眠れない夜には回文の館へ!

      ようこそ!魔女の秘密の部屋へ!

                           
 あなた、この引き出し、よく見つけましたね。滅多にお教えしないのですけど、すぐ解りました?
 それにしても、思い切ってよく入ってきましたねー。
 あなたはラッキーな方です。
 今夜から、魔女の秘伝の「脳の活性法」を少しずつ伝授いたしましょう。

 さあ、そこの絨毯に座って・・・。おいしい
紅茶でも召し上がれ!

 言っときますけど・・・ここにこんなコーナーがあること、誰にもしゃべっちゃダメですよ。 喋ったら魔法はたちどころに効かなくなりますからね。

魔女が逆さ歌を歌うのを勿論、ご存知ですよねー。
(そのキッカケは何だったんですか?)
魔女にしょっちゅう浴びせられる質問です。

そう・・・、教えてあげましょう・・・

魔女は「寂しいから」逆さ歌を歌うんです。

「ウッソオー!!」
  誰ですか?そんな声出すのは・・・。

 月の美しい夜、荒野をさまよう一匹の
コヨーテが、寂しさのあまり岩壁の砦で月に向かって哀しげに吠える姿を想像してみてください。

その裏声にも似た、朗々とした遠吠えが、一面の静寂を突き抜けて一直線に・・・そう、月の表面にまで届きそうに・・・、ミステリアスに響く・・・。

そんな寂しさが、あなたに解りますか?

それが
解らない方には逆さ歌の秘密は教えられません。お出口はあちら。とっととお帰りくださいまし。

 ほら、よくいるでしょう?帽子被って、ズボン穿いて、ベスト着て(それも大抵 黄土色)、リュック背負って、メガネも大抵かけてる・・・。それも、半分上だけ色のついたヤツ・・・ね。3〜4人連れ立って、ほら、総武線の快速で「鎌倉」なんかに繰り出してるゲンキ印の中年
(メッチェン)の群れ!・・・始めっから終わりまでずうーーっとおしゃべり。「ワハハハ」なんて のどちんこまるみえで大口開けて。
「ワハハ・・・」ならまだいいんです。「カッカッカ・・・」って笑うでしょ、よく。・・・もう、耐えられません。

                         
それで思い出しましたが魔女はよく笑われます。私のすべてが解せないんでしょうね。電話で「ナカダです」といった途端、笑い出す知人が3人ばかりいます。「何が可笑しいのですか?」と、正面切って尋ねたい。でもそれが出来ないのがナカダの弱さです。ナサケナイことですが、人と争いたくない一心でガマンします。ナカダが「逆さ歌」を歌いたくなるのは、まさに「こんなとき」なのです。

大口あけて「カッカッカ」族に逆さ歌は無縁です。第一、逆さ歌の原理を幾ら説明しても解らない。「上を向いて 歩こう」
は「うこるあーていむおえう」って歌って、ギャク回転しても、「上を向いて歩こう」とは聴こえないんですよ、っていくら説明しても解らない。
いえ、はじめから、
「それがなんぼのもんや?」っていう人種だから、そんなヘンなこと考えてるナカダそのものに、首を傾げてる。つまり、解ろうともしない。「ナカダさんってヘンな人ねぇ、カッカッカ・・・」

★さて、そろそろ本題に入りましょう。

私はよく「頭が柔らかいですね」といわれます。
自分ではさほどにも思わないのですが、たしかに
、モノをみるのに、固定観念で見ない、つまり、別な角度、いろいろな方向から考えることが好きです。
 例えば「シンケイセイ」という言葉が聞こえてきたとします。それは「新京成」であるかもしれないし「神経性」、あるいは「心・形成」とも「身・形整」「新家以西」とも考えられるわけです。
若しほんとうにナカダの脳が柔らかいとすれば、そういうところから来るのかもしれません。


次に「脳」が、鍛えれば鍛えるほど・・・つまり
、苛めればイジメる程、細分化され、活性化されることは、周知の事実です。
「人間そのもの」も同じです。苛められればイジメられるほど、心のヒダは深くなり、人の傷みも解るようになってきます。
(「幼児虐待」とは勿論同一ではありません。物心つかないうちのそれは今は論じないことにして、ある程度大人になってからのハナシです。)

 逆境に立ってみて、その時は辛く情けなかったはずなのに、あとになって思い出すとき、それがなんとも甘美な、一種ナルシズムに近い感覚に変換されてて、ジーンとなった覚えはありませんか?
私はその意味では「笑う門には福来たる」というコトワザは嫌いです。哀しみを乗り越えて、「顔で笑って心で・・・」なら兎も角、無神経にやたらとゲラゲラ笑うってことには賛成できません。これではゼッタイ人間ボケてしまいます。本人だけ笑って、廻りは苦労する・・・こんな罪作りな話しってないでしょう?

さて、次がもっとも強調したいポイントなんですが・・・
アドレナリンをより強力に出す!」

これって、なんのことだかお解りにならないでしょうが、人間の身体の仕組みの摩訶不思議さの中でも、頂点にたつのが、このアドレナリン説だと思います。
            
ここで解りやすく、ナカダの体験談をひとつ。


もう十五年くらいも前でしょうか、ちょっとした交通事故に遭ってしまいました。ミニバイクで直進していたら、信号のない四つ角から前方不注意の右折車=ワゴンが・・・。ハッとしたとたん、目の前20センチにクルマのライトが、・・・あとはガッシャン!私は体重が35キロしかないので見事にフワリと宙にうきました。バイクは少し壊れましたが、私はすぐに立とうと思えば立てたほど、なんともありませんでした。

そうです。これこそ「アドレナリン」のなせるワザ・・・実は半身青痣・・・ひどい打撲だったのです。つまりその時の私は極限のハイ状態、痛みというものを全く感じないでいられたのです。ふだん、どこかにスネの一つもぶつけてごらんなさい。
「ウウウ・・・」って呻いてしゃがみこんでしまいます。もっとひどい状態でありながら、(実は肋骨にもヒビが入ってたんです・・・。)全然痛みも感じなかったし、「あらら・・・やっちゃったわ」って感じ。その代わりその夜からどっと痛みがきましたが・・・。

それ以来わたしは
「アドレナリン」について深く興味を持ち始めたのです。
 アドレナリンというのは副腎皮質ホルモンの名で知られ、ホルモンの中で最初に構造があきらかになったものです、自律神経興奮剤として、交感神経の末端を刺激、興奮させる作用があるのだそうです。

 つまり、人間の身体はとてもうまく出来ていて、度を過ぎた痛みが襲うと、そのストレス(ショック)でどどっとアドレナリンが増え、脳を刺激し、そこですべてが吹っ切れるようになっている・・・つまり家庭で電気の使用量がオーバーすると、ひとりでにブレーカーが落ちるみたいな仕組みになっているのですね。

で、それと「ボケ防止」と、どんな関係があるかといいますと、この作用をギャクに応用して、自在にコントロールすることが出来たら・・・つまり、「脳を自分自身で管理」できるように・・・と、これはもっとあとに詳しく述べます。

                                

ここで、余談になりますが、寝る前に食べると本当に太るの?・・・ってこと。

 これは自律神経が関係しています。自律神経の中でも、昼間は交換神経が、夜遅い時間には副交感神経が優位になっています。交感神経が高いと、基礎代謝は上がり、食べた物もすぐエネルギーになって分解されるのに対して、副交感神経が高いと、食べたものは蓄積されやすくなる。だから、夜遅く、副交感神経が優位に働いているときに食べれば・・・.脂肪として蓄えられる可能性が高いのです。

 ことほど左様に、人間の身体は自分の力である程度改造できるともいえるわけで、・・・その前に言っておきますが、ナカダは人間の身体は神様の手によって作られた・・・と固く信じています。たしかに遺伝子に関してのさまざまな学説その他は肯かざるを得ませんが、それにしても大元は神様が創ったものに違いありません。まさか・・・と笑う人もいて当然ですが。

 例えば人間の手。若し手がミトンみたいに親指だけしか離れてなかったとしたら・・・・ピアノもヴァイオリンもフルートもゼッタイ演奏できませんよね!神様は音楽を必要不可欠なものと考え、人間にそのための機能を備えてくださったのだと思います。

 ちょっと横道にそれすぎたので、そろそろ軌道修正をしましょう。


私の言いたいことは、肉体を改造出来るように、心も自分の手でコントロールできるはずだってことです。そう、脳のコントロール・・・・。
 ボケないために、いえ、死ぬまで脳を進化させるために・・・。
 歳とともに、脳細胞が減っていくことはたしかかもしれません。それでも、その減っていく分、補うことが出来たら???

ここがナカダのいいたいところなのです。

 間もなく75歳という、「4分の3世紀」を生きて来たナカダ、若い人に是非とも伝えておきたいことがあります。
「因みに誕生日は7月24日」

★ 哀しみを噛み締めて生きなさい!
 哀しいことを想い出すのは辛いものです。
だからフタをして忘れようとする。

 それでは「脳」を怠惰にするだけです。  脳を甘やかしてはいけないのです。
過去のことを思い出すとき、あなた優先的に「楽しかったこと」を取り上げるでしょう?つまり・・・「楽しかったこと、」ばかり思い出そうとするでしょう?それこそが
ボケの敵!  名付けて「自己のうちなる耽美主義」・・・。
たしかにそれは 甘く、心地よく、「癒し」の時を与えてはくれます。

じじ ばば

「昔はよかった・・・」 ため息まじりにそう述懐する年寄りが昔はいっぱいいました。そうです。それこそが「ボケる人」と、  「100歳になっても現役でいられる人」との分岐点です。

楽しかった事だけに埋没していては
「精神的な糖尿病」になってしまいます。好きなものしか口にしないでいると、誰だって病気になってしまいます。

哀しかったこと、辛かったことに真っ直ぐ目をむけて、尚且つ、それをバネに自己に鞭打って生きる!
そんな厳しさがないから、今の若者はダメなのです。

優しくされることは、ある意味では不運なことなのかもしれません。今の親は子供を真っ向から叱ることをしません。子供に反抗されるのが、コワイのでしょう。あるいは、こんなことぐらい大目に見てやろうとする。

例えば携帯ですねえ。バイトで稼ぐなら兎も角、親のスネ齧ってる身で、NTTから親より高いツケが送られてくる。バイトしてたって許されませんよー。

そして親の言
「いいじゃない、今のこんな世の中だからしょうがないよー」
ゲー!!! こんなことしてたら将来日本はボケ老人だらけになってしまいます。若者を鞭打つ方法を早く講じなければ!・・・この環境の甘さは子供を不幸にするに決まってます。

横道にそれました。本筋に戻りましょう。
              
                             
「昭和一ケタは逞しい」・・・よく聴く言葉です。同じハングリイ体験を味わっても、大人になってからのそれとは、全く意を異にすると思います。
 10代の初め、引き揚げ者としてリュックひとつ背負って帰ってきたときの喪失感。焦土と化し、見るも無残な父の故郷に降り立ったときの衝撃!人間追い詰められれば強くなるものです。なんとか生きようとする。食べるものがなくて、いつも「空腹(すきっぱら)」をかかえていた頃・・・「一生のうちにおなかいっぱいごはんが食べられる日がくるかしら」そう思っていました。背中をシャンと伸ばすと、空腹感が増すので、私はいつも胃袋をかばって二つに畳んで、前こごみになって暮らしてました。

 でも「死にたい」とは一度も思ったことがなかった。そしてそのころの芸術に対する、貪欲ともいえる欲求はすさまじいものがありました。あのままハングリイを貫き通していたら、私は芸術家になれてたのでは?とホンキで思っています。

 そう、その時の「脳」こそが、まさに「昭和ヒトケタ」を強く、逞しくしたのだと思います。
 残念ながら・・・というのもヘンなハナシですが、空腹時代はせいぜい3〜4年しか続かなかった。日本自体が次第に潤って来て、あの研ぎ澄まされた感覚に生きた時代はあっさりと幕を降ろしたのでした。

 でも、あのとき押された烙印は未だに我々世代の脳のうちに深く色濃く翳を落としていて、何かことが起きてもおいそれとはひるまないのです。あのとき、子供ながら舐め尽した「無」という名の絶望・・・つい昨日まであった日常が突然「引き揚げ」によってリセットされたときの、笑ってしまいたいほどの「きれいさっぱり」とした感覚!

 なまじ大人になり切っていなかったおかげで、昭和一桁世代は、なにものにも屈しない「バネ」を身に付けることが出来たのだとおもいます。
ぎょっとするほどの貧乏も、ユーモラスに受け留めていましたから。

 高校2年生くらいだったかな・・・ある寒い夜、家族で食卓(当然、チャブ台です)を囲んでいました。・・・といってもせいぜいカボチャの雑炊・・・それも米粒なんてほんのワズカ。今でこそ「パンプキンスープ」なんて小じゃれた呼び方してますが、あれって早いはなし「カボチャ裏ごし汁」ですよね。
 いっつも空腹でナサケナイ思いをしているワリには人間「恋」にもいっチョ前に目覚めるんですー・そのころ心ときめくクラスメートが近くにいて、かぼちゃ汁啜りながらも、ホンワカとした気分でいたんです。

 そのとき、「こんばんわ」って若い男の声・・・私、マッツァオになって急いで物陰に隠れました。何故か?その夜はことのほか寒くって、わたしは兄のお古のトックリセーターを・・・もちろんダブダブ・・・しかも着古してあちこち穴ぼこだらけ。破れたところからワカメみたいにほつれた毛糸がヒラついてるんです。半分はおふざけ、半分は寒さしのぎに、家の中でいつも愛用していたセーターでした。こんな姿を、若し見られたら??

 一同シ−ンと静まりかえりました。ですが、扉をあけて顔を覗かせたのは時々来る親戚の中学生の子M雄。
「なーーんだ、お前かあ、ビックリさせないでよーーお前ならいいんだよー」私はちょっとふくれっ面で出てきました。わざとヤクザの親分みたいに肩をゆすって。ですが・・・・その背後にもう一つ顔があったことに気付かなかったのです。

 すわりなおしてカボチャ汁飲んでると、みんながなおもシーンとしています。え?なんで?M雄の方に再び目をやった途端、私は「ギャオーー」って悲鳴をあげてその場で「石」になってしまったのでした。そう、まさにその「ときめき」のクラスメート・・・が「世にも珍しいものを見てしまった」という、若干恐怖に近い、まんまるな目をして私を直視していたのですから。

 なにかクラスの連絡事項があって、届けに来てくれ、たまたま友達であるM雄と入り口で鉢合わせしたというワケだったのです。あーあ・・・

 でもビンボーはやっぱり辛かった!引き揚げたときの私のリュックの中には姉たちのように衣類とか目ぼしいものはなんにも入ってなく、なぜか教科書と通信簿が入っていたという、トンチンカンな、でも今にして思えばいかにもナカダらしい少女だったのでした。

 一事が万事・・・いつもどこかズレてて、やはり魔女の要素は幼い頃から




おや、また誰か来たようです。続きはア・ト・デ。
くれぐれもここの場所、人に教えちゃダメですよ。



下書き
「回文のススメ・」

「悪い過酷な消費税、是非お()し、泣く子がいるわ」

ん?これって、政治スローガン?と思われそうですが、この文、ちょっとサカサから読んでみて下さい。

「ワルイカコクナシヨオヒゼイゼヒオヨシナクコカイルワ」

どうです?上から読んでも下から読んでも同じでしょう?

 「サカサことば=回文」…多分どなたも小さい頃、自分の名前をサカサに言って遊んだ覚えがあると思うのです。

 回文の魅力にとりつかれ、ついにはサンリオから、「子供向けケロッピ・回文カルタ」まで発売、という私ですが、その下地はやはり幼い頃にあったような気がします。

 

 私が育った頃、日本は戦争に向かってまっしぐらという時代でした。おもちゃも、今のように豊富ではありません。

しかし子供はどんな環境にあっても、遊びに関しては貪欲です。幸いなことに私にはたくさんの兄弟姉妹がいましたから、言葉遊びなどで、全く退屈知らずに過ごしていました。

 

「なぞなぞ」「タヌキ言葉(提示された歌の歌詞を「タ」という文字を抜いて歌う。たとえば「春がきた」ですと「♪春がキー・春がキー・どこにキー」という具合に。

 当然そこで登場するのが「サカサ言葉」です。

家族の名前はもちろんのこと、何でもひっくり返して読んでみて、そこから一つの回文ができたときの驚きと歓び…。弟の「政男」はすぐに「マサオサマ」ですし、母の「菊代」は「よく効くよ」と、薬の広告みたいな回文。「胡椒食う芳子(コシヨウクウヨシコ)」が作れたのはたしか小学校三年生位のときだったと思います。

 

 けれど、成長するにつれ、いつしかそんな遊びとも無縁となっていきました。

 それが突然復活した時…何と、私はすでに孫を持つ年代になっていたのです。

 同居の息子に初孫が出来てウキウキ…の直後、私はひどい風邪で寝込んでしまいました。

 お嫁さん曰く、

「赤ちゃんが生まれて半年以内に風邪を引かせたら、それは親の責任だそうです。おばあちゃまの風邪、移されては困ります。治るまで、赤ん坊には近付かないでくださいね!」

 それからまる五日間というもの、私は階下の一室に幽閉の身、二階から聞こえてくる孫のかわいい泣き声にベッドの上で悶絶…の日々を送ることになったのでした。

 熱よりも咳よりも、孫に逢わせてもらえないことの方が遥かに辛かったのです。仕方なく新聞を隅から隅まで読むことで気を紛らわせていたその時、ふと目に入ったのが、「笑文芸」の投稿欄でした。川柳やコントに混じって、回文のコーナーもあります。

 久々に蘇った幼少時代の遊び心…。そのとき出来たのが

「なめらかに卵のソース落とし、飯とお酢をその後、また 煮からめな」

(ナメラカニタマゴノソオスオトシメシトオスオソノゴマタニカラメナ)

という、料理のレシピみたいな回文。さらにもう一つ、

「飛騨の夕景色に見とれ、彼と見に来し今日、湯の旅」

(ヒタノユフケシキニミトレカレトミニキシケフユノタヒ)という、これまた旅行会社のキャッチフレーズのような回文でした。

 ペンネーム「野ばら」で朝日新聞社に送った直後に、その電話はかかってきました。

「貴方はいったいどういう方ですか?」私の回文が編集部に一大旋風(?)を巻き起こしたらしいのです。 

 「はい、ごくフツウの主婦ですが…」

電話の向こうからあきらかに「失望」の気配が漂ってきました。聴けば、回文の投稿者はゼッタイ「男」である。それも恐らく「数学の先生」に違いない!というのが、新聞社内での一致した意見だったらしいのです。

ギャクに考えて見ますと、こういうことは一般的に見て「女性は」あまり得意ではない。=次に「数学の先生」と推理したのは理数系の頭、つまり左脳の働きが活発であることが回文作りの必須条件…ということなのかもしれません。

しかし残念ながら私は物理・科学大嫌いの文系人間です。でも、今にして思うに、回文を作り始めてからというもの、明らかに記憶力はアップしたように思います。

五十代の半ばにギョっとなったことがありました。電話番号を見て、それをプッシュするのに、途中で分からなくなり、二度も三度も見直すのです。つまり暗記力が低下していたのでしょう。

今では考えられない事態でした。やはり、頭脳は使えば使うほど進化する…、これは確かです。

 

その後、私の回文はアレヨアレヨという間に変貌を遂げ、文章のみでなく、歌をサカサに歌ってそれをギャク回転すると、キチンとした「元歌(もとうた)」に聴こえるという、摩訶不思議な特技も身に付いていきました。

kiraco」でもお馴染みの講談界の大御所、田辺一鶴先生からの御声がかりで、上野の本牧亭で「えー、一席お笑いを…」ならぬ、「回文談義」で高座に上らせて 頂くという、めったにない貴重な経験をさせて頂いたのもその頃の懐かしい思い出です。それも一度ならず二度も・・・。

「一鶴先生、その節はほんとうに有難うございました!この場をお借りして厚くお礼を申し上げます!」

 

 

さて、この回文の作り方ですが、カナ文字を下から上にむけて書いていきます。そこに現われた言葉を読み、意味の通じる文字をその上下に新たに書き足していくのです。短い、簡単な回文ならどなたにも出来るはずです。

では例えば「キラコ」で作ってみましょうか。下から書きますからコラキです。上に何かつけるとしたら「…の、子等、き」さて、キに続く何かは?キラキラってのも面白いですね。このままバックすれば「の子等、キラキラ…この」。さて、次に何か続けるとしたら?いろいろ考えられますが、折り返した時、すんなり収まる言葉はないか…と、探すワケです。子供がキラキラするのは?遠足?音楽会?ゲーム?

そう、仮に「コンサート」としてみましょうか?「こんさーとのこらきらきらこのとーさんこ」ほら、もう出来ましたよ。

コンサートの子等、キラキラ!この父さん子」。どうです?

お父さんの前で大きな声で歌ってる子ども達。目をキラキラと輝かせて…。

「キラコ」から発展して考えられる回文、

このほかにもまだまだ出てきそうですね。

 

ところで「回文」と「逆さ歌」とでは大きな違いがあります。例えば「新聞紙」のサカサ言葉は「シンブンシ」ですが、逆回転の場合は「イスヌブニス」となります。

何故でしょう?そう、ギャク回転はローマ字表記でSINBUNSI(この場合、シはSIで表わす)となるからです。これをサカサから読んでみてください。ね、たしかに「イスヌブニス」でしょう?

最近では、エレクトーンで伴奏を弾きながら「逆さ歌」を歌うという丸秘ワザ(?!)も習得、テレビ出演の機会も多くなってきました。

頭脳の若返りにはピッタシ!のこの遊び、是非みなさんにもトライして頂くことをおススメいたします。