常色山記
14.瓶が森
1896m
2001.7.22

 西之川から長い林道を経て登山口に着く。杉林の急坂をしばらく登ると新たに建設中の林道の裸地を横断する。名古瀬谷を挟んで屹立するのは大森山1399mであり、四国山脈の枝葉に過ぎない山でさえかくも偉容を誇るのに驚く。再び、山道に入り変化に富む自然の植生の中を歩く。日陰のじめじめした道が多い。昔から信仰登山の対象とされ、非常に古い石積みによって築かれた道も多い。この山の信仰登山上の名称は今も石土山であり、石土山参道との文字が所々に見える。。
  常住といわれる峠には崩れかけたお堂跡と小屋が向き合う。ここを過ぎてしばらくは木漏れ日が射し、涼しい風が吹いたが、その後は暗い道だった。水場が2カ所くらいあり、いずれも引き落とすように岩が折り重なる谷あいであったが、思いの他の水量であった。鳥越岩に至る。ここは昔、土佐と伊予を結ぶ幹線道の要所であったらしく、石積みをしてかなりの広さの平地が築かれていた。悪いことにこのへんから家内があえぎ始めた。ダイエットのつもりで朝食をセーブし、しかもハイペースで登ったためらしい。20分歩いては10分休むがすぐに息が上がる。道は登り一方で時々は水の少ない石ゴロゴロの沢道もあった。しかし、最後の登りを過ぎると景観は一変、シラビソとササ原の準平原になった。ササ原の入り口に確かに瓶状に岩の掘れたところがある。これが山の名のいわれだろうか。家内は山頂方面には行かず、一目散に白石小屋を目指して、そこへ倒れ込んだ。そこで食事をとると、やむなく私だけ山頂を目指した。男山山頂までわずか、200m程度の標高差である。氷見二千石原といわれるササ原に出ると前方の男山山頂を仰ぐも、石鎚と白石小屋を振り返るも、素晴らしい眺めであり、それが数歩進む毎にどんどん変わる。ササ原を突き抜けると最後に二カ所短い鎖場がある。ここを登り切ると頂上小屋とともに小さなお社があった。


登山道から石鎚山をかいま見る

男山山頂より東の方、西黒森を見る。

男山山頂より、西の方、子持権現を見る。

     女山の支脈に当たる。

  この頂上から見晴らす山脈のカーブの規模壮大なこと! 山脈南側は鋭く切り立った屏風のようで東に西黒森、西に子持権現山を擁しうねりながら、延々と続いていく。その先には石鎚山や笹ヶ峰といった名山が続くのである。この絶景を見られなかった家内が可哀想でしかたがない。女山はすぐ目と鼻の先に見える。この峰はなだらかな岡であるが、標高は男山よりも高い。ササ原の山頂は遠くからでも人影を認めることが出来る。ついてみると石土信仰の講のひとたちがなにやら相談しながら、真新しい石碑を建てているのに出くわした。
  1時間10分後、白石小屋に戻ると家内は毛布の上に寝ていたが、ようやく生気を取り戻したようだった。ぜひとも山頂に行くよう勧めたが、氷見二千石原まで出るのがやっとで美しい景色もほとんど目に入らないかのようだった。この日、このルートで見かけたのは先行パーティー1組、出会ったパーティー1組でシーズンとしては少ない。山頂で見かけた登山者の大部分は瓶が森林道を車で来たものであろう。この日の歩行時間は休憩こみで9時間半。長い、苦しい登りをしたものの方が美しい景色を味わえる。これから登るひとにこのことを約束したい。

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