寄生虫とアトピー、結核菌とアトピー
2002.3.25 upload
2002.7.4 revised

  最近アレルギー疾患の増加の原因に対して新しい説が浮上している。ひとつは寄生虫が減ったのがアレルギー増加の原因とするもの、もうひとつが結核が減ったのが原因とするもの。原因はいずれも病原生物の感染減少に求めている。いずれも専門家やマスコミで大きく取り扱われているが、ほんとうなのか。私の考えを述べてみる。

寄生虫が減るとアトピーが増えるのか?
   アトピー性皮膚炎が増えたのは寄生虫症が減ったからだ、現代人の潔癖症がアレルギーを増大させたという説をなす人がいる。30−50年昔には寄生虫症は多く、アトピー性皮膚炎やアレルギーは少なかった。元来、非常に多くの菌や寄生虫にさらされてきた人類が病原菌や病原寄生虫を駆逐し、排除しつくしたため、それらの予防や駆除に働いていた免疫の機能がアレルギーに振り向けられた、というのである。この説を主唱しているのは寄生虫学者であり、マスコミや一般のひとにはまことにもっともな話であると受け取られている。

  私はこの説はくだらないと感じている。なぜか。まず、寄生虫とアレルギー、アトピーの関係を示す具体的なデータがない、ただの感じを述べているのに過ぎない。昔、寄生虫が多くアトピー、アレルギーが少なかったというのは私も直感的にはそう感じている。ただし、因果関係の説をたてるのにはキッチリとしたデータをまず提出して始めるべきなのである。日本で寄生虫の感染率とアトピー、アレルギーの罹患率の年代的な推移の統計を出すとか、現時点で世界各国のアトピー、アレルギーの罹患率と寄生虫の感染率の相関をとるとかの仕事がまず必要である。それによってその直感が間違っていないことをまず示さなければならない。
  実は私がアトピー、アレルギーを自分の診療の柱にしてから7−8年の間、少なからぬ皮膚科医は「アトピーが増えているというが、実は増えていない」と主張していたのである。「増えたというのは一部の小児科がいったり、マスコミが騒いだりしているだけで、実際は病医院を転々と換えたり、掛け持ちする患者が多くなったのである」と繰り返してきたのだ。さすがに最近ではこういう意見はあまり見かけなくなったが、アトピー性皮膚炎の増加ひとつをとってもこれほど意見が分かれるのである。寄生虫とアトピー、アレルギーの議論をするなら、きちんとしたデータを示すべきである。
  データは確認の上に必要なだけではない。寄生虫症とアトピー、アレルギーの間にどんな関係があるのか、科学的な推論を立てるのに重要な根拠になるのである。言葉では寄生虫感染率(K)が減ってアトピー、アレルギー罹患率(A)が増えたとはいっても、いろんなケースがある。

@Kが減りとAが増えそれらは足すといつも20%になる。
AKの増加とAの減少が反比例する。
BKが有る程度まで減ったときAが増加し始める。
CKが激減してその10年後からAが激増してすぐに横這いになる。
DKがまだ減っていないうちから、Aはが増え始め、Kが減り始めてからもAの増加のペースは変わらなかった。

などなど。国別の比較でも同様、いろんな数的関係のケースがあり、それによって因果関係が強く示唆されるときも、ほとんど関係ないときも、別の仮定を置かないと関係が証明されない場合もある。
  さて、大づかみにはほぼ@やAのケースであるとしよう。しかし、アトピー、アレルギーが多くなったのをここ50−30年前からだとすると、空気、水、土の汚染が多くなった、農薬、化学物質が多くなった、麻疹、赤痢、チフス、結核が少なくなった、テレビの保有率が上がった、電話の保有台数が増えたなどなどすべてアトピー、アレルギーとの関連を疑うべきなのである。ひとによってはテレビ、電話は関係ないだろう、と思うかも知れない。それは予断というものである。アレルギー、アトピーの原因は分かっていない。だから、何が関係あるかはすべてを並べてみて、その中でもっとも時間的、量的関係が一致するものを選び出し、そのあとでどういう仕組みで多くなったのかを研究すべきなのである。電波は人体の細胞に影響を及ぼす能力がある。例えば携帯電話で脳腫瘍の発生が上がるという説は最近出てきたものである。テレビの電波だって、免疫細胞に影響を及ぼすことがあるかも知れない。そういうふうに考えるべきものなのである。テレビや電話の話は例えとして持ってきただけであるが、寄生虫と同じ程度の時間的、量的関係を示唆するものなら、10でも20でも数多く指摘できる。だから、寄生虫症の減少がアトピー、アレルギーの増加と関係したように見えたとしても、それは他の10か20の要因と同等に位置づけられるだけのことなのだ。

  この説は「細菌や寄生虫に対する免疫の行使とアレルギーに対する免疫の行使の総和はほぼ一定である」という前提が成り立って始めて仮説になりうる。そしてその前提は証明されていない。私は「寄生虫説」を頭から排除はしない。研究して行くと実際その通りだったということになるかも知れない。ただし、現在は素人の床屋談義と同じレベルに留まっており、現在のところは学問的レベルに取りあげるところまで来ていない。

結核菌が減るとアトピーが増えるのか? 
  結核菌とアトピー、アレルギーの関係は京大の白川太郎先生が提唱して世界的にも注目を浴びた。和歌山県の児童を対象としたフィールド・ワークにおいて、ツ反の陰性率とアトピー、アレルギーの罹患の間にはっきりとした相関が見いだされた。白川先生の弟子筋は最新の学説であるTh1、Th2理論を応用してこう考えた。結核菌とその菌体成分(ツべルクリン、BCGを含む)は結核菌や他の細菌などに対する免疫を司るTh1を刺激し、相対的にTh2を抑制する。結核菌の蔓延がなくなって、アレルギーが増えたと考えたのである。 

Th1、Th2理論とは? 免疫を司るリンパ球にはヘルパー細胞とサプレッサー細胞があり、さらにヘルパー細胞にはTh1とTh2があります。Th1は結核菌や他の細菌などに対する免疫を司っており、Th2はアレルギーの免疫で働きます。Th1優位になればアレルギーは起こりにくく、Th2優位になればアレルギーが起こりやすくなると考えられています。これをTh1、Th2理論といいます。

  しかし、白川先生の発表からアレルギーとツ反、BCGの関係に関する論文が世界中でドッと出たが、白川先生の趣旨に添うような論文は少なかった。結核患者でもアトピーやアレルギーのひとはいるという反論があった。また、アレルギー患者をツ反やBCGで治療してみても期待されるような結果は今のところ得られていない。
  結核とアレルギーの関係は寄生虫とアレルギーの関係ほど空想的なものではない。フィールド・ワークに基づくきちんとした事実関係は無視することはできない。しかし、論の進め方には異議がある。
  一般にAという事象とBという事象が極めて明瞭な反比例のような関係で出てきたとき、それからどういうことがいえるか。
  @AがBの原因である。
  ABがAの原因である。
どちらも考えなくてはならない。
(それからB実は別の事象CがAとBの原因になっていた。AとBは本来無関係である、という場合も考えられる。とりあえず複雑なBは除いて論を進める)
結核菌とアレルギーの関係に戻すと、
  @結核菌が減ったから(ツ反の陽性率は下がり)、アレルギーが増えた、
  Aアレルギーが増えたのでツ反の陽性率が下がった。
このふたつは同等に検討すべきである。
  私は白川先生の発表を最初に読んだときからこう思っていた。決して白川先生への反論が出たのでいいはじめたのではない。ところで、反対論文の著者たちの中にも、アレルギーがツ反陽性率を下げる可能性を指摘したと考えたひとはひとりもいなかった。なぜか。私はここに白川先生や一般の研究者、医師の基本的な間違いが潜んでいるように思う。それは何かといえば、何か変わった事象をみつけると必ずアレルギーの増加の原因として考えることである。
  何か一発変わったことが起こってそれがアレルギーの増加の原因になった、そういうものの見方を私は「天変地異説」「隕石落下説」に似ていると思う。結核菌や寄生虫がふんだんにある状況こそが人間にとって正常な状態であったという考え方は私には受け入れにくい。
  アレルギーが増加した原因がいまだに完全に解明できないのでこういう考え方が出やすいのだろう。私はアレルギーの増加の原因はいたずらに他に原因を追い求めても分からないと考える。アレルギーの増加の原因はアレルゲンを研究し、それに対して人間の体がどう反応してきたか、それを研究することによってしか究明できないと考えている。Th1、Th2理論というのはまだまだおおざっぱな理論であってアレルゲンが体に作用するとき、Th1やTh2はどのように反応するか、という根本のところはまだ何も分かっていないのである。このことを追求したときはじめて、和歌山のフィールド・ワークの意味するところがわかるであろう。

  ところで結核菌成分(BCG、ツ反液を含む)はいずれも強力にTh1を増加させるよう働く物質である。だから、これまで結核菌成分でアレルギー疾患の治療に成功していないとはいえ、何らかの形でアレルギーの治療に使える可能性があると私は今でも思っている。
 

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