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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
古くはパイウォーターやアルカリイオン水、最近では麦飯石水に磁化水、マイナスイオン水……。“機能水”と呼ばれる水や浄水器を売る水ビジネスが隆盛を極めている。しかし多くは科学的根拠がはっきりせず、広告宣伝の文面を見ると疑似科学、トンデモ科学の類があふれ返っているケースが少なくない。
そうした“水商売人”たちに対し、一銭の儲けにもならないバトルを続けている人たちがいる。水や溶液を専門にする研究者たちだ。しかしその戦いぶりを覗いてみると、何とも不毛というかむなしい作業というべきか、あまりにも文化が違いすぎてまったく議論がかみ合っていないケースがほとんどなのである。
大阪大ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー講師(中核的研究機関研究員)の天羽優子さんは「水商売ウォッチング」という名前のウェブサイトを開き、ありとあらゆる水商売人たちの商品説明を徹底的にこき下ろしている。抗議や訴え、勘違い、泣きおどしまで含めて届いたメールの数は、開設から4年足らずで約600通。
その中でも強烈だったのは、わざわざ大学の実験室にまで電話してきたバイオテックス社の石川国広常務。札幌市に本社のある同社は「磁気活性水」の整水器を開発している。天羽さんは磁気水については「活性化というものの物理・化学的実体がわからないことには、活性化された水がよいのか悪いのかはまったく判断できない」と批判し、同社の代理店の広告にあった「独自に開発した漏洩磁気整流、磁気光学反射共振回路を採用」という文章に「そんなものは聞いたことがないし、どういうものかよくわからない」とウェブ上でコメントした。
石川常務は、天羽さんに電話がつながるなりこう叫んだという。
「うちの会社へのコメントを一刻も早く削除してもらえないか。読んだ客が製品を買ってくれん。弁護士にも相談しとる」
天羽さんも負けずにまくし立てた。
「本当に一刻も早く削除しなければならないのなら、弁護士に相談して公開差し止め請求を起こされたらどうですか?」
「だいたいあんたは、宇宙とかを全部科学的に説明できて書いてるのか? 学問的には正しくても、営業が妨害されるのは困る。世の中はそういうもんではない」
「その『世の中』は常務のまわりだけの世間でしょ?」
「どうして批判を公開する? どうして直接会社に知らせない?」
「私の目的は、企業の説明がもしヘンだったら、液体の物性研究というわたしの立場から本当はどうなのかを述べて、その知識を広く知らせることです」
「商売に差しさわるんだがね」
「インターネットで商売をするのなら、もっと透明性を確保すべきでしょう?」
読めばわかるとおり、まったくかみ合っていない。科学知識への認識も異なれば、ネットでの情報発信についての考え方も百億光年ほど遠い。お互いが自分の認識を信じ切っていて、しかも相手の主張をまったく理解できないから、なんだか宗教論争のようなものにも思えてくる。
天羽さんは「大声を出せば相手は言うことを聞くだろうと思っているような人でしたね。脅せば相手が言うことを聞くだろうと思っているタイプ」と吐き捨てる。一方、石川常務は「代理店のホームページにあった製品の説明が間違っていたから、それを削除した。天羽さんには『こっちも削除したんだから、ホームページの文章も削除してくれ』って頼んだのに、あの方はしつこい。商売のことも考えてほしい」とこちらも怒りさめやらぬ、といった口調。磁気活性水については「いろんな学者さんが実験していて、証明もされている。天羽さんは理論家なのかもしれんが、実際に水処理の実験をしたことがないんじゃないかね」という。どのような「学者さん」が実験をしているのか、取材に対してで明快な返事は得られなかったが、同社のウェブサイトには実証実験の結果が写真入りで紹介されている。それを見ると確かに、製品の導入で臭気の減少や赤錆びの減少などの効果があったように見えるのは事実。
一方、株式会社プロホームアドバンス(鳥取県)とのケンカは、大学まで巻き込む騒動となった。同社の浄水器は、特徴として「多種多様なミネラルを補給」「凝集作用により水を浄化」「生体に適した酸化還元電位に」「クラスターの小さな水に」と説明してあった。これに対して天羽さんは「『クラスターの小さな水』『酸化還元電位の低い水』『マイナスイオン』は水の怪しい説明に使われるキーワードのトップ3」と批判した。
騒動は、「うちの浄水器の特徴を正しく把握しているとは思えない」と同社が抗議のメールを送ったのが始まり。そのうちケンカはエスカレートし、天羽さんが当時ウェブサーバーを置いていたお茶の水女子大にプロ社が抗議文を送りつける事態に。大学側はあわてふためき、結局、天羽さんのウェブサーバーを公開停止処分にしてしまう。
もっとも当のプロ社は大学宛てに「公開停止は望んでない。内容の議論を望んでいたのに、これでは責任逃れだ」という趣旨のクレームを送ったというから、どっちが味方なのかよくわからない。
「こういうことがあると、外部とまともな議論をしようと思う研究者はいなくなりますよね」と大学の事なかれ主義に天羽さんはあきれ顔だ。ちなみにプロ社側は現在は浄水器を販売しておらず、「メールのやりとりをしていた担当者は退職していて、当時の事情はわからない。弊社としては特に言うべきことはありません」とコメントしている。一方、天羽さんのウェブは、その後大阪大学に移転されて公開が続けられている。
天羽さんのウェブを悪用し、商売敵を陥れようとする業者も現れている。
「核磁気共鳴を利用し、赤錆びを黒錆びに変えて赤水を解消する」という配管更正装置「NMRパイプテクター」を販売している日本システム企画株式会社(東京)の熊野活行社長は「わが社を批判した天羽さんのウェブのコピーを、磁化水業者が顧客に見せて歩いてる。たいへんな営業妨害だ」と怒る。磁気水業者は国内に約100社が乱立し、過当競争気味。本来、“敵”のはずの天羽さんのような存在までライバル蹴落としに利用してしまう水商売業界――なんとも魑魅魍魎の世界ではないか。
天羽さんは同社の製品説明で「核磁気共鳴によって水のクラスターを細分化する」と書かれていることに対し、「われわれの通常使っている核磁気共鳴ではそんなことは起きうるはずがない」と批判した。しかし熊野社長は「磁化水は赤錆にはほとんど効果がないことがすでに実証されている。うちは磁化水ではなく、核磁気共鳴を利用したまったく別のシステムなのに、天羽さんの批判は的はずれもいいところだ。腐食防止は自分の専門じゃないんだから、口を出さないでほしい」と憤る。同社は昨年、「営業妨害的中傷文を載せていますが、誰の許可で実施しているのでしょうか? 貴殿は世の中の常識をもう少し勉強すべきです」と、かなり激しく謝罪を求めるメールを天羽さんに送りつけている。
確かに、水商売業界にとっては、天羽さんのような存在は、何とも理解のできない闖入者に違いない。「偉い大学の先生たちがお墨つきをうちの製品に与えてくれているのに、どうして文句を言われるんだ?」というスタンスだ。確かに、水商売の広告を見ていると、さまざまな大学教授がコメントを寄せている。こうした支えがあってこそ、水ビジネスが成立しているともいえる。
しかしこうした大学教授の類が、実はいちばん怪しかったりする。
業界の論理的支柱のひとりと見なされているK教授という人物がいる。業界で有名な書籍に、1991年に出版された「新しい水の科学と利用技術」(サイエンスフォーラム)というのがある。5万4000円と目の飛び出るような値段のこの立派な本をめくると、「磁化水」「パイウォーター」「麦飯石」「波動」とありとあらゆる怪しい機能水の解説が満載してあり、さながら機能水業界の百科事典の趣だ。そしてこの本を監修し、序文を寄せているのがK教授なのである。
K教授はかなり立派な経歴の持ち主だが、実は“統一協会疑惑”がささやかれている。統一協会系の学者・文化人組織として悪名高い、あの「世界平和教授アカデミー」のメンバーではないかというのだ。
水問題の専門家として、怪しい水商売業界と長年バトルを続けている循環資源研究所の村田徳治所長が証言する。
「K教授が座長を務め、講師を招いて環境問題の勉強をするグローバルゴールという会が市ヶ谷の私学会館で毎月1回開かれていた。2、3回出席したら、今度は山梨県富士吉田市にある経済同友会のセミナーハウスで開く勉強会に来いという。行ってみたら、2日間にわたって統一協会の勧誘ビデオを見せられ、教会に勧誘された」
信者になれば村田所長の名前を教会のPRに使う。そのかわり、毎月30万円前後を支払う――そんなオファーもあったというから驚きだ。当然のごとく村田所長は断ったが、その後も半年近くにわたって勧誘活動は続いたという。
天羽さんも「本来、水の専門家は溶液化学シンポジウムなどの学会に所属している百数十人の研究者だけ。しかし全然関係のない分野の学者なのに水の専門家を名乗っている人がいっぱいいる」と指摘する。
カネに目がくらんだのか、本気で疑似科学を信じ込んでいるのか――こうした怪しい学識者たちが、機能水ブームの最大の元凶かもしれない。「市民のための環境学ガイド」というウェブでアルカリイオン水などに批判を加えている東京大学生産技術研究所の安井至教授も「水商売は、市民の科学レベルの低さにつけこんだ商売。それを市民側が除々に理解していくことが大切だと思う」と話すのだ。(PressA 佐々木俊尚/吉川亮子)
水ビジネスの最新流行、それが『磁化水』
ピップエレキバンからの連想だろうか? 磁化水は水に磁気をあてて、構造を変えるというものだ。水垢がつきにくく、健康にも良いというふれこみ。しかし、言葉からしてすでに怪しい。水は反磁性体、つまり磁石を近づけると反発するという性格を持っているから、そもそも「磁化」なんてできるわけがないのだ。
通販なんかで売ってる製品を見てみると、たいていは水道管に磁石を取り付ける構造。磁石の間を水道水が通り抜ける仕組みだから、もし正確を期するのなら「磁気処理水」とでも言うべきだろう。
「磁化水は、水に電子を供給します。電子の入った水はマイナスイオン水となり、蛋白質・糖を活性化し、ブラウン運動が大きくなるため、動物、植物の細胞への浸透効果があります」
こんな説明が書かれているケースが多いが、実際には科学的根拠はほとんどないと言っていい。循環資源研究所の村田徳治所長は、「水の酸素原子は反磁性体だから、磁石にかければその瞬間は影響が出る。でも磁石から離れると、何の影響もなくなる。以上、説明終わり。こんなもん、それ以上批判しようがないね」とあっさり切って捨てる。
水商売業界の最大理論「クラスターの小さい水」
水商売の広告宣伝を読んでいると、必ず次のような文章が出てくる。
「クラスターが小さい水は細胞に浸透しやすくなり、健康によい」
これを最初に言い出したのは、松下和広氏だとされている。松下氏は分析機器メーカーの日本電子で核磁気共鳴装置(NMR)の研究開発を行っていた業界著名人。NMRを使って水の構造を調べ、「おいしい酒は水のクラスターが小さくなり、アルコールと均一に混じっているため」という新説を1980年代末に打ち出して有名になった。
クラスターというのは、水の分子がいくつかつながって、大きな固まりを作っている状態。この固まりが壊れて小さくなると、細胞に浸透しやすくなったり、アルコールの分子の間に入り込んでキレイに混ざるようになる、というわけだ。
しかし、実はNMRの開発元の日本電子がすでに「NMRの測定からクラスターの大小を議論したりすることはきわめて危険であり、誤った結論に陥りやすい」と否定している。「水商売ウォッチング」の天羽優子さんは「現在の技術で、液体の水のクラスターサイズを決める測定法はありません」と断言する。どうやらこれも疑似科学の可能性が高いようだ。
決着しない? アルカリイオン水の効能
機能水の中で唯一“政府お墨付き”なのがアルカリイオン水。厚生省(現厚生労働省)が1965年に薬事許可を出し、「慢性下痢や消化不良、胃腸内異常発酵、胃酸過多に有効」と認めているのだ。整水器を作っているメーカーも、東芝や松下電工など大手メーカーがずらり。
じゃあコイツだけは、本物なのだろうか?
みんなもう忘れかけているが、実は1992年に国民生活センターが整水器5機種をテストしている。「アルカリイオン水のアルカリ度は低く、胃酸中和力を期待するには10〜20リットル飲む必要がある。またカルシウムの増加度は2倍程度で、カルシウムの1日必要量を摂取しようとしたら、20リットル以上飲まなければいけない」
循環資源研究所の村田徳治所長は「この結果にあわてた機能水業界が大あわてで巨費を投じて再テストをしたけど、結果が出たのは『便秘に効く』だけだった。そんなの普通の水道水を飲んだって効くよ」と説明する。
そもそもアルカリイオン水整水器は、カルシウム剤を投与した水を電気分解して、陰極付近に集まった水を採取する仕組み。陰極に集まるのは、カルシウムが溶けた陽イオンのカルシウムイオンと水酸イオンだから、結びつけば水酸化カルシウム溶液になる。ということはつまり、ただの石灰水では?
うーむ、だったら石灰を買ってきて水に溶かせばいいのでは?
信用するな! ミネラルウォーターの安全神話
ミネラルウォーターがカラダに良いっていうのは、神話にすぎない。
まず第1に、砒素の問題がある。砒素は肺や腎臓、肝臓のガンを引き起こす猛毒。東京大生産技術研究所の安井至教授は言う。「地下が石灰岩質だと、たいていの場合そこには砒素がとけ込んでいる。そういうところで採取した硬度の高いミネラルウォーターは、砒素を多く含むと考えられる」
驚くべき話ではないか。これだけではない。1989年に女子栄養大学がミネラルウォーター30銘柄を測定したところ、国産13銘柄、輸入2銘柄から猛毒のトリハロメタンが検出されたという恐るべき調査結果もある。
第2に、ヨーロッパなどで産出しているミネラルウォーターは日本産と違い、加熱消毒しないでそのままボトリングしてあるものが多い。だが「そうした水の中には好気性細菌が含まれていることもあり、蓋を開けて空気に触れさせれば、細菌がうわっと増えてしまうことがある」(安井教授)という。兵庫県立生活科学研究所の分析によると、殺菌処理していない輸入ミネラルウォーターは室温保存の場合、開封後10日間で細菌数が1000倍に増殖。冷蔵庫保存でも100倍に増えたという。せっかく安全な水を買ってきたつもりだったのに、飲み残しを置きっぱなしにしているうちにボトルの中で細菌が繁殖してウヨウヨということになりかねないわけだ。
そして第3に、水源地の汚染。たとえば昨年3月、国産ミネラルウォーター水源地のメッカともいうべき富士山すそ野の朝霧高原で、猛毒の廃液「硫酸ピッチ」約4・65トンが廃棄されているのが見つかり、静岡県が公費を投じて撤去する騒ぎがあった。廃液はドラム缶に入れられていたが、捨てられているうちに鉄を溶かして地中に浸み込んでいたという。もしこの廃液が地下水に流れ込んでいたら……考えただけでも恐ろしい想像ではないか。
国産ミネラルウォーターの中には、大自然の中どころか住宅街の近くで水を採取しているケースが少なくないという。水ビジネスに関わるある関係者は、こう証言する。
「あまりに人里離れた場所で採水すると、輸送費がかかってしまう。原料はタダに近いミネラルウォーターの原価の半分近くは輸送費で、これをどうやって削るかがメーカー側の課題。どうしてもボトリング工場に近い場所を探して……ということになる」
結局はミネラルウォーターも、決して安全とは言えなさそうなのだ。
ではどうすれば? 水道水もトリハロメタンや不純物が不安だし、何を飲めばいいというのだろうか。
前出の安井教授に聞いてみると、こんなアドバイスが返ってきた。
「いろんなこと全部考えていくと、結局どっちもどっち。細菌について言えば、塩素殺菌している水道水がいちばん安心。いずれにせよミネラルウォーターでも水道水でも、とにかく常に同じ水を飲んでいるのがいちばん危ない。食材だって、健康にいいからと同じものばかり食べてたら、特定の毒物に対するリスクを抱えやすくなってしまうでしょ? いろんなものを摂って、リスクを分散させることが必要なんです。たぶん水道水と別の水とまた別の水を、3:1:1とかって使うほうがたぶん正解なんですよ」