翔ちゃん空をとぶ

牧奈一慶著
勁文社/1992年12月10日第一刷発行/新書判187ページ/本体728円+税
ISBN4-7669-1730-8 C0293


 十数年ほど前、『翔ちゃん空をとぶ』なるアニメ映画のキャストを公募する広告が、幾度か新聞各紙に掲載されたのを覚えている人も多いだろう。見るからに胡散臭そうな企画だったが、本作はちゃんと製作され、実写映画『200X年・翔』とともに1992年公開、なんの話題にもならず歴史の闇に消えている。アニメは当時オーディションで選ばれた素人同然の女の子たちが声をあて、作画はやる気なく脚本もタルい、どうでもいい作品であった。が、実写のほうはコンビ結成前のKinKi Kidsほか宍戸錠、渡嘉敷勝男、ダチョウ倶楽部ら微妙な豪華キャストが揃ったお宝怪作で、ヤフオクでベラボウな高値がついたことなどから2001年めでたくDVD化までされている。
 本稿で紹介する『翔ちゃん空をとぶ』は、アニメではない。そのオーディションを主催したピーターブラザーズ代表・牧奈一慶氏みずから原作として書き下ろした、人類愛にあふれた渾身の中編小説である。
 評者はまだこの原作とアニメしか目にする機会に恵まれていないが、断言する、たぶんこの原作が一番オモシロイ。最初読んだ時など笑いすぎて死ぬかと思った。裏モノ界では映画の胡散臭さばかりが話題になっていたが、原作がこんな抱腹絶倒のヘッポコSF(と呼んだらSFの人に殺されるぐらいひどい)だったことを知っている方はほとんどいないだろう。それは勿体ない。
 評者の力量であのオモシロサをどこまで再現できるか自信はないが、もう黙っていられない。とにかく俺の話を聞いてくれ。


 名門ミッション高に通う早瀬百合(16歳)は、大学生・聖翔太(18歳)との結婚を控えていた。百合は考古学者の父とお花の師匠の母を持ち、翔太の父は推理作家、母は社民党(注:1992年当時は架空の党名)のマドンナ議員。そんな経済的に恵まれた家庭環境をいいことに、2人とも学校辞めて働きに出るでもなく、親のスネをかじりながらのうのうと結婚生活を送るつもりらしい。ふざけんな。
 だが本編に入ると、そんな理不尽な設定への怒りも忘れ去る異常事態が発生する。以下は第1章冒頭、2人のデート中の会話である。


「翔太、わたしの瞳きれい?」
「いまさら、何でそんなことを聞くんだ。きれいに決ってるじゃんか」
(p.15)


 ここでページをめくった途端、どういうわけか2人の口調がガラリと豹変する。


「だって……。ダチのミホがさぁ、アチシの瞳がジップの瞳に似てまんまるでピカピカ光ってるって言うんだもん」
「何それ。ジップって誰かのニックネーム?」
「違う違う。フランス語で毛並みのいい猫の愛称のことを“ZIP”っていうのよ。アチシのダチ、チンチラの雌を飼ってるの」
「チンチラって、よくコマーシャルに出てくる毛の長い猫だね。なら、かわいいじゃん。似ているって言われてもいいじゃん」
「だってぇー。アチシ猫嫌いだもん。いやーよ。あんなお尻にウンチくっつけて歩くヤツ
「ハァッ、ウンチ?」
「うん。ペルシャ猫ってさ、毛が長いでしょ。で、猫ってトイレへ行ってもケツ拭かないジャン。だから、くっついちゃうのよ。もーっ、イヤッ」
何を言うちょるばい。ガー子ったら
(p.16)

 牧奈先生的には1992年当時の、そのへん歩いてるガキの口調を忠実にコピーしたつもりなんだろうが、いくら事実は小説より奇とは言えここまで頭悪そうな会話はやりすぎである。ガー子って何だガー子って。お前こそ何を言うちょるばい。


 百合は翔太にぶつ真似をした。その細くしなやかな腕をとらえて、翔太はガバッと百合にくちづけをした。周りのアベックが、
アリャーッ
 と大きな声をあげて二人の方を見た。
「いいわね。最高にさわやかで明るいカップル。わたし達もあんな恋がしたい」
 同年代と思われる女の子三人組みがうらやましがった。
 男の子三人組は、
「チックショウ。恋人がほしいよ!」
 と、妬んだ。
 散歩をしていたお婆さんは、思わずメガネを、お爺さんは、入れ歯を落とした。
 子犬を連れてシャナリ、シャナリと歩いていたザァマス奥様は、
「ウン、まぁーっ」
 と頬を赤くした。ワンワンと吠えたてる小犬。実に、平和な昼下がりの公園である。
(p.16,20)

 もう一度言うが、1992年の作品である。どこから突っ込んだものか悩んでいるうちに、親のスネかじりのことなど銀河の向こうへ飛んでいってしまうという寸法か、実は何かの策略なのではとすら勘ぐってしまいそうになる。てゆうか誰か助けてください。あ、いちおう書いておきますが、送り仮名の不統一は全部原文ママです。
 以降、お互いの両親に挨拶(第1章)、高校で級友たちに祝福される百合(第2章)、自分の全裸に陶酔し鏡の前で踊りだす百合(第3章)、牧師のニセ外人喋りがうるさい結婚式(第4章)、新婚旅行&初夜(第5章)と、各シーンがこんなかんじのグダグダな文章で綴られるのである。読者諸氏の精神衛生に配慮し、ここからは引用を最小限に抑え、あらすじのみ紹介する。

 新婚旅行先で結ばれた2人の間には十月十日の後男の子が授かり、翔太の父により安直に「翔」と名付けられる。だがこの翔ちゃん、生後3か月で立って歩くわ乳歯も生え揃うわと、異常に発育が早い。
 そこで百合の友人の霊感少女・浅野久美子が、「何か分かるかもしれない」と翔ちゃんに対し当然のようにテレパシーを試した(百合も全く疑問に思わない)ところ、「翔ちゃんは宇宙人の子供」という衝撃の事実が判明。おまけに久美子のテレパシーに刺激された翔ちゃんは、マンションのベランダからおどり出し、そのままスーイスーイと空を飛んでしまう。とんだヤブヘビである(第7章)。
 翔ちゃんの空中浮揚を近所のみなさんに見られてマスコミにも狙われ、マンションにいられなくなった百合は、翔ちゃんを連れて、翔太の兄・浩一が師事する天文学者、大河内敬三の天文学研究所(←「天文台」でないところがポイント)に逃げ込む(第8章)。この大河内博士もまた当然のように「テレパシーで宇宙人とも話をしたし、UFOもカメラに納めている」(p.84)と口走る大変なおっさんで、やはり翔ちゃんからテレパシーで事情聴取しようとする。本作のサブキャラはこんなのばっかしなのか。
 翔ちゃんのテレパシーを日本語に転換した翻訳マシンは、さらにとんでもない事実を語りだす(第9章)。なんと翔ちゃんは、地球人の先祖にあたるユリウス星人が、新婚旅行先の温泉で百合と「ドッキング」(p.92)してはらませた子供だったのだ。


「というか僕はユリウス星の生体技術の粋を集めて、ユリウス星の人造カプセルによって染色体を百合お母さんのお腹を借りて実験された地球人とユリウス星人の数千年ぶりの受精だったのです」
 百合は頭を抱え涙をポロポロ流した。何が何だかちっとも分からない情けない気持ちだった。
(p.89, 92)

 翻訳マシンのせいかもしれんが、日本語になってません。評者も何が何だかちっとも分からない。百合ならずとも頭を抱えたくなる。「ヒドイ、余りにもヒドイわ」(p.92)。気持ちはわかるぞ、いろんな意味で。
 ユリウス星は核戦争でボロボロに汚染され、その影響で翔ちゃんたちユリウス星人は、成長こそ早いが地球人で言う10歳前後で成長が止まり、平均寿命も15年になってしまった。そんな犬か猫のような生態をなんとかするため、再び母星の環境汚染が回復するまで地球に居候させてもらうため(ユリウス星人は総勢3000人しかいないので土地問題は心配ないそうだ)の架け橋として、ユリウス星人は百合に翔ちゃんの種を仕込んだのである。父親の翔太がいたら「ヒドイ、余りにもヒドイわ」どころじゃない修羅場になってただろう。
 さらに、ユリウス星を滅ぼした連中は自分たちだけデビル星というわかりやすい名前の星に移り住み、首領・ミスターXのもと、地球侵略を目論んでいるという。すでにNPA連合なる地球人の売国組織まで結成されているらしい。なお、ミスターXもNPA連合もこの先一切登場しないので忘れていいです。
 ちなみに本書の題にもなっている最大の謎・翔ちゃんが空を飛べた理由は、地球とユリウス星では「空気の密度が違う」(p.95)からだそうである。なめとんのか。
 そこへ突然ユリウス星のUFOが飛来、翔ちゃんはそのまま実の父に連れ去られてしまう。半狂乱になる百合を「行かせてやりなさい」となだめる大河内博士。こいつもはや宇宙人の毒電波に洗脳されきってます(第10章)。

 翔ちゃんがカッコウの託卵よろしくユリウス星へ去ってから2年。日本中で子供による暴力事件が激増していたが、それはそれとして百合は旧軽井沢の別荘で、翔太とともに傷心の日々を送っていた。過酷な経験で少しは精神的に成長したか、さすがにもう「アチシ」とか「ガー子」とか言ってない。そもそも第1章のあのアバズレ口調には何の意味があったのか。
 そんな百合の前にあのUFOが再び飛来。見た目12歳ぐらいに成長した翔ちゃんが帰ってきた。感動の再会もそこそこに翔ちゃんは、ついにデビル星の地球侵略が始まったことを告げる。実は子供たちの非行化もゲーム脳ではなく、「デビルの化身」・亜子(あこ)がばらまいた悪魔の細菌・チビノール菌に自律神経を冒されたせいだったのだ。
 チビノールに感染した子供はほっとくと大人たちをいじめ殺してしまうので、焼き殺すか、「同じ子供の純粋な世界平和を願う気持ち」(p.105)で理性を取り戻させるしかないのだ。
 とりあえず穏当な後者の方向で対策するため、翔ちゃんは翔太の母(マドンナ議員)の口利きで総理大臣にかけあった。かくして地球子供防衛隊「フラッシュチャイルド」(以下「FC」と表記)の全国オーディションが、日本政府主催で大々的に開かれることとなり、まだ感染してない大勢の子供たちが公募に応えた。
 書類選考を通過したオーディション参加者は受付で参加記念のFCバッジと翔ちゃんの写真入りパンフを渡され、翔ちゃんの2歳児らしからぬ世知長けた司会術でリラックスしながら審査員の前で自己アピール、それを見て満足げに翔ちゃんが「宇宙手帳に二重丸のサイン」をする(p.111)など、人類存亡を賭けた戦士の選抜試験というよりはどう見てもスター誕生か国民的美少女コンテストかというノリである。
 自ら芸能プロダクションを主宰している牧奈先生だけあって、選考会風景の描写には中途半端なリアルさが漂う。てゆうかそんな大事な選考会なんだから極秘にやればいいものを、ホリプロスカウトキャラバンよろしく全国12か所の予選会場を回り、おまけにオーディションは全国中継されるのである。牧奈先生の別の願望が見え隠れしている気がしてならん。
 案の定、最初の選考会が行われていた博多会場に亜子(やっぱり見た目は小学生)が乱入してきた。ほら言わんこっちゃない。パープルスティックから殺人光線を放ち機動隊をなぎ倒す亜子。しかしこの襲撃は翔ちゃんに撃退される。翔ちゃんはユリウス星への帰省中に「バイオテクノの洗礼」(遺伝子レベルの改造みたいなもんですか)を受け、肉体強化していたのだ(第11章)。だが、翔ちゃんは強靱な肉体を手に入れた代償に、ただでさえ短い寿命が余命3年とさらに短くなっていた(第12章)。犬猫どころかもはやハムスターである。
 全国18か所(数が変わってるが原文ママである)の予選を突破した500名の子供は決勝会場の東京ドームに集結、厳正な審査の末20名のFC正隊員が決定した。なお、これに加え50名の予備隊員が選ばれ、残り430名も「メイツ隊員」として登録される。なんか登録料だけぼったくって仕事の世話もしない悪徳芸能プロか派遣ホスト業者の手口を連想するのは気のせいですねすいません。
 視聴率100%で全国中継されるFC任命式に、またもや亜子が手下のデビル星人を引き連れ攻めてきた。日本政府と翔ちゃんに学習能力を期待するのは無駄なのでしょうか。亜子は今度はユリウス星の放射物質を翔ちゃんに照射。クリプトナイトに弱いスーパーマン以来のお約束に基づき激しくピンチに陥る翔ちゃん。だが、百合、翔太、「ユリウス星の聖なる父」(p.131。どのへんが「聖なる」のかは最後まで不明)の声で我に返った翔ちゃんは、変な笛・ピロニカを吹く。突如うわーっギャーッと苦しみ出す亜子とデビル星の皆さん。翔ちゃんは辛くも再び勝利を収めるのだった(第13章)。
 この後、チビノール菌の特効薬・SIDATの人体実験のエピソード(第14章)が挿入されるが、SIDATもこの先一切出てこないので忘れていいです。

 第15章で、いよいよデビル星の本格侵攻が始まる。速力・運動性に勝る黒いUFOの編隊の前に自衛隊機はなすすべもない。翔ちゃんはFCの声援を背に受けて(FCは声援するだけで全く戦わない)UFO撃退に向かうのだが、逆に「水爆と同じパワー」の「デビル星放射光線」(p.145)を食らい、1ページで東京湾に墜落。最大の邪魔者を始末したデビル星人の総攻撃で、東京は廃墟と化した。
 失意のどん底にあった生き残りの避難民たちは、しかし、翔ちゃんが亜子との第2戦で吹いたピロニカのメロディ「静のテーマ」を合唱する。この曲にはチビノールの症状を緩和する効果があるのだ。だしぬけに一人の少年が、父親をバットでぶん殴り植物人間にした挙げ句見捨てて逃げてきたことを涙ながらに懺悔する。他の子供たちもチビノールを克服していく。大人たちも「汚れのない心を取り戻した」(p.149)。ここ、一応本作中一番の感動シーンですので。
 そこに翔ちゃん、FC隊員、「偉大な翔の父、ゴッドファーザー」(p.151)を乗せたユリウス星のUFOが現れた。ちなみに挿絵がないので誤解しがちだが(牧奈先生自身忘れている可能性が高いが)、このゴッドファーザーも見た目は小学生のはず。翔ちゃんとの会話も、セリフだけ読めばなんてことはないが、小学生同士で「お父さん」「翔」と呼び合っているシーンを想像すると、学芸会みたいでけっこう気色悪い。アニメに翔の父が登場しなかったのもむべなるかなである。
 このとっちゃん坊やは避難民たちにえらそうに、地球のみなさんその愛の心を忘れないでくださいとか何とか説得力のない演説をぶつ。また彼らも「汚れのない心を取り戻した」だけに素直に感涙にむせびまくる。「ユリウス星UFOの特殊ハイテク技術で再建されたテレビ放送でその様子が放映され、それを見た人々も泣いたことだろう」(p.151)。そんなハイテクがあるなら、もっと先に再建するものがいくらでも……と抗議したくなるのは評者の心が汚れているせいか(第16章)。
 ついに翔ちゃん軍団の反撃が始まるのだが、このUFO同士の空中大決戦が、ISBNのついた商業出版物として許される範囲をはるかに超えたすさまじさであった。「レーダーミサイル」(p.155。対レーダー破壊ミサイルではないらしい)、「レーザーミサイル」(p.156他。レーザー誘導ミサイルではなく、どうも光線兵器らしい)など牧奈先生自身よくわかってない謎の兵器だけでなく、その戦闘シーンももはや(別の意味で)映像化不可能な代物である。
 富士山上空での第1ラウンド、ユリウス星のUFOが黒いUFOの集中攻撃にさらされたため、翔ちゃん軍団は総員宇宙ボートで脱出、母船を遠隔操作しデビル軍団を攻撃するという奇襲に出る。だが戦闘が終わってみると母船は「ユリウス星の第一級のテクノ技術」(p.163、なんだ「テクノ技術」って)のおかげでほとんどダメージなし。じゃあそのまま母船に乗っていたほうが、戦闘中に危険を冒してボートで脱出なんかするよりずっと安全だったのではないか。ゴッドファーザー、あやうく判断ミスで軍団全滅させるところでした。
 さらに第2ラウンド、東京上空に舞い戻った亜子のUFOを、翔ちゃんのUFOはなんと電子網で捕まえ、そのまま10万光年彼方の「銀河宇宙圏」(p.164)へワープ。太陽系から10万光年も離れたらすでに銀河じゃないような気もするがいいですもう。翔ちゃんも「このさい絶滅させましょう」(p.164)と、悪人とは言え仮にも元同胞のデビル星人に対し容赦するそぶりすらない。余命3年だけに短気なことである。
 しかもマヌケなことに網を切られ(切られた電子網が宇宙空間をユラリユラリ漂う牧歌的シーンにも目眩がする)、おまけに亜子のUFOだけ捕らえたはずなのになぜか他の僚機まで全部ついて来てて、翔ちゃん軍団宇宙の彼方でまた袋叩き。ここでゴッドファーザーは必殺兵器・宇宙砲の使用を決断する。
 この宇宙砲、ヘッポコな名前のわりには威力が大きく、そのぶん発射時の反動もバカにならない(明治時代の砲艦じゃあるまいし、そんなオーバースペックな兵器積むな)。船に与えるダメージを受け流すためには、FC隊員たちが各々の持ち場で防御ハンドボタンと防御フットボタンをしっかり押さえ続けなければならない。そう、FCがあんな大袈裟なオーディションまで開いて全国から選ばれ、過酷な特訓に明け暮れてきたのは、ガレー船漕ぎのようにUFOのボタンを押し続けるためだったのだ! これでなぜ誰も「ふざけんなこのクソ宇宙人!」と怒鳴り出さないのか不思議でならないが、人並みの自我を備えた子供はたぶん書類選考の時点で落とされているのだろう。
 ともあれそんなこんなで宇宙砲発射、デビル星のUFOは亜子の乗機を残し全滅、亜子は地球(それも律儀にまた東京)へ逃亡した。上野公園に逃げ込んだ亜子とその部下を、翔ちゃんとFC隊員はジワジワと追い詰める。ヤケクソで取り出したコバルト爆弾も不発に終わり、観念した亜子はゴッドファーザーの部下に手錠をかけられ連行されていった。10万光年を股にかけたスペースオペラからこの落差に、どう対応しろと(第17章)。

 デビル星人との戦いは終わった。しかし、亜子との戦いで思いきり被爆し、あと3年の寿命が1年に縮まってしまった翔ちゃんは、「残り少ない人生」(※2歳児のセリフです)をユリウス星で静かに暮らすことにした。
 「だったらなおのこと、後一年を親子三人で楽しく暮らそうじゃないか」(p.183)「今度はわたし達が、翔に楽しい毎日をプレゼントしたいわ。一年で百年分の充実した毎日にしましょう」(同)と慰留する翔太と百合。
 ここで翔ちゃんは、本作中初めて子供らしく泣きじゃくる。本当は僕も地球で暮らしたい、だけど死んでいった人たちのことを考えると僕だけが幸せにはなれない。だが両親は叫ぶ。そんなに自分を痛めつけるのはよせ、翔は充分みんなのために戦ったじゃないか。揺れる翔ちゃん。
 だがそこにユリウス星からの迎えが到着、翔ちゃんは迷いを吹っ切る。もしも僕が地球に残って、衰弱していく姿を両親に見せた末に先に死んだら、2人をもっと悲しませることになるじゃないか。
 「さようなら」。逃げるように部屋を出る翔ちゃん。泣き崩れる百合、涙を止められない翔太。千切れんばかりに手を振る百合の級友、FC隊員たち、翔太と百合をあとに、翔ちゃんを乗せたUFOは、満天の星空へ吸い込まれていった。
 ……このエピローグだけ切り取って読むと、正直、評者もちょっともらい泣きしてしまう。だが惜しむらくは、ここに至るまでの過程が過程なだけに、全体通して読むとこの感動のラストも一切台無しにされてしまうことである。「終わりよければ全てよし」とは言うが、終わり以外全部ムチャクチャでは取り繕いようがない。そもそも終始超人然としていた翔ちゃんに最後の最後でいきなり内面吐露されても、今さらどう感情移入すればいいんですか。


 本書の入手は極めて難しいため(版元の勁文社も2002年4月19日をもって倒産)、便宜上、浜村淳先生のごとくあらすじをほとんどバラしてしまった。だが、現物の破壊力はこんなものではない。できることなら、トンデモの神様の導きを祈りつつ古書店をしらみつぶしに探し回るか、復刊ドットコムの「『勁文社』復刊特集ページ」で提案してあと99人同志を集めるかして、なんとか実物を読んでみて欲しい。
 ちなみにアニメ映画では、まことに残念ながら原作にあった上記数多の超絶バカ部分がことごとくそぎ落とされてしまっている。翔太が学生でなくサラリーマンになるなど設定が常識的な方向に改編され、ゴッドファーザーのみならず百合の霊感友達やトンデモ天文学者など魅力的なキャラが一切出てこない。FCなんか隊員オーディションはおろか存在そのものが抹殺されている。笑いどころは、亜子のなさけない死にざまと、「翔ちゃんしょしょしょしょ空をとぶ〜」という『仮面ライダースーパー1』を物悲しくした感じの主題歌ぐらいだろうか。脚本家の気持ちも分かるが、評者としてはやはり原作に忠実にアニメ化してほしかったぞ。



【初出:『と学会誌12』(2003年12月)、ごく一部加筆】