松原秀樹先生連載77

 

 

   親というもの


  親というものはかなり独善的な意見を持っている存在です。その独善的なこころは、子どものためになると自らが信じていることに起点があるものです。ですから親は良いと思うことを、ただただ一方的に子どもに押しつけ続けるのです。栄養があるから、体によいから食べなさい。これが似合うから着なさい。男の子だから外で遊びなさい。女の子のくせに木登りをしてはいけません。勉強しなさい・・・などなどとです。
 ですから、子どもたちはある時期(思春期)になると、そうした親の価値観の押しつけを嫌い、抵抗したり反抗したりするようになってきます。第2反抗期と呼ばれる時期です。しかし親は相変わらず、自分の思うとおりに子どもを枠にはめ込みたがり続けます。そのために、親子の対立はどんどん大きなものになっていきます。親の締めつけが大きかった子ほど、その抵抗は激しく、容易ならざる事態になりうるのです。
 親子における解決案として提案したいことは、親の思いを押し付けることを放棄して、子どもが正当に考える力を養うべく、対話していくことをすすめます。この対話は、感情からものを言うことではなく、論理的でなくてはいけません。また、対話を通して子どもがまだ知らない、社会の仕組みということについても知らせ考えさせていくことも大切です。これは決して脅しとして使ってはなりません。子どもが社会の仕組みや成り立ちを理解し、成功裏に世間に出て行くことができるためにしていくのです。この対話の繰り返しを通して、大人同士の会話の習慣ができることを祈っています。
 対話もしなくなり、子どもに押しつけることをしなくなった親は、親らしくなくなります。老齢になって、子どもに何も押しつけなくなり、ただありがとうという親に対して、時にイライラを感じたり、寂しい思いや悲しい思いになったりするのは、親ではなくなっているそうした姿から来るのでしょう。高齢になっても対話はできます。そうした新しい関係、人間同士という新しい関係作りに発展していくことを願って、思春期を迎えた子どもを持つ親は、地道な努力を重ねていっていただきたいものです。

連載78

up 2006/11/8

 

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