| 松原秀樹先生連載76 |
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身体をあつかうこと
昔の町の開業医は、よく聴診し、打診をしました。風邪であれ腹痛であれ、受診するたびに、毎回必ずといっていいほど聴打診をしていたものです。しかし、今日、聴打診はほとんどなくなりました。訴えを聞いて、必要な検査をし、薬を処方してくれますが、なにかものたりない感じがします。聴打診のときの医師の手の感触が、ちゃんとみてくれている、大事に扱われているかどうかという患者さん側の実感尺度になっているからかも知れません。
心療内科に来る患者さんの訴えは、身体症状が中心です。心療内科では、
「いつもの環境で(家庭、職場、学校など)、いつものこの人が(性格、気質)、ああしていたからこそ(行動パターン)、こうなっている(この症状、病気)」
と解していますので、身体症状を訴えてきたクライエント(患者さん)の心理社会的側面について聴取していき、その治療に役立てようとします。
心理療法の伝統的傾向は、クライエント(患者さん)の話を聴くとき、その身体症状や心理的な症状が、どういったもの(心理的問題)から来ているのであろうかと考えるます。またクライエントの方は、これまでの治療機関では簡単に経過を聞かれ、検査を受けたり、薬の投与を受けるだけであった経験から、はじめて自分の言うことを全体的に受け入れて聴いてくれる対象(医師、セラピスト)を得て喜び、大きな期待を持ちます。
このとき気をつけなくてはならないことは、クライエントの主訴であった身体症状のケアをおざなりにならないようにすることです。身体症状、即心理的問題、したがって心理的な問題を何とかしないと身体症状は治らないと考えてはいけません。身体症状は、その苦悶から、二次的な症状を引き起こしていることが多いです。この二次的症状は、たとえ心理的な問題を解消したとしても、改善されえないものです。ですから、身体症状をなおざりにして、心理的社会的問題ばかりに注目していると、セラピーへの不満が出やすく、治療関係にひびが入ってきます。
身体症状をまず改善させていく工夫や努力をしていくと、自然に心理社会的問題が残ります。このときクライエントは、ごく自然に無理なくその問題に対面し、真摯に考え解決していこうとしていくものです。
up 2006/11/02