1月の本棚 今年の目標『簡潔に』。難しいぞ。
『リビング』◆重松清◆中央公論新社◆ 一覧に戻る
こないだ重松清の「さつき情景」を買って読み始めたのですが、どうも先に進めないんです。
なんだか新しい試みのようなんだけど、この人はややこしいことなどしなくても十分読ませるから、
かえって裏目に出てしまったような…。
…で、もう一冊買っておいた『リビング』。
私は同世代モノに非常に弱い。子供を持たない夫婦。そういう形があってもいいじゃないかと
言ってはみたものの、やはり風当たりというのは非常に強いわけですな。
そんな夫婦を中心に描かれた物語。
そうそう、そうなのよ、と頷きつつ、なんか違う。微妙にずれているというか…。
なんだろう。作風が変わったかな。視点が変わったのか。う〜ん。よくわからん。
確かにうまいとは思うんだけど、ちょっと読み手に媚びてないか?
あれ?この作品、「婦人公論」に連載されてたのか。「婦人公論」ってどんな人が読んでるのか
そっちの方が気になる〜。
『japanese road(ジャパニーズ・ロード)』◆小林紀晴◆集英社◆ 一覧に戻る
またかと言われそうですが『写真学生』『暗室』に続いて小林紀晴。
著者が「日本という国に生まれながら、日本という国をよく知らない」まま、カメラとともに
自分のいるべき場所を南から北へと探し歩いた旅の記録。
その土地に生きる人々との交流。
初めて出逢った人なのに、彼にカメラを向けられるとみ〜んないい顔になっちゃうんだなぁ。
インタビューで引き出した言葉はモノクロの写真と重なって、これまたいい感じ。
97年2月号から1年間「メンズ・ノンノ」に連載。単行本化にあたり加筆・再構成。
雑誌連載中の大きい写真も見てみたくなりました。独特の色。著者には日本がこんな色に見えた
んでしょうね。
『ふたりはきょうも』◆アーノルド・ローベル作・三木卓訳◆文化出版局◆ 一覧に戻る
誕生日のお祝いに同僚から貰ったカエルの絵本。
性格の違う「がまくん」と「かえるくん」ですが、ふたりは今日も仲良し。
この面倒臭がり屋のちょっとおマヌケながまくんは私に似ているような気がしてなりません。
そしてこの本をくれた同僚はかえるくんに似ています。
なんだかページをめくっているうちに「ちぇっ。誕生日にぴったりの本選びやがって」と苦笑。
小学校初級からが対象の絵本ですが、大人が読んでも十分楽しめます。
こういう絵本、大好きです。今度の誕生日も楽しみじゃわい。(プレゼントに期待しないと、
もうホントに楽しみがなくなってきちゃってよぉ。)
『ブタをけっとばした少年』◆トム・ベイカー◆新潮社◆ 一覧に戻る
web本の雑誌の新刊採点員“むらのおいしゃさん”が「本の雑誌1月号」でベスト1に挙げ、
翻訳が苦手だっちゅう私に「最悪の読後感」というフレコミで薦めて下さった絵本。
物語は悪魔のような13歳の少年カリガリが死ぬ6月13日から始まります。
このカリガリ少年、人を愛するという感情が欠落しておりまして、風貌もかなりのもんでござる。
そのカリガリ少年が死に到るまでの経過。
「これはほんとうにひどいお話だ。まぜものなしに恐ろしいお話だ。」(帯から)
うー。本当に救いようのない酷いお話でありました。
でも読みながら笑ってるんですね、私。酷いのは私の方かもしれない。
久しぶりに思いきり血なまぐさいホラーを堪能。
以前読んだティム・バートンの『オイスターボーイの憂鬱な死』と少し似ています。
『オイスターボーイ…』の方がイラスト・物語ともにやや優勢。
優勢って言っても「救いようのない話」なんですけど。
あぁ、私はせめて痛くないように死にたい。
ひとつ残念なのは本書の訳者あとがきでイラストのデヴィット・ロバーツに全く触れてないと
いうこと。この作品は物語の上に彼のギシギシいうようなイラストがあってこそだと思うんです
けどねぇ…。
『私の死亡記事』◆文藝春秋 編 ◆文藝春秋◆ 一覧に戻る
「棺の蓋をする前に、人生を自己評価してみたら……」(帯から)
実家へ新年の挨拶に行く途中の電車の中で読みました。
カバーしないで読んでると周りの人たちの反応が面白い。
目の前に座ってたオジサンはあからさまにイヤ〜な顔をし、隣で覗き込んでたオネーチャンは
つれの男性に「ねぇ、泉麻人って死んだの?」と訊いている。
死んでませんよ〜。これはね、今を生きる著名人が自分の「死亡記事」を書いたらどうなるか
って本なんですよ〜。
あいうえお順でトップバッターは阿川弘之。そして次のページには娘さんの阿川佐和子。親子で
並んで死亡記事。くくく。阿川佐和子、いいですなぁ。
筒井康隆の死亡記事はあまりにもリアルで笑ってしまいました。(おいおい、死亡記事だぞ)
で、前から「インサイダー編集長」の「高野孟(はじめ)」って人、ナニやってる人かわから
なかったんだけど、これ読んでも結局ナニしてる人なのかさっぱりわからなかったのでした。
私が自分の死亡記事書いたらどうなるのかなぁ。
「サイトの更新に追われ過労死」なんてことになったら日記のネタになるけど、死んじゃったら
更新できないのか。
『少子』◆酒井順子◆講談社◆ 一覧に戻る
墨で描いた赤ん坊の絵に容赦なくバッテンがついてます。
少子化が進んできた日本における実状と、子供は産みたくないと仰る著者の想い。
私も子供はいらない。
どこぞで少子化について討論だのキャンペーンだのしてますが、そんなことしてる余裕が
あったら自分たちでどんどん子供作って育てりゃいいじゃん、私にそんな話を振るなと言
いたくなってきます。(言ってんだけど)
子供を産んで一生懸命育ててる人が読んだら腹が立つかもなぁ。
でもさ、いらないもんはいらないんだからしゃーないのだ。たとえ西暦3500年に日本
の人口が約1人になるという厚生白書を突きつけられても「へー」としか思えないのだ。
この本は私の日頃思ってることを代弁してくれている。
そこらへんはスカッとするんだけど、この人、自分の友達から聞いた話ってのが多いのよ。
有名人の話はすべて著者の想像に過ぎない。ここまで書くなら実際にインタビューして
生の声を載せるべきではないのか?これじゃ井戸端会議と一緒じゃないっすか。
よく知らない女性から一方的なメールをもらってしまったような感覚にも陥ります。
「私は子供を産みたくないんだけど、アナタはわかってくれるかしら」と。
あぁ、きっとこの人は宛先を決める前に文章を書いて、とりあえず反応のありそうな私に
送りつけてきたんだろうなぁって疑ってしまうようなメール。
『少子』も「文字にして吐き出したい」のはわかるけど、宛先を限定しないなら、もっと
掘り下げないと。
『吉祥寺幸荘物語』◆花村萬月◆角川書店◆ 一覧に戻る
吉祥寺北町にある木造2階建ての幸荘。六畳一間で3万3千円。
ここには脱ぎ散らかした履き物と誰も出ることのないピンクの公衆電話、そして部屋に鍵を
かけないという伝統がある。
幸荘からは過去にのちの有名人となる人々が輩出されている。
そう、石森章太郎、藤子不二雄などが棲んでいたトキワ荘のような極貧だが志の高い若き
芸術家が集まっているのが幸荘である。
主人公は作家志望。24歳童貞。唯一幸荘の中で自分のことを「僕」と言う吉岡くん。
表紙の男の子は吉岡くんかな。
井の頭公園の大きな木に寄り掛かってこっちを向いて微笑んでます。
地名や実在の人物が出てくる小説の表紙でこういう表紙ってちょっと難しいですね。
その写真を見ただけでイメージが固まってしまう。この作品は成功かな。
童貞の吉岡くんの成長っぷり(?)があまりにもわかりやすくてカワイイ。
急に男になっちゃうんですね、男の子って。
いつの時代も悩める男の子っていいですなぁ。
今までの花村萬月のイメージとちょっと違うかな。
安心して読めます。不安な感じも嫌いではないのですが、あまりにも暴力的な部分は苦手なもんで。
「志は高かれど、はっきり言って童貞です。」(帯から)
↑
帯にでかでかと書いてあるんですけど、ちょっと誘いすぎ?
結局、私もまんまとこの帯の文句に引っかかったクチですが。
『父・丹羽文雄 老いの食卓』◆本田桂子◆主婦の友社◆ 一覧に戻る
この本は本屋さんの料理本の棚にありました。
若い人たちの食卓を助ける料理本はたくさん出ていますが、老いた人たちのための料理本で
読みごたえのある本というのは意外と少ないのです。
著者の本田桂子さんの父・丹羽文雄さんはかつて「文壇の長谷川一夫」と呼ばれたほど
カッコイイ作家でした。81歳の時にアルツハイマーを発症、娘の桂子さんの介護は15年目を
迎えました。
記憶がどんどん消えてゆく96歳の父親に少しでも美味しいものを食べさせて喜ばせたいという娘。
もちろん父親には今ここにいるのが自分が愛していた娘だということはわかりません。
私がこの本を買ったのは料理を作るときの参考というよりも、作家とその家族について興味が
あったからなのですが、それぞれの季節の料理にこめられた父親、母親への愛情を読んでいく
うちに、どうしても作らずにはいられなくなりました。
私も思いきりファザコンだからなぁ。
なんだか身につまされましたよ。おっとうが私のことわからなくなったらどうしよう。
この著者のように「それでもお父さんが大好きです」って言えるんでしょうか?
『とんまつりJAPAN』◆みうらじゅん◆集英社◆ 一覧に戻る
「とんまな祭り」それが「とんまつり」だ。
著者のみうらじゅんと白塗りの笑ってる爺の周りを、これまた笑ってる顔のクチだけの
モチーフを散りばめたすんばらしい装幀はあの横尾忠則氏!
今、日本にどれだけのとんまな祭りが残っているのか定かではないが、この本を読む限り、
とんまつりの未来は安泰。「ど〜かしてる」と言われる「とんまつり」が今でも残っているのは、
そりゃ面白いからでしょう。
愛知県豊川市の牛久保八幡神社で毎年開催される「うじ虫まつり」なんか、泥酔した
オッサン衆がよろよろと出てきて、輪になってごろんと道路に転がり、係の人に起こされて
酒を呑まされ、また次の場所へ移動してごろんと転がり…。
あぁ、この目で見てみたい「とんまつり」。
全国各地に散らばるとんまな祭りですが、なーんと東京の祭りも紹介されてます。
大田区厳正寺の「水止舞い」。荒縄で作った着ぐるみにいい年した大人がすっぽり入って、
道に転がって法螺貝をブォォォーっと吹くという…祭りなんですけどね。祭りなのか。
しかしね、すごいですよ。みうらじゅんは。前からすごいと思ってたけど。
文章の中に面白くないフレーズがないんだもの。
何年か前に新宿の京王百貨店前で家族とボーっとしてるとこを見かけたけど、ボーっと
してるにもかかわらず、やはり不思議なオーラを放っていたのでした。
『おさるとぼうしうり』◆エズフィール・スロボフォキーナさく・え◆
まつおかきょうこ・やく◆福音館書店◆ 一覧に戻る
アメリカの絵本。読んであげるなら5才から。じぶんで読むなら小学校初級から。
…ってなことで翻訳苦手な私にも十分読める本ざんす。えへへ。
登場するのは帽子売りのオジサンとたくさんの猿たち。
このオジサン、頭の上に売り物の帽子を高く積み上げて「ぼうし、ぼうし、ひとつ50えん!」と
よばわって売り歩きます。「よばわる」って言葉、泥棒よばわりとかあんまりよくない
意味で使うだけかと思ったら「大声で呼ぶ」「叫ぶ」って意味もあるんですなぁ。
最近じゃ使わないね。
オジサンが大きな木の下でうたた寝してる間に売り物の帽子が頭の上から消えてしまいます。
慌てて探すと木の上に帽子をかぶった猿が16匹。オジサンがかぶってるのを見て真似したんですな。
猿の物語ってこんなんばっか。
オジサンは売り物の帽子を猿から取り戻すことが出来るのでしょうか?
物語は単純にして明快。絵は日本の絵本ではあまり見かけない微妙な色使い。
これじゃ正確には伝わらないな。こういう時に表紙だけでもデジカメで撮って紹介出来ると
いいんだけどなぁ。
『免疫学個人授業』◆多田富雄・南伸坊◆新潮文庫◆ 一覧に戻る
「SINRA」で連載。「免疫」に興味を持ったイラストレーターでもありエッセイストで
もある南伸坊さんが、免疫学の大御所である多田センセ(東大医学部名誉教授)に個人授業を
受けます。
免疫とはなんなのか。免疫学の歴史、研究。
私の免疫の知識と言えば「一度はしかにかかったら免疫ができて二度とかからない」って
ことくらいだったんですが(そんなの知識とは言わないか)南伸坊さんと一緒に多田センセの話を
聴くことによって、ちょっとはわかった…ような気がします。
ほとんどゼロから出発した生徒の南伸坊さんを教える方も大変です。
今まで考えなくてもよかったようなことを考えて、生徒にちゃんとわかるように説明する。
多田センセはあとがきで「当面の役にはたたなくても重要なことを考えるチャンスを得た」
と書いてらっしゃいます。
いつかこの授業が多田センセの新たな発見に繋がるかもしれません。
しかし、南伸坊さんの描く多田センセの似顔絵、そっーくり。
授業中ノートの隅にこっそり描いてたんじゃないでしょうか?
『東京っ子ことば抄』◆林えりこ◆講談社◆ 一覧に戻る
こちらは「銀座百点」に連載された今や風前の灯となった「東京ことば」辞典。
ことばだけでなく、東京っ子の気質・生活など、ことばの周辺も探る。
子供の頃にしばらく母方の祖父母の家に預けられたことがあったのですが、曾おばーちゃん
(以下小さいお婆ちゃん)も元気だったんで面倒を見てもらっていました。
この本を読んでいるとその小さいお婆ちゃんの言葉が甦ってきます。
「しだらないったらありゃしない」「このごうつくばりが」
「そんなつべたいもの、飲むんじゃないよ」
「人の話もろくすっぽ聞きやしないで」「センに言ったはずでしょ」
…ありり。叱られてばっかだねぇ。
それでも小さいお婆ちゃんとずっと一緒に生活していたかったなぁ。
きものを着て、いつもキセルをくわえて日向にいて、私が悪さをするとコツンとお小言が
飛んでくる。叱られているのになんだかキモチいいんだな。
私が未だに「コーヒー」を「コーシー」とメモってしまったり、「今、晩ご飯こしらえるから」
なんて口走ってしまうのは、ちゃんと小さいお婆ちゃんの血が流れてるってことなんだね。