渓で

梅雨に入ると、谷で遊ぶことが多くなってくる。「遊ぶ」とは渓流釣りである。10年ほど前までは渓流釣りに凝りに凝っていて、魚の濃い南紀の渓によくでかけたものだ。県南の宮川、往古川、銚子川などは屈指の険谷で、危険な目に何度遭ったことだろう。「進退窮まる。」「にっちもさっちもいかない。」と言った表現がぴったりくるようなスリルに満ちた渓谷遡行を、技術もないのに繰り返していた。無謀にも台風の直後に銚子川に入って顎部に裂傷を負って病院に駆け込んだこともあった。そのかわり、ずっしりと重くなった魚籠に満ち足りた気分で帰路を急ぐ、というような事も無かったわけではない。
それがいつ頃からだろうか、南紀の険谷よりも鈴鹿の穏やかな谷のほうが自分に合っているような気がしてきた。もう若くはないのだろう。体力と気力にものを言わせた強引な遡行から遠ざかってずいぶんになる。
今日も自宅から一番近い川で遊ぶことにした。車を置いた所から入渓しても良いのだろうが、せめて小1時間は歩くことにしている。流程の短い鈴鹿の東面のこの谷では車止めから45分も歩けば源流地帯である。釣り人はまずやって来ない。
いつしか谷は穏やかになり、炭焼きの跡が二次林の中に散在する景色の中に置き去りにされた自分に気づく。この静けさの中では、ぎらぎらした「釣り師」になるのはごめんだ。自分の存在を消してしまい、石や木に同化してしまいたい気分になる。しかし、現実ではさえない自分の姿が水面に写り、敏感な魚を追い散らしている。ここでの自分は崩れかけた炭焼き窯だ。役目が無くなって自然に帰るのをただ待っている。うまくいかない仕事のことをこんな山中で思い出している俗っぽい自分もいる。
もう川の流れの音も静かになった。水量が少なくなったこと、落差が無くなってきたことで水音がしないのだ。そのかわり風の音、鳥の声がうるさいくらいだ。慎重に水面に仕掛けを投入する。もちろんそう簡単には釣れない。せめて、家を出るときに寝ていた子供たちの分ぐらい釣りたい。傍らにタツナミソウやヤマアジサイが咲いている。
この小さな谷では2時間も釣れば魚止めに着いてしまう。余裕があれば谷を詰めて稜線に出てピークを目指すのも良いものだ。谷の詰めはいろいろなパターンがある。ガレた急斜面で終わる谷、樹林の中に吸い込まれていくように終わる谷、昔人の道形が残っていて明らかに峠として人々の往来を彷彿とさせる谷。水が無くなったところで渓流足袋から靴に履き替える。魚籠も竿もザックにしまい込む。荷は重い、足は疲れ切っている。シャツやズボンはびしょぬれで、よれよれになってピークを目指すのだ。こんな自虐的な山旅も味わいがある。岩魚を釣るだけならギラギラした狩猟本能むき出しの俗人なのだが、竿をザックに仕舞った瞬間から草木鳥魚花風を愛でる風流人に変わることを許してくれるだろうか。
それにしてもイワナという奴は変な奴だ。釣り上げた瞬間に針が外れて、魚が地面に落ちるということはよくある。普通の魚は地面でバタバタと暴れる。しかし、そんな時、イワナは立つのだ。胸びれを支えにしてスクッと立つのだ。そして、水かある方向へスタスタと歩いていく。見ているとまるでそれが当然かのように、魚のくせに歩いていく。こんな姿を見てしまってはこの魚をどうして魚籠に入れられようか。そのまま、歩いて流れに戻るまで応援してしまう。そういえば素石の本にも似た話が書いてあった。
うちに帰ってから魚を焼いてもイワナは立ってしまう。ちょっと不気味である。腹を出し、塩をふり、網の上に乗せてオーブンで焼くというのが私流のやり方だが、横に寝かしたイワナが焼いているうちに立ってしまうのである。鋭い歯をむき出しにして睨み付けてくるかのような姿には怨念がこもっているようである。だから、おいしく食べる。骨まで焼いて食べる。すっかりきれいに食べ尽くす。それがせめてもの供養だと思う。
雨が降っても良し、水量が増えた方が魚の活動が活発だから。
晴れても良し、光る緑が目に美しい。
湿っぽくても、それはそれでまた楽しみな季節がやって来た。