15.細川護熙
 第79代総理大臣。
 元熊本藩主の細川家18代目。母方の祖父は、五摂家筆頭で第二次世界大戦
前に首相を3度勤めた公爵・近衛文麿。父・護貞は、近衛首相秘書官。
戦国時代末期の細川忠興・ガラシャ夫妻は、先祖。

 1938年東京生まれ。上智大卒。朝日新聞社記者をへて、1971年参議院議員。
1983年熊本県知事。1992年日本新党結成、衆議院議員復帰。
1993年7月衆議院議員、8月非自民党政権を樹立し首相。1994年4月総辞職。

 細川家は代々最高権力者に気に入られ、尊敬されてきたが、権力に反逆して
自ら天下を取ろうとしたことはなかった。だから、護熙氏の行動は細川というより、
忠興の妻ガラシャから入った明知光秀に似ているのだろうか。

 細川護熙氏は文字通り天下をとった。光秀の天下は3日しかもたなかったけど、
護熙氏が総理大臣になったことにより、光秀も泉下で溜飲を下げているのだろう
か。

 散りぬべき時知りてこそ世の中の花の花なれ人も人なれ

 ガラシャ辞世の句であるが、旧熊本藩主細川家18代の末裔にあたる細川護熙
首相が1994年4月佐川急便グループからの1億円の資金流入問題に端を発し国
会が空転した責任を取る形で首相退陣した時引用した事でも知られる。

       

16.細川隆一郎
 政治評論家。
 隆一郎氏は戦国大名細川忠興の長男・忠隆直系の13代目も当主。護熙氏は
忠興の三男・忠利直系の18代目にあたる。
 政治ジャーナリストの細川珠生は隆一郎氏の娘。ちなみに彼女の洗礼名は、
ガラシャである。
 

 

太田道灌
 
江戸城を創建した太田道灌も桔梗紋を用いている。
 
道灌は主君上杉定正に妬み疑われ、騙し討ちにより殺害されている。
 
太田氏の系図を清和天皇から見てみると光秀とは途中で分かれて
いる。

            太田道灌騎馬像
      
             
  JR日暮里駅前

         桔梗門           桔梗濠
       
        
 江戸城           江戸城

加藤清正
 
遠山氏の始祖・加藤景朝が遠山と改名の折、それをこばんだ一族が、
熱田神宮の神官となる。清正の家系は、その加藤氏の氏族であるという。
 名古屋市中村区中村町にある妙行寺の提灯の清正の紋は桔梗(向って
左)と蛇の目(向って右)になっている。
である。

               清正公誕生之霊地
        
                名古屋市中村区中村町(妙行寺)

         
         
桔梗(左)           蛇の目(右)

 

その他

 
チワワの「くぅーちゃん」がゲレンデをスノボで駆け下りる「夢・スノボ編」。
2003年11月からオンエア。バックの歌のアーティストは、「ハナエリカ」。
このハナエリカは、日本人の父親とメキシコ人の母の間に生まれた。
父親は、明智光秀の子孫という。
一方、都内の私立高校でスペイン語教師として教壇にも立っているとのこと。




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