オゾ谷からクラシ、イブネ

平日に休みが取れました。天気予報は晴れ。家人も「行ってきたら」と。
「このコース、きっと誰もいないだろう。まるごと浸かってしまおう。」と目指したのはオゾ谷からクラシ、イブネというバリエーション。

山行日 2001年10月19日 晴れ
メンバー 単独
コース 朝明6:30--中峠7:20--オゾ谷入り口7:50--マキガ平谷出合8:20--クラシ9:30--イブネ10:00--佐目峠10:35--杉峠の頭10:50--杉峠11:00--コクイ谷出合12:15--根の平13:00--朝明

朝明から中峠

 朝が早いからか、平日だからか駐車料金徴収のおじさんもいない。きちんと大駐車場に車を置く。空は雲一つない。いい天気だ。ここへ来るまでの306号線から見る山並みは、ちょうど日の出の光に輝いてモルゲンロートみたいだった。乗鞍や御岳が伊勢湾の向こうに見えていた。好天は約束された。さあ、入って行くぞ、と意気込んで登りだしたが、きついんだなあ。朝明から中峠や根の平に登っていくのが一番しんどい気がするのは私だけだろうか。中峠付近では紅葉が始まっている。

オゾ谷へ

 滋賀県側に入るとゆったりとした気分になる。のんびり行きたいところだが今日は先が長い。せっせと歩く。大瀞鉄橋で下の流れを見ると水量が多い。昨日まで雨だったもんな。ところでこの鉄橋。おそらく鈴鹿の奥部が鉱山や炭焼きで賑わっていた頃に架けられたものなんだろう。耐用年数はとっくに過ぎているから通行止めなのか。通行止めの看板を見て渡るのを止める人なんているのだろうか。
 オゾ谷に入る。この谷は鉱山の谷。左岸にいい道が残っている。辺りは気分のいい二次林。放置された鉱石や飯場の跡の石垣が出てくるとすぐにマキガ平谷分岐。ここから左にとってクラシに向かう。

クラシへ

 しばらくは水のないガレた谷を行く。だんだん傾斜が急になってきた。目印テープに導かれて右の尾根への斜面に取り付く。昨日までの雨のせいか、斜面の土はふかふかでずるずるだ。しかも、こんな所に限って木の生え方がまばら。つかまるところもないので、土の急斜面にキックステップで何とか尾根まで這い上がった。尾根に乗るとシャクナゲの鈴鹿らしい藪こぎ道だがもう滑り落ちていく心配はない。もっと早くこの尾根に乗るべきだった。目印テープに誘われるままになんにも考えていなかった自分を反省。
石楠花の密生する急尾根
 尾根は急登だった。鹿がピーッと鳴いている。石楠花につかまりながら手足をフルに使って高度を稼ぐ。樹幹から釈迦が大きく見えている。もう釈迦と同じくらいの高さにいるぞ。鈴鹿らしいと言えば鈴鹿らしい尾根登り。随所に赤テープあり。まあ、歩きやすい所を登っていこう。しばらく奮闘していると、傾斜が緩くなってきて、ササが足元にでてくる。鈴鹿のササはピークや峠のまえぶれだ。案の定、それからすぐにクラシのピークに着いた。
 







クラシ イブネ
  

 クラシからイブネに向かう。穏やかに広がる広い広い山上草原に出た。あなたに会いに来たのです。初めてあなたのことを知ってからずいぶん時間が過ぎてしまいました。今日やっとここに来ることができました。
 御在所や鎌がゆったりと見える。雨乞の山塊は巨大だ。まるでちっぽけな登山者を見守っているよう。低いササが広がる草原は、どこでも歩ける。琵琶湖がよく見えたので生まれ故郷を探してしまう。あの山は太郎坊さん。いのこ山。荒神山は見えてない。反対側では名古屋のビルも見える。おお、乗鞍、御岳見えるじゃないか、と草原をあっちこっちしていたら縦走路から大きくはずれてしまったようだ。まあいいさ。
雨乞を灯台にして灌木とササの草原を彷徨う。足元にはリンドウが咲いていた。
雨乞を灯台にして  リンドウ

佐目峠 

道は灌木の中を下っていく。程なく佐目峠。ここは、西尾本でも破格の扱いで見開きに大きく写真入りで紹介されている。この峠は鈴鹿にしては珍しく人間臭さが少ない、と言うようなことが書いてあった。確かにそんな気になる。佐目子谷から登ってくると違った印象になるのだろう。風の当たらない草はらに腰を下ろしてひなたぼっこ。何の音もしない。ただ空が青い。
 ただ空が青い

アゲンギョ 杉峠の頭 杉峠

 気持ちのいい明るい樹林の中を踏み跡は続いている。鈴鹿の山は錦の衣を纏い始めている。穏やかで静かな時間が流れていく。杉峠と下りていく途中に広場があった。この広場からも琵琶湖がよく見えた。あさっては家族を連れて老いた両親を訪ねることになっている。昨年癌の手術をして、すっかり元気のなくなった親父に、この山の話をしてあげよう。
 杉峠は15年ぶり。杉も歳とったのか、元気がない。
錦の衣を纏い始めている。

  

鉱山飯場跡 コクイ谷出合 根の平

 杉峠からは千種街道。でも道は荒れている。鈴鹿の場合、東向いた斜面は荒れている。降水量の関係からか地質の関係からか?飯場跡をしばらく調査。お宮跡にお参りして人家の跡を調べる。ここには小学校や郵便局もあったという。ここにいた人はどこへ行ってしまったのか。茶碗のかけらやラムネのビンを掘り出しながら昔人の事に思いを馳せていると涙が出そうになった。何の記録もなくここにいた人たちは時間の彼方に消えてしまった。茨川のようにノスタルジーに浸ることもできない。そこに人々が暮らしていて、そして鉱山の閉山とともに去っていったのである。ただ、色づきかけた木々や沢の流れる音は昔と変わらない。
 誰にも会わないと思っていたが、単独の登山者に会う。感傷的になっていたので、「お疲れさまです。ご苦労様です。気をつけて。」と声をかける。なんだか変なあいさつになってしまったと後悔する。
 コクイ谷出合では大きなアマゴが悠然としていた。禁漁期を知っているのだろうか、すぐ近くまで寄っていって写真を撮っても逃げなかった。
画面左方と中央付近にアマゴ

ここから、根の平までの道沿いに何本か巨木がある。この巨木は自然のものでなく並木として植えたものだろう。堂々と枝を広げていた。根の平までのコース、あんまり単調なので少し道をはずしてみた。すると深い樹海の中にいる気がする。
 根の平からの下り、荒れた道である。今日のコースでいちばん歩きにくい気がした。ヘトヘトになって下りていくと西山荘の売店に「ビール300円」と大書きしてある。どうして素通りできようか。店番の方に「紅葉はどうでしたか」と聞かれて、もうすぐ下りてきますよ。」と答えていた。

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