| 松原秀樹先生連載52 |
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木をみて森をみること
本来のことわざは「木を見て森を見ず」ですし、なおかつ今回の題目は、書くならば『木を見て森を見る』でしょうけれど、あえて「みる」みとしたのは、見るだけではなく、診る、観る、看る、視るなど、「みる」は、ミクロからマクロ、二次元から三次元、あるいは四次元まで、臨床で「みる」べきものやレベルはさまざまなものがあるからです。
ことわざでは、木を見て森を見ずといいますが、臨床では木と森の両方をつねに見ていく必要を感じます。見ていく木の部分は、基本的な太い枝があります、またそれぞれの太い枝から出ている枝、そして枝分かれはさまざまですし、それぞれ葉をつけています。それも東西南北さまざまな方向に太さも長さも違っています。さらにまた、そのみている木とその周囲の木々、決して同じ木の種類とは限りませんね。その幹の太さの差や高さの差もありますし、他の木々との近さや離れ具合、他の木々に隠れて見えないところにもさまざまな種類の木々は生い茂って森を形成しています。
木々だけでなく、平地、くぼみや段差、緩やかなものから急な坂まで、さらに崖、谷、川、その水の流れの緩急、水の量、山、稜線、他の山とその注目している木のある場所との関係、森に生息する小動物や獣の動きや出入りする村人やハイキングや登山で訪れる見慣れぬ人々などなどが、このみている木の世界、文化、社会生活なのです。
クライエントが訴えている症状は木といったところでしょうか、ですから、木と森と見ていくべきところは実に多いものです。
up 2006/04/12