手渡そう 子どもに生きる力
北海道余市〈恵泉塾〉での体験から


水谷惠信著
キリスト新聞社/2003年3月10日発行/952円+税
ISBN4-87395-375-8


 著者の水谷氏は、札幌の私立高校で国語教師を22年間勤めていたが、1996年職を辞し、北海道余市の「恵泉塾」で、農業共同生活を通して悩める若者を癒している。本書は「手渡そう子どもに生きる力」と題した一連の講演を再録した講演集である。
 だがここでは「恵泉塾」はどうでもいい。その前歴が問題である(俺にとっては)。
 水谷先生の元の赴任先は、東海大付属第四高等学校。……
 イワオの母校じゃん!
 本書刊行前にチラシで著者プロフィールを見た俺はピンと来た。えーと、1996年まで22年間勤めていたということは……イワオが在学してたのが1985年4月〜1988年3月だから……
 イワオ教わってるじゃん!
 で、買ってみた。ええそれだけの理由ですが何か。
 そして、何かイワオにかかわる発言はないかと(笑)講演を順々に読んでいった。「心の健康の秘訣」「家庭教育の基本」「神のいのちに触れる」「聖書を生活する」「苦しむクリスチャン」……ああ、当然だけどほとんど「恵泉塾」の話しかしていない。ええい「恵泉塾」はいい、イワオを出さんかー! テム・レイのような心境で、最後の講演「いのちの源につながる」を読んでみた。すると、半分過ぎたあたりで。


 高校教師をしていた時、野球部に入ってきた少年がいました。(p.189)

 野球キター!(狂喜)
 ここまでイワオのイの字も出てこなかったんで、この程度のかすかなフックでも俺の胸はドキドキ高鳴りまくる。読み進める俺。


 彼は、ものすごく野球が好きでした。でも、得意なものは野球しかないんです。勉強はほとんどしません。ところが、なかなか野球部のレギュラーになれない。心が腐りきって、ついにいろいろ悪いことをしたわけです。警察のご厄介になることもしました。甲子園に出るためには、そういうメンバーがいると、たとえ地区大会で勝ったとしても甲子園には出られないんですね。それで、野球部として彼を除籍処分にしました。(p.189)

 ああ、高校野球特有の不条理ですね。プロなら選手の不祥事は選手個人の責任で、チームにはなんの関係もない。杉山がおねーちゃん暴行したってジャイアンツが日本シリーズ出場停止になることもなかったし。


 彼は野球部に入るために高校に進学してきたものですから、もう高校には行きたくない。「世の中に出たら、高校卒業ぐらいの資格は必要だ。我慢して学校に行け」と言う親と意見が対立して、彼は家出をしました。お父さんが、何とか探して家に連れ戻したのですが、彼はがんとして学校に行かない。家の中は真っ暗ですね。
 今までは、「うちの息子は野球の強い、あの学校で野球をやっているんです」と言って、鼻高々だったお父さんが、非行少年になってしまった息子を「人前にさらせない。こいつは家の恥だ」と思うようになってしまいました。私は担任でしたから、何度も何度も彼の家に行って、「君、高校だけは卒業した方がいいんじゃないの」と説得したんです。やっとしぶしぶ承知して、心は置き去りに身体だけ学校に運んでくるという高校生活をするようになりました。
(p.189-190)

 目撃ドキュンなお話、目頭が熱くなります。


 ところが、現金なもので、彼がおとなしく高校生活をしていたら、野球部でまた彼が欲しくなったんです。「あいつの足が欲しい」と、彼がなぜ野球部に復帰できたかというと、その時代は野球部全体が弱かったからですね。「このチームは今年は、甲子園どころじゃない」、「地区大会で負ける」と、世間でそう思われていました。(p.190)

 はー、そんなことがあったんですか東海大四。ひでぇ話。つうか何年ごろか知りませんが、そんなに弱かったんですか東海大四。ちなみに「地区大会」というのは、南北海道全体の地区予選ではなく、そのさらに前の、札幌ブロックの予選にあたります。


 ある時、野球部の生徒が、「先生。先生は、キリスト教の教会をやっているそうだけれども、キリスト教の神に祈ったら勝てるか」と言ってきたんです。「そんなにうまくいくものか」。「でも、神さまって何でもできるんじゃなかったのか」。「いや、そりゃそうだけれど」。「祈って勝てないの」。「ちょっと待ってくれ、うーん、どうかなあ」。(p.190)

 一般人がクリスチャンにぶつけがちな無茶な要求に、けっこう正直に対応する水谷先生。けっこう好感が持てます。俺だったら「でも相手のほうが君らよりもっと練習していたら、神さまだって相手を勝たせたくなると思うよ。だから神さまにだけ頼らず自分でも努力するんだ」とかなんとか、つい「人事を尽くして天命を待つ」論で誤摩化してしまうところですが、野球部員が実際人一倍がんばって学校のグラウンドで練習しているのを目の当たりにしている水谷先生には、そんな言い逃れはできなかったんでしょう。


 彼の迫り方に非常な脅迫を感じ、「よし、分かった。それなら、祈ってみるからな。サア、みんな、こうやって祈るんだ」と、祈り方を教えたんです。(p.191)

 しかも、しっかり布教のキッカケにするところがすごい。教師生活22年はダテじゃありません。


 そのうち、地区大会で勝っちゃった。(p.191)

 おまけに御利益あるし!


 「全道大会に行く」ということになって、みんないい気になってて、「全道大会に行ったら、先生、勝てるかな」。「イヤー、それは俺には分からん」。「祈ってよ」。「分かった、分かった」。(p.191)

 従軍牧師かシャーマンになりつつある水谷先生。


 下馬評では、勝てるはずのない弱いチームだったんです。タクシーに乗っていても、運転手が「イヤー、今年の東海はどうでしょうかね」と首をかしげて言っているんです。ですから、「まあ、うちは勝てないんだなあ」と思っていました。ところが、全道大会で、逆転で優勝しちゃったんですね。甲子園行くことになったんですよ。(p.191)

 え、甲子園行ったんですか! もしかしてイワオの年では……いやいや東海大四は他の年にも何回か夏の大会に出ている。ヌカヨロコビは禁物。さらに慎重にテキストに当たる俺。


 今度は、「先生、甲子園で一勝できるかな」と。「出るのはいいけれど、一勝はどうかな」。「先生、祈ってよ」。「仕方がないな。それじゃあ、祈ってみるか。『神さま、一勝ぐらいさせてやってください』」。授業中に祈るんですよ。(p.191)

 神頼みのエスカレーション。


 それで、甲子園で一勝できないと、「あんたの神さまは何だ」と言われそうな気がして、全国伝道のかたわら、甲子園に応援に行く日を一日つくって、行きました。(p.191)

 そりゃ気が気じゃないでしょう。


 試合の前の日に選手の旅館に行ったんです。すごいですね。甲子園に出る子どもたちの食べる料理というのは豪勢なもんですよ。「こんなもの食うのか、おまえたち」と言って驚いてしまいました。それで、「先生、いよいよ明日は試合だ。勝てるかな」と言うわけです。「それじゃ、君らのために祈ろう」。(p.191-192)

 ほんとに従軍牧師になってます。


 見ると、生徒の腰に何かぶら下がっているんです。「北海道神宮」とか「何とか神社」とか。「俺に祈らせておいて、結局は神社かい」。(p.192)

 ナイスツッコミ!


 「イヤー、これは人からもらったもんだから、捨てられないし」。(p.192)

 とは言え球児たちの気持ちも分かる。俺も大学受験前に友人から北野天満宮のエンピツもらったことがある。俺プロテスタントなんですけど。おまけに志望校もキリスト教系大学だったんですけど。でも捨てたりはできませんでしたし。そういうもんです。


 「聖書の神さんはどうするんだ」。「んー。それじゃ、明日は、先生が祈ってくれ。俺たちキリストさんで行くわ」と言って腰のお守りをはずしました。(p.192)

 あらら。でもそのぶん濃厚に祈ってさしあげたんでしょう先生。


 試合は、『朝日新聞』を見ると、負けることになっていました。相手は、四国の尽誠学園。「向こうは金比羅さまだな」。(p.192)

 ……え?


 相手は、四国の尽誠学園。(p.192)

 イワオvs伊良部じゃん!(爆)
 うわー! うわー! うわーん!!(激感涙)
 すげー! ここまでの話は、あの「イワオの年」のことだったのかよー!
 そうか、考えてみれば、2年のイワオがエースで5番だったというのは、裏を返せばそれだけ選手層が薄かったということだし。甲子園初勝利を狙った最強の布陣で臨んでいたわりにはスタメン9人のうち1年坊が2人もいたのも、そういうことだったのか。地区予選のスコアだけ見ると、全道大会準々決勝の函館有斗戦までずっと完封勝ちしてたから、てっきり楽勝で勝ち進んでいたものだと思っていたんだけど、違ったんだ。盛田浩妃に投げ勝ったのも当時としては大金星だったんだ。
 てゆうかイワオが甲子園に行けたのはキリスト教の神さまのおかげでしたか! クリスチャンやっててよかったー!(爆笑)


 ところが、九回の裏で、あの家出少年が三塁まで盗塁するんですね。そのあと、こっちのピッチャーがホームラン打つんですよ。それで逆転するんです。感動的でしたね。うまいシナリオですね。(p.192)

 そのピッチャーこそまさしくイワオー!
 ただ、水谷先生の試合記録は史実とはちょっと食い違う。実際には、イワオのホームランは九回裏の先頭打者ホームラン。これで6対6の同点。その直後伊良部もふんばり、三振とセカンドゴロで二死を取る。イワオもここで延長戦に備えピッチング練習を開始する。しかしここで打席に立ったのがおそらくこの家出少年。みごと伊良部から四球を選び、次の2年生サード・川村のセンター前ヒットでエンドラン成功、三塁を陥れる。エンドランがどうやれば盗塁に見えるのかは分からないが、先生の記憶違いかもしれない。14年前の試合だしね。
 で、全国3人(含む俺)のイワオマニアには言うまでもないが、続く3年・日高の俊足を生かしたセカンド内野安打の間に、家出少年がホームベースにすべりこむ。セーフ。史上初めて、東海大四の校歌が甲子園に流れることとなった。どっちにしても「うまいシナリオ」だよなー。
 そうかー、あのランナーにそんなサイドストーリーがあったんだー。うわーん。


 隣に家出少年のお父さんが座っていたんです。「お父さん」と声を掛けたら、もう泣いているんです。それはそうですよ。世間に出せない恥さらしと思っていた息子でしょ。それが、ひのき舞台で盗塁して、点数稼いだんです。
 私たちは、その生き方によっては、親の喜びともなり、また、親の恥さらしにもなるわけですね。この社会に素晴らしい貢献をすることもできれば、社会のお荷物にもなるんですよ。一人の人間をどう育てるかによって、宝ともなれば、本当に私たちのわずらいともなるんです。
 私たちは、自分の生き方をよくよく考えなければなりません。私たちは、実をつけるために、この社会に生まれてくるように選ばれたんです。みなさんがここにいるということは、選ばれたということでしょ。たくさんの精子は、いのちとして選ばれずに社会に出てこれなかったんです。ただ一匹の精子が、卵子と結合してこの社会に出てきたんですね。選抜されているんです。この選ばれた私たちが、もし実をつけないまま、この世を去るとするならば、何と悔しいことでしょう。
(p.192-193)

 まったくもって。先生のメッセージが心の底までしみ通るようです。それこそ先生が意図した以上に!(笑)

 というわけで、1986年のイワオ軍団のチーム事情を学内から活写した、これはものすごい貴重な証言である。いやー、全国3人(含む俺)のイワオマニアにはたまらん資料だ!
 あ、もちろん他の話もいい話ばかりなので読んで損はない。子育てに悩むイワオファンなら絶対買いですぜ。そんなマーケットがあるならだが。



【2003年3月19日書き下ろし】