
新幹線電車の床下はスカートで仕切られている。これは正面からの空気が床下に舞い込むと先頭車が浮き上がり脱線転覆する恐れがあるため、それを防止するために付けられた。一部「流体力学的にはあり得ない」と言う者もいるが、それは見当違いであり、鉄道車両では小田急SE車と151系電車から端を発した実績ある形状と言えよう。1000形試作車では線路まで近い位置まで周囲にスカートがあったが、0系では、床下機器の保守の利便性を考え、側面については一部のみとなった。
ただ、0系の正面のスカートは1000形試作車のものと比べて強固なものとなった。それは、新幹線では全線立体交差としたため線路に障害物が置かれる可能性は低いが、万一障害物が置かれても、それを跳ね飛ばして脱線を防ぐしくみとした。正面スカートは線路面上150mmの高さまで下げ、表層に厚さ16mmの鋼板、更に内側には5枚の鋼板を隙間を入れて重ね、バネのような役目を果たすようにした。内側の鋼板は、21次車までは厚さ16mm、22次車以降は23mmとなった。また、線路の真上に当たる所には補助排障器を設置。ゴム板によるもので、線路と密着する形となる。これで万一の置き石の際も跳ね飛ばすようになった。鋼板の後側には更にシリンダーによる緩衝器も設置されている。
更に先頭の台車(軸箱)から伸びる形で排障器が出て、万全を期している。この排障器は21次までは鋼製、22次車以降はアルミ製となったらしい。
正面スカートの上部にあるVの字状の板は排雪器。また両脇にある板も、雪を跳ね飛ばす役目を持ち「排雪翼」と呼ばれる。実際に線路上の除雪に効果はあった。しかし、床下機器の着雪までは防げず、これが窓ガラス破損の原因ともなった。雪は関ヶ原付近で多く、その後スプリンクラーによる散水(湯ではない)が雪の舞い上がりを防止する点で効果があることから、降雪地にスプリンクラーが設置された。なお、0系においては雪対策の名目で側面スカート追加は行われることはなかったが、200系では全面的に床下機器も覆うようになった(ただし200系では「ボディーマウント構造」、いわば「二重床」であり、下床の上に床下機器が付けられている)。
正面スカートの両脇にあるフィンは、風圧で車両全体を押し下げる作用が働くようなものである。やはり浮き上がりを警戒してのことである。
排雪器内部にある蓋は、光前頭内にある連結器を下に降ろす際には外すようになっている。蓋を外すと、四角い穴が開いているように見える。
22-1の製造中、スカートの排雪器内部(連結器の蓋がある所)は白く塗られていたが、落成時には青になった。
スカートの正面排雪器は、外観は基本的に全車同じものであるが、なぜか22-7951だけは通常より取付位置が下になっている。白い流線型から少し離れている感じである。排雪器に囲まれた連結器受けカバーが22-7951は逆台形ではなく長方形になっているのでその関係かも知れないが、他の中間車先頭車化改造車である21-7951や21,22-3901はそうではないので、少々不思議である。22-7951が併結列車に使われた実績は見当たらないし(22-3901と21-7001に実績あり)。
昭和49年頃、21-19を用いて排雪器の実験を行った。Vの字状の排雪器を両脇まで伸ばした形となり、これが東北・上越の200系の完璧な排雪器開発に生かされた。
この頑丈なスカートが大きな障害物を跳ね飛ばした例はあった。昭和41年、電気試験車922形が走行中保線作業のトロッコを作業員諸共跳ね飛ばしてしまったことがある。最終列車の確認を誤り、922形の検測を知らずに保線作業車が線路に入ってしまったことが原因だが、作業員は無事ではなかったが、922形はスカート部が大きく曲がり、光前頭付近も湾曲したものの脱線はしなかったし、修繕の上復帰している。また0系では昭和52年に作業員2人を跳ね飛ばした例があった。1人は隣の国道まで跳ね飛ばされたのだが、0系は無傷だったと言う。もちろん作業員は無事ではなかったが。
また、正面ではないが、騒音防止を見込んで台車に覆いが付けられたことがある。14次車登場直後だったが、効果がないとしてすぐに取り外されてしまった。従ってこの覆いがある姿の写真は実に貴重なものである。