嫁姑バトル・・!回文オバサンの人生相談


それでも貴女は同居を選びますか?
姑の立場からの発言

1998-10-01
嫁・姑問題・・・これは洋の東西そして今昔を問わない永遠の課題


しかし今、社会構造の大きな変貌によって、その様相は新たな展開をみせています。


早いハナシ「嫁イビリ」なることばはもはや死語だと思うのですけど・・・
どう思います?

9月30日付けの朝日新聞「ひととき」欄に世の姑、および姑予備軍をハッとさせる投稿が載っていました。
要旨は
「近々新婚の息子夫婦と同居することになった。知人に話すと口を揃えて「タイヘンねぇ・・・」と同情的なコトバしか返ってこない。実に不安このうえない。そんな不安を解消してくれる「姑入門書」はないものだろうか・・・」といったもの。


そこでいま私はあえて全国の、いえ、全世界の姑およびその予備軍に呼びかけたい!
今や大きく様変わりしつつある社会環境・・・もはや従来の嫁・姑マニュアルは通用しない!

たとえば

その1 高齢者の激増 ・・・どっちをむいてもジイさんバアさんばかり・・・お年だからっていたわられた時代はとっくに終りました。
その2 少子化 社会・・・孫に手出しは無用だ!・・・(育児の手助けはほとんど不要・・・)
その3 就職難・・・若いモンでも職につけない時代・・・まして賞味期限・・・オット失礼!年齢制限オーバーでは外での仕事 はなかなかありつけない・・・。(家の中で、オンナ二人一日中顔をつきあわせる・・・なんてことも。)
その4 今の若い女の子つまり嫁さん候補はガマンってことがまるで出来ない。それに対応していくだけの忍耐力があなたには備わってますか??
その5 情報過多時代・・・テレビや雑誌でやたらと高級な生活を見聴きしてるからいまどきの娘はハイソサイエティ志向が強い・・・。(身のほど知らずなのがウヨウヨしてます。)
その6 息子は例外なしに嫁さんの言いなり・・・同居してもらってる・・・というだけでアタマがあがらない。
その7 食生活その他のせいで、いまの姑たちはとにかく若くてゲンキ印!・・・しかも平均寿命がのびてヒマは持て余すほど。
・・・とこうあげただけでも昔の姑像とは大違い。

でも、できることならやはり「いい関係でいたいも
んです。そこで ふたたび、!世の姑予備軍の女性に問いたいのです。「同居のメリット・デメリット」について一緒に考えてみませんか?
そしてそれでも同居に踏み切ろうとしてるあなた達に「現役」・・・(今のところなんとか円満に過ごしている・・・)」として、適切なアドバイスが出来たらなァ・・・って考えてます。
この続きはこれからどんどん更新していきます。是非またこの館へお越しください!

***** ****:************************
1999年2月6日 ようやくyahooから検索可能・・・。とたんに「嫁・姑モンダイ」へのアプローチ続続!!・・・
でも、ザンネンなことにお姑さん側からは皆無・・・なんです。もっともパソコンが若いひと程浸透してない・・・ってこともその原因なんでしょうけど。

それともうヒトツのオドロキは「嫁」の立場からの発言が意外と「シュウトメ」側にもクスリになる・・・ということ。
お嫁さん側にいろいろアドバイスしている中、「ウン、どうもこれはお姑さんにゼッタイ非があるゾ!」と思ってしまってるんです。
おおいに参考になります。

そしてなんだか世の「お嫁さんとおシュウトメさん」がとってもいとおしく思えるようになってきたのです。
これからもう少しデータを集計して「21世紀へむけての嫁シュウトメ像・・・その展望」みたいなものを書いてみたいと思ってます。
ですからお便りどんどんください。必ずお返事さしあげますから・・・
***********
結論・・・ 集計の結果、今現在の時点では同居は(姑側にとっては殊に)デメリットのほうが多い・・・と感じられる。
経済的な点が許されるなら考慮すべき。


みなさん、たくさんのメールどうも有り難うございます。暫らく都合で のらくら してましたがまた元気を出して「パソコン人生相談」に燃えてるオバサンです。お便り待ってます。
どんなに込み合ってても1週間以内にかならず適切な解答を差し上げます。
もちろんボランティアでーす

通じてのさまざまな流れを、
「より幸せな同居生活のために・・・変貌する社会に向けて」というような内容で約1時間、シルバー学級の方を対象に、講演させて頂きました。
 これからの世の中、「同居生活」はよほど嫁・姑の双方が歩み寄らなければうまくやっていけません。
「私はお嫁さんの世話になんかゼッタイなりたくないわ。孫の世話で、これからの大事な時間がつぶされるのはマッピラ」
そう言っていらっしゃるお姑さんが多いのですが、人間、最後に「ポックリ」・・・というのはなかなか難しいお話しです。
からだが動かなくなってからお嫁さんを頼るという場合、これがスンナリ受け容れられるかどうか。
そういったあたりを考察して、中田芳子の赤裸々な体験を交え、
まあなんとかうまくやってきた今までの20年、そして将来の展望・・・

そういったあたりをお話出来る機会を探しています。

もしご参考になれれば嬉しいです。
シルバー学級などでの講演会。あるいはパネル・ディスカッションなどに
どうかお声をかけてみてください。



   
   

 

新 幹 線

                    作 中田芳子

 

      (1)

リビングで電話のベルが鳴っている。

 夫が出てくれるものと思い、千賀子はそのまま裏庭の芍薬(しゃくやく)根の周りシャベル掘り起こし続けていたが、何時(いつ)になっても鳴りやみそうもない。

 最近は立ち上がるのに、一呼吸入れてからでないとバランスをくずしそうで、つい何かにつかまりながらのっそりと立ち上がるのである。思わず「どっこいしょと」かけ声が口をついて出る。受話器を取ると、

 「洋一だけど・・・オヤジいますか?」

 「洋一さん?久しぶりね」

「いないんですか?オヤジ」

いかにも不機嫌そうな声である。

「さっきまでいたんだけど、散歩に出たのかも。なんにも言って行かなかったところを見るとすぐ帰ってくるんじゃないかしら」

「大丈夫ですか。一人で出して・・・」

 いきなりとがめるような口調に変わり、

「肺気腫は急激な気温の変化で容態が急に悪くなることがあるんです。今日あたりちょっと風が強いし、気をつけてもらわないと。・・・オヤジが帰ったらまた話すけど、やはりこの際、一度うちの病院に入院してしっかり調べたほうが・・・」 

先妻の子である洋一はいつもこういう高飛車なものいいで千賀子に対するのである。

(相変わらず偉そうだこと・・・)そう心に呟きながらも、いづれこれから世話になることだし、と思い返して神妙に頷いていると、

 「精密検査して身体中調べておいたほうがいいから・・・。そのあと、少し落ち着くまで、しばらく入院させて様子をみることにしましょう。だからそのつもりで支度しておいて下さい。多分今度の土曜あたりになると思うけど、クルマで迎えに行きますから」

 

 「うちの病院」というのは、洋一がいわゆる「マスオさん」暮らしをしている熱海市内のクリニックのことで、そこの初代院長の一人娘 里香と結婚してもう二〇年近くなる。今は洋一が院長なのだが、結構繁盛しているらしく、最近大がかりな増改築をした。近ごろ話題の医師不足も、支払う給料のせいもあるのだろうか、全く響いていない風だった。

 洋一が結婚して家を出た時、千賀子はやはり一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。もしこれが自分のおなかを痛めた子だとしたらどんなだったのだろう。

七歳というまだ手のかかる頃から、神経質な気難しい子をここまで育てあげた、その自負心めいたものは彼女の中に今も微妙に影を落としている。恩を着せるつもりはさらさらないが、こうして一人前の医者としていっぱしの口をきく洋一が、あまりにも自分を「母親」という感覚で捉えていないのを、どこかで寂しがっている千賀子なのだった。

 

    (2)

洋一は初めから継母の千賀子になつこうとはしなかった。千賀子を「お母さん」と呼んだことはほとんどなく、初めの三年くらいは(かたく)なに「おばさん」で通した。

中学生になってからも、学校の行事などのプリントを差し出すのに、ただ黙って食卓の上に広げて置いておく。

もっともその年齢はいわゆる反抗期なのだから、洋一に限ったことではなかったかもしれないが。

その独特な上目づかいの反抗を黙って受け止めながら過した、長い歳月だった。

 

だが、幼いころからのそうした洋一の性格の歪みは、もともと大人の側にもその責任があったのである。

もう四〇年以上も昔の話だが、千賀子が知人の紹介で見合いの席に臨んだとき、男やもめである夫の父親は、

「亡くなった先妻との間に幼い孫が一人いるが、遠縁の夫婦に引き取ってもらうことに話がついているから、新婚のつもりで嫁いで来てほしい」といい、夫自身も同じように口裏を合わせ、千賀子との再婚を切望したのだった。

 ところが半年ほど経って千賀子が身籠ると、その直後、何の前触れもなく、曖昧な理由のもとに洋一は連れ戻されてきたのである。 恐らくそれは初めから計算されていたことだったに違いない。

 大人の都合であちこち住む場を変えさせられた、幼い洋一の心の傷は計り知れないものがあったはずである。

 

 しかも不運なことに、千賀子は間もなく流産し、その傷手(いたで)で、先妻の遺した幼いを育てなければならなかったの地獄のような苦しみを思い出すたびああ、あの頃私は夜叉になっていたと、はっきり言い切れる気がした。千賀子はそれ以後も子宝に恵まれないままだった。

 そんなことさえなかったら、もっと洋一にも優しく接することが出来たかもしれない。そう考えると、自分も洋一も運に恵まれなかったのだと思えてくる。

その頃は自分も若かったから、洋一の存在そのものが千賀子にはうとましかった。目の前にいられれば、いやでも先妻の影がちらついて脳裏から離れない。アルバムに残された写真で見る限り、先妻は細面(ほそおもて)の楚々とした女であった。目鼻立ちが洋一とそっくりである。  

 夫がその一冊を未だに処分しきれずにいることも許せなかったし、時折りそれを幼い洋一が引っ張り出してきては夫に向って

「これ、ママだよね」などと幾度も問うている、その無邪気な表情までもが千賀子の神経を(さか)なでするのだった。真正面から嫉妬と憎しみに向き合って暮らさねばならぬ、そんな日々の始まりだった。

 幾度か離婚も考えたが、なんとか思い留まったのは、やはり夫を愛していたからなのだろうと千賀子は今でも思うのである。

 

 そんな中で幼い洋一は、母親を失った悲しみの中、彼なりに神経を使ってもいたのだろう、極端に食も細く、病弱な子だった。熱もよく出した。

 日頃の(うと)ましさとはうらはらに、夜半まで起きて看病している自分が千賀子には()せなかった。それはおそらく、(しゅうと)や夫に対する意地のようなものだったのかもしれない。それでも目の前で熱に浮かされている幼い子を見ていると、哀れが先に立ってきて、母を失った心細さが反抗させているのだから、と無理やり心に言い聞かせる

 小学校三、四年の頃だったろうか、夜中に氷嚢(ひょうのう)を取り換えてやっていると、それまで眠っているとばかり思っていた洋一が熱に浮かされた目で、じっと千賀子を見つめている。

「おばさん・・・」と、乾いた声で呼び、情けない目を向ける。

「お水飲みたい」

 初めて見せる甘えの表情に、千賀子は胸をつかれたが、

「おばさんじゃないでしょ。お・か・あ・さ・ん・・・でしょ!」

わざとそっけなく言いながら、吸い呑みをあてがってやると手をのばしてごくごく飲み、小さな声で

「おいしいね、おかあさん」と恥ずかしそうに言った。

だからといってそれからずっと千賀子をお母さんと呼ぶかと思えばそうでもなく、健康を取り戻した途端、現金なもので相変わらずのブスっとした表情が戻ってくる。

 それがいかにも単純で子供っぽく、しまいには千賀子自身も自分の深刻さが馬鹿らしく思えてきて、最初のうちは夫に向って

「これだけやってるのに、洋ちゃんちっともなついてくれないわ」

などと、こぼしていたが、こんなもんだと心に区切りをつけたのは嫁いで五、六年も経ったころだった。

 

    (3)

 夫は思うことの半分も言えない、控え目な性格の持ち主だった。ずっと親のいいなりになって生きてきたような男だった。が、千賀子はそんな雄介を決して疎ましいとは思わなかった。その穏やかさ、優しさが好きで私はこの人の所へ来た・・・それは確かだった。しかし、例のこだわりは何時になっても千賀子のうちに(おり)のように沈み、どうしても払いのけることが出来ないでいる。

(この人の中にはまだ先妻の影が生き続けている)

 それは払っても払っても執拗に追いかけてくる想念だった。(いい歳して今更、嫉妬もないもんだ)と、(みずか)らを笑ってみても、ふつふつと湧き上がる邪心は消しようもない。 

 よく、「生き別れはいいが、死に別れた男には添うな」と言われるのも、千賀子には身にしみて解る気がした。

死に別れた先妻は夫の中で、どんなふうに美化されているのだろう?

 

 一方、雄介の方は、千賀子がその後も子に恵まれないまま、なさぬ仲の洋一を育ててくれた、それは彼にとってひとつの「引け目」ともなっていたはずで、生来の気弱さをさらに深めたに違いなかった。

息子の洋一に対しても同じだった。雄介はただの一度も洋一を厳しく叱ったことがなかった。 

もう遠い昔のこととはいえ、一旦は人手に渡した子。呵責(かしゃく)にも似たその思い、長年十字架のように背中にへばりついていたのではないだろうか

大学受験も、就職も、結婚の時も、息子が望む方向すべてを容認した。医大は私立だったから、その費用も並み大抵のものではなかった。それでも時に卑屈とさえとれる態度で息子に接する夫に

「どうしてもっと厳しくできないの?」と、思い余った千賀子が(なじ)ることもしばしばだった。だが、そんな時も気弱な笑みを返すだけで黙っている。喧嘩しようにも手ごたえのなさすぎる相手だった。

 

雄介にとっての洋一は絶対的な存在だった。

彼が医者になってからは、さらに拍車がかかった。雄介はもともと喘息もちで、以前から発作に苦しむことがあったのだが、洋一の届ける薬以外一切飲もうとしない。とにかく洋一(だの)み、なのである

四、五年前の健康診断で肺気腫を指摘され、その時にも洋一に入院をすすめられたのだったが、もう定年もとっくに過ぎたことだし、このまま家にいてのんびりしていれば、落ち着くのでは・・・と、二人とも楽観的に構えていたのだった。 

 

だが一旦発作が起きると顔面が(つち)気色(けいろ)に変わるほどのひどさ千賀子が近くの内科医を呼ぼうとしても、雄介は頑として聞かず、息子の薬で押さえようとする。

ここ鎌倉まで、車で熱海から洋一がかけつけるといった場面も一度や二度ではなく、そのたびに洋一は不満を(あらわ)にした顔つきで、

「これじゃあ仕事に差し支える…。熱海に来てゆっくり治療するんだね。今なら空きベッドもあるし。」

そんなことをずっと言い続けていたのだった。

 夫が熱海に入院するとなると、自分も付き添わなければならない。

 鎌倉から看病に通うのも大変だし…と、かねがね千賀子は考えていた。その後しばらくして、洋一夫婦が何かのついでに鎌倉に立ち寄った折り、千賀子は嫁の里香にさり気なくそのことを切り出してみたのだった。

 千賀子としては、なろうことなら洋一の家の一間でも開けてもらって、入院期間だけでも住まわせてもらえれば・・・と、いささか虫のよすぎる観測をちらつかせたくらいの積りだったが、返ってきた返答に千賀子は一瞬固まってしまった。

 「大丈夫ですよ。お父さまは、病院のほうで看護師に見させますから、お母さまがついていらっしゃらなくても。」

 いつものように里香は歌うような口調でさらりといってのけ、

「我が家は今、大変なんです。冴香はそろそろ医学部受験の準備だし、幸一は私立中が来年に迫ってるでしょう? 

もう家中ピリピリしてて・・・。ここでお母さまにいらしていただいても、落ち着いてもらえそうもないし。ですから、お父さまにもよくなるまで、ずっと病棟の方に居てもらって、お食事も病院食を召し上がってもらうようになると思います。」

 その場にたまたま雄介は居合わさなかったが、千賀子は呆気にとられ、以来、夫を入院させたくない気持ちが定着していったのだった。幸いそれから小康状態が続き、雄介は役所勤めの頃から趣味だった神社仏閣巡りを始めるまでにもなっていた。

「今度何かあっても洋一さんの病院には行かないで、家でのんびり養生したほうがいいんじゃない? あたしが看病に通うのもちょっと遠すぎるし」

そういうと、雄介は

「折角あいつがそう言ってくれるんだからねえ、そのときは千賀子も一緒にいけばいい。息子がこんな風に気遣ってくれるなんて有難いことだ。洋一を医者にしておいてほんとによかった!」

 千賀子はよほど、嫁の里香に言われた言葉を夫に伝えようかとも思ったが、止めた。(今はこうして穏やかな日々を過ごしている夫・・・、しかも手放しでこんなに喜んでいるのに気持を()ようなことをいうのもなんだし・・・と、そう思ったからである。

 だが恐れていた日はほどなくやって来た。

 

      (4)

 四月に入って間もなく、季節はずれの肌寒さが続いていたが、夜半を回ったころ、雄介は今までにないほどのひどい咳きこみに襲われた。ほとんど痙攣に近い発作だった。

 千賀子は初めて救急車を呼んだ。今まで雄介は

「息子が医者なんだから、救急車など・・・」と、妙なところに(こだわ)ってどんなに苦しくとも我慢して洋一を待っていたのである。

 そのまま鎌倉市内の救急病院に運ばれ、応急手当を受けると、やがて発作はウソのように治まった。ベッドの上で雄介は

「だから洋一に電話すればよかったのに・・・」と独り言のように呟き、

「いよいよ熱海にご厄介になるかなあ。その方が千賀子も安心だろう」

さんざ考えていたのだろう。雄介はしみじみとした口調で千賀子に言い、目を瞑った。

 窓の外で朝の気配がしはじめていた。ブラインドの隙間から、白い光が幾筋も差し込んでいる。遠くでコジュケイだろうか、朝の空気を切るような鋭い(さえず)りが二度、三度聞こえたがすぐにもとの静けさが返ってきた。千賀子は、あの時の嫁の言葉を今こそ伝えねば、と、思い、どう切り出したものかと、寝不足の頭のなかでしきりに思案していた。

 そのとき突然、雄介が思いついたように

「この際、鎌倉の家を処分して、おれたちも熱海へ移り住むとするか・・・」

あまりの言葉に千賀子が返答に窮していると、雄介はさもいいアイデアを思いついたとばかりに

「熱海はあれだけ広い家だ。日当りなんかどうでもいい、狭くてもいいから、一部屋あけてもらえれば・・・。家を処分した金はわれわれのこれからの生活費として毎月多めに渡せばいい」

「でもねえ。今、向こうは受験生を二人も抱えていて、それどころではないみたいよ。」

 当たり障りのないいい方で千賀子は夫の言を遮った。

「まあ今すぐってわけじゃない。いずれは千賀子が一人きりになる時が来るんだから、洋一にも今から手筈(てはず)を整えてもらって・・・」

(この人は解っていない。洋一にしろ、嫁の里香にしろ、血の繋がってない私をどんなふうに見ているのか、まるきり解ってない・・・。)

千賀子は軽い溜息をついた。

 

 救急車騒ぎが一段落して、再び静かな日々が続いていた。

何一つ不満もない、穏やかな夫婦の日常だった。

 時たま小さな発作に苦しむことはあったが、気分のいい日は近場の名所をふらりと巡るのが雄介の唯一の気晴らしでもあり、つい不足がちになる運動の一助にもなっていた。

ゴールデンウイークの鎌倉の雑踏は、そこに住んでいる人間にとっては迷惑でこそあれ、何一つとして歓迎すべき材料はない。強いて挙げればその期間が終わったあと、潮が引いたような街中(まちなか)、古都ならではのしっとりとした寂寥感を改めて味わえる・・・というところだろうか雄介は鎌倉の古い住人のほとんどがそうであるように、鎌倉という、土地そのものが好きだった。

だから一切合切処分してこれから先、洋一の世話になるとすると、永遠に鎌倉を離れることになる・・・それを考えるとやはり二の足を踏む気分にもなるのだった。

 

「洋一さんからたった今、電話があったのよ。今週の土曜ごろ、迎えに来るからって。いよいよ入院になりそうね」

「ふうん・・・」

丁度その考えに捉われていたときだけに、雄介は気の重さからそっけない返答を返した。

以前なら、留守中洋一から電話があったなどというとすぐさまこっちからかける夫が、そのままソファに腰掛けて新聞を開くのを、千賀子は少しばかり訝しく思ったが、自分としても気乗りのしない話なのでうやむやのうちに時を過ごしていた。

洋一から再び電話があったのは夕食後しばらくして、雄介が風呂に入っている時だった。

「まあ、タイミングが悪くてごめんなさい。折り返し電話するようにいいますから・・・」

「土曜日あたりに迎えにいくってハナシ、伝えてくれましたか?」

「ええ、それはもう・・・」

答えながら千賀子は以前から気になっていることをこの際聞いておかなくてはと思った。

「あの、・・・入院の時、私も行っていいんでしょ」

受話器の向こうで洋一が笑っている。

「もちろん付いてきてください。入院って結構めんどうなこと多いから」

千賀子がほっとしていると、追いかけるように、

「手続きは一切こっちでやりますから、こまごましたものさえ整えてくれれば・・・。うちは完全看護ですからね。あとは看護師に任せてください。」

(じゃそのあと、私は?)

「泊っていいのね」そう言おうとして一瞬千賀子が戸惑っていると、

「新幹線、こだま”なら結構たくさん走ってますからね。そう遅くならないうち鎌倉へ帰れるんじゃないかな。」

 

    (5)

入院のその日は土曜日ということもあって、高速を降りる直前まで渋滞が続いていた。ようやく解き放たれて、道路標識が熱海方向を指し示す国道に入った時分から、クルマの後部座席に並んで座っている夫の()きこみが俄かに激しくなってきていた。

「あら、大丈夫ですかァ?」

助手席に座っている嫁の里香が、ちらと一瞬振り返りざま、お座なりとしか取れようのない調子で声をかけるが、すぐまた洋一と楽しげな会話に戻る。

 

千賀子は苦しそうな夫の背を(さす)りながら、今朝方(けさがた)車のトランクに入れた、入院のための日用品のあれこれを思い浮かべていたが、昨夜、夫の新しいパジャマのズボンのゴムが少々きつかったのに気付きながら、うっかり忘れてそのまま入れてしまったことを思い出し、些細なこととは思いながらも心を曇らせていた

 

 窓外は溢れんばかりの新緑が、陽の光をはじき返している。遠くに穏やかな初夏の海が藍色を(たた)えて横たわって見えた。

 もう間もなく熱海市街である。市内の高台にある総合クリニックの白い建物がそろそろ見えてくるころだ。

眼下には温泉街が広がって見える。

熱海は急勾配が多く、しかもくねくねと曲がった細い道路が続いて、車に頼らなければとても暮してゆけそうもないない街である。沿道には干物や寄木(よせぎ)細工(ざいく)などの土産物店が軒を連ねて立ちび、そこに三々五々群がる観光客、いつに変わらぬ観光地風景である。

どうやら雄介の咳も治まり、息遣いも普段に戻って来ていた。だが彼は窓外の景色に目をやるでもなく、車のシートに力なく身をゆだねている。

疲れているせいもあったが、千賀子が昨夜「洋一夫婦の思惑」を洗いざらい話したことで、雄介が深く傷付いていることは確かだった。

「せめて今夜だけでも病院に泊まれるように、洋一には俺から話をつけるから、気にするな」

出掛けに雄介は千賀子を慰めるように、そして自分自身にも言い聞かせるようにそう言うのだった。だが、生来の気の弱さ、果たしてそう強硬に出られるものかどうか・・・本人にも自信がないはずだった。隣の座席にいて夫が時折り小さな溜息を洩らすのを、千賀子は聞き逃してはいなかった。

 

JRの駅前に出た。新幹線が走るようになって出来た大きな駅ビルが建ち、その周辺にも土産物の店がひしめいている。

その時、

「あなた、この辺でちょっと止めてくださらない?この上の、陶芸のお店に寄りたいの。(かま)に入れてもらった水差しがもう焼きあがってるはずだから。それに、これから病院でお父さまに使って頂くお茶碗も、一つ買ってくるわ。きっといいのがあると思うの」

いつもの甲高(かんだか)い声で里香が言った。

洋一は駅ビルの地下駐車場に車を入れた。

「じゃあ俺もちょっと釣竿みてくるかな。あの店クルマ止めるとこないから。」

そういって後ろの二人に向かい、

「ここでしばらく待っててよ。二十分もすれば俺たち戻ってくるから」

 

「バタン」と音たてて、イタリア製だという、頑丈な車のドアがしまり、二人は並んでエレベーターのある方向へと歩いて行った。

しばらく千賀子たちは無言だった。それは重苦しい沈黙だった。入院してしまえば、当分は夫婦離れ離れの暮らしになる。何か言わなければ・・・そう思っても言葉が見つからなかった。千賀子はシートに背を(もた)せ掛け、じっと眼を瞑った。

「降りよう!」

いきなり雄介が口を開いた。

「降りるって?」

驚いて千賀子が目を開けると、もうすでに雄介は手荷物の小さなショルダーを肩にかけはじめている。

「海、見てこよう。ここからは下り坂だから、歩いてもいける。お宮の松のところまで行こう」

「だってこのままじゃクルマ、危ないじゃない?」

「かまわん、行こう」

いつにない強引な雄介だった。

駐車場を出て、駅前のアーケードの下に軒を連ねる土産物店を抜けたところに、「お宮の松」へ続く近道の小さな石段がある。雄介は先に立って歩きながら、

「前にきたときもここを降りたの、今思い出したよ。千賀子は覚えてないだろう?」そういって笑った。そういえば昔、新婚旅行に箱根に行った帰り、ここ熱海にも一晩泊まったことを千賀子は思い出した。

 お宮の松のあたりは見違えるほどに整備されていて、昔はすぐそばに海があったのに、その辺り一帯が瀟洒(しょうしゃ)な公園になっている。噴水まで出来ていて、すっかり様変わりしていた。

 海岸線にそって建ち並ぶホテルといい、等間隔に植え込まれた椰子の並木といい、一見海外のリゾート地を思わせる雰囲気があった。思いがけない旅に出会えたようで千賀子は思わず顔をほころばせていた。

 海からの風は五月の太陽の匂いまで一緒に運んでくるような爽やかさだった。

 ちょうど手ごろな高さの、花壇の(いし)(がこ)いが続いていて海を眺めるのに格好の場だった。二人は並んで腰を下した。

 千賀子はバッグの中に飲み残しのペットボトルが入っていたことを思い出し、キャップをあけてそのまま夫に勧めた。

「不思議だねえ、クルマの中であんなに咳きこんでいたのがウソのようだ」

「海からの風って適当に湿気があってノドにもいいんじゃないかしら。」

すぐ眼の下に白い小さな波が寄せては返している。

暫くの間二人とも黙って同じ波間に目をやっていた。

これから当分は夫と一緒にいられないのだと思うと千賀子は身体中の力が抜けていくような気がした。

(でも、お見舞いって形でなら、何時でもこうして逢いに来れるし・・・、向こうの家で気兼ねしいしい暮らすより、かえってよかったかも・・・)

 

その時、千賀子のバッグの底から携帯のくぐもったようなマナー発信音が鳴った。

「いったいどこ行ってるんです?」

いきなり責めるような洋一の声である。抑えようにもどうにも抑えようがないという、怒りの口調だった。

「ごめんなさい。今、お父さんと“お宮の松”見に来てるんです」

「お宮の松?冗談じゃないですよ。クルマ、キイもそのままだったんですよ。行くのなら行くで一言連絡してくれればいいじゃないですか!」

「すみません。すぐ戻ります。駅までは上り坂だから、ここからタクシー拾って上がっていきます・・・多分十分もすれば・・・」

そこまで言いかけていると、いきなり横あいから手が伸びて、雄介が携帯を取り上げた。

耳にあてたまま、夫は厳しい表情で押し黙っている。

「もしもし!」

洋一の怒声が、携帯から洩れて聞えて来た。

「もしもし!」

再び洋一の声がする。

雄介は携帯を左手にゆっくりと持ち替えると、しばらく目を閉じてから一呼吸おき、ゆっくりと言った。

「洋一。俺は・・・俺はお前の病院には入院せん。」

一瞬千賀子は耳を疑い、呆れて夫を見つめた。

携帯の向こうで洋一がなにか(わめ)いている。おそらく

「いったいどういうことですか?」とかなんとか言っているのに違いなかった。

「これから新幹線で、鎌倉へ帰る」

「・・・・・・」

「俺はこれから、母さんと二人でやっていく。」

携帯の向こうで洋一が絶句しているようだ。千賀子以上に驚いているであろう洋一の怒りと狼狽ぶりがそのまま伝わってくる。緊迫した沈黙の(とき)が流れた。

 やがて、洋一がまた何か喋りはじめたらしい。激しい口調で非難でも始めたのか、携帯から機械的な音がカシャカシャと洩れて聞えてくる。

雄介はただ黙って聞いていた。が、やがてゆっくりした口調で、それでもきっぱりと言い放った。

「迷惑かけた。だが、俺は・・・俺はこれからも母さんとずっと一緒にいたい!母さんと一緒でなきゃイヤだ!」

何かを貫くような意志の固さでキッパリとそう言い終わると、携帯を切った。

そのままそれを手渡しながら、千賀子に向って笑顔でちょっと頷いてみせた。それは今まで夫が一度も見せたことのない、あけっぴろげな笑顔だった。

千賀子はいきなり顔を歪め、その目に涙をにじませていた。そのまま何度も夫に頷き返していた。

「ああ、この人の中に、もはや“あの人”はいない!長い長い間私たち夫婦の間に見え隠れしていたあの影はもうどこにもない!」そう心に叫びながら。

千賀子はその瞬間自分の今までの人生が一挙に眼の前を駆け抜けていくのを感じていた。もしかしたら今が自分たちのほんとうの出発点なのかもしれない。

それから暫くの間、二人は花壇の縁に腰掛けたまま、黙って海を眺めていた。()ぎどきの、さざめくような真昼の海の()さながらに二人の間にもおだやかな(とき)が流れていた。幾度か繰り返し携帯が鳴ったが、出ようとするのを手で制した。

     

 (6)

タクシーを拾ってJRの駅へ出た。「こだま」の自由席はガラガラに空いていて千賀子は窓側の席を取った。

「弁当買ってくればよかった」

並んで座っている夫がのんびりとそんなことを言うのを聞きながら、千賀子は「ほんとうにこれでよかったのかしら。」と、心なしか一抹の寂しさを漂わせている風の夫の横顔を見やっていた。

初めて見せたわが子への、父親らしい毅然とした態度だったが、このまま喧嘩別れのようなことをしていいわけがない。

(私は自分の子を持ったことがないから分からないけれど、夫の場合、さまざまな軋轢(あつれき)を経てここまできているのだもの。そう簡単に親子が断絶できるものでないことは想像できる。

ああ言ってしまったものの、今、この人の心に空いた穴はどう埋めようもなく広がっているのではないだろうか?

もう少し夫の心の静まるのを待って、わたしから携帯かけて、詫びを入れてておこう。)

発車までの暫くの間、車窓に目をやりながら千賀子はしきりに思いを巡らせていた。

 その時だった。ホームに駆け上がってくる中年の男が目に入った。

「あれ、洋一さんじゃない?」

洋一は列車に沿って走りながら二人の姿を探しているふうであった。雄介も夢中で身を乗り出している。

いきなり雄介が手のひらで窓ガラスを力いっぱい叩き始めた。それは愛する我が子への父親としての最大のアプローチであり、必死の呼びかけでもあった。切っても切れない父子の絆がそこにはっきりと見て取れた。

 鳴り続ける発車のベルの中、洋一に向って雄介は夢中で窓を叩き続けている。だが洋一は気づいていない。

 その時プシューっと音立ててドアが締まり、車両は滑るように発車し始めた。洋一の姿はすぐに見えなくなった。スピードを増してゆく窓外の景色だけが残り、それもじき、トンネルの闇の中に消えた。

 二人は長い間、無言のままでいた。互いのあいだに同じ思いが行き交っているのをそれぞれに感じながら。

「洋一さんも辛い立場なのよね、きっと・・・。それは充分想像できるわ。あの子なりに気を遣いながら、それでも親を思ってる・・・そんな気持、よく解るもの。」

トンネルの暗闇に映る自分の影を見ながら千賀子は呟くように言った。返事はなかった。

 ふと眼をやると、夫は倒したシートに頭を乗せ、深く目を閉じている。 だが、目を覚ましている証拠に、千賀子の言葉に何度も頷いてみせた。

その頬に僅かではあったが涙が筋をなして流れているのが見えた。 見てみぬふりをしながら、千賀子はわざと陽気に言った。

「おなかすいたわ。ほんと、お弁当買ってくればよかった!」

 間もなく新幹線は真鶴の鉄橋にさしかかるところだった。

                    (完)                       

 


        真夜中のアルゼンチンタンゴ
             
作・中田芳子          
                       

         ()

(約束の二時には、間に合いそうもない・・・)鏡の前で、響子は焦っていた。焦ってはいたが、やはりそのジャケットを羽織るのには抵抗があった。

ジャケットの下はノースリーブのロングだった。淡い藤色のニット。つい二、三日前、駅ビルの小さなブティックで見つけたものである。ぱっと見た瞬間、試着もせずに買ってしまった。(間もなく古稀に手が届くというのに、いい歳をしてノースリーブっていうのもどうかな・・・)と、かすかな後悔も(よぎ)ったのだったが、久々に味わう、(よそお)うことの喜びは、鏡の前の響子を浮き立たせずにはおかなかった。

 

五年ほど前に夫を亡くしていたが、こうしたときめきとは、もう久しく無縁のままに生きてきた響子だった。人を好きになるなどという情念は、自分にはもはや起きよう(はず)はない、と、ずっと決め付けて生きてきただけに、思いがけない出会いが、響子の心を燃え立たせていた。  

 

夏はもう間もなく終わろうとしていた。このまま袖なしで出かけるつもりでいたのに、あいにく()()(がた)からひんやりした空気が流れていた。さすがに何か羽織るものが欲しくなって、クローゼットから(