再び渓へ

山の懐へ車を向けるのは4ヶ月ぶりだった。この間、心身が不調だった。癒されるために山を歩いていたはずなのに、癒されることさえ億劫になっていた。懐かしい友からの山行の誘いも断って、無為な時間を過ごしていた。
 ドクターには「一応、今回で治療が終わりました。また調子が悪くなったら来て下さい。」と言っていただいたのだが、本来の自分に戻っていないことは、自分が一番分かっているつもりだった。
 3連休最終日、自分で自分の背中を押して車を山に向けた。登るか釣るか?心を真っ白にするのなら釣る方が良いだろう。それに体力も落ちているだろうし。
 今年は残暑が厳しい。お盆の頃まで寒いくらいだったのに、9月に入ってからというもの連日30度以上の日が続いている。しかし、数日前台風が通り過ぎてからは、気温は高いものの秋の気配が感じられる。風向きが変わったのか、大陸の空気が入ってきた。
 今日も良い天気、イワナ釣りには条件は良くない。でも、風が清々しい。傍らにはアキギリ(だと思うのだが)が咲き始めている。気温は真夏だが、確実に秋が進んでいる。
 イワナはいた。こんな晴れた日なのに、何の疑いも持たないで餌を追ってくれた。人ズレしていないイワナは居食いする。エサを口に入れてもアマゴのように反転しない。じっとしている。だから、あたりが手元まで伝わってこない。なんか様子が変だと思って竿を上げてみると魚が掛かっているという具合だ。小さな1年生イワナは派手に飛びついてくるが、成熟したイワナは、まるでフランス料理のディナーか懐石を食べるときのように、落ち着いて餌を食べに来るのだ。

 渓流釣りの用語に「木化け、岩化け」と言うのがある。神経を研ぎ澄まして、木のように気配を殺し、岩のように気配を殺し、魚に感づかれないように、そっと近づいて行くのだ。そうしないと敏感な渓魚はたちまち釣り人に感づいて、岩の隙間に隠れてしまうのだ。一度隠れた魚はもう出てこない。いくら粘ったって釣れない。
 だが今日は違った。木化け岩化けしているのはイワナだった。気配を殺しているのは魚の方で、いつ餌を口にしたのか分からない。いつの間にか釣れているのである。「おかしなこともあるものだ。」と妙にリラックスした気持ちで渓を釣り上がっていく。
 魚籠が少し重くなってきた頃、気がついた。これはイワナに癒されているのだ。病んでしまった神経をイワナが癒してくれていたのだ。そう思ったら、急に空腹を覚えた。もう釣りはいいだろう。今夜はこのイワナで一杯やろう。自分への快気祝いだ。そう思って、渓を後にすることにした。
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