索、他の関連単語も近接する都合のいい箇所を探すだけで、暗号など「発見」し放題です。もちろん、既存の暗号表から新たなキーワードを探す事だって可能です。 たとえば編者の調査では、ラビン暗殺を始め大半の暗号表に《日本 YPN》が現れるという衝撃の事実が突き止められています。おお! 歴史上の大事件の裏に潜む日本の陰謀が、聖書の告発によってついに白日の元にッ! ……きっとこういう邪悪な遊び方をされたくないから、この本の著者と編集者は本書にヘブライ語アルファベット表を載せなかったんでしょう。でなければ、旧約聖書学の専門書ならいざ知らず、読者の99.99%がヘブライ語を読めない事ぐらい百も承知の一般書に肝心のアルファベット表を付さないという、不親切きわまりない編集方針の理由が説明できません。原書『The Bible Code』にもアルファベット表が載っていない所を見ると、原著者ドロズニン自身の確信犯と思われます。 その他、トーラーに入ってない「イザヤ書」や「ダニエル書」などにも「暗号」が隠されていたり(【暗号表13,36,60】他)、まだ原子(atom)の概念が生まれてない時代の文書に《原子力 ATWMYT》なんて単語が隠されていたり(「その単語自体も予言されていたのだ」と言われちゃ仕方ないが)とツッコミどころには事欠きませんが、詳述するとキリないので、重箱の隅つつきをあと一回だけ。 注 P.259の上段2行目。「ヴァヴ(W)とヨッド(Y)は省略される事がある」というのは事実その通りですが、なんと「ヴァヴ」と言って書いてあるヘブライ文字がどう見てもレーシュ(R)なんです。上の横棒が短いか長いかだけの違いで、まぁド素人目には似てなくもないですが、少しでもヘブライ語を読んだ事のある人なら死んでも犯さない間違いです。ヘー(H)とヘーツ(こっちもH)を間違えるならともかく。 ちなみに原著も参照してみたが(うっわー意地悪)、そっちの同じ箇所にはヘブライ文字表記がなかったので、訳者か新潮社の編集担当者のどちらかが、わざわざ親切でヘブライ文字を追加してくれたんでしょう。間違いだけどな。 いずれにしても、最終的に校正の責任を負う編集者にヘブライ語の素養が無いのはほぼ確実です。次の版では直してくださいね、『トゥナイト2』の「予言本特集」(1997年9月15日オンエア)に得意げに出演していた編集者殿(笑)。 ああっ、それにしても、同じ番組の同じコーナーで紹介されながら、こんな大雑把な本が売れる一方、著者も編集者も『百詩篇集』を研究し尽くし(笑)、ネタ的に練りに練って製作した超力作『ノストラダまス』が売れないなんて、俺にはどうしても納得できぬ!!(しつこい) 何にせよ本書に紹介された予言解読法の最も困った所は、最初に特定のキーワードを得て検索しない限り、聖書の中にどんな予言が隠されているか知る由もないという点です。つまり、ラビン暗殺や広島の原爆など、すでに起こった事件のキーワードならいくらでも検索できますが、未来に起こるであろう予想外の事件事故に関する予言は探しようがないのです。つ、使えねぇー……(涙)。可能なのはせいぜい、たとえば《日本》と《滅亡》が一緒に出てくる箇所を検索して、そこから他の関連単語を探し「予言」と言い張るぐらい。 ……何かどこかで聞いたような話ですね。そう、凡百の「ノストラダムスの大予言」解読本と同じ構造です。結局この手の本は似たようなパターンになるようです。予言が外れた時も、やっぱり同様にシラを切るんでしょうな。 それにしてもこんな素敵な本が徳●や光●社やた●出版ではなく、教養書籍に関しては定評のある(はずの)新潮社から出版されているってんですから、いい時代になったもんです。あの国際的トンデモ本『イエスのミステリー』を発行したNHK出版といい、こと宗教方面においてはミソとクソの区別もつかない日本人の教養のウスさを象徴してて嬉しくなります。 しかも、ほとんどの読者が明らかに内容を理解せずに評価しているという狂った現状、こちらにも黒い喜びを禁じ得ません。どの新聞雑誌の書評でも問答無用で「トンデモ」呼ばわりされ(していなかったのは『ムー』の書評欄ぐらいである)、そのくせ「それでも知的好奇心をくすぐられる一冊である」とか評されていましたが、どうせ、ヘブライ語の暗号表とか等距離文字列とかΣを使った数式とか、評者にはチンプンカンなタームに眩惑されて、「よくわからんが案外学術的な本だ」と錯覚させられている、ってとこでしょう。一般人には意味不明なヘブライ語暗号表や確率・統計の式に関する論文さえ除けば、そこらの予言本とどこも違いませんからね、この本。結局、『百詩篇集』や黙示録なんかのかわりに目先を変えて旧約聖書をダシにしたというだけの話ですわ。 余談ながら著者のドロズニンは、リップス&ウィツタムの両人から「誰も『聖書の暗号が最終戦争を黙示している』なんて言っとらん」と非難され(1997年6月エルサレムでの記者会見より)、ヘブライ語を解するイスラエルの学識者たちからは本書の計算の妥当性を大いに疑問視され「ゴミ」「たわごと」など散々言われてるそうです(Jerusalem Report 誌 1997.9.4号)。まぁ、こんだけ売れてりゃ何言われたって気になんないだろーけど。ああうらやましい。
【『大宗教学第拾号』(1997年12月発行)初出】
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