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このコーナは20数年間に撮影された「桜狩」写真の中からテーマだてをして、御紹介したいと思います。今回は平成15年2月に銀座コダックフォトサロンの個展で展示した中から30点をセレクトしました。
自然崇拝が日常生活の中に深く密着していた頃、田の神は春になると高い山から里に徐々に降りてくると信じられていたそうです。里での神は桜の木に一時乗り移り、田に移っていったのだそうです。私たちは満開の桜の枝を眺めるとき、たわわに実った稲穂をたやすく連想する事が出来ます。ここでは農との関わりを意識した、桜のイメージを。 桜を撮り始めて5年程たった頃、日常生活の中でふと桜のことが想い浮かぶ事が、少なからずありました。季節などお構いなしに都心のど真ん中で信号待ちをしていたり、車の運転をしている最中にも、あの木は今ごろどうなっているのだろうか、など他愛ない事が気になったりしました。これって桜狂いの始まりだったのでしょうか。また、私の夢の中に出てくる桜はいつも夜の桜でした。桜はあの世、この世を往来し、いつも夢幻の花を咲かせているように見えました。ここでは桜の聖地吉野から始まる、桜が醸し出すイメージ空間を。 ここ最近さくら旅をする人が多くなりました。私が桜を撮り始めたころは、有名な木を除き囲いもありませんでした。資料を手に尋ね歩いても、ああそういえばという程度の認知で、地元でもあまり気にされていない様子でした。それがここ数年、どこに行っても県や町、村の名木となってしまいました。周りは整備され樹の下には花が植えられ、名木が公園の一角になっていたりします。ここでは桜を取り巻く時間をテーマに。 ・・・前展(1976年)は”夢の中に出てくる桜”で私のうちなる桜景でした。本展は視野を広げ、人と桜の関わりを彷彿とさせるものが多数あります。いままでは山桜中心でしたが里桜の魅力にも気付き、対象も変化してきたようです。 掲載した写真は6×6、6×7判、4×5インチ判のポジフィルムを使用して撮影しています。また、自分のイメージに近づけるため、増感現像、フィルター、フィルムタイプ等によって色調が偏っていることがあります。
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